二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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神の悪威

「あ……本当にあの子も……でもアイズさんと一緒じゃない……?」

 

 ベートの指示で味方と思われる冒険者の一団を襲っていたモンスターを吹き飛ばしたレフィーヤは大空洞の大主柱(はしら)の近くで誰かと睨みあっている白い髪の少年を見つける。

 ベートに問い詰められていたルルネの分断されたという言葉、そしてこの異常事態(イレギュラー)の元凶があそこで睨みあっている男だということを聞いた三人は視線を移した。

 

「…………」

 

 その男は目の前の少年に警戒しながらベート達を見据えていた。

 左腕を失っているがその断面がボコボコと泡立つように蠢いているのが見える。

 

「面倒だがやってやる。あの野郎の眼は気に食わねえ」

 

 レフィーヤが抱えてきたバックパックから双剣を取り出したベートは男を睨みつけ、その場から男目掛けて、一気に飛んだ。

 

「チッ……ヴィオ───」

 

「させませんよ」

 

 こちらに近付く脅威目掛けて食人花(ヴィオラス)をけしかけようとする動きをベルが潰す。

 顔を狙った剣を身を反らすことで間一髪かわし、懐に入り込んだベルに攻撃を仕掛けようとするが…………

 

「オラァッ!!」

 

「ぐっ……!」

 

 超速で寄ったベートが放った鋭い上段蹴りを咄嗟に防いでしまったことで攻撃が止まる。

 自分の蹴りをまともに受けて折れもしない男の腕にベートが眉を顰めるが、すぐさま双剣の連撃を叩き込み、それを防ぐために空いてしまった腹を全力で蹴り飛ばした。

 

「おのれ……!」

 

「硬ぇな……おい、テメェは下がってろ。邪魔だ」

 

 油断なく敵を見据えながら彼にしては珍しくあまり強くない言葉で指示を出すベート。

 後は任せろという意味もほんの少しは含まれていた言葉だったのだが……

 

「それはできません」

 

「あぁ?」

 

 そんな意図がそんな言葉と態度で伝わるはずがなく、ベルはそれを拒否。

 自分を睨むように見てくる少年にベートは舌打ちを漏らす。

 

「ふざけてんのか? テメェの実力じゃ敵わねえってことぐらいわかってんだろ」

 

「でも、あなた一人でも簡単に勝てる相手ではないですよね」

 

 二度目の舌打ち。初めに一合交えた時に男の異質な強さをベートは感じ取っていた。

 自分でもそう簡単には勝てないということも理解しているからその言葉に反論できない。

 

「そうだとしてテメェに何ができる。俺の手助けをするとでも言いてぇのか?」

 

「はい」

 

 一切の躊躇いもなくその言葉を肯定したベルをベートが睨みつける。

【ロキ・ファミリア】の主要な幹部と懇意にさせてもらっているベルだが、あの酒場での出来事もあってお互いが相手に持っている印象は最悪に近い。こんなことをしている場合ではないことを頭では理解しているが、そんな相手に一方的に守られることを良しとすることはできない。

 

 反抗的な瞳を返してくるベルにベートが何かを言うよりも早く、目の前で男が動き出した。

 

「何故【凶狼(ヴァナルガンド)】が……【ロキ・ファミリア】がここにいる!! 【剣姫】を追ってきたのか!!」

 

「ついでにこいつらもな。それで……アイズはどこだ。隠しやがったらタダじゃおかねえぞ」

 

 苛立ちが露わになった男の言葉を聞き、ベルから視線を切ったベートは双剣を構え、殺気を纏いなおす。敵陣営に現れた予想だにしないその援軍に一度奥歯を噛み締めた男は口角を歪め、ベートの殺気に対して返答を返した。

 

「【剣姫】は私の同志が相手をしている。今頃は腕でも捥がれ、可愛がられている頃だろう。なに、心配するな。貴様らも私がすぐに愛しの【剣姫】の元へ送って───」

 

