二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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24階層の異常事態(イレギュラー)

 12階層から出発した二人は早くも18階層へと辿り着いていた。

 少し前に多くのモンスターに襲撃されたとは思えないほどに修繕された街の姿に面食らいながら、二人で指定された酒場を探す。教えられた道筋を進んでいくとごつごつとした岩壁に洞くつが見えた。

 

「洞窟をそのまま利用して酒場にしてるんですね」

 

「何回も来てるけど……こんなところに酒場があるなんて、知らなかった」

 

 酒場の名前は『黄金の穴蔵亭』。

 洞窟の中に入ると木製の階段が設けられており、そこを下っていくとどこか見慣れた酒場の光景が二人の目に飛び込んでくる。

 

「結構繁盛してるみたいですね」

 

「ん……」

 

 五つあるテーブル席は同業者で埋まっており、空いている席と言えば酒場の隅にあるカウンター席のみ。

 アイズとベルがそこに向かうと空いている席の隣に腰かけていた獣人の少女が顔を上げた。

 

「んんっ? あれっ、【剣姫】!? それにそっちは確か……」

 

「ベルです。ベル・クラネル。こんにちは、ルルネさん」

 

 二人に気付いて驚きの声を上げたのは18階層でベル達との間で色々とあった犬人(シアンスロープ)の少女、ルルネだった。

 驚きのあとにすぐ笑みを浮かべた彼女は陽気に二人に話しかけてきた。

 

「そうそうクラネルだ! 前は本当に世話になったな。お礼にあんたらに一杯奢らせてくれよ」

 

「ありがたい話です。でも大丈夫ですよ」

 

 ルルネの好意を辞退させてもらい、黒衣の人物に言われた隅から二番目のカウンターに腰掛ける。二人が座ったのを、特にアイズが座った席を見てルルネが驚いたような表情を見せる。

 黒衣の人物の言う通り、カウンター内の不愛想な店主が注文を聞いてきたのでアイズとベルは同時に『合言葉』を口にした。

 

「『ジャガ丸くん抹茶クリーム味』」

 

 二人が『合言葉』を伝えた瞬間、隣のルルネがひっくり返る。

 その音に驚いて横を見れば、ルルネが信じられないといった顔でアイズとベルの顔を交互に指さしていた。

 

「ル、ルルネさん?」

 

「……あ、あんたらが、()()!?」

 

 その声に反応するように周囲の冒険者()()が立ち上がった。

 酒を飲んでいたヒューマンも賭け事に勤しんでいた獣人も曲を奏でていたエルフも全員がベルとアイズ、特にアイズに視線を注いでいる。

 

「もしかして『協力者』って……」

 

「ここにいる全員、なのかな……?」

 

 二人が面食らっていると立ち上がった冒険者の中から一人の女性の冒険者が前に歩み出る。

 

「彼女達で本当に間違いはないんですか、ルルネ」

 

「ア、アスフィ……」

 

 彼女の名はアスフィ・アル・アンドロメダ。二つ名は【万能者(ペルセウス)】。

【ヘルメス・ファミリア】の団長であり『神秘』というオラリオでも五人といないレアアビリティの保有者。数えきれない秘薬や道具(アイテム)を作り上げ、オラリオどころか世界中にその名声が知れ渡っている稀代の魔道具製作者(アイテムメイカー)。田舎出身のベルでさえ名前を知っているほどの有名人だ。

 

「あなた達も、依頼を受けたんですか?」

 

 ベルの前に立ったアイズが周囲の冒険者を見渡しながらそう尋ねる。

 その質問に対してアスフィは一度ルルネを細目で見つめた後、嘆息交じりに肯定した。

 

「ええ……この金に目がない駄犬のせいで【ファミリア】全体が迷惑を被っています」

 

 その容赦のない言葉にルルネが言葉に詰まる。

 ベルとアイズが目を向けると、彼女は決まりが悪そうに事情を話した。

 

