二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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豊穣の女主人

「期待してなかったけど……思ったよりいい訓練になるかも?」

 

 あの日、剣を失った僕が今使っているのはギルド支給の最低ランクの武器。あのスキルの関係上、念のためエイナさんに無茶を言って数本借りている。

 正直あまり期待していなかったのだが思わぬ訓練になった。

 

 この剣は最低ランクの名に違わず切れ味も悪く耐久も非常にもろい。駆け出しが扱う武器なのだから仕方がないのだが。

 そんな剣でモンスターが爆砕する力で剣を振ったらどうなるか。そんなの考えなくてもわかる。

 武器のほうが耐えられずに粉々になる。

 

 それを避けようと考えながら戦っていると、力の加減とモンスターを爆砕させることなく倒し、魔石などを回収できる戦い方が身についてきた……と、思う。多分……きっと。

 辺りに散らばっている剣の亡骸から目を逸らす。

 

「剣の費用が馬鹿にならないな……まだまだ未熟な証かな……」

 

 時々辺りを血の海にしながらモンスターを練習台にして魔石を集める。

 稼ぐついでに訓練もできるのだが、後々のことを考えると若干複雑な気分だ。

 

(……今日はこれで終わりにしようかな。シルさんのところに行く前に神様にも会いたいし)

 

 ある程度魔石やドロップアイテムを回収できた僕は今日は地上へと帰ることにした。

 幾つかあった剣もほとんど壊れてしまったし素手でダンジョンにいるのもあまり良くないだろう。

 それに夜には約束もある。

 

「お店の名前なんだっけ……確か───」

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「豊穣の女主人?」

 

「はい。今日の朝に色々あって夜に食べに行くことになったんです。神様も一緒に行きませんか?」

 

 お店の名前は『豊穣の女主人』。

 ダンジョンから教会に帰る道中でシルさんと出会った道を通ってお店の名前と位置を確認しておいた。これで迷うことなくお店に向かうことができる。

 

 一人で食べに行くのは少し寂しかったから神様を誘ってみたんだけど……

 

「一緒に行きたいんだけど……今日バイトの打ち上げがあるんだ。だから今日は一緒に行けないかな……ごめんねベル君」

 

「いえ、残念ですけど急なことだったので仕方がないです。神様は僕のことは気にしないで打ち上げを楽しんできてください」

 

「ん、ありがとベル君。君も君で楽しむといいよ! ただし! あまり羽目を外しすぎないようにね? 特にお酒には気を付けるんだよ。お酒以外の食事なら今日ぐらいは贅沢してもいいんだぜ!」

 

「はい!」

 

 残念ながらバイトのほうと被ってしまい一緒には来れないみたいだ。

 ちょっと寂しいけど今日は神様の言った通り一人で楽しんでこよう。

 

 そんな会話をしたのが数時間前。

 日が沈み、青白い満月が顔を出そうとしているオラリオの街中を僕は歩いていた。

 目的地は勿論シルさんが働いているという『豊穣の女主人』というお店。

 

 オラリオの夜の風景には未だに慣れないけど、慣れないながらも昼とは顔が変わるそんな夜を少しずつ楽しめて来ているような気がする。

 そんな風に歩いているとやがて昼に見たカフェテラスが見えてきた。

 中からは賑やかな喧騒と共にとても美味しそうな匂いが漂ってくる。

 

 漂ってくる匂いと空腹に耐えきれず足を踏み入れると、

 

「あ、ベルさん! 約束通り来てくれたんですね!」

 

 明るい声と可憐な笑顔を浮かべてシルさんが僕を迎えてくれた。

 それと同時に店にいるほとんどの冒険者とエルフの店員から睨むような視線が投げかけられてくる。

 

「約束しましたから」

 

「ふふっ、いらっしゃいませ!」

 

 嬉しそうに僕を迎えてくれる姿を見ると少し嬉しくなる。

 シルさんはそのまま店全体に通るように声を張り上げる。

 

「お客様一名入りまーす!」

 

(……酒場ってこんなこといちいち言うお店なのかな)

 

 酒場の知識が全くないから正しいのが何かはわからないからあまり気にしなくていいか。

 

 シルさんに話しかけられたせいかシルさんが声を張り上げたせいかわからないけど周囲の視線を集めながら席に案内される。

 案内されたのはカウンター席。そこにはドワーフの女将がカウンターを挟んで目の前に立っている。

 

