二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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サポーター

 あの戦いの後、ベル達は地上に帰還することになった。

 負傷者の救護や護衛、今回起きた『リヴィラの街』の事件、食人花の襲撃と赤髪の女……逃亡の際に食人花を呼び出したことから調教師(テイマー)と仮定、などの情報をギルドやフィン達の主神であるロキ達に報告するためである。ベルも赤髪の調教師(テイマー)と直接戦った人間としてそれに同行した。

 

 ベル達の口から調教師(テイマー)についてギルドやロキに報告し、その情報が回ろうともしたのだが、ロキの「もうちょい待って」という指示で一旦保留となっている。

 ただ、女は【ガネーシャ・ファミリア】や(ベルに頼まれた)フィンの強い要望もあって指名手配及びギルドやリヴィラの要注意人物一覧(ブラックリスト)に記載されることになった。

 

 だが赤髪の調教師(テイマー)と遭遇した人間が非常に少ないのに加え、情報が制限されたこともあってリヴィラの食人花の奇襲やハシャーナ殺害、リヴィラの壊滅の話題は上級冒険者の間にとどまっている。

 

 下級冒険者達に知らせても余計な混乱を招くだけというギルド側の措置なのだが……

 

(……きな臭いなあ)

 

 フィン達が回収した食人花の魔石はなぜか全てギルド側が有無を言わさず押収したとのことだ。

 ギルドから個人的な口止めまでされ、【ロキ・ファミリア】とは別にギルドに一人帰らされたベルはギルドに不信感を抱いていた。

 

「ここまで露骨だと絶対に何か隠してるでしょ……考えても仕方ないけど」

 

 ギルドからの帰り道、一足先に帰らされたこともあって空はまだ黒ではなく茜色。すでに夕暮れ時。

 激動過ぎるダンジョン探索とギルドの聴取を終え、ベルは帰路につく。

 

 ギルドに対する不信感はぬぐい切れないが、一旦置いておいて今日の戦いを思い浮かべる。

 手も足も出ず、守られただけの戦い。何度目かわからない無力感を味合わされた戦い。

 

 思い出すだけで体の傷が痛む。

 治療院にも行かなくちゃな、と考えながら歩いていると誰かが駆けてくる音が聞こえた。

 

「……足音?」

 

 立ち止まり、音のする方向に視線を向ける。

 路地裏の奥からバタバタと何かが駆ける音が聞こえてくる。

 

「こっちからだよね……あ」

 

「あうっ!」

 

 音が向かってくる方に歩き、曲がり角をベルが曲がろうとすると一つの影がベルの身体に当たり、弾かれる。

 慌てて駆け寄ると、もぞりと動いてその小さな身体が起き上がろうとする。

 

(子供……いや、小人族(パルゥム)の女の子?)

 

 容姿は幼い。ヘスティアよりも低い身長と触れただけで折れてしまいそうな細い手足。

 何もかもが小ぶりな顔立ちの中で、その大きな円らな瞳がベルの印象に強く残る。

 

「追い付いたぞ、この糞パルゥムがっ!」

 

 慌ててベルが手を貸そうとしたその時、パルゥムの少女が走り込んできた道の奥から一人のヒューマンが姿を現す。

 狭い道に響き渡った怒声にパルゥムの少女が震えあがる。ベルは咄嗟にその少女を背に置き、そのヒューマンと相対する。

 

「もう逃がさねえぞ……!」

 

 その青年は思わずベルがドン引くほどひどい表情をしている。

 目の前にベルが立っているというのに青年はベルの背後で震える少女にしか目がいっていない。

 ベルがより一層少女を隠すように動いたことでようやくその血走った目がベルに気づく。

 

「ああ? なんだテメエは……邪魔だ、痛い目にあう前にそこをどけ」

 

 男の迫力は中々のものではある。ただベルはそれ以上のものを何度も経験している。

 この程度の圧ではどけるという選択肢すら浮かんでこない。

 

「えっと……僕がどくとして……この子に何をする───」

 

