「っ!」
かなりの数のモンスターを斬ったその時、逆手に握っていた《バゼラード》がスキルの出力に耐えられなくなり、音を立てて砕け散る。
その隙を狙って次のモンスターが襲い掛かってくるが左手に持った魔剣ごと殴り飛ばし、迎撃する。
その一撃で魔剣も砕けてしまったが。
「【ファイアボルト】!」
囲いを抜けようと一角に集中して魔法を連射。
だが崩した箇所の奥、霧の中からそれを補填するようにモンスターがさらに現れ、行方を遮られる。
「くそ……」
リリと別れてから既に半刻は経過している。
元々ベルを囲んでいたのは五十とちょっとのモンスター。そして倒したモンスターの数はおそらく五十は超えている。だというのに一向にモンスターの囲いはなくならない。霧の中にいくらかいたとはいえこの数はありえない。
「……数が多すぎる…………いや、落ち着け」
今のベルはかなり不味い状況に陥っている。
最初の【
加えて武器は本来のモノではないということ、
(あの人の魔法を使うしか……あの
ベルから思考を奪うようにシルバーバックが襲い来る。
左腕のプロテクターでそれを弾くように防ぎ、ガラ空きとなった胴体を蹴りつけ体皮の上から魔石を砕く。それを見たモンスター達が動きを止める。
それを見てベルは舌を鳴らした。
今のベルにとって自分を囲んでいるモンスターの強さはどれも大したことはない。インファント・ドラゴンには多少は手こずるかもしれないがそれでもまず負けることはないだろう。
だというのに苦戦を強いられているのはモンスターの動きのせいだ。
馬鹿の一つ覚えで次から次にモンスターの方から攻めて来てくれるのなら生まれた間を進み、この囲いから抜け出すことはできた。だが今回に限ってベルが消耗するのを待つかのようにモンスター達はそれをしてこない。
いくら一撃でモンスターを倒せたところで囲いを抜かせないように徹底されれば、大量に湧くモンスターの大半を倒し、囲いそのものを消さなければその力に何の意味もない。
どのみちこのモンスターの大群を放っておくことはベルにはできない。放っておけば次にこの階層に来る冒険者が襲われてしまう可能性が非常に高いからだ。
「……そこを退け……!」
ベルの背に刻まれた【
視界が黒く染まるその直前、モンスターの囲いの裏。霧に隠されていたモンスターの群れが吹き飛ぶ。
「!?」
「なんでこんなにモンスターが……あ、ベル」
一振り、二振りで数多くのモンスターを塵に変えたのは金の髪を持つ女の冒険者。
身に着けた鎧をボロボロにしたアイズ・ヴァレンシュタインだった。
「アイズ! 先走り過ぎだ……ベル?」
続いて翡翠の髪を持つ女の冒険者。
リヴェリア・リヨス・アールヴが霧の中から姿を見せる。
困惑しているベルの背後のモンスターを薙ぎ払い、ベルの前に立つ。
「リヴェリアさんまで……どうしてここに」
「『深層』から帰還していたところだ。お前こそこの数のモンスターはなんだ。【怪物の宴《モンスター・パーティ》】に巻き込まれたのか……それとも【怪物進呈《パス・パレード》】か?」
アイズがモンスターの大群相手に無双している中、双眸を鋭くしたリヴェリアがベルを見る。
(お母さん達に事情を話せば……いや、ダメだ。これは僕とリリの問題だ。お母さん達に頼るわけには……)
何かを迷いの表情を浮かべるベルを見てリヴェリアが目を細める。
焦燥を滲ませているベルの前でコンッ、と杖で床を突く。
杖先から広がるのは
詠唱と共に温かな緑光がリヴェリアの手に宿り、ベルの傷を癒す。
「何か事情があるのだな?」
「……はい」
「……全て終わったらちゃんと話は聞かせてもらう。ここは私達に任せて構わない」
ベルが目を見張る。
そんなベルに苦笑を一つ浮かべ、リヴェリアはモンスターの群れと向き合った。
「アイズ! 一旦下がれ!」
次から次にモンスターを屠っていたアイズがリヴェリアの声に反応し、二人の前に戻る。
途中まで『風』を纏っていたベルの全身は返り血塗れだというのに大量のモンスターを葬った彼女の体には返り血など一滴もついていない。
「ベルには何やら事情があるみたいだ。魔物共の殲滅よりもベルを先に行かせることを最優先で動くぞ」
「ん、わかった」
「ベル、
その視線が縫い付けられたのは
「武器はどうした。まさかとは思うが武器を持ち込まずにダンジョンに潜ったのではないだろうな」
「その、これも事情に関わってくるので……」
嘘はない。
ただ隠し事をされていることにため息が漏れそうになるがグッと堪える。
