獣人の少女は一心不乱に走り続けていた。やましいことがあるから……というのもあるが、それ以上に命の危険を感じていたからだ。
息を切らしながら背後に一瞬視線を向けると、白い髪を持つ冒険者と山吹色の髪を揺らす魔導士が追いかけてきている。背後の二人、特に白い冒険者から全力で目を逸らし、前を向いてさらに逃げる。
(捕まったら殺される! 絶対に殺される!)
実際はそんなことなどないのだが、そう彼女に確信を持たせてしまうほどに白い冒険者は鬼気迫っている。
捕まった時のことを想像しないようにしながら彼女は逃げ続けた。中心地である水晶広場から北西、街壁を近くにする街の片隅。獣人の持ち味である身軽さを最大限活かしてとにかく逃げ続けた。
無我夢中で走っているといつの間にか巨大な青水晶と岩壁に挟まれた一本道に辿り着いていた。
再度振り返ると追手の二人の姿はまだあった。だが距離はそこまで詰まっていない。
再び逃げようと前を向こうとしたところで彼女の横を何かが通り過ぎる。
なんだ、と振り向くと黄金の軌跡を残し、先ほど背後にいたはずの白い冒険者が目の前に立っていた。
「はっ……?」
突然現れたその姿に動揺を隠せない獣人の冒険者。
立ち止まったせいで後方から来ていたもう一人にも追い付かれ、ついに逃げ道がなくなる。
目の前に現れ、自分を静かに見つめてくるその姿に腰が抜け、彼女はその場に座り込んでしまった。
「はぁ、はぁ……そ、そんな魔法があるなら早く使えばよかったじゃないですか……」
「まだ制御が上手くできないんですよこれ。魔力の消耗もすごいですし下手に使えばどこかにぶつかって僕が動けなくなっちゃうんで。だから、あなたがこういう広い一本道に入るのを待ってました」
ここなら真っすぐ移動するだけなので、とベルは少し息を切らしながら座り込んでしまった少女を見つめる。
先ほどの表情は嘘のように落ち着いており、少女は目の前の人物が追いかけて来ていた冒険者の一人と本当に同一人物なのか状況を考えずに疑ってしまう。
「ここまで追いかけましたけど……これ以上抵抗がなさそうなら事情聴取は団長たちに任せた方がいいですね」
「……そうですね。フィンさん達ならこの人が噓をついていてもわかるでしょうし」
内心では何があったのか今すぐにでも知りたいベルもそれには同意する。
フィン達がいる広場に連れて行こうとしたその時、二人を見上げていた彼女が目に涙を溜めて、レフィーヤに縋りつく。
「やめて……お願いやめてっ! あそこに戻ったら……こ、今度は私が……」
引き剥がそうとレフィーヤが縋り付く両手を掴んでも彼女はただお願い、お願い、と懇願するだけでその手を放そうとしない。
どうしたものかと困惑しているとベルが彼女と目を合わせてその口を開く。
「今度は、って言いましたよね」
「えっ? う、うん」
「あなたがあの人を殺したんじゃないんですね?」
問い詰めるようなベルのその言葉に彼女は大きく首を横に振り、否定する。
「ち、違うよっ! 私はあの人からの荷物を受け取っただけで殺しなんかしてない!」
「…………嘘ではない、ですよね?」
「……これが嘘ならこの人は神様も騙せるかもしれませんね。すみません、ただの確認です」
念のため質問したもののベル達もこの少女がハシャーナを殺した人物だとは思っていない。追い始めた時点ではまだ疑いでしかなかったが、追い続けるうちに犯人が彼女ではないというのは確信に変わっていた。
彼女がハシャーナを殺した張本人ならば、ベル達が追い付けるはずがないのだから。
二人は一度顔を見合わせた後、彼女に一つの提案をする。
「人がいない場所に行きましょう。そこで話を聞かせてください」
その提案に彼女は何度も頷き、レフィーヤの手を取って立ち上がる。
そのまま三人で街の倉庫とも言える場所に移動した。
