二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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VSアイズ

「相変わらず大きいな……」

 

 翌日、朝の日課の訓練を終わらせ、昼のかなり前の時間に【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)へと訪れていた。

 神様は酒場の打ち上げの際にだいぶ疲れてしまったのか僕が朝練を終わらせてもまだ眠っていた。バイトは休みとのことだから起こしていないがお昼に一緒にご飯を食べる約束をしているのでそれまでには起きていてほしい。

 

「あの…」

 

「あっ、君は昨日の! よく来てくれたっす!」

 

 門の前で待っていてくれたのは人間(ヒューマン)の青年。

 人当たりの良い笑顔を浮かべて僕を温かく迎えてくれる。

 

「自分はラウル・ノールドって言うっす! 今日は自分が団長たちの所まで案内させてもらうっす!」

 

 あの日のこともあって少し警戒していたことが馬鹿らしく思える。

 この人は多分中間かそれ以上に位置するような人だろうけどこちらを見下しているような雰囲気は一切感じない。

 僕自身、色眼鏡で見ていた部分があることを反省する。

 

「結構広いんで自分についてきてください! 団長たちは応接室で準備を整えて待ってるので!」

 

 こちらへ、とラウルさんが門を開き中に入っていく。

 それに続いて僕も【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)へと入る。

 内部も外部に負けず劣らずとても立派だ。思わず自分たちの本拠と比べてしまうくらいだ。

 

 どこに何があってどんな部屋があるのかが気になり、周りをキョロキョロと見てしまう。正直かなりワクワクする。

 そんなワクワクも束の間、本拠内にいる人たちの視線を浴びながら歩いているといつの間にか応接室へとたどり着いていた。

 

 ラウルさんが応接室の扉を軽く叩き、中の人に呼び掛ける。

 

「団長、失礼します!」

 

 するとすぐに返答が返ってきた。

 

「ああ、入ってくれ」

 

 扉が開く。ラウルさんは扉が閉じないように立ち、僕に部屋に入るように促す。

 それに従い部屋に入る。その部屋の中には見覚えのある人が4人……いや1柱と3人。

 

「わざわざここまですまない、ベル・クラネル」

 

「いえ、僕の方こそこんな朝早くからすみません。フィンさん、ガレスさん、リヴェリアさん、ロキ様」

 

 【ロキ・ファミリア】の主神と三首領が応接室で待っていた。

 机を挟んでフィンさんたちの対面になるように置かれている椅子に座る。

 

「今日は時間を取っていただきありがとうございます」

 

「それはウチらの台詞やな。ウチらに挽回の機会をくれてありがとうな」

 

「早速本題に入っていこうと思うがそれでいいかい?」

 

「よろしくおねがいします」

 

 そう言って机の上に置かれたのは見ただけでずっしりとした重量感が伝わってくる見覚えのある亜麻色の袋。

 数は五つ。袋の中身は想像がつく。

 

「まずはあのミノタウロスの件の慰謝料として600万ヴァリス、次にその謝礼金として400万ヴァリス。計1000万ヴァリスだ。少ないがこれを受け取ってもらえるかい?」

 

 ………少ない? 1000万が少ない?

 ちょっと……いや結構困惑する。少し前まで冒険者ですらなかった僕には第一級冒険者(フィンさんたち)の金銭感覚が理解できない。

 1000万は大金だ。これだけあれば毎日ダンジョンに潜る事なんてしなくても神様に大分楽をさせることができる。

 困惑している僕を見兼ねたのかフィンさんが苦笑いを浮かべながら声を掛けてくる。

 

「この程度の額しか払えなくて済まないね」

 

「この程度って……十分大金じゃないですか!?」

 

「そうかい? もしもあの日君が助けてくれなければ僕達は様々なものを失っていたよ? 1000万どころじゃあ済まなかっただろうね。お金だけじゃない、今まで築き上げてきた名声に都市の人々からの信頼など………これらの金銭の取引では取り返しようのないものを間違いなく失っていた。そんな危機的状況に陥っていた僕達を君は救ってくれたんだ」

 

 そう言われて少し納得がいく。

 まだまだ駆け出しの僕に対して都市最大派閥であるフィンさんたち。

 僕とフィンさんたちでは失うものの重さが違うんだ。

 

