闘技場の外。
外まで響いてくるほどの闘技場内の盛況と比べれば盛り上がりに欠けるものの多くの人々で賑わう正門。
内部に入る前にシルさんを探すためにそこから離れた外周部を歩いていると見知った顔が目に映る。
「あ、エイナさん!」
「ベル君! 君も怪物祭を見に来たの?」
「はい! そんな感じです」
「ふーん……君がベル君が話してた『エイナさん』か」
興味深そうにじーっとエイナさんを見つめる神様。
そういえば神様にエイナさんのことを話したことはあっても、直接会ってもらったことはなかったっけ。
僕が紹介しようと口を開こうとすると、それよりも早くエイナさんが神様に会釈をする。
「わたくし、ベル・クラネル氏のアドバイザーを務めさせていただいているギルド事務部所属のエイナ・チュールと申します。初めまして、神ヘスティア」
「そんな畏まらなくていいよ。初めまして、ベル君の主神のヘスティアだよ。いつもベル君が世話になってるね」
礼儀正しく頭を下げているエイナさんに返すように神様も頭を下げる。
二人が顔を上げるのを確認してからエイナさんに質問する。
「エイナさんはお仕事ですか?」
「うん、そうだよ。フィリア祭はギルドも一枚嚙んでるからね。私はお客さんの案内をしてるの」
「こんな日に仕事なんて君も大変だねえ……」
同情するような視線を向ける神様に苦笑を向けるエイナさん。
確かにギルドも関わってるお祭りとはいえ、こんな日に仕事に駆り出されるのは少し同情してしまうかも……
「お二人ともそんな顔をしないでください。せっかくのお祭りなんですから楽しまなきゃ損しちゃいますよ?」
何故か逆にエイナさんに励まされてしまった僕と神様はちょっと居心地が悪くなってしまう。
そんな空気を払しょくするようにエイナさんが明るく語り掛けてくる。
「さあ、その話は置いておきましょうか! お二人ともここに来たということは闘技場の催しを見に来たんですか?」
「……ああ! そうだよ! 色んなところで噂されてたから気になってしまってね!」
「それと人を探しているんです。ウェイトレスの格好……は流石にしていないか。銀の髪のヒューマンの女の子を見てませんか?」
「銀の髪の………うーん、ちょっと見てないかなぁ」
手を顎に当てて、記憶を思い返してくれたようだけど流石にこれぐらいの情報では思い当たる人はいないらしい。
代わりに闘技場内に入るには多少の入場料がいるため、財布を持っていないならその人が闘技場内に可能性は低いだろうという旨をエイナさんから伝えられる。
見かけたら声を掛けてくれるとのことなので神様には少し申し訳ないけどもう少しだけこの周辺を探してみることにした。
そうして進もうとしたその時、恩恵を得たことで強化された聴覚が地の底で何かが蠢く音を微かに捉えた。
不思議に思い、地面に手を当ててみる。が、もうそこからは何も聞こえなかった。
「ベル君? どうしたんだい?」
「何か落とし物?」
「…………エイナさん、モンスターが捕らえられている檻って闘技場の中にあるんですか?」
「えっ? うん、そうだけど……それがどうかしたの?」
「…………いえ、じゃあ何でもないです」
怪訝そうな視線を向けられるがとりあえず立ち上がる。
神様には何でもなくないということはバレているのだろうけど特に追及してくるような様子はない。
(闘技場の人が盛り上がったから地面が揺れたのかな……いや、それにしては……)
念のためこの違和感を頭の片隅に入れておき、エイナさんに一礼して歩き出す。
歩き出したところで今度は地の底ではなく、すぐそばの闘技場の門から何かが爆発する音が聞こえた。
それは僕だけでなく、エイナさんや神様にも聞こえていたようだ。
「な、なんだい今の音は!?」
「いったい何が……あれは……なんでモンスターが!?」
辺りを見回していたエイナさんの顔が真っ青になる。
彼女が視線を向けた先を見るとそこからは複数のモンスターが飛び出してきていた。
そのうちの一匹、純白の毛並みを持つモンスターがたまたまなのか街に散るのではなく、僕達を見るとそこ目掛けて突き進んできた。
「シルバーバックか……!」
ダンジョン11階層が生息域のモンスター。
ミノタウロスより格下とはいえ、普通のLv.1の冒険者では到底敵わない相手。
