二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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今回の話はいつもより長いです。
それでも良ければどうぞ。


可笑しな冒険者(少年)

「うーん……他所の【ファミリア】のサポーターかぁ……」

 

 場所はお馴染みとなったギルドの面談ボックス。僕は換金を終えてまっすぐエイナさんのところへと向かい、リリのことを相談していた。

 

「例は少ないけど違う【ファミリア】の冒険者とサポーターが明るい契約関係を結んでたこともあるけど……ベル君から見てそのリリルカさんって子はどうなの?」

 

「腕はすごく良いと思います。とてもいい子でしたし……ただ時々言動が危うく感じるというか……」

 

「……不安があるならあまりおすすめはしたくないかな……その子の所属【ファミリア】は分かる?」

 

「確か【ソーマ・ファミリア】って言ってました」

 

「【ソーマ・ファミリア】かぁ……これまた微妙なところが出てきたなぁ」

 

【ソーマ・ファミリア】。

 典型的な探索系の【ファミリア】であり、商業系(お酒を売っているらしい)にも手を出しているという【ファミリア】。

 特徴的なのはそれと構成員がかなり多いこと、そしてこれはエイナさんの主観にはなるけど、死に物狂いの冒険者が多いという。頻繁にギルドの換金所で揉めている姿を目にするらしい。

 

「でも派閥間の問題とかは特にないし、他の構成員を刺激しなければ……あとベル君が言ってたその子の危うい言動っていうのが気にならないなら雇っても大丈夫なんじゃないかな」

 

 私としてはベル君にパーティを組んでおいてほしいしね、と言い、後は僕の心次第とエイナさんは締めた。

 一度頭を整理して、最終的な答えを出そうという結論が出し、その話とは別にリリとの会話で出た気になる点をエイナさんに質問してみることにした。

 

「エイナさん、サポーターって、冒険者に疎まれたりするものなんですか?」

 

「……そうだね。専門職のサポーターっていうのは身分が低いかもしれないんだ……その、モンスターに勝てなくなった冒険者が転職するのがもっぱらだから、蔑視の対象になりやすいというか……」

 

「それは……【ファミリア】の中でも、そうなんですか?」

 

「……うん」

 

 僕の言葉にエイナさんは静かに頷く。

 ダンジョンに潜る前にリリの素性はある程度聞いていた。

 

 曰く【ファミリア】内では邪魔者扱いを受けている。

 曰く【ファミリア】内では居場所もないから各地の格安の宿屋を転々としている。

 

 など……。

 

 最初に彼女からそんなことを聞いた時はすごい衝撃を受けた。

 僕からしてみれば【ファミリア】というのは家族だ。僕と神様に血の繋がりはないけど、そこには確かに家族としての確かな絆がある。その絆はあの人達との絆と比べても強固なものである。

 苦楽を共にする関係、それが【ファミリア】だと僕は思っていたし、そう信じていた。

 

 それなのにリリの【ファミリア】はリリを蔑ろにしている。

 あの時、リリが嘘を付いていないことは分かっていた。それでも確証を持つまでは嘘だと思いたかった。

 だからここでエイナさんにサポーターとサポーターの【ファミリア】内での立場を改めて聞き、否定してもらいたかった。

 

 全ての【ファミリア】、神様がそうではないのは神様……ヘスティア様に見つけてもらった僕はよくわかっている。わかっているがリリの現況はどうしてもやりきれない。

 エイナさんも専門職(サポーター)達のその現況を快く思っていないのは表情から一目瞭然だった。

 

 リリがあそこまでサポーターである自分を卑下する理由も改めて理解できる。

 他派閥どころか同じ【ファミリア】内でもそんな扱いを受けているのならそうなってしまって当然だ。

 

 ───神様に見つけてもらえた僕はすごい幸運だったんだな。

 

 思考の沼に沈みそうな頭を顔を叩くことで引っ張り上げ、そのまま席を立つ。

 

「ありがとうございます、エイナさん。嫌な話をさせてしまってすみません」

 

「ううん、気にしないで。また何かあったらいつでもおいで」

 

 優しい笑みを浮かべるエイナさんにもう一度お礼を言って部屋を出る。

 考えなければいけないことは多いけど、それは全ての用事を終わらせてからだ。

 ギルドを出た僕はそのままダルドさんが待つ『雛鳥の鉄床』に向かって足を進めた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 翌日。

 僕とリリは1階層を歩いていた。

 結局、僕はリリをサポーターとして雇うことを決めた。

 

 留意点は多々あるが、それがあってもリリを放っておけないという気持ちが勝った。

 神様にも許しをもらい、僕とリリは期間を設けずにパーティメンバーとしての契約を交わしてダンジョンを潜っていた。

 

「ベル様。改めてリリを雇って頂いてありがとうございます。ベル様に見捨てられないよう誠心誠意頑張りますね!」

 

「見捨てるなんてそんなことしないよ? そう思われてたなんてちょっと残念だなあ」

 

「リリもベル様がそんなことをするお人だなんて思っていませんよ。とても()()()()ベル様に向けたちょっとした冗談というやつです」

 

 ……やっぱり何かが突き刺さる。

 昨日もそうだったけど畏まった態度の中に刺さるようなものが混ざっているような気がする。

 僕が冒険者でまだ信頼に足る存在じゃないからなのかな……

 

「ベル様、本日の予定をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

「あ、うん。今日は昨日リリが提案してくれた9階層と10階層で粘ろうと思うんだけどいいかな?」

 

「ベル様がお決まりになられたことでしたらリリはそれに従いますよ。でもよろしいのですか? 提案した身ではありますがリリはほとんど戦えません。必然的にベル様に連戦を強いることになってしまいますが……」

 

「それは大丈夫。一人で戦うことがほとんどだったし、戦えなくてもリリがいてくれるだけで僕の負担は減るからそこは心配しなくてもいいよ」

 

