二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

26 / 115
リヴィラの惨劇

「アイズー! こっちは終わったよ……あれ? 君は……」

 

 霧の中からアマゾネスの少女が出てくる。

 名はティオナ・ヒリュテ。アイズと同じ【ロキ・ファミリア】所属の第一級冒険者。

 

 そんな彼女はアイズの目の前にいる少年を見て何かを思い出すようにうーんと唸り、そしてハッと目を見開く。

 

「クラ・ベルネル君!」

 

「えっと……ベル・クラネルです」

 

「あれ、そうだっけ」

 

 ごめんごめん、と快活に笑う彼女を見て苦笑いを浮かべる。

 そうこうしているうちにティオナが現れた霧の中からまた複数の足音が聞こえてくる。

 

「おや? こんなところで君に会うとはね」

 

「フィンさん! それにリヴェリアさんも!」

 

 さらに現れたのはベルもよく知る【ロキ・ファミリア】の団長と副団長。

 加えて後ろには一部を除いてティオナに似たアマゾネスの少女、見覚えのないエルフの少女もそれに付き従っている。

 

「何故お前がこんな階層に……【ステイタス】は伸びたのかもしれないがここはまだ危険すぎるぞ」

 

 それぞれの階層については教えておいたはずなのだが、と眉を顰めるのは師であり母であるリヴェリア。

 ベルの成長速度を知らない彼女からしたらベルがこの階層にいるのは納得いかないのだろう。

 

「ちょっと上の階層じゃ物足りなくなってしまって……それに昨日【ランクアップ】したので【ステイタス】の面で言えば問題ありません」

 

「そうか、【ランクアップ】したのなら……【ランクアップ】?」

 

 ベルがさらっと口にした【ランクアップ】したという言葉にベルとフィン以外の時が凍る。

 そのフィンでさえも眉を上げ、驚きを隠しきれていない。

 

「公式発表はまだなのでここだけの話にしておいてほしいんですけど……」

 

「大丈夫、わかってるよ。それにしても…………冒険者になって大体三週間だったかな?」

 

「そう、ですね」

 

「……本当に驚いたな」

 

 リヴェリアからの追及を逃れるためのその場しのぎの嘘などではない。そもそもそんな嘘を付いてもすぐにバレる。

 過去のLv.2到達最高速度は一年。それを達成した一人はフィンたちもよく知るアイズ。

 そんな速度で上がるためにアイズが何をしていたのかを知っているフィンだからこそ驚きが隠せない。

 

(スキル……としか考えられない。偉業は……件のあれで溜まったのか? いや、問題は基礎アビリティだ。最低一つはDまで上げなければ【ランクアップ】はできない。三週間でそれはいくらLv.1とはいえ───)

 

 考えに耽るフィンを引き戻したのはどこか嬉しそうなアイズの声だった。

 ベルの手を取り、嬉しそうに笑顔を浮かべる。

 

「もう、Lv.2になったんだ……おめでとう、すごいねベル」

 

「ありがとうございます、アイズさん」

 

「…………そ、そうか……もうLv.2……それならここにいるのも納得…………いや、しかし……」

 

 続くのは酷く動揺したリヴェリアの声。

 見たことがないリヴェリアの慌てように思わずフィンが笑みを漏らす。

 

「いいじゃないかリヴェリア。まだまだ経験は浅いだろうがこの辺りならLv.2の彼一人でも十分に対応できる。もちろん無茶をしなければというのが前提にはあるけどね」

 

「…………はぁ……それもそうだな。心配だがこれ以上は流石に余計か」

 

 その言葉にリヴェリアも落ち着きを取り戻す。

 不安な点はあるが余程の異常事態(イレギュラー)が起きなければ今のベルならば問題はない……とりあえずそう考えておくことにした。

 その余程の異常事態(イレギュラー)が起きてしまうのがダンジョンなのだが。

 

 一度咳払いをしたリヴェリアが改めてベルに向き合う。

 その表情は先ほどの動揺したものとは打って変わって穏やかなものだった。

 

「【ランクアップ】おめでとう、ベル。頑張ったな」

 

「ありがとうございますっ!!」

 

 リヴェリアがベルの頭を撫でる。

 くすぐったそうにしているが、母と慕う彼女からその言葉がもらえたのがそんなに嬉しかったのか、子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。

 今日は珍しいものがよく見られるな、と微笑むフィン。アイズ以外の少女たちはリヴェリアのその姿に驚きを隠しきれていない。

 