「二人も会ったと思うけどさ、何日か前に黒ローブのやつが「協力してほしい」って私の前に現れたんだ。本当はもうごめんだって突っぱねたかったんだけど……というか突っぱねたんだけど……」

 

 ルルネ曰く一人でいたところに現れた黒ローブのその依頼は断固として拒否していた。前回の依頼で死にかけたことを考えれば、いくら報酬が良くても当然の選択だろう。

 ただ最終的に何故依頼を受けたのかというと…………

 

「Lv.を偽っていることをバラすと脅されたそうです」

 

「Lv.を……?」

 

「おかげで私達にまで皺寄せが……」

 

 その話を聞きアイズは疑問符を、18階層でルルネから【ヘルメス・ファミリア】がLv.を偽っていることを知っているベルは何とも言えない表情を浮かべていた。

 どこからその情報が漏れたのかはわからないが、Lv.を偽っていることをギルドにバラされてしまえば多大な罰金や罰則(ペナルティ)は免れない。

【ファミリア】の弱味を握られてしまったからルルネは他の団員も巻き込んで再び黒衣の人物の依頼を受ける羽目になってしまったのだろう。

 

「脅されようが最後まで白を切れば良かったものを……あなたそれでも盗賊(シーフ)なのですかッ! ヘルメス様の我儘のお守だけでも大変だというのにこんな面倒ごとまで……」

 

「許してくれよぉ~……」

 

 どこの【ファミリア】も色々と大変なんだな……という感想を抱き、二人は苦笑いを浮かべる。

 その笑みを見て、ハッとしたようにアスフィが瞑目し、眼鏡をかけ直す。

 

「すみません、見苦しいところをお見せしました」

 

 表情を引き締めたアスフィが目下取り掛かることになる冒険者依頼(クエスト)の内容確認に入る。

 

 目的地は24階層の食料庫(パントリ―)。目的はモンスターの大量発生の原因調査及び排除。

 

 依頼内容を照らし合わせると、次に戦力の確認に移った。

 

 前衛

 獣人のファルガー、ヒューマンのゴルメス、ドワーフのエリリー、パルゥムのポック、ポット。

 

 後衛

 ヒューマンのネリー、パルゥムのメリル、種族不明のドドン。

 

 中衛

 ヒューマンのキークス、獣人のホセ、タバサ、ルルネ、エルフのセイン、スィーシア

 

 中衛から全体の指揮を執るアスフィの総勢15名の【ヘルメス・ファミリア】。

 ステイタスは大半がLv.3という中々の戦力だ。

 

 それに対してこちら側はオラリオの人間ならば誰でも知っている【剣姫】。

【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 そしてアイズ以外の誰も知らないであろう【ヘスティア・ファミリア】のベル・クラネル。

 

「…………申し訳ありません。あなたの情報が全くと言っていいほどないのでもう少し教えていただいてもよろしいでしょうか」

 

「わかりました。えっと、武器は見ての通り片手剣で……あ、魔法も使えます。分類は付与魔法(エンチャント)と攻撃魔法。普段は前衛で戦ってますけど、前中後衛のどこでも戦えるように鍛えられてきました」

 

 アスフィはその発言を受けて、しばし顎に手を当て考え込む。

 少しして24階層に辿り着くまでの戦闘で魔法を含む実力と戦い方などを確認し、どのような役割で動いてもらうか決める、とベルに通達した。

 ベルもそれを了承し、そのまま他のメンバーと共に道具(アイテム)手持品(ストック)の確認に入る。

 それを尻目にアスフィはアイズに近付いた。

 

「【剣姫】であるあなたがいてくれるなら心強い。心強いのですが……」

 

「……?」

 

 少々眉を吊り上げたアスフィは疑うような声で一つの質問をした。

 

「率直に問います。あの少年は、使()()()()()?」

 

 その質問にアイズがスッと目を細める。

 

