自分とは天と地以上の実力の差があるモンスターを軽く屠りながら、アイズは【ロキ・ファミリア】の部隊の一員として『遠征』を開始していた。
ティオナやティオネなど、部隊の仲間の声が響く中、その近くでアイズは一人、ある少年に思いを馳せる。
(ベルは……大丈夫かな)
自分との訓練が始まり、どんどん強くなっていった大切な少年。
強くなると同時に顔つきが険しい物へと変わっていった白い少年。
『遠征』がすぐそこまで迫っている以上、頭を切り替えなければいけないだが、それが上手くいっていなかった。
理由はベルが訓練の合間に時折見せた暗い顔……特に仮面の襲撃を撃退した後に見せた絶望したような顔だ。それがアイズの脳裏に深く焼き付き、『遠征』に向かう今も彼女の心残りとなっていた。
「集中できていないようだな」
「リヴェリア……」
そんなアイズの様子に気付いたのは前日に相談を受けていたリヴェリア。
隊列から外れた彼女は前で行われている小競り合いを見守りながら、アイズに歩調を合わせる。
「ベルが気になるか?」
「……うん。集中しなくちゃって、思ってるんだけど」
『遠征』に身を入れようとすればするほどベルの姿を思い出してしまう、と暗い顔をするアイズ。
歩きながらそんなアイズを見つめたリヴェリアは『幹部』として冷たく言い渡す。
「集中してくれないと少し困るな。お前の動き次第でパーティが生き残る確率が大きく変わってくる。『遠征』が始まった以上、今更引き返すことなんてできないのだ。深層までには切り替えておけ」
「……わかってるよ」
どこか拗ねたような口調だが、アイズはリヴェリアの言葉に反論するつもりなどない。
自分とリヴェリアのどちらが現状正しいことを言っているのか明白だったからだ。
「……?」
顔を俯かせたまま、一度深く息を吐いたアイズの髪が優しく梳かれる。
「引き返すことはできない……少なくともこの『遠征』が終わるまでは、な。つまりベルのことが気になるのなら、お前はこの『遠征』が終わるまで死ぬわけにはいかないということだ」
俯いてた顔を振り上げ、自分を見上げる
三人だけで会うのはいつぶりだったか……と思い浮かべ、今度は『母親』として彼女は続けた。
「これが終わり次第、一緒に会いに行こうか。私も気になっているからな……だからまずはこの『遠征』を、あの子へのいい土産話に出来るように成功させよう」
「……そうだね」
正面を向いたアイズから感じていた雑念が生き残る理由へと昇華される。
もう大丈夫だ、と離れた位置にいるフィンと視線を交わしていると、ちょうど差し掛かった十字路の右手側から慌ただしい足音が響き渡ってきた。
ダンジョン内で他パーティに基本不干渉のルールに則り、それを素通りさせようとしたところでその慌て様に興味を持ったティオナがそのパーティに声を掛ける。
都市最大派閥の一角のパーティに声を掛けられたことで尻込みし始めるそのパーティだったが、ベートの挑発交じりの一喝にようやくまともな言葉を発し始めた。
曰く、いつも通りダンジョンの上層を探索していたらミノタウロスがいた。
曰く、そのミノタウロスは大剣を装備していた。
曰く、そのミノタウロスは聞いた話とは異なる色……
最後の言葉を聞いたアイズとベートがその目を大きく見開く。
漆黒のミノタウロス……その姿は記憶に新しい。あの24階層で死んだはずの怪物だ。
ベートとアイズがそれを問いただそうとするより早く、男は続く言葉を口にした。
「
「そのミノタウロスを見たのはどこですかっ!?」
鬼気迫る様子でアイズは男に一気に詰め寄った。
彼女のその姿に気圧され、顔を青を越えて白く染めた男は震える口で言葉を紡ぐ。
「きゅ、9階層っ、9階層だよ! 動いてなければそこに────」
男が言い終わるより早く、アイズは走りだしていた。
後ろから呼び止める声が聞こえてくるが、風を纏い、全てを置き去りにする。
加速。加速。加速。
動揺。混乱。焦燥。
速度が上がるほどに膨れ上がるそれらに突き動かされ、アイズはダンジョンを駆け抜ける。
あの冒険者の言葉が偽りである可能性など考える暇もなく、ただただベルが危機に陥ってるという僅かな可能性だけを視野に入れ、地面を蹴り続けた。
