二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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狂者達の宴

「来たか」

 

 ここまで来るのを予想していたのかレヴィスと話していたあの男は待ち構えていた。

 その白い男は大主柱(はしら)のふもとに寄生しているモンスターを守るように佇み、広間に現れた冒険者の一団を睨みつけている。

 

「やはりあの男は信用ならんな。あの男の今の実力と食人花があれば食い止めることなど造作もないだろうに……まあいい。貴様らには働いてもらうぞ、闇派閥(イヴィルス)の残党ども。『彼女』を守る礎となれ」

 

「……言われなくとも」

 

  自身の頭上、胎動する『宝玉』を見上げ、声に恍惚の色を宿したその男の指示に白とはまた違う色のローブを纏った闇派閥(イヴィルス)の残党と呼ばれたその男は反抗的な目で叫んだ。

 

「同志よ!! 己が悲願のために刃を抜き放てッ!! この神聖な場を荒そうとする侵入者に死を!!」

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 広大な空間に怒号が飛ぶ。

 指揮官とみられるその男の一声にローブを纏う者達はそれぞれの武器を抜き放ち、呼応する。

 そしてそのまま戸惑うパーティの元へと押し寄せた。

 

「応戦します。こちらとしても彼らに聞き出さなければいけないことがありますので」

 

「……ここに来て相手は人……ですか」

 

「……そういえばあなたの冒険者歴は……あなたほどの戦力を失うのは惜しいですが、躊躇いがあるのならば後衛で支援を。ここでは一瞬の躊躇いが私達を、そしてあなたを殺してしまう」

 

「……いえ、やります。仲間を見殺しになんてできません」

 

「……無理だったらすぐに下がってください」

 

 ベルとの問答を手短に済ませたアスフィは中衛の指揮をセインに任せ、中衛の最後尾で戦場となる舞台を見回す。

 緑肉に埋まった大空洞には数多くの通路口があり、そこからまだモンスターが現れそうだ。加えて緑壁からは白の男から食人花と呼ばれていたモンスターが間欠的に産まれている。

 持久戦になれば負けるのはこちらだ。

 

「……可能であれば中衛は敵一人の捕縛を。決して油断しないように……かかりなさい!!」

 

「殺せぇ!!」

 

 両陣営から号令がかかり、冒険者の一団とローブの集団は激突した。

 ベルは僅かに躊躇うような仕草を見せながらもそれを振り払い前衛を飛び出し、斬りかかる。

 持ち前の敏捷を活かし、ローブの集団の中に潜り込み、内側からローブの者達の武器や足を斬り、動きを阻害。それを止めようとナイフが煌めくが、剣先をナイフに沿わせることでそれを逸らし、そのまま目の前の男に膝を叩き込んで周りの者ごと吹き飛ばした。

 

「ち、散れッ! 内側から崩されるぞ!」

 

 ベルの先制攻撃に平静を欠いたローブの指揮官は指示を飛ばし、集団は散ろうと動くが咄嗟のことに動きがバラバラだ。そんな好機を【ヘルメス・ファミリア】の連携は見逃さない。

 

「キミでいいかな?」

 

 数人で孤立してしまったローブの者達へ中衛にいたキークス、タバサ、セインが詰め寄る。一気に一人を残して昏倒させ、残った一人の攻撃はセインが受け止め、見事な弧を描いた一本背負いが炸裂した。

 

「どうだい? ウチの主神様がある武神様に頂戴していたものだよ。見様見真似だが中々効くだろ?」

 

 口から血を吹き出し、痙攣し再起不能に陥った男を見下しながらセインはニヤリと笑う。

 動きを封じたと判断したセインはルルネを呼び、彼女はある道具(アイテム)を取り出しながらセインの元へと走る。

 救援に向かおうとする動きは前衛とそこに混じらず自由に動くベルが防ぎ、彼らの尋問の邪魔をさせない。

 

「さて、まずはどこの【ファミリア】か…………まあ聞いても答えないだろうな。だから、君の体に直接聞かせてもらうよ」

 

 セインがルルネが取り出した小瓶……『開錠薬(ステイタスシーフ)』の栓を抜き、二人であくどい表情を浮かべる。

 まず一つ、目的を達成したことにベルが安堵の表情を浮かべた瞬間、

 

