「ヘスティア様」
「ん? なんだいリリルカ君」
仮面の襲撃の翌日。
この日の探索を終え、食事なども済ませたリリは就寝の準備をしていたヘスティアに話しかけ、一つ質問を投げかけた。
「ベル様、どこか調子が悪いのでしょうか? 少し前の探索から少々集中に欠く場面がありましたが、今日は特に顕著だったので……」
それはベルと共に探索をしている際にリリが感じていた違和感。
ある日を境に徐々に変わり始めたベルの様相。
「集中できていないのもありますけど、今日のベル様は焦っているというか……余裕がないというか……後ろで見ていてすごい不安になるんです」
リリがサポーター業に徹していても感じ取ってしまうほどに今日のベルは鬼気迫っていたという話を聞き、ヘスティアは考えるような素振りを見せる。
「……調子自体は悪くないと思うよ。動きはどんな感じだったんだい?」
「その……戦いが得意ではないリリから見ても素晴らしい動きです。特に今日は人が変わったかのような動きで……それでも不安が払拭できないどころかますます高まってしまって……」
フム……、と顎に手を当てたヘスティアは立ち上がって部屋の入口へと歩む。
少し待っていてくれと言い、階段を上がっていった彼女を待つこと数十秒。
再び部屋に戻ってきたヘスティアはベッドの近くにある収納から一枚の紙きれを取り出した。
「ベル君の許可も下りたからとりあえずこれを見てくれるかい?」
そうヘスティアがリリに手渡したのはベルの最新の【ステイタス】が記された紙。
彼女が言う許可とはこれをリリに見せる許可である。
他者の【ステイタス】というのはたとえ【ファミリア】の仲間といえども、【ファミリア】という組織の特性を考えるとそう易々と開示していいものではない。
今の【ヘスティア・ファミリア】には無用の長物ではあるのだが、通常の【ファミリア】で裏切り、または引き抜きが発生した際に【ステイタス】の情報が開示されていれば、その冒険者達の基礎アビリティの長所と短所、『スキル』や『魔法』の情報などが相手に伝わり、戦闘でも交渉などの場面でも大きな不利になってしまうのだから。
「で、では…………はぁっ!?」
それを理解しているリリは二人が自分のことを信頼してくれていることを内心嬉しく思いながら、渡されたその紙に視線を落とす。
そして数秒後、目を見開き、素っ頓狂な声を上げた。
ベル・クラネル
【ステイタス】
Lv.2 所属:【ヘスティア・ファミリア】
力 :SSS1623
耐久:SSS1999
器用:SSS1769
敏捷:SSS1982
魔力:SSS1569
幸運:H
《魔法》
【ケラウノス】
・
・雷属性。
・詠唱式【
【ファイアボルト】
・速攻魔法。
・戦意によって威力上昇。
・護るという意志によって効果向上。
《スキル》
【
・誓いを交わした者の魔法の発現(魔法スロットは使用しない)
・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。
・怪物種に対し攻撃力高域強化。
・誓いを違えた時、効果消失。
【
・妖精王の魔法の発現(魔法スロットは使用しない)
・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。
・魔法効果増幅、射程拡大。
・戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。
【
・
・発動時、周囲の味方の戦意高揚
「な、なん……ですか、これ」
全アビリティ
限界を超えたベル・クラネルの【ステイタス】にリリはそれ以上の言葉を紡げないでいた。