(もしも……もしも、ベルがあの
ただのミノタウロスならば多少苦戦するとはいえ、今のベルなら単独でも勝てるとアイズは推測していた。強化種だったとしてもおそらく討伐することはできるはずだ。
だがよりにもよって
7階層からほんの数分で9階層に辿り着いたアイズはその階層に広がっているありえない静寂に思わず足を止めてしまう。戦闘音どころかモンスターの唸り声すら聞こえてこない本当の静寂。だからこそ、その音が9階層によく響いていた。
狂ったような猛牛の咆哮と喉が裂けんばかりに叫ぶ一人の少年の声。
少年の叫びにアイズが目を極限まで見開く。
止まっていた足を風の力で無理矢理動かし、そのまま最高速度へ移行する。
ベルがどこにいるかなんてわからないが、正確な位置がわからなくても動かなければいけない。少なくとも入り口付近にはいない。
時折聞こえてくる猛牛の遠吠えとわずかに聞こえてくる戦闘音を頼りに9階層を疾走していると、正面の通路から顔を蒼く染めた
「っ!? 金の髪……もしかして【剣姫】様ですかっ!?」
アイズのことを見て栗色の瞳を大きく見開いた少女は、言うや否やアイズの傍まで近づき、その場で両手をつき、地面に額がつかんばかりに頭を大きく下げた。
「お願いします【剣姫】様! どうか、どうかお助けくださいッ!」
ここまでずっと走り続けたのかその呼吸は大きく乱れ、額からは汗が滴り落ちている。よほど一刻を争うのか、少女は呼吸を整えることなど後回しに叫び声を放つ。
「あの人を……ベル様をお助けくださいッ!!」
「!!!!」
頭を下げる少女の体を支え、自分と視線を合わせる。
「ベルは!? ベルはどこっ!?」
「せ、正規ルート、E‐16の
少女を抱きかかえたアイズは再び駆けだす。
音を頼りに疾走していた時よりも速く、目的地の場所を知ったことと地図となってくれる腕の中の少女の声により、正確に少年が戦っている戦場へと近付いていく。
そして、目的の地帯に入る直前の
「止まれ」
そんな一声が投じられた。
「ッ!」
なんてことのない一言。そのただの一言が最高速を維持していたアイズの足を止める。
広大な長方形の
閉じていた瞳をゆっくりと開けた男は、現れたアイズの顔を静かに見据えている。
「……【猛者】」
目を見開いたアイズは掠れた声で目の前の男の二つ名を呟く。
吹き荒ぶ風にその双眼を細めながら、【猛者】と呼ばれた男は地面に突き刺していた大剣に手をかける。
「この先に、何か用があるのか?」
動揺を露わにするアイズを前に、【猛者】オッタルはそう呟く。
アイズは空気が張り詰めるのを感じた。その原因は彼が彼女へ向けるほんのわずかな敵意。
「……ここを通る以上、その先に用があるに決まってます」
パルゥムの少女が示した目的地へ向かうにはこの
「そうか……では────」
アイズの言葉に一切の揺らぎを見せることなく、オッタルは大剣を引き抜く。
途端に
「手合わせ願おうか」
そして、最後にそう呟いた。
それを前にアイズは抱きかかえていた少女を下ろし、背後に下がったのを確認したのち、動揺と苛立ちを隠すことなく、剣を引き抜いた。
「どうしてっ……こんな場所で、こんな時に、戦わなきゃいけないの?」
既に互いに臨戦態勢。聞いても無駄だと理解しながらも聞かずにはいられなかった。
それに対してオッタルは双眼を鋭く光らせ、その答えを返す。
「こんな場所だからこそ、だ。俺達の関係を考えればそんなことは簡単に理解できるはずだが」
ギリッ、とアイズが奥歯を噛み締める。
目の前の男の答えに苛立ったから……確かにそれもあるが、彼らの……【フレイヤ・ファミリア】の目的に気付いてしまったからだ。
『俺達の──あの方の邪魔をしたのならば、殺す』
数日前、ベルを襲った仮面の襲撃。
その主犯は【フレイヤ・ファミリア】所属の【
突如現れた【フレイヤ・ファミリア】の幹部。
あの日に受けたあの方の邪魔をするなという『警告』。
そして、目の前の【
彼らの目的に気付いてしまった時、アイズの怒りが頂点に達した。
(狙われてたのは……ベル!!)