「エイナさんたちは下がっていてください。あれは僕が引き受けます」
「何言ってるのベル君!? 君も知ってるでしょ!? シルバーバックは……」
「11階層のモンスターですよね。大丈夫です、エイナさん。この程度なら」
武器と防具を装備しておいて良かった。
体力も十分にあるしこれならどうとでもなる。
それに…………
「……任せたよ! ベル君!」
神様が僕を信じて見守ってくれている。みっともない姿なんて見せるわけにはいかない。
剣を引き抜き、シルバーバックを見据える。
シルバーバックは理性のかけらも感じ取れない瞳で僕を一瞥、そして後ろで見守っている神様に目を向ける。
「狙いは神様……? いや、そうじゃなかったとしても」
ここで見逃すわけにはいかない。
地を蹴り、シルバーバックに肉薄。神様たちを巻き込まない距離で迎え撃つ。
シルバーバックは邪魔だと言わんばかりにその太い右腕を薙ぎ払う。
横殴りの拳を剣を持たない左腕で受け止める。
誰かが息を呑む音が聞こえる。衝撃で地面にヒビが入るが問題はない。
確かな衝撃を感じたが、僅かに痺れるのみで痛みも熱もない。
左腕の感覚が飛んだとかでもなく、ちゃんと無事だ。
「グゴッ……?」
「うん、大丈夫そう……だっ!」
困惑した様子で固まるシルバーバックの右腕をそのまま弾き飛ばす。
その勢いのまま、袈裟に斬り裂く。
確かな手ごたえと共にシルバーバックの鮮血が舞う。
「あ、魔石に届かなかった……踏み込みが足りなかったかな」
「グルゥウウウウ……!」
剣を振り、剣についた血を払う。
一撃で魔石を破壊するつもりだったのだが……
そこに少し違和感を覚える。勢いに任せた攻撃だったけど、あのスキルも合わされば一撃で仕留めることができたはずだった。
もう魔石が見えるほどの傷を負わせることはできたけど……
「効果が落ちてる……?…………いや、今は考えても仕方がない。次で確実に仕留めよう」
理性が多少でも残っていればどこを狙うか察知されてもう少し粘られていたかもしれない。
だが目の前の敵にそんなものは残っていない。
ただ突撃してくるシルバーバックに合わせて剣を突き刺し魔石を貫く。
違和感は残ってしまったが、それでこの戦いは終わりだった。
「……本当に倒しちゃった…………ベル君が、シルバーバックを……」
「お疲れ様、ベル君。守ってくれてありがとう!」
「いえ、当然のことですから」
エイナさんたちがどこか呆然としている中、神様が労ってくれる。
ただ、労ってもらっておいて何だが、今はそんなことをしている場合じゃないかもしれない。
「…………神様、僕は街に逃げたモンスターを探しに行ってきます。ここで待っていてください」
神様を狙っていたのは恐らくだけどさっき倒したシルバーバックだけ。
他のモンスター達は僕達の方なんて一瞥もせずに都市に走り去っていった。
もう狙ってくるモンスターはいないだろう。そうならばここで待っていてもらった方が安全だ。
そう言って闘技場を離れて都市の中心部へと向かう。
後ろで神様が何かを叫んでいたような気がしたけど、戻ってからでも大丈夫だろうと思って振り向くことはなかった。
「ああ、クソ! こうなるなら初めから渡しておけば……」
ヘスティアはベルが去った方向を見て、悪態をついていた。
理由はベルにプレゼント渡しそびれたことだ。
戦闘になった時にすぐに渡しておくべきだった、と内心後悔する。
「ごめんアドバイザー君! ボクちょっとベル君を追いかけるよ! きっとこれが必要になってくるから!」
「危険です神ヘスティア! どこにモンスターがいるのかわからないんですよ!? 貴方に何かあったらベル君が悲しみます! どうか私たちの避難誘導に従ってください!」
「だけど!」
「お話し中ごめんなさい! ちょっといいかしら!」
言い争いに発展してしまいそうな二人に割り込む者が現れた。
その者は緑の瞳ときらめく赤い髪を持ち、左目に黒い眼帯を付けている一人の女性。
「んん? 君は誰だい?」
「ローヴェル氏!? 貴女も来てくれていたんですね!」
ヘスティアはその女性を見たことはなかったが、エイナはオラリオにいる間に何度か見たことがあった。
彼女の名はアリーゼ・ローヴェル。【アストレア・ファミリア】所属の