ヘスティアは苦笑を浮かべつつもどこか穏やかな表情でそんなリリを見つめる。
「見ての通り、ベル君の【ステイタス】はとんでもないことになってるんだ。
一つスキルを隠しているとはいえ、そのアビリティの数値だけで100人の冒険者の内100人が間違いなく驚くその【ステイタス】。
動揺が落ち着かないリリに飲み物を渡し、ヘスティアは彼女が落ち着くのを待つ。
ややあって落ち着きを取り戻したリリは正面に座るヘスティアに向けて口を開いた。
「確かにすごい……本当にすごい【ステイタス】ですけど、これがベル様の変化と関わりがあるのですか? 【ランクアップ】が間近だからとか……でしょうか?」
「うーん、まあ合ってると言えば合ってるけど、少し違うかな」
ひらひらと紙を手で揺らしながら、そこに記された【ステイタス】にヘスティアは目を細める。
その紙越しに少年に刻まれる【
「間近どころじゃないんだよ。もう【ランクアップ】できるんだ」
「……えっ? で、ではなぜしないんですか? もう十分すぎるほどにアビリティは……」
「……できなかったんだよ。偉業が十分溜まってるのに【ランクアップ】ができなかったんだ」
再びリリが目を大きく見開く。
その事件が起きたのはつい先日、仮面の襲撃を受けたその夜だった。
たまたまリリがお世話になっていたおじいさんの元にいたその時に起きてしまった。
アイズと別れたベルとヘスティアは多少雰囲気を暗くしながらも、帰還後に【ステイタス】の更新を行い、その際に知った【ランクアップ】出来るという事実に大いに盛り上がっていた。
早速【ランクアップ】を行おうと更新をしたが、何度行おうと確認をしようとそのLvが上がることはなかった。
「ボクにはその原因はわからなかったんだけど、あの子は心当たりがあるみたいでね。それを考えてたから調子が悪そうに見えたんじゃないかな」
ヘスティアの推論にリリはどこか合点がいったような様子を見せているが、ヘスティアの頭は別の理由へと切り替わっていた。
(まあそれもあるだろうけど、ベル君がおかしくなった大半の理由には……あの子が関係しているんだろうな)
明らかに様子がおかしくなったのはベルが
あの日からベルの心情に大きな変化が起きてしまったのだろう。
(早朝からアイズ君との訓練、夜までダンジョンの探索をこなしてるっていうのに今も上で剣を振ってる。今までのベル君にあった余裕が今は全くない)
その変化はベルの様子から歓迎していけない変化なのだということを察することは容易い。
だが冒険者ではない全知零能の神であるヘスティアにできることは迷いを持つ少年を見守り、声を掛けることしかできない。
「リリルカ君。君も不安だろうけどあの子のことをしっかり見てて上げておくれ。地上にいる時はボクも気に掛けることはできるけど、ダンジョンに入ってしまえばボクに出来るのは祈ることぐらいだからね」
不安げな表情で自分を見上げるリリにヘスティアは願う。
「あの子が焦りから危険な道を進み始めたら、君が連れ戻してあげてくれ。これは、君にしか頼めないことだ」
その願いにリリの表情が変わる。
不安げな表情は霧散し、表情が引き締まった。
「任せてください。あの人が危険な目に遭うのはリリも嫌ですから」
その言葉に満足げに頷いたヘスティアの後ろの扉が開く。
ヘスティアとリリがそちらに視線を向けると額に汗をにじませ、少し息を切らしているベルが入って来た。
視線を浴びたベルはきょとんとしており、そんな少年に思わず二人の笑みが零れる。
「……? どうかしましたか?」
「いいや、何でもないよ。さ、明日も早いんだろう? 体を洗ってもう寝ようじゃないか」
二人にシャワー室へ押し込まれていくベルは不思議そうな表情で押されるがままになっていた。
