二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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不穏な気配

 翌日。

 例の本が魔導書(グリモア)だと気付いて神様と色々と大騒ぎをした僕はその本を持って急いでシルさんの元へと向かった。

 店先で掃除をしている確かクロエさんに詰め寄ってシルさんの居場所を教えてもらう。そのまま店の中に入れさせてもらった僕はシルさんに魔導書(グリモア)を見せてことのあらましを説明した。

 

 ただシルさんはその話を聞いても瞳を少し丸くするだけでそこまでの驚きや焦りを見せていなかった。

 なんでそんなに余裕があるのか聞いてみると……

 

「誰かの忘れ物だったら流石に焦りますけど、その線は限りなく薄いことが分かっているので。だからベルさんもそんなに慌てなくても大丈夫ですよ?」

 

 そんな言葉が笑みと共に返ってくる。

 そんなシルさんの姿に動揺していると僕の声を聞きつけてかミアさんが店の奥からその姿を見せる。

 ミアさんは僕の顔を見るや否や僕の手から本を抜き取り、ページをめくる。中身を確認したミアさんはふんと鼻息を鳴らして僕の顔を見る。

 

「確かにこれは魔導書(グリモア)だねぇ……まあ読んじまったもんは仕方ない。坊主、さっさと忘れな」

 

「いや、流石にそんなことは……」

 

「坊主が一番気にしてんのはこの魔導書(グリモア)が誰かの忘れ物かもしれないってことだろ? だったら断言してやる。この本は誰かの忘れ物じゃない」

 

「…………え?」

 

 ミアさんがチラッとその視線をシルさんに向ける。

 ……なんでシルさん? 

 

「昨日掃除を終えた段階でこの本はどこにも置かれてなかった。シル達もあたしもそれは確認してる。つまりどっかの誰かが店が閉まった後に故意に置いて行ったとしか考えられない」

 

 店が閉まった後にわざわざ魔導書(グリモア)を? 

 ……何の意味があってこんなことを……他の人に読まれる可能性が高い……というか僕が読んじゃったのに。

 

「もうその時点でこの本はうちの店のものさ。それをどうしようが……バカ娘が坊主に渡そうがあたしらの勝手さ。坊主は得したとでも思ってさっさと忘れちまえばいいんだよ」

 

 腕を組んで強い視線を向けてくるミアさんに二の句が継げなくなる。

 隣にいるシルさんに目を向けても可愛らしい笑みを浮かべているだけで何も言ってこない。

 

 いまいち煮え切らないというか……何とも言えない微妙な顔をしているとミアさんに背中を叩かれ、「男だったら過ぎたことをいつまでもグズグズ言ってるんじゃないよ!!」……と一喝されてしまった。

 

「あたしらは警備の強化とかの話もしなきゃいけないんだ。用が済んだならとっとと帰んな」

 

 そう言って店の奥に消えていくミアさん。

 初めて会った時から思ってたことだけど、あの人色々と豪快過ぎないかな……。

 

 他の店員さん達に色々と謝罪をしてから店から出て行こうとすると、そっとシルさんから食事が入ったバスケットを渡された。もう毎日のようにもらっているそのバスケットを感謝して受け取る。

 何故だかわからないけど、この時のシルさんはいつもよりも心の底から喜んでいるような気がした。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 一度、本拠(ホーム)へと帰って色々と準備を整えた僕はリリが待つダンジョンの入り口へと向かい、遅れたことを謝罪してから探索を始める。

 

「ベル様。本日はどのようなご予定でしょうか?」

 

「最初はとりあえず10階層で少し粘った後にもっと下に行こうかな。試したいことがあるんだよね」

 

 今日は昨日探索をしなかった分を取り返す予定だったけど、新しい魔法を覚えたのでまずはその魔法を試すことにした。稼ぎの効率が少し悪くなることはちょっと申し訳ないけど試しておかないといざというときに困ってしまうと思う。

 新しい魔法を試したいってことを伏せていたからそれについてリリは少し不思議そうな顔をしていたけど、それはそれとして了承してくれた。

 

