二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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狂宴の終わり

 その場に降り立った漆黒のミノタウロスは冒険者もモンスターも関係なく暴れ始めた。

 振るった剛腕が打撃に対して圧倒的な耐性を持つ食人花の皮膚を数体同時に破り、凶悪な双角が首を刎ね飛ばす。

 極彩色ではないモンスターの乱入にさらに大混戦に陥る戦場。ミノタウロスが大暴れする隙をつき、大空洞の中心に集まったおかげで味方への誤射の可能性が低くなったとはいえ、絶体絶命であることに変わりなかった。

 

(一体一体は通常よりも弱い! でも数が多すぎる!)

 

 無理矢理産み出されたことによる弊害かこの場に現れた食人花達は大きさも不揃いで明らかに弱い。もしもこれら全てが本来の能力を発揮していたら数十秒で全滅していただろう。

 

 四方八方を囲まれ、抜け出すことが出来ない絶望的な包囲網。

 一箇所だけ食人花が少ない位置があるがそこでは漆黒のミノタウロスが大暴れしている。

 

 魔導士達の援護を見込めない中で冒険者達は必死に戦った。

 ベートが何体もの食人花を屠り、ベルの雷剣が煌めき、【ヘルメス・ファミリア】の冒険者達が悲鳴交じりの声で連携を重ね、この状況を変えようと抗い続ける。

 

 だが届かない。この状況を変える魔法(決定打)を発動することすらできない。

 

(【英雄運命(アルゴノゥト)】……ダメだ、溜めてる間にやられる……もうあの『魔法』に賭けるしか……でも、失敗したらその時点で───)

 

 ベルが必死に考えを巡らせているとついにミノタウロスがモンスターから大空洞の中央で戦っている冒険者達に狙いを定めた。

 迫る真正の怪物(ミノタウロス)に全員の顔が絶望に染まる。その姿に過去の情景が頭を過ぎった。ベルの心臓がドクンっと一際大きな鼓動を鳴らし、恐怖が心を蝕み始める。

 だが……すぐにそれを払うように一条の雷光と閃光が数体の食人花を焼き尽くした。

 

「───私を守ってください!!」

 

 一際目立つ大岩の上で同胞に守られながら、一人の妖精が震えそうな声を張り上げる。

 全員の視線を集めた彼女は震える手で杖を握り締め、そこに立っていた。

 

「ま、守るって言っても……いくらお前の魔法でもこの数は……」

 

「私を信じて!!」

 

 心が折れかかっているルルネの声に彼女は答える。

 そして覚悟が刻まれた声で眼下の冒険者達に千の妖精(レフィーヤ・ウィリディス)は堂々と宣言した。

 

「私は、魔導士です! 私を守ってくれる貴方達を救ってみせる!!」

 

 毅然としたその魔導士の姿に冒険者達が目を奪われ、彼女に希望を見た。

 ベルの視界の中でレフィーヤの姿に敬愛する母(リヴェリア)の姿が重なる。

 

「────負けてたまるか」

 

 レフィーヤを中心に【ヘルメス・ファミリア】の冒険者達が密集し円陣を組む。

 彼女が詠唱を紡ぎ始める中で心の奥底から溢れてくる恐怖を抑え込んだベルはその円陣を一人飛び出し、恐ろしい速度で迫りくるミノタウロスと激突。ゼロ距離で炎雷を放ち、大きく後退させた。

 

「ベル・クラネル!?」

 

「こいつを放っておけばどれだけ守りを固めても意味なんてありません。なら僕が相手をします。連携には混ざれませんしこれが一番だと思います。だから……そっちはお願いします。誰も死なないでください」

 

 背中に刺さる静止の声を振り切り、ベルは戦場を駆ける。

 死がすぐ隣に立つその戦場で少年の心は熱く燃え上がっていた。

 

 その原因は背後にいる一人の妖精。

 彼女が示したこの場にいる仲間の命を背負う『覚悟』。

 

 自分と同じ師を持つ彼女は今も歌い続けている。

 仲間を救うための希望の歌を────勝利の歌を。

 

 ────ならお前も『覚悟』を決めろ。

 今お前にできる全てを使ってこの場にいる仲間達を救ってみせろ。

 

 猛り狂うモンスターの波を縫い、ミノタウロスに急接近。

 繰り出された剛腕を大きく回避。発生した風圧がベルの頬を裂き、一筋の赤い線が生まれる。

 

(空振りの圧で頬が裂ける! 防御はダメだ!)