 アイズはリヴェリアばっかりずるい、と抗議の視線を送っていた。

 

「ベルはしばらくここを中心に探索するのかい?」

 

「そうですね。行けるのなら『中層』にも行きたいですけどソロで中層に行くのは流石にまだ危険ですし」

 

「ふむ…………そうか」

 

 顎に手を当ていいことを思いついた、と言うように笑みを深めるフィン。

 そんな笑みを浮かべたまま、ベルに対してある提案をする。

 

「ベル、君が良ければなんだが、僕達と一緒に来ないかい?」

 

「え?」

 

「僕達はこれから『中層』、『下層』、『深層』と向かうつもりだ。いずれ君ももっと下の階層に潜ることになるわけだし、僕達とパーティを組んでこの先を経験しておいて損はないんじゃないかな?」

 

 僕達の傍にいる限りは身の安全は保障するよ、と最後に付け加え、ベルの返答を待つ。

 ベルにとってその提案は非常に魅力的だった。中層以降に行けるのもそうだがアイズやリヴェリアと共に戦えるというのはこの先滅多にないだろう。

 本当ならすぐにでも飛びつきたいその提案を前に一度フィン以外の人に目を向け、冷静になる。

 

「ありがたい提案ですけど、他の人に何の相談もなく決めていいんですか? 『中層』の前半はともかく後半からは足手まといにしかならないと思いますけど……」

 

 特にこれといった反応は見せていないが、他派閥の同盟も組んでいない冒険者を連れて行くのは抵抗があるのではないか、そう考えているベルに声を掛けたのはティオナの姉であるティオネ。

 

「団長の提案だし私たちは別に構わないわよ。多少は自衛してもらう場面も出てくるでしょうけど、この面子がいるのにたった一人を守れないなら遠征なんて行けないしね」

 

 他の人もその言葉に同調するようにベルを見る。

 アイズに至っては一緒に行こう? 、と無言の圧をかけてきている。

 

 少し考える。

 だがフィン以外の団員に反対意見がないのならこれといって断る理由はない。

 気分が高揚していることを隠しもせずにベルはフィンのその手を取った。

 

「じゃあ、よろしくお願いします!」

 

 こうして思わぬ形で初めてのパーティを組むことになったベルであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 僕は隊列の中央……中衛に構えるフィンさんの隣を歩いていた。

 現れるモンスターは前衛のティオナさんとアイズさんが次から次へと倒しているので僕のやる事は中層の空気をその身で感じ、二人の戦いっぷりを観察することと時々抜けてきたモンスターをフィンさんと共に倒すことぐらいだ。

 

 あまり戦闘には参加できないけれど、第一級冒険者の足運びや身のこなしというのは代えがたい経験になる。

 そうやって観察しているといつの間にか近づいてくるモンスターは激減し、あっという間に『上層』を越えて『中層』17階層の半ばまでたどり着いた。

 

「はっや……」

 

「本番は『下層』以降だからね。この辺りでゆっくり戦うよりも下に潜って探索をした方がはるかに効率がいい」

 

 基本、下に行けば行くほどモンスターの力は高まる。それに比例するように『魔石』の質も高まり、『ドロップアイテム』の希少性も上がる。

 深い階層で安定して戦える実力があるのならどんどん潜っていった方が確かに効率が良い。

 

「せっかくパーティを組んだのに見てるだけというのも流石につまらないだろう。下層からは僕と一緒に前衛に入ってもらうけど大丈夫そうかい?」

 

「いいんですか! お願いします!」

 

 願ってもないその提案にテンションが上がる。

 同時に前からティオナさんの嬉しそうな声が聞こえてくる。

 

「おー! また落ちた! 今日なんか運良いかも!」

 

 彼女は先ほど一撃で叩き潰した『ライガーファング』からドロップアイテム『ライガーファングの毛皮』を採取し、こちらに向かって拳を掲げる。

 運が良いというティオナさんの言葉通り、さっきからかなりの数のドロップアイテムが落ちていた。

 どれだけ運が良いかというと二体モンスターを倒せば、そのうちの一体からはほぼ確実に手に入っている。

 ただティオナさんだけでなくアイズさんが倒した場合でもそんな確率で手に入っているのは流石に運が良すぎるんじゃないかと思う。

 そんなことを考えて歩いていると17階層の最奥にある大広間に出る。ここには階層主と呼ばれるモンスターがいるはずなのだけれど……

 

「あれ? 階層主(ゴライアス)いない!」

 

(リヴィラ)の冒険者が総出で討伐したらしい。通行の妨げになると言ってな」

 