 ソロで探索するときは索敵も魔石とかの回収も全部一人でやらなくちゃいけなかったけど、リリが索敵に参加してくれたり、魔石とかの回収もしてくれるのなら僕はその分戦闘に集中できる。

 集中できればその分効率を引き上げることが出来るはずだ。

 

 戦力の問題もない。9階層、10階層程度なら余程のイレギュラーでも起きない限りはLv.2の僕一人で十分だ。その余程のイレギュラーが起きるのがダンジョンなのだということを身をもって経験しているから気を緩めることなんて絶対にしないが。

 一応昨日神様に相談して【ステイタス】の更新も終えている。基礎アビリティはあの調教師(テイマー)と戦ったからか凄まじい伸びを見せていた。

 

「僕よりもリリが心配なんだけど大丈夫そう? 効率が上がったらリリの負担が凄いことになりそうだけど……」

 

「リリだって『神の恩恵(ファルナ)』を授かってるのですから大丈夫ですよ。それにスキルの補助もあるので運搬作業に関しては足手纏いになることはありません」

 

「リリ“も”スキルが発現してるんだ!」

 

 驚きと喜びを隠しもしないで僕は叫んだ。

 気づくとリリの顔は辛そうに歪んでいた。

 

「……リリも、ということはベル様もスキルが発現しているのですか?」

 

「そうだよ。一緒だね、リ、リ……?」

 

「……………本当に、どこまでも……」

 

 固まった僕をリリは静かに見つめていた。

 その呟きには怒りや嫉妬といったものが込められ、フードの下から覗くその目は諦めや自嘲といった感情が込められている。だけどその複数の感情は瞬きの間に消え、リリはすぐに明るい雰囲気を纏いなおし、いつもの人懐っこい笑みを浮かべていた。

 

「さぁベル様! こんなところで話してないで下に向かいましょう! 今日からが実質本番なのですから頑張りましょうね!」

 

 今の笑っているリリを見ているとさっきのリリは僕が見た幻だったかのように感じてしまう。

 だがあれは幻なんかじゃない。あの淀んだ目は僕の胸に深く刻み込まれている。

 

 どうしてそんな目を向けてくるのかわからない。気づきそうだけど気づけない。

 そんな気持ち悪さを抱えながら僕はリリと共に迷宮探索へと向かった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 昨日行ったリリとの初めての迷宮探索。

 あの戦いで防具が壊れてしまったことと受けた傷に不安があったこともあって7階層までしか行かなかった。けど今日は防具もダルドさんにしっかり直してもらったし、昨日の時点でどれだけ動けるか確認もできている。

 

 ということで今日はリリと共に8階層、9階層を越えて10階層で戦うことにした。

 霧が濃く、一人なら索敵が難しい階層だけどリリが傍にいてくれるおかげで全方位を警戒する必要がない。リリが見てくれている方向とは反対を警戒したらいいから格段に戦いやすかった。

 

 リリがいてくれたことで変わったところはそこだけじゃない。

 

 まず、リリがバックパックを持ってくれているおかげで一人で探索しているときに魔石やドロップアイテムが溜まり、戦い辛くなった時にいちいち地上に戻って換金するという手間がかなり少なくなった。リリが背負っているバックパックが僕が使っていたものと比べて何倍も大きいから、というのもある。

 

 次に僕がバックパックを装備する必要がなくなったこと。おかげで身軽になり、全力で戦いに臨むことが出来た。背負ったバックパックを守る必要もなくなったから本当に戦いやすかった。

 

 一緒に周囲を警戒してモンスターが出てきたら持ち前の敏捷で突貫し狩る。

 狩ったモンスターの魔石や結構出てくれるドロップアイテムはリリが素早く回収する。

 

 その戦い方は僕達に合っていたのか探索を終えるその時まで非常に安定して戦い続けることが出来た。

 効率よく、上層の深い階層で効率よく戦ったその結果。

 

 探索を終えてギルドの換金所から受け取ったお金は───

 

「「六三〇〇〇ヴァリス……」」

 

 二人でギルドから貰った亜麻色の袋、その中にギッシリと詰まっている大小の金貨を見て僕達はポツリと呟いた。

 一緒に袋から顔を上げて視線を交わす。次の瞬間、僕達は喜びを爆発させた。

 

「すごいっ、すごいですよベル様!! ドロップアイテムが結構出たとはいえお一人でこんな額を稼ぐなんてっ!!」

 

「いやいやっ! リリのおかげだよ! ずっと一人で潜ってたけどこんな額なんて一回も稼げなかったんだから!」

 

 バックパックに貯めて、地上に戻って換金してを繰り返すよりもサポーターと一緒に探索をする方がはるかに効率が良いのはわかっていた。

 わかっていたけどあの階層でここまでの額を稼げるなんて夢にも思っていなかった。

 

 本当はこういう時でも冷静にいるべきなんだろうけど、こんな時ぐらいはあの人も許してくれるはずだ。

 

「何言ってるんですかベル様っ! ベル様はLv.1の冒険者五人組のパーティが一日で稼げる値段をご存じではないのですか?」

 

「えっ? えーっと……ごめん、わからないや」

 

 ちょっと照れくさくなって頭をかいているとリリがその身をぐいっと乗り出して一気に捲し立ててきた。

 

「モンスターの種類やドロップアイテムにもよりますが大体二五〇〇〇ヴァリスなんですよ二五〇〇〇ヴァリスッ!! それをはるかに上回ったってことはつまり、ベル様がお一人でその五人を優に凌ぐ働きをしたということなんですよっ!」

 

 ものすごく凄いことなんです!、と語彙力を失いながら、リリは目を輝かせて僕のことを褒めちぎる。

 Lv.2だからここまでできたのだろうけど、こんなに褒められるのは普通に嬉しい。

 でもリリの支援がなければこんな額は絶対に稼げなかった、ということをリリに伝えると一度大きく目を見開き、少しして彼女も裏表のない純粋な笑顔を浮かべてくれた。

 