「ああ!? んなもんテメエに関係あんのかよっ!?」

 

 ───どけちゃダメなやつだこれ。

 

 男の様子が明らかにおかしい。もしもここで自分がどければこの少女は碌な目に合わない。

 そう判断したベルは背負っているバックパックを下ろし、路地の隅に置く。ベルの行動に青年はおろか、背後の少女も驚きをあらわにする。

 瞠目していた青年はさらに目を血走らせ、顔を真っ赤に染める。

 

「どういうつもりだ……! 本当に殺されてぇのか……!」

 

「一回落ち着いてください。何があったのかは僕は知りませんけど───」

 

「黙れっ、なんなんだよテメエは!? そのチビの仲間なのかっ!?」

 

「いえ、初対面ですけど……」

 

「じゃあなんでそんな糞チビを庇いやがる!?」

 

「ええ……? 女の子を守るのに、理由っていりますか……? というか探す方が難しくないですか……?」

 

「本当に何言ってんだテメエは!?」

 

 青年からしたらふざけているようにしか聞こえないがベルは至って真面目だ。

 祖父の教えの影響もあるだろうが、本人の生来の性質的にどんな理由があれど、目の前で女の子が襲われているというのは見過ごすことなんてできないだろう。

 

「ああ、もういい!! テメエもぶっ殺してやるっ!!」

 

 ベルの本当に意味が分からない、という顔に苛立ちが頂点に達したのか男が剣を引き抜く。

 剣をわずかに引き抜いて、ピタッと動きを止めるベル。後ろで息を呑み、僅かに覗く《神様の剣》の刀身を見つめる少女に気が付かず、そのまま少し考え込んでしまう。

 

(多分、Lv.1だよねこの人……普通に戦うだけでも危ないんじゃ……)

 

 アイズとの訓練もあって対人戦に慣れているとはいえ、強さが下の人間と戦うのはあまり経験がない。

 力加減を誤れば死にはしないだろうが、かなり深い傷を負わせてしまうかもしれない。どうしようかと悩んでいるところでオラリオに来てから初めて行ったアイズとの訓練を思い出す。

 剣を引き抜き、鞘のみを右手に構えた。

 

「何のつもりだ、それはよぉ……!」

 

「えぇっと……剣を使って、大きな傷を負わせるのも忍びないですし……あなたぐらいなら(これ)でどうにかできますし……」

 

 ポカン、と拍子に取られたように青年が口を大きく開けていたが、すぐに顔の色が真っ赤を超えて黒く染まる。

 挑発する気なんて毛頭ないベルのその言葉。明らかに自分を格下に見ている訳の分からない少年に青年の怒りが限界を超える。

 

「舐めてんじゃ、ねえぞっっ!!?」

 

 男がありったけの力を込めて飛び掛かる。

 迎撃しようとベルが鞘を振り抜く───

 

「止めなさい」

 

 その直前、芯のこもった鋭い声が、場に割って入ってきた。

 声の方向を振り向いたベル達の目に映るのは紙袋を持ったエルフの少女。彼女の鋭い視線が青年に突き刺さっている。

 

「次から次へとなんなんだテメエ等はよっ!?」

 

「貴方が危害を加えようとしているその人……クラネルさんは私のかけがえのない同僚の伴侶となる方です。危害を加えることは許しません」

 

「リューさん!?」

 

 聞き捨てならない言葉にベルが困惑と驚愕をあらわにする。

 だが問いただす前に荒れに荒れた男が喚き散らす。

 

「どいっつもこいつもわけわかんねえこと言いやがってっ!? 本当にぶっ殺───」

 

 

 

「吠えるな」

 

 

 

 スッと目を細めたリューは途轍もない威圧感を放っていた。それに当てられたのか赤黒く染まっていた男の顔が一瞬で真っ白になる。あれほど叫んでいた男は言葉を失い、その場に尻餅をつく。

 

「あ……っ! ……ぁ」

 

「手荒なことはなるべくしたくありません。今の私にそんな()()はないのですから。それに……私は()()()()()()()()()()()

