黒衣の
───夢を見た。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
氷の結界の中、激闘なんて言葉では生温い死闘を繰り広げたあの日の夢。
最強には程遠い自分が最強などと呼ばれるようになった最後の決め手。
夢の中の自分の前に倒れ伏すのは『覇者』。
自分の前に立ちはだかり、何度も屈辱と敗北の泥を飲まされた最強。
越えられなかった高みの象徴。
その名は───【暴喰】のザルド。
『俺が、後悔しているとすれば、それは───』
そんな男との最期の会話。
黒ずんだ血を吐き、『漆黒の膿』を体から吐き出しているその姿にかつての武人の面影はない。その身はもう死を待つだけの存在となっていた。
そんな男が最後の力を振り絞って話したことは一つの願い。
『…………あと、数年もしたら……白髪で、紅い瞳を持つ子供が……オラリオに来るはずだ……』
それは【ゼウス・ファミリア】の【暴喰】ではなく、ただのザルドとして託された最期の願い。
夢の中の自分は主神と共にその最期の言葉に耳を傾けていた。
『俺の……俺達の心残りだ…………俺はその子供の、親でも何でもないが……大切な、
先ほどまで死闘を繰り広げていた男とはまるで思えない優しい瞳。
ここにはいない誰かを……我が子を想い、慈しむ父親のようなそんな瞳。
猛々しく、強大であった英雄が今際の際に見せたその瞳に自分は何も言えなかった。
『お前の【ファミリア】に、入れろとまでは言わん……あの子が決めること、だからな……俺の、代わりに……気にかけて、やってくれ…………頼む』
夢の中の自分は静かに頷く。
それを見たザルドは小さな笑みを浮かべ、空を見上げた。
そして進み続けろ、強くなれ……と次の世代の冒険者達に遺し、その生涯を終えた。
ザルドとのその約束は今でも自分の中に刻み込まれている。だがあの戦いを夢として見るのはいつぶりだっただろう。
何故今になって夢という形であの約束が現れたのか。
そんな疑問を抱えながら今日もオッタルは女神の従者としての役割を果たすため、主神の元へと向かうのであった。
その夢を彼が見たのは、ある少年がオラリオにやってくる前日のことだった。
「オッタル。あの子、また強くなったわ」
「重畳、ですか」
「ええ」
迷宮の真上に築かれた
魔石灯のみで照らされる薄暗い室内でフレイヤは笑みを浮かべ、ワイングラスを手に取りながら、
「あの子の身を守るものを手に入れてもらうためにアレを渡したのだけど、それすらもあの子は超克の礎へと変えたみたいね。上手くいけばさらに高みへと至れるかもと思いはしていたけど……ここまで早いとは思ってなかったわ」
魂の輝きはさらに鮮やかに、その器はさらに洗練されたことをフレイヤは嬉しく思っていた。
しかし魂に寄り添う金の輝き以外の不満が彼女の中にある。
スッと目を細め、恍惚な表情を一変させたフレイヤは隣の従者にも聞こえるようその不満を漏らした。
「でも一つ。たった一つだけどあの子の輝きを邪魔する淀みがある。それがまるで枷のようにあの子を縛っている」
「…………」
「この淀みは恐らくあの子も気付いていないわね。私ですら目を凝らさなければいけないほどのものなのだから仕方がないのかもしれないけど、この淀みの枷さえなければあの子はきっと───」
───より早く高みへと至れるはずなのに。
トントン、と自身が座る椅子のひじ掛けを指で叩いたフレイヤは不満そうに息を零した。
その不満を聞いたオッタルは一瞬逡巡したものの、珍しく自分から主のその疑問に自身の答えを口にした。
「フレイヤ様が仰る淀みとは恐らく……敗北の記憶かと」
「……敗北の、記憶? 続けて頂戴」
「はい。推測の域は出ませんが、どれだけの勝利を重ねても殻を破り得る偉業を成し遂げたとしても拭いきれない敗北の記憶が枷となり、鎖となり、あの者の成長を阻害しているのかと」
「敗北……あの子がこの地に来てから勝てなかった相手……ミノタウロス、かしら」
ベルとミノタウロスの戦い。