「アンタがシルのお客さんかい? シルが言ってたようにかわいい顔をしているけど……中々鍛えているようじゃないか」

 

 少し話しただけですぐにわかった。この人は強い。

 今まで会った人の中でもお母さんに並ぶ……あるいは超えているかもしれない。

 

「その感じだったらシルが言ってたのはあながち間違いじゃないのかもしれないねえ」

 

「? 何のことですか?」

 

「シルから聞いたよ。何でも私たちに悲鳴を上げさせるほどの大食漢なんだそうじゃないか!」

 

「!?」

 

「良いじゃないか! ちゃんと食わないと強くなれないからね! じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を落としていってくれよぉ!」

 

 そう言って女将さんは一度厨房へと引っ込んでしまった。

 思わず僕はじろりとある意図を込めて少し睨むような感じで後ろに立つシルさんを見てしまう。

 当のシルさんはぺろりと舌を出した後にさっと目を逸らした。

 

「シルさん」

 

「えへへ」

 

「えへへじゃないですよ……いつから僕が大食漢だって……」

 

「ごめんなさい、ミアお母さんと話したら色々尾鰭がついてあんな話になってしまって」

 

 てへっと可愛らしい仕草で誤魔化そうとしてくるけどそうはいかない。

 まあとりあえず横に置いておくけども。

 

「あ、メニューこちらになります! たくさん頼んでくださいねベルさん! ちょっと奮発してくれてもいいんですよ?」

 

 ……逃げられちゃった。

 ため息をつきそうになるのを堪えてシルさんから受け取ったメニューを見る。

 

「…………結構高めなんだなここ」

 

 とりあえず比較的安めのパスタとスープを頼む。

 料理を持ってきた女将さんに「酒は?」と聞かれたが遠慮して酒ではない飲み物を注文しておく。

 神様にも言われたしここで飲むつもりはない。

 

 察してくれたのか女将さんが代わりの飲み物をどんっとパスタとスープの横に置いてくれる。

 味は値段相応どころか逆にこの値段で大丈夫なのかと思わず心配してしまうくらいパスタもスープもドリンクも美味しかった。節約していなければもっと食べたくなるくらい…………

 

「すみません女将さん! 追加お願いしていいですか!」

 

「おっ! いいねえ何が食いたい?」

 

「えっと……じゃあこれとこれとあとこれもください!」

 

「任せな! 腕によりをかけてやるよ!」

 

 我慢できずに神様に心の中で謝罪と感謝をしながら少し……結構贅沢に料理を頼む。

 それがわかっていたかのように女将さんはニヤリと笑ってその腕を振るってくれる。

 

「わあっ! 本当に大食漢だったんですねベルさん!」

 

「…………んん、贅沢をしていいってなったら僕は結構食べますよ。あと気づいてたわけじゃないんですね」

 

「どうして贅沢をしていい時以外はいっぱい食べないんですか?」

 

「この量を普段から食べていたらダンジョンで食料に困るからです。ダンジョンでこんなに食べられる機会なんてほとんどないじゃないですか。あとまだ僕の【ファミリア】はお金が全然ないのであまり贅沢ができないって理由もありますけど」

 

 正直食べるのは好きだ。いっぱい食べられるなら食べたいっていうのが僕の本音。

 いつからこんな風になったのか覚えてないし誰の影響を受けたのかはあまり思い出せないけど悪い気分ではない。たしかお爺ちゃんの話に出てきた人だったと思うけど……そのおかげかはわからないけど料理をするのも好きになれた。

 

「ベルさんはえらいですね。頑張る人は私、大好きですよ?」

 

「ありがとうございます、シルさん。ところでお仕事は大丈夫なんですか?」

 

 大好きという言葉に少し嬉しくなるがあくまで“頑張る人”というくくりだということを忘れない。

 

「ええ、キッチンは忙しいんですけど、給仕のほうは間に合ってるみたいですし……それにまだご予約の団体のお客様も─────」

 

「ニャー! ご予約のお客様、ご来店にゃ!」

 

 シルさんが最後の言葉を紡ぐ前に猫人(キャットピープル)の店員さんの元気な声で予約していた団体の客が来たと知らせてくる。

 シルさんは固まってしまったが、女将さんと他の店員さん達の声で帰ってくる。

 