そこの周囲には物資運搬用のカーゴや街を築くためであろう道具が散乱している。水晶広場に冒険者が集められていることと倉庫の奥の空間にいるせいか人の気配は全くない。
移動のため時間が出来たことで落ち着いたのか、彼女が二人に口を開く。
彼女の名前はルルネ・ルーイ。
所属は【ヘルメス・ファミリア】のLv.2(とのことだが、実際はLv.3)。
広場から逃げ出した理由は自分がハシャーナの荷物を持っていたため、その荷物が殺人犯の目的だったらハシャーナのように自分も殺されるんじゃないかと思ったから。
他派閥であるハシャーナの荷物を持っていた理由は
「怪しすぎませんか?」
「怪しすぎますね」
レフィーヤの言葉を肯定するベル。
自身の素性を明かさない
ここまで秘密裏に行動させるのはその荷物のせいなのか……と二人の思考がそこに行きつき、二人同時に口を開く。
「ルルネさん、その荷物を渡してくれませんか?」
「えっ……いや、でも…………」
「見せていただけないのならフィンさんたちの所に連れて行きます。僕達だけだったらこれ以上は平行線にしかならないので」
「報酬と命、どちらがあなたにとって大切なのかよく考えてください」
彼女が持っている物が犯人の目的の物ならばこんなところで話している暇なんてない。今すぐにフィン達に報告し、対処してもらうべきだ。
そう語ってくる二人の目を見てたじろぐルルネ。
報酬と命。その二つを天秤にかけたのか少々逡巡の時間があったがややあって、彼女は荷物が入っている
「詮索しないで……絶対に誰にも見せるなって言われてたから…………」
ルルネがその小鞄から中身を取り出す。
それを見て二人は目を大きく見開いた。
「なん、ですか……これ」
ルルネがレフィーヤに手渡したのは緑色の宝玉。
宝玉から覗くのは───不気味な胎児。
身動きは全くとっていないがドクンッ、ドクンッ、という僅かな鼓動からわかるようにこれは生きている。
(ドロップアイテム? 新種のモンスター? こんなもの、見たことも……)
その謎の物体にレフィーヤが思考を巡らせている中でベルは妙な感覚に襲われていた。
(何だろう……これ…………)
妙な気持ち悪さがある。しかし耐え切れないというわけではない。
だがその胎児と目が合った瞬間、ベルの身に宿る『風』が騒ぎだした。
その気持ち悪さの正体を確認しようとベルが宝玉に手を伸ばしたその時だった。
遠方から何かが崩れ落ちる音と悲鳴、破鐘の咆哮が届いてきたのは。
自分たちの近くに全身を鎧で纏った何者かが現れたのは。
それに反応できたのは間違いなく奇跡だった。
ベル自身が自分を全力で褒めたくなるほどにとんでもない奇跡だった。
目の前に降り立った謎の人物。次の瞬間、それはかき消えていた。
ほんの僅かに見えたその人物の足運びで狙いは宝玉を持つレフィーヤだと断定。
その手が彼女の首に届く前に最速の動きで腰から引き抜いた《神様の剣》でそれを叩き斬った。
……はずだった。
「クラネルさん!?」
剣は右腕にわずかに食い込むだけで止まり、斬り落とせていなかった。
それを認識するよりも早く、相手は虫でも払うかのように左腕を振り払ってくる。
ベルはそれを頭を下げ、回避。そのままレフィーヤとルルネを抱え込み、敵から引き剥がした。
「な、なんだよ、こいつ……」
振り回されたその腕の威力に思わず冷や汗をかく。
回避が間に合わなければ、間違いなく首が飛んでいた。
背後に二人を庇いながら油断なく剣を構える。
「…………あなたが、あの人を殺したんですか?」
「!?」
後ろで二人が驚いたように息を呑む。
尋常ではないその膂力、レフィーヤの首を狙いにいったその手口。
ハシャーナを殺した人物とは共通点がある。それにこの狙ったかのようなタイミングはもうそれとしか思えない。
ベル達が見据える中で、彼は……いや、
「だったらどうした」