イレギュラーのその戦いについて知っているのは当事者であるベル、そして【ロキ・ファミリア】の人間だけのはずだった。だがフレイヤが張ったベル・クラネルに関する情報網は限られた者しか知らないはずのその話すらも手に入れていた。
あの少年がミノタウロスと戦い、敗北したというのはまず間違いない。しかしその内容は敗北したとはいえ、惨敗と言えるような結果ではなかったはずだ。
「……その記憶があの子の魂を縛り付けていると?」
「その可能性が高いかと。ですが遠い過去、我々があずかり知らないところで惨敗すら生温い敗北をその魂に刻まれてしまったという可能性も十分にありえます」
オッタルの考えは当たっていた。
アイズと出会うきっかけとなったミノタウロスの襲撃。アイズとの出会いの記憶と共に完膚なきまでの敗北の記憶が刻まれてしまい、ベルの魂を縛り付けていた。
加えて【
そして厄介なことにベルはそれを未だ自覚していない。
「……過去の記憶が原因の場合、私は見守る事しかできないわね」
残念、と息を吐き、背もたれに寄りかかるフレイヤ。
退屈そうに肘をつく自分の主にオッタルは一つの願いを口にした。
「フレイヤ様。この件、自分に一任してくれないでしょうか」
そう問いかけてくる従者の瞳に宿る色にフレイヤはスッと目を細める。
珍しく自分の意志を主張してくる従者の姿は珍しかった。普段ならここまで積極的に自分から喋るような者ではないというのはフレイヤ自身がよく知っている。
「珍しいわね。貴方が自分からそんなことを言ってくるなんて……あの子が気になるの?」
フレイヤのその問いかけにオッタルは表情を変えず、何かを思い出すかのように一度目を閉じた。
しばしの沈黙が二人の間に流れ、オッタルの目が開かれると錆色の瞳と銀色の瞳が交差する。
「“約束”を、果たそうと思います」
その言葉にフレイヤは目を大きく見開く。
オッタルの言う“約束”は彼女にも心当たりのあるものだった。
「あの子が約束の子供だと……貴方もそう考えるのね」
頷き、オッタルはそれを肯定する。
フレイヤ自身も薄々それには感づいていた。何の反応も見せなかったのはベルがその子供だろうがなかろうが彼女の行動が変わることはないからだ。
自分と同じ考えを持っていた眷属にフレイヤは問いかける。
「何をしようと考えているの?」
「魂を縛る鎖……それを解くきっかけを与えようかと」
「きっかけ?」
「はい。あくまできっかけです。自分がやることは鎖を解き、殻を破るためのきっかけを作る事のみ。それをどうするかはその者次第となります」
「……それが、ザルドとの約束を果たすことになると貴方は考えるのね」
ザルドが何を思い、何を願い、自分に大切な家族を託したのかはオッタルには分からない。
それでもあの武人が今際の際に遺した願いを叶えるため、彼が出した答えがそれだった。
「ザルドが子供の平穏
オッタルはそこで一度言葉を切り、絶対の確信と共に口を開く。
「その子供を鍛え上げることがザルドとの約束を果たすことになると……自分はそう考えます」
自分自身の考えを言い切ったオッタルはフレイヤの返答を待つ。
彼女はその細い指を自身の顎に添え、しばらく考え込む。
「……いいわ。この件は全て貴方に任せましょう。私にできることはそこまでないでしょうし」
「ありがとうございます」
やがて妖麗な笑みと共にオッタルに全てを任せるとフレイヤは結論を出す。
それを聞いたオッタルは感謝と共に恭しく頭を下げた。
「従者の役割はヘルンに。貴方はこの件に集中しなさい。中途半端な結果は許さないわよ」
「言われずとも、心得ております」
「そう。じゃあ行きなさい」
顔を上げたオッタルが部屋を出ていき、それと入れ替わりに別の従者が入ってくる。
その従者に新しい葡萄酒を頼んだフレイヤは両目を閉じ、何故か不満げに椅子の背もたれへと寄りかかっていた。
「任せたのはいいのだけど、オッタルの方があの子のことをわかっていそうでちょっと嫌ね」