「………………まあ、いい。ちゃんと話してくれるのならな。しかしどうするべきか……上の階層とはいえ武器もなしに行かせるのは些か不安が……」
リヴェリアが思考を働かせているとモンスターの群れを牽制していたアイズが振り返る。
じっとベルを見つめた後、リヴェリアに視線を移す。
「ねえリヴェリア。短刀持ってたよね」
「ん? ああ、確かに持っているが……」
「それ、私に貸して」
そう言うとアイズは自らの剣、《デスぺレート》を鞘に納め、そのままベルに差し出す。
思わず受け取ってしまったベルも慌てて返そうとするが、手で制される。リヴェリアに目を向けるもその手があったかと言わんばかりにもう既に懐から短刀を取り出している。
「この階層なら短刀で十分だから……ちゃんと返してね?」
アイズはリヴェリアが懐から取り出した短刀を受け取り、鞘から引き抜く。
引き抜かれた短刀は光を反射せずとも輝きを放っている。切れ味は十分そうだ。
「急いでいるのだろう? 使えるものは何でも使え」
アイズの愛剣を使用するのを躊躇っていたベルもその言葉に覚悟を決める。
《デスぺレート》の鞘を剣帯に差し、そのまま抜き放つ。
憧憬の少女が扱う片手剣は美しい銀の光を放ち、本来の主ではないベルの手にもよく馴染んだ。この感じだとその威力を十分に発揮できそうだ。
「準備はできたな? 行くぞ」
先陣を切ったのはアイズ。
モンスターの囲いの一角を貫き、その後ろをベルとリヴェリアが続く。
散り散りに吹き飛び、灰になるモンスターを見ながら短刀の短いリーチでどうやればこんな風になるのかと内心舌を巻くベル。
だがそれも一瞬。負けじとアイズに並び立ち、《デスぺレート》を煌めかせ、モンスターを屠る。
たった一人では倒す数よりも増える数の方が多かったモンスターの群れは二人の共闘の前にその数をどんどん減らしていた。濃霧ごとモンスターの群れを吹き飛ばす二人の進撃を止められるモンスターなどこの階層には存在しない。
駆け抜け続け、やがて濃霧が晴れる。
晴れるということは現在地は12階層の始点。
「見えた……行って、ベル」
「っありがとうございます!!」
二人の視界の先、11階層に続く階段。
そこに立ち塞がるモンスターをアイズが蹴り飛ばす。遮るものがいなくなったその階段をベルは一息に駆け上がっていった。
それを見送ったアイズは階段の付近まで呼び寄せてしまった残りのモンスターと改めて向き合う。
「数だけは多い……でも、大丈夫」
目の前に広がるモンスターの群れ。アイズはその前に立ちふさがるように立つリヴェリアを見つめる。
次の瞬間、世界が紅く染まる。リヴェリアが放った獄炎が階層に溢れたモンスターのほぼ全てを飲み込んだ。
「少々やり過ぎたか」
炎の世界と化した階層を見てリヴェリアがポツリとつぶやく。
アイズが《デスぺレート》をベルに託したのはこの階層が本当なら無手でも問題がないこと、そもそも武器が無かろうがリヴェリアがいればこの程度の数はどうとでもなるからである。
霧の奥から運よく魔法の範囲に入らなかったモンスター達が姿を見せる。しかし、目の前に広がる光景に困惑した様子を見せ、動きを止めている。
「まだいたんだ……」
「あれで最後だろう。さっさと倒してベルの所へ向かうぞ」
一人の少年を襲った相次ぐモンスターの大量発生。他の冒険者が遭遇すれば多くの死傷者を出していたであろうそれはハイエルフとヒューマンの母娘によって、ほとんどの人間に知られることなく終わりを告げるのであった。
11階層、10階層、9階層、8階層を一気に駆け抜け、7階層の階段を駆け上がる。
ここまでの正規ルートに少女はいなかった。もしも別の道から進んでそこで何かが起きていたらお手上げだったが……見つけた。
見えてきた一つのルーム。
先ほどまでのモンスターの数に劣るが大量のキラーアントの群れ。
その奥にいる
───このままじゃ間に合わないっ!
ベルは走りながら左腕を突き出し、全力で魔法を叫んだ。
「ファイアボルトオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
炎雷が迸り、モンスターの群れの一角に炸裂。
慌てふためくキラーアント達に《デスぺレート》による連撃を叩き込むと同時に再び魔法を連射。
炎によって生まれた群れの穴を進み、リリを襲おうとしていたキラーアントを蹴り飛ばす。
───無事……とは言えないけど、生きてる……!