「言い方が悪くなってしまうのは申し訳ありません。ただ、私はパーティを預かる立場にいます。実力に不安がある者を入れてパーティを瓦解させるわけにはいかないのです。だからあの少年を知っているあなたに聞きます。あの少年の実力は、どれほどのものですか?」

 

 真正面から見つめてくるアスフィを見つめ返していたアイズは一度瞑目する。

 二人の様子に気付いていないベルと【ヘルメス・ファミリア】の話声が酒場内に響く。

 

「……アスフィさんと、あの人はファルガーさん……で合ってますよね?」

 

「はい、合ってますよ。それがどうかしましたか?」

 

「今のベルならその二人以外に、間違いなく勝てます。もしかしたら、ファルガーさんにも……」

 

 アスフィが目を見開く。

 聞いた情報によればあの少年はLv.2(ベル・クラネルというLv.2の冒険者は情報としてないが今はそこはどうでもいい)。それに対してここにいる冒険者の大半はLv.3。

 そんな彼らに間違いなく勝てるとあの【剣姫】が断言した。そして自分よりも古参の冒険者であり、あの『暗黒期』を生き抜いたファルガーにも勝てる可能性があると。

 少々信じられないが……あの【剣姫】が嘘を付く理由がない。

 

「……わかりました。あなたの言葉を信じましょう。あなたの友人に対して失礼な物言いをしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 アスフィが謝罪と共に頭を下げ、アイズと握手を交わす。その後、道具(アイテム)の整理を終え、談笑しているベルの元に歩み寄り、同じように握手を交わした。

 この時を持ってベルとアイズは【ヘルメス・ファミリア】のパーティに臨時加入することとなった。

 

「準備が出来次第ここを発ちます。各員、全力で依頼に取り掛かるように。特にルルネ」

 

 パーティリーダーであるアスフィの合図にルルネ以外の者は声を上げ、ルルネは消沈した声を上げる。

 男女混じった冒険者が二人に声を掛けながら店を出る。最後に残ったアスフィが改めて二人の前に立つ。

 

「よろしくお願いします。【剣姫】、ベル・クラネル」

 

「よろしく、お願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 

「……同じパーティとして活動する以上、情報が漏れるのは仕方ありませんがくれぐれも私達のことは口外しないようにお願いします」

 

 最後に釘を刺してきたアスフィと共に二人は外に出る。

 (リヴィラ)で足りない道具(アイテム)の補給をして、三つの【ファミリア】の混合パーティは24階層へと向かっていった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ベルとアイズが18階層から24階層に向かう少し前。

 謎の梟から届けられた手紙を読んで、ロキは天を仰いでいた。

 

「アイズが24階層に行きおった……」

 

 ぱんっ、と軽い音を響かせてロキが掌で額を叩く。

 その言葉を聞き、目の前に座る神……ディオニュソスが飲んでいた紅茶を吹き出し、咳き込む。

 

「うわぁああっ! 大丈夫かいディオニュソス!」

 

「だ、大丈夫ですかディオニュソス様」

 

 その神の眷属であるフィルヴィスともう一人、小さな女神がそんなディオニュソスに心配の声を上げていた。

 

「おいドチビ、それを心配してる暇ないやろ。自分の眷属も24階層に向かったのがこれで確定したんやで」

 

「はっ! そうじゃないか! ど、どうしようリリ君!?」

 

「落ち着いてくださいヘスティア様! 慌てたって仕方がないですよ」

 

 小人族(パルゥム)の少女に宥められながら慌てふためくのはベルの主神ヘスティア。

 ヘスティアはロキより少し早くに謎の梟に手紙を届けられており、その手紙の意味を知るために名前が記されていたアイズの主神であるロキを訪ねていたのだ。

 

「よりによってこの時機(タイミング)で24階層はあかんやろ……しかも冒険者依頼(クエスト)かぁ……」

 

 しばらくテーブルに突っ伏したロキは顔を上げると、

 

「ベート……あとレフィーヤ呼んで、至急や」

 

 と傍にいる団員に命じた。

 

「どうする気だい?」

 