俯いて、少し拗ねたようにポツリと呟いた言葉に含まれているのは嫉妬。
自分が気付けなかった少年を縛る原因をオッタルに言い当てられたことがフレイヤには面白くなかった。
「冒険者の勘というモノかしら? 私にはわからないことだけど……ちょっとだけ羨ましいわ」
───あの少年の一番の理解者は自分でありたい。
神である自分が子であるオッタルを羨むほどに強いその想い。
そんなフレイヤの想いが込められた言葉は部屋の薄闇に溶け、誰にも知られることなく消えていくのであった。
「改めて……こんなリリを迎え入れてくれてありがとうございます」
時刻は朝。ある廃教会の中で一人の少女の声が響いていた。
少女の名前はリリルカ・アーデ。昨日、一人の少年と一人の女神によって救われた
どこか明るくなった表情と獣の耳がなくなったリリの本来の姿を見てベルは笑みを浮かべる。
「これからは同じ【ファミリア】としてよろしくね。リリ」
「よろしくリリルカ君。ちゃんとボクとの約束を守ってくれよ?」
リリとヘスティアは昨日、【ソーマ・ファミリア】に向かう前に既に全ての話を終えている。
今までのリリの境遇、所業を把握したうえでヘスティアはベルの主神としてベルと共にリリを疑似的な『神の審判』にかけた。それ自体に効力はないが、神は下界の子の嘘を全て暴くことが可能できる。もしもそこで嘘を付いていればリリはこの場にいなかっただろう。
「もちろんです。もうリリはあのようなことは二度としません。ベル様に、ヘスティア様に、自分自身に誓いましたから。こんなリリを救ってくれたお二方の顔に泥を塗るような真似なんて絶対にしません」
それがリリの嘘偽りのない本音だということは神ではないベルでもわかった。
満足げに頷いたヘスティアは笑みを浮かべ、覚悟を固めたような表情をしているリリを見つめながら。
「色々と頼んだよリリルカ君。君のことは頼りにしてるからね。君もわかっていると思うけど、この子は心配になる部分が多いんだ。優しいのはいいことなんだけど優しすぎるというか……そういった部分を君が補って上げてほしい」
「神様?」
「任せてください。確かにベル様は少し抜けているというか人を信頼しすぎる傾向があるというか正直この人本当に大丈夫なのかと思ってしまうようなところもありますが、その点はリリが補ってみせましょう」
「リリ?」
心外ですよ、とベルが苦笑いを浮かべ、冗談だよ、と二人が楽しげに笑う。
どこか寂し気な笑顔ではなく心から楽しそうに笑うリリを見てベルは安心した。
この場所はリリが本当の笑みを見せることのできる場所なのだと。
「まあこの話はここまでにしようか。昨日のうちに色々話したしこれ以上はもう必要ないだろう」
「……そうですね。じゃあこれからの話をしましょうか」
そう言うとベルはリリに視線を向ける。
厳密にはその右腕に。
「とりあえずリリはしばらくホームで待機かな。その腕で探索させるわけにはいかないし」
「この腕では足手まといにしかなりませんからね」
魔法で治療してもらったとはいえリリの腕は三日から一週間は絶対安静。
多少の無理がきくとはいえここで無理をさせる意味はない。
「今日はボクも休みだしリリルカ君はボクと一緒に過ごそうか。必要なものがあれば買い物にも付き合うぜ?」
「じゃあ買い物に付き合ってもらってもいいですか? 新しいバックパックとかアイテムとか補充しておきたいので。ヘスティア様もベル様がどんな物を使っているか知っておいて損はないと思いますよ」
「よし! 行こうか!」
「僕は報告したいこともあるしひとまずエイナさんの所に行こうかな……その後はダンジョンで色々と試してみようと思います」
三人の予定が決まり、各自行動に移ろうとする。
その前に食事をとることを忘れない。少し賑やかになった朝食の時間が終われば、今度こそ別行動。
二人と別れたベルは『
まだ早い時間ということもあって多くの冒険者で賑わうギルド本部のロビー。いつもの受付窓口にエイナの姿を見つけたベルだったが、少々タイミングが悪かった。
「人……多いな」