聞こえてくるのは見た目通りの男性の声ではなく女性の声。
女性の声に聞こえるなどではない。
「貴方は……男性ではないんですか……?」
レフィーヤがまじまじと彼女の顔を見つめる。
包帯で隠れているとはいえ、確かにその顔は男にしか見えない。
ベルもレフィーヤと同じ条件だったら男だと勘違いしていただろう。
ベルとレフィーヤの違い。
それは─────
「あの死体から引き剥がしただけだ」
「えっ?」
「レフィーヤさん、この人は
ハシャーナの死体を直接見ていたこと。
そして生前のハシャーナが強く印象に残っていたこと。
「気づいていたか」
「その顔は皮だけになってしまっているとはいえ見覚えがあります。あと他の人より鼻が利くもので……あなたからは亡くなったハシャーナさんと同じ
あの出来事が強く印象に残っているベルはその顔を忘れるはずがなかった。
そして、祖父が語ってくれたある話の影響で幼い頃から五感の訓練も行っていたベルにはよく臭う。そのおかげで正体は暴けた。
暴けたから何になるのかはわからないが。
後ろではレフィーヤが詠唱しているというのに女は歯牙にもかけていない。ベル達程度はいつでも殺せると踏んでいるのだろう。
「
女の存在感が高まる。
死臭と共に漂ってくる威圧感に剣を持つベルの手が怒りとは別に震える。
どれだけ心を強く持ってもベルの本能は理解している。
この人には何をしても勝てない、と。
「貴様らのような輩の手には余る代物だ。
だが後ろには後衛であるレフィーヤ、ベル以上に全身を震わせているルルネがいる。
女の前で男の自分が逃げ出すわけにはいかない。
何よりもハシャーナを殺害し、その死を冒涜するその行いが許せない。
警鐘を鳴らし続けている本能を怒りで捻じ伏せ、敵と対峙する。
「【───蛮族どもを焼き払え】……!?」
「【
レフィーヤの詠唱の完成と同時に憧憬の魔法を開放。
高ぶった感情に呼応し、吹き荒れる暴風にレフィーヤが……そして、彼女の魔法に対応しようとしていた女が大きく目を見張った。
爆発的な速度を以て女に肉薄。その視線をレフィーヤから逸らす。
横に薙いだ剣が女を防御ごと吹き飛ばす。
そこにすかさずレフィーヤの魔法が叩き込まれた。
夥しい量の紅蓮の魔力弾が吹き飛び、無防備を晒している女を襲う。
一部は天に向かって飛んで行ったがその火の雨は十秒以上続いた。
「や、やったのか……?」
炎の海に変わった倉庫の一部。
その炎の海の中心で女は立っていた。
「き、効いてない!?」
(……いや)
万に届きうる数の炎弾を受けたことで兜と全身の鎧は砕け散り、顔の包帯、皮は燃え尽きたのだろうかその素顔をわずかに晒す。
その女は……血のように赤い髪を持つ女は炎の海を歩きながら緑色の瞳でベルのことを見つめていた。
「その風は……いや、ありえんな。『アリア』は女だ、貴様のような男ではない……なぜ貴様がその風を纏っている?」
「『アリア』?」
女が呟いた一つの名前。ベルはその名前に聞き覚えがあった。
(その名前は確か『
そこで女が動きを見せる。
腰に佩いていた長剣を抜き放った。ベルが構えた直後、その剣が振り下ろされる。
「っっっっ!?」
「この程度は受け止めるか」
───冗談じゃない。
一撃を受け止めただけで全身から汗が噴き出る。骨が軋もうが筋肉が悲鳴を上げようが力を抜くことは許されない。一瞬でも力を抜けばその瞬間に潰される。
「……………」
「っが……あああああっ!!」
不意に赤髪の女がさらに剣に力を込める。
全力を出せば一息に殺せるだろうに何かを試すかのように少しずつベルを押し潰す。
紅剣が嫌な音を立てている。打開策がなければこのまま斬られて終わる。
「【アルクス・レイ】!!」
紅剣に罅が見え始めたその時、『大光閃』が女に襲いかかった。
───レフィーヤさんの魔法!