 

 直撃どころか防御すら許されない漆黒の一撃。

 ベルは回避した先にいた食人花の首を刎ね、それをミノタウロス目掛けて蹴り飛ばした。

 無造作に振るわれた腕がその頭を砕き、辺りに血と肉片がばら撒かれる。そしてその頭の中に隠れていたかのように突如現れたベルは大上段から剣を振り下ろした。

 

「ッ!」

 

 しかし、その一撃はミノタウロスの凶角によって防がれる。

 剣と角の衝突によって火花が散り、不協和音が鳴り響く。

 

「ッ゛……【ファイアボルト】ッ!!」

 

 弾き飛ばされたベルは天地が反転した状態で数発の炎雷を走らせる。

 追撃を防ぐために、ついでにどれほど効くのか試すために放った魔法はミノタウロスの顔に命中する。しかし、あまり効いたような様子はない。

 何百発撃ち込んだとしてもこの魔法では決定打にはならなさそうだ。

 

 視界を塞いでいた爆炎を振り払ったミノタウロスは少し離れた場所に着地したベル目掛けて勢いよく飛び掛かった。

 その巨体からは考えられない速度の突進を身を翻らせることで回避したベルは回避の勢いも利用してガラ空きとなった背中目掛けて剣を振る。

 

「しまっ────!」

 

 次の瞬間、ミノタウロスが片足を地面に叩きつけた。

 地面が大きく揺れ、そして砕ける。砕けた地面に足を取られ、その剣は大きく空振ってしまう。

 晒してはいけない大きな隙。体勢を立て直すのも間に合いそうにない。

 防御の姿勢もとれないベルの体にミノタウロスの裏拳が突き刺さる。

 

「オオオオオオオオオオオッ!!」

 

 その直前、ミノタウロスに食人花が襲い掛かった。

 期せずしてモンスターに救われる形となったベルはその場を全力で離れ、一度呼吸を整える。

 目の前では向こうの戦場に出遅れたと見られる十数体の食人花がミノタウロスを縛り上げ、食らいついていた。

 

「……そうだ。食人花は他のモンスターを……」

 

 ここに来て思い出すのはアイズの言葉。

 彼女が言っていた食人花の性質を考えると食人花と他のモンスターが協力するはずがない。

 

「……これを利用出来たら」

 

 もう一つの戦場にベルが視線を向ける。

 数えきれないほどの食人花がそこにはいる。この数は一つ間違えれば必ず死者が出るだろう。

 

 もう一度ベルはミノタウロスを見る。

 まだ食人花との戦闘は終わりそうにない。時間はある。

 

「────!」

 

 それを確認したベルは脱兎のごとく走りだした。

 道を阻もうと迫る食人花を斬り伏せ、彼女の歌が聞こえる場所まで辿り着く。

 

「【至れ、妖精の輪】」

 

 まだ歌は完成していない。

 そしてやはり、戦況はかなり悪い。

 

 一体一体は未熟な個体だが、圧倒的な物量に【ヘルメス・ファミリア】の冒険者達が押されつつある。幸いなのはアスフィの指揮のおかげかまだ死者は出ていないこと。

 だが、辿り着いたベルの視界の先で一人の冒険者が食人花に食らいつかれた。

 

「ホセッ!!」

 

「ッああ!!」

 

 群れに引きずり込まれてしまう前に走り込んだベルがホセに食いついた食人花の首を飛ばす。

 あと一歩のところで獲物を逃がすまいと大量の触手が来るが何とか搔い潜り、ホセと共に陣形の中心に飛び込んだ。

 

「ベル・クラネル!? 無事でしたか!」

 

「すみません。すぐ戻って来てしまって……状況はどうですか?」

 

「……かなり厳しいですね。敵は分散できていますが、あまりにも数が多すぎます。今のようなことがもう一度起きてしまえば……」

 

 ────完全に崩れます。

 

 口にしなくてもアスフィがそう思っていることはわかった。

 