エイナがいる受付窓口、いや全ての受付窓口には長蛇の列ができており、落ち着いて話すにはかなりの時間を要するのが目に取れる。いくらでも待つことはできるが、この数を待つのは少々時間がもったいない。
どうするか、と悩んでいる自分の周囲にいる冒険者達が何やらざわついていることに気付く。不思議そうにベルがそれを眺めているとその肩を誰かの手がポンポンと叩いた。
「ん? 誰ですか……って、アイズさん?」
「おはようベル。ロビーの中央で固まって、どうしたの?」
振り向くとそこにいたのはほのかな笑みを浮かべるアイズの姿。
周囲がざわついていたのはこの人がいたからか、と納得していると目の前の少女は首を少し傾げた。
「あ、すみません。邪魔でしたよね」
「ううん……そんなことはないけど……それで、どうしたの?」
「エイナさん……えっと、受付の人に話しておきたいことがあったんですけど……人が多すぎるからどうしようかなって思ってて」
ギルド本部の大広間の端に設置してある二人掛けの椅子に座り、ベルはアイズの疑問に答える。
それを聞いたアイズは悩むような素振りを見せるが、少ししてベルの方へと身を乗り出した。
「それだったら……少し、私と一緒に来てくれない、かな」
アイズさんに連れられてやって来たのはオラリオをぐるりと囲む市壁の上。
この場所からは広大な迷宮都市を一望でき、その光景に思わず言葉を奪われた。
「ごめんね。急に連れてきちゃって」
「いえ、大丈夫です。それでどうしたんですか? こんな所にまで連れてくるなんて」
この場所はアイズさんが以前見つけた『秘密基地』らしい。
本来なら封鎖されているはずの市壁内部の入り口を見つけたのはアイズさんが子供の時の頃。まだ入団してから日が浅かった時、お母さんと衝突する度にここに潜伏していたとのこと。
正直お母さんとアイズさんが衝突したという内容は本題ではないというのに非常に気になった。機会があればその話も聞いてみたい。
「……ベルと、話がしたくて」
「……話、ですか? それぐらいだったらここまで来なくても───」
「違うの。静かな場所で、二人っきりでベルと話を、したかったの……」
少し恥ずかしそうに、頬を赤くするその姿に胸が撃ち抜かれた。
アイズさんが僕と二人で話をしたいと言ってくれたのがすごい嬉しい。
「私は、ベルと同じ【ファミリア】じゃない、から。二人っきりで話せる機会はそんなになくて……えっと、その少ない機会を、逃したくなくて…………迷惑、だった?」
「そんなことありません!」
不安げに僕を見てくるアイズさんに反射的に言葉を返す。僕のその反応にアイズさんはほっと胸を撫で下ろし、小さく微笑んでいた。
迷惑だなんてとんでもない。僕だって出来ることならアイズさんと二人で過ごす時間が欲しい。少しでもいいからこの人の側にいたい。この人の笑顔を一番近くで見ていたい。
一番近くにいる資格はまだ僕にはないけど、いつか必ず。
「良かった……じゃあ、ベルの話を聞かせて? 私達がいなくなった後の話でも、オラリオに来てからの話でも、何でも聞きたいな……」
手招きするアイズさんの隣に座り、何を話すかちょっとだけ考える。
こんな青空の下で暗い話は論外だろうし、やっぱり明るい話がいいよね。
「じゃあ最初は僕が料理にハマった時の話を───」
「───といったことを僕はあの村でやりながら生活していました。もちろん鍛えながらですよ」
まずはあの村で過ごした思い出をアイズさんに話してみた。
僕個人の話だから楽しんでもらえるかはわからなかったけど、アイズさんは目を少し見開いたり、小さく笑みを浮かべてくれたり、表情を変えながら色んな反応を見せてくれた。多分楽しんでくれたんだと思う。
ちょっと一息を入れて空を見上げる。
朝と変わらない澄んだ青い空が広がっている。太陽の位置を見ると一時間から二時間ぐらい話し込んでしまったみたいだ。
隣に座るアイズさんをこっそり見ると、彼女も僕と同じように空を見上げていた。
「いい天気ですね……」