「ルルネ!! 離れろォ!!」

 

 セインの叫びが響き渡り、その一秒後、大爆発が巻き起こった。

 離れていた自分にも届くその熱風に顔を顰めながら、ベルは爆発の発生源を見る。

 そこにあったのは黒焦げになったローブの男の屍とルルネを庇ったがために至近距離で大爆発を受け止めてしまったセインの姿だった。

 ルルネが掠れた声で呼びかけるが、彼はピクリとも動かない。

 

「じば、く……?」

 

 思考を止めてはいけないとはわかっている。

 わかってはいるが目の前で起きた出来事に思考が止まってしまった。

 

「ちょっ……正気かお前らっ!?」

 

「───愚かなるこの身に祝福をォオオ!!」

 

 だが幸か不幸か近場で再び起きた自爆にベルの正気が戻る。

 次はキークスとタバサが抑え込んでいた三人のローブの者達が意識を取り戻した瞬間に自爆を行っていた。

 

「アスフィさんッ!! こいつら()()だ!!」

 

 キークスの悲痛な叫びが響き渡る中、次々にローブの者達は自分の体に縛り付けた発火装置の紐を勢いよく引き抜き、自爆を続ける。

 肉が焼け焦げる異臭と火薬の匂いが充満する戦場を駆け抜け、ベルはセインを抱え上げ後衛の元へと走った。

 

「アスフィさん、回復薬(ポーション)を!! まだ息があります!!」

 

「ネリー!! ありったけの高等回復薬(ハイポーション)です!! これで治療を!!」

 

 セインを運び、ベルは一度後ろで戦場を見回す。

 どこもかしこも大爆発が起きており、安全な場所などどこにも見当たらない。

 

「同志よ! 死を恐れるな!! 死を迎えた先が我々の悲願だ!! 我らが主神(あるじ)に忠誠を捧げよ!!」

 

 色違いの男が叫んだ背中を押す鼓舞の声に凶行は加速する。

 男も、女も、若者も、老人も、誰一人として例外なく涙を浮かべ、誰かの名前を叫び、その顔を恐怖に引き攣らせながらその命を散らして愚かな侵入者に凄愴の炎をもたらしている。 

 

(眩暈がする。なんだこれ……この人達は、何がしたいんだ……!)

 

 頭が理解を拒む。理解なんて、出来るわけがない。

 

 奇跡的にまだ冒険者側に死者は出ていないがそれも時間の問題だろう。この状況ではいつ死者が出てもおかしくない。そうなれば士気は下がり、敗色は濃厚だ。

 そしてそんな状況に追い打ちをかけるように───

 

「モンスターまで!?」

 

 白づくめの男が何やら手を振ると食人花が動き出す。

 そして敵も味方も関係ない総攻撃が始まった。

 

 その状況が有利に働いているのは当然異端者達の方だ。モンスターに襲われようが、モンスターに食われようがそのまま冒険者に向かって突撃し自爆。少しでも被害を広げるために動いている彼らにとって、モンスターは味方も同然だった。

 

「……アスフィさん、モンスターは全て僕が引き受けます。だからそっちは……なんとかしてください」

 

「なっ! 待ちなさいっ、無謀です!!」

 

 風雷を纏い、全身を『魔力』で満たしたベルは食人花の傍を走り、全力で今の戦場とは異なる場所へと走る。そんな極上の餌を食人花は無視することが出来ず、大半の食人花はベルに釣り出された。白づくめの男が何かを叫ぶがその叫びも今の興奮状態に陥った食人花には届かない。

 

(上手くいったけど……何分保つかな……)

 

 何十体もの食人花に囲まれるベルの頬を汗が伝う。

 あのままでは総崩れになる戦況を立て直すための決断。その甲斐あってか食人花の間から見える向こうの戦況は少しずつ立て直されている。

 だがまだ足りない。立て直されつつあるとはいえ、死兵の対処には未だ手間取っている場面がある。そんな状況で食人花を向こうに行かせてしまったら今度こそ終わりだ。

 

「全部を倒すか最低でも半分……大丈夫、勝機はある……多分」

 