 酒場でもないのにギャーギャーとちょっと二人ではしゃぎ過ぎたかもしれないけど、幸いにもバベルの簡易食堂には僕とリリ以外の冒険者の姿は見えない。

 地上に戻った時にはもう既に空は暗くなっていたので僕ら以外の冒険者たちはそれこそ酒場でお酒を飲んでいるのかもしれない。

 

 そうして騒いでると少し声のトーンを下げたリリが僕に話しかけてくる。

 

「……では、ベル様。そろそろ分け前をいただいてもよろしいでしょうか?」

 

「うん、わかった! ちょっと待ってて……」

 

 懐から換金所でもらったもう一つの亜麻色の袋を取り出す。

 テーブルの上に置いてある金貨が入った袋から取り出したその袋に金貨を入れていく。

 

(えっと……どれくらいが相場なんだろ……)

 

 最初にリリと契約する際に三割は欲しいと言っていた。

 だけど正直三割程度じゃ今日のリリの働きに相応しい額とは到底思えない。

 

「……よし! じゃあはいこれ!」

 

 どんっ、テーブルの上に金貨が入った袋を二つ置く。

 その内の一つ……元々金貨が入っていた方をリリに差し出す。

 

「三三〇〇〇ヴァリスでいい?」

 

「……へっ?」

 

 リリが目を点にして呆けた声を出す。

 あれ、やっぱり足りなかったかな……ともう少し追加で袋に金貨を詰めようとしたところでリリが慌てて僕の動きを止めにかかる。

 

「な、何しようとしてるんですか!?」

 

「え? ちょっと足りないかなって僕も思ってたからもっと追加しようと」

 

「い、いりませんいりません! と、というかこれ、何ですか……?」

 

「何って……リリの分け前だけど……」

 

 リリが何をそんなに驚いているのか不思議だったけど、そこで彼女の境遇を思い出す。

 境遇に加えてこの驚き様。リリが言っていた精々タダ働きという言葉。

 

 薄々感づいていたことだけどようやく確信した。

 リリはサポーターとしての務めを果たしても、ほとんど分け前をもらえてなかったんだ。

 

 カッと、身が熱くなる。

 先ほどまでの高揚感は消え、髪を思いっ切りかきむしりたい衝動に襲われる。

 その衝動は抑えて、代わりにリリの前に置いた袋に追加で金貨を入れる。リリが慌てて止めにかかるけど構うもんか。

 

 元々入っていた額も合わせると大体四〇〇〇〇ヴァリス。もっと入れたかったけどリリが袋を抱え始めたため、もう入れることはできない。そんなリリは僕のことを信じられないものを見るような目で見ていた。

 

「せっかくだしリリ、これから酒場に行かない? 僕美味しいお店を知ってるんだ。きっとリリも気に入ってくれるよ!」

 

 僕の行動に困惑しているリリに笑顔を向ける。

 差し出された僕の手を取る前に彼女はその小さな唇を開いて僕の目を正面から見てくる。

 

「ベ、ベル様は独り占めしようとか……自分だけ多い金額を持って行ってやろうとか考えないのですか?」

 

 その目は不安そうに震えている。

 リリのその目により一層、先ほどの衝動が高まる。不安がってるリリの手前、表面化しないよう努める。

 

「そんなこと思うわけないでしょ? リリのおかげで戦いやすかったし、話しかけてくれるおかげで寂しくもならなかったし……うん、やっぱりリリがいなかったらこんなに稼げなかったよ」

 

 本当にそう思う。安心させようとかそんなことは考えていない。

 心から彼女に感謝を……ありがとう、と伝える。

 

 これからもよろしく、とかリリに会えて良かった、とかの言葉もちゃんと言葉にする。

 言葉にしてリリに直接言うのはちょっと恥ずかしかったけど、本当のことだからちゃんと伝える。

 

「………」

 

「リリ、ほら、行こう?」

 

 改めて手を差し出す。

 まだ不安そうにその手を見ていたけど、やがておずおずと僕の手に自分の手を重ねてくれた。

 

「………変なの」

 

 ポツリと呟いた言葉を僕は聞き逃していた。

 けどこれ以降、リリの僕を見る目がほんの少しだけ変わったことに気が付いた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「むむっ?」

 

 よろよろとメインストリートを歩いていたのはバイトを終えたベルの主神であるヘスティア。

 バイトの重労働を今日も耐えきったヘスティアはホームへと向かっていると視界に見覚えのある白い髪を捉えた。

 

「ベル君だっ!」

 

 その姿を見間違えるはずのないヘスティアは足取り軽く、前方を歩くベルに近づこうと一歩踏み出したその時、ベルの隣を歩くもう一人の人物を捉える。

 ベルから差し出されている手をぎゅっと握り、時々ベルのことを見上げながら話すその姿にヘスティアは凄まじい庇護欲を覚えた。

 

「ふむ……あれがベル君が話していたサポーター君かな?」

 

 二人の仲睦まじい姿を観察しながらその後ろをこっそりとついていく。

 その二人がある酒場に入っていったところで身も心も疲れ果てていたことを思い出す。

 せっかく迷宮探索を終えて打ち上げに向かったであろう二人の邪魔をしたくないという気持ちもあったのでとりあえず自分も帰ることに決めた。

 

「それにしてもあの子……今度ベル君に言って直接会わせてもらおうかな……」

 

 自分よりも背が低いローブを着た女の子。

 その纏う雰囲気に女神としての勘が働いていた。あのままベルに任せるのもありだが、もう一度しっかり話しておく必要がある……そうヘスティアは考えた。

 

「ま、今は思いっ切り楽しんでくれよ、二人とも!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

『豊穣の女主人』に辿り着いた僕達を迎えたのはシルさんの笑顔だった。

 