「なーんだ。せっかくならベル君にも見せてあげたかったんだけどなー」

 

 階層主の姿はなく、代わりに多くのモンスターが蔓延っていた。

 階層主がいないことに不満を漏らしながらもティオナさんは代わりに蔓延っている『ミノタウロス』を筆頭としたモンスターの群れに突撃していく。

 あの人とはまだ少ししか話したことはないのだけど、僕が思っているよりも気にかけてくれているみたいだ。

 何度か僕の方を振り返ってみたり、珍しいものを見つけたら教えてくれたり……正直すごくありがたい。

 

「モンスターも結構いるようだし、下層に行く前の肩慣らしと行こうか。君の実力ももう少し確認しておきたいしね」

 

 行けるかい? 、と聞かれたのでそれに肯定。剣を引き抜きティオナさんに続く。

 フィンさんやティオネさんも加わり、次々とモンスターを倒していく中で僕は多少苦戦を強いられたものの少しずつ倒していく。

 戦っていて気づいたのはどのモンスターもあの花に比べれば弱いということ。数は多いのだけどあれに比べちゃえば格段に戦いやすい。

 なぜあんなモンスターが地上に運び込まれていたのかという疑問はさらに深まってしまった。

 

 ややあって戦闘は終わり、戦場となった大広間の先にある次層の連絡通路へと進んだ。

 初見とはいえライガーファングに苦戦したこと、ミノタウロスへのリベンジが出来なかったことがちょっと悔しかった。

 

「ん~、ようやく休憩!」

 

 連絡通路を進んだ僕達を迎えたのは暖かな光だった。

 思わず地上に帰って来てしまったと錯覚してしまうほどの穏やかな光と清浄な空気。

 知識にはあったがここまでのものだとは全く予想していなかった。

 

 気を抜いたら立ち止まってしまいそうな足を動かし、先を行くフィンさんたちに続く。

 あちこちに目移りしている僕をお母さんが凄い優しい目で見てたことに気づいたときはちょっと恥ずかしかった。

 

「いつ来ても綺麗ですね、この階層は」

 

「うん、そうだね……」

 

 アイズさんとエルフの人……確かレフィーヤさん、の会話の内容にこっそり同意。

 どこを見てもダンジョンとは思えない美しい地形ばかりが広がる光景に冒険者の間で『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』と呼ばれる理由に納得がいったような気がする。

 

「このまま19階層に向かうんですか?」

 

「いや、一度『街』に立ち寄る。ここまでのドロップアイテムを売り払っておかなければすぐに荷物が一杯になってしまうからな。ベル、ここで一つ問題だ」

 

 隣に来たお母さんが一つの問題を出す。

 内容は『街』とは何か。

 

 頭の中のもらった教本のページを捲る。

 確か『街』というのは………………

 

「過去にギルドが莫大な費用(コスト)の点から蹉跌した計画を冒険者が勝手に引き継いで築き上げたダンジョンの宿場街。名前は確か……『リヴィラの街』?」

 

「正解だ。では、あの看板に書かれている三百三十四という数字の意味は分かるか?」

 

「えっと……再築した回数でしたっけ」

 

「それも正解だ。今は三百三十四の代、つまりあの街は三百三十三回壊滅している」

 

「さ、三百三十三回……」

 

 お母さんの言葉に隣でレフィーヤさんが戦慄した様子で門を見上げている。

 どれだけ美しい光景が広がっていても、モンスターが産まれない安全階層(セーフティポイント)といえど結局ダンジョンはダンジョン。異常事態(イレギュラー)に見舞われることなど日常茶飯事。

 

 そのたびにしぶとく復活するのがこの『リヴィラの街』。

 またの名を『世界で最も美しいならず者達の街(ローグタウン)』……と学んだ。

 

 問題に答えているうちにそんな街に辿り着いたようだ。

 

 今後の予定を話しているフィンさんの後ろを歩きながら周囲の街並みを観察していると一つ、違和感を覚える。

 

(こんなに人が少ないものなのか……?)