 

 夕日を背負い、逆光でその顔は見えない。だが、その冷たい瞳だけは何故か鮮明に男の目に入って来ていた。

 その瞳に白い顔のまま腰を抜かした男は必死にその場から逃げ出す。それを見送ったリューはいつの間にか手に装備していたナイフを収め、ベルに歩み寄る。

 

「差し出がましい真似をしました。貴方ならばあの程度、どうとでも出来たでしょうに」

 

「いえ、助かりました。戦わずに済むのは僕にとってもありがたいです」

 

 先ほどまで放っていた圧はどこかへと消えて、いつも通り話すリュー。

 ベルからしたら資格に伴侶など、聞きたいことがあるのだがさっきまで小競り合いをしていたこともあって切り出すことが出来なかった。

 

「クラネルさんは何故こんなところに?」

 

「あっ、そうだ、あの子……あれ?」

 

 リューの言葉に周囲を見回すが、あの少女は忽然と姿を消していた。

 

「誰かいたのですか?」

 

「その筈だったんですけど……」

 

 よく見回してもやはり見当たらない。

 何故追われていたのかなど聞いておきたいこともあったのだが、見当たらないのなら仕方がない。

 

(少し気になるけど……念のためギルドに……いや、ギルドは……)

 

「クラネルさん?」

 

「あ! すみません、何でもないです」

 

「……そうですか、では、私はこれで」

 

「はい、ありがとうございました。また今度お店の方にも伺わせてもらいます」

 

 二人はお辞儀を交わして別れる。

 先ほどのやり取りで夕陽は沈み、すでに空は暗くなっていた。

 帰路を急ぎ、走るベル。そんなベルを物陰から一人の少女が見つめていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「神様、少しいいですか?」

 

「んあ? なんだいべるくん」

 

 翌日、寝ぼけ眼な神様に起きてもらって昨日の話をする。寝ぼけていた神様もその話が真面目なものだとわかるとすぐにしっかりとした表情に切り替えて真剣に耳を傾けてくれている。

 一部話す必要がないところは省略し、昨日の出来事を神様にも伝える。

 

「し、死にかけた……?」

 

「は、はい……」

 

「…………むむむむ」

 

 神様は難しい顔をして黙り込んでしまった。

 しばらく神様の唸り声だけが聞こえる時間が続く。

 

「……体は大丈夫なのかい?」

 

「え……えっと、大丈夫です。万能薬(エリクサー)とかで治療してもらったので」

 

「ならいいけどさ……君は本当に無茶をする子だねぇ……」

 

「……返す言葉もないです」

 

 誠心誠意の謝意を込めて頭を下げる。これぐらいしか今の僕にできることはない。

 後頭部に神様の視線が集中しているのを感じながら神様の言葉を待つ。

 

「それで、話は終わりかい?」

 

「えっ?」

 

 その言葉に思わず顔を上げてしまう。

 僕のその反応に神様は不思議そうな表情をしていた。

 

「ん? どうしたんだい?」

 

「ええっと、もっと何か言われても、というかすごい怒られても仕方がないことをしてしまったと思っていたんですけど……」

 

 何も言われないのがちょっと意外だった。

 色々覚悟していただけに少し拍子抜けというか……

 

「別に怒ってないってわけじゃないよ。予想外の異常事態(イレギュラー)が発生したとはいえロキの子供達の傍を離れて死にそうになったっていうのは流石に反省してほしい。でも、君は冒険者だろう?」

 

「……? はい」

 

「冒険者ならこの先も同じような目、もしくはそれ以上に危険な目に遭うことはある。特に君みたいな強くなることを願う冒険者にとってそれは避けては通れない道になるだろうね」

 

 強くなるには冒険をしなければ……神々すら認める【偉業】を成し遂げなければいけない。

 今回の赤髪の調教師(テイマー)までとはいかないけど、己より強大な敵を打破し、特別な【経験値(エクセリア)】を手に入れなければ【ランクアップ】はできない。

 