「当然じゃが金銭のみの取引で済ませようなどとは思っておらんからな」

 

「そもそもフィンが言った通り、この程度では到底足りん」

 

「そうやなあ……ダンジョンの件以外にも入団の件でも少年には迷惑をかけっぱなしやからな」

 

 入団の件と聞いてまだあの人たちの処遇を聞いていなかったことに気づく。

 

「そういえばあの人たちは結局どうなるんですか?」

 

「判明して昨日の今日だ。まだ正式な処遇は決まっていない。決まっていないが最低でも恩恵を放棄したうえで【ファミリア】追放となるだろう」

 

 まあ妥当な所だろう。

 同情しようなどともう思うことはない。これに関しては彼らの自業自得でしかないのだから。

 それに二人とまた一緒に暮らせる機会を奪った彼らに同情したところで時間と記憶の無駄でしかない。

 

「処遇が決まったら伝えようか?」

 

「いえ、必要ないです」

 

「そうか……では」

 

「ああ、本題に移るとするかのう」

 

 本題? もう慰謝料と謝礼金の話は済んだ。それに門番の二人の話もだ。本題と言っても……

 

「さっきも言ったが儂らは金銭のみで詫びようなどとは思っておらん。金銭はあくまで前提としてのものじゃ」

 

「いくつか考えてみたんだが聞いてくれるかい?」

 

 ああ、確かにこのような話に入るのならフィンさんたちにとってはここからが本題だろう。

 無言で一つ頷き、話に耳を傾ける。

 

「まず一つ目が冒険者依頼(クエスト)の無条件受注。あくまで僕達ができる範囲にはなってしまうが君から頼まれた冒険者依頼は全て無条件で受注しよう」

 

 【ロキ・ファミリア】は都市最大派閥。その彼らができる範囲の冒険者依頼。

 実質全ての冒険者依頼を彼らは無条件でこなしてくれることになる。

 他の話はまだ聞いていないが正直これだけでもお釣りが来るかもしれない。

 

「二つ目が武具の贈与。酒場での話を聞く限り、ミノタウロスとの戦いで武器を失ったばかりなんじゃろう? その剣の補填となるようにまず一本、武器を見繕わせてくれ。その武器が壊れた場合も儂らに伝えてくれれば新しい武器も贈ろう。当然じゃが、代金は全てこちらが持つ。無論、鍛冶師との専属契約やお主だけの武器というものを見つけたのならそれでよい。あくまでお主にとっての繋ぎになれることを儂らは望む」

 

 これもありがたい。

 ギルドから支給された武器ではとてもじゃないがダンジョンで戦っていくには心許なかった。

 さらに下の階層を目指す以上、あの剣のように最低限スキルに耐えられる武器が欲しかった。

 

 とはいえガレスさんの言った通り、贈ってもらうのは自分だけの武器を見つけるまでにしよう。

 

「そして三つ目。オラリオで暮らす以上今回のような出来事に巻き込まれる、もしくはお前やお前の【ファミリア】を狙った抗争が起きることもあるだろう。その時、本当にまずい状況になった場合、私たちを頼ってくれ。必ず力になろう」

 

 前二つと比べて確定で起きるというわけではないだろうけど最大派閥の後ろ盾を得られるのはとてもありがたいかもしれない。

 ただ頼りきりになってしまう可能性があるのが怖いところだけどそんな甘い人たちじゃないから大丈夫だろう。

 

 それに頼りきりになるような心を持っているのなら僕はとうの昔に死んでいる。

 

「あと言ってへんかったけど回復薬(ポーション)と、あと魔法も使えるんやったら精神力回復薬(マジック・ポーション)とかも必要なら贈らせてもらうで。流石に万能薬(エリクサー)はそんなに多くはやれんけどそこは許してくれな。………これらが今うちらの出せる最大限の謝意やな。どうやろうか、今までの行いの謝罪、受け入れてもらえるか?」

 

 視線が集中する。

 受け入れるかどうかなど昨日の時点で決まっている。

 答えは当然─────

 

「もちろんです。これだけのことをしてもらって受け入れないわけないじゃないですか」

 

「……ほうか、ありがとな、ベル」

 