「ベート達にアイズ達を追わせる。この件、自分が話してた事件と無関係やなさそうやし」

 

 他派閥の、それもそこまで親しい間柄ではないディオニュソスが大派閥の主神であるロキを訪ねたのは24階層で起きているモンスターの大量発生について探りを入れてもらうためだった。

 ギルドは極彩色の魔石や以前に起きた異常事態(イレギュラー)をもみ消そうとしているのでは、と考えている彼からしたら頼れるのは同じく事件を追っていて、発言力のある彼女しかいなかった。

 なおヘスティアはその事件についてよくわかっていないため、目を白黒させている。

 

「ふ、二人だけで大丈夫なのかい? 危険なんだろ? いくら君の眷属(こども)達とはいえ……」

 

「阿呆。ウチの子らは24階層ぐらい屁でもないわ。それに今アイズたんの力になれそうなのはその二人しかおらんし……リヴェリアがおれば真っ先に向かったやろうけどな……とにかく心配すんのは自分の子だけにしとき」

 

 こちらを心配してくるヘスティアを制し、ロキが頭の後ろで両手を組む。

 ディオニュソスは心配そうにオロオロするヘスティアと不服そうな表情を浮かべるロキを見比べ、黙考した後、自分の眷属に振り返った。

 

「フィルヴィス。ロキの子達と共に、24階層へと向かえ」

 

 エルフの少女は当然驚きの声を上げ、抗議するがディオニュソスは真剣な表情でそれを諭した。

 このような指示をした理由は私情で巻き込んでしまったロキに誠意を見せるため。まだ自分を信用していないロキから信用を行動で勝ち取るため。

 そして……

 

「それに私はヘスティアに恩がある。未だ返しきれていないほどの大きな恩だ。彼女の眷属(こども)も巻き込まれてしまっているのなら力になりたい。どうか、頼む」

 

 ヘスティアに返しきれていない恩。

 それを聞き、ロキは目を丸くしてヘスティアを見るが、当の本人は頭に疑問符を浮かべている。

 気になる部分ではあるが、渋々頷いたフィルヴィスが自分に向き直った為、それを聞くことはできなかった。

 

 ロキがフィルヴィスの同行を許可するとそこからホーム内が一気に騒がしくなった。

 急な探索を命じられた山吹色の妖精が大急ぎで準備を始め、個人的に探索に向かおうとしていた為、準備を終えていた狼人(ウェアウルフ)の青年の罵声が飛ぶ。

 中々に険悪な空気を醸し出すベートとフィルヴィスの後ろで煤けた背中を晒す可哀想な妖精(レフィーヤ)を心配しながらヘスティア達はそのパーティを見送った。

 

「んで、ドチビ。ここからまだ時間あるか?」

 

「ごめんロキ。ボク達そろそろバイトに行かないとおばちゃんに叱られちゃうんだ」

 

「そか。ほんじゃあとっとと行き。またなリリたん」

 

「はい。失礼しま……たん?」

 

 怪訝な表情を浮かべるリリを連れてヘスティアは去っていった。

 ディオニュソスが言っていた恩についてヘスティアに聞きたいところではあったが、時間がないのなら仕方ない。それにここからはより踏み入った話になる。隠し事が下手で事情をよく知らないヘスティアを巻き込むのは得策ではない。

 

「さて……もうちょいあの優男と話しておくか」

 

 一足先に戻ったディオニュソスが待っているであろう中庭にロキは戻る。

 その後、事件について話すことは出来たが、恩については最後まで隠し通されてしまうことをロキは知らない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 アイズの《デスぺレート》が唸る。

 放たれたアイズの一閃が『ソードスタッグ』の顔面を断ち、その近くではベルが体術と剣術を織り交ぜ、巨体の『バグベアー』を灰に還す。

 まだ魔法を一度も使用していないが、ベルのその実力は中層においても十分に通用していた。

 

「やるなあ少年!」

 