女がそれに対処しようと意識が逸れた隙を逃さずに全身全霊を以てベルは剣を跳ね上げ、その場を退避。
「これで…………えっ?」
態勢を崩された女は回避しようとその場を飛びのく。しかし、その魔法は女を追尾し移動直後の無防備な女を襲う。そのまま女に魔法が炸裂する───なんてことはなかった。
態勢は崩れたまま、魔法をその足で蹴りつけ、レフィーヤに跳ね返したのだ。
「レフィーヤさんっ!」
かろうじて直撃は回避したようだが、その余波で大きく吹き飛ばされている。
ベルも態勢を崩す中、土煙を斬り裂き、剣が走る。赤髪の女は意識を失ったレフィーヤ達を無視してベルに攻めかかってきた。
「くっ……!」
剣での防御が遅れ、鎧がない腹部を抉り取られる。風の鎧を突き抜けてきたその一撃にベルが目を見開く。
さらに追い打ちが来る。体を捻り、刺突を繰り出してくる長剣を黒剣で逸らし、紅剣で反撃を試みるも籠手で防がれる。すかさず放った黒剣の一撃はわずかに上体を逸らされたことで空を切ってしまう。
直後、ガラ空きとなった胴体を女の足が強打し、ベルの体を後方まで吹き飛ばす。
「こんなも、ごほっ……!」
すぐに態勢を立て直そうとしたところでベルが膝をつく。今の一撃で内臓が傷ついたのか尋常ではない痛みが襲い掛かり、地面に血をまき散らす。
その様子を無感情に見つめながら、赤髪の女はゆっくりと近づいてきている。
(まずい……動け、身体……!)
立ち上がらなければ死ぬ、とわかっていても体が言うことを聞かない。今にも意識を失いそうだが、不幸中の幸いか蹴りつけられた箇所を中心に走る激痛のおかげで意識が飛ぶことはなさそうだ。
赤髪の女が踏み込む音が聞こえた。
咄嗟に前方に風を放ち、後ろに飛ぶ。次の瞬間、先ほどまでベルがいた位置に女の長剣が叩き込まれた。
後退したベルの視界の先、地を砕いた女の姿がぶれる。
一瞬でベルに追い付いた女が風の鎧ごと砕こうとその左手を振るった。
「~~~~~~~!!」
風の防御すらも越え、体の前に構えた黒剣ごとその体を殴り飛ばされた。
今度は風を自身の後方に放ち、背後に猛烈な速度で迫りくる崖壁に激突するのだけは回避する。
態勢を立て直そうとしたところでカランッ、という音を立て、《神様の剣》がベルの手から滑り落ち、地面に転がった。
「……!」
どうやら先の一撃を防いだ際に右腕の感覚が飛んでしまったようだ。
少しずつ感覚は戻ってきているが、それをただ見ているほど赤髪の女は甘くない。
それを見た女はベルの腕の感覚が戻るよりも早く、長剣を振りかぶり、眼前に踏み込んできた。
「く、そっ!」
左腕で紅剣を振るい、長剣の側面に叩きつけ、その一撃を逸らす。
だが叩きつけたその瞬間、甲高い音を鳴らし紅剣の刀身は砕け散った。
生まれた空白。武器を失ったベルを仕留めようと赤髪の女が拳を振るう。その瞬間を狙い、右目を狙って砕けた紅剣を投げつけた。
しかし首を逸らされ狙いは外れる。だがそれでもいい。
紅剣の残骸をかわそうと首を逸らしたことで攻撃が空振り、態勢が崩れた。
生まれた千載一遇の好機。しかし黒剣を拾う暇はない。
なら───
「ハァアアアアアアッ!!」
振り抜かれた拳が頬に突き刺さり、赤髪の女が吹き飛んだ。
全身を使い、『風』も左拳に集中させた今放てる最大の一撃だった。
「づぁ……!」
だがその一撃は、自らの体を傷つけるだけに終わる。
左腕を押さえて思わずその場に蹲る。感覚でしかないが左腕が折れているかもしれない。
体中が訴えてくる痛みを堪え、前方に目を向けると……
「ハハ……」
思わず乾いた笑みが出てしまう。女は平然と自分の頬を拭い、立っていた。
頬に殴打の跡が残っている以上確かに攻撃は当たっている。それに手応えもあった。
だというのにほとんど効いていない。せめて膝ぐらいはついてほしかった。
一撃一撃が重く、速い。そして攻撃が通るどころか攻撃したベルが傷つくほどに硬い。
力の差で捻じ伏せてくるかと思いきや、その力に頼りきりにならない戦闘技術まである。
今まで経験したことがない異質な強さ。
純粋な力でも負け、技術にも大きな差がある。戦えているのは『風』とアイズ達から学んだ『技』と『駆け引き』のおかげでしかない。それらが欠けていれば何も抵抗することもできずに殺されていた。
そう断言してしまうほど目の前の敵はどうしようもなかった。今まで戦ったどんなモンスターよりもどんな人物よりもこの女は強い。
(突破口が………見えない……)
食人花との戦いの時はアイズの『魔法』を使用し、アリーゼとの共闘によって突破口を開いた。
しかし今回は既に魔法を使用しており、アリーゼに劣るとはいえLv.3のレフィーヤの力を借りてもこの有様だ。
赤髪の女が油断する場面が生まれてくれれば、それを起点に押し返すことが出来た可能性がほんのわずかとはいえあったかもしれない。だが女は格下のベルの何を警戒しているのか、ゆっくりと近づいてくるその姿には油断も隙もない。
(───勝て、ない…………)
剣を拾い、構えてはいるがその構えから覇気を感じ取れなかった。
絶望的な力の差にベルの心が折れる……その時を待っていたかのように女は再び肉薄。
(疾いっ……!)