「君にその危険な道を歩き続ける覚悟が決まっているのなら、ボクも君の主神()としてそれを見守り続ける覚悟を決めるさ。ほとんど何も言わなかったのはその意思表明みたいなものだよ」

 

「……ありがとうございます、神様」

 

 神様からしたら僕のこれまでの行動のせいで心配の種は尽きないだろう。

 それでもそれをおくびにも出さずに僕のことを応援してくれる神様には感謝の念しかない。

 

「多少の無茶は許容するけど命大事に! 何があってもこの精神を忘れちゃダメだぜ?」

 

「はい、もちろんです!」

 

「よしっ! それじゃあ今度こそこの話は終わろうか。まだ何かあるかい?」

 

 神様が話を切り上げようとするけど、実はもう一つこの件で話があることを伝える。

 この件の前提として昨日の出来事を話しておく必要があったけど、こっちの件も色んな意味で大事なものになるかもしれない。

 

 その内容は───

 

「ある人に、会ってもらいたいんです」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 改めて神様に挨拶をして教会の隠し部屋を出発する。

 その昨日の戦いで受けた傷はお母さんの魔法やアイズさんからもらった万能薬(エリクサー)のおかげで違和感はあるけどほとんど痛みはない。痛みはないのだけど……

 

「防具……直るかな」

 

 今着ているのはギルド支給の防具。

 昨日破壊されたライトアーマーは使えないことはない。とても綺麗に切断されたため使えはするのだが、この状態で無理に使えば修復が完全に不可能になってしまう。

 だからダンジョンに向かう前にある店に向かう。いつもの裏道ではなく路地を辿り、古ぼけた小さな店に入っていく。

 

「いらっしゃい。おお、ベル坊か。今日はどうしたんじゃ?」

 

「おはようございます、ダルドさん。今大丈夫ですか?」

 

 店に入った僕をドワーフの店主であるダルドさんが迎えてくれる。

 このお店は武具の整備をしてくれるお店、名を『雛鳥の鉄床』という。

 整備にかかる費用などが駆け出しには優しいお店としてエイナさんに紹介してもらったのだ。

 

「この防具なんですけど……」

 

「ほう……随分と綺麗に斬られたものじゃな……この切り口からして間違いなくベル坊も斬られてると思うんじゃが、大丈夫だったのかの?」

 

「まあ……はい」

 

 ふむ、とダルドさんが防具の状態を確認してそれを作業場に置く。

 

「綺麗に斬られ過ぎてむしろ修繕しやすいわい。ただ最低でも今日の夕方まではかかりそうじゃが……」

 

「お願いしても大丈夫ですか?」

 

「問題ないぞ。武器の整備はすぐに終わらせることは出来るがどうする?」

 

「それじゃあ武器もお願いします」

 

 任された、と言ってダルドさんは《神様の剣》を受け取り、奥の作業場で整備の準備に入る。

 新米御用達のお店であり、ダルドさんも無所属(フリー)の鍛冶師ではあるけどその腕は確かだ。

 迅速に、でも丁寧に武器の整備を終わらせ、手渡してくれた。

 

「これでよし。防具の方は今日の夕方までには仕上げておくからそれ以降に取りにおいで。代金はその時で良いからのう。店は開けておくから待っておるぞ」

 

「はい! ありがとうございましたダルドさん!」

 

 剣を受け取り、お店を出る。

 お店から元の道を戻り、いつもの裏道に戻る。

 いつも通り裏道を経由してメインストリート、そして中央広場(セントラルパーク)。バベルへとたどり着いた。

 

(今日は……11階層までは行きたかったんだけど、防具がこれだし身体も不安あるしもう少し上の階層で───)

 

「お兄さん、お兄さん、白い髪のお兄さん」

 

 今日はどうしようかと考えていると足元の方から誰かが僕に話しかけてくる。

 思考を中断して足元を見ると小さな少女が立っていた。

 フードを深く被り、その顔はよく見えないが栗色の前髪が覗いている。その前髪とその身長に強い既視感を覚えた。

 