緊迫した空気は何処かへ消え、穏やかに夜は更けていくのであった。
はるか遠くの山脈から顔を出す朝日が僕達の横顔を焼く。
その朝日に照らされる都市の外壁、外縁部で激しく武器の応酬を交わす。
容赦のない鞘による攻撃を受け流し、受け止め、防ぐ。
直後、剣を振るい、反撃に転じるが剣の横をとんっ、と軽く叩かれ逸らされる。
この訓練の期間、何度も目にし、そのたびに痛打を受けてきたアイズさんの防御の一つ。
体勢を崩した僕に彼女の鞘が振るわれるが、その
「っ!」
再現されたその動きにアイズさんが目を見張り、ほんのわずかだけど衝突と共に体勢を崩した。
この訓練を通して初めて生まれた好機。体勢を崩した彼女に向けて僕は剣を突き出した。
「────惜しかったよ」
突き出された剣に対してアイズさんは崩れた体勢のまま手甲を繰り出す。
目を見開く僕の視界の先で剣が激しい金属音と共に滑り、剣を突き出した勢いを止めることもできずに彼女の間合いに入ってしまった。
トッ、という軽い音と首に感じる鞘の感触が終了の合図だった。
「……本当に、惜しかった」
少し残念そうに、同時に嬉しそうにアイズさんは微笑みを浮かべていた。
結局一本も取ることが出来なかった悔しさが喉の奥からこみ上げてくるけどぐっと堪える。
「今日まで、ありがとうございました」
「……私も、ありがとう。私は、ベルの力になれた、かな?」
不安そうな様子でアイズさんが自分の金の髪に触れる。
そんな彼女の手前、暗い表情なんて見せられない。
「もちろんです。本当に……ええ、本当にアイズさんのおかげでまた少し強くなれたと思います」
これは間違いなく僕の心からの本音。
はるか遠くに存在するその背中に追い越すどころか追い付くことすらできていないけど、アイズさんとの訓練は決して無駄にはならない。無駄にはしない。
「それじゃあ、頑張ってね」
「はい……アイズさんも、『遠征』頑張ってください。無茶はしないでくださいね?」
心配なんて僕よりずっと強い彼女にはいらなかったのかもしれない。
だけどアイズさんは嬉しそうに目尻を下げ、微笑んでくれていた。
「ん……またね」
こちらに背を向けて、遠ざかっていくその背中。
だがそれがピタッと止まると、彼女は振り返り、ゆっくりとした足取りで僕に近付き、僕の両手を包み込む。
そして、そっと口を開いた。
「ねえベル……ベルは、ベルの速さで強くなればいいから、ね」
そう言って彼女は今度こそ眩しい光の奥へと消えていった。
それを見送った僕もアイズさんとは反対方向へ歩いていく。
「僕の……速さで……」
普通に歩いてるだけじゃ到底届くことのない憧憬との距離。
追いかけ続けなければ進み続ける彼女には決して届くことはない。
「あの人に追い付くのに、僕の速さじゃ……」
アイズさんの最後の言葉が、僕の頭の中でずっと反芻していた。
アイズとの訓練が終わった翌日の朝。
ベルは探索用の装備に着替えて椅子に座り、リリの準備が終わるのを待っていた。
「今日は早くから潜るんだっけ?」
「はい。夜まで帰ってこないつもりです」
ヘスティアが三つのマグカップを手にして、一つをベルの前に置く。
自分もベルの隣に座り、マグカップにお茶を注ぐ。
「……何度も言うけど、無茶はダメだからね。危険だと思ったらすぐに逃げたりすること」
「わかってますよ神様」
苦笑を浮かべているベルのその言葉に混ざる少しの嘘。
それを指摘することもできたが、恐らく何を言っても変わらないだろう。
「ベル様、お待たせしました!」
「大丈夫だよ。それじゃあ行こうか」
行ってきます、とヘスティアに声を掛けるベルとリリ。