 魔法発動まで残りおよそ二分。

 そんなわずかな時間を稼ぐこともできるかどうか怪しい状況だった。

 

「せめて数をもう少し減らすことが出来れば……」

 

「────数を減らせばいいんですね?」

 

 食人花を迎撃しながらアスフィがその言葉に呆けた声を漏らした。

 ベルはそんな彼女を尻目に歌い続けるレフィーヤと一瞬視線を交わす。

 

 そして────

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」

 

 彼女の歌に合わせて、剣を強く握りしめたベルも共に歌い始めた。

 紡がれる調べにアスフィが大きく目を見開く。

 

 レフィーヤの声に重なって聞こえてきたのは彼女が歌っているものと同じ都市最強魔導士の魔法。思わず呆気にとられるアスフィの横でベルはただただ歌う。

 

 ベルがここに来た目的は大量の食人花を釣り出すため。

 上手くいけばアスフィ達から死者が出る確率が減り、釣られた食人花をミノタウロスにぶつけることが出来る。そうなれば自分の戦闘も楽になる。

 

 そう考えていたベルは食人花を引き付けるために魔力を練り続けるが、そううまくはいかない。

 

 練り上げられる魔力にその場にいた食人花達が反応を示すがそれも数秒。

 すぐに食人花達は興味を失い、冒険者達の中心から立ち昇る莫大な魔力に狙いを定める。

 

 当然の結果だ。

 ベルとレフィーヤでは魔力の量に差があり過ぎる。

 

 だがこうなることはベルも承知の上だ。

 問題なのはここから。ベルの意図に一瞬視線を交わしたレフィーヤが気付いてくれるかどうか。

 

 だが少年の胸中にそのことに対する不安はなかった。

 

 何故なら────

 

(きっと、レフィーヤさんなら……!)

 

 ────僕と同じ、あの人の教えを受けた彼女なら。

 

 この二人はリヴェリア・リヨス・アールヴを師に持つ兄妹弟子なのだから。

 

 あり得ない速度で練り上げられるその魔力に対してレフィーヤの魔力が一気に鎮まった。

 ベルの意図を正しく理解した彼女は急激に膨れ上がったベルの魔力の裏で静かに魔力を練り上げる。それを感じたベルは薄く笑い、詠唱を呟きながら走りだした。

 

 消えた極上の魔力に食人花が困惑した様子で動きを止め、周囲を見回す。

 そして……離れていく別の魔力に気付き、食いついた。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!!!」

 

 その場にいた半数に近い数を釣り出したベルは魔力を維持したまま全力で走る。

 向かう先にいるのは多少の傷を負っているとはいえ、未だ健在の漆黒の怪物。

 

(集中しろ……失敗したらなんて考えるな)

 

 前にはミノタウロス、後ろには大量の食人花。

 三つ巴どころか挟撃を受ける形になってしまってもベルは歌い続ける。

 

「【────間もなく、焔は放たれる】」

 

 見よう見まねで行われる『並行詠唱』。

 一部の上級冒険者ならば攻撃、移動、回避、詠唱などの四つ以上の行動を同時展開できる者もいるが、未熟なベルが同時展開できるのは移動、回避、詠唱の三つ。

 今にも爆発しそうなほど体の中で暴れる魔力を制御しながらミノタウロスの股下を潜り抜け、背後に回ったベルは迫って来ていた食人花とミノタウロスがぶつかるように位置を合わせる。

 

 ミノタウロスを盾に食人花の追撃を防ぎ、盾を無視して迫る食人花は剣で受け流し、回避しきれなかった攻撃が脇腹を掠める。

 発生した痛みが集中を削ぐが、歯を食いしばり絶対に魔力の制御を離さない。

 滴り落ちる汗が魔法円(マジックサークル)にポタポタと流れ、一瞬で蒸発していく。

 

「【忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む。至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火。汝は業火の化身なり】」

 

 もう一つの戦場、通路から食人花の群れが出現する。未熟な個体ではなく完全に育った個体だ。

 一様に顔を青ざめる【ヘルメス・ファミリア】の冒険者達だったが、その中から傷を負った冒険者が飛び出し、現れた食人花と向き合った。

 

「キークス!!?」

 

「アスフィさん、これ借ります!! ポック! ポット! ()()を通路にぶん投げろッ!!」

 

