二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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悪夢のその先へ

「おおおおおおおおおおおっ!!」|

 

 ベル・クラネルは駆けだした。

 風雷を身に纏い、立ち尽くす少女を背に、決して逃れることのできない『運命』に挑む。

 アイズに遅れてその場所に辿り着いた【ロキ・ファミリア】が目撃する中、ベル・クラネルとミノタウロスが激突した。

 

「おい、アイズ! 何ぼさっと突っ立ってやがる! さっさとあのガキを────」

 

 弱者を許さない狼人(ウェアウルフ)の青年は少年を助け出そうと動き出し、アイズの横に並んだところで動きを止める。

 そして、目の前で繰り広げられる光景に自らの目を疑った。

 

「…………あ?」

 

 凶悪な大剣を振り回すミノタウロスと紫紺の輝きを宿す漆黒の剣を閃かす少年。

 どちらとも一歩も引かずに激しい剣戟を繰り広げていた。

 

「ん? んん!?」

 

「ほんと、さっきから何が起きてるのよ……」

 

 二人の女戦士(アマゾネス)も加勢に向かおうとしていた足を止める。

 戦況こそ圧倒的な身体能力を活かした攻撃と防御を繰り出す漆黒の猛牛が終始有利ではある。だが少年が不利なのかと言われると決してそうではない。

 足りない能力は風と雷が、それでも埋まらない差を戦いの中で成長し続ける『技』と『駆け引き』で補い、少年は互いの命を懸けた死闘を成立させていた。

 

「ああああああああああああああああッ!!」

 

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 銀の大剣に漆黒の片手剣が衝突。互いの咆哮がぶつかり合う。

 跳ね返された少年は剣を地面に突き刺し、地面を斬り裂きながら急停止。すぐさま背後で風を爆発させ、それが生み出した推進力を利用し、振り下ろされる大剣より早くミノタウロスの懐へ潜り込もうとする。だがそれよりも早くさらに加速した大剣に防がれ、追撃を浴びる前に後退し、間合いを開く。

 

「何が起きやがった……」

 

 ベート達(Lv.5)でも多少手こずるかもしれない真正の怪物を相手に繰り広げられる互角の死闘。

 

 ベートが、ティオナが、ティオネが、フィンが、リリを抱くリヴェリアが。

 誰もがその戦いに引き込まれ、一歩も動くことが出来なかった。

 

 冒険者としての本能が、この戦いを見逃してはいけないと叫んでいた。

 

(あのミノタウロスの純粋な能力はおそらくLv.4……下手したらLv.5に踏み込んでいる。加えてオッタルが仕込んだとみられる『技』と『駆け引き』……今の彼が勝てる道理など一つもない)

 

 戦いに引き込まれた中でもフィンは冷静にその戦いの分析をしていた。

 現状の情報だけを見ると彼が少年を贔屓目に見ていても、漆黒の猛牛に勝つ未来は見えない。

 

 だがそれでも────

 

(この戦いを成立させているベルの『勇気』……あれには期待せざるをえない)

 

 ミノタウロスがねじ伏せようと繰り出す攻撃に少年は一切臆しない。

 臆せば死ぬ、臆さずとも死ぬ可能性が高い極限状態。そんな中で少年は取り戻した覚悟を聖火に変え、【勇者(ブレイバー)】が魅入られるほどの勇気を示し、己の全てを猛牛にぶつける。

 

 剣戟が繰り返される度、幾多の火花が散っていた。

 高らかな風の音が生まれ、生まれた風の音が少年の背中を押していた。

 

 その戦いはまるで物語の一頁のように、見る者の目を奪い、そしてその心を熱くさせる。

 一人の少女はその戦いに喜劇の物語であり、英雄譚である一つの話を重ねていた。

 

 ────『アルゴノゥト』。

 

『英雄』を夢見た一人の青年が、猛牛(ミノタウロス)迷宮(ラビリンス)に攫われた王女様を救いに向かう物語。

 

 時には悪い人に騙され(人の悪意に翻弄され)

 時には王様に利用され(王国の闇に触れ)

 それでも騙されていることに気付かない(それでも笑顔を浮かべ続けた)

 

 友人の知恵を借りて。

 精霊から武器を授かり。

 なし崩し的に王女様を助け出してしまう。

 

 滑稽な英雄の話。一切の悲劇などない、喜劇として語り継がれる英雄譚。

 

 ────閉じておかなければならない()()()()()()の物語。

 

「あたし、あの童話、好きだったなぁ……」

 

 ティオナの優しい声がアイズの耳朶をくすぐる。

 アイズもその物語は知っている。母が話してくれた……母が愛した物語の一つだったから。

 

 ()に囚われてしまった過去の情景。

 その英雄譚に対して自分がどんな感情を持ったのか、今となればもう思い出せない。

 

 ────このお話は、好き?