「【
それをまともに受けながらも微動だにしない【猛者】は目の前の嵐を睨みつける。
「……来い」
「そこを……どいてっ!!」
嵐を纏った突貫。それを正面から受け止める。
神々から最強と謳われる二人の戦闘が始まった。
「──温い」
突貫の直後、知覚不可能の神速の薙ぎ払いをアイズは放った。
だがオッタルはそれに対して、大剣をそっと宛がうことで逸らす。
その剛毅な見た目に反する柔の剣。しかし、アイズに動揺はない。目の前の男は『都市最強』、『頂天』などと呼ばれる存在。あの程度の攻撃が当たるはずがない。
逸らされた剣に引っ張られ体が流れていく。それを利用しアイズは後ろ回し蹴りを見舞う。
当然、防がれる。
こちらを見下ろす冷たい視線を睨み返し、全身を加速させた。
「ああああああああああああっ!!」
剣技と打撃、そして魔法を合わせた
都市最上級に至った力と速度が合わさり、一撃一撃が必殺となってオッタルに襲い掛かる。立ちはだかる障害を、『英雄』を害する敵を滅ぼそうと風が黒く染まり始める。
だが────
「新たな高みに至ったようだな……だが、この程度か?」
「────っ」
防がれる。
渾身の連続攻撃は掠ることもなく完全に防がれる。
『
オッタルが最強である所以。
それを身をもって体験したアイズはその顔を苦渋に歪める。
人相手には封印していた魔法まで使った連撃を
今の自分の攻撃は、『頂天』には届かないと。
その事実にアイズが一瞬とも言えない刹那の時間、動きを止めてしまう。
それを見逃さず、その刹那にオッタルは大剣を振り抜いた。
「~~~~~~~~~~っ!!」
かろうじて滑り込ませた《デスぺレート》と風鎧でも威力を殺し切ることが出来ず、はるか後方、入り口付近の壁に勢い良く叩きつけられた。
剣と風の守りが威力を削ぎ落してくれたことで即座に態勢を整えることに成功したが、アイズは自分とオッタルの間に強制的に開かされた彼我の間合いに愕然とさせられる。
「────ッ!」
届かない。
……届かない。
…………間に合わない!
「【
深層の階層主にしか未だ見せたことのない限界までその出力を高め、アイズは最強の防御を切り崩しにかかる。この力を維持することがオッタルを崩す最低条件だと彼女は確信した。
そしてその直後、アイズは自分の目を疑った。
「ッああ!!」
豪嵐と裂帛の気合を纏った怒涛の斬撃。下界におけるトップクラスの速度で放たれるその斬撃の嵐をオッタルは装備した大剣をアイズの片手剣よりも速く振るい、全て弾いていた。
途方もない衝撃が一撃一撃ごとに彼の体を襲っているというのに身体はブレない。他の者ならば耐えられても十数秒というアイズの剣撃を大剣と手甲を交えた防御で食い止め、決して後退しない。
鬼気迫る表情で攻め続けるアイズに対してオッタルは酷く涼しい顔で防御し続ける。
底を見せることなく、自分の全力の攻めを完全に抑え込むオッタルに焦りと苛立ちで染まっていたアイズの感情に初めて畏怖が生まれた。
「ぬんッ!」
畏怖が剣筋に現れる。
隙を晒せば待ってるのは当然……『死』だ。
放たれた剛撃がアイズの『風』を、《デスぺレート》を貫通し、その身に衝撃を刻んだ。
上半身が吹き飛んだかと錯覚するほどの衝撃。
地面に身を削られる痛み。聞こえてくる岩が砕ける音。
それらを感じながらアイズは再び壁付近まで吹き飛ばされる。
そして、立ち上がったその時、気付いてしまう。
聞こえてくるはずの猛牛の咆哮、少年の叫び、彼らの戦闘音が一切聞こえてこないことに。
「どいて……」
最悪の想像が頭を過ぎる。
最強は依然、目の前に立っている。
「……どいてっ」
もう何も聞こえてこない。
すぐそこにいるはずなのに届かない。
「────どけっ!!」
感情に呼応し、漆黒に染まった『風』を身に纏い、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。