 その声に二人のパルゥムが自害用の火炎石を全力で投げる。それに目掛けて傷が開くのも構わず、キークスはアスフィ謹製の爆炸薬(バーストオイル)を投擲した。

 三人の狙いを違わず、通路の入り口にぶつかったそれは大爆発と大爆風を起こし、砕けた瓦礫が通路から出てこようとしていた食人花の塊の大半を押し潰す。

 だがその瓦礫から逃れた食人花がもはや取り繕えないほどに高まった魔力の元に襲い掛かる。

 

「【ディオ・グレイル】!!」

 

 しかし、突如現れた巨大な光輝く障壁がその進軍を阻んだ。

 その後ろでレフィーヤの、さらに奥でベルの魔力が臨界する。

 

「【ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」

 

 自分の体に食いつく食人花をうっとおしそうに払っているというのに嵐のような攻撃が迫る。

 一撃でも掠ってしまえばここまで練り上げた魔力が大爆発を起こすと確信を持ちながら、ベルは必死で漆黒の猛牛のその攻撃と魔力を狙う食人花をかわし続ける。

 

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 ベルにとっての敗北の、恐怖の象徴。

 間近で受けたその咆哮(ハウル)に体が一瞬硬直するが、研ぎ澄まされた集中は途切れない。

 今の極限状態のベルにミノタウロスを恐れるほどの余裕はない。

 

「【焼きつくせ、スルトの剣────我が名はアールヴ】!」

 

 そして、二人の詠唱は完成した。

 大空洞中の地面、そして天井に広がる翡翠の魔法円(マジックサークル)

 次の瞬間、天と地の両方から最強の魔導士の獄炎が放たれた。

 

 

 

『【レア・ラーヴァテイン】!!』

 

 

 

 味方を避けて放たれた獄炎の巨柱が大空洞中に存在する食人花を、漆黒の怪物を呑み込む。

 食人花の絶叫までも溶かしたそれが収まるころには大空洞は紅い炎の世界へと変わっていた。

 

「……っおえ…………」

 

 気を抜けば倒れてしまいそうな体を剣で支えながらベルは食人花の檻と化していたアスフィ達の戦場に目を向ける。見たところ負傷者はいるが、死者は……一人も出ていない。

 

「良かった…………ッ!」

 

 ホッと息をついたその背後でゆっくりと黒い影が立ち上がる。

 それに気付いたベルは精神疲弊(マインドダウン)の兆候を感じながらも風雷を纏いなおし、その影に剣を構えた。

 

 立ち上がったのは当然……漆黒のミノタウロス。

 

(仕留め切れなかった……! でも傷は深いはず……向こうには絶対に行かせない!)

 

 全身から黒煙を立ち昇らせる漆黒の怪物は瞳を血走らせながらベルを睨みつけている。

 獄炎をこれでもかというほど浴びたその体は既に満身創痍。本家本元の魔法に比べると大きく劣るといえ、都市最強魔導士の広域殲滅魔法が直撃したのだ。如何に()()()()()()といえど無事では済まなかった。

 

 だというのにその身から滾る戦意が、殺意が衰える様子はない。

 何故自分が産み出されたのか……そんな目的すらどこかへ飛んでしまったのかミノタウロスは自分のありとあらゆる全てを目の前の少年にぶつけている。

 

「……グゥオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 油断なく自分を見据えてくる少年の目の前でミノタウロスはその両腕を地面に叩きつけた。

 ミノタウロスの切り札。その構えにベルは双眸を鋭くし、全集中を目の前の猛牛に注ぎ込む。

 

(助走をとらせるな! 助走を確保されたら負けだッ!)

 

 猛牛の突撃が始まるそれよりも早く、雷霆のような速さでベルは肉薄した。

 助走を奪われ、出鼻を完全に挫かれたミノタウロスは遮二無二に凶角を振り回す。歯を食い縛ったベルはその角に剣を当て、打ち払った。

 

(いける! 力が落ちてるっ! ここで終わらせろッ!!)