【ガネーシャ・ファミリア】と共にオラリオの安寧を守っていた正義の使者だ。
「いつものようにアリーゼって呼んでいいのよエイナ! おっと、それどころじゃないわね。騒ぎがあってすぐに来たのだけど遅れてしまってごめんなさい、状況は?」
「闘技場からモンスター九匹が脱走。そのうちの八匹は都市中に散らばり、最後の一匹はこの場でベルく……居合わせた冒険者が討伐しました」
「そう……この場はあなたたちギルドの判断に任せるわ。私はモンスターの方に一足先に向かうわね。一匹でも多く先に片づけておけば楽になるでしょう? そうとなれば急いでぅえっ」
この場はギルドの職員に任せて去ろうとしたアリーゼの首根っこを小さな手が掴み、引っ張る。
その手の正体はヘスティアだ。
「ごめんよ! アリーゼ君だっけ? 向かうならボクも一緒に連れて行ってほしいんだ! ここで戦ってた子に渡したいものがあって……」
「けほっ……ダメよ! 子供は家に……って貴女は……神様? あっ! もしかして貴女がアストレア様が言ってたヘスティア様かしら! ということは先に行った少年って……」
「早く決めてくれどっちなんだい!? 連れて行ってくれるのか連れて行ってくれないのか! あの子にはきっと、絶対!! これが必要になってくるんだ!!」
「神ヘスティア! ローヴェル氏に迷惑を─────」
「いいわ! 行きましょうかヘスティア様!」
エイナが慌てて止めに入るがそれよりも早くアリーゼがヘスティアを抱える。
「ごめんねエイナ! 女神様のこんな顔を見たら放っておけないわ。ちゃんとこの人も守るからそっちは任せたわよ!」
「ちょっと! アリーゼさん!」
エイナの声も空しくアリーゼはどこか楽しそうな笑みを浮かべてヘスティアを抱え、建物の屋根を走り去ってしまった。
残ったのは今にも叫びそうなエイナと色々なことが起き、どうすればいいのか混乱しているギルドの職員。
「ああ、もう! すぐに周辺にいる【ファミリア】に連絡を取って! 冒険者にも!」
置いてかれたエイナはまず狼狽えている周囲の職員たちに指示を送った。
どのみちエイナの足では追い付けないのだから気にしても仕方がない。
とにかく自分に今できることを全力でやることを決め、指示をしながら自身も動き出した。
それよりも少し前、ある場所で一人の女神はその少年の戦いを見守っていた。
「……やっぱりあの子じゃ力不足だったみたいね……少し物足りないわ……? 何かしら、あれ」
あっさりと少年の勝利に終わった戦いに不満を抱きながら、フレイヤが辺りを見回す。
すると四人の少女が謎の蛇のようなモンスターと戦っている姿が目に入ってきた。
自身の記憶をたどってもあんなモンスターを開放した覚えはない。
「あの子たちはロキの子供たちね。結構苦戦してるみたいだけど、まあ問題はないでしょう…………あら?」
そこにいたのがロキの眷属ということもあって興味を失ったフレイヤは再び少年の姿を目で追う。戦闘の音を頼りに走っているであろう少年の前の道が急に弾けるのをフレイヤは目撃した。
そこから飛び出てきたのはロキの眷属たちと戦っていた蛇型のモンスター。
何かに反応するようにそのモンスターは現れ、目のない顔で少年を見る。
少年は突然現れたモンスターに動揺はしているものの、冷静にモンスターから距離を取り、その全容を確認する。
その一方でモンスターに変化が現れる。
天を仰ぐように体の先端部分をもたげた次の瞬間、それは咲いた。
それは蛇ではなく花。人を襲い、人を食らう食人花。
開かれた何枚もの花弁。その色彩は美しいとは到底言えない毒々しい極彩色。
その中央には花として本来あるべきものが存在せず、その代わりに鋭い牙がいくつも並んだ巨大な口が存在している。
「少し……危ないかもしれないわね」
【ロキ・ファミリア】の幹部三人、内二人は武器を持っていないとはいえ幹部三人ともう一人がいてもなお苦戦を強いられているほどのモンスター。
そのモンスターが自分が目をかけている少年の前に現れたことに危機感を覚える。
「……オッタル」
「はっ」
「私の関係していないところで万が一があっては困るわ。あの子に何かあったらすぐに助けられるように見守ってあげてくれる?」
「お心のままに」