 男が最後まで言葉を紡ぐよりも早く雷刃と斬撃のように鋭い蹴撃がほぼ同時に男を襲った。

 

「───殺すぞ」

 

「───殺しますよ」

 

 同質の殺意を放ち、同時に攻撃を仕掛けた二人は視線を交わす。

 相手に対して良い印象など全く持っていない二人だったがこの瞬間、足並みが揃った。

 

「……ごちゃごちゃ話すのは後だ。まずはあのクソ野郎を潰す……いいな?」

 

「はい」

 

「俺についてこれねぇなら置いてく。大口を叩いたんなら精々食らいついてこい」

 

 その言葉を最後にベートは地を砕き、男に襲い掛かる。

 少し遅れ、疾走するベートの両翼を炎雷が走り、突き進んだ。

 

 炎雷を打ち払い、ベートの双剣を紙一重でかわした男は片腕を失ってもなお強靭な右腕でベートを襲う。ベートはそれを身を低くし、回避。大振りな攻撃で生まれた隙に相手の足を払い、へし折るように低空の回し蹴りを繰り出した。

 

「チッ!」

 

 驚異的な速度で繰り出されたそれをその場で飛び上がりかわした男は体勢を崩したベートに攻撃を仕掛けようとする。だがそれよりも早く雷を纏った剣が、宙に浮き、身動きが取れない男の体を掠めた。

 

「小癪な……!」

 

「どこ見てやがるッ!!」

 

 意識が一瞬ベルに向いてしまった男の顎先を跳ね起きたベートの足が完璧に捉える。

 如何に強靭な肉体を持っていようとも、脳を揺らされてしまえば十全に扱うことはできない。グラッ、と脳と視界が揺れ、飛び掛かってくる二人の姿がブレる。

 

 揺れる視界の中、上段蹴りを右腕一本でかろうじて受け流した男は同じく上段蹴りで返そうとするが、ベルが走り、軸となった左足に剣を振り抜いた。

 体勢を崩された男の上段蹴りは空振りに終わり、脇腹目掛けてベートの回し蹴りが突き刺さる。

 

(おのれ……いや、今はこれを利用し体勢を───)

 

 その場で踏みとどまることもできたがあえて吹き飛ばされ、体勢を整えようとした男の体が衝撃と共に燃え上がり、勢いが止まる。

 男の思惑を防いだのは吹き飛ばされる先に回り込んでいたベルの炎雷。空を走った複数の炎雷が男を食い止め、ベートの攻撃の手を緩めさせない。

 

 自分を挟むように戦う二人の動きに確実に追い込まれている男は焦りを隠せなかった。

 

 二人の中で脅威となるのはやはりベートの攻撃。

 一撃が重く、速い。無防備に受けてしまえば、たとえ状況が有利だろうと一瞬でひっくり返される可能性が高い。事実、先ほどの一撃で男はあっという間に劣勢に陥っていた。

 優先して防がなければいけないのがベートの攻撃だが、ベルの攻撃も決して無視することは出来ない。実力は自分やベートと比べるまでもないとはわかっている。だが自分の動きを阻害し、確実にベートの強力な一撃をぶつけようとする動きは鬱陶しいことこの上ない。

 加えて自分の腕を奪うほどの攻撃力を持っているという事実が男の警戒心を高めていた。

 

「グッ……ヴィ───」

 

「【ファイアボルト】!」

 

 防戦一方の状況を打開するためにモンスターを呼ぼうとするが、それを口内を狙うことで的確に防いでくる詠唱のない魔法(数発の炎雷)

 その内の一つを顔でまともに受け、爆炎で視界が塞がれた男にベートの強乱撃が叩き込まれた。

 

「おい! ──────」

 

 ベートが必死に食らいついてきているベルに何かを呟く。

 一瞬目を丸くしたベルだが、吹き飛んだ男が動き出したのを見てすぐさま準備に取り掛かる。

 

「この程度で……!! この私が、負けるものかああああああああっ!!」

 