 

 腕も角もまともに振れない懐に潜り込み、渾身の一撃をその胸に叩き込んだ。

 そして反撃の隙も回避の時間も与えず、剣が縦横無尽に走り抜け、ベルの腕が振られる度に漆黒の軌跡が宙を走る。断ちにくいミノタウロスの体皮に刻まれる裂傷と舞う血飛沫。

 

 敗北の象徴を乗り越えるその時が近付いていた。

 

 

 

『────ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!』

 

 

 

 調子に乗るな、と漆黒の猛牛の咆哮(ハウル)がベルを襲った。

 至近距離からまともに受けてしまったベルの体が一瞬硬直する。

 その硬直に合わせてミノタウロスは前蹴りを放ち、懐に潜り込んだ鼠を外に追いやった。

 

「ッッまずい!」

 

 前蹴りの直撃は防いだ。しかしその衝撃で握力を失った手から剣が抜け落ち、はるか後方へと吹き飛ばされてしまう。

 取りに行くことはできない。そんな隙を好機を手にした目の前の怪物が晒すはずがない。

 

 攻撃をかわし、その顔を蹴り飛ばすがまるで応えない。

 たった一つの叫びで追い込まれたベルの顔に焦燥が浮かぶ。

 あと一歩という所まで追いつめているというのにその一歩が一気に遠ざかる。あと一歩を埋める一手が、今のベルにはない。

 

(何か……何かないか! あと一手を詰める何かが────)

 

 パリッ、と左手に集まる雷が強く弾ける。

 走った痛みにベルは目を見開き、次の瞬間、ミノタウロスによって空中へ弾き飛ばされた。

 

(雷……付与魔法(エンチャント)……それを使えば……いや、もう考えてる時間はない)

 

 眼下ではミノタウロスがベルを貫こうと角を構えている。貫かれるまでおよそ十秒。

 左手に雷が走り、突如頭に浮かんだ一つの発想。それを形にするしかこの場を乗り越える術はない。

 回避など許さないであろうその凶角に対して、ベルはぐっと左腕を後ろに溜める。

 

蓄力(チャージ)十秒……」

 

 小さな(チャイム)の音と共に左手に集まる白い光……そして雷。

 身に纏う雷までも総動員し、左手に全ての力を注ぎ込む。

 

 天井近くまでかち上げられたベルは体勢を整え、一気に落下。

 貫こうと構える猛牛の角に対して、ベルは左手から()()()()()伸びる五本の雷条を叩き込んだ。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 大空洞を揺らす強大な衝突。

 ミノタウロスがはるか後方へと凄まじい勢いで吹き飛び、ベルも地面を激しく削りながらアスフィ達の足元に転がった。

 

「クラネル! 生きてるか!? 」

 

「う……なんとか……」

 

 ルルネの叫びになんとか声を絞り出したベルは傍に転がる《神様の剣》を手に取り、杖代わりにして立ち上がる。

 精神疲弊(マインドダウン)どころか精神枯渇(マインドゼロ)に陥ろうとしている体が左手が発する激痛によって強制的に覚醒。見ると左手が五指の先から肘にかけて真っ黒に焼け焦げており、一部が炭化している。

 

「お、おい! なんだその腕! 誰か回復薬(ポーション)!?」

 

(無理、しすぎた……でも、やらなきゃ負けてた……から)

 

 こんな状態でも幸か不幸か感覚はしっかりしている。

 回復薬(ポーション)を使えば、恐らくは元に戻るだろう。

 

「────あああああああぁぁッ!!!」

 

 ルルネに高等回復薬(ハイポーション)をぶっかけられながらベルはアイズの声に振り向く。

 視界の先で裂帛の気合と共に放たれたアイズの一撃がレヴィスの剛撃を打ち破り、二人の戦いに終止符を打っていた。

 

「勝った……の、か?」

 

 全ての戦いが終わった大空洞を不気味な静寂が包む。

 聞こえるのは冒険者達の荒い息遣い、アイズと話すレヴィスの声。

 

 そして────

 

『────ヴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」

 

 最大の武器である片角と片目を失ってもなお、健在だった漆黒の猛牛の雄叫びだけだ。

 

「あ、あれだけやってまだ死なないのかよッ!?」

 

「クソ……!」

 

 母の魔法、アイズの剣術、モンスターの利用、咄嗟の思い付き。

 今この場で出来る全てを目の前の怪物にはぶつけた。

 

(これだけ……これだけやっても……僕はこいつに勝てないのか……!)