「そうだね……」
穏やかな風が吹いている。暖かな日差しも相まって油断したら眠ってしまいそうだ。
でもここで眠るわけにはいかない。エイナさんに用事もあるしダンジョンで試したいこともある。ただその二つがなければここで眠ってもいいと思ってしまうほどに静かだった。
その眠ってしまいそうなほどに静かな空気を変えるために、僕はアイズさんに話しかけた。
「そろそろ人もいなくなったでしょうか……そういえばアイズさんは今日何しようとしていたんですか?」
「私もギルドに用事があって……それが終わったら、ダンジョンに行こうと思ってたよ。ベルはギルドの用事が終わったら、何をしようとしてたの?」
「僕もダンジョンに行こうかなって。探索というよりは魔法とか色々試すためにですけどね」
「そうなんだ…………ねえベル。良かったら私も、ベルについて行っていい?」
僕の顔を覗き込みながら、アイズさんがそんなお願いをしてきた。
正直すごくありがたいけど、僕についてきてもアイズさんの得になるようなことはほとんどない。何故こんなお願いをしてきたのか聞いてもいいのか迷っている僕にアイズさんはさらに続けた。
「今のベルの動きとか、見てみたいの。あの時は、ベルのことをちゃんと見れなかったから。あ……嫌だったら別に、無理にとは言わないけど……」
「嫌だなんてそんな……むしろ僕からお願いしたいくらいです。本当にいいんですか?」
「うん」
目の前のアイズさんが微笑んだ。
彼女がいいと言ってくれるのなら僕に断る理由は一つもない。別の派閥になってしまった以上、次にこんな時間を作ることが出来るのがいつになるのかわからないのだから。
「じゃあよろしくお願いします」
アイズさんと二人きりでのダンジョン探索。
少し心を躍らせながら、僕は彼女と一緒にひとまずギルドへと向かった。
暗闇に閉ざされた室内。
全身を黒衣に包んだ人物は一つの依頼書を見て黙考していた。
依頼書に書かれているのは24階層、モンスターの大量発生……それらの情報はよくあるダンジョン内の
だが黒衣の人物にとってそれは看過できないものであった。
「手を打ちはしたが……さて」
既にとある【ファミリア】には動いてもらっている。ただその【ファミリア】だけでは戦力的に不安がある。もしも『番人』が現れるという最悪の事態になれば…………
「…………!」
黙考していた黒衣の人物の目の前には台座がある。
その台座に置かれた水晶を見下ろし、黒衣の人物───フェルズは呟いた。
「【剣姫】……そして……」
水晶には談笑しながら螺旋階段を下るベルとアイズの姿が映し出されていた。
18階層にて起きた襲撃事件、その当事者ともいえる二人。加えて『宝玉』が過剰な反応を見せた【剣姫】に宝玉に対して妙な反応を見せたという
二人の関係はよくわからないが、自分達が追っている出来事に関係しているであろう二人を凝視して、フェルズは動き出した。
「行くよ。ウラノス」
翻った黒衣は闇の奥へと消えた。
エイナさんにリリの話の結末を報告した僕はその足でダンジョンへと向かった。
話を聞いたエイナさんには覚悟はしていたけどやっぱり怒られてしまった。他派閥の
今の所【ソーマ・ファミリア】からは何も報告は来ていないらしいが、もしもギルドに訴えが届き、それが受理されてしまえば僕達が
元々
ただ最後のソーマ様の様子を見る限り、その心配は必要ないんじゃないかなって思っている。
勝手な希望で確信はまだ持てていないけどね。
この話は一旦ここまでにして場所をダンジョンへと戻そう。
現在、僕とアイズさんはダンジョンの12階層の少し進んだ場所……大体僕がアイズさんとリヴェリアさんに助けられた場所に来ていた。
そこでオークやシルバーバックといった大型のモンスター、インプやハード・アーマードなどの小型のモンスターと戦いながらアイズさんから師事を仰いでいた。
「ふぅ……どうですか? アイズさん」
「良い感じ、かな。でも数が増えると、視野が狭まってるから……もう少し周りを意識してみて。今は私がいるけど、ソロの時に死角は絶対に作っちゃダメだよ」