行ってらっしゃい、とそんな二人に返答するヘスティア。
二人が地下室から出ていこうとする次の瞬間だった。
「……っ?」
何の前触れもなく、二人のマグカップに罅が入り、粉々に砕け散った。
鋭い破片が散らばり、片方に入っていたお茶が机の上に広がっていく。
「────待った! 二人とも!」
その異変に尋常ではない胸騒ぎを覚えたヘスティアは二人を大声で呼び止めた。
不思議そうな顔で振り返る二人に言葉に詰まり、ぎこちない笑みが零れる。
「あー、その……そうだ! 【ステイタス】の更新、は最近やったか……ええっと」
胸騒ぎから思わず引き留めてしまったが、それ以上が続かない。
そのまましばらく唸っていたヘスティアだったが、やがてがくっと首を折り、息を吐く。
「……ごめん、やっぱり何でもないや。引き留めてごめんね。本当に気を付けていくんだよ」
二人はやはり不思議そうな顔でヘスティアを見ていたが、今度こそ地下室から外に繰り出した。
二人が去った部屋で女神は激しい胸騒ぎを訴えてくる胸を抑える。嫌な予感が止まらない。
何か最悪のことが起きてしまうような……そんな予感が。
そして、女神の胸騒ぎに呼応するように。
ある怪物を縛っていた鎖が解き放たれた。
巻き起こるのは漆黒の災害。
進路上に存在する全てを薙ぎ払う災厄がダンジョンの中で動き出した。
「……静か過ぎる」
「えっ?」
ダンジョン7階層、8階層と進み、9階層に辿り着いて10階層、11階層と進もうとしたそこで。
今日のダンジョンに遅まきながら違和感を覚えた。
「冒険者がいないのはルートが違うからかもしれないけど、モンスターがここまでいないのは変だと思うんだよね」
「……確かに、妙ですね。ここまで接敵したのは何かに怯えているようなモンスターだけ……」
ここは既に階層の深部に差し掛かっている。
それなのにモンスターとの戦闘が一切ないなんてあり得るはずがない。
ざわざわと、胸の奥が騒ぎ出す。
心臓の音が耳障りになるほど、大きく聞こえてくる。
「リリ、一旦────」
これ以上進むのは不味いと騒ぐ生存本能に従って上の階層へと戻るために踵を返そうとしたその時だった。
正面から歩いてくる偉丈夫に視線を奪われる。厳密にはその身に纏う圧倒的な威圧感に。
大きな荷物を背負い、その体格と合わせればかなりの重量があるだろうに足音が一切しない。
その偉丈夫は僕達の数
(目を、逸らすな。逸らせば……逸らせば……?)
ただ見下ろされているだけだというのに途方もない重圧に押し潰されそうになる。
その男から目を逸らさずに見上げていると、男は静かに口を開いた。
「お前がベル・クラネルだな?」
疑問を呈しているが、どこか確信を持った口調。
その言葉に首を縦に振ると、男は一つ頷き、見定めるような瞳で僕を見てくる。
「Lv.3……いや、それに限りなく近いLv.2か。わずかな期間でそこまで成長するとはな」
思わず背筋が凍った。
僕がLv.2だということは限られた人しか知らない情報。エイナさんの話によると扱いに困ってるとのことで公式発表すらされていない秘匿された情報。当然目の前の男に話した覚えはない。
だというのに男は僕のLvどころか現状の【ステイタス】まで少し観察しただけでほぼ正確に見抜いてきた。アイズさんやフィンさんですらあの一瞬でそんなことはできない。
「僕に……何の用ですか」
「……お前に一つ、聞いておきたいことがある」
僕に、聞きたいこと?
心当たりはない。そもそも初対面だから当然のことだけど。
無言で続きを促す。
その錆色の瞳を薄く細めた男は僕にその『質問』を投げかけた。
「────お前にとって、『敗北』とはなんだ」
……敗北……『敗北』?