泣き出しそうに顔を歪めた少女は、『英雄』を害する者目掛けて切り札を唱えた。
「────リル・ラファーガッ!!」
漆黒の閃光が
全てを破壊する神風を前にオッタルは……迎撃態勢をとった。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
咆哮と共に振り下ろされた剛閃が黒神風を真っ向から受け止める。
都市にいるほとんどの者が見たことのないオッタルの全力迎撃。
下界の中でもトップクラスであろう力と力の衝突にダンジョン9階層が揺れる。さらにその揺れはダンジョンの階層を越え、地震となって地上にまで影響を及ぼす
地上で神々や人々がにわかに騒ぎ出す中、力と力の衝突に決着がついた。
結果は相殺。発生した衝撃波にお互いの体が吹き飛び、痛み分けとなった。
「…………っ」
結果は相殺だが、アイズはその結果に呆然とするしかなかった。
理性が吹き飛び、制止など働くわけがなく……もしかしたら無意識に力を抑えていたかもしれないが間違いなく殺す気で放った必殺。
それが破られた。真っ向から、捻じ伏せられた。
「一瞬とはいえ『スキル』を使うことになるとはな……見事だ。やはりお前は油断ならん」
刀身が粉々に砕け散った大剣を投げ捨て、新たに引き抜いた大剣を手にしたオッタルは再び道の前に立ちふさがる。防具が砕け、多少の裂傷などを負ってはいるもののその体には致命となり得る傷どころか動きを阻害する傷すらついていない。
「そこを通して!!」
いつの間にか黒風は止み、元に戻った風を纏いなおし、アイズは再度突進。
再び敵うはずのない剣戟が繰り広げられようとしたその時────
「むっ……」
軽やかな跳躍音と共に二人の
超大型武器を振り回すアマゾネスと二刀の
「どうなってんのこれ!?」
「どうなってんのよ、コレ! わけわかんないけど加勢するわよ!」
同じようなことを口走りながらタイプの違う二人は抜群の呼吸でオッタルの防御をさらに崩しにかかる。
「【
凄まじい破壊力を秘める
それに合わせて繰り出される
「ぬぅ……」
だが攻めきれない。崩しきれない。
それぞれ違うタイプの猛攻撃にすら対応し始めるその姿を見て三人に戦慄が走る。
崩れた防御が立て直され始め、再び『絶対防御』が展開されるその時、今度は地を這う影の牙が塞がり始めた防御の穴を砕いた。
「猪野郎ッ!!」
「【
四対一。
不意を突かれ、都市の中でも最上級に位置する冒険者達による波状攻撃に晒されたオッタルの『絶対防御』についに完全な綻びが生じる。
「っっ!!」
二度と生じることのないその間隙にアイズは身を躍らせた。
崩れた巨体の後ろに見えた一本の道筋目掛けて疾走する。
「ぬんっ!!」
オッタルは超速の反射を見せ、崩れた状態でアイズ目掛けて最速の一撃を放つ。
しかし、その一撃に牙を尖らせた狼と双子の女戦士が喰らいついた。
「アイズになにすんのさ!」
「誰に剣向けてやがんだッ、この糞猪がッ!」
「させないわよッ!」
「チッ……」
ベートがオッタルの剣を受け止め、ティオナとティオネが追撃の芽を摘む。
仲間に助けられたアイズは心の中で三人に感謝し、通路を駆け抜ける。
風となり、あっという間に見えなくなってしまったアイズを見てオッタルは眉を顰める。自分の速さでは彼女の速さには届かない。彼女に追い付いても既に終わった後だろう。
臨戦態勢を解いたオッタルに三人も怪訝な顔を浮かべながら、動きを止める。
「やけに親指が疼いていると思えば……遠征に加えてこれも含まれていたということかな?」
沈黙が走る事数秒、オッタル達がいる所とは真逆の方角から少年の声が届く。
そちらに目を向けたオッタルが予想通りの人物の登場にその双眼を細める。