懲りずに囲もうとするモンスターを魔法で吹き飛ばし、ようやくベルとリリの視線が合う。
目を見開いている彼女を見てようやくベルの笑みが零れた。
「……ベル、様」
リリの左腕はあらぬ方向を向き、完全にへし折れている。
特に目立つのはそこではあるが全身傷だらけだった。
「これ、飲める? ゆっくりでいいから」
全身に力が入るのをグッと堪え、ベルはリリの傷に触れないようにそっと彼女を抱き上げ、口元に
戸惑っていた彼女もベルの縋るような眼差しを受けて、それを飲み、すぐに小さな可愛らしい咳が響く。
「な、んで……」
「なんで、じゃないよ……生きてて良かった……」
リリの顔が強張り、一筋の涙を流す。
ベルはそっとリリが流した涙を拭い、安心させるようにリリに向かって微笑み、その顔を上げた。
リリには見せなかった鋭い双眸がキラーアントの群れ、そして奥にいる四人の冒険者に向けられる。
「いつもみたいに待ってて?」
少しだけ振り返って、リリを安心させるように笑みを浮かべる。
モンスターの怒りの啼き声、怯えた声がルーム内に木霊する中、ベルは勢いよく地を蹴った。
銀色の光が走り、緋色の炎が迸る度、キラーアントがその数を減らしている。
さらに数が増えようが関係ない。炸裂した炎の爆風が躍動するベルに近づくことさえ許されない。
「…………あ」
その蹂躙劇を呆然と見ていたリリの視界の先で四人の冒険者が動きを見せていた。
自分から奪ったものを手に通路の奥へ走り去ろうとしている。ベルもそれに気付き、顔を顰めるが追うことはしない。いや、できない。
ベルの中で優先順位が最も高いのはリリの安全確保。ここでキラーアントを放ってカヌゥ達を追えば、モンスターの矛先はリリに向いてしまう。故に全て討伐してからではないと動けないのだ。
(ベル様の剣は……奪われてない…………良かった……)
遠くに転がるバックパックは空っぽになってしまったようだが、黒剣は健在だ。
中身を奪うだけ奪っていったというのにその下に
大きな音がルーム内に響き渡り、リリが視線を戻す。
気が付くとあれだけいたキラーアントの大群は狩りつくされ、ルームに立っているのはベル一人となっていた。
銀色の剣に付着したキラーアントの体液を拭い、鞘に戻したベルは四人の冒険者が逃げた通路を睨みつけ、すぐに一つ息を吐いて振り返る。
バックパックを拾い、その下に隠れていた黒剣を剣帯に差し、リリの元へ小走りで駆け寄った。
「……どうして、ここに」
「あの後、すごい数のモンスター……うん、本当にさっきのキラーアントの比じゃない数のモンスターに襲われたんだけど他の冒険者が助けてくれたんだ。だからすぐにここに来れたんだ」
あと運も良かったかな、と何故ここにこんな短時間で来れたのだ、という彼女の疑問に答える。
頭に手をやり、いつもと同じような笑み……少し苦笑い気味の笑みを見てリリの口は勝手に動き出した。
「……して」
「え?」
「どうしてですか」
一先ず感謝の言葉を伝えようとした少女の口は思考に従わず、感情のままに言葉を発していた。
俯く自分のその声に困惑したように少年が声を上げるが、止めることができない。
「なんでリリを助けたんですか? どうしてベル様は、リリを見捨てようとしないんですかっ?」
「リ、リリ?」
「ご自分が騙されてることなんてもうお気付きになっているんでしょうっ? それなのになんで……なんでリリを見捨てようとしないんですかっ!?」
自制の利かない感情が言葉に乗って次から次に溢れ出る。
目の前の少年の困惑が深まっているが、そんなもの関係ない。
「ベル様って何なんですか!? どこまでも救いようのない真正の馬鹿なんですか!? 貴方のことがぜんっぜんわかりませんっ!!」
「ば、馬鹿って……た、確かに勉強不足なところもあるけど……」
「そんなことを言っているんじゃありませんこの馬鹿っ!!」
見当違いなことを抜かす少年に声を荒げる。
訳がわからない……助けてもらったのに何故こんなに苛立っているのか、わからない。
「リリのことを疑っているというのになんでベル様は神様から貰った剣をリリに預けることが出来るんですか!? その剣はとても大事な物だって言ってたじゃないですか!! リリを信頼していたんですか? リリならベル様の大事な物を盗んだりしないって!! 残念でしたねリリがそんな絶好機を逃すわけないじゃないですかばーかっ!!!」