 道中に現れるモンスター達を倒し、10階層へと向かう。

 10階層に辿り着き、少し歩いたところで現れたのは『オーク』。既にその手には天然武器(ネイチャーウェポン)が握られており、戦うには少し工夫が必要かもしれない。

 でも、体が大きく鈍足なんていうオークはこれ以上ない最高の()だ。

 

「リリ。少し離れてて」

 

 魔法が大して効かなかった時に備えて剣を抜いて、僕の方にゆっくりと近づいてくるオークを見据える。

 少し距離が縮まったところでオークが雄叫びを上げ、力強い踏み込みと共に飛び掛かってきた。

 

 ───的の大きさ、敵との間合い、申し分なし。

 

 無意識に口元が弧を描く中、左腕を前に突き出す。

 突き出された左腕を見たオークの醜悪な瞳にわずかに困惑が生まれる。視界の端でリリが慌てて何かを取り出すのが見える。

 ゆっくりと時間が進むそんな中で僕はその魔法を叫んだ。

 

「【ファイアボルト】!」

 

 次の瞬間、緋色の雷霆が迸る。

 空中を走ったその雷……いや、炎は不規則かつ鋭角的な軌跡を描き、着弾。

 雷が落ちるような音と共に華を咲かせ、オークの上半身を消し飛ばした。

 

「…………うっわ」

 

 自分で撃ったくせに思わずドン引きしてしまう。

『速攻魔法』の名前の通り、詠唱もなく放たれたその魔法は回避行動すら許さず、一瞬でオークの腹部に着弾。着弾した箇所を中心に紅緋の華が咲いたかと思えば、オークの上半身は跡形もなく消え、その余波で下半身は炭化して崩れ落ちている。

 

(詠唱がない分、威力は低いと思ってたけどこれは…………)

 

 今回のはあくまで上層のモンスター相手ということにはなるけど、威力も速度も申し分ない。威力に関してはこの魔法の特性と多分スキルも合わせれば、ここからさらに上げることもできる。

 発動も早く、速度も速く、威力も高いとなれば戦略の幅が一気に広がる。加えて感じる精神力(マインド)の消耗もかなり少ない。

 多分発動時の消耗に関してはアイズさんの『風』と同じかそれに近いかもしれない…………そう考えるとあの人の魔法って効果に対して消耗が少なすぎないか? 

 

「べ、ベル様って魔法まで使えたんですか……?」

 

「あ……いや、昨日ちょっと色々あって……隠しててごめん」

 

「昨日……リリがいない間に一体何が……?」

 

 昨日起きた魔導書(グリモア)事件について少し話すと一瞬だけどリリの表情が完全に消えた。

 初めてパーティを組んだ時から何度か同じようにリリの表情がかげっていたことは記憶している。そしてすぐに張り付いたような笑顔を浮かべることもだ。

 今もその時と同じように笑顔を作り直して、僕の運やその魔法を絶賛している。こういう時はいつも何かが刺さってくるような感じがするんだけど……今までのに比べたらそこまで不快じゃない……? 

 

「そんな魔法が使えるのなら効率はすごく上がります! すぐに下に向かいましょう!」

 

「あ……そうだね。よし、行こう!」

 

 とりあえず頭を切り替える。少なくとも嫌な感情ではないのだから今はそこまで気にする必要もない。

 もう少し試す予定だったけど、その予定を切り上げ、目を輝かせているリリと共に11階層へと降りた。

 初の11階層。階層的な特徴は10階層とそこまで変わらない。だけど一つ、10階層では出てこなかったあるモンスターに注意を払う必要がある。

 

「ベル様。ベル様は初めての11階層だと思いますので念のため言っておきますが、『インファント・ドラゴン』には十分お気を付けください」

 

『インファント・ドラゴン』。

 出現するのは11階層か12階層。つまり僕達が今いるこの階層から。

 

 その名前の通り、竜種のモンスター。稀少種(レアモンスター)にして上層の実質的な階層主。

 個体によってはLv.2にカテゴライズされてもおかしくないほど、その実力は上層において群を抜いている。

 

「わかってるよ。リリも索敵お願いね」

 

 でも遭遇(エンカウント)するのが幸運とまで言われるほどに出現数は少ない。

 意識して探しても余程運が良くないと見つからないモンスターだけど、どうせ遭遇(エンカウント)しないと高をくくっているとそんな幸運(不運)が起こってしまうのがダンジョン。最大限の注意を払って損はない。