 戦闘を終えたベルの背中を労うように【ヘルメス・ファミリア】の冒険者が叩く。

 驚いたベルが振り向くと遭遇(エンカウント)したモンスターを倒し終えたヒューマンの冒険者がニッと笑みを浮かべて立っていた。

 

「最初は心配だったけどよ、その実力だったらこのまま前衛で戦っていけそうだな!」

 

「あ、ありがとうございます。えっと……キークスさん」

 

「おっ、覚えてくれたんだな」

 

 嬉しそうに笑みを深めるのは酒場の時からベルを気に掛けていたキークスという冒険者。

 戦闘に一段落を付けた彼は自分の近くで戦っていたベルを自分の側まで引っ張り、積極的に面倒を見ていた。

 

「お前はこの辺りの階層は初めてだったっけか」

 

「はい。知識としては知っていますけど、来るのは初めてです」

 

「知識としてならあるのか。それならオレの問題に答えてもらおう。あ、大丈夫? 嫌だったら別にいいぜ」

 

「いえ、お願いします」

 

 キークスが出した問題を歩きながらベルは答える。

『大樹の迷宮』と呼ばれるのはどこからどこまでか、その間の階層の特徴はどんなモノがあるのか、『大樹の迷宮』ではどんな素材が多いのか、など。

 そこまで難しくもない問題ばかりだったことに少しばかり安心しながら一つ一つベルは答え、自分より先輩の冒険者であるキークスの話に耳を傾けていた。

 

「それにしても全問正解か。中々やるねえ」

 

「ちゃんと教えてもらいましたから。間違えたらその人に失礼になっちゃいます」

 

「ははっ、真面目だな。じゃあここで一つ、賭けはどうだい?」

 

 全員に聞こえるように声を上げたキークスが指を差した場所にあるのは巨大なキノコ。

 

「あれがモンスターかただのキノコか。当たった奴らは外れた奴らから地上で奢ってもらうってことで」

 

「おお……面白そうですね」

 

「いーね! やるやる!」

 

 ベルが興味を持ち、ルルネが参戦し、他数人のメンバーもそれに興味を示した。

 そんな中で提案した本人がデレッとした顔で興味なさげに歩いているアスフィに声を掛ける。

 

「アスフィさんもどーっすかぁ? オレが勝ったら特別にデート一回……みたいな!」

 

「セイン、火矢」

 

「はいよー」

 

 ぎゃー、と賭けに参戦しようとしていた団員がアスフィの指示に悲鳴を上げた。

 ベルはフラれてしまい地面に手をつくキークスとそれを見て爆笑するルルネに苦笑を浮かべ、前を歩くアイズに視線を向ける。

 アイズもドワーフのエリリーやヒューマンのネリーと会話をしており、他派閥の団員だから、という疎外感はなく、中々過ごしやすそうだ。

 これだけ無駄な会話や行動をしていても隊列が一切崩れないのがこの雰囲気を作っている要因なのかも、と隊列に混ざりながらこっそりベルとアイズは考察していた。

 

「またフラれちまったよ」

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

「いつものことだから気にしないでいいぜ。キークスはフラれる(それ)が趣味だからな」

 

「ひっでぇなおい」

 

 笑いながら隊列に戻るキークスをベルは見上げていた。

 その視線に気付いたのか彼はベルのその瞳を見つめ返す。

 

「ん? どうした?」

 

「……アスフィさんのこと、好きなんですね」

 

「おお、直球だな……まあそうだよ。見ての通りだ」

 

 周囲を油断なく見渡し、モンスターの影が見えないと確認したキークスはその質問に答えた。

 改めて他人から言われると少し恥ずかしいのか頬を搔いて先を歩くアスフィを見やる。

 

「何年の片想いだろうな。その間、あの人が好きだって想いは微塵もブレたことはないんだ。すごいだろ」

 

 ベルは頷く。先ほどまでの道化のようにはしゃぐ姿とは異なる静かな語り口調にその想いは本当なのだとよくわかるからこそ、それを茶化したりなんてしない。

 ベル自身も同じ想いを抱えているからこそ、それを否定なんてしないし誰にもさせない。

 