「やあ、オッタル」
「……フィンか」
口々に何かを言い、塞いでいた通路を進んでいくティオナとベートを背景に、旧友のように声を掛けてくるフィンを見て、オッタルは持っていた大剣を地面に突き刺す。
そこでフィンに続いて現れた
「リヴェリア、気持ちはわからないでもないが少し抑えてくれ」
「…………ああ」
返事をしたが、敵意を衰えさせることのないリヴェリアにフィンは苦笑いを浮かべる。
しかし、次の瞬間には団長の顔に切り替わり、その場で団長として話し始めた。
「どうして君が僕達に襲い掛かったのか……それはまあどうでもいいか。敵を討つのに時間も場所も関係ないしね」
「その通りだ」
「だから僕が聞きたいのは一つだけ。この戦いは派閥の総意、ひいては君の主の神意として受け取っていいのかな? 女神フレイヤは僕達と全面戦争をお望みかい?」
本気でそのつもりなら相手になるぞ、と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべるフィンにオッタルは押し黙る。三人の鋭い視線に晒されながら彼は珍しく諦めたように口を開いた。
「……俺の独断だ」
低い声音でそう告げるオッタルに、フィンは挑発的な笑みを控える。
武器を全て放棄し、オッタルはフィン達の横を素通りした。
「お前達が徒党を組む以上、俺に勝ち目はない」
「多大な評価に感謝しておくよ。冷静な判断にもね。僕達としても『遠征』の途中で君と事をかまえたくはない」
最後にフィンにそう呟いたオッタルは視線を一身に浴びながら
アイズの必殺によって生まれた無数の裂傷から血を滴らせ、オッタルは細く暗い通路を歩んでいく。
「とどめられなかったこの不覚、呪うぞ」
歩みを止めず呟いたのは自らの弱さに対する呪いの言葉。
あの場を通さないという目的を達成できなかったのは全て自らの弱さが原因。
「自分の無力を棚に上げ、言おう」
だが今だけはそれを無視して、武人は前を見据える。
迷宮の奥から
「殻を破れ、他者の手などはねのけろ、『冒険』に臨め。お前が見るべきものは『前』だけだ。あの方の寵愛に応えろ」
屈辱と敗北の『泥』を浴び続け、そこに至った『頂天』は最後に言った。
「『勝者は敗者の中にいる』と、証明して見せろ」
『弱者の咆哮』を轟かせろ……と。
────勝ち目なんて、ほとんどない戦いだった。
それでも抗ったのは、ただ嬲り殺しにされるのなんて嫌だったから。
「……っがは」
あの日の再現のようにダンジョンの天井付近までかち上げられ、あの日のようにはいかないと勢いよく地面に叩きつけられた僕は激痛によって強制的に覚醒させられた頭でそんなことを考えていた。
負けた。完膚なきまでに。
純粋な
それでもここまで戦闘になって生きてこれたのは炎雷の初見殺しと風と雷の魔法が僕の動きを助けてくれたから。でも、それももう効かなくなってきてしまった。
地に伏せる僕の耳に猛牛の雄叫びが入ってくる。そしてすぐにこちらに近付いてくる足音が。
逃げなきゃって思って体を動かそうとしたけど、上手く動かない。体がどこかおかしくなってしまったのかもしれない。
それとも、心がもう折れてしまったのか。
(結局……最期までこいつに勝てなかったな……)
幼い頃に勝負にすらならずに負けて、冒険者になって少しだけ戦えたけど負けて、乗り越えようと挑んだこいつにあと一歩届かずに負けて、そして……今、また負けた。
負けで始まった僕の冒険者人生。大きな勝利の記憶なんてほとんどない僕の冒険者人生。
せめて一度くらい『英雄』のように戦って、勝ちたかったな……
…………英、雄……
頭を過ぎるのは星空の下で泣き笑いを浮かべる少女の姿。
背中が焼けるように熱く、燃え上がった。
「まだ……死ねない……っ」
死ぬわけには行かない。
まだ、『約束』を果たしてなんかいない……!