「うう……もう少し話せると思ったのに……」

 

「あははは……頑張ってください、シルさん」

 

 少し哀愁のようなものを漂わせながらシルさんが持ち場へと戻っていく。

 持ち場へと戻るとすぐに纏う気配と表情が切り替わったことにプロ意識を感じる。

 気にしないで食事を済ませようとすると周囲の客の囁き声が聞こえてくる。

 

『……おい』

 

『ん? ……おお、えれえ上玉ッ』

 

『ばか、ちげえよ。エンブレムを見ろ』

 

『……げっ、【ロキ・ファミリア】かよ』

 

【ロキ・ファミリア】。

 

 その言葉に思わず一気に振り向きそうになる。それを抑えて、ゆっくりと彼らが座ったであろう方向を見やる。見覚えのあるエンブレム、見覚えのある二人組、冒険者が纏う気配の質の違い。

 

 そして……見間違えるはずのない金と翡翠の憧憬。

 

 視線が気づかれないように顔を目の前の料理に戻す。

 油断していると涙が零れそうなほどに胸がいっぱいになる。

 美しく成長した思い出の少女に自分を育ててくれた大切な母親。その二人が目と鼻の先にいるという事実だけでどうしようもなく嬉しかった。

 俯いた僕を心配してくれたのか女将さんが話しかけてくる。

 

「坊主? 大丈夫かい?」

 

「……すいません、大丈夫です」

 

「…………そうかい」

 

 女将さんは深く聞かずにサービスだよ、と言って温かい飲み物を優しく置いてくれた。

 その気遣いがありがたかった。

 

 できることなら今すぐにでもあの人たちの元へと向かいたい。

 でもあの日に【ロキ・ファミリア】の門で起きた出来事のせいで向かおうとしても足が動かない。

 万が一にも億が一にもあの日のような言葉をあの二人の口から言われたら僕は二度と立ち上がれない。

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん! 今日は宴や! 飲めぇ!!」

 

 そうやって僕が悶々としているうちに一人の人物が音頭をとり、【ロキ・ファミリア】の人たちが騒ぎ出した。こうなってしまった状態で僕が行ったらしらけること間違いなしだろう。

 それなら仕方ない。神様にも紹介したいしまた今度一緒に会いに行けば……

 

(…………次いつ会えるかわからないのに……二度と会えなくなるかもしれないのに本当にそれでいいのか?)

 

「ベルさん、大丈夫ですか?」

 

 そうやって考えに耽っているといつの間にかシルさんがまた隣に座っていた。

 急に静かになった僕を心配そうに覗き込んできている。

 

「大丈夫ですよ。ちょっとあの人達……【ロキ・ファミリア】が気になってしまって……」

 

「【ロキ・ファミリア】はうちのお得意さんなんです。主神であるロキ様が私達のお店のことをいたく気に入られてしまって」

 

「へえ、すごいですね。確か【ロキ・ファミリア】って都市最大派閥でしたよね?」

 

「はい、そうですよ!」

 

 この情報はありがたい。ここに通っていればまた会える可能性が高い。

 とりあえず今日のところは遠目から見ているだけに済ませようと思っていたその時だった。

 

「そうだ、アイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 

「あの話……?」

 

 一人の獣人の青年が団員どころか酒場にいる客すらも注目させるような大声でアイズちゃんに何かの話をせがんでいる。あれは多分酔っぱらっているな。顔がだいぶ赤い。

 そういえばもう子供ではないしアイズちゃんと呼ぶのはやめたほうがいいだろうか……アイズさん? 

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス! 最後の一匹、俺が5階層で始末しただろ!? そん時にいやがった身の程知らず野郎だよ!」

 

 ミノタウロス、五階層……あれって【ロキ・ファミリア】が原因だったんだ。

 僕がミノタウロス相手に二度目の敗北を喫したあの日。

 ああ、確かによく見たらあの獣人の人、ミノタウロスを倒した人だ。

 

「ミノタウロスって大群を17階層で返り討ちにしたら逃げてったやつ?」

 

「それそれ! 奇跡みてえに上層に上っていきやがってよお。俺たちが泡食って追いかけたやつ!」

 