「いらっしゃいま……あっ! ベルさん!」

 

「こんばんは、シルさん。二人入れますか?」

 

「もちろんです! どうぞこちらへ!」

 

 ほぼ満席と言えるような状況だったけど幸いにも一つ席は空いていたようで僕達は奥のテーブル席に案内される。

 席についてリリにメニューを見せるとリリはその目を大きく見開いていた。

 

「ちょっと高すぎないかって思ったでしょ」

 

「い、いえ! そんなことは」

 

「気にしないで。僕も最初に来たときは驚いたから。でもここは本当に美味しいんだ。絶対に損はしないよ。あ、好きな物を頼んでね、僕が全額払うから」

 

「ダメですよそんなことは! 自分の食事ぐらいは」

 

「誘ったのは僕だよ? こういう時は僕の顔を立ててほしいんだけど……ダメ?」

 

 うぐっ、とリリが言葉に詰まる。

 何かさらに言おうとしてるけど、何を言おうともここは絶対に譲る気はない。

 唸っていたリリは僕の顔を見て諦めたのか小さな声でお願いします、と言ってくれた。

 

「良かった! じゃあゆっくり選んで」

 

 リリはじっとメニューを見てパスタとスープとドリンクを、僕はリリと同じものに加えて肉料理や二人でつまめるものを注文した。

 少し話していると料理が運ばれてくる。僕達は乾杯をしてから食事を始めた。

 

 リリの口に合うかちょっとだけ不安だったけど一口食べると目を輝かせて美味しそうに次から次に頬張っていた。勢いよく食べたせいで頬が大きく膨らんでいて栗鼠のようだった。

 運ばれてきた料理に一緒に舌鼓を打ち、色々と話しているとあっという間に時間は過ぎて、テーブルに並べられた料理のお皿も空になっていた。

 

「もうちょっと食べられそう……リリはどうする?」

 

「い、いえ……リリはもう満腹です……」

 

「そっか。じゃあ僕も今日はこれくらいにしようかな」

 

 お腹に余裕はまだあったけどリリは食べ終わってるし待たせるのは流石に申し訳ない。ただでさえ結構無理矢理一緒に酒場に来たんだから。

 僕より少ないけどリリも結構な量を食べていたので苦しそうにしている。なので少し休んでから帰ることにした。ただ流石にもう何も頼まないのに座っているのはあれなので飲み物を頼もうとしたところで店主のミアさんに声を掛けられる。

 

「坊主、食べ終わったんならちょっといいかい?」

 

「えっ? 大丈夫ですけど……何かありましたか?」

 

「つい最近うちの離れを貸してやっただろう? その時に坊主のとこの神か坊主かはわからないけど、忘れ物をしなかったかい?」

 

「忘れ物?」

 

 正直僕には心当たりがない。とすると神様の物だけど……

 いや、全然あり得るな。帰る時部屋の確認とかあまりしてなかったし。

 

「うちの娘達の物じゃないのは確認済みだよ。悪いけどちょっと確認してもらっていいかい」

 

 そう言うとミアさんはヒューマンの店員のルノアさんを呼んで僕のことを案内するように指示を出す。

 ミアさんに謝られたけど僕達の忘れ物なんだし謝らなければいけないのは僕の方なんじゃないかな……。

 

「リリ、ごめん。そういうことだから少し待っててもらってもいい?」

 

「はい、大丈夫です。この時間で動けるようになっておきますのでゆっくりでいいですよ……」

 

「あははは……じゃあ荷物とかは置いていくからお願い」

 

 剣などの荷物はリリに預けて僕を待っているルノアさんに着いていく。

 離れに続く扉に入ったところで一つ疑問が生まれた。

 

(なんでルノアさんなんだろ。あの時一緒にいたのはシルさんだったんだしシルさんの方が良かったんじゃ……)

 

 部屋の場所は店員の人ならどこだってことはわかるんだろうけど……。

 気にすることもないことだったのかもしれない。正直細かすぎるんじゃないかと僕自身も思う。けれど何故かそこが妙に引っかかってすごく気になる。

 

 振り向いてシルさんのことを見る。忙しそうだけど忙しさの度合で言えば多分ルノアさんの方が上だった。前を歩いているルノアさんもどこか上機嫌に僕に話しかけてくるのが何よりの証拠だ。

 

 扉が閉まる。僕の視線の先にいる彼女はずっと笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ベル達が『豊穣の女主人』で料理の注文を終えた頃、一人の少女が厨房で凄まじい手際の良さで料理を作っている女主人に声を掛けていた。

 

「ミアお母さん、ちょっとお願いしたいことがあるんですけど」

 

「あん? なんだいこの忙しい時に」

 

「ベルさん達が食事を終えた頃に忘れ物があるってことをミアお母さんの口から伝えてほしいんです」

 

「はぁ? 何を───」

 

 シルの浮かべるその笑顔と瞳を見てミアが口を閉ざす。

 かと思えば一瞬でその顔を思いっ切り顰める。

 

 ニコニコと笑みを浮かべているシルに忌々しいものを見るような視線を投げかけるミア。

 やがて大きなため息をついて調理に戻る。

 

「わかったよ、さっさと仕事に戻りな」

 

「わぁ! ありがとうございますミアお母さん!」

 

「依頼料はアンタの給金から貰うから覚悟しておきな」

 

「え」

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 そんな会話が起きてたことなんて全く知らずにベル達は料理を食べ終わり、ミアの話を聞いて離れへと向かう。周囲でどんちゃん騒ぎが開かれている中、リリはお腹の苦しさも忘れてじっとある物を見つめていた。

 

「……………………」

 

 リリの視線の先にあるのはベルの扱う漆黒の剣。

 圧倒的な切れ味を誇り、上層に存在するほとんどのモンスターを簡単に斬り伏せてきた剣。これに比べればリリが今まで見てきた武器は全部鈍になってしまうほどの超一級装備。

 さらに鞘に刻まれているロゴは【ヘファイストス・ファミリア】のもの。売れば間違いなくとんでもない額になる。

 