自身のすぐそばに控えている従者兼護衛に少年の救助を命令する。
オッタルと呼ばれたその男はその指示に異論をはさむことなく、少年がいる戦場へと向かっていく。
そんな彼を見送ったフレイヤは、視線を少年に戻して妖麗に笑った。
「大丈夫よベル。何かあったら、今は私が守ってあげるから」
「初めて見るモンスターだ……深層のモンスター……いや、新種?」
モンスターを探しながら走っていると地面を破壊して現れた謎のモンスター。
お母さんから学んだ知識の中にこんなモンスターは存在していない。
深層域のモンスターに関してはまだ学んでいない為、このモンスターが深層のモンスターである可能性も考えたが、催し物のためとはいえ地上にそんなモンスターを運んでくるとは考えにくい。
故に新種と判断して、まず情報を手に入れる。
(魔法は解除しておこう。足だけに使ってるとはいえこれ以上
移動のために足に纏っていた魔法。
一部位に纏う程度ならば思ったより消耗は少ないが、この移動だけで精神力を三割か四割は消耗しているのを感じる。
解除したことでモンスターの動きについていけない可能性もあるが、精神疲弊で倒れるよりは何倍もマシだ。そう考えながら魔法を解除してモンスターを見据える。
しかし、そのモンスターは僕に興味を失ったかのようにゆらゆらと揺れ、何かを探していた。
「……? 何かを探して─────」
目のない顔が魔法の残滓が……『魔力』がまだ残っている僕の足を見たのがわかった。
背筋に悪寒が走る。直感が叫ぶままにその場を勢いよく飛びのく。
次の瞬間、僕がいた場所を地面を突き破ったモンスターの触手が襲う。
回避していなければ足を貫かれていただろう。
「足を的確に……っ! くそっ!」
攻撃は止まない。
何故か的確に両足だけを狙ってくる触手の攻撃をかわしながら隙を伺う。
攻撃は激しいが、幸いなのは狙う位置が分かっていること、攻撃が単調なこと。
おかげで回避はしやすい。しかし、速さは今まで戦ったモンスター全てよりもはるかに速い。空中に浮かされてしまえばその瞬間、触手の攻撃を受けるのは目に見えている。
「なんで足ばっかりっ……もしかして」
考えが正しければ─────
集中的に足を狙っていた触手が狙いを変える。
次に狙ってきたのは右腕。先ほどの足と同じく『魔力』が残っている部位。
「『魔力』に反応してるのか! いや、でもわかったところで……」
攻撃の激しさから本体に近づくことすらできない
触手を斬りつけても僅かに傷ができるだけで決定打にはなり得ない。
決定打になるどころかまるで手ごたえがない。
ただの触手の一本が先ほど戦ったシルバーバックの皮膚や剛毛よりも硬い。
今の僕じゃあ……勝てない。
「がっ……!」
右腕を無視した触手の一本が腹部に叩きこまれる。
もう右腕には『魔力』が残っていなかった。
吹き飛ばされ、色々な物を吐きながら地面を転がる。
ギリギリで剣を間に挟み込んだことで致命傷は避けたが、装備していた防具は破損して使い物にならなくなった。
視界が霞む。
立て、と脳が命令を下しているのに身体が言うことを聞かない。
霞む視界の中で近づいてくる花のモンスターが見える。触手で殺しに来ないのは僕を甚振るつもりなのか生きたまま喰らうためだろうか。
…………舐めるな。
「ギィアアアアアアアアアアアアア!!」
そのモンスターが大口を開いたところで全身全霊を込めて口内を斬り裂く。
突然現れた痛みに悲鳴を上げて後退るモンスター。
その隙に立ち上がろうとするも身体は震えるだけで言うことを聞かない。
先の一撃で力を使い切ってしまったのかもしれない。
怒り狂った様子でモンスターが襲い掛かってくる。
あの一撃はモンスターに僅かな傷と大きな怒りを与え、僕が食われる時間を少しだけ先延ばしにしただけらしい。
「こんなところで…………死ねない……!」
無意味な抵抗だと頭のどこかで理解はしていた。
でも動かないわけには、諦めるわけにはいかなかった。
「っ……あああああああああ!!」
倒れたまま、もう一度その口に攻撃を加えてやろうと剣を構えた時、モンスターが吹き飛んだ。
状況を理解できずに目を白黒させていると舞う土煙の中から一人の女性が歩いてくる。
「危ないところだったわね、大丈夫? ポーション飲めるかしら?」
差し出された