 罅割れた兜と血に濡れた白髪を振り回しながら立ち上がった男は兜から覗く目をギラギラと輝かせ、ベートに仕掛けた。

 いきり立った男の猛攻を防いだことでベートが繰り出した双剣の刀身が砕かれる。それを放り捨てた彼は回避……などするわけがなく、雄叫びを上げ、真っ向から男の猛攻を押し返し始めた。

 

 お互いに一歩も退かない。ここに来て初めて互角となった二人の戦い。

 だが、この戦いは数十秒前に小さな(チャイム)の音と共に決着がついていた。

 

「【ファイアボルト】ッ!!」

 

「馬鹿めッ! この男がいるのが見えないのか!」

 

 ベートの背後から放たれた白い光が混ざった炎雷に男が口端を裂いて笑った。

 ───この位置では私には当たらない!

 

 炎雷がベートに命中しようとした次の瞬間、目にも止まらぬ速さで回し蹴りが繰り出される。

 それをかろうじて受け止めた男は地面を激しく削りながら大きく後退。だがその顔には笑みが浮かんでいた。

 嗤いながら味方の判断ミスで焼かれた狼人(ウェアウルフ)を一目見ようと顔を上げた男の瞳に映ったのは、白く燃え上がっているベートのメタルブーツだった。

 

「なっ───」

 

「死ね」

 

 次には紅く燃え上がったメタルブーツ、その正体は回し蹴りのタイミングで背後に迫っていたベルの魔法を喰らった『フロスヴィルト』という特殊武装(スペリオルズ)

 その特殊能力は魔法効果の吸収。

 スキルで威力が跳ね上がった『魔法』と第一級冒険者の攻撃力が組み合わさったそれは想像を絶する威力となっていた。

 

「ハッ、上出来だ」

 

 男が凄まじい勢いで吹き飛んでいくのを見届けたベートは多少遅れるとはいえ、自分の動きについてきた少年に挑戦的な笑みを浮かべる。

 駆け出しが第一級冒険者の動きについていき、その戦いを支援することなどほぼ不可能。それを可能にする『魔法』があったとはいえ、その不可能を可能にした少年の戦い振りはベートの口から珍しく褒め言葉が出るようなものだった。

 

 それに対してベルも何か言葉を返そうとしたが、その視界が歪む。

 

「ッ……ゲホッ……! はっ……はぁ……はぁ……」

 

 ベルが息を荒げながら片膝をつき、瞳から血を流す。

 わずかな時間とはいえ纏った雷による乱暴な加速を行ったその体は大きく傷ついていた。

 

 その姿にベートがわずかに目を見開いていると後ろからルルネを先頭に【ヘルメス・ファミリア】の冒険者が駆けこんでくる。

 アスフィとキークスの治療が行われているのを見ながら、支給された回復薬(ポーション)精神力回復薬(マジックポーション)を一息に飲み干したベルはふらふらと立ち上がり、ベートの隣に立った。

 

「……倒したんですか?」

 

「…………殺す気でブチ抜いた。つーかテメェはもう下がってろ。その体じゃ足手纏いだ」

 

 厳しい表情で前を見据えているベートはベルの方を見ることなく返す。

 まだ動けることを示そうとすると優しい緑光が少年の体を包み込んだ。

 

「ベートさんの言う通りです。一度下がりましょう、クラネルさん。そんな状態で戦うのは無理があります」

 

「レフィーヤさん…………わかりました」

 

 無理をしている自覚があったのか、二人から下がるように言われたベルは大人しく後ろへ下がり、レフィーヤの回復魔法を受ける。

 そうしていると治療を終えたアスフィが背後で立ち上がり、前に進み出た。

 視界の先、男が吹き飛んでいった空洞の奥には灰色の煙が立ち込めており、その様子を伺うことはできない。しかし、不気味な静寂が支配する中、その煙の中で影が浮かび上がる。

 

「化け物ですか……」

 