(……今なら)

 

 思わぬところで生まれた好機。

 周囲には大勢の冒険者や店員がいるがそのリスクを背負うだけの価値はある。

 見つかったとしても外に出て、『魔法』を使えばこっちのものだ。

 

(………でも)

 

 この武器を盗んでこの場からいなくなればその時点であの少年と関わることはできなくなる。

 もし盗んだのちに姿を変えて近づいたとしても、彼なら多分気づく。

 

 つまり少年との関係はこの夜で全て終わる。

 

「………………………」

 

 胸の奥が痛む。思い出すのは先ほどの出来事。

 初めて他の冒険者に感謝されて、サポーターである自分を対等に扱ってくれる少年の笑顔。どうやって貶めようか考えていたというのに、他の冒険者とは丸っきり違うその少年の姿にどこか絆され始めている自分がいる。

 

 武器を盗んだ後でなく盗もうとしてこうなるのは初めての経験だ。

 

(……いえ、こんな機会はもうない。それに……どうせこの人だって…………)

 

 この優しさはあの神のような気まぐれに過ぎない。それがわかっているはずなのにこんな簡単に絆され始めてるなんて自分はどこまで愚かなんだ、と自嘲する。

 

 冒険者共が自分に何をしてきたのか忘れたのか。

 

 忘れるはずがない。ズキズキと胸が訴えてくる痛みを冒険者に対する憎悪でかき消し、その瞳を昏く染める。視線がバレないように顔をフードで隠し、周囲を見渡す。

 誰もこちらを見ていないタイミングを狙って少年が座っていた椅子に立てかけてある武器に手を伸ばす。

 

「───楽しかったですか?」

 

 手を伸ばす瞬間を待っていたかのようなタイミングで聞こえてきたその声に背筋が凍る。

 振り向くと飲み物を手にした薄鈍色の髪を持った少女が笑みを浮かべて立っていた。

 

「……はい。料理もとても美味しかったですし楽しませてもらいました」

 

「良かった! あ、これサービスです!」

 

 どうぞ、と彼女の前に飲み物が置かれる。

 それで去るのかと思えばベルの椅子の隣に座り、リリと対面する。

 

「お仕事は大丈夫なのですか?」

 

「ちょっとぐらいならミアお母さんも許してくれるので大丈夫です!」

 

 チラッ、と厨房から出てきた店主に目を向けると椅子に座る彼女に苦々し気な表情を浮かべているだけで何も言ってこない。

 当の彼女はにこにこと笑っているだけでミアの方を見てすらいない。笑顔のまま、ただリリのことをずっと見ている。

 

「リリさん……でいいんですよね?」

 

「ええ、そうですが……」

 

「じゃあそう呼ばせてもらいますね。それで聞きたいことがあってここに来たんですけど……リリさんから見てベルさんはどんなお人ですか?」

 

「……なぜ、そんなことを?」

 

 リリがそう聞いてもシルは無言で笑顔を保ち続けてその問いに答えない。

 

 心臓が凄い早さで動いているのを感じる。武器を盗もうとしたのが見られていたのかもしれないという焦りもあるがそれ以上に……その笑顔が恐ろしい。

 誰が見ても可愛らしいと口々に言う笑顔だというのに悪寒が止まらない。

 

「……人としても、冒険者としてもあの方は優しすぎます。いずれ騙されたのに、騙されてるってわかっているのにその騙した人を助けに行っちゃいそうな……そんな雰囲気があります。まだそんなに長い期間を過ごしていないリリの見解なので正しいものかはわからないですけど……」

 

 動揺と恐怖を隠しながらリリがそう答えるとシルはそれに同意するように頷いて飲み物を勧める。

 心を落ち着かせるために飲むが、食事の際に飲んだものと全く同じものなのに何故か味がしなかった。

 

「リリさんもやっぱりそう思ってましたか。優しいのはあの人の美点ですけど、度を越えちゃうのは見てて不安になりますよね。私も似たようなことは思ってたんです」

 

 笑みが薄れ、どこか不安げな表情が浮かび上がってくるが、それも一瞬のこと。

 再びあの笑みでリリのことを見つめてくる。

 

 この人はあの人の何なのだ、とリリが思っていると、

 

「シルっ!! いつまでくっちゃべってるんだいっ!!」

 

 というミアの怒声が響き渡り、口を開きかけた彼女は名残り惜しそうに席を立った。

 

「残念……もう少しリリさんとお話ししたかったのに」

 

「お話って……リリ達は初対面のはずなのになぜそんなに気にかけるのですか?」

 

「不快な気分にさせたのならすみません。ベルさんが初めてのパーティを組む人がとても気になっちゃったんです。もしもベルさんが騙されてたらって思ったらいてもたってもいられなくなっちゃって……」

 

 急にすみません、と深く頭を下げるシルを見て、息苦しくなるほどにリリの心臓は早鐘を打っていた。

 なぜならシルの言ったことは当たっているのだから。もしも彼女にバレれば想像を絶する何かが自分を待っていると勘が騒いでいた。必死に図星だったことを悟られないように努める。

 

「ではこれで失礼しますね。お邪魔してすみませんでした」

 

 それが功を奏したのかそれ以上何かを言うことはなく、彼女は早足でリリの元を去っていく。

 バレないようにホッ、と安心したように息を吐く。背中は見なくてもわかるほどに汗をかいている。ここまで緊張したのは初めてかもしれない。

 

 とりあえず乗り切った、とリリが肩の力を抜いたところで誰かの唇が彼女の耳にそっと寄せられた。

 

 

 

「───()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ()()()()()()()()()にリリの全身が総毛立つ。

 誰の目からもわかるほどにその小さな体が震える。

 