 

 初めて来た僕にはこの街にどれだけの冒険者が集まっているかなんてわからない。

 けど、ここはダンジョンの中にある唯一の街。拠点とする人も多いと教えてもらったのにここまでですれ違った人の数は10人どころか下手したら5人にも満たない。

 僕でも違和感を覚えるほどに人が少なすぎる。

 

 隣を歩いていたお母さんもそれに気づいていたのか一度立ち止まり、周囲を見渡す。

 

「リヴェリアさん……」

 

「……ベルも気づいたか」

 

「リヴェリア……? ベル……?」

 

 僕達の様子に気づいたのかアイズさんも近づいてくる。

 お母さんは彼女に一度目を向け、もう一度この街を見渡し、その唇を開く。

 

「街の様子がおかしい」

 

「そういえばいつもより人が少ないような……」

 

「…………今、少し大丈夫かい?」

 

 フィンさんが一つの買取所に店主の姿を見つけ、歩み寄り声を掛ける。

 暇そうに天井を眺めていた店主は顔をフィンさんに向け、笑顔を浮かべる。

 

「ん? おっ、【ロキ・ファミリア】じゃないか? 何の用だい?」

 

「街の様子がいつもと違うみたいだけど、何かあったのかい?」

 

「ああ、そのことか。知らねえってことはあんた達、今街に入ったばかりなのか」

 

 心当たりがあるのか店主は僕達を一度見やり、顔をしかめながらその口を開く。

 続く言葉に僕達は目を瞠った。

 

「殺しだよ。街の中で冒険者が殺されたらしい」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 僕達は店主から教えてもらった事件現場の『ヴィリーの宿』へと向かった。

 

 入り口付近の路地には大きな人集りができており、小人族(パルゥム)であるフィンさんでようやく通れる程度の隙間しかなかったがティオネさんの一喝でその人だかりは左右に真っ二つに割れた。

 少し申し訳ない気持ちにはなりながら、僕達も宿内の事件が起きた部屋に踏み込んだ。

 

「うっ……!」

 

 まず思わずむせ返りそうなほどに濃い鉄と脂の匂いが鼻を貫く。

 その次に他の部屋とは違い、ナニカに彩られている真っ赤な部屋が目に入ってくる。

 

 最後に床に転がっている頭部を失った死体が惨憺たる姿で僕達を迎えてくれた。

 

 衣服は下半身のみに纏っているため、鍛えられた褐色の肉体がよく見える。

 だが無造作に投げ出された手足は最期の瞬間にそんなものは何の意味もなかったということを物語っている。

 頭はグチャグチャに踏みつぶされており、その相貌は─────

 

「見ちゃダメ、ベル、レフィーヤ」

 

 有無を言わさぬ口調でアイズさんは僕とレフィーヤさんの視界を遮る。

 隣の彼女と共に背後に追いやられ、頭部の様子はもう見えなくなってしまった。

 

「やぁ、ボールス。悪いけど、お邪魔させてもらっているよ」

 

 部屋で現場を確認していた眼帯を付けた冒険者がフィンさんと話しているが、その会話も耳に入らないほどに胸が騒いでいた。

 胸が騒ぐ理由は全くわからない。でもこの胸騒ぎはあの死体を見た瞬間、始まった。

 初めて死体を見たから……なんて、そんな理由ではない。

 

 多分もっと別の理由───

 

(僕は……あの死体が誰か知っている……?)

 

 ───そうか、いいじゃねえかその夢。

 

 オラリオに来て最初に出会った冒険者の言葉が浮かんでくる。その冒険者とあの死体の姿が何故か重なる。

 違う、そんなわけがない、と頭を左右に振ってもその光景は消えない。

 

 もう一度確認しようと身体を動かしてもアイズさんは決してそこを動かず、僕達の視界を遮り続けている。

 

「おい、『開錠薬(ステイタス・シーフ)』はまだか!?」

 

 ───『開錠薬(ステイタス・シーフ)』。

 眷属の恩恵を暴くためだけの道具。単品では暴くことはできないが正式な手順を踏めば、神々以外でも恩恵の錠を解除できるという非合法の道具。

 

 隣で一緒にいてくれているお母さんが顔をしかめているが、僕はその錠が解けるのを今か今かと待ち望んでしまっていた。

 この最悪の胸騒ぎが早く収まることを僕はただただ願っていた。

 

「やべえ、【神聖文字(ヒエログリフ)】が読めねえ……おい! 誰か外から読めるやつを」

 

「待て。【神聖文字(ヒエログリフ)】ならば私が読める」

 

「私も」

 

 ああ、良かった。この人たちの言葉なら信頼できる。

 この人たちならすぐにこの胸騒ぎも収めてくれる───

 

「名前は───」

 

 そんな期待は僕がこの世界で最も信頼しているその人の言葉に裏切られた。

 

「ハシャーナ・ドルリア。所属は【ガネーシャ・ファミリア】」

 