 

 まあ結局今日の探索で遭遇(エンカウント)することはなかったんだけども。

 11階層で特に危険な目に遭うこともなく思う存分戦った僕達は帰路についた。

 

「そういえばリリ。あの時は助けようとしてくれてありがとう」

 

「あの時……ベル様が魔法を使ったあの時でしょうか?」

 

「そうだよ。多分『魔剣』かな? そんな貴重な物まで使って助けようとしてくれて、なんだかすごく嬉しかったよ」

 

「……ベル様が傷ついてしまえばリリの稼ぎが少なくなってしまうからそうしたまでです。別に感謝なんてしなくても……それに助ける必要もなかったですし」

 

「それでもだよ。リリが助けようとしてくれて、本当にうれしかったんだ」

 

 冒険者に対して良い感情を持っていないであろうリリが冒険者の僕を助けようとしてくれたのは僕とリリの間にあった溝を少し埋めてくれたような気がして、勝手に一人でちょっと感動していた。

 正面から感謝を伝えるとリリは少し困ったように、けれど嬉しそうに笑顔を浮かべてくれていた。

 

「そういえばリリ。【ファミリア】に戻らなきゃいけないって言ってたけど何があったの?」

 

 不意に思い出したその話題を口にした瞬間、僕はすぐにそれが失言だったことに気付かされた。

 僕達の間に流れていた和やかな空気が凍る。リリの表情が固まり、笑顔が曇る。

 

「……どうしてそのようなことをお聞きになるのですか?」

 

「えっと、その……リリと【ファミリア】の人たちの関係ってそんなに良くないんでしょ? ちょっと心配で……ごめん、あまり触れられたくなかったことだよね」

 

 僕が謝るとリリは笑ってくれた。でもどこか困ったような笑みだった。

 

「お心遣いありがとうございます。でも大丈夫です。昨日は【ファミリア】の集会があっただけなので。本当はまだいつもの集会の日時ではなかったんですけど、団長の事情で急に昨日になったんですよ」

 

 本当に困っちゃいますね、と眉を下げて笑うリリ。

 リリが言うには昨日の集会の内容は一月にこれぐらいの額を稼いでこいというノルマを決めるものだったらしい。

 団長の事情で早まったけど内容は別に今までと同じでノルマの期限も変わらないとのこと。

 その集まりでそれぞれに見合った額を定められると言っていたけど、でもそのノルマというのを聞く限りでは正直───

 

「……それって結構厳しくない? いくらその人に見合った額を定められるといってもサポーターとか駆け出しの冒険者はその金額を稼ぐのもきついんじゃないかな」

 

 特にサポーターは、とまで言いそうになったのをギリギリで抑える。

 幸いにもリリは僕の話に肯定するように頷いただけでそれに気付いた様子はなかった。

 

(【ファミリア】内で軋轢が生まれてるのはやっぱりお金の関係なのかな……エイナさんが言ってた死に物狂いっていうのも気になるし)

 

 思考は徐々に昨日のリリの出来事から【ソーマ・ファミリア】の考察へと切り替わっていた。

 

 リリが言うにはノルマを達成できなくても罰則はないらしい。

 もしも罰則があってそれがとても酷いモノなのだとしたら死に物狂いになっている理由もそれが原因だったのだろうけど、それ(罰則)がないのならそんなに必死になる理由は……一つ、あるのかも。

 

「話は変わるんだけどさ、【ソーマ・ファミリア】ってお酒も販売してるんだよね」

 

 もしかしたらと思い、『お酒』を販売していることを確認する。

 それを聞いたリリの笑みに浮かんだのは嘲りだった。

 

「あれは……『失敗作』です」

 

「……失敗作? あれって結構な高級品って話を聞いたことがあるけど」

 

「それでも失敗作なんです。本来できる『完成品』に比べればあんなもの失敗作なので適当に市場に流しているらしいです。『完成品』を飲んだことがある人の中にはあれを失敗作と呼ぶのも烏滸がましい……そんなことを言う人もいるらしいですよ。まあ失敗作でもお酒の中で最上位に食い込んでくるとんでもない美酒なんですけどね」

 