 声の正体であろうその人は何事もなかったように厨房へと歩いていた。

 震える瞳でその姿を見送る。

 

(気づ……いてた? でも、なんで何も……)

 

 最後の最後、リリが安心しきったところで放ったその囁きはこれ以上ないほど彼女を混乱させていた。

 もしもあの声の正体がシルなのならば、自分が武器を盗もうとしていたことを追求するべきだ。シルがベルのことを大切に思っていることはあの少しの会話だけでも察することはできた。

 

 それなのにベルに害をなす自分を放っておく理由がわからない。

 

(いや…………そもそも今の声は───)

 

「ごめん、お待たせ……リリ?」

 

「ベル、様……」

 

 戻って来てくれたベルのその姿に安心感を覚えたのかリリのその目に涙が浮かぶ。

 その涙を見たベルは震える両手を握って視線を合わせる。

 

「リリ、何があったの?」

 

「……なんでも、ないです…………それに、自業自得というか……」

 

 つい先ほどまで楽しそうにしていたリリの変わり様にベルも困惑を隠せない。

 席を離れてそんなに経っていないというのに何があったというのか。周囲を見渡しても自分がいない間に危害を加えてきたような冒険者も見当たらない。

 

「ひとまずお店を出ようか。静かなところで二人で話そう?」

 

 リリの手と荷物を取り、会計を済ませて店を出るベル。

 店を出るまで、出た後も何かに怯えるように視線を隠すリリの手を安心させるように握り続ける。

 

(本当に何があったんだろう……こんな状態になるほどの何かがあのお店に……ミアさんに怒られた…………いや、流石に失礼か)

 

 見送りに来てくれたシルに礼を言ってベルは広場に向かう。もう外は真っ暗だがあの辺りなら魔石灯も多くあってまだ明るい方だ。

 話してくれたらいいんだけど、と考えながらリリを見やり、その手を引いて歩くベル。

 

 そんな二人をシルは()()()()()()宿()()()()で見つめていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

『ある人に、会ってほしいんです』

 

「ここのお店……で会ってるよね?」

 

 時は遡り、ベルがリリと出会った頃。

 

 ベルを見送ったヘスティアはある喫茶店に来ていた。

 今日も朝からバイトはあったのだが、事情をヘファイストスに話すと昼休憩が終わるまでにちゃんと来るならば、と許可をもらったのでその点は問題ない。あと何度許してもらえるのかはわからないが。

 

「失礼しまーす……」

 

 店に入り店内を見渡すが、眼鏡をかけた店主と思われる人物が長台(カウンター)の奥にいるだけで他に人の姿は見受けられない。

 もしかして店を間違えた……?、と脳裏に浮かんだところでヘスティアの死角に位置していた店内の端、さらに奥に存在する席に座っていた一人のエルフがヘスティアに近づいてくる。

 

「貴女が……神ヘスティアで間違いないでしょうか」

 

「……君がベル君が言ってたリヴェリア君かい?」

 

「はい。とりあえずこちらへ」

 

 案内されるがままヘスティアはリヴェリアに続き、彼女が先ほどまで座っていたテーブル席に案内される。二人が揃うのを待っていたかのように紅茶や茶菓子が用意される中、ヘスティアは正面に腰掛けるリヴェリアと向き合った。

 

「まずはお礼と謝罪を。このような機会を設けていただいてありがとうございます。そしてこちらから出向くのではなくわざわざここまで足を運ばせてしまい申し訳ありません」

 

「別にお礼とか謝罪なんていいよ。ボクは色々なことを置いておいてもどうしても会ってほしいっていうベル君のお願いを聞いてあげただけだから」

 

「ベルが? ……そうだったのか」

 

 ベルの名を聞いて彼女が口調を崩し、穏やかな笑みを浮かべるのをヘスティアは目にした。

 一体ベル君とはどういう関係なんだい、と不思議に思いながら何故自分に会いたかったのかということを問う。

 

「まずは昨日の件のことなのですが……」

 

「ああ、その話はもう大丈夫。謝罪の必要もないよ」

 

 深刻な表情を浮かべていたリヴェリアはその言葉を聞き、目を見張った。

 ヘスティアはその青みのかかった瞳でそんな彼女を見つめ、さらに続ける。

 

「ベル君から聞いたけど今回のは完全な異常事態(イレギュラー)だ。君達に落ち度はない。君達がベル君を嵌めようとしたり笑いものにしようとしていたっていうのなら話は別だけど、そんなことはまずないだろ?」

 

「当然です、そのようなことはありません。どの口がと思われてしまうかもしれませんが」

 

「それにこの件に関してはベル君も勝手な行動をしちゃったって部分もあるし……まあとりあえず君たちに悪意がないってわかったからこの話はこれで終わり! それでいいかい?」

 

「……貴女がそうおっしゃるのなら…………」

 

 口ではそう言いつつもどこか浮かない表情のリヴェリア。

 ヘスティアから落ち度はないと言われてはいるものの、ベルを下の階層に誘い、事件に巻き込んでしまった責任を感じているのだろう。

 できることならお互いに心残りがないようにしたい。どうしたものか、とそんな彼女を見る事数秒、ヘスティアがある提案を思いつく。

 

「もしも何も言われないのが不満ならボクのお願いを聞いてくれないかな?」

 

「……なんでしょうか」

 

「あの子に、訓練をつけてあげてほしいんだ」

 

 ヘスティアのその願いを聞き、リヴェリアが眉を上げる。

 その提案を思いつく直前、脳裏に浮かんだのはベルの願い。

 

「あの子には夢がある。その夢には。あの子から色々聞いたんだけど君も相当強いんだろう? その力を貸してほしい。まあ、ベル君がそれを望むのならなんだけど……」

 

「……………」

 