少女の剣幕に押されるように少年がその身を仰け反らせているが少女は止まらない。
折れた腕が痛むがその程度では一度溢れてしまった想いを止めることが出来ない。
「《バゼラード》を渡したのはベル様がその剣を鞘にしまう機会を増やそうとしただけでベル様の心配なんてこれっぽっちもしていません!! 魔剣を置いて行ったのもベル様が死んでしまったら目覚めが悪いからというあくまでリリの心のためでベル様のためなんかじゃないんですっ!!」
「あ、ごめん……その……二つとも壊しちゃった」
「そんなのどうだっていいんですよっ!!」
「えええっ!? ごめん!!」
少女の話に答えただけなのに怒られてしまった少年は反射的に謝る。
それが気に食わなかったのか少女はより目を吊り上げてさらに捲し立てた。
「ベル様が謝る事なんて何一つとしてないのに何故そんなにすぐ謝るんですかっ!? 謝らなければいけないのはリリのっ…………リリの……方、で…………」
そこまで言って溢れ出る罪悪感に耐えられなくなったのか少女の声が一度止まる。
グッと奥歯を噛み締めた少女は震える声でもう一度、言葉を絞り出した。
「リリは……悪い奴なんです。盗人なんです。ベル様の大事な物を奪って、ベル様に嘘ばっかりついて、隠し事もいっぱいして、ベル様を危険な目に遭わせた最低なパルゥムなんです……」
「…………リリ」
「それでもっ…………それでもベル様は、リリを助けるんですか……?」
「……助けるよ」
「なんでっ……どうして!?」
息は切れ、声は枯れ始めている。痛めつけられた体で叫び続けた影響か意識が掠れる。
それでも少女は少年から目を逸らさず、意地でも少年の答えを待った。
「リリが寂しそうだったから……かな」
栗色の瞳が、一杯に見開かれた。
獣の耳が消えたリリの頭に手を添え、ベルは眉を下げた笑みを浮かべる。
「自分で気付いてなかったのかもしれないけど、リリはずっと寂しそうだったんだよ。どんなに怒っても、どんなに悪いことを考えてても、どんなに楽しそうに笑ってても……ずっと、寂しそうだったんだ」
初めてパーティを組んだ日からずっと思っていたこと。
リリとパーティを組んでから彼女は色々な表情を見せていた。見せてくれた。
だがどんな表情を浮かべていてもそれらのほとんどに共通して、“寂しい”という感情が含まれていたことにベルは気付いていた。
「一人でもへっちゃらだってリリは笑ってたんだと思うけど…………独りは寂しいよ」
ベルの脳裏に浮かぶのは頼れる者など誰もいないオラリオでの一週間。
家族にも出会えず、一人で広いオラリオを彷徨った一週間。
リリの姿にあの時の自分を見つけてしまった。
彼女は自分と同じだ。ヘスティアに出会えなかった
「間違いだったらそれでもいいんだ。でも間違っていないんだとしたら……僕は君のことを助けてあげたい。寂しかった僕を助けてくれた、
心の内を見透かされているかのようなその瞳にリリは何も言うことが出来ない。
ただ頭に添えられた手から伝わる温もりを享受しているとベルは少し困ったように笑った。
「……まあその、色々と理屈をつけたんだけど……リリを助けたかった一番の理由はもっと単純なことなんだよね」
「え……?」
不安そうに自分の顔を見上げてくるリリに柔らかく微笑む。
いつかの記憶の真似をして、リリの栗色の髪を梳く。
「リリだから助けたかったんだ。リリに、いなくなってほしくなかったんだ」
「……ふ、ぇ」
「これ以上の理由なんか見つけられないよ。ううん、リリを助けるのに……本当は理由なんかいらないんだ」
涙腺が決壊する。
大きく見開かれた栗色の瞳から、大粒の涙がぽろぽろと溢れ出してくる。
我慢することなんてできない。我慢する必要なんかないと言わんばかりに触れてくるその温かい手についにリリは声を上げて、子供のように泣き始めた。
「うえっ、うええええええええええぇぇぇっ……!」
「僕もリリを頼りにしてるからさ、リリも僕のことを頼ってよ。どんなことでもいいから困ってたら相談してよ。僕って馬鹿だから……頼ってくれないと何をしていいかわからないんだ」
「ひぅっ……! うああああああぁぁっ……!」