少し楽しそうにアイズさんは微笑みながら僕に色々と教えてくれた。
子供の頃の復習も兼ねたそれは今の僕にとって初心に帰れる良い機会になっている。
「ちょっと休憩しようか」
「わかりました」
モンスターの波が落ち着いたところでアイズさんがそう提案してくる。
詳しい時間はわからないけど、ここに来てから二、三時間は戦い通していたと思う。連戦も相まって肉体ではなく先に精神が疲れて来ていたからこの提案はありがたかった。
アイズさんに続いて近場のルームに移動する。壁を崩した僕達は隣り合うように座って一息ついた。
「この辺りのモンスターは、もう相手にならなさそうだね」
「僕もLv.2ですから。この辺りのモンスターは油断しなければ問題ないですね。ちょっと物足りないくらいです」
本当はそろそろ『中層』に進出したいところなんだけど、これが中々難しい。
様々な要因があるけど、パーティの人数が絶望的に足りていないのが最たる原因だった。
僕とリリの二人で少しくらいは中層の探索は出来るとは思う。ただフィンさん達に守られながら初めて中層を探索したときのことを考えると二人ではまず間違いなく13階層すら突破できない。
上層と中層は
ちょっと違うことを考えていたそんな僕をアイズさんは静かに見つめてくる。
その金色の瞳を見つめ返していると、彼女は表情を緩めた。
「……じゃあ次は、私と戦おうか。ここだったら、人も来ないだろうし」
「いいんですか! お願いし───」
その瞬間、僕達は同時に立ち上がり、アイズさんは剣を、僕は左腕をある一点に向けて構えた。
わずか……ほんのわずかだけど盗み見るような気配を感じた。それだけだったらここまでの反応はしない。ただ気配を感じるそこには誰も、何もいないのだ。
でも間違いなく何かがいる。いないけど確かに何かがいる。
「……撃ちますか? アイズさん」
「…………あと、十秒待って」
心の中で数を数えて、残り二秒という所で霧が揺らめいた。
白霧の奥から浮かび上がるのは……黒衣の影。
「【剣姫】だけでなくそちらの少年にすら気付かれてしまうとは……お見逸れする」
言葉を発したことからモンスターの類ではないことがわかる。だがそれでもなお本当に人間なのか疑ってしまうほどの妙な存在感が目の前の人物にはある。
アイズさんが僕を庇うように立ち、性別すらわからない謎の黒衣の人物に警戒を緩めず尋ねた。
「私達に、何か用ですか?」
「ああ、その通りだ。だがその前に剣と腕を下ろしてほしい。私は君達に危害を加えるつもりは一切ない」
黒衣の人物は立ち止まり、両手を僕達に見せ、さらに腕を広げ、武器は持っていないと主張する。
確かに敵意は一切感じない……それどころか現れた個所から少し近付き、アイズさんの間合いに自分から入り込んでいる。この距離なら何をしようともアイズさんの剣の方が速い。
警戒する必要はあるだろうけど、目の前のアイズさんが剣を下ろしたので僕も左腕を下ろし、戦闘態勢を解除した。
「あなたは、誰?」
「なに、しがない
「…………あ」
そこで18階層でルルネさんが言っていたことを思い出した。
彼女が言っていた特徴は『真っ黒なローブ』、『男か女かわからない』……その特徴と目の前の人物は確かに合致する……こんなわかりやすい特徴を持ってるのに忘れるなんてダメだろ僕。
「どうやら伝わったようだね。では改めて……アイズ・ヴァレンシュタイン、ベル・クラネル。君達に
黒衣の人物が切り出したそれに少なからず僕は驚いた。
それに気付いてか気付かずか黒衣の人物はさらに続ける。
「24階層で
………………変だな。
「ことの原因の目星はついている。恐らく、階層の最奥……
……うん、やっぱりおかしい。
今の僕にアイズさんと同じ
24階層の基準ステイタスは
(いや、僕のレベルを知っていたとしても……なんでこの人は、僕にもこんな
24階層程度ならアイズさん一人でも事足りる。僕に求めてるのは戦力以外の部分……?