 ベートの渾身の一撃が完璧に直撃したというのに男はその足で立っていた。

 白骨の兜は砕け、全身をボロボロにしながらもくすんだ白い前髪の下で不気味に笑っている。

 

「惜しかったが……『彼女』に愛された体が、この程度で朽ち果てるはずがない」

 

 その場にいた誰もが男の肉体を見てその目を大きく見開いた。

 ベートとベル、二人の連携で与えたはずの多くの傷口が一つの例外なく()()()()()()

 

 今のベルのように誰かに回復魔法をかけてもらっているわけでも自分で回復魔法を使用しているわけでもない。だというのに傷口がみるみる塞がっていく異常な自己治癒能力。

 第一級冒険者の一撃すらなかったことにするその治癒力に誰もが言葉を失う。

 

「なっ……!」

 

 そして煙が晴れた先に立つ男の素顔にベルとレフィーヤ以外の冒険者の目の色が変わった。

 

「……【白髪鬼(ヴェンデッタ)】、オリヴァス・アクト……!?」

 

 アスフィのその呟きにレフィーヤも誰かから貰った情報を思い出したのかはっと、オリヴァスと呼ばれたその男を見つめる。

 何もわからず一人状況に取り残されているベルが追加の精神回復薬(マジックポーション)を飲みながら周囲を見渡していると、頭を支配する動揺を吐き出すようにアスフィが叫んだ。

 

「何故……何故死者がここにいるのですか!!?」

 

 震える叫びに乗ったその音にようやく目の前で起きている事態の異常さに気付く。

 ベートが存在そのものが異常事態(イレギュラー)ともいうべきオリヴァスを油断なく睨みつけている後ろでベルが目を限界まで見開き、その姿を改めて観察する。

 

 オリヴァスが何やら話しているが、それが耳に入らないほどの衝撃がベルを襲っていた。

 ボロボロになり、破れた服から覗くその足。その色は食人花と同じ黄緑色。

 そして叫びと共に自ら服を引きちぎった男の上半身に視線を向けると更なる衝撃に襲われる。

 レフィーヤや【ヘルメス・ファミリア】の冒険者達もそれに気付き、顔面を蒼白とさせ、ベートでさえも()()に戦慄に似た感情を覚えていた。

 

 その胸に埋め込まれているのは極彩色の結晶……モンスターが持つ『()()』。

 

「私は二つ目の命を授かったのだ! 他ならない『彼女』に!!」

 

 凶笑と共に胸に埋め込まれた『魔石』を見せつけるオリヴァス。

 それに呼応するように大主柱(はしら)に寄生する宝玉の胎児が脈動していた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ちょーっと余計なこと話し過ぎじゃない?」

 

 恍惚とした表情を浮かべ、冒険者の一団にこちら側の情報を次々暴露していくオリヴァスを見てわずかに顔を顰めているのは邪神タナトス。冒険者達をここから逃がさなければ何の問題もないが、万が一のことを考えるとその言動は頂けない。

 

「すぐに調子に乗ってしまうのは彼が人間だった頃から続く悪癖ですね。さて、いかがいたしましょう」

 

「……うーん。ヴィトーちゃんは出れないでしょ? ……黙って見ておこうか。流石にレヴィスちゃんもそろそろ来てくれるだろうしさ」

 

 自分がどのような存在なのか。

 闇派閥(イヴィルス)の残党とは協力関係というだけで別陣営であること。

 食料庫(パントリー)が変質した理由。

 挙句の果てには迷宮都市(オラリオ)を滅ぼすという最終的な目的までもべらべらと話すオリヴァスに頭を痛めながらその行く末を見守る。

 

 二人が見ていることなど露知らず、その治癒には多大な力が必要だということ、先ほどまでの会話が時間稼ぎだということを第一級冒険者であるベートにあっさりと見抜かれたオリヴァスは寄生していた巨大花(ヴィスクム)を冒険者達に仕向けた。

 

「これで倒せれば苦労はしないけどどう思う?」

 