 他のお酒の完成品に匹敵する『失敗作』ってなんなのさ……。

 少し戸惑っていたのがバレたのかリリは翳りのある笑みを浮かべた。

 

「今の話でベル様は薄々感づいていたかもしれませんが……このお酒を作っているのはソーマ様です。ソーマ様は、リリ達の神様は何物にも全く興味を示しません。ただ一つ、お酒を除いて」

 

 ダンジョンの中央で立ち止まった僕はただリリの言葉に耳を傾けていた。

 

「ソーマ様が【ファミリア】を作ったのもそのためです。お酒の製造過程で出るとんでもない出費を稼ぐために【ソーマ・ファミリア】は誕生しました。お酒はソーマ様の絶対唯一の趣味……【ソーマ・ファミリア】の存在意義はそのご趣味のためにあると言っても過言ではありません」

 

 神様が自身の趣味のために【ファミリア】を作るというのは別段珍しいものではないと思う。だけどここまで極端な神様は聞いたことも見たこともない。

 

【ソーマ・ファミリア】がソーマ様の趣味のための【ファミリア】だということはわかった。ノルマがあるのもソーマ様がお酒を作るためのものでほぼ確定……なのだろうけどやっぱり引っかかる。

 引っかかっているのはエイナさんが【ソーマ・ファミリア】の冒険者の特徴で挙げた『死に物狂い』、『生き急ぐ』、『必死』というもの。

 

 罰則も特にないノルマのためになんでそこまで必死になるのか。ソーマ様が大変な神格者で慕われているからとも考えたけど……申し訳ないがリリの境遇と話から考えてそんなことはないと思う。

 

 ───『完成品』がノルマ達成のご褒美、とかかな。

 

 最初は『失敗作』のお酒がご褒美だと思っていたけど、あれは聞く限りでは『完成品』には遠く及ばないらしい。その程度のご褒美だったら死に物狂いになるには足りないと思う。普通に買えるものだし。

 リリの話を聞く限り、『完成品』は他のお酒とは次元が違うお酒みたいだ。それがご褒美になるなら【ソーマ・ファミリア】の人たちが必死になるのは……いや、そうだったとしても仲間内で軋轢が生まれるほどそのお酒に執着するのは理解できない。

 

「神様が作るお酒かぁ……そんなに美味しいお酒なら僕も飲んで───」

 

「ダメッ!!」

 

 重くなった空気を変えようと冗談のつもりで言ったその言葉だった。その言葉は見たことがないほど必死なリリの叫びにかき消された。

 僕に縋りつくリリの表情はフードに隠れて見えない。けれど、見えなくてもその必死さはその縋り付いてくる全身から伝わってくる。

 

「ダメです……! あれは……あれだけはっ……!」

 

「リ、リリ?」

 

 そんなリリに困惑しながら震えるその手に触れる。

 手の震えが収まるとリリはゆっくりと離れ、僕の顔を見て消え入ってしまいそうなほど小さく笑った。

 

「……リリの【ファミリア】の人に目をつけられたら、ベル様も困るでしょう……?」

 

 それを最後にリリは口を閉ざした。

 地上までまだ結構な階層があったというのに僕もそれ以降リリに話しかけることが出来なかった。

 リリはすぐにいつもの雰囲気に戻っていたけど、僕の中でずっとリリの叫びと最後の笑みが残っていた。

 

 今日までのリリとの日々で間にあった溝は少しずつ、でも確実に埋まっていたと思う。

 だけど埋まりつつあったその溝は……リリに一つ踏み込んだことでまた深くなってしまったような気がした。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 あれから三日が経った。

 あの会話があった探索、それが終わってからリリは急な用事ができたのでダンジョンへ行けないと伝えてきた。

 別に休むことは全然構わない。ただその休む理由が【ファミリア】が絡むものだと考えてしまうとどうにも落ち着かなかった。あの日の最後の会話、僕を必死に止めるリリの姿は今でも鮮明に覚えている。

 

 ───今度、『失敗品』のお酒探してこようかな。

 

 一昨日、昨日はソロで探索をした。でもやっぱり稼ぎとか効率はリリがいる時と比べて格段に落ちてしまう。僕がリリのことを考えていたからって理由もあったんだろうけど。

 