 最も信頼しているからこそ、それが嘘ではないとわかってしまう。

 その名前は知っている。その名前は僕が初めてオラリオで出会った冒険者の名前だ。

 

 名前が聞こえた瞬間、襲ってくるのは猛烈な吐き気。

 そこまで親しい関係だったというわけではない。話したのだって初日の一回っきりだ。

 

 でもできればもう一度会ってお礼をしたかった。

 あの人にとっては何のことかわからないかもしれないけど、ハシャーナさんに最初に出会えたおかげで僕はあの人達以外の冒険者に深く失望せずに済んだのだから。助言通り、良い神様に出会えたのだからその報告もしたかった。

 

 ……それはもう二度と、叶わない。

 

 視界がゆがむ。喉の奥からこみ上げてくるものを必死に抑え、その場に蹲る。

 アイズさんやお母さんが駆け寄ってくる姿が見えたが、その人たちに応えることはできなかった。

 いつの間にか胸騒ぎは嘘のように収まっているのが笑えてしまう。こんな収まり方は望んでないというのに。

 

 ───冒険者っていうのは本当にいつ死んじゃうかわからないんだよ。

 僕は今日、彼女(エイナさん)のその言葉を身をもって知ることになった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「大丈夫ですか? クラネルさん」

 

「…………はい」

 

 あれから少し経ち、ベルは『ヴィリーの宿』を出てすぐそばにある広場のベンチに座っていた。

 隣にはその付き添いとしてレフィーヤが座っている。

 

「迷惑をかけてすみません。こんなところに一緒にいてもらっちゃって……」

 

「気にしないでください。リヴェリア様に言われたっていうのもありますけど、流石にあんな顔をしたあなたを放っておくなんてできませんよ。それにあそこにいたって私には何もできないでしょうし」

 

 気遣うような笑みを浮かべるレフィーヤ。今のベルにとってその心遣いはとてもありがたいものだった。

 

(少し、落ち着いたみたいですね)

 

 はっきり言ってレフィーヤはベルのことをそこまで好ましく思っていない。

 

 自分の目の前で敬愛しているリヴェリアに心配をかけ、次には褒められ、頭を撫でられていた少年。

 憧憬であるアイズに自分どころかティオナやティオネですら見たことがない笑顔を向けられていた少年。

 

 フィン達の手前何も言わなかったが、あの二人とどういう関係なのか小一時間ほど問い詰めたかったというのがレフィーヤの本心だ。

 その二人を尊敬しているレフィーヤからしたらそんな感情を向けられるベルはとても羨ましかった。

 恐らく自分よりも年下の男の子にみっともないがはっきり言って嫉妬していた。

 

 だが好ましく思ってないからといってひどく弱っている少年を放っておくほど薄情な性格はしていない。

 そもそも二人と親しいのが不敬、羨ましいというだけで人格面に関してはむしろ好ましく思っていた。

 そこまで交流はしていないが尊敬する二人から好印象を持たれてるので悪辣な本性を隠しているというわけでもないだろう。

 

(……ちょっと顔色も良くなったでしょうか)

 

 そっと覗き込んだ顔は少し血色が良くなってきている。まだ顔色はそこまで優れないが宿で倒れたベルの顔色と比べると雲泥の差だ。

 真っ青どころか真っ白になったその顔は鮮明に思い出せる。

 

 それだけハシャーナの死にショックを受けたのだろう。

 そこでレフィーヤが気になるのはベルとハシャーナの関係だ。こんなになるほどショックを受けるのなら相当深い関係だったのだろうが……

 

(流石に今聞くのはダメでしょうね……また気分が悪くなるなんてことになれば───)

 

「レフィーヤさん、何か気になる事でもありましたか?」

 

「うぇえ!? な、なんでもないですよー……」

 

 少々挙動不審になっていたレフィーヤの思考を止めたのはベルの声だった。

 なんでもない、とレフィーヤは言ったもののベルは苦笑を浮かべ、逃がさないと言わんばかりにじっとレフィーヤを見つめ続ける。

 目を逸らして逃げようとしていたが、やがて逃げられないと悟り、聞きづらそうに彼女は聞く。

 

「……えっと……ハシャーナさんとはどんな関係だったんですか?」

 

 二人の間に沈黙が走る。

 やっぱり聞くのは不味かった、と話を切り替えようと彼女が唇を開くよりも早くベルはポツリと呟いた。

 

「…………オラリオに来て初めて会った冒険者だったんです。冒険者としての心構えを少し教えてもらっただけで……同じ【ファミリア】でもないですしそんな深い関係ではありません」