 

 ────わからないよ……もう、私には……

 

 思い出の母の声にそんな曖昧な答えしか返せない。

 あの英雄譚が好きかなんて、もうアイズにはわからなかった。

 

 それでも……

 

 それでも────

 

(目が、離せないの……)

 

 英雄譚ではない、約束の少年の戦いに。

 アイズは左手をぎゅっと胸の前で抱き、ベルの戦いを見守る。

 

 多くの者が、一柱の美神が、約束の少女が見守る中、死闘はさらに熱を帯びていった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 前に出ろ、前に出ろ、前に出続けろ。

 凶刃を越えて前へ、咆哮を越えて前へ、過去(悪夢)を越えて前へ。

 

 臆せば死ぬ、臆さずとも死ぬ、ならば臆さず死ね。

 前に出続け、可能性を手繰り寄せ、生き延びろ、打ち勝て。

 

 全身を奮い立たせろ、魂を燃やせ、己の全てを賭けて駆け抜けろ。

 お前が『英雄』なんてものになりたいのなら。

 

 死闘は続く。

 

 しきりに互いの立ち位置を入れ替え、その間も二頭の雄の間で剣閃が走り続ける。

 絡み合う二頭の動きは止まらず、剣戟の数は既に数十を超えた。

 

 その際に互いが負うのはかすり傷のみ。今の状態では剣だけで決着がつくことはない。

 故にその死闘は一つ、ギアが上がる。

 

「【ファイアボルト】ッ!」

 

 炎雷が轟く。

 仕切り直しとなって以降、迎撃にのみ使っていた炎雷を初めて剣戟の間にねじ込む。

 決定打にならないことなど承知の上。魔法によって生まれた空白を逃さず、ベルは黒剣を一閃。猛牛はそれを回避することが出来ず、初めてかすり傷以外のまともな傷が生まれた。

 

「あの皮膚を貫きやがった!」

 

「だが浅い。あれでは……ん?」

 

 リヴェリアの視界の先で胸に傷を負ったミノタウロスが後ろに飛ぶ。

 距離を取ったその姿にその場にいる誰もが突撃体勢を幻視する。

 

 だが漆黒の猛牛は動かない。

 大剣を構え、少年が動き出すのを()()

 

「まさか……!」

 

 そこでフィンが何かに気付いたのか瞠目し声を上げる。

 そんな声など耳に入ってこないほど戦闘に入っている少年は、一瞬の迷いを振り払い、炎雷を走らせながら自分を待つミノタウロスへ襲い掛かった。

 

「どうしましたか、団長」

 

「……いや、まさかそこまで仕込んでくるとは思ってなくてね」

 

 疑問符を浮かべる団員達に目を逸らさない方がいい、と苦笑交じりに答えたフィンはできることならこの嫌な予感は外れてほしいと願う。

 だが続くミノタウロスの行動を見て、その予感に確信を持った。

 

 少年のギアが一つ上がった。

 ならば猛牛のギアが一つ上がるのもまた必然。

 

 迸る無数の炎雷を()()

 それに追随する少年の剣技を()()

 

「なっ……!」

 

 少年の連撃をはじき返したその姿に【ロキ・ファミリア】は息を呑んだ。

 

『絶対防御』

 

 少年の攻撃を防御し続けるミノタウロスが今もなお見せる動きに『最強』の姿が重なる。

 本物にははるか遠く及ばないとはいえ、確かな『技』と『駆け引き』を以て、漆黒の猛牛は少年の攻撃を一つ残らず無力化していた。

 

「オッタルのものほどじゃないとはいえ……流石に厳しいんじゃ……」

 

「大丈夫だ。あの子なら……ベル・クラネルなら必ず越えてくる」

 