 そんな僕は今日も探索に赴こうといつもの場所に来ていた。そこで辺りを見回してリリの姿を探す。

 最後に話した時に二日と言ってたし今日はいると思ったんだけど……

 

「いない……? まだ来てないのかな…………ん?」

 

 探しながらバベルに向かって歩いていると中央広場(セントラルパーク)の一角。広葉樹の木陰にリリの姿はあった。

 三人の冒険者と思わしき男に囲まれているリリの姿が。

 

『……いいからっ……寄こせっ!』

 

『もうっ……ない……ですっ! 本当に……!』

 

 体格のいい三人の男は全員凄まじい形相でリリを怒鳴りつけている。リリの方はというと必死に顔を横に振って負けじと叫んでいた。決していい雰囲気じゃない。

 

 ───もしかして【ソーマ・ファミリア】の構成員達? 

 

 その考えが頭を過るよりも早く、僕の足はリリ達の方へと向かっていた。

 構成員じゃないとしてもあんな目に遭っているリリを見逃すことはできない。

 

「おい」

 

「!」

 

 三人の男とリリの間に割って入ろうとしたその時、僕の動きを邪魔するかのように死角から肩を掴まれる。

 振り向くとそこには男の冒険者。リリと出会う一日前、リリによく似た少女を追っていた冒険者がそこに立っていた。

 

「やっぱあの時のガキか……顔を見ただけで腹が立つがまあいい。お前、あのチビとつるんでるのか?」

 

「……だったらなんですか。あの子は貴方が追いかけていたパルゥムの子とは違う子ですよ」

 

 リリは小人族(パルゥム)じゃない。リリは犬人(シアンスロープ)だ。最初に契約する前にフードを取ってそれは確認している。

 ……たとえ()()()()()()に似ていても、彼女はまったくの別人だ。

 

 そんな僕の返答を男は唇を大きく歪めて、嘲笑った。

 

「バァカ……って言ってやってもいいが、今はそんなことどうでもいい。勝手にそう思い込むのはてめえの勝手だしなぁ?」

 

 男の言葉に思うところがないわけではない。リリが何かを隠していることは知っているから。

 僕の表情が変わらないのを見た男は舌打ちを一つ鳴らし、表情を改める。

 

「それよりお前、俺に協力しろ。あのチビを嵌めるんだ」

 

「───は?」

 

「安心しろよ。タダとは言わねえ。協力したらあの時のこともチャラにしてやるし報酬も払ってやる。あのチビが金も持ってたら分け前もやるよ」

 

 一瞬男の言葉が理解できなかった。理解した瞬間、全身に鳥肌が立った。

 質の悪い冗談かと思ったけど、目を見る限り男は本気だ。

 

「お前はいつも通りダンジョンに潜って適当な場所であのチビを置いてくるだけでいい。それぐらいなら間抜けでも出来るだろ? その後は俺がやってやる」

 

 口の端を割いて男は思いっ切り嗤っていた。

 今まで見たことがない醜悪な笑み。吐きそうなほどの嫌悪が体中を駆け巡る。

 

「なんでっ、そんなことを……!」

 

「うるせえよ。てめえはハイって頷いておけばいいんだよ。クソみたいな探索をしないでもそれだけで金が手に入んだぜ? こんな美味い話はねえよ」

 

 男の声が、動きが、存在が、全てが癪に障る。

 気付けば僕は、拳を痛いほど握り締めていた。

 

「その足りない頭でよぉく考えてみろよ。アレはただの荷物持ち(サポーター)だぜ? 大して役にも立たねえ能無し。代わりはいくらでもある()()だ。搾れるだけ絞って後は適当に捨てちまえば───」

 

 沸点が限界を越えた。全身が、背中が燃えるように熱い。

 能無し? 道具? 捨てる? ……ふざけるな。

 

 体を支配した怒りの赴くまま、ふざけたことを抜かす目の前の男に僕は拳を振り抜こうとした。

 

「───ベル様?」

 

 その直前、背後からリリの声が聞こえてくる。

 振り向くとすぐ後ろでリリが呆然と僕のことを見上げていた。その姿を見て、燃え上がっていた感情が一瞬で静まり返る。どこか心配そうに見つめてくるその小さな姿に平静を装う。

 