 ここに来るまでの食人花との戦闘のおかげでベルはこの決断に至ることが出来た。

 魔石を狙う食人花の強さには個体差がある。そしてこの広間の食人花はほとんどが産まれたばかりで魔石を碌に取り込んでいない弱い食人花。それが大半を占めているなら十分勝ち目はある。

 

「一気に仕留める……いくぞ」

 

 雷の音を鳴らし、距離を詰め食人花の首を一刀のもとに斬り伏せる。それが合図となり、食人花は極上の餌目掛けて全員で襲い掛かってきた。

 予想が外れようとも外れなくとも絶望的な戦力差の中、ベルはたった一人、主催は食人花(ヴィオラス)、主菜は自分自身の極彩色の宴の招待を受けるのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ファルガー、指揮を! 何としてでも持ちこたえなさい!!」

 

 ベルが食人花(ヴィオラス)を引き付けて離れて行った後のアスフィの行動は迅速だった。

 指揮をファルガーに託し、小瓶……爆炸薬(バーストオイル)を戦場のど真ん中に放り投げ、爆破。それが狂信者が体に巻き付けている火炎石にも引火し、次々大爆発が巻き起こる。

 

「アスフィさん! 援護します!!」

 

(少しでも早くここを制圧するには……!)

 

「頼みます、キークス」

 

 指揮を託されたファルガーが陣形を立て直す中、その爆発によって生まれた道をアスフィはキークスと共に爆炎の中を駆け抜ける。

 少し離れたところでは大量の食人花(ヴィオラス)とベルが戦っている。こちらにも食人花(ヴィオラス)はいるが、それでも大半を引き付けてくれたおかげで数はかなり少ない。戦況はこちら側に傾きつつある。しかし、今の状況であの数がこちらに来てしまえば終わりだ。

 刻限(リミット)はあの大群をベルが抑えきれなくなるまで。それまでに状況を整える。

 

(狙うは死兵を指揮しているあの男……そしてまだあまり動きを見せていない調教師(テイマー)

 

 爆風の中から現れた彼女の姿に死兵達が浮足立つ。

 止めるよう指示を出されるが、自爆よりも早くキークスの投石が命中。守る者が消えた色違いのローブの男をアスフィのナイフが斬り裂いた。

 そんな男を置き去りにし、さらに速度を上げ、そのまま白づくめの男に接近。

 

「チッ……どいつもこいつも何の役にも立たん」

 

 寄生された大主柱から離れ、その男は迎撃の構えを見せる。

 武器はない。構えも組んでいた腕を解いただけ。

 

(隙だらけ……いや……!)

 

 加速する思考の中、冒険者としての危機感知能力が警報を鳴らした。

 男に肉薄する寸前に転進、全力で後退する。それを見た男が兜の下で眉を顰めた。

 

「なに?」

 

 次の瞬間、アスフィが走っていた地面から夥しい数の緑槍が突き出した。

 あのまま進んでいたら全身を串刺しにされていただろう。

 

「まだいたのですか」

 

 緑槍の正体は食人花(ヴィオラス)の触手。

 そしてすぐに初めから地面の中に潜ませていたのか、モンスターの群れが姿を現した。

 

「全てのヴィオラスをあそこで注ぎ込むわけがないだろう? 死ね、【万能者(ペルセウス)】」

 

 男は嘲笑いながら、手を振りアスフィにモンスターを仕向ける。

 この場所ではベルの『魔力』に反応することもない。食人花(ヴィオラス)の群れに加え、触手による乱打。ただの冒険者であればそれで命を落としてしまうであろう攻撃の雨。

 

「『タラリア』」

 

 だが彼女は【万能者(ペルセウス)】だ。

 攻撃の雨が降ったその場所に彼女はいなかった。

 

「なんだとっ?」

 

 仕留めたと確信を持っていた男の相貌が驚愕に染まる。

 何度も見るがやはりそこにはアスフィの死体はない。かといって周囲を見回してもその姿は発見できない。まさか、と男が頭上を見上げるとそこに彼女はいた。

 

「時間もありません。確実に仕留めさせてもらいます」

 

 キークスが全力で逃げているのを見たアスフィは予備を含む大量の爆炸薬(バーストオイル)を直下、目を見開く調教師(テイマー)食人花(ヴィオラス)に向けてばら撒いた。

 食人花(ヴィオラス)達の攻撃の雨が可愛く思える爆炸薬(バーストオイル)の嵐。

 調教師(テイマー)はモンスター達を壁にして直撃を防いだようだが、大半のモンスターを殲滅、残ったモンスターも全て瀕死という最高に近い結果になった。

 

(今……!)