 自分の話を聞いて考えこんでいるリヴェリアを見ながら、通らないだろうな、と内心で呟く。この提案はいくら何でもヘスティア側にプラスになり過ぎる。

 昨日の件で負い目があるとはいえ、派閥の幹部と思われる彼女が他派閥の、それもまだまだ新興派閥の冒険者にその派閥の積み上げてきた経験を渡すのは余程の理由がない限りできないだろう。

 

 だからもう一つ、別のものを用意していたのだが……

 

「わかりました。あの子がそれを望むのなら力になりましょう」

 

 その提案が通ってしまった。

 驚きでヘスティアの体が固まる。別に悪いことではない、むしろかなり有難いことなのだがこの展開は予想外過ぎた。

 

「うええっ!? いいのかい!? 結構無茶な要求してたと思うんだけど……」

 

「はい。あくまで私個人の力になってしまいますがそれでもよろしければ」

 

「いや、願ってもないことだけど……」

 

 提案した立場だが困惑を隠せないのはヘスティア。

 逆にリヴェリアの方がその提案に乗り気になっている。

 

「………まあいっか。元々通らないと思ってたものが通ったんだし」

 

 色々と気になるところだがリヴェリアから悪感情は感じ取れない。少なくとも彼女の言葉や態度に嘘の気配はない。そんな彼女がベルに力を貸してくれるのは喜ぶべきことだろう。

 

「じゃあこれで話は終わりってことでいいかな? 他にも何か話しておくことはあるかい?」

 

「……実はまだもう一つ。別の話になるのですがよろしいですか?」

 

「ん? なんだい?」

 

 話を終わらせようとしたところで別の話があるというリヴェリアの言葉に首を傾げ、続きを待つ。

 その前に一つ、と前置きしてヘスティアに頼みごとをする。

 

「多少言葉を崩しても良いでしょうか?」

 

「なんだそんなことか。大丈夫だよ。君の話しやすいようにしてくれ」

 

「……感謝を。神ヘスティア」

 

 その言葉と共に先ほどまで纏っていた不自然なほどに固い雰囲気が消える。

 姿を見せた本来のリヴェリアにヘスティアが微笑みを浮かべる。

 

「それが君の素かい?」

 

「そうなるな。極力、貴女に不快感を与えないよう心掛けたのだが不自然だっただろうか」

 

「うーん……ボクは本来の君を知らないからなー。あ、でも今の君の方がボクは好きだぜ?」

 

 敬おうという気持ちは前面に出ていたが、どこか無理をしているように見えた先ほどまでの彼女よりも今の自然体に近いであろう彼女の方が話はしやすい。

 

「それでもう一つの理由ってのは何だい?」

 

「……私が神ヘスティアとの面会を望んだもう一つの理由は……貴女がどんな神物なのかを知りたかったからだ」

 

「ボクがどんな神なのかって?」

 

 一つ頷きを入れ、リヴェリアは続ける。

 

「ああ。ベルの話やオラリオに住む人々、神々の話を聞いても貴女の悪評は全くと言っていいほどない。だがそれでも直接会って確認したかったのだ。あの子が選んだ、あの子を選んでくれた神を」

 

 翡翠のその瞳がヘスティアを射抜く。

 ヘスティアはその瞳を先ほどまでの茶化すような雰囲気を消して真正面から見つめ返した。

 

「ボクに会いたかった理由はわかった。ただ一つボクからも聞かせてくれ。君はどうしてあの子のことをそんなに気に掛けているんだい? 色々とベル君に負い目があるのかもしれないけど……それにしたってあの子のことを気にし過ぎだと思うんだ」

 

 他派閥の彼女が別派閥であるベルのことをここまで気に掛けるその理由が見えてこない。

 ここまでのリヴェリアとの会話で悪感情がないことは分かっているとはいえ、わざわざ個人的に会いに来て、自分のことを見定めてくる彼女のこの対応にはヘスティアも違和感を覚えていた。

 

「君とベル君は、どういう関係なんだい?」

 

 二人の間に沈黙が走る。

 リヴェリアは答えに窮するように瞼を伏せ、ヘスティアはそれを黙って見つめる。

 ただただ時間が過ぎていくそんな中、リヴェリアが静かにその口を開いた。

 

「……ここまで来ると隠す意味もないか。今から話すことはベル以外には他言無用で頼む」

 

 リヴェリアが目の前のヘスティア、そして念のため長台(カウンター)の奥にいる店主(マスター)にもそう釘を刺す。

 そんなに大事なことなのか、とヘスティアが喉を鳴らす。

 

「私とベルの関係は母と子。あの子は……ベルは私の子供だ」

 

「…………………へっ?」

 

 長台(カウンター)の方からカシャンッ、と何かが割れる音が聞こえてくる。

 完全に予想外だったベルとリヴェリアの関係にヘスティアの時は止まった。

 

「えっ、えっ!? ど、どういうこと!? 君はエルフだろう!? でもベル君は只人(ヒューマン)で……いやボクが気づかなかっただけでベル君はエルフだったのか!? っていうかその(スタイル)で経産婦ってすごいね君!」

 

「違う。私が産んだというわけではない。正確にはあの子が私を母と慕い、私もそれを受け入れているだけだ」

 

 驚きのあまり、テーブルから身を乗り出し捲し立ててくるヘスティアとは対照にリヴェリアは冷静だった。その反応を予想していたのかはたまたその事実を隠す必要がなくなったからか随分と堂々としている。

 

「……義理の子供ってことか。それなら色々と納得はできるかな……」

 

 リヴェリアの補足の言葉を受け、少し冷静さを取り戻したヘスティア。

 ただ取り戻したといっても少しだけ。頭の中は中々混乱している。

 

「私がベルを気に掛ける理由はあの子が私の子で私があの子の母だから……それ以上もそれ以下もない。これで納得してくれるだろうか?」

 

「……そうだね。納得したよ。あの子を気に掛ける理由としてこれ以上のものはないしね」

 