 少しほっとしたような表情をロキ様が浮かべる。

 僕も悩み事が解決してなんだか気持ちが楽になったような気がする。

 ロキ様達ほどじゃないかもしれないけど。

 

「あ、お金どうやって持って帰ろう……」

 

 見ただけで大量のヴァリスが詰まっているのがわかる袋が五つ。

 帰る道中、何かが起きそうだ。

 それに何も起きなくてもあの本拠に置いておくのは色々と危ない。

 

「ベル、全て持ち帰るのが不安なのなら私に任せてくれないか? ベルの名義でギルドの金庫に保管しておこう。受付の誰かに言えば取り出せるようにしておくから任せてくれ」

 

「あ、ありがとうございます、お願いします!」

 

 このほうが遥かに安全だ。そうしてもらおう。

 本拠にそのまま置いておくよりも何百倍も安心できる。

 

「……話はまとまったようだね。これで僕達の会合も終了しようと思う。何か聞きたいことやしておきたいことはないかい?」

 

 そう言われるが特にこれと言って聞きたいこともない。

 十分すぎるほど色々なものももらえることになった。

 もうこれで─────

 

「…………一つ、いいですか?」

 

「ん? なんだい?」

 

 あった。

 ここに来た時からずっとやってみたかったことが。

 

「えっと、その─────」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「こうやって並んで歩くのもいつぶりだろうな」

 

「あの日以降会えてないですし……七年ぶりぐらいですか?」

 

 僕が頼んだこと……それは【ロキ・ファミリア】の本拠、“黄昏の館”を見学することだ。

 案内人はもちろんお母さんで。

 

「もうそんなに経つのか……今でもあの日々が昨日のことのように思い出せるのだがな」

 

「僕もです。おか……リヴェリアさん」

 

「む……今は二人きりなのだから前のように呼んでくれても構わないんだぞ?」

 

「いえ、どこで誰が聞いているかわかりませんし今はこれで。迷惑はかけたくないですから」

 

 村で暮らしているときに一度エルフの人の前でリヴェリアさんのことをうっかりお母さんと呼んでしまったことがある。

 その時はおじいちゃんが機転を利かせてくれたおかげで事なきを得たけど、あの時のエルフの人のめんどくさ……厄介さは心に刻み込まれている。

 あの日がお母さんが言っていたことをちゃんと理解した日だったかもしれない。

 

「そうか……まあ仕方がないか……」

 

 お母さんが寂しそうな表情を浮かべる。

 珍しいその表情に心が痛むけどそれでも迷惑はかけたくないから表で母と呼ぶのは我慢する。

 

「リヴェリアさん、どこから案内してくれますか?」

 

「そうだな……まずは食堂に行ってみるか」

 

 こくり、と頷き並んで歩きだす。

 道中色んな人がお母さんに話しかけてくる。

 色んな人に慕われているようでちょっと鼻が高い。

 

「広い…!」

 

「そうだろう? ここが【ロキ・ファミリア】の食堂だ。基本的に食事は皆ここで済ませている。食事以外の目的に使うことも─────」

 

「ベル!」

 

 食堂に着き、お母さんと話をしているとアイズさんが僕達の元に駆け寄ってきた。

 

「食堂で走るな、はしたないぞ。珍しいな、お前がこの時間まで本拠に留まっているなんて」

 

「ベルが来るって言ってたから……待ってた」

 

 アイズさんが嬉しそうに微笑んでいる。

 昨日の涙は晴れたみたいだ。

 

「昨日ぶりですね、アイズさん」

 

「うん…もう話は終わったの?」

 

「はい! 今はリヴェリアさんたちにお願いしてここを見学させてもらってるんです」

 

「そうなんだ……ねえベル、リヴェリア………ベルとしたいことがあるんだけど……少しだけ、駄目?」

 

 ふむ、とお母さんが口元に手を当てて僕の方を見る。

 僕次第ということだろう。

 急ぎの用事でなければ後でもいいかもしれないけど……アイズさんのお願いだし優先したい。

 

「わかりました。どうしたらいいですか?」

 

「えっとね………ついてきて。リヴェリアも」

 