思わず聞き返しそうになったが、男の変わらぬ見定めてくる瞳に答え以外の言葉を封じられる。
自分達の息遣いの音しか聞こえない空間で僕は僕が思う『敗北』についての答えを口にした。
「……耐えがたい屈辱。その先には何もない、何の意味もないもの」
彼女と出会ってから、オラリオに来てから何度も敗北を繰り返した。
その度に襲ってくるのは屈辱と無力感。負ける度に自分の弱さを痛感させられる。
出来ることならばこれ以上経験したくないモノ。
「ふむ……」
錆色の瞳で見下ろしてくる男は僕の答えを聞いて、考え込む素振りを見せる。
その間も男の瞳は僕を射抜き、その場から立ち去ることを許さない。
「やはり、お前を縛り付けているのは……『敗北』だったか」
「……え?」
こちらを見定めてるように見ていたその瞳を細めた男はポツリと小さく呟いた。
聞こえなかったが、敵意のないその声音に困惑していると今度はちゃんと耳に届く声量で話し始める。
「それを聞ければ十分だが……いくつか言っておこう」
その話を聞き逃がしてはいけないと本能が騒ぎ出す。
「敗北を必要以上に恐れるな。たとえ屈辱と無力感を味わうことになってしまってもだ」
「これからもお前は幾度となく敗北を繰り返し、その都度、屈辱の泥を浴びるだろう」
「その敗北と屈辱の『泥』を『超克の礎』に変えてみせろ。お前が『英雄』などというものになろうというのなら……敗れた分だけ、立ち上がれ。折れた分だけ、吠えてみせろ」
ドクン、と心臓の鼓動が一際強く鳴り響く。
目の前の男の姿に見たことのないはずの誰かの姿が重なる。
「そして証明しろ。『勝者は常に敗者の中にいる』ということを」
そしてその隣にもう一人、見覚えのある、忘れるはずがない、
男はその言葉を最後に無言でこの場を立ち去って行く。僕はその場からしばらく動けずにいた。
「ベル様……大丈夫ですか?」
「……ん、ごめん。ちょっと考え事してた」
頭を振って先ほどまでの会話を胸の奥の方へと押し込む。
考えるのは後にしないといけない。何せ今のダンジョンは何か様子がおかしいのだから。
「リリ、一旦地上に戻ろう。上手く言えないけど……今日のダンジョンはすごく気持ちが悪い」
思わず話に聞き入ってしまったせいで随分と時間が経った。
先ほど言えなかったその言葉をリリに伝えるとすぐに了承してくれた。
このまま潜り続けるのはまずいと彼女もわかっているのだろう。
「じゃあこのまま────」
「ヴ──ォ────」
8階層へと引き返そうと歩き出したその時だった。
ルームの先、10階層へと繋がる通路の方向からナニカの唸り声が聞こえてきた。
「……今の、声は」
リリもその唸り声に反応し、そしてその声の正体に気付いてしまったのかその顔を真っ青に染め上げ、音の方角に視線を釘づけにされている。
かくいう僕もそうだ。だってその音の欠片は脳裏に刻み込まれた怪物のモノと酷似していたのだから。
リリを守るように前に立ち、剣を抜く。
徐々に大きくなる唸り声と巨大なものが歩いてくる足音から意識を逸らさないようにしていると、やがてそいつは現れた……現れてしまった。
「……嘘だろ」
現れたのはやはりミノタウロスだった。
それだけだったらまだなんとかなったかもしれない。
だけど僕達の前に現れたその怪物の体皮の色は……漆黒。
「生きていたのか……!」
24階層に向かったあの日、ありとあらゆる力を使って挑み、敗北した真正の怪物。
「ミ、ミノタウロス……なんでこの階層に、いやなんですかあの角は!?」
恐慌状態に陥りかけているリリのおかげで逆に平静を保てているけど、状況は非常にまずい。
あの時は周囲にいたモンスターを利用してなんとか劣勢に持ち込むことが出来た。だけど今この場所にそんなモンスターは一匹たりともいない。
リリを守りながら、たった一人で漆黒の猛牛を相手にするなんて僕には不可能だ。
『────ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!』