「君は……?」

 

()()()()()、お兄さん。突然ですがサポーターなんか探したりしていませんか?」

 

 人当たりの良い可愛らしい笑顔を浮かべてその指が僕が背負うバックパックを指さす。

 まあ確かに昨日サポーターがいてくれたらな、って思った時があったけど……

 

「いや、そうじゃなくて……昨日、会わなかったっけ……?」

 

「……? 昨日、でしょうか? 申し訳ありません、リリには心当たりがないのですが……」

 

 首をかしげる少女が嘘を付いているような気配は感じ取れない。

 他人の空似かな、と考えていると道のど真ん中で立っている僕達に周囲から迷惑そうな視線がぶつけられる。

 

「それで、お兄さん、どうですか? サポーターはいりませんか?」

 

「えっと、探してるし出来れば欲しいかな?」

 

「本当ですかっ! なら、是非ともリリを連れて行ってくれませんか! 必ず役に立つので!」

 

 グッと身を乗り出して無邪気にはしゃぐ少女。はしゃいだことでフードと前髪に隠れていた大きな円らな瞳が目に入ってくる。

 昨日、強く印象に残ったあの少女と同じような瞳。他人の空似と片付けるにはちょっと類似点が多すぎる。

 

「いや、それは僕からもお願いしたいんだけど……うーん」

 

「あ、名前でしょうか! 失礼しました、リリは自己紹介すらしていませんでしたね」

 

 少女は一歩下がり、朗らかな笑みを浮かべる。

 怪しむことなどないと言わんばかりの人懐っこい笑みを。

 

「リリの名前はリリルカ・アーデと言います! お兄さんの名前は何と言うんですか?」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 リリの話を聞き、契約を済ませたベルは彼女と共にダンジョン7階層に潜る。

 もう少し下の階層に潜っても良かったのだが、現在の防具と初めてのパーティというのもあってひとまずそこで戦っていた。

 

 しかし、7階層の基準ステイタスどころかレベルを上回るベルにとってモンスターの強さはかなり物足りないものとなっていた。押し寄せるモンスターの群れも今のベルにとってはただの魔石の群れでしかない。

 

「ベル様お強い~!」

 

 そんな中でもリリの行動は手馴れていた。

 モンスターを蹴散らすベルを笑顔で褒め称えながらモンスターの死骸を一か所に集め、その間も周囲への警戒は怠らず、間違ってもモンスターと鉢合わせて冒険者の負担になるような行動はしない。

 彼女のそんな動きのおかげで足場に不自由がないベルの動きはいつもより良い。

 

 モンスターの襲撃を全て乗り切り、ようやく静寂が生まれる。

 一段落した二人は魔石の回収作業に取り掛かるが、ここでもリリは大活躍だった。

 

「上手いなぁ……」

 

 小さな穴のみを開けて魔石を回収していくリリを見て、ポツリとベルが呟いた。

 ベルにとってはただの独り言のつもりだったのだが、リリはすぐにそれに反応し振り向く。

 

「リリの取柄はこれぐらいしかありませんから。こんな数のモンスターを倒したベル様の方がずっとすごいですよ」

 

 そう言ってる間にも手の動きは止まらない。手元を見ずに綺麗に魔石のみを取り出せるその洗練された技術に思わずベルが感嘆の声を漏らす。

 ベルが一匹から魔石を取り出す頃には彼女は既に四、五匹から魔石を取り出していた。

 

 それを参考にしながら作業に移り、ずっと気になっていたことをベルは口に出す。

 

「あのさ、リリ。そのベル様っていうのは流石にやめてほしいんだけど……」

 

「申し訳ありませんベル様。それはできません。仮契約とはいえ上と下の立場ははっきりとさせなければいけないですしサポーターは冒険者様にへりくだらなければいけないのです」

 

 有無を言わさぬその言葉にベルがたじろぐ。

 いやでもリリルカさん、とベルが続けようとしたところで彼女が遮る。

 