 言葉とは裏腹に組んだ腕に力が入っているが、リヴェリアのその目はベルの勝利を信じて疑っていない。アイズも同様の視線をベルに向けている。

 

 二人の信頼を一身に受けるベルは反撃によって吹き飛ばされた勢いのまま、大きく後退。

 今の攻勢を全て無力化され、反撃を食らったことでこのままの攻撃では意味がなく、全て潰されるとベルは確信を持つ。

 

(モンスターを相手取ってると思ったらダメだ。こいつには確かな()()がある。人を相手にしていると考えなきゃ、僕はこいつに勝てない……もっと相手を見ろ、必ず隙はあるはずだ)

 

 深く息を吐いたベルは、変わらず待ちの態勢を取るミノタウロスに攻め入る。

 猛牛の防御を抜こうと上方、下方、正面、側面、背面、ありとあらゆる場所を縦横無尽に駆け抜け、多角度の斬閃に炎雷を織り交ぜた猛攻を仕掛けた。

 

「グルゥウ……!」

 

「ッああ!!」

 

 猛牛の不完全な『絶対防御』は『頂天』のような不動の防御ではない。

 それでも、少年の猛攻を防ぐには十分に足りてしまうほどの完成度がある。

 

「よく凌いでやがる。そんでもってよく攻めてやがる。だが……」

 

「……攻めきれない」

 

 歯がゆいものを見るような瞳でベートは舌打ちと共に呟き、フィンの細めた瞳の先で剣撃を防がれたベルが炎雷をぶつけるが全て弾かれる。

 皮膚に残るのはわずかに焦げた痕のみでダメージに至る傷とはならない。ベルが扱う速攻魔法では決定打には足りない。

 

「ふー……」

 

 裂けた額から血が混じる汗を流しながら、間合いを開いたベルはもう一度深く息を吐く。

 

 攻撃を繰り返しても抜くことの出来ない漆黒の防御を前に実力の差を誤魔化していた自らの『技』と『駆け引き』に限界を感じる。

 捨て身で魔石を狙うことも考えたが、猛牛はあの一撃以降、黒剣に意識のほとんどを割いている。その剣が自らの命を絶つ可能性が最も高い武器だと勘付いているのだ。

 加えてミノタウロスは『絶対防御』の意識をその剣に対してのみ向けることで不完全な防御の質を格段に引き上げ、捨て身の一撃必殺すら許さない。

 

(一見すると手詰まりだ。だが……その顔はまだ何かあるんだろう?)

 

 さあどうする、とフィンが見つめるその先でベルは動き出す。

 流れる血と汗を拭い、足に力を込め、駆けだすと同時に────

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け】」

 

 ────『詠唱』を始めた。

 

「『並行詠唱』!?」

 

「それもそうだけどあの詠唱って……!」

 

 冒険者となって一月程度しか経っていないベルが使用する高等技術、そして聞こえてくる詠唱文に【ロキ・ファミリア】の面々がその目を大きく見開き、声を上げる。

 膨れ上がる魔力に猛牛が反応を見せるが、防御の姿勢を崩さない。ただ撃ってくるのであれば防ぐことも回避することもできると判断しているのだ。

 故にベルはその牙城を崩すべくさらに賭けに出る。並行詠唱の際の行動(アクション)を二種類……攻撃と詠唱に限定し、回避の選択肢を潰した。

 

「ちょ、無茶しすぎでしょあの子!?」

 

「あれぐらいしねぇとあいつじゃ倒し切れねえんだろ……!」

 

 それに気付いた歴戦の冒険者達でさえ戦慄を禁じ得ない無謀な行動。必要最低限の回避と防御、移動以外のリソースの全てを攻撃に注ぎ込む。

 いくらミノタウロスが『絶対防御』を展開しているとはいえ、隙が生まれれば反撃(カウンター)が来る。それも圧倒的な力と速度で放たれるものが、だ。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

 だがベルはその反撃を強化された速度で潰す。ミノタウロスが大剣を繰り出そうとする頃にはもう既にベルの姿はなく、雷の残滓だけが空間に漂う。

 十数秒も経てばこの怪物はその動きに慣れ、捉えてくるようになったかもしれない。

 