残りの半分は持ち主の手によって傷を負った腹部にかけられる。
傷が治っていくときの特有の気持ちの悪さ。
それを感じながらも顔を上げる。
かけられた声はどこかで聞いたことがある声だった。
「あなたは……あの時の!」
「あら、覚えててくれたのね。ありがとう」
その赤い髪と左眼につけられた眼帯は見覚えがある。
温和な笑みを浮かべるのは【ファミリア】を探していたあの日、ヘスティア様以外で僕のことを慮ってくれた数少ない【ファミリア】の人だった。
「ヘスティア様に付いて行って正解だったわね」
「大丈夫かいベル君!」
ここにいるはずがない声に思わず振り向く。
振り向くとそこには胸に何かを抱えた神様が立っていた。
「神様!? どうして!?」
「君がボクの話を聞かないでさっさと行っちゃうからだよ! 人の話はちゃんと聞くもんだぜ?」
神様が責めるような目つきで僕を見てくる。
確かにここに来る前に神様が最後に何か言ってたけど普通ここまで来るものなのか?
「まあまあ! ベル君は無事だったんですしその話は帰ってからでも……って、あら?」
彼女が何かに気づき、モンスターが吹き飛んでいった方向を見る。
そこに舞っている土煙の中で何かの影がゆっくりと動き出していた。
「結構本気で殴ったんだけど……まるで堪えてないわね」
斬るべきだったかしら、と彼女が剣を引き抜く。
それを見たモンスターが触手を僕達に向かって繰り出してきた。
咄嗟に神様を抱えてその場を離脱。
僕達がいたところを触手の鞭が薙ぎ払っていく。そこにある建物が崩れるが気にしてる場合ではない。
神様を抱えながら全力で回避。かなりの数の触手をあの人が引き連れてくれたおかげでなんとか触手の射程範囲外に逃げることが出来た。
「神様! 大丈夫ですか!」
「おおう……天界に帰るかと思ったよ……」
目を回して顔を青くしている神様をゆっくり降ろして戦場を見る。
そこでは夥しい触手の鞭を回避しながら、時々斬り捨てながら戦っている彼女の姿が見えた。
「すごいな……アリーゼ君……あの数の攻撃を全部回避してるよ」
一見押してるように見える彼女……アリーゼさんの戦闘。
だがよく見ると本体には近づくことが出来ておらず、どこにそんな数が隠れていたのか僕と戦っているときよりも遥かに増えた触手の攻撃に防戦を強いられていた。
よく見ると左側から襲い掛かってくる触手に対する反応が鈍い。そのせいだろう。
だがそれでもいずれあの人はあのモンスターを討伐するだろう。
そこに僕が向かっても足手纏いになる確率は高い。
…………でも、そんなの納得できない。
「神様はここから逃げるかもう少し離れて見ていてください。僕もあそこに向かいます」
見ているだけで何もしないなんて納得できない。
あの人に『英雄』になると誓ったんだからこんなところで立ち止まるわけにはいかない。
「ダメに決まってるじゃないか!」
わかっていたことだけど神様はやはり止めてくる。
何とか説得しようと口を開いたところで神様が苦笑いを浮かべる。
「ってボクが言っても君は行くんだろうね。いいよ、行ってきなよ。ただし!」
そう言って神様がずっと抱えていた袋を差し出してくる。
大きさと長さは僕が使っている剣と同じかそれよりも少し大きい。
「これを持っていくこと! 本当はここに来る前に渡しておきたかったんだけどね!」
開けていいよ、と言われるがままに袋を縛ってある紐をほどく。
中から出てきたのは────一振りの剣。
「神様っ、これ……!」
「その話はまた後で。この剣は必ず君の力に応えてくれる。さあ行っておいで! ボクに君のカッコいいところを見せておくれ!」
グッ、と親指を立てて僕の背中を押してくれる。
それに返すように力強く頷き、その剣を漆黒の鞘から引き抜く。
驚くことにその剣は鞘と柄だけでなく刀身までも美しいまでの漆黒に染め上げられていた。
更にその刃には謎の刻印……恐らく【
そしてその鍔の中心に灰色の宝石が埋め込まれていた。
やがて、まるで生きているかのように、僕の鼓動に呼応するように『神様の剣』は紫紺の輝きを宿す。その剣を手に、僕は戦場に向かって駆ける。その道中にあることに気づく。
手の中にある『神様の剣』から
(あの言葉はそういう…………信じますよ、神様!)