 ……なるほど、仕留め損なったミノタウロスが上層へ逃亡。

 それを追いかけていってあの人が止めを刺した。

 そしてそれに巻き込まれてしまったのが僕……あとあの冒険者たち。

 

「それでよ! いたんだよ! いかにも駆け出しっていうようなガキがよ!」

 

 まあ本当に駆け出しだから仕方がないことだけども。

 

「抱腹もんだったぜ! ミノの野郎にボロクソにやられたくせに逃げてくミノに「逃げるな」って叫んでやがるんだ!」

 

 

 ………………

 

 

「それでその冒険者はどうなったん? 助かったん?」

 

「運良くミノがそのガキをアイズに向けて放り投げたおかげでな! 怪物のくせに自分が逃げる時間稼ぎでもしようとしたのかね? こざかしいよなあ! まあ俺がいたから逃げられるわけねえんだけどな!」

 

 ……それなら上層に来る前に仕留めればよかったじゃないか。

 漏れそうな声を抑える。そっとあの人たちのほうを見る。

 アイズちゃんは眉をひそめて、お母さんは不機嫌そうに飲み物を飲んでいた。

 

「それでよ! ここからが本題なんだよ! そのガキ、「逃げるな」って威勢よく言ったくせに何したと思う!?」

 

 他の人たちが口々に予想を上げていく。

 しかし、どの予想も外れている。僕は当事者だからあの時何があったのかは確かに覚えている。

 再びその人は大声を上げる。そうだ、僕はあの時─────

 

「くくくっ……勢い良くそのまま逃げ出しやがったんだ! わけわからねえ叫び声上げてよ! 今思い出しても笑えてくるぜ!」

 

 ─────悔しさに耐えられずに逃げ出したんだ。

 笑い声が聞こえてくる。周囲の人も釣られて笑いそうになるのを抑えている。

 それを気にせずに、またその人は続ける。

 

「もしかしてアイズにビビっちまったんじゃねえか!?」

 

「っ! そんな、こと……」

 

 そんなことはない。それだけはありえない。

 

「うちのお姫様助けようとした奴に逃げられてやんのっ! まあお前がビビられるのも仕方ねえよ! お前と牛野郎じゃあ格が違うんだからよおっ!」

 

 その最後の言葉が決め手になったかのようにどっ、と【ロキ・ファミリア】と酒場に一気に笑い声が広がる。

 まだそうだと確定していないのに本当に冒険者(ぼく)がアイズちゃんを恐れたから逃げたのだとでも言うように。

 

「アッハハハハハッ! そりゃ傑作やぁ! 冒険者怖がらせてまうアイズたんマジ萌えー!!」

 

「ふ、ふふ……ご……ごめんなさい、アイズっ、流石に我慢できない……!」

 

「…………や、めて……」

 

「ほらほら! そんな怖い顔しないの! 可愛い顔が台無しだぞ? 大丈夫だよ! アイズが怖いだなんて私たちは誰も思ってないからさ!」

 

 

 …………………………

 

 

 残った料理をまとめて胃の中に放り込む。さっきまであれほど美味しく感じたのに何故か味が一切しなかった。

 シルさんが隣で心配そうに見つめているのが分かる。申し訳ないけど……今は反応できない。

 

「しかしまあ、久々にあんな情けねえ奴見て胸糞悪くなったぜ! 結局尻尾巻いて逃げるくらいなら最初から挑まなきゃいいのによぉ」

 

「ありゃりゃ」

 

「自分の実力がわからねえなら冒険者になるんじゃねえよ。無謀に挑んで犬死にしやがる馬鹿共がいるから俺たちの品位が下がるってもんだ。ハッ、勘弁してほしいぜ」

 

 …………………………何も言えない。無謀に挑んだのは事実だからだ。

 でも挑んだことが間違いだったなんて言わせないし絶対に言わない。あそこで挑んでミノタウロスを食い止めなければ被害は僕一人では済まなかった。

 そんなことを考えていると懐かしい声が獣人の人に物申す。

 

「いい加減そのやかましい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃がしたのは我々の不手際だ。それにその少年が戦ってくれなければ被害はより一層広がっていた。巻き込んでしまったその少年に感謝と謝罪をすることはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」

 