 だから、そこでベルが選んだのは短文詠唱。

 都市最強魔導士の第一階位攻撃魔法。

 

「【吹雪け、三度の厳冬────我が名はアールヴ】!」

 

 足元に展開されていた魔法円(マジックサークル)が輝く。

 大きく後ろに飛んだベルは埋め込まれた魔宝石が輝く剣を突き出し、魔法を紡いだ。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 絶対零度の氷結が漆黒の猛牛に襲い掛かる。

 9階層の空間に満ちる大気すらも凍てつかせるそれは、直撃さえすれば本来の威力に遠く及ばなくとも死闘の趨勢を決めるには余りある威力であった。

 

 だが────

 

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

「あれを耐えた!?」

 

 半身のほとんどを霜と氷で覆いながらも、漆黒の猛牛は健在だった。

 氷結を回避するために動くと同時に大剣を盾として犠牲にすることで直撃を回避したのだ。

 

「グルゥ……」

 

「……笑ってやがる」

 

 咆哮が収まると猛牛の顔には凶暴な笑みが浮かんでいた。

 まるで少年との戦いを楽しんでいるかのように。

 どんな手で来ようとも叩き潰してやると言わんばかりに。

 

「切り札を切っても倒し切れなかったのはきついわね……」

 

「でも、武器は奪ったよ。あれならあの防御も────」

 

 対照的な表情で戦況を見守る姉妹の前でベルが膝をついた。

 ひどく呼吸が乱れており、荒い息を絶えず吐き続けているその姿にリヴェリアは気付く。

 

精神疲弊(マインドダウン)か……!」

 

「二種類の付与魔法(エンチャント)に何十発と撃っていた炎の魔法、そしてリヴェリアの攻撃魔法……彼のLvでこれだけやって精神枯渇(マインドゼロ)にならない方が不思議な話だよ」

 

 剣を杖にして倒れないようにするのが精一杯の姿にフィンとリヴェリアが顔を歪ませる。

 ミノタウロスが披露した『疑似絶対防御』の要であった大剣を奪い、ここから仕切り直しというところで訪れてしまった限界。

 たとえここで終わったとしても少年を責めるものなど誰もいないだろう。圧倒的な差のある相手を前に一歩も退くことなく、死闘を繰り広げたのだ。

 

「……僕達の目の前で死なせるわけには行かない。戦闘準備を」

 

 だからこそフィンは思わずにはいられない。

 

 もう少しだけ攻撃力があったら。

 もう少しだけ精神力(マインド)があったら。

 もう少しだけ『技』と『駆け引き』が巧かったら。

 もう少しだけ────

 

 そんな多くのたらればを。

 フィンの指示にその場にいる【ロキ・ファミリア】の幹部がそれぞれ武器を構える。

 膝をつく少年を助け出そうと幹部達が足に力を込め、飛び出そうとしたところで。

 

「待って」

 

 唯一武器を構えていなかったアイズがそれに待ったをかけた。

 静かだが不思議とよく通ったその声にそれぞれ急制動をかけ、彼女を見つめる。

 

「まだ、ベルは負けてない」

 

 アイズのその左手は彼女の心中の不安を表すように胸の前で強く握られている。

 だがその眼差しに込められた意味は変わらない。

 

「私は、ベルなら勝てるって……信じてる」

 

 アイズがそう呟いた直後、剣を握るベルの右手が強く握りしめられた。

 少年は震える左足を鼓舞するように左拳で殴りつけ、その震えを無理矢理止めて立ち上がる。

 視界が揺れるのか、ふらふらと上体から崩れかけるが、それでも支えもなしに自らの足で立つ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「ッッオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 膝をついていた少年にどこか失望の眼差しを向けていたミノタウロスだったが、息も絶え絶えで立ち上がり、自分を強く睨みつけてくる仇敵にこの戦闘で最も大きな咆哮を上げた。

 

 両者対照的な姿でありながら、見据えるのは互いに勝利の座のみ。

 両雄のその眼に映るのは互いの姿のみ。

 

 死闘の終幕が近付いていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ────あの人の声が聞こえた。

 

 こんな情けない僕を見てもまだ負けてないって。

 僕が勝つことを信じてるって。

 

「…………ッ!!」

 

 ────その信頼に応えたい。応えなきゃいけない。

 支えにしていた黒剣を強く握りしめ、引き抜く。

 