 アイズさんに手を握られて引っ張られる。その後ろを少し苦笑いを浮かべたお母さんがついてくる。

 転ばないようになんとかついて行くと開けた場所に出る。多分中庭だ。

 

「こんなところに連れてきて何をするつもりだ、アイズ。まあここに来た時点で予想はつくがな」

 

「えっと……ベル…私と戦ってくれない?」

 

「えっ?」

 

 アイズさんのその言葉に思わず呆けたような声が出る。

 お母さんは何を頼むか予想がついていたのかため息をついている。

 

「昨日のミノタウロスの話が…気になって……それにベルがどれくらい強くなったのかも……見てみたい」

 

 よく考えたらこれは良い機会かもしれない。

 アイズさんと……遥か格上の人と戦える機会なんて滅多にない。

 それに今の僕がどの程度憧れの人(守りたい人)に近づけているのかを知れる。

 

「わかりました。僕の方からもお願いした……あ」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 そこで気づく。今、手元に武器がないことに。

 それに武器があってもギルド支給の武器しかない。 

 

「すみません。武器が今手元になくて……ちょっと取りに行ってきます!」

 

 素手で戦うこともあるけどどれくらい強くなったのかを見せるなら全力で戦いたい。

 そんなことを思い、足を本拠の出口に向けるとお母さんに止められる。

 

「いや、待て。武器なら本拠内の倉庫にある。ギルド支給の物よりかは良い武器なはずだ」

 

「でも、【ロキ・ファミリア】の私物ですし……流石にそれを借りるのは……」

 

「倉庫でずっと眠っているよりも上手く使ってくれる方が武器も喜ぶはずだ。ロキ達には私が許可は取っておく。借りて……いや、もらってやってくれないだろうか」 

 

 何故か僕がもらう立場なのにお母さんに頼まれてしまった。

 そこまで言ってくれるのならもらっておきたい。

 無くて困ることはあっても、あって困ることはほとんどないはずだ。

 

「じゃあ一本……もらってもいいですか?」

 

「もちろんだ。アイズ、私はロキたちに話を通してくる。ベルを倉庫まで案内して一緒に武器を選んでやってくれ」

 

「ん……わかった」

 

 アイズさんと一緒に倉庫へと向かう。

 たどり着いた倉庫内は武器に防具に色んなものが置いてあった。

 

「ベルが使うのは……子供の頃と一緒なら片手剣?」

 

「はい、そうですよ」

 

「……じゃあこのあたりかな……どれもちゃんと整備はしてあるから安心してね」

 

 アイズさんが示した場所には結構な数の片手剣が立てかけてあった。

 標準的なものから長さや太さが通常とは異なるもの、特徴的な形のものなど思ったより色々な種類がある。

 

「振ってみてもいいよ……あ、でも…ぶつからないようにね?」

 

 アイズさんに許可をもらい、いくつか手に取って軽く振ってみる。

 だが重さ、長さ、横幅、そのうちのどれかが手に馴染むものがあってもそのすべてが馴染んでくるような武器が中々見つからない。

 

(流石に特注品(オーダーメイド)ってわけじゃないし欲張っても仕方がないか……とりあえずこの剣を─────)

 

 妥協してある程度手に馴染んだ武器を選ぼうとしたその時だった。

 視界に一つの剣が入り込む。

 

 柄の色はあの剣とは真逆の鮮やかなほどの真紅。その燃え上がるような紅に目を奪われた。

 吸い寄せられるようにその剣を手にする。

 

「…………アイズさん、これにします」

 

「……いいの? 一回も試し振りしてなかったけど…」

 

「はい……この剣がいいです」

 

 黒い鞘から刀身を少し抜き出す。刀身の色も柄と同じ真紅。

 重さも長さも横幅も丁度良い。それに見た目も良い。まるで僕のために打ってくれたような剣だ。打った人の名前は……残念ながらちょうど掠れていて読めない。剣の銘も同じく。

 

「打った人が分からないのは結構残念だな……」

 

 とはいえこの武器しかないと言える武器が手に入った。

 その武器を腰に携えて僕はアイズさんと共に中庭へと戻っていった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 剣をもらい再び中庭に戻った僕はアイズさんと向かい合う。

 それを見守るのはお母さんと中庭で鍛錬を行っていた何人かの団員。

 