「リ、リリ。いつからそこに?」

 

「今ちょうどですけど……あの冒険者様と何を話して……というか何をしようとしていたのですか?」

 

 リリの視線は僕の後ろに向けられている。

 その先を見るとあの男が地面を這いつくばりながら情けなく逃げ出していた。あの情けない姿を見るに、拳は当たらなかったけど十分に効果を発揮してくれたらしい。

 

 いや、そうじゃない。

 自分の額を叩く。あの場で感情的になるのは明らかに失態だった。

 冷静に切り抜けて情報を抜き出すのがあの場の最善のはずだったのに。

 

 ……あの人ならこんなに感情的にはならなかっただろうな。

 

「……なんでもないよ。ちょっといちゃもんをつけられただけ」

 

 実際はちょっと違うけど、あんなものいちゃもんをつけられたのと同じだ。

 顔を自分の手で覆って深呼吸を一つ。そんな僕を見てリリが暗い表情を浮かべていたので急いで切り替える。

 

「ぼ、僕のことよりも、リリは大丈夫だったの? なんか絡まれてたみたいだけど……」

 

「見ていらしたんですね……リリの方も問題ありません。この通り無事ですよ」

 

 両手を広げてどこにも傷はないとフードの下で微笑むリリ。

 危害を加えられていたらどうしよう、って思ってたけどひとまず安心した。

 

「ベル様が絡まれていたようにリリも絡まれてしまいました。やっぱりリリはこんななりですから弱っちく見えてしまうのでしょうか。あ、でも絡まれたのはベル様とお揃いですね」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべているリリは絶え間なく話しかけてくる。

 僕が口を開こうとしたら話題を切り替えて、僕がこれ以上この話を追求しないようにしているのがよくわかる。

 

「さあ、行きましょうベル様。二日も探索をサボってしまったので精一杯頑張らせてもらいますね!」

 

 会話を切ったリリは僕の脇を通り、バベルへと足を向ける。脇を通った時に見えた栗色の瞳は何事もなかったかのように目尻を緩ませている。

 だがその瞳から隠しきれない悲哀を感じ取ってしまい、これ以上リリに何も言うことはできなかった。

 

 前を向いてしまったリリがどんな顔をしているのか、そんなことを考えてしまった人混みの中を歩く。

 

「…………もう、潮時かぁ」

 

 リリの寂しげな呟きは騒がしい雑踏にかき消され、僕の耳に入ってくることはなかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 そんなことがあった翌日、僕はいつもより早くバベルの門の前へと来ていた。昨日の男を警戒してのことだったのだけど、周囲に人の姿はほとんどなく、バベルの前にしては随分と静まり返っている。

 早朝のそんな静かな空気の中で、僕は瞳を閉じて昨日の神様との会話を思い返していた。

 

『ベル君、そのサポーター君は本当に信用に足る人物なのかい?』

 

 目を閉じ、集中してよく考える。

 僕はリリのことを信頼している。それは間違いないと思う。

 だけどそれと同じぐらいリリのことを疑っている。これも間違いない。

 

『その子は後ろめたい何かを隠し持っているんじゃないか?』

 

 そしてリリが何かを隠していることも間違いないだろう。まだ何を隠しているのかは分かっていないけど、そうでないとあの冒険者がリリのことを陥れようとする理由がわからない。

 

 その二つと今までリリが僕に向けてきた怒りや嫉妬などが込められた表情や言葉、他の怪しい要素を含めれば彼女は信用してはいけない人間で今すぐにでも縁を切るべき存在なのだろう。

 神様も一人の女神として個人的にすごく思う所はありそうだった。だけど自分の思う所よりも今の僕を優先してくれたのか神様にもそのようなことを言われた。

 

『……そうかい。それが君の選択なら、ボクはそれを尊重するよ』

 

 その一部分だけを見れば。

 だけど、リリが僕に見せてくれたのはそれだけじゃないんだ。

 ずっと彼女が浮かべていた()()。その笑顔に含まれている感情を僕は知っている。多分、リリは気付いていないんだと思う。

 

 だから僕は───

 

「───様? ベル様?」

 

 誰かの声が聞こえて、思考が中断される。

 瞼を開くとリリの栗色の瞳が真っ先に目に入ってきた。

 