 ────祈るように僕を見ているあの人を笑顔にしたい。

 精神疲弊(マインドダウン)の後遺症で震える足を殴りつけ、黙らせる。

 

 ────だから、お前を倒す。

 地面を強く踏みしめ、揺れる視界でミノタウロスを睨みつける。

 

「ッッオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 ────お前を超える。

 

 その咆哮にはどこか歓喜の色が混じっていた。

 何がそんなに楽しいのか、嬉しいのかわからないけど、このまま楽しませるつもりは毛頭ない。

 

「……いくぞ」

 

 ────この戦いに終止符を打つ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 大剣を失ったからか防御の態勢を解いたミノタウロス。

 ベルはその凶悪な腕から繰り出される一撃をいなして、顎を蹴り上げる。

 

「ヴォッ!?」

 

 体格、能力の全てにおいて劣ってる少年にとってその体は全身が武器。中でも注意しなければいけないのはその角。特に歪に変化、成長している左の凶角。

 あれは絶対にまともに受けてはいけない。防御も受け流しを狙うのも絶対にダメだ。大剣の攻撃も大概だったが、あれでもまだ防ぐ手段はあった方だ。凶角の攻撃は防御も受け流しも越えてくる。当たれば即死か良くて致命傷だ。

 

 確信を持って戦うベルは視界が上向いたミノタウロスの股下を潜り抜け背後に回る。

 振り向きざまにその背中を逆袈裟に斬りつけ、さらにその傷に交差させるように斬り上げた。

 苦悶の声が響いた次の瞬間にはミノタウロスは振り向いた勢いのまま、その角でベルの体を斬り裂きにかかる。

 

「ッ!?」

 

 だが斬り裂いたのは雷の残滓。

 ミノタウロスが苦悶の声を上げた瞬間には既にベルは正面に回っていた。

 大きな隙を晒したミノタウロスは驚異的な反応速度で迎撃に移ろうとするが、もう遅い。

 その目に映ったのは紫紺の輝きを放つ黒剣、その一撃が左腕を捉える所だった。

 漆黒の刃が漆黒の皮膚に食い込み、一瞬拮抗。次の瞬間、通常よりもさらに断ちにくいはずの肉を、骨を、筋線維の全てを断ち、その左腕を斬り飛ばした。

 

「ォ、オオオオオオオオオッ!!?」

 

「斬ったッ!!」

 

 血飛沫が舞い、フィン達が瞠目する中、ベルは動きを止めず、ミノタウロスの体を駆けのぼる。

 左腕を失い、苦しむミノタウロスの肩を蹴り飛ばし、宙に舞ったベルは天井に向けて炎雷と風を爆発させ、急降下。そしてベルは爆発的な速度と全体重を乗せた一撃を猛牛に叩きつけた。

 

「オ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオッッ゛!!」

 

 血走った眼を限界まで見開いた漆黒の猛牛はそれを打ち砕こうと凶角で迎え撃つ。

 激突の瞬間に9階層とその上下の階層が揺れるほどの衝撃を放った黒剣と凶角は拮抗。どちらも一歩も退かなかった激突は全くの互角に終わり、互いの体が大きく吹き飛んでいく。

 

「あれで傷一つつかないってバカげてるだろ……!」

 

 力の差を理解した上で角による防御ごと体を断つつもりで放った一撃だった。

 断つどころか罅も傷も見当たらないその角に思わずベルが毒づく。

 

「ゴォオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 叫びを上げながら飛び掛かってくるミノタウロスの巨体をかわし、すれ違い様に複数の炎雷を撃ち込む。至近距離からの魔法に巨体がわずかに揺らぐが、やはり決定打にはならない。

 だがベルがその魔法に望んだのは決定打ではない。枯渇しかけている精神力(マインド)を使ってまでも今のこの状況をベルは望んだ。

 

 何度も撃ち続けた炎雷によってついに強靭な黒皮の一部が焼け落ちていく。そしてミノタウロスを中心に9階層に発生する黒煙と爆炎。それによってミノタウロスがベルを一瞬見失う。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

「ッオオ!?」

 

 ベルは何度も猛牛の背からの攻撃を繰り返した。それによって猛牛に埋め込まれた一つの意識。

 知性があるからこそ、次も背後から来る、と正面からの攻撃に対する警戒の意識を背後に回してしまっていた。

 

 その虚を突いた黒煙と爆炎を突き破る正面突破。

 左腰から右肩にかけてを斬り裂いていく渾身の一撃。

 

「ヴグォア!?」

 

 深く斬り裂かれた傷跡から大量の血飛沫が舞う。

 ぐらりと後方によろめくミノタウロスの巨体。ようやく生まれた千載一遇の好機。

 

(絶対に逃さないッ!)