おかしいところは他にもある。何故
目の前の人物はダンジョンにいることと
僕が後ろで考え込んでいる間、アイズさんは一言も言葉を発していなかった。でも僕が気付けているのなら多分アイズさんもこの依頼がおかしいことに気付いてるはずだ。
それなら僕は……アイズさんの判断に委ねる。
「実は、以前にもハシャーナを向かわせた場所……30階層で今回と酷似した現象が起きていた」
アイズさんの肩が震えた。同時に僕も目を見開いた。
その情報は聞き捨てならない。考え込むのをやめ、黒衣の人物を睨みつけるように見つめる。
「『リヴィラの街』を襲撃した人物……そして例の『宝玉』と関係している可能性は高い」
拳が堅く握り締められる。罠だという可能性は高いけど、心が完全に動かされてしまった。
謎の『宝玉』、そして赤髪の
「わかりました……」
アイズさんはずっと思考を重ねていたのか苦悩に満ちた表情でその
危険だけど、少しでも『情報』が欲しい。特に赤髪の女の情報が。
「恩に着る……出来れば今すぐにでも向かってほしい。いいだろうか?」
「……あの、伝言をしてもらっていいですか? 私の【ファミリア】とベルの【ファミリア】に」
「ん? ああ、それぐらいは頼まれよう。羽ペンはあるかい?」
伝言を頼みたいというアイズさんの願いを黒衣の人物は快く了承した。携行用の羽ペンを持っていない僕にペンと紙を貸してくれたり、先ほどに比べると随分と好意的な対応だった。
とりあえず神様とリリに即席の手紙を書いて、相手に差し出した。
「渡す順番はどちらからでも?」
「はい。大丈夫、です」
「では確かに……それではまずは『リヴィラの街』に寄ってくれ。『協力者』が既に向かっているはずだ」
特定の酒場に向かって『合言葉』を言え、という指示だったけど……この『合言葉』は一体……
「あの……これ聞いてもいいかわからないんですけど……ジャガ丸くん、お好きなんですか?」
「い、いや……そういうわけではないが……」
「私は……好きですよ。ジャガ丸くん」
最後は僕の緊張感のない一言でちょっと締まらない形になってしまった。あの動揺からしてあの人……そこまで警戒しなくても大丈夫なのかもしれない。
黒衣の人物が去ったルーム内で二人で少し顔を見合わせる。
「それじゃあ、行こうか」
「はい。行きましょう」
妙な形になってしまったアイズさんとの探索。
前回、【ロキ・ファミリア】との探索はアイズさんに守られ、僕のせいで傷ついてしまうという最悪な形となってしまった。傷ついたアイズさんの姿は鮮明に思い出せる。
───同じ轍を踏んでたまるか。
固くそう決意しながら、僕はアイズさんと共に18階層へと向かった。
当初オッタルはザルドの心残りであるベルを影から見守るつもりでした。ただそのやり方は自分らしくないこと、現在のベルの状態を知ったこと、ザルドの想いを自分なりに解釈した結果、本編でのやり方に至りました。
いつも感想、評価、お気に入り登録、誤字脱字報告ありがとうございます。
執筆の際の励みになります。
今回から新たな章に入ります。
メインはある猛牛の話、その前に別の話が混ざるような構成です。
感想や評価などお待ちしております。
ここまで見ていただきありがとうございました。