「無理でしょうね。あの巨体は確かに厄介ですが、ただの一撃でその皮膚を容易く破ることが出来る凶狼(ヴァナルガンド)に強力な魔法を持つ千の妖精(サウザンド)……そして彼の腕を斬り落とす力を持つ見たことのない少年。加えて他の冒険者もいる以上、対応されるのは時間の問題ですね」

 

 今は攻略の糸口を見つけられていないようだが、冒険者の中には頭の切れる【万能者(ペルセウス)】もいる。一朝一夕で撃破できる物ではないとはいえ、戦力は揃っている。

 ヴィトーと同様に早めに決着をつけるべきだとオリヴァスも考えたのか、追加の巨大花(ヴィスクム)を呼ぼうとしたその時だった。

 

 大空洞の壁面一角が、爆発する。

 

「んー?」

 

「あれは……」

 

 その場にいる全ての者の視線がそこに集中する。

 煙と共に壁から飛び出し、地面に膝をつくのは体中を傷だらけにした赤髪の女(レヴィス)。 

 そして同様に傷だらけになりながらも両の足で地面に立っているのは金髪碧眼の少女(アイズ)だった。

 

「【剣姫】までいんの? レヴィスちゃんも苦戦してたみたいだし……これはまずいかな?」

 

 言葉とは裏腹に先ほどまでと打って変わり、劣勢だというのにどこか楽し気なタナトス。

 その顔を見て思い出してしまうのは数分前のあの笑みと意味深な言葉。あれ以降その言葉に触れていないが、その意味が明らかになる時が近付いているのだと察することができる。

 

「ヴィト-ちゃん、そろそろ準備しておいてね」

 

「……本当に何をなさるおつもりなのですか?」

 

「まあまあ、もうちょっと待ってって。完璧な状況とは言えないけど、【剣姫】達の目的も、申し訳ないけどレヴィスちゃんの考えも……()の気まぐれで何もかもぜーんぶめちゃくちゃにするからさ」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「アイズさん!」

 

 その姿に真っ先に喜びの声を上げたのはベル。

 アイズは変質した食料庫(パントリー)の様子に驚いた顔を見せていたが、ベルの声にこの大空洞にいるパーティと同じ【ファミリア】であるベートとレフィーヤの存在に気付き、すぐに自分は大丈夫だと言うように笑みを浮かべてみせる。

 アイズの笑みにベルも、ベートも、レフィーヤ達も、【ヘルメス・ファミリア】の団員達もまた笑みを浮かべる。

 状況は未だ変わってはいないが、彼女がいるというだけで攻略の糸口が掴めず、下がりつつあったパーティ全体の士気が跳ね上がっていた。

 

「……口だけか、レヴィス。なんとも情けない姿だ」

 

 片膝をつき、立ち上がることのできないレヴィスを見て、オリヴァスが嘲笑を向ける。

 その声に視線を向けず、舌打ちを漏らした彼女はアイズを油断なく見据えていた。

 

「……ふん。あのような小娘が『アリア』などと到底信じられる話ではないが、『彼女』が望んでいるのならば仕方がない……巨大花(ヴィスクム)!!」

 

「やめろ!!」

 

「持ち帰るのは死骸でも構うまい!!」

 

 レヴィスが止めているのにも関わらず、アイズに歪んだ笑みを向けたオリヴァスは腕を振るい、アスフィ達を襲っていたモンスターと同種の二体目のモンスターをアイズに仕向ける。

 救援に向かおうとする冒険者は元々戦っていたモンスターによって進路を阻まれ、進むことが出来ない。

 

 消耗している今なら【剣姫】といえど殺すのは容易いと、悪辣な笑みを浮かべながらオリヴァス自身もアイズの元へと走り、襲い掛かる。

 巨大なモンスターと共に襲い来る男を見て、アイズは静かに剣を構えた。

 

「死ね!! 【剣姫】ッ!!」

 