「あの人は【ヘルメス・ファミリア】の要でオレの……いや、オレ達の一番大事な人なんだ。オレより強いあの人を守るなんて烏滸がましいかもしれないけどよ……やっぱ守ってあげたいんだ」

 

「…………」

 

「お前にもそんな相手はいるのか? や、流石にまだいないか」

 

「……いますよ」

 

 キークスが眉を上げ、興味深そうにベルを……ベルの視線の先を見る。

 その視線の先にいる人物を見て目を丸くした後、薄く笑みを浮かべた。

 その先にいたのは金色の髪をなびかせ歩く金色の少女(アイズ・ヴァレンシュタイン)

 

「……【剣姫】か」

 

「……あの人は僕の大事な人なんです。僕はあの人を守りたくて、冒険者になりました、強くなりたいって思いました…………笑いますか? 釣り合ってないって」

 

「本気の男の想いを笑うかよ」

 

 わしゃわしゃと自分より小さく年下のベルの頭を撫でる。

 急にそんなことをされ、驚いた顔をする少年を見て、キークスは目を細めた。

 

「想いが成就するようにお互いに頑張ろうぜ。そのためにはまず……」

 

「この冒険者依頼(クエスト)を無事に終わらせましょう」

 

 自分の言葉を先回りした少年をもう一度豪快に撫でまわしたキークスはそのまま先を歩いて行った。

 ぐちゃぐちゃになった髪を直しながら中衛の位置へと戻ると、それを待っていたかのようにモンスターの大群がパーティに襲い掛かった。

 

 キークスとそんな会話をしたことで今回の冒険者依頼(クエスト)にまた一つ身を入れたベルはその大群相手に速攻魔法を使用。

 連携を乱さぬようにパーティに混ざらず、たった一人で大立ち回りするベルを見てアスフィは指揮の傍ら、感嘆の声を上げた。

 

「【剣姫】の言っていたことは過大評価などではなかったようですね」

 

 まだ半信半疑ではあったアスフィのベルの評価だったが今回の戦闘で完全に固まる。

 戦闘終了後、彼女が今後の戦闘ではこのまま自由に動いてもらいたい……という旨を伝えると少年は快く了承してくれた。本当は自分の指揮下で動いてもらいたいという気持ちがアスフィにはあったが、パーティの連携の練度やベルの戦いを見るにこの方が少年を活かすことが出来ると判断したようだ。

 

 その大群を制したアスフィ達は近くのルームで休憩をとる。

 壁を壊し、それぞれが食事をとる中でアスフィはルルネが【ヘルメス・ファミリア】の情報を漏らすのを止めるついでにアイズにこの事件についての見解を問う。

 この騒動が例の『宝玉』に関わる危険なもの……決して楽観視してはいけないものだという考えを伝えるとパーティはより一層引き締まった。

 

 休憩を終えたパーティは再びダンジョンを進む。

 時々見つかる道具(アイテム)の原料を無視することにルルネは号泣していたがそれ以外は特に問題なく探索は進んだ───件の24階層に辿り着くまでは。

 

「これ、は……」

 

 パーティの視界の先、崖の下では無数の影が蠢いている。

 それらは全てモンスター。まるで蛆のようにうじゃうじゃと湧いているその数に何人かが呻く。

 異常事態(イレギュラー)とはこのことだというのがすぐにわかるほど、この数は異常だった。

 

「なんですか……この数は」

 

 先ほどのモンスターの群れ、そしてあの日の『怪物の宴(モンスターパーティ)』の数を優に超えるその光景にベルも軽く眩暈を覚える。アイズでさえもこの数のモンスターの群れは見たことがないのだから彼が動揺するのも仕方がない。

 呆然とそれを眺めていると何体かのモンスターがこちらに気付き、近付いてくる。

 

「24階層に着いた途端にこれかよぉ……」

 