 

 敵の視界を塞いだこの煙に乗じてアスフィは一気に降下。

 男の意識の外からの急迫。虚を突いたそれに対して男は凶悪な反射速度で対応にかかるが、アスフィの攻撃の方が速い。

 

「もらっ───」

 

 しかし、勝利を確信したその一撃は剣身を素手で掴まれ、止められた。

 瞠目したアスフィがナイフを引こうが押そうがまるでビクともしない。

 男がそんな自分を見つめていることに気付いたその時、その判断が過ちだったということに気付かされた。

 その場での最善の行動───ナイフから手を離して退避───に移ろうとするが何もかも遅い。

 

「ぬんッ!」

 

「がっ……」

 

 胸ぐらを掴まれ、地面に叩きつけられる。

 尋常ではないその威力に肺の中の空気が全て吐き出され、視界が白く染まってしまう。

 激しい痛みを堪えながら立ち上がり、顔を上げる。男の追撃に備えるその動きは速い。

 

「……っ?」

 

 速いがやはり一手遅かった。

 距離を取ろうと後ろに飛んだアスフィの体がトンッ、と何者かにぶつかる。

 その感触に彼女の全身は固まり、直後、とてつもない悪寒が走った。

 

「───忘れ物だ」

 

「───っづ!?」

 

 そして激痛。

 震える瞳で自分の体を見下ろすとそこに生えているのはよく磨き上げられた銀の剣身。

 鮮やかな赤に彩られた剣身から流れ落ちる血がアスフィの足元に血溜まりを作っていく。

 

「迂闊だったな」

 

「あ゛ぁああああぁ゛!!」

 

 背後から聞こえてきたその言葉に顔だけを向けるとそこに白づくめの男はいた。

 ダメ押しと言わんばかりにナイフを捻じ込まれ、あまりの激痛にアスフィは絶叫を上げる。遠方から届く他の団員達の悲鳴とそれを聞いた男は心地よさそうに微笑み、さらに傷口を広げようとナイフに力が込められる。

 

「汚ねぇ手でッ!! アスフィさんに触んじゃねぇッ!!!」

 

 それ以上の蛮行を防ごうと怒りと焦燥に満ちた顔でキークスが懐から取り出した何かを男の顔目掛けて投擲。男の顔を的確に襲ったそれはアスフィ謹製の煙幕。

 不意に襲ってきたそれと小さな球体からは想像できない量の煙に思わず男がアスフィを離す。

 しかし、彼女の傷は深く、せっかくキークスが作ったその機会を活かせそうにもない。ただそれも彼の中では想定内だ。

 

「アスフィさん!! これを!!」

 

 その声になんとか顔を上げるとキークスが何かを届けようと構えている。

 握られているのはあの時、アスフィが渡した改良された高等回復薬(ハイポーション)

 広がってしまった傷口もあれならば回復することはできるだろう。

 

「使ってくだ───」

 

食人花(ヴィオラス)

 

 届けば……の話だが。

 男のたった一言でその希望は潰えた。

 

「───キークスッ!!」

 

 まだ残っていた食人花(ヴィオラス)の触手がキークスの腹部を貫き、抉り取る。

 誰かが彼の名を悲鳴交じりに呼ぶが、無造作に地面に投げ捨てられた彼はピクリとも動かず血の海に沈んでしまった。アスフィの傷とは違う、明らかな致命傷。

 その光景に【ヘルメス・ファミリア】の面々は誰一人例外なく激しく動揺。そしてギリギリ耐えてきた戦線がついに崩れ始めた。

 

「キ……ス…………キー、クス……!」

 

 傷ついた体を引きずり、アスフィは力が抜け始めているキークスの名前を呼ぶ。その泣きそうな声に死人同然の彼の体がわずかに反応を見せた。

 手の中から零れ落ちそうになっていた高等回復薬(ハイポーション)を握り直し、全身から血を流しながらゆっくりと、だが確実にアスフィの元へと進んでいく。

 