 オリヴァスの殺意と共に巨大花は一気に加速。目の前に立つ小さな少女を押し潰そうと迫る。

 それに対してアイズは一瞬ベルを見つめ微笑むと、この冒険で()()も纏うことなかった『風』を解放した。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 直後、広大な大空洞全域に暴風が広がる。

 モンスターと戦っていた冒険者の全てがその風の発生源に目を奪われる中で、アイズは恐ろしいほどの暴風を纏うその剣を一閃。

 大薙ぎされたその斬撃が目の前まで迫っていた二匹目の巨大花(ヴィスクム)を、そしてそれによって発生した剣風がオリヴァスの頭上を掠めて遠方にいた最初の一匹の巨大花(ヴィスクム)を両断した。

 

「………………は、ぁ……?」

 

「…………チッ」

 

 そのありえない光景に誰もが言葉を失う中で、自分との戦闘に全力を出していなかったアイズにレヴィスは苛立ちを露わにし、睨みつける。

 そこにいる全ての者の視線が集中し、18階層(あの時)のように宝玉の胎児が叫喚する中でアイズはただただ次の敵を見据えていた。

 

「僕が使う魔法と……全然違う」

 

 その光景を見て、ベルは自分が赤髪の女から『紛い物』だと見下されていた理由を理解する。

 別の理由があるのかもしれないが、これが自分の内に宿った魔法の本来の力なのならば『紛い物』と嫌悪されるのも納得がいってしまう。

 

(だからといって止まってる場合じゃない)

 

 視界の先では風を纏ったアイズが苦し紛れに繰り出された食人花(ヴィオラス)の大群と戦っている。戦闘とは名ばかりの蹂躙劇だが、まだ強敵が残っている中でその強敵に対抗できる戦力の消耗は少しでも減らしたい。

 アイズの圧倒的な一撃にさらに士気が上がった冒険者達が戦闘に加わり、食人花の大群を攻め落としにかかる。

 

「【ディオ・テュルソス】!」

 

 最後の食人花が電撃に焼き尽くされ、この場に残る敵の駒が全て消えた。

 積みあがった灰を踏みながら、歩み寄ってくるアイズを見てオリヴァスはその体を震わす。

 

「あぁ、ありえない……こ、こんなはずは……」

 

 自分に与えられたあらゆる力が……心酔していた『彼女』から授かった力が通用しないたった一人の少女にオリヴァスの精神が砕け、膝をつく。

 食人花(ヴィオラス)は尽き、体は本来の動きが出来るほどの余裕はない、他の冒険者も自分を包囲しつつある目の前の状況に負けの文字が頭を過ぎった。

 

 そんな中でレヴィスはオリヴァスの目の前に立っていた。

 

「……っ」

 

「レヴィス……」

 

 その力を知る冒険者達の体が強張る。

 彼女は半円状に包囲する冒険者達を一瞥すらせず、息も絶え絶えな様子で自分を見上げるオリヴァスを冷たい目で見下ろしている。やがて、静かに膝をつくオリヴァスに手を差し伸べた。

 

「……ククッ、そうだ……いくら駒が消えても我々が……『彼女』に選ばれ種を超越した我々がいる限り敗北などあり得ないッ! 時間を稼げレヴィス! 私とお前ならばこの状況も───」

 

 信じられないものを見るかのように目を見開いたオリヴァスはすぐに笑みを浮かべ、その手を掴んだ。その手を掴んだオリヴァスを彼女は一気に立ち上がらせる。

 そして、肉が破れる音が大空洞に反響した。

 

「…………?」

 

「な───」

 

 アイズ達が言葉を失う。今日何度目かもはやわからない。

 オリヴァスは誰よりも状況を理解できないと頭に疑問符を浮かべている。

 少し遅れて自分がどのような状態なのかに気付いたのか絶叫を上げた。

 

「な……なにをッ、しているレヴィスッ!!」

 

「『あいつ』を守るためにより力が必要になった……それだけだ。食人花(モンスター)共ではいくら喰っても大した足しにならん」

 