「アスフィ、どうする?」

 

「どうせ駆除しなければいけないのです。ここで始末しましょう」

 

 戦闘準備、というアスフィが指示にそれぞれが得物を構えていると続く彼女の指示の言葉をアイズが止めた。怪訝な顔を浮かべる【ヘルメス・ファミリア】の団員達とベルに端的に告げた。

 

「私に行かせて」

 

「は?」

 

「見ててね、ベル」

 

 そう言い残したアイズは剣を引き抜き、崖を飛び降りる。

 軽やかに着地した彼女は目標を自分に定めたモンスター達の群れに飛び込んでいった。

 

「お、おい! いくら【剣姫】でもあの数はヤバイって! 早く助けに───」

 

「待ちなさい!」

 

「大丈夫です」

 

 泡を食って助けに行こうとするルルネ達をアスフィとベルの声が止めた。

 ルルネ達が困惑した様子で二人に振り向いた瞬間、アイズを飲み込んだモンスターの群れの中から剣撃の渦が生まれる。

 

 その渦の中心にいるのは、当然アイズだ。

 

 銀の光が煌めくたびにモンスターの断末魔が響き渡り、物言わぬ屍と灰が地面に残る。

 一切の小細工もなしに行われるたった一人の蹂躙にどこか興奮していたモンスター達の雄叫びは恐怖の絶叫へと変わり果てていた。

 愚かにもたった一体で襲い掛かってくるモンスターは首を、胴体を斬り裂く。数体まとめて襲い掛かったとしても一度の斬撃にその数体全てを巻き込み、絶命へと至らせる。

 

 時には力任せな斬撃で、時には繊細な剣技でモンスターを次々撃破していくアイズ。

 呆然とそれを見ている【ヘルメス・ファミリア】の隣でベルはその動きをつぶさに観察していた。

 

 およそ十分。たったそれだけの時間で彼女はあれだけいたモンスターの大群を殲滅。

『魔法』も使わず、純粋な剣技と身体能力のみで大量発生していたモンスターの全てを灰に変えた。

 

「倒し切っちゃった……」

 

 パーティの誰かがぽつりと呟くと唖然とした表情を浮かべるキークス達がそれに続く。

 

「はは……これ言ったらおしまいかもしれないけどよぉ……オレ達いらなくね?」

 

「……もう全部彼女一人でいいんじゃないですかね」

 

「……帰っちゃう?」

 

「そういうわけにもいかないでしょう……」

 

「……やっぱりすごいなあ」

 

 団長であるアスフィでさえも団員達のその呟きに頷き返したい気持ちだったが何とか堪える。

 ズレてしまった眼鏡をかけ直し、アスフィはベルを除くこの場の全ての冒険者から畏怖の眼差しを送られているアイズを見つめ、その瞳を細めた。

 

「……あれが【剣姫】ですか」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 広い大空洞だった。

 中層域に位置する階層の最奥。ダンジョンから切り離されたかのような不気味な静寂に包まれている薄暗いその空間に彼女はいた。

 奇怪な色の果実を齧る彼女……赤髪の調教師(テイマー)は暗闇から誰かが近付いてきても微動だにしなかった。

 

「お加減は如何ですか? 調教師(テイマー)殿」

 

「……何の用だ。【顔無し】」

 

 暗闇から現れたのは糸目の男。

 周囲で動き回っているローブを纏っている者たちと違い、その身に纏っているのは黒の戦闘衣(バトルクロス)。他の者とは一線を画す雰囲気を纏っているその男は恐れを帯びた目で遠巻きに見ていることしかできない者達とは違い、臆すことなく赤髪の女に歩み寄っていた。

 

「一つ耳に入れておいてほしいことがあるのです。モンスターが溢れていることが冒険者の間で騒ぎになっているそうですよ? このままでは貴女方の計画の邪魔になる可能性がありますが……如何いたしましょうか」

 