(まだだ……まだ、死ぬな……ま、だ……オレには…………)

 

 ───目が霞む。

 

 ───耳が遠い。

 

 ───体が寒い。

 

「……わ、たしのことは……いいから……それを、使い……なさい……!」

 

「バカ、言っちゃ、いけねえ……こいつで、助かるの、は……一人───」

 

 かくんっ、とキークスの体から力が抜け、その場で動かなくなる。

 だがすぐに目を限界まで開き、肉が抉れ、爪が剥がれるのも構わず渾身の力で地面を掻く。

 

(意識を飛ばすなッ! オレはあの人のためにここにいんだろうがッ!)

 

 ───死がすぐそこまで来ているのを感じる。

 このまま進めばそれ()は多分、もう回避できない。自分はここで死ぬんだろう。

 

(アスフィさん……最期だから、言わせてください。オレ……本当は冒険とか、そんなものどうでも良かったんです。オレはただ、何でもいいからあんたの側にいたかったんです)

 

 こつ、こつ、と形を持った死がキークスに近付いている。

 その音が聞こえているだろうに彼はただ黙って必死に何かを叫ぶもうぼんやりとしか見えない誰かに微笑む。

 

(貴女の側にいたかったから、ずっと……頑張ってきたんです)

 

 未だアスフィとキークスの距離は開いている。この距離を埋めることはもう不可能だろう。だがキークスの投擲の腕ならば確実にアスフィの元に届けることができる。

 無力な自分が少しでもあの人の助けになれることが嬉しくて彼は笑う。彼女が見る自分の最期の顔が苦悶に満ちたモノじゃなくなるように必死に彼は笑った。

 

(オレの気持ちは、結局届かなかったけど……惚れた女の為に死ねるなんて、最高だろ───)

 

「潰れろ」

 

 キークスの元にゆっくりと歩み寄ったその男()は足を振り上げた。

 アスフィが、【ヘルメス・ファミリア】が声にならない悲鳴を上げる。

 

 キークスの命が潰えようとしたその時、一条の雷光が大空洞を走った。

 

「なにっ!?」

 

 雷光は一直線に足を振り上げた白づくめの男の体と激突。

 勢いよく吹き飛ばされた男が態勢を立て直すと視線の先には雷光に身を包む誰か。光が消えたその場所にいたのは膝をつき、息を荒げている白い髪の少年。

 

「はっ……はっ……はぁ……間に、合った……」

 

 まだかすかに息のあるキークスに支給された回復薬(ポーション)を飲ませ、傷口に振りかけ、その命を繋ぎ止める。予断を許さないが先ほどまで0だった生存の確率がわずかながらに上がった。

 

食人花(ヴィオラス)に囲まれていたはずだが……それはどうした」

 

 警戒の度合いを引き上げた男がベルを油断なく見据える。

 全身が血塗れになっているがそれが全て返り血だということに男は気付いていた。多少の傷はあるがどれも致命的な物ではない。

 

「……全部倒しました。簡単なことではなかったですけど……上手く固まってくれてたので」

 

「……ほう?」

 

 男が横目でもう一つ戦場となっていた場所を見るとそこには大量の灰と首から上が真っ黒に焦げた大量の死骸が転がっており、その言葉が嘘ではないと証明している。

 

「……少し考えを改めないといけないようだな。貴様は確かに危険な存在だ」

 

 先ほどまで散漫だった男の殺意が全てベル一人に集中する。

 ぞっとするほどの殺意を一身に受けながら、ベルはグッと足に力を込めた。

 

 また一つ、戦闘が始まろうとした次の瞬間。

 轟音と共に一条の閃光が大空洞を貫いた。

 

「今度は何だ!?」

 

 白づくめの男が苛立ちを隠しもせずに閃光の発生源を見る。

 視界の奥に暴れまわる狼人(ウェアウルフ)と杖を構える二人のエルフを捉えた。

 

「あれは……しまっ───」

 