「頼ってくれたら……絶対に助けるから」
ベルが自分の小さな体を抱きしめてくれる。
傷に触れないように優しく、軽鎧の上からでも温もりを伝えようとしっかり。
頭を、背中を、優しく撫でてくれるその温かい手の平のせいで涙が止まらない。
知っていた。気付いていた。
ベルが自分のことを守ろうとしてくれていたことなんて。
黒だとわかっていてもなお、自分を信じてくれていたことなんて。
どうしてそんなことをしてくれるのか理解できなくてその手を拒絶したのは自分だ。
あの老夫婦のように裏切られてしまうことを恐れて、その優しさを裏切ったのは自分だ。
それなのにベルはこんな自分を救ってくれた。
こんなに汚れた自分を、リリが大っ嫌いなリリのことを受け入れてくれた。
それが嬉しくて…………そして、こんなに優しい少年を裏切ったことが申し訳なくて。
「ごめ、なさっ……ごめ、なさいっ……ごめん、なさいっ……!」
「……うん」
巨蟻の死骸が散乱する殺風景なダンジョンの一角。一つ、また一つと魔石が割れ、モンスターが灰へと変わっていき、少年と泣きじゃくる少女を優しく照らしていた残火に巻かれ、宙を舞う。
灰がゆっくりと二人に舞い落ちていく。だがその灰は少年の腕の中にいる少女が被ることはない。
小さなパルゥムを抱きしめ、代わりに灰を被ったヒューマンは少女が泣き疲れるまでずっと、優しくその顔を綻ばせていた。
胸の中で眠る少女を抱き上げ、立ち上がる。
傷だらけの少女の姿に抑えていた黒い感情が再び湧き上がってくる。
そんな中で背後から聞こえてくる足音に振り返るとリヴェリアとアイズが通路から歩いてきていた。
「……ありがとうございました。おかげで最悪の事態は避けられました」
「これからどうするつもりだ?」
「…………さぁ? 僕は何をするんでしょうね」
はぐらかすだけでベルはそれ以上何も言わない。
薄く笑みを浮かべてはいるが、その笑みがどのような意味を持つものなのか何もわからない。
感謝と共にアイズに剣を返したベルはそのまま正規ルートに続く通路へと入ろうとする。
「……ベル。一つだけ言わせろ」
「……なんですか?」
立ち止まったベルは振り返ることなく続く言葉を待つ。
だがリヴェリアがベルの背中に向けて放ったその言葉に目を見開き、すぐに振り返った。
「私達は、お前の味方だぞ」
振り返ったベルとリヴェリアの目が合う。
その翡翠の輝きがベルの胸の内で静かに燃え上がろうとしていた黒い感情を鎮めた。
黒く染まりかけていた視界が晴れ、二人の顔がよく見えるようになる。眉を曇らせ、同じような表情で心配そうに自分のことを見つめてくるその姿に胸が痛みを訴える。
固く握った拳をベルは自分を戒めるように額にぶつける。ゴッ、という鈍い音がルームに反響した。
「……ごめんなさい。ありがとう、お母さん」
そう言ってベルは今度こそルームを出て行った。
いつものような笑顔を浮かべ、自分を母と呼んでくれたその姿にリヴェリアはほっと胸を撫で下ろす。
胸を撫で下ろした理由は普段通りに見えて何か様子がおかしい先ほどまでのベルの姿にあった。
(わずかにだが……あの雰囲気は…………)
「ベル……リヴェリア、私達もベルについて行こ?」
隣で急かすアイズを横目で見る。
思い出すのは彼女と出会ったばかりの頃。復讐のみを考え、鬼気迫っていたアイズの姿。
(似ていたな……あの頃のアイズに)
あそこまで酷くはなかった。
だがあの瞬間のベルの姿に、あの頃のアイズの姿を感じ取ってしまった。
「リヴェリア?」
「ああ、すまん。そうだな……私達もベルについて行こうか」
一抹の不安を覚えながらもリヴェリアはアイズに続いた。
自分の子の小さな異変にも気付けるように、今回の出来事を心に深く刻み込みながら。
いつも感想、評価、お気に入り登録、誤字脱字報告ありがとうございます。
執筆の際の励みになります。
今回のベルは長時間あるスキルを使用していたため、効果が切れた後もしばらく強い影響を受けていました。リヴェリアとアイズがいたおかげで影響下から抜けることが出来ました。ただ色々終わった後にそんな二人にそっけない態度をとってしまったことを一人で大後悔します。
予定では次回でリリルカ編は終わりとなります。
ここまで見ていただき、ありがとうございました。