砕けた心の破片をかき集め、立ち上がる。
生きることを諦めていた自分自身に唾を吐き捨て、前を向こうとする。
覚悟を固め、もう一度ミノタウロスに戦いを挑もうとした……その時だった。
「…………?」
優しい風が、僕の頬を撫でた。
同時にミノタウロスが足を止め、ダンジョンに静寂が走る。
僕はそんな静寂に気付くことすらできずに目の前に姿を現した『風』に目を見開いていた。
「────あ」
『風』が────アイズさんが、そこに立っていた。
「…………」
見間違えるはずがない美しい黄金の長髪。僕を見つめてくる優しい瞳。僕を守るように吹く風。
幼い頃の記憶の風景とそっくりな構図で、アイズさんは立っている。
「……ヴォオ」
漆黒の猛牛は自分の前に立ちふさがった乱入者を油断なく見据えていた。
そこにあるのは僕と戦ってた時とは比べ物にならないほどの警戒とわずかな怯え。
「……よく、立ち上がったね。よく頑張ったね」
アイズさんは優しく微笑んでそんな労いの言葉をかけてくる。
彼女以外の誰かの声が後ろから聞こえてくるけど、目の前のアイズさんとうるさく鳴り続ける心臓の音に意識を奪われていく。
「あとは、任せて」
そう言って前を向いたアイズさんを見て、ふっと力が抜け、その場に両手をつく。
継ぎ接ぎだらけの心も、傷だらけの体も、彼女に守られることを受け入れようとしていた。
そうだ……
背中で燃え上がっていた熱が、冷えていくのを僕は────
…………
────許すことが出来なかった。
覚悟を決めたというのにまた守られようとする自分の弱さが許せなかった。
何度守られれば、何度この人に助けられたら気が済むんだよッ!
この人の『英雄』になるって誓いは、口先だけのものだったのかよッ!?
「~~~~~~~~~~ッッ!!」
強くなるって約束したんだろ。守るって誓ったんだろ。
そんな人の前でこれ以上醜態を晒すな。男なら、惚れた女の前でくらい恰好をつけてみろ。
「ッ!」
過去の記憶がそんなに怖いか?
この人との約束を果たせないことよりも、怖いのかっ!?
あの日の『誓い』を破る以上に怖いものなんてないだろうがッ!!
「…………ないんだっ」
覚悟を取り戻せ。
いつまでも過去の恐怖に囚われるのはやめろ。
守られることに甘んじている弱い自分を捨てろ。
今ここで、この人の前で、殻を破ってみせろッ!
敗北に縛られていた心が燃え上がる。
昂る心の赴くままに僕は立ち上がった。
「もうあなたに守られるわけには、いかないんだっ!!」
少し力を入れれば折れそうなほどに細い彼女の腕を掴み、背後に押しやる。
彼女が息を呑む気配を感じながら、前に立っていた彼女を庇うように僕は立った。
「────ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
再び立ち上がった僕の姿を見て、漆黒の猛牛は喉が裂けんばかりに歓喜の叫びを上げる。
剣を向ける僕の鏡像のように、ミノタウロスも口元に凶悪な笑みを浮かべ、剣を構えていた。
「……!」
何度敗北を繰り返そうが、生きているのなら前に踏み出せ。
どれだけ屈辱を感じても、無力感に襲われても、それを礎に変えてみせろ。
「勝負だッ!!」
────『勝者は敗者の中にいる』と証明して見せろ!
ここまで見ていただきありがとうございました。
これからもどうかよろしくお願いします。