「……じゃあ…やろうか」

 

 アイズさんが剣の柄に手を伸ばし引き抜く。

 しかしその剣を構えることはなくお母さんに手渡し、アイズさんは鞘だけを持って僕と相対する。

 

「鞘だけ……ですか」

 

「うん……今の君にはこれで十分だと思う」

 

 ぴくっとその言葉に反応してしまう。

 だが何かを言おうとする前にアイズさんの纏う雰囲気が一変したことに気づく。

 気づいた瞬間に僕は腰に携えていた剣を構えていた。

 

「良い反応だよ……君は全力で私を倒しに……ううん、殺しに来て。魔法も持ってるなら使ってもいいよ」

 

「っ! それは……!」

 

「大丈夫……掠りもしないから」

 

 “傷を負わせてしまうかもしれない”

 心の内の懸念はそれを看破したようなアイズさんの言葉に受け止められる。

 その言葉と共に自身の認識が間違っていることに気づく。

 

 アイズさんが言っている言葉はどれも煽りなんてものではない。

 ただ純然たる事実を並べているだけなのだ。

 

 今の僕達にはそれだけの実力差があるのだ。

 

「……わかりました。全力で行きます」

 

「うん、おいで」

 

 空気が張り詰める。

 アイズさんは微動だにせず、僕もまた動かない……否、動けない。

 どのような方法で彼女に向かってもその全てが斬り伏せられるのを確信してしまったからだ。

 

 動いていないのに額から汗が流れ落ちる。

 心臓の音がやけに大きく聞こえる。

 

「っはあああああ!!」

 

「ちゃんと考えて攻撃できたね。でも駄目だよ」

 

 意を決して彼女の間合いに入った瞬間、視界に斜線が入った。

 少し遅れて脇腹に凄まじい衝撃が走る。

 

 加減はしてくれているんだろうけどそれでも尋常じゃない速度で地面を転がり続ける。

 今の薙ぎが鞘ではなく剣だったら……僕の胴体は真っ二つに裂かれていた。

 

「っっ! ……がはっ………」

 

「考えるのはすごい良いことだよ。でも考えが中途半端なまま……迷いを持って戦うのは駄目。その一瞬がダンジョンだったら生死を分けちゃうから」

 

 あの瞬間、確かに迷いは持っていた。

 それでもたった一瞬のことだったはず……それを彼女は見逃さなかった。

 

 その一瞬でガラ空きになった胴体に鞘を叩きこまれた。

 村での訓練の時に何度も何度も目にしていたから彼女の速さは知っている。でも今の速さは全く知らない速さだ。

 

(馬鹿か僕はっ! アイズさんも強くなっているに決まってるのに昔の認識のまま戦うなんて!)

 

「立てるよね?」

 

「もちろんです!」

 

 どこか僕が立つと確信しているような声音で問いかけてくる。

 当然すぐさま立ち上がり、剣を構え対峙する。

 すると彼女はどこか満足したような表情を一瞬浮かべた。

 

「痛みには慣れてるみたいだね。じゃあ次は私から……」

 

 恐ろしい速度の刺突が鳩尾を狙う。

 体をひねりながらなんとか後ろへと跳ぶ。鞘が再び脇腹を掠めるが吹き飛ぶことはない。

 後ろへ着地した瞬間、すぐさま前へ。鞘を突き出し、一瞬の無防備を晒すその身体に剣を薙ぐ。

 

 しかし、その剣は空を切る。

 目の前にいたはずのアイズさんは視界から消え失せていた。

 瞬間、背後からの強烈な回し蹴りが僕の脇腹に突き刺さる。

 

 中庭の中央から壁際まで跳ねて植木に突っ込んだ所でなんとか止まる。

 

「今のも反撃までは良かったよ。でも私を見失っちゃったのは駄目……攻撃が当たると確信しちゃって視野が狭くなってたんだと思う。視野を広く持てば今のも防げなくても威力を抑えることは出来てたと思うよ……」

 

 どんどん欠点が見つかる。力試しどころかただの訓練みたいだ。

 でもこれはすごい良い機会。今の彼女と僕の実力差、僕の欠点、色々なものが見えてくる。

 頬から流れる血を拭って立ち上がる。へこたれてる暇なんてない。

 

「この戦いで見たいのは……私を相手に今のベルがどこまで出来るのかってところだよ………その途中で教えていくこともあるけどそこは変わらないから……どれだけ強くなったのか……私に見せて?」

 

 その言葉に俄然やる気が湧いてくる。

 そうだ……これは僕の今の力をアイズさんに見てもらうための戦いだ。このままやられっぱなしでいいわけがない!