君の力になってくれるという言葉。
その言葉を信じて勢いのまま魔法を詠唱しようとしたところで─────どこか懐かしい『風』が吹いた。
その『風』を浴びて脳裏に浮かんだのはあの日の光景。
どんなことがあっても色褪せることがない始まりの出会い。
新しい武器を得たことで舞い上がっていた頭が一気に冷静になる。
それと同時にモンスターの攻撃が来る。
それを回避しつつ頭を回す。
(いや、ダメだ……あの魔法はマインドの消耗が激しすぎる。多分、この剣を持ってる今の僕でも使いこなせない)
既に魔力はある程度使ってしまっている。あれを使えば最後まで保たないかもしれない。
じゃあどうする?
あのモンスターを倒すにはどうしたらいい?
何もかもが足りていない僕は何をしたらあのモンスターを倒せる?
そう考えている僕にもう一度『風』が吹く。
まるでその『風』自体に意志があるかのように。
その『風』が僕を包むように周囲を漂ったその時、背に刻まれた神聖文字が僅かに熱を持つ。
「…………力を貸してください、アイズさん」
正面から来る触手を『神様の剣』で斬り捨て、生まれた隙間を走り抜ける。
全方向から触手が迫ってくるのが分かる。
囲まれた僕の姿を見て神様が言葉を失う。
アリーゼさんが僕を助けようと向かってくるのが見える。
モンスターの攻撃が僕に届くよりも早く、アリーゼさんが辿り着くよりも早く、僕はその『魔法』を詠っていた。
思い浮かべるのは、風を纏い自分を救ってくれた憧憬の姿。
「【
瞬間、『風』が解放される。
解放されたとほぼ同時に周囲を囲んでいた触手が叩きつけられた。
だがその攻撃は一つもベルに届くことはなく、逆に触手が吹き飛び、風の守りに斬り刻まれる。
立ち止まったベルを包んでいるのは優しい『風』。
誓いを交わした少年を守る風精の加護。
「…………ありがとうございます、アイズさん」
力が溢れてくる。
今ならどんなことでもできるとベルが錯覚してしまうほどの力が。
魔力に反応するという食人花の特徴からアリーゼを襲っていた触手の全てがベルに襲い掛かる。
近づいていたアリーゼと目が合う。
「お願いします!! アリーゼさん!!」
囲まれる寸前、『風』の出力を最大まで上げる。
放たれた風の砲弾が触手の壁に風穴を開けた。
直後、疾駆。
その背後から襲おうと触手が方向を変えるがそれをアリーゼが阻止。
一瞬交わした視線でベルの想いに気づいたのか本体に向かわずに触手の足止めに徹する。
それに感謝の念を浮かべながら風が生む猛烈な加速力をもって食人花の本体に肉薄。
ベルを見失っていた本体がそれに気づき、雄叫びを上げ、その牙で食いちぎろうと大口を開ける。
それを見たベルは風の出力を下げると同時に前方に風を放つ。
急停止した少年の前でその大口が閉じられ、その牙は空を切る。
再び加速。
首を伸ばし、無防備を晒したその全身を螺旋状に斬りつけながらその背後に移動する。
全身に深い傷は入ったがまだ仕留め切れていない。
(良かった。打撃には耐性があるみたいだけど……斬撃に対してはそこまでの耐性はない!)