 

 黒剣の強撃が迸る。

 風のように疾く、雷のように鋭い連撃が休むことなく漆黒の猛牛の巨体を斬り裂き続けた。

 

「押してるわよ!!」

 

「そのまま攻め続けろーっ!」

 

 ここまでの防御され続けた鬱憤を晴らすかの如く繰り出される強連撃。

 防御も反撃も許さないそれはまさに嵐。縦横無尽に走る黒剣が猛牛の体に次々と裂傷を作り、噴き出す血はその黒剣に巻き込まれ、血煙となって霧散する。

『疑似絶対防御』によってほぼ無傷だったミノタウロスの体に決して浅くない傷が生まれ、確実にその命が終わりに近付いていく。

 

「ッッッッ────オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 怯んでいた漆黒の猛牛が獣の本能を迸らせた。

 お前に負けるわけにはいかない、と戦意が最高潮に達したミノタウロスが傷つくこともお構いなしに放った剛腕の一撃が嵐を押し止め、ベルの体を後退させ、傾いた戦況を食い止める。

 

「…………っ」

 

「フゥーッ、フゥーッ……!」

 

 これ以上不利になることを食い止めたとはいえ、ミノタウロスのその体は既に満身創痍。

 ベルの体もいつ倒れてもおかしくない状況だが、今の嵐にもう一度巻き込まれてしまえば敗北は必至。それを理解できてしまう知性が漆黒の猛牛にはある。

 

 故に、ミノタウロスが取る行動は一つだけだ。

 全身の傷から血を流しながらミノタウロスは右腕と肘から先がない左腕を地面に振り下ろした。

 追い込まれたミノタウロスに見られる突撃体勢。己の最大の武器である角を使った切り札。

 進路上の物全てを薙ぎ払う強力無比な一撃。凶角が加わったそれは当たりさえすれば第一級冒険者にすら一矢報いることもできるかもしれないほど強化されている。 

 

 押し戻した際に生まれた彼我の間合いはそこまで長くない。だがそれで十分だ。

 互いの状態を考えれば、この距離──およそ5Mでも十分に殺し切れる。

 

「……ふー」

 

 最も警戒していた凶角が向けられてもベルは冷静だった。

 静かに漆黒の猛牛が最も警戒していた黒剣を構え、それを迎え撃つ。

 

 ぶつかり合う意志と意志。周囲の空気が極限まで張り詰め、二匹の雄の眼光がかち合う。

 

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!」

 

 そして、突っ込んだ。突っ込んでしまった。

 

「馬鹿がッ!」

 

 選んでしまったのはその場面で最も愚策と言える真っ向勝負。

 非難の声を上げたベートを筆頭に【ロキ・ファミリア】の冒険者達が顔を歪める。

 そんな彼らを置き去りに少年は()()()()()()()()()、彼我の距離をミノタウロスよりも速く詰め、突撃の助走距離をさらに潰した。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 だからなんだ、とでも言うように猛牛が叫び、凶角が仇敵の身を穿とうと最下段で溜められる。

 それに対してベルも漆黒の長剣を振り上げ、最上段で力を溜める。

 

 最上段からの振り下ろしと、最下段からのすくい上げ。

 決着の一撃が邂逅する。

 

「「────ッ!!」」

 

 再び、激突。

 より深く間合いを詰めることで威力を減衰させたことが功を喫し、凶角の一撃と風雷を纏う黒剣の一撃の激突はほぼ互角。だが────

 

「っッ!?」

 

 拮抗するかと思われたその時、ベルの体が弾かれた。

 

 ここまでの長時間の戦闘で奪ったのは精神力(マインド)だけではなかった。はるか格上の敵にすら対抗できる二重付与魔法(デュアルエンチャント)と精神が擦り減る漆黒の猛牛との戦闘はその体から体力を奪い、もはや無視できないほどにダメージを蓄積させていたのだ。

 

(げん、かい……こんなところで、あと少しなのに……!)