 いつの間にか辺りは喧騒に満ちていて多くの冒険者が行き交っている。

 随分と長く思考の海に落ちていたからか頭がボーっとする。そんな僕を見てリリはくすっと笑っていた。

 

「お、おはよう。リリ」

 

「はい。おはようございますベル様。いつもより早く来てたのに眠っちゃった気分はどうですか?」

 

「からかわないでよぉ……」

 

 眠っていたわけじゃないけど、傍から見てたらそう見えてもおかしくはないか。

 ひとまずクスクスと楽しそうに笑っているリリに何事も起きていなさそうで安堵する。それと同時に警戒するために早く来たのに思考に集中してリリの接近に気づかなかった自分を恥じる。

 

(あの人は……見当たらないか)

 

 周囲にあの男の姿はない。あんなことを言っていても流石に罰則(ペナルティ)が起きてしまう可能性が高い地上で何か仕掛けてくるわけではなさそうだ。

 というか昨日あのまま殴ってたら僕に罰則(ペナルティ)がかかってたかも……感情的にならないようにもっと気を付けないと。

 

 まあそれはそれとしてだ。

 地上で来ないということは仕掛けてくるなら十中八九ダンジョンの中だろう。地上の法はダンジョンでは通用しないから、第三者が見ていない限りはいくらでも言い訳ができる絶好の狩場だ。

 

「ベル様ベル様」

 

「あ、ごめん。どうしたの?」

 

「今日は12階層まで行きませんか?」

 

「ん? 別にいいけど、どうかしたの?」

 

 また思考に耽っていた僕をリリの声が引き戻す。

 僕が目を向けるとフードの下でリリはその目を伏せて言い辛そうに話し始めた。

 

「……実は、近日中に大金といえるお金を用意しなければいけないのです」

 

「っ! それってもしかして……」

 

「事情はこれ以上話せません。リリの【ファミリア】に関係することなので……」

 

 リリの顔が辛そうに歪む。

 その顔と【ファミリア】関係だという話を聞いて、昨日リリが囲まれていた光景が蘇る。

 感情が高まりそうになるところを深呼吸を一つ入れて落ち着かせる。

 

「どうか、リリの我儘を───」

 

「わかった。行こう」

 

 リリが頭を下げる前に僕は返事をする。

 頭を下げさせないためにすぐに答えたんだけど、結局リリは僕を見て嬉しそうに笑って何度も頭を下げていた。

 

「12階層で粘るならアイテム補充しておかないと……」

 

「大丈夫です。昨日のうちにリリが全部揃えておきましたから。それよりもベル様、これを使ってみませんか?」

 

「これ?」

 

 首を傾げる僕の目の前でバックパックを下ろしたリリが取り出したのは墨色の短剣……いや、短剣にしてはちょっと長いからショートソード? 

 

両刃短剣(バゼラード)という武器です。ベル様の左手の動きが少しぎこちなかったので用意したのですけど……もしもベル様が二本の武器を同時に扱っていたのでしたらこちら、どうでしょうか。魔法がありますけど、精神力(マインド)の消耗を抑えたい時にでも使っていただければと思ったのですが……」

 

「へえ……」

 

 やっぱりよく観察してる。僕自身もそこまで気にならない程度の癖だったのに見抜いてたんだ。

 周囲に人がいないのを確認して軽く振る。短剣はあまり扱ったことはないけど……うん、使えそうだ。

 

 どんな理由があってこれを僕に渡してくれたのかはわからないけど、使えそうな物は使わせてもらおう。

 

「とりあえず12階層に着くまでに試し切りしてからかな。でも、ありがたく使わせてもらうよ」

 

《神様の剣》と反対側に差そうとしたけど、そこでエイナさんからもらったプロテクターに格納装置があることを思い出した。ここが使えるなら使ってしまおうという短絡的な考えで《バゼラード》を取り付けた。

 あとは《バゼラード》と一緒に渡された回復薬(ポーション)、個人的に用意した精神回復薬(マジック・ポーション)をレッグホルスターにしまえば準備は完了だ。

 

「それじゃあ、行こうか?」

 

 僕の出発の合図に、リリはフードの下で笑顔を浮かべて、「はい」と小さく頷いた。




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