 

 目の前の猛牛が通常種ではないのは明らか。

 実力もはるか格上だということは百も承知だ。

 そんな怪物にここまで善戦できたのは偉業と言ってもいいだろう。

 

 それでも()()()()()()。これだけやっても仕留め切れなかった。

 そして今のベルはもう戦えない。つまりこれが三度目の敗北だ。

 

「────!?」

 

 ミノタウロスが冒険者達の元へと歩き始めると甲高い破砕音が大空洞中に響き渡った。

 食料庫(パントリー)を支える大主柱(はしら)が砕かれたのだ。

 

 次の瞬間、天井が崩れ始め、激しい岩盤の雨がこの場にいる者達に降り注ぎ始める。

 無論、ミノタウロスも例外ではない。

 

「今のうちに撤退します! 怪我人には手を! 荷物は捨ておきなさい! 脱出が最優先です!」

 

 岩盤の音にかき消されないよう叫びを上げるアスフィの指示で全員が撤退に移る。

 ベルは体に鞭を打ったキークスに支えられながら(途中でアイズにも支えられながら)、大空洞の出口へと走った。

 

 そして脱出する直前、ベルは背後を振り返る。

 

 降りしきる岩に埋まろうとしている漆黒の猛牛。その猛牛はベルの視線に気付くと最後のあがきとばかりに大空洞を震わす咆哮(ハウル)を放ち、岩に埋もれていった。

 

 こうして食料庫(パントリー)での戦いは終わりを告げる。

 この戦いにおける冒険者陣営の死者は0。何人かに深い傷を残した者の全員が生き残ることが出来たのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 食料庫(パントリー)の戦いが終わって数時間後、とある階層のとある空間。

 男はたった一人でそこに座り込んでいた。

 

「…………………………………」

 

 目の前に鎮座する()()を見ながら、男は掌で口元を抑えている。

 吐き気を堪えるようにその掌に隠れている口元に浮かんでいるのは────

 

「………………………………ふふっ」

 

 笑み、だった。

 

「くくっ、ふふ……はははははははははははははははッッ!!」

 

 男が思い浮かべるのはやはり24階層の戦い。

 そこで男が見たのは連携を繰り広げ、誰一人として死者を出さなかった冒険者の一団。

 未熟とはいえまず間違いなく死者が出る量の食人花だった。加えて食料庫(パントリー)外からの予定にない援軍。

 何人が命を落とすかと隣にいた神と賭けていたというのに誰も命を落とさなかった。その事実に男の心は躍った。

 

 あれぞまさに冒険者、と。

 

 あれを壊せばどのような音を奏でてくれるのか、と。

 

 だがそんな冒険者達の中で一際輝きを放っている少年がいた。

 その少年に男は……ヴィトーは────

 

「…………ああ……素晴らしい……」

 

 ────心を奪われた。

 

 仲間の為に自らの命を顧みることなく、はるか格上の怪物に挑むその姿。

 仲間の命を救う確率を少しでも上げるためにモンスターを引き連れ、乱戦に持ち込んだその姿。

 仲間が示した『覚悟』に応えようとするその姿。

 

「彼もまた……『英雄の器』」

 

 英雄に憧れている(を見下している)彼からしたらその姿は実に尊かった(可笑しかった)

 理不尽な神の悪意にも負けず、抗い続け、誰も死なせまいと戦った少年の在り方はヴィトーが思う『英雄』の在り方に近い。

 

「今回は話すこともできませんでしたが……近いうちに直接話してみたいところですねぇ……」

 

 闇の奥でヴィトーは嗤い続ける。

 少年が自分に対してどのように話してくれるのか(抗ってくれるのか)を想像するだけで嗤いが止まらない。

 少年に出会う(を殺す)その日が来るのが待ちきれない、と嗤うヴィトーを瞳を閉じた女体型のナニカが見下ろしていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

24階層。

完全に崩壊した食料庫(パントリー)

 

崩れた岩盤の下で漆黒の怪物が目を覚ましていた。

 




ここまで見ていただきありがとうございました。
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◆◆◆◆◆





ここからは私事になるのですが、個人的な事情でしばらく更新頻度が落ちます。
一週間の間隔から二週間の間隔になりますがご了承ください。
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