 見せてみろ……今の僕の力を……憧れのこの人に!

 

「っっはい!!」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 とても嬉しかった。

 たった七年、しかも恩恵を貰えていない七年間と恩恵を貰ってからの二週間ほどでベルがここまで強くなってくれたことが。

 

 流石にわざと当たってあげるわけにはいかないけど今のベルだったら同レベル帯どころか一つ上のレベルの冒険者にも勝てるという確信がある。

 それだけの対応力が身についている。

 

(でも……まだ足りないかな……)

 

 Lv.1としては十分すぎるほどの技は身についている。時々私の攻撃を傷を負わずに逸らすことが出来ているのがその証拠だ。ただ駆け引きはまだ不十分だと思う。

 レベルの差、戦闘経験の差はあるけど今ベルが何をしたいのか手に取るようにわかってしまう。だからこそ容赦はしない。

 

(でも……すごく強くなったんだね…ベル)

 

 先ほどの言葉からずっと一方的な戦いになってしまっているから説得力はないかもしれないけどそれでもベルはすごく強くなった。

 あの日の約束……覚えててくれてるのかな………

 

 ベルの瞳から光がなくなりつつある。動きも鈍い。

 体力も気力もそろそろ限界が近いのだろう。

 

(もう十分かな……終わらせよう)

 

 足に力を込めて追撃を加えようとしたその時、ベルの瞳に強い光が戻った。

 身体はボロボロ、体力も気力も限界そうだけど目は死んでない。今のベルにできることは……魔法かな。

 

「まだ……ここからです……! 【目覚めよ(ブロンテ)】……【ケラウノス】!!」

 

 ベルの身体を雷が包み込む。

 私の風と同じ……『付与魔法(エンチャント)』……?

 ここまで使ってこなかったのは精神力の消耗が激しいからかな。

 

「ん……きて、ベル」

 

 鞘を向けて再び対峙する。

 ベルの体力的にこれが最後だろう。

 最後まで集中してベルの実力を見極めよう。

 

 雷を身に纏ったベルが構える。

 その一挙手一投足を見逃さないように集中する。

 

 雷鳴が鳴り響いたその時だった。ベルが雷光に包まれ、掻き消える。

 

「っ!?」

 

 驚愕と困惑、そして動揺が頭を支配する。

 その中で辺りを見回していると何かが激しくぶつかったような音が背後から聞こえた。

 

「えっ………えっ!? ベル!?」

 

 音の正体はなぜか身体を黒く焦がして壁の一部の崩落に巻き込まれているベル。

 Lv.5の自分が一瞬見失う速度で壁に激突したLv.1のベル。一瞬最悪の想像が過る。

 頭を振って慌てて回復薬を取り出しながらベルに駆け寄る。

 

「リ、リヴェリア!? どうしよう…」

 

「慌てるな。とりあえず万能薬をベルに……」

 

 リヴェリアも激しく動揺しているのか部屋に戻り、万能薬を取りに行こうとしている。

 結構なパニックに陥ってる中、一人の少女の声が中庭に響く。

 

「リヴェリアもアイズも落ち着きなよ。とりあえず回復薬かけてあげたら? はいこれ!」

 

「あ……そうだね、ありがとうティオナ」

 

 声の正体はティオナ。

 開始時にはいなかったはずだが、途中から来ていたのかティオナがいつの間にか中庭にいた。

 そのティオナの言葉に少し冷静さが戻ってくる。

 彼女の言う通り、とりあえず火傷の跡や戦闘で出来た傷跡に回復薬をかける。

 

「いっ……ててて…………まだ、できないか…………すみません、アイズさん」

 

「ううん……大丈夫? ベル……とりあえずこれ、飲める?」

 