回避は許されない高速の一撃。
だが受け止めることならできる。
(まだだ……! まだ、負けてないっ!)
風の出力を限界まで引き上げ、剣を上に構えその一撃を受け止めようとしたその時、その選択は過ちだというようにベルの冒険者としての本能が最大の警鐘を鳴らした。
赤髪の女の緑色の目が大きく見開かれ、両手に構えた長剣を一気に振り下ろす。
───本能に従うまま受け止めようとせずに回避したところで結果は変わらなかったかもしれない。だがそれでも回避ができるかもしれない、というわずかな可能性に賭けるべきだった。
敵が繰り出したその一撃は、受け止めてしまえばその時点で敗北が確定してしまう一撃だったのだから。
「終わりだ」
振り下ろされた長剣がベルの剣を叩き落し、風の鎧と激突。
次の瞬間、風を突き破りベルの体を深く斬り裂いた。
「──────────」
叫び声も上げることもできずにベルは背中から地面に倒れこむ。どこか落胆したような表情で見つめている赤髪の女の姿が視界から遠ざかる。
夥しい鮮血が傷口から絶え間なく流れだし、地面に血の海が出来上がった。
「少しは期待したが……所詮は『紛い物』、本物には遠く及ばんか。この程度ならば連れて帰る価値もない……貴様らはそこで黙って見ていろ」
赤髪の女は剣で地面を抉り取り、意識を取り戻し魔法を放とうとしていたレフィーヤ達に土や石の礫をぶつける。詠唱は強制的に破棄され、ルルネが放とうとした魔剣もその礫で砕かれた。
もう女を邪魔するものはいない。
地に倒れたベルに止めを刺そうと女がその左手を背に溜める。
ベルの霞む視界にもそれはぼんやりと映っている。映っているが体は動かない。あれだけ叫び、危機を回避しようとしていた冒険者の本能も今は沈黙している。
拳が勢いよく振り下ろされ、ベルの頭が潰れる。ベルの命はそこで終わった。
「───ねぇ」
───女は死んだ。一瞬のことだった。
誰かの声が聞こえ、『風』が吹いたかと思えば、自分の首と胴体が別れて───
「ッ!?」
気付けば、女はそこを飛びのいていた。
飛びのいた態勢で自分の首を確認。斬られたような跡どころか傷一つついていない。
前を見ると潰したはずの男の頭も残っている。何が起きたのか理解が出来なかった。
(今のは……)
頬を掠めた『風』から感じたものは殺意。
傷一つつけずに自分に死を知覚させるほどの激烈な殺意。
「───なにしてるの?」
殺意の発生源を女は見る。距離は離れているというのにその声は何故かよく聞こえる。
視線の先はレフィーヤが放った魔法の炎による黒煙に包まれており、殺意を放った者の姿を確認することはできない。
(いや、違う)
それは黒煙ではない。
それは『風』だ。
ベル達を散々甚振り、圧倒した女ですら戦慄を隠せない『黒き風』が爆炎や黒煙すらも飲み込み、『漆黒の嵐』を巻き起こしていた。
その黒嵐に階層が揺れる。遠くでその異常な魔力に反応するように食人花達が狂乱状態に陥る。
女が見つめる中で嵐の中から誰かが姿を現す。
黒風に耐え、女はその風を纏う者を睨みつける。
黒嵐の中心、そこには───
「───
金色の瞳に黒い光片を散らした……剣の姫が立っていた。
いつも感想、評価、お気に入り登録、誤字脱字報告ありがとうございます。
この世界のアイズはある出来事がきっかけでスキルに変化が生まれています。
スキルの効果に関してはこの話ではなくのちの話で書かせていただきます。
今後ともどうかよろしくお願いします。