 その丁寧な口調とは裏腹に小馬鹿にするように微笑むその男を女は煩わしそうに睨みつける。

 貪っていた果実の食べ滓を口から吐き出した女は苛立ちをぶつけるように果実を握りつぶす。

 

「おお、怖い怖い。それで? どのように貴女は対応するのですか?」

 

「チッ……食人花(ヴィオラス)を貸してやる。有象無象共は貴様等が対処しろ。それぐらい貴様等にもできるだろう」

 

 視線も合わせず、苛立ちを隠しもしないで突き放すその言葉に男は笑いをこらえるような表情をする。

 女からしたら目の前の男はそこまで脅威ではない。戦いになれば負ける方が難しいだろう。だが正面から殺すとなるとその男は中々に厄介だった。

 L()v().()5()の実力に違わない身体能力、その能力に頼り切りにならない面妖な『技と駆け引き』、引き際を間違えない判断力。

 ただでさえ面倒なことが起きているというのにそんな者の相手をしている暇はなかった。

 

「おや、残念ですねぇ。私はまだ貴女の強さをこの目で見たことがないので是非とも確認しておきたかったのですが……ええ、ですが仕方のない───」

 

「黙れ。さっさと片付けてこい」

 

 初めて視線を寄こした女の殺意でさえも心地よく受け止めた男は飄々としながら笑みを深めた。

 

「そうですねぇ……私はまだ彼らの前に姿を現すことはできませんがそのぐらいのことは任されましょう。故にもしも食人花(ヴィオラス)で抑えきれなかった場合は貴女のことを影ながら見守らせていただきますのでよろしくお願いいたします……では行きますよ! 食人花(ヴィオラス)さん! 皆さん! 冒険者の皆様がどのように抗うのか精々楽しませてもらいましょう!」

 

 愉快極まりないと嗤いながら男はローブを纏う複数の人物と食人花(ヴィオラス)の群れを引き連れ、闇の中へと消えていく。

 男が消え、女がいる空間に男の哄笑が残響する中で入れ替わるように別の人影が現れた。

 

「『暗黒期』の頃から思っていたが……やはり食えない男だ」

 

 糸目の男が消えていった方を見つめ、全身白ずくめの男が呟く。

 モンスターの白骨(ドロップアイテム)で作られた兜の中から男は双眸を鋭くしている女を見つめる。

 

「それにしても冒険者に感付かれるとは運がない。あの男に任せたとはいえ放っておいてもいいのか? レヴィス」

 

 赤髪の女……レヴィスは白づくめの男を一瞥し、すぐに視線を前に戻す。

 

「冒険者にいくら感付かれようが知ったことではない」

 

「【闇派閥(イヴィルス)】の連中に押し付けるつもりか?」

 

「ああ。私はここを動かん。私が動かなくともあの男がいれば何も問題はないだろう……腹立たしいことに実力は確かだ」

 

『顔無し』と呼ばれる男とレヴィスは仲間ではない。ただ利害が一致しただけで何かあればすぐにレヴィスの凶刃は男たちを斬り捨てていただろう。

 だがローブの者達はともかく黒衣の男は使える。その男がいることで苛立ちが募ることもあるが、こちらに与しかつ使える者を捨てるのはあまりに勿体ない。

 仲間意識など、信頼など、彼と彼女の間にはない。ただ利用できるうちは互いに利用するだけというレヴィスと『顔無し』達の危険な同盟は続いていた。

 

「そこを抜け、30階層のように『彼女』を狙う輩が来たらどうする。地上では我々の動きを察知している者がいるぞ」

 

 白づくめの男は『顔無し』のことはレヴィスよりは詳しく知っている。

 あの男を気味が悪いと嫌っている男はあの男に任せきりになるのは危険だと少し語気を強め、レヴィスに尋ねた。

 

「そんな者が現れた場合は…………潰すだけだ」

 

 そんな男に対して、彼女は殺気を滲ませ端的に答えた。

 その殺気に反応するように緑壁の壁に埋め込まれた『宝玉』は脈動していた。




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