ベルの魔法を含んだ現在の【ステイタス】でもその剣は通る。
攻撃が通るのなら勝機はいくらでもある。
ベルは止まらない。
(
踏みしめた地面が砕ける。
戻ってきた数本の触手が襲ってくるが魔法により強化されたベルの【ステイタス】の前では掠ることで精いっぱいだ。
そしてそのわずかな攻撃さえ、その『風』は無情にも阻む。
「あの人たちに比べたら……全然遅いっ!」
自分の攻撃を全て弾き、肉体を簡単に斬り裂く『風』。そしてそれを操る少年。
荒れ狂うその嵐に感情などないはずの食人花が、確かに戦慄をあらわにした。
少年の後に現れた彼女に殺されるのならまだ理解できる。
だが先ほど一撃で倒した格下だったはずの少年に自分が滅ぼされるという屈辱と恐怖。
その二つに支配された食人花は当初、誰かに指示された命令など忘れ、なりふり構わずに少年を殺そうとその触手を束ねる。
ベルとアリーゼはその『好機』を逃さなかった。
束ねられた極大の触手がベルを襲う瞬間、アリーゼが振り抜いた剣が地面から伸びている触手の大本を一気に断つ。
斬り捨てられた触手はもうベルにもアリーゼにも届くことはない。
「今よ! ベル君!!」
出力限界の『風』。呼応するように背中の神聖文字が激しい熱を持ち、灰色の宝石が輝く。
振り上げた剣にその熱ごと、可能な限りの力を注ぎこみ、『竜巻』を生む。
触手の大半を失った食人花にもうその一撃を防ぐ術はなく、ただ叫び声を上げ、自分を滅ぼすその『風』を待つしかなかった。
「ぁああああああああッッ!!」
風砕。
食人花を両断するように叩きこまれた剣が風の力を解き放つ。
その竜巻は食人花の全身を飲み込み、断末魔を上げる暇さえも与えずに跡形もなく砕き、ようやく収まる。
ヘスティアがベルの名前を呼び、風の中心を見つめる。
吹き荒ぶ風の中心に少年は立っていた。
もう一度ヘスティアがベルの名前を呼ぶ。
それに気づいた少年はゆっくりと振り向き、笑みを浮かべた。
ヘスティアがたまらずベルの元へと走り、勢いよく抱き着く。
笑顔を向けあうそんな二人をアリーゼは少し離れた場所で優しく見つめ、そっとその場を離れる。
まだ他にもモンスターが残っているのかもしれないのだからこれ以上この場に長居することはできない。
「今度はもっと落ち着いた場所であの二人と話してみたいわね。さーてと……輝夜になんて言おうかしら」
自分が先に飛び出してしまったせいで恐らく一人で逃げ出したモンスターを追うことになった仲間の顔を思い浮かべながら、アリーゼは都市を行くのであった。
礼も言うこともできずにいつの間にかアリーゼがいなくなったことに気づいた二人が大慌てして自分を探し始めることを彼女はまだ知らない。
ベル達がいる所から反対の区域。
そこには大陸では珍しい衣装、濃赤の着物を纏った黒髪の女性が立っていた。
すぐ近くには綺麗に二つに割れた魔石が転がっており、周囲にはモンスターの遺灰が漂っている。
「せっかくの祭りだというのにこんな面倒ごとに駆り出されるとはな。ガネーシャの連中は何をやっている。そして団長はどこに行った」
彼女の名はゴジョウノ・輝夜。
【アストレア・ファミリア】所属のLv.5、そして副団長である。
「あんまりガネーシャ様の眷属を責めちゃ駄目よ輝夜。あんなことが起きるなんて予想できないでしょう?」
背後から聞こえてきたその声に振り向き、睨みつける。
見ると予想通りの人物がそこに立っていた。
少し汚れていたがどこぞで転んだのだろうと、輝夜は大して気にはしなかった。
「これはこれは。我らが団長様ではありませんか。共に祭りの警備にあたっていた団員に何も言わずに一人で飛び出し、一体どこで遊んでおられたのでしょうか? そんなに薄汚れてどこで何をしてたこのたわけが」