 必死に胸を貫くその腕を抜こうと両腕で握り締めるが、力を失ったその体では止めることが出来ない。じわじわと自分の核にレヴィスの腕が近付いていくのを感じ取ってしまう。

 レヴィスから自身が崇拝しているものがくだらないもののように言われるがそれに対して何も言い返すことが出来ない。

 そして、その腕がついに届いてしまったことを確信した男は絶望の叫びを上げた。

 

「わ、私がいなければ、『彼女』を守ることはぁっ─────!!」

 

 その言葉を最後まで聞くことなく、レヴィスは勢いよく手を引き抜いた。

 血塗れのその手に握られているのは、男の胸に宿っていた極彩色の魔石。

 自身の命であった核を引き抜かれたオリヴァスの全身から力が抜け、その場に倒れ込む。そして、モンスターの末路と同じく、灰となって崩れ始めた。

 

「勘違いするな。アレは私が守ってきた……これからもな」

 

 オリヴァスの顔だった部分を踏み抜いた女は魔石を口に含み、そして噛み砕く。

 何かを確かめるように両手を見つめ、握り締めたレヴィスの瞳がアイズを射抜いた。

 

「─────ッ!?」

 

 直後、レヴィスがいた地面が爆砕。ベル達が背後、アイズがいる場所から響いた轟音に振り向くとそこでは既にアイズとレヴィスが戦闘に入っていた。

 レヴィスの剛拳がアイズが握る《デスぺレート》と激突し、凄まじい勢いで二人が離れていく。

 

「アイズさん!!」

 

「待ちなさい!! ベル・クラネル!!」

 

 アイズを追いかけようとしたベルの足をアスフィの声が止める。

 その横をベートとレフィーヤが駆けていく。

 

「なんでですか!?」

 

「状況を考えなさい!! 今の貴方が行って何の加勢になるというのですか!! 足手まといになるだけでしょう!!?」

 

 ギリッ、とベルが歯を鳴らす。

 何も言い返すことが出来ない。悔しいがアスフィの言うことは正しかった。アイズでさえ苦戦を免れていない相手に自分が向かって何の役に立つのか。

 

「私達はあの宝玉の確保を! まず間違いなくあれはこの事件の解決の手掛かりになります!!」

 

 一度出鱈目な戦闘を繰り返すアイズに振り返ったベルは未練を払うように頭を振り、アスフィを追い越す勢いで走りだした。

 目指すのは大主柱(はしら)に寄生している『宝玉』。血を流し過ぎたのか足が重いアスフィを追い越し、先頭を走っていたベル。指示に従って『宝玉』を手にしようとしたその瞬間。

 

「───!」

 

「なっ!」

 

 誰もいなかったはずの横合いから奇襲を受けた。かろうじて防いだが、『宝玉』から引き剥がされてしまう。奇襲を仕掛けてきたその者の正体は紫の外套(フーデットローブ)と不気味な仮面のせいでわからない。

 

「まだ仲間がいたのかよ!?」

 

「完全ではないが十分に育った!! ()()()()に持っていけ!!」

 

 振り返り、謎の人物名を叫んだレヴィスの声に頷き、仮面の人物は『宝玉』を懐にしまう。

 そして、もうここに用はないと言わんばかりに直ちにそこから離脱を始めた。

 

「追いなさい! 絶対に逃がすわけには!!」

 

 全力で追い始めるが向こうの方が速い。

 だが、まだ魔法の射程範囲内だ。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 放たれた複数の炎雷が通路へと向かって疾走する仮面の人物に襲い掛かる。

 ()()では回避しようがない速攻魔法。ましてや背後からの奇襲。

 当たった瞬間、一気に詰め寄り『宝玉』を奪還する……はずだった。

 

「なっ───」

 

 しかし、詠唱のない魔法が来ることを予測していたかのようにあっさりと仮面の人物は一発残らずそれを回避。そして嘲笑うように振り向き、通路へと飛び込んでいった。

 

「そんな……!」

 

「パーティを二つに分けます!! ベル・クラネル、あなたはあの仮面の人物を───」

 