その
まるで因縁の相手を、探し続けていた相手を見つけたかのように。
その圧倒的な威圧感に後ろでリリが腰を抜かす。
経験したことがないから無理もない。【ヘルメス・ファミリア】の人達でさえ、完璧に耐えきることはできなかったんだから。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォッッッ!!!!」
凶悪な笑みのようなものを浮かべた漆黒の猛牛は僕目掛けて雷のような速度で襲い来る。
十数Mの間合いを一瞬で喰いつくすわずかな時間を縫って、僕は
先ほどまで僕達がいた地面が大剣の一撃で叩き潰され、抉り取られる。
大量の石礫と砂煙でミノタウロスの視界が数秒潰れた隙をつき、リリをさらに後方、8階層へと続く通路がある方へと投げ飛ばした。
「ベルさ────」
「逃げろっ!! リリ!! 早く行けッ!!!」
投げ飛ばされたリリが僕を気にする素振りを見せるが、怒号を叩きつけてそれを遮る。
辛そうに表情を歪ませた彼女は一瞬逡巡したが、すぐにハッと顔を上げ、何かを思いついたのかルームから走り去っていった。
それを最後まで見送る事すらできずに僕は襲い来るミノタウロスを迎撃する。
横薙ぎに振られた大剣を飛ぶことでかわし、そのまま反撃に移るが、振り抜いた剣は捻じ曲がった凶角で防がれた。
「【ファイア・ボルト】ッ!!」
すかさず至近距離からの六連射。
自分の身体も焼きながら放ったその炎雷の衝撃に僕もミノタウロスも大きく吹き飛んでいく。
吹き飛びながら無防備を晒しているであろうミノタウロス目掛けて許す限りの炎雷を叩き込む。
(手応えはあった! でも────)
「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
────この程度で倒し切れるはずがない!
炎雷によって発生した黒煙を突き破り、勢いそのものをぶつけてくる突撃。
予想していた通りのモノだったけど、その一撃は速過ぎた。
「────ッッッ!!」
動き出しが遅れ、回避不能となったその一撃を咄嗟に前に構えた剣で受け止める。
途方もない衝撃と共に剣が大きく撓り、悲鳴を上げ、耐え切れずに大きく弾き飛ばされた。
経験したことのない速度で地面を転がり、減速もせずそのまま壁に叩きつけられる。
「~~~~~~~~~っ!? ゴホッ……がぁ……」
剣がよく撓り、大きく威力を軽減してくれたおかげでなんとか致命傷にはならずに済んだ。
地面に血反吐を撒き散らしながら、揺れる頭でそんなことを考える。
致命傷にはならなかったが、傷は大きい。そして損失も。
今の攻撃で修復してもらった
それに対して漆黒の怪物はほとんど傷ついていない。
あの程度で傷を負わせることが出来るなんて思ってはいなかったが、流石に厳しい。
僕と一緒に吹き飛ばされた剣を手に取り、杖代わりに立ち上がる。
それを見たミノタウロスは僕が立ち上がったことがそんなに嬉しいのか、天を仰ぎ、口を裂き、大きな咆哮を放っていた。
「……く、そ」
立ち上がって咆哮を上げ続けているミノタウロスを睨みつけるけど、心が諦観に満ちている。
体ではなく先に心が、目の前の怪物に屈していた。
(こんなに、僕は……弱かったのか……)
身体的な意味での弱さは幾度となく繰り返された敗北でわかっていたことだった。
だが精神的な意味での弱さを痛感したのは恐らくこれが初めてのことだ。
ぼんやりと見えた
見覚えのない懐かしい誰かの姿が遠ざかる。
折れた心をなんとか奮い立たせ、消えゆくその姿を繋ぎ止め、僕は立ち向かう。
────勝てない、と奮い立たせた心が砕けていくのに気付かないふりをしながら。
今のベルは敗北を繰り返し、大きな勝利というモノをしばらく経験していないためかなり弱り、精神的に不安定になっています。
ここまで見ていただきありがとうございました。
このまま書き続けると想像よりも長くなってしまい、キリが悪くなってしまう為いくつかに分けようと思います。
お待ちいただけると幸いです。