 ビクッと先ほどまで笑っていた人たちが肩を跳ね上げ、固まる。

 お母さん、すごい怒ってる……何回かしか見たことないかも……あんなに怒ってるお母さん。

 その凄まじい怒気を感じたのか一人を除いて誰もお母さんと目を合わせない。気まずそうにお酒を飲んだり、目を逸らしたりしている。

 ただその一人にそんな怒気は伝わっていないのかすぐに反論してくる。

 

「おーおー流石は誇り高いエルフ様。でもよ、そんな救えねえやつを擁護して何になるってんだ。『英雄』なんてものにでも憧れたのか知らねえけど自分の実力を見誤って殺されかけて助けてもらった女から逃げ出す雑魚なんざいねえ方がこの世のためだぜ? それによ……ゴミをゴミと言って何が悪い」

 

「これ、やめえ。ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ」

 

 おそらく主神と思われる人が止めてもベートと呼ばれた人の罵倒は止まらない。

 それにしても酔っているとはいえ流石に口が過ぎる。

 

 ……もういいかな。これ以上居ても気分が悪くなるだけだ。

 

「アイズはどう思うよ? 自分にビビって尻尾巻いて逃げてく情けねえ野郎をよ」

 

「…………」

 

「けっ、ダンマリかよ? じゃあ質問を変えるぜ」

 

 その変わった質問に立ち上がろうとした僕は思わずずっこけて声が出そうになってしまう。

 

「あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

 

 …………あの野郎。

 今までは不愉快と悔しさでいっぱいだったがそこに確かな怒りが現れた。

 ………………だからと言って今はどうしようもないけど。

 

「ベート……君、酔ってるの?」

 

「うるせえ。ほら、選べよアイズ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされたいんだ?」

 

「………………」

 

 アイズちゃんは俯いたまま何も言わない。その目は前髪に隠れて見えない。

 周りの人たちもようやくアイズちゃんの様子がおかしいことに気づいたのか心配そうに見ている。

 

「貴様など眼中にないそうだ……くくっ、無様だなベート」

 

「リ、リヴェリア?」

 

 まるで嘲笑うかのように……というか実際嘲笑ったのだろう表情を浮かべるお母さんに周りの人が視線を奪われる。僕もあんな表情は見たことない。

 

「黙れババアッ! てめえが勝手にアイズの代弁してんじゃねえよ! ああ、それともなんだババア。アイズが俺よりもあのガキを選ぶって言いてえのか!」

 

「…………」

 

「そんなわけねえよなあアイズ。自分より弱くて、軟弱で、救えねえ、情けない雑魚なんててめえの隣に立つ資格なんざねえ。何より! 他ならないお前がそれを認めねえ!」

 

 そしてベートさんは顔を俯かせるアイズちゃんに向けてその言葉を叩きつけた。

 

 

 

 

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ!」

 

 

 

 

 

 女将さんに一言残し、お金を置いて立ち上がる。

 最後の言葉は同意する。雑魚の僕にあの人の隣に立つことなんてできない。たとえあの人が今の僕に隣に立つことを許してくれても僕自身がそれを許さないし許せない。

 

 シルさんにお礼を言って入り口に向かう。話の渦中にいたのが僕だと僕の反応で気づいていたのかこんなことになってしまったことをシルさんに謝罪された。

 

「シルさんのせいじゃないですよ、気にしないでください。それと、朝ごはんのお礼をまだ言ってませんでした。朝ごはんも今日の料理もとても美味しかったです。お店を紹介してくれてありがとうございました」

 

 気にしないでくれという言葉と食事のお礼の言葉を述べて、【ロキ・ファミリア】に気づかれないように入り口に向かう。

 

 またどこかで会えるだろうけど、最後に一目見ようとアイズちゃんの顔を見る。

 気がかりはアイズちゃんの様子だけだ。でもお母さんが動いてくれたのならきっと大丈夫─────

 

「……………………それはダメだろ」

 

 立ち上がり少し移動したことで顔を俯かせていたアイズちゃんの顔が見える。

 その顔が視界に入った瞬間、僕の足は外へは向かわずに勝手に動いていた。

 

 ─────辛そうに、悲しそうに、一筋の涙を流す彼女(アイズさん)の元へ。




いつも感想、評価、お気に入り登録、誤字脱字報告ありがとうございます。
これからも皆様が楽しめるような作品を書いていけるよう精進していきます。

どうかこれからもよろしくお願いします。
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