二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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舞い散る雪と『灰色』の男
神会(デナトゥス)


 早朝、『豊穣の女主人』

 

「ふぁあ……眠たいニャ……」

 

 いつものように店前の掃除を始めるアーニャ。

 夜遅くまで起きていたのか大きなあくびをしているが、女店主による鉄拳制裁の恐怖が植え付けられたその体は絶えず動き続けている。

 

「それにしても……今日は天気も悪いし、もうちょっとで春だっていうのにこの寒さは一体何なのニャ」

 

 寒さを誤魔化すために体を激しく動かしながら彼女は空を睨みつけていた。

 道行く街の人々の姿は少ないが、目に入る人々のほとんどが寒そうにしていることからアーニャの勘違いから来る寒さではないことがよくわかる。

 外で準備を始めている他の店員達も予想外の寒さに口数少なく準備をしており、時間帯も相まって活気はあまりない。

 

「……よし、これで終わりニャ。寒いから早く中に……ニャ?」

 

 寒さを気にしても仕方がないと珍しく黙々と掃除を終わらせた彼女は店の中へ逃げるように入ろうとする。それに開店準備を終えた他の店員達も続き、扉を開こうとしたところでアーニャの鼻先に冷たい何かがふわりと溶け落ちる。

 

 彼女達が空を見上げると……曇天の雲から真っ白な雪が舞い降りてきていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「……おめでとう、【ランクアップ】だ」

 

「…………えっ?」

 

 ミノタウロスとの死闘を終えた後、丸一日寝込んだ僕は翌日のお昼時に目を覚まし、ホームで【ステイタス】の更新を行っていた。

 そこで神様から告げられたのは思わず聞き返してしまった【ランクアップ】の言葉。首だけを神様の方に向けると神様はすごく優しい笑顔を浮かべていたんだけど、その笑顔に隠し切れない怒気が含まれているのがよくわかる。

 

「一か月と半分でLv.3なんてすごいよベル君HAHAHAHA!!」

 

 更新のために使った銀の針で少し頬を膨らませた神様は僕の背中をブスブスと刺し始める。耐久のアビリティは結構高かったから体は痛くないんだけど、精神的に痛い……。

 

「ええっと……その……」

 

「……君を運んできてくれた二人とリリルカ君に聞いたけど、また異常事態(イレギュラー)だったんだろ? 君は異常事態(イレギュラー)に愛されてるのかな?」

 

 そんな愛はいりません……という僕の想いを感じ取ったのか神様は苦笑を浮かべて僕の背中から降りる。僕は体を起こして服を着ながら、今も鈍痛を訴えている左腕に目を向ける。

 火傷の跡などは今回も残ってはいないけど、やっぱり腕の動きは良くない。これが終わり次第、また治療院のお世話にならなければいけなさそうだ。

 

(あれはそんなに何度も使えそうにないな……いい使い方だと思ったんだけどな)

 

 一撃の威力は申