 ヘスティアが下界に降りて来てからまだそこまで経っていないため、神としての情報はかなり少ない。

 情報が少ないということは本来の性格を見せていない可能性もあるということ。加えて神というのは個性的な存在が多すぎる。たとえ善神として過ごしていても本性を隠し、眷属(子供)に歪んだ愛情を向けている可能性だってあるのだ。

 

 そんな可能性もある神の眷属に自分の子供がなったとなれば心配、そして警戒して当然だろう。

 

「直接話をしてようやく確信が持てた。貴女は信頼に値する神だ。許可なく試すような真似をしてしまい、申し訳なかった」

 

「いいよ別に。ボクだってベル君に怪しい人が近づいたら試すようなことすると思うし。それよりもさ……もし話がこれで終わりなら君が知ってるベル君のことを教えてくれないかな? ボクからもボクの眷属になってからのベル君のことを話すからさ! 釣り合うかどうかは分からないけど……」

 

 自分の失礼な行動を『そんなこと』で済ませるヘスティアに思わず面食らってしまうリヴェリア。

 もう少し詫びようとしていたのだが、ヘスティアの興味はもう既に子供の頃のベルに移っている。

 

 対応に感謝しつつそんな彼女に苦笑を一つ漏らし、リヴェリアはあの頃の話を始めた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「あ、もうそろそろ行かなくちゃ」

 

 壁に掛けられている時計に目をやると時刻は12時を回ろうとしていた。

 ヘファイストスとの約束を考えるとそろそろ話を切り上げてバイト先の店に向かわなければいけない。

 

「思いのほか長く話してしまったな」

 

「時間があればもうちょっと話しておきたかったんだけどなー」

 

 ヘスティアからしたら自分が知らない幼いころのベルを知れる機会を逃したくはないだろう。

 だがこれ以上、恩があるヘファイストスに迷惑をかけるわけにはいかない。ただでさえ色々と世話になり、迷惑をかけているのだから。

 

「では店を出る前に……最後に一ついいだろうか」

 

「ん、なんだい?」

 

「これからもどうかあの子のことをよろしく頼む。貴女なら安心して任せられる」

 

「……言われずともさ。あの子がボクに愛想を尽かしてボクの傍から離れたいって思わない限り、ボクはあの子の傍でずっと守り続けるよ。あの子の神様としてね」

 

 そう話すヘスティアの瞳を見て安心したような笑みを浮かべるリヴェリア。

 当初、心の奥底で抱えていた母としての警戒心はもう影も形もなかった。

 

「あとよろしく頼むなんてさみしいこと言わないでさ、たまにはベル君に会いに来てもいいんだぜ?」

 

「そう簡単にはいかないさ。私にも色々と立場があるからな……会いに行くとしてもバレないように動くことになる」

 

「ふーん……おかしな話だな。自分の子供に会うだけなのにこそこそしなきゃいけないなんて」

 

 頬を膨らませ、不満を隠しもしないヘスティア。

 家庭を守る神かつ孤児たちの保護者という側面を持つ彼女からしたらリヴェリアを縛るその立場に不満を持つのは当然だろう。

 

「私の場合は特殊なものもあるんだ。あの子に会いに行ってあの子との関係が漏れてしまえば、べルの夢の邪魔になってしまう」

 

 それを聞いてもまだ少し不満げな顔をしていたヘスティアだったが、リヴェリアのその心情を慮って最終的にそれも受け入れた。

 リヴェリアのその立場の煩わしさを本当の意味で知ることになるのは少し先、ヘスティアでさえ心底うんざりするほどの出来事に巻き込まれてからとなる。

 

「っとそろそろ行かないと本格的に間に合わなくなっちゃうな。ボクはこれで失礼するよ」

 

「ああ。今日は色々とありがとう」

 

「いいってことよ。機会があったらまた話そうじゃないか。それとあの約束もよろしくね」

 

 あの子も絶対喜ぶからさ、と言ってヘスティアは喫茶店を後にした。

 それを見送ったリヴェリアも残った紅茶を飲み、荷物をまとめ店主(マスター)と向き合った。

 

「今日は無理を言ってすまなかったな。急な話だったというのに店を開けてくれて助かった」

 

「礼など不要です。高貴な御方の願いは何よりも優先されますから。何かあればいつでもお使いください」

 

「……そうか。念のため言っておくがここでの話は他言無用だ。お前ならば心配はいらないと思うが万が一他人、特に他のエルフに話すようなことがあれば……わかっているな?」

 

「無論です」

 

 今回店を貸し切りにしてくれた分の代金と割れたグラスの分の代金を払いリヴェリアも店を後にした。

 帰りの道中で思い浮かべるのはリヴェリア自身が置かれている立場のこと。都市最大派閥の副団長……ではなく、王族(ハイエルフ)としての立場。

 リヴェリアの中にはベルに会いに行きたい気持ちは大いにある。もしもこれで副団長という立場だけなら主神(ロキ)団長達(フィンとガレス)に許可を取り、思いのままにベルに会いに行っていただろう。だが王族(ハイエルフ)である限りそれはできない。

 

 もしもベルとリヴェリアが密かに会っているのが、二人の関係がエルフ達にバレてしまえばベルに大変な迷惑をかけることになる。ベルの夢を知っている以上、その夢の障害になるようなことを巻き起こすわけにはいかないのだ。

 

 この立場を利用すると決めたとはいえ今のところは煩わしいことの方が多い。

 冒険者としても母としても大切に想っているベルにこの立場のまま何をしてやれるのか。そんなことを考えながら、リヴェリアは帰路についた。




いつも感想、評価、お気に入り登録、誤字脱字報告ありがとうございます。
執筆の際の励みとなっております。

今回いつもより長めに加えて少し駆け足になってしまいました。申し訳ありません。
このようなことは極力なくして皆様が楽しめる作品を目指していくので今後ともどうかよろしくお願いします。
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