「そのリリルカさんというのもダメです。他の呼称ならならまだしもさん付けは絶対にダメです」

 

「なんでそこまで……」

 

「いいですかベル様。サポーターなんて聞こえはいいですが結局はただの荷物持ちでしかないんです。命を賭けてモンスターと戦う冒険者様からしたらリリ達サポーターは冒険者様から甘い蜜を吸おうとする寄生虫でしかないのです」

 

 リリが語る持論にベルが啞然とした表情を浮かべる。

 それを気にせずリリは続けた。

 

「冒険者様に対してサポーターが同格であろうとするなんて傲慢にもほどがあります。それが知られれば冒険者様は酷く怒ってリリ達サポーターに分け前なんて与えないでしょう」

 

「そんなことは……」

 

 ない、とは言い切れなかった。

 何故ならベル自身もすでに冒険者には色々な人が存在していることを知っていたから。

 

「ベル様がお優しいことは会ったばかりのリリでもわかります。けれども他の冒険者様全てがベル様のようにお優しいとは限りません。もしもリリが冒険者様を敬わない生意気なサポーターだと知られればリリは全く相手にされないでしょう。相手にしてもらっても精々タダ働きが良いところでしょうね」

 

 自分はそんなことはしないと断言できる。だが他の冒険者はそんなことしないと断言できなかった。

 オラリオに来たその日に出会った門番や先日に出会った青年のような冒険者だって存在しているのだからリリが言うような冒険者は間違いなくいる。

 

「慣れないことを強要させてしまいますが、どうかリリを助けると思って受け入れてくださらないでしょうか……」

 

「……わかったよ、リリ」

 

「ありがとうございます! ベル様!」

 

 自分のためなら意固地になっていたかもしれない。

 だがリリのためと言われたらベルは折れるしかなかった。

 

「───話は変わるのですが……本当にベル様は駆け出しの冒険者なのですか? この数のモンスターを危なげもなくお一人で倒すなんて……」

 

「んー……まあちゃんと駆け出しではあるよ。ここまで戦えてるのは僕に戦い方を教えてくれた人達……師匠の腕が良かったから……かな」

 

「……師、ですか……たとえそうだったとしても駆け出しなのにその教えを体現できているのならそれはベル様の実力だとリリは思うのですが」

 

「そうだとしてもまだ全然足りないよ。僕より強い冒険者なんていくらでもいるんだから」

 

 リリがおだてるつもりで放ったその言葉にベルが苦笑を浮かべる。

 今日この階層でモンスターを圧倒出来ているのは【ステイタス】のおかげで、『技』も『駆け引き』もほとんど関係ないことが分かっているベルは笑うしかなかった。

 不意を突かなければ、自分が入り込む余地がない戦いを目の前で見てしまった以上こんな程度で満足なんてできるわけがない。

 

 その笑みを見て内心苛立ちを露わにするのはリリだ。

 ここまで強さを引き上げてくれる師を持ち、実力も備わっているのにその顔はなんだ、と悪態をつく。

 

 挙句の果てにあんな武器まで───

 

「……まあベル様のお強さは武器によるところも確かにあるのでしょうが」

 

 苛立ちがわずかにその言葉に乗り、声の調子が変わる。

 企図の色が浮かんだ瞳がベルの持つ黒剣を凝視する。

 声の調子が変わったこと、リリが自分が持つ剣を凝視していることにベルも気が付いていた。

 

「そうだね。僕もこの剣のおかげで色々助けられたこともあるし……神様には感謝してもしきれないよ」

 

「…………神様、ですか? その剣と何の関係が……」

 

 神様、という言葉にリリが反応を見せた。

 言葉の続きを待つようにじっとベルを見つめる。

 

「えっとね、この剣は僕の神様……僕の【ファミリア】の主神様に頂いた剣なんだ。主神様の友達の神様に無理言って作ってもらった世界に一つしかない剣なんだって」

 

「……それは……良い、神様ですね」

 