 目の前に臨戦態勢の敵がいるというのに晒してしまった一瞬の隙。

 その迂闊さに気付いた時にはもう遅い。

 目の前にいたはずの少年は影も形もない。それを探す間もなく防御すらできていなかった左半身が一気に軽くなった。

 

「ぐぅっ……!」

 

 少ししてから襲い来る激痛。地面に音を立てて転がる左腕。

 そして背後から吹き上がったのは───

 

「【ファイアボルト】ッ!!」

 

 大爆炎。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「うっわ、あの子やるね」

 

「いえいえ……あれは彼があまりにも迂闊すぎる。油断をしていればいくらあの体でも格下の攻撃で傷もつくでしょう……左腕を落とされたのには驚きましたが」

 

 大空洞に繋がっている戦場から離れた一つの通路。

 そこで一人の冒険者と……ここにいてはいけない一柱の神が戦闘を眺めていた。

 

「あの子もまあいいんだけど、レヴィスちゃんはどこにいったのさ。俺、レヴィスちゃんに会いに来たんだけど」

 

 こんな場所に神がいる理由。

 それは何か大事なことがあったから……とかではなくただ単に神の気まぐれというもの。

 

 数日前、ある場所で待機している神が暇だからレヴィスちゃんの仕事場に連れてってー、と『顔無し』に相談をしたことが始まりだった。

 レヴィスの今の仕事場の入り口に着いたところで冒険者の襲撃があったということを一応『顔無し』から伝えられたが、それも面白そうだということで大空洞のすぐそばの通路までこの神は現れていた。

 

「どうやら一人の冒険者と戦っているようで」

 

「……えっ、レヴィスちゃんを一人で相手してんの? あーあ、その子死んだわ」

 

 彼女の強さをある程度知っている身としてその冒険者を思わず憐れんでしまう。

 運がないねー、と笑っていると目の前の戦場で変化が起き始めた。

 ローブを纏った者達が狼人(ウェアウルフ)の蹴撃で吹き飛び、冒険者の一団を襲っていた食人花(ヴィオラス)の群れは一人のエルフの魔法によって一掃される。

 

「うーわ……あれ、【凶狼(ヴァナルガンド)】と【千の妖精(サウザンド・エルフ)】じゃん。あと一人は確か【死妖精(バンシー)】……ああ、【白巫女(マイナデス)】だっけ? まあその子はどうでもいいや。なんで【ロキ・ファミリア】がこんなとこにいんのさ」

 

「さぁ……一体何故でしょうね」

 

 一気に形勢が向こうに傾きそうなその戦力に邪神タナトスはつまらなさそうに溜息を吐く。

 ヴィトーも顔には出さないが同じようなことを考えていた。自分も入ればまた拮抗するだろうがそんなことをするつもりもやる気もない。

 

「レヴィスちゃんも手こずってんのかな……全然来ないし……つまんないなー」

 

 不満を垂れ流しながらタナトスは地面に寝転がり、服が汚れるのも構わず、器用にその場でぐるぐると回り出す。

 呆れた目つきでヴィトーに見つめられながら回り続け、回った回数が三十を超えようとした辺りでピタッとタナトスは回るのをやめ、いきなり起き上がると戦場をじっと見つめる。

 

 そしてニヤリと、邪神は愉しそうに嗤った。

 

「ヴィトーちゃんヴィトーちゃん」

 

「どうかいたしましたか?」

 

 こちら側が劣勢になり始めた戦場を無感情で眺めていたヴィトーはタナトスに振り返ることなく、形だけの敬意を言葉に含み、彼の呼びかけに答える。

 

「ちょっとイイこと思いついちゃったからさ…………俺のこと全力で守ってくれない? まだやるつもりはないんだけど」

 

「ふむ……何をするおつもりで?」

 

「それは内緒。でも君も楽しめると思うよ……絶対にね」

 

 そこで初めて興味を持ち、振り返った彼は見た。

 フードの下に隠れるその口元に……

 

「ヴィトーちゃんはさ、知ってる?」

 

 タナトスが今までの軽薄な笑みとは様子が違う───

 

「───迷宮(ダンジョン)が自分の中に侵入した神に気付いたら、どんなことになるのか」

 

 ───邪神と呼ばれるに相応しい酷薄な笑みを浮かべていたところを。




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