 意識があるのにホッとする。回復薬も飲んでくれたからひとまずは大丈夫だろう。

 あんな速度で激突したときはどうなるかと思ったけどそこまで深い傷ではなさそうだ。

 でも頭からぶつかったようだし油断はできない。

 

「もう大丈夫です、続きを……!」

 

「ううん、もう十分ベルの力はわかったから終わり。無茶させてごめんね?」

 

 これ以上無茶をさせて万が一が起きることなんて考えたくない。

 ベルは悔しそうな顔をしていたけどぐっと堪えてくれたみたいだ。

 

「そんな顔しちゃ駄目だよ……リヴェリア、ベルの手当てしてくるね」

 

「………ん? ああ……頼む…」

 

 珍しい。

 リヴェリアなら止めてきて自分がやるって言うと思ってたのに。さっきまでパニックになってたから逆に落ち着いちゃったのかな。

 気になることはすごいあるけどベルの治療が先だ。

 ベルに肩を貸して移動する。リーネか誰かがいたら手伝ってもらおうかな……

 

 何やら考え事をしているリヴェリアを置いて私とベルは本拠内へと入っていった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「……なんだあの魔法は」

 

 ベルが最後に使った『付与魔法(エンチャント)』。

 ただの付与魔法ならばここまで驚くことはなかったかもしれない。

 だがあの魔法の性能はそこらの魔法の性能とは格が違う。

 

「あれすごく痛そうだったなー。でもすごかったね! あの子!」

 

「すごくなんかないわよ。最後のは暴走でしょ?」

 

「でもさでもさ! ティオネ、最後のあれ、見えた?」 

 

「………かろうじて、ね」

 

「私も! 外から見てたからわかったけど、あれ目の前で使われたら多分見えないよね!」

 

 前衛で戦っているティオネとティオナでさえ外から見なければ対応できないと推測するほどの速度。

 目の前で見ていたあの子からしたらベルが一瞬で消えたように見えただろう。

 そんな速度をLv.1が出すなど前代未聞だ。

 

「雷による身体強化……いや、あの速度を出すのならあの程度の傷で済むはずがない。身に余る魔法は自身さえも傷つける」

 

 数年前のアイズがそうだったように。

 ベルの身体はかなり火傷を負ってはいたがその程度で済んでいる。

 身体能力をLv.5以上に強化なんてしたら全身の筋肉や神経が断裂どころか吹き飛んでいてもおかしくない。

 だとすると何か違う方法であの速度を……?

 

「………まあいい。原理などは置いておいてとりあえず軽く説教だな。あんな無茶ができないように釘を刺しておかなければ」

 

 再会して早々説教など気が進まないが、それでも無茶して死んでしまうよりは遥かにマシだ。

 一度部屋へと戻り、治療に必要なものを手にしてベルとアイズを探す。

 予想通り二人はアイズの部屋にいた。治療は少し無骨だが終わっているようだ。

 

「あ、リヴェリア」

 

「リヴェリアさん?」

 

 談笑していた二人がこちらを見る。

 ………懐かしい気分だ。

 

「大丈夫だったか、ベル」

 

「はい! そこまで深い傷ではなかったので!」

 

 平気だというように軽く腕を掲げる。

 本当に平気そうだが……それはそれだ。

 

「そうか、それは良かった。だがベル……あの無茶は頂けない」

 

「えっ?」

 

「強くなったところを見せたいという気持ちはわかるが無茶をしすぎだ。大きな傷を負ったらどうするつもりだったんだ」

 

 静かにベルの目を見つめながら語り掛ける。

 何度かベルを叱りつけたことはあるが、ただ怒鳴り散らすよりもベルにはこの方が効く。

 

「……言い訳はしません、すみませんでした」

 

「格上に挑むときはどこかで賭けが必要になってくることもある。だがあれは無謀だ。相手がアイズじゃなければお前はそのまま殺されていた。それはわかっているな?」

 

 数瞬とはいえ戦闘中に意識を失うなど死と同義だ。

 自分でも制御できない魔法ならば使わないほうが良かった。

 

「はい……」

 

「あの魔法はお前が手に入れた力だ。使うななどとは言わん。力の使い方、使い時を決して間違えるな。わかったな?」

 