 リリの声に宿った動揺とベルに向けてしまった抑えきれなかった嫉妬。

 それはヘスティアのことを思い浮かべていたベルには奇跡的に届かなかった。

 

 最後の一匹の魔石を処理したリリが立ち上がり、ベルの方を向きにっこりと笑みを浮かべる。

 

「ベル様、この後のことなのですけど下の階層に向かいませんか? ベル様の実力があれば八、九階層どころかさらに下に行けると思うのですけど!」

 

「うーんと……リリ、先に時間教えてもらってもいいかな?」

 

「? 大丈夫ですよ!」

 

 リリが取り出した金色の懐中時計をベルに見せる。

 時計の短針は既に数字の四を越え、五に重なろうとしていた。

 

「帰りと換金のことも考えたら……ごめんリリ、今日はここまででもいいかな?」

 

「えっ?」

 

「夕方からちょっと用事があって……帰りと換金のことも考えたらそろそろ戻らないといけないんだよね」

 

 ベルの言葉に一度何か考えるような仕草をしたが、すぐに笑顔を浮かべてそれを了承する。

 帰りはリリの知識のおかげで遭遇戦はゼロに終わり、ベルの予想よりも早く帰還することが出来た。

 

(これだったらダルドさんの所に行く前にエイナさんに相談できるかも……)

 

 地上に帰還したベル達はまずギルドの換金所へと向かおうとしたのだがリリが、

 

『今日一日はベル様の信頼を得るための通過儀礼のようなものなので! どうか懐を温めてください!』

 

 などと言い、全ての魔石、ドロップアイテムはベルの懐に入ってきた。

 

 正直少し気になるところがあるとはいえ、ベルはリリのことを信頼していたのでこの対応は少し不満があった。リリがそうじゃないと気が済まないらしいので今回は全て受け取ったが……

 

(納得はできないかな。次は絶対に山分けにしよ)

 

 そんなことを強く思い、もう一度雇うという約束を交わしてベルは満面の笑みを浮かべているリリと別れた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ベルと別れたリリは少年がそんなことを考えているなんてことも知らず、今日のことを思い出しながら真逆の道を歩いていた。

 

 道すがら思い出すのはベルの言葉。

 

 ───師匠の腕が良かったから……かな。

 良かったですね。貴方をそこまで強くしてくれた人がいて。

 

 ───僕より強い冒険者なんていくらでもいるんだから。

 良かったですね。上を見られるほどの心が残っていて。

 

 ───僕の【ファミリア】の主神様に頂いた剣なんだ。

 良かったですね。貴方をそんなに想ってくれる神様がいて。

 

 どこかの惨めな誰かと違って本当に、随分と、恵まれているようで、何もかもがリリの癪に障る。

 

 だからこそ今から楽しみだ。

 

 色んなものに恵まれ、多くを『持っている』彼は何も『持っていない』自分に裏切られた時、どんな表情をするのだろうか。

 泣き叫ぶのか、怒るのか、呆然とするのか、本当にどんな表情を浮かべるのか今から楽しみで仕方がない。

 その無垢な心が自分のように汚れていく様を思うだけで彼との探索で何があっても耐えられそうだ。

 

「……まずはあの剣でしょうか。それとも他の物? ふふっ、時間はいくらでもあります。せいぜい利用しつくしてから───」

 

 ───あなたの全てを奪ってあげます。

 

 呟いた言葉が風に吹かれて消える。

 自分も他人も欺き続ける灰をかぶった少女はフードの下で妖しく微笑んだ。




いつも感想、評価、お気に入り登録、誤字脱字報告ありがとうございます。
執筆の際の励みとなっております。

ヘスティアはフィン達がベルを下の階層に誘ったことに関しては特に怒っていません。ベルの意見を無視して無理強いをしていた場合は話は別でしたが。
ある人物とヘスティアの会話は次回になります。

今回一部急いで書き足したところがあるので違和感のある箇所が出てしまったかもしれません。あくまで作者個人の見解になりますが今後はこのようなことがないよう努めていきます。
これからもよろしくお願いします。
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