 逃がさないと言わんばかりにアスフィがパーティを分けようと声を上げる。

 しかし、それを遮るようにレヴィスが最後の巨大花(ヴィスクム)に叫びを上げた。

 

巨大花(ヴィスクム)!! 産み続けろ!! 枯れ果てるまで、力を絞りつくせ!!」

 

 ドクンッ、と一際強く大空洞が脈打った。

 それからすぐにドチャっ、と何かが天井から落ちる。そして、冒険者達の目の前で()()()

 周囲の壁を見渡すと不気味な緑色を持っていた壁から色素が抜け落ち、代わりに天井から何かの産声が大空洞に響き渡る。

 

 全員が顔を上げたその先にいたのは……数百を超える大量の食人花だった。

 

「総員! 構えなさい!!」

 

「無理無理無理無理っ、無理だってぇ!!?」

 

「離れるなぁッ!? 潰されるぞッ!!」

 

 絶叫を上げる中後衛を庇いながら、襲い掛かる食人花に対してベルやベート、前衛に立つ冒険者達が奮闘を重ねるが焼け石に水だった。一向に数が減る気配がない敵も味方も入り混じる大混戦。

 今まで経験したことがない数の怪物の宴(モンスター・パーティ)の前になすすべなく防戦を続ける冒険者達。現状を打開しようと考えを巡らせるそんな時だった。

 

 

 

「じゃ、俺達も始めよっか」

 

 

 

 この場にいる誰でもない誰かの声が、ベルの耳に届いた。

 その直後───大空洞が……いや、迷宮(ダンジョン)が鳴動した。

 まるで何かに怒るように……まるで何かを見つけたかのように。

 

「……何が、起きて───」

 

 謎の地震にモンスターやレヴィスさえも動きを止める中───

 

 ビキリッ、と。

 

 迷宮の天井に亀裂が走る。

 

「ちょっとズレちゃったけど……まあやるならここしかないよね」

 

 その光景に凍り付く冒険者達を見下ろして邪神は嗤う。

 止まらない亀裂。降り注ぐ瓦礫。

 

 真下にいる冒険者が回避行動をとり、何体もの食人花が潰れていく中、ソレは産まれ落ちた。

 

 瓦礫と共に地上に降り立ち、着地の余波で食人花が吹き飛んでいく。

 舞い降りたその怪物を見て、レヴィスは余計なことを、と苦々しく呟く。

 

「何故……この階層に」

 

 本来ならもう少し上の階層で産まれ落ちる筈のモンスター。ここにいる冒険者達なら苦戦することなく勝てるはずのモンスター。だというのにそのモンスターに見下ろされるアスフィ達の動悸が止まらない。

 彼女達を見下ろしながら、何かを探すようにぐるりと首を回したソレは目的のものが見つからなかったことに苛立ちを露わにし、雄叫びを放った。

 

 

 

 

 

「───ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 大空洞中に響き渡る弩級の咆哮(ハウル)。発生する強制停止(リストレイト)

 それを浴びたアイズ、ベート、アスフィ、ファルガー、ベル以外の冒険者が片膝をつく、意識が遠のくなどそれぞれの反応を見せる。

 立ち上がろうとするその足は震えており、立て直すのに少し時間がかかりそうだ。

 

「……………ッ!」

 

 ベルは限界まで目を見開いてその怪物を見た。

 

 体躯はいわゆる通常の個体と比べて1.5倍ほど。

 その身を覆うのは()()()()()

 その下にあるのははち切れんばかりの筋肉。

 頭部には凶悪な二本の灰角。

 

 そして、その見た目に相応しい異質な気配を纏っている。

 通常種ではないのは明らか。

 

 だが、それでも、このモンスターを、幼い頃から自分のとある象徴であるこのモンスターを、少年が見間違えるはずがなかった。

 

 そのモンスターの名は───

 

 

 

「『ミノタウロス』……」

 

 

 

 その日、少年は『運命』と出会った。




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