ニコニコとした笑みを絶やさず、軽やかで流麗な声音。
その所作の全てに気品がある女性は極東で言われる『大和撫子』を体現したような女性だった。
だが最後にアリーゼに吐き捨てたその毒が『大和撫子』という幻想に罅を入れる。
「ごめんなさい輝夜。闘技場から出たところでちょっと知り合いの神様……私じゃなくてアストレア様の知り合いの神様が連れて行ってほしい場所があるって言ってて……その場所で別のモンスターと戦っていたの」
そのアリーゼの言葉に猫被りをやめ、『本性』をあらわにして溜息をつく。
「最後のは余計だぞ団長。神の護衛に付き合わされたというのは信じてやろう。だがその後に他のモンスターと戦っていたのは信じられんな。ギルドの職員から逃げ出したモンスターの種類は全て聞いたが、そこにお前がここまで時間のかかる相手はいなかったぞ」
逃げ出したモンスターの種類はシルバーバックにソードスタッグ、トロールなど。
その中にアリーゼや自分が苦戦するようなモンスターはいない。たとえ片目や片腕を失っていても。
「戦ってたのは本当よ? 花の頭を持つモンスター、輝夜の方にはいなかったのかしら?」
「…………花?」
アリーゼのその言葉に輝夜が眉を潜める。
輝夜が仕留めたのは九体のモンスターの内の六体。
その中に花の頭を持つモンスターなどいなかった。
そして輝夜が記憶してる逃げ出したモンスターの中にも花の頭を持つモンスターはいない。
「…………新種か?」
「恐らくはね。打撃はまるで通らなくて魔法というか魔力に反応する特徴があったの。初見で少し遅れを取ったとはいえ中々手強いモンスターだったわ。武器もなしに迂闊に魔法を使っていたらどうなってたのかしらね」
「……新種のモンスターを私たちに相談もなく地上に運ぶとは考えにくい。そもそも逃げ出したモンスターの中にそんな化け物は存在していない…………早めに神ガネーシャとアストレア様に報告をしておこう」
「そうね。何かあってからじゃ遅いもの」
事情が事情なため先ほどまでの悪態は鳴りを潜め、表情を引き締める。
神々の元へと向かう道すがら、二人でその時に起きた出来事についての話を纏める。その結果、闘技場からモンスターを開放した犯人と食人花を開放した犯人は違うとアリーゼと輝夜は結論付けた。
輝夜が見たモンスター達は自分の意志で人を襲うことはなく、何かを探し出そうと躍起になっていた。そこに例外はあるにはあったのだが、輝夜はそれを見ていない。
それに対してアリーゼが見た食人花は見境がなかった。建物でも人でも関係なく、ただただ暴虐の限りを尽くそうとしていた。
前者はいたずらに被害を広める気はなく、後者はただただ被害を広めようとする。
その二人が同一人物なのだとしたら矛盾が大きすぎる。
「まったく……本当に何度も面倒な厄介ごとが現れるなこの都市は」
「厄介ごとが現れるのは仕方がないじゃない。だってここは
一歩先に行き、輝夜の前で笑顔を浮かべ、そう言って足取り軽やかに先を進むアリーゼ。
そんなことを口にする彼女に変わらないな、と呟き、どこか呆れたような微笑を浮かべ、輝夜も続く。
少し遅れたことでどこか陰のある笑みをアリーゼが浮かべたことを輝夜は気が付けなかった。
「終わった【ファミリア】でも、それくらいはできるって証明しなくちゃね」
アリーゼがつぶやいたその言葉は……誰にも届くことはなく、風に吹かれて消えていった。
いつも感想、評価、お気に入り登録、誤字脱字報告ありがとうございます。
この小説の独自要素が多く含まれた戦闘シーンとなりました。
上手くこの小説の要素と原作を合わせ、皆様が楽しめる作品となるように努力していきます。
これからもよろしくお願いします。