 

「……じゃあ、なんであんなに……」

 

「なんででしょうね、僕もよくわかってません。ただ少し話しただけで、ただ少し気の良い冒険者で…………ただ…………家族以外で……僕の『夢』を、笑わないでくれた人ってだけだったのに」

 

 少し前まで生きていた知り合いが凄惨な死体に変わってしまったことに対するショックというのもあったかもしれない。

 だが静かに語ったベルのその言葉がベル自身もわからない答えだった、とレフィーヤはそう悟った。

 

 レフィーヤに彼の夢はわからない。だが嬉しかったのだろう。自分の『夢』を否定しないでくれたその人の言葉が。それ故にあんな姿で再会してしまったことに強いショックを受けたのだろう。

 もし自分にとってのそんな人が同じような姿で見つかれば自分はどうなる、と考え、レフィーヤの背筋は凍った。想像とはいえ、想像の中の自分はその事実に耐えられていなかったのだから。

 

「レフィーヤ、ベル」

 

 二人の会話が途切れたその時、ベル達がいる広場にアイズが現れた。

 気遣うようにベルを見た後に二人に用件を伝える。

 

「街にいる冒険者をみんな集めるから、二人も来て…………歩ける?」

 

「はい、大丈夫です。迷惑をかけてしまいすみません」

 

 ベンチから立ち上がり、アイズに並ぶ。

 レフィーヤも立ち上がり、ベルと共にアイズについて行った。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!』

 

 街の冒険者が全て集まった水晶広場では男性の冒険者の野太い叫びとそれに混じって女性の冒険者の大顰蹙の声が飛び交っていた。

 眼帯の冒険者───ボールスが身体検査をするから女性の冒険者は服を脱げと言ったのが原因らしい。

 

「そんなこと言ったらこうなるに決まってるじゃないですか……」

 

「あ、あはははは……」

 

 ベルの言葉に同意するように隣でレフィーヤが苦笑いを浮かべている。

 結局女性の方はリヴェリアを筆頭とした【ロキ・ファミリア】の女性陣が担当することになったが、レフィーヤはリヴェリアの指示でベルのそばで待機することになった。

 

「あっち見ちゃだめですよ。クラネルさん」

 

「だ、大丈夫ですよ。ちゃんと視線は外して…………?」

 

 少しだけ圧を感じる笑みを受けながらベルはとりあえず男性の冒険者たちの方に目を向ける。今度は男性冒険者の方から抗議の声が上がっていることに少し呆れてしまう。視線を戻そうとしたその時、一人の犬人(シアンスロープ)の少女が目に入ってきた。

 ベル達の背後で発生している女性冒険者によるフィンの誘拐事件の混乱を利用するように素早く広場を後にしたその姿は男性の冒険者たちの中にいることも相まって非常に浮いている。

 

 レフィーヤもベルの視線の先を見てそれに気づいたのか彼女が去っていった方向を見つめていた。

 

「あれは……」

 

「レフィーヤさん」

 

 フィンは女冒険者の群れにさらわれ、リヴェリア達は犯人捜しどころではなくなったその大乱闘を収めようと介入している。声があちこちで錯綜しているこの状況で怪しい冒険者がいたという情報を伝えるのはかなり難しい。

 伝えることが出来てもこの広い階層で姿を見失った冒険者を探すのは至難の業だ。

 

 動けるのはこの二人しかいない。

 

「……行きましょう」

 

 何かに怯え、震えて、先ほどの少年と同じかそれ以上に顔を白く染めていたあの姿からは脅威を感じ取れない。恐らくはハシャーナを殺した人物とは別人。

 演技という可能性もあったが、あんな誰が見ているかもわからないあの場所であんな演技をする理由は二人には思い浮かばなかった。

 

 一度顔を見合わせ、ベル達は走りだす。

 戦力的には不安は残るが確実に何かを知っている不審なその姿を見逃す選択肢は二人にはもうない。

 

 群衆の中から外れ、獣人の少女を追うベル達。

 そんな二人を顔を包帯で覆った人物が見つめていた。

 




いつも感想、評価、お気に入り登録、誤字脱字報告ありがとうございます。

この世界のベルはオラリオで最初に出会ったあの冒険者にベル自身が思っている以上に感謝しています。
その結果、急に突き付けられたそれに動揺を抑えきれなかったゆえにこの形になりました。

このような独自設定はこの先も出てくると思います。
その要素を混ぜつつ、皆様が楽しめるような作品になるよう努力していきますのでよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。