 静かにうなずいてくれる。

 これならば余程のことがない限りあんな無茶な使い方はしないだろう。

 

「それにしてもあの魔法はなぜ初めから使わなかったんだ? 使っていたらもう少しまともに戦えていたと思うが」

 

 あのような無茶な使い方をした理由の一つに追い詰められたからというのもあるはずだ。

 初めからでなくともある程度素の状態で戦い、その後に魔法を使えばとも思うが……

 

「この魔法、すごく精神力を使うんです。最初から使っていたらすぐに精神疲弊を起こしちゃうので温存してたんです。温存しすぎて先に追い詰められちゃったんですけど……」

 

 破格の性能を持っている魔法だ。当然の燃費の悪さか。

 消耗の激しさはアイズの『風』とは比べ物にならないみたいだな。

 アイズの魔法を基準にしていたが普通はそうなるか。

 

「レベルか【ステイタス】が上がればなんとかなるかもしれないんですけど……」

 

「ふむ……」

 

 確かに魔力のアビリティが上がれば燃費の悪さも抑えられるかもしれないが……根本的な解決にはなっていない。

 どうしたものか………

 

「『杖』とかを持ってみたらいいんじゃないかな……」

 

「『杖』……ですか?」

 

「うん……詳しくないからよくわからないけど……精神力の消耗を抑える魔宝石とかがあればどうにかできるんじゃない…?」

 

 杖に魔宝石か……ふむ……

 一つ思い浮かぶが……

 

「でも『杖』を作るほどのお金はないからもっと強くなってからかな……魔法に頼りきりになるのもよくないしね」

 

「うん……それもそうだね」

 

 そうだ、代金の問題がある……いや、あれと一緒に渡しておけば代金なんて……

 だがそれはこの子を腐らせてしまうかもしれない……

 仕方ない……とりあえず渡すのは保留にしておこう。だがあれは渡しておくとするか。

 

「……あっ、そろそろ戻らなくちゃ。もう少しでお昼だし今日は神様とご飯を食べる約束をしてるから」

 

 ベルの見送りのために三人並んで玄関へと向かう。

 途中、もう一度部屋に寄ってあるアイテムを手にしておく。

 

「フィンたちの見送りは止めておいたが良かったか?」

 

「はい、フィンさんたちも忙しいでしょうし大丈夫です」

 

「ベル…またね」

 

「はい! リヴェリアさんもまた!」

 

 明るい笑顔を浮かべて立ち去ろうとするベル。

 

「待て、ベル」 

 

 それを呼び止めて部屋から持ってきたある石を手渡す。

 不思議そうな表情でそれをじっと眺めている。

 

「リヴェリアさん、これは…?」

 

「この石を神ヘスティアに渡しておいてくれ。いずれ必ずお前の力になってくれるはずだ」

 

 言っている意味は分からないかもしれない。

 だがそれでも私を信頼してくれているのか疑うような様子も見せずにそれを懐にしまう。

 

「わかりました! ありがとうございます!」

 

「……今はそれしか渡せないが時期が来ればまた渡したいものがある。それがいつになるかはわからないが楽しみにしておいてくれ」

 

「? はい!」

 

 そうして今度こそベルは黄昏の館から去っていった。

 

 アルフィアが妹に、ベルに遺した莫大な遺産が入った隠し金庫の鍵を本当はここで渡しておくべきだったのかもしれない。

 だがまだベルはLv.1。頼りない状態で鍵を渡し、下手を打って命を狙われ、奪われるようなことがあれば悔やんでも悔やみきれない。それにアルフィアに呪い殺されてもおかしくない。

 

 だから最低でもLv.3。ある程度自衛が出来て安定した暮らしができるようになるまでこの鍵と遺産はそのまま残しておくことに決めた。あの魔宝石以外は。

 最後に渡したあの魔宝石は金庫から取り出し、整備していたアルフィアの魔宝石の一つだ。あれぐらいの手助けならばきっと大丈夫だろう。

 

 少し不安に、けれどその日が来るのを楽しみに待ちながらアイズと共に本拠の中へと戻っていった。

 

 その日がそんなに遠くないことをリヴェリアも、アイズも、ベルも、今は誰も知らない。

 

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                




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