 

 渾身の一撃を弾かれ、無防備を晒すベルの体。

 その体に猛牛の凶角が突き刺さる────

 

「ベル……!」

 

「────ッッ【ファイアボルト】!!」

 

 アイズの声にベルは目を見開き、天井を向いていた左手から炎雷を放つ。

 炎雷を放った際の衝撃で宙に浮いていた角によって貫かれようとしていたベルの体が地面に叩きつけられる。わずかに突き刺さっていた凶角にインナーと胸を抉られ、血が零れるがそんなものを気にする余裕はない。

 奇跡的に回避し、その場を転がるように離れるが猛牛は既に追撃に入っている。

 

(限界だからなんだッ! そんなものが負けていい理由になんてなるもんかッ!!)

 

 地面を削りながら向き直り、速度に乗っている猛牛に立ち向かった。

 同時に全身に纏っていた雷を集中的に左手に集める。24階層で漆黒の猛牛をあと一歩まで追い詰めた雷爪を再び作り出した。

 

(限界なんてっ、いくらでも超えてみせろッ!!)

 

 雷光を迸らせる左手の爪。

 そして鳴り響く小さな(チャイム)の音。

 

「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 それに臆すことなくミノタウロスはさらに加速する。

 すくい上げられるように放たれる雷爪に対して、二度はないとその凶角を振り下ろした。

 ぶつかり合う雷爪と凶角、拮抗は一瞬。勝ったのは────ミノタウロスの凶角だった。

 

「────」

 

 振り切られたが空に霧散する雷爪。

 三度の衝突によって罅が走るが、未だ健在の凶角。

 

 全ての手札を切らせたと、猛牛が勝利を確信した剛毅な笑みを浮かべた。

 しかし────未だ鳴り続ける(チャイム)の音にその笑みが消える。

 

 そして、少年を見下ろした漆黒の猛牛は見た。

 

 ────自らの命を侵す、白き光を。

 

「────ッ!!?」

 

 あの日、切り札として切った左手の雷爪は囮。

 本命は(チャイム)の音が鳴り響く白い光に包まれた黒剣。

 

 逆手に構えられた黒剣が強靭な腕も凶角も振ることの出来ない超至近距離で振り切られる。

 その斬撃が漆黒の猛牛を斬り裂く瞬間、ベル・クラネルは咆哮した。

 

 

 

 

 

「ファイアボルトォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 

 

 

 

 紅緋と純白の閃光が漆黒の猛牛を呑み込んでいく。

 呑まれる瞬間、ベルはミノタウロスが悔しそうな笑みを浮かべていたのを目にした。

 爆発的に膨れ上がった炎雷は猛牛の肉体どころか断末魔すらも焼き尽くし、凄まじい熱波と衝撃波が黒剣によって生まれた傷から入り込み、猛牛の体内に存在する『魔石』を消し飛ばす。

『魔石』を消し飛ばされた漆黒の猛牛が炎の中で灰に変わっていく。後に残るのは大量の遺灰とドロップアイテムである『ミノタウロスの凶角』。

 

「勝ち、やがった……」

 

 降りしきる血と灰の雨。

 そんな場所で天を見上げていたベルの焼け焦げた左手が勝利を噛み締めるように強く握られた。

 そしてすぐに全身から力が抜け、糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちていく。

 

「…………っ」

 

 誰よりも早くその場を飛び出したアイズが地面に激突する前にその体を優しく受け止める。

 意識はないが、穏やかな寝息を立てるその姿に少女は泣きそうな微笑みを浮かべていた。

 

 ある者はその『偉業』を讃え、ある者はその『偉業』に奮起し、またある者はその『偉業』に畏怖のようなものを覚え、誰もがその少年の名を二度と忘れぬよう心に焼き付ける。

 

 その日、この時代の『英雄』達は確信した。

 新たなる『英雄』が生まれようとしていることを。

 




この話を以て、この章は終幕となります。
次回から雪の話を予定しています。章としては短いものになるかもしれません。
あくまで予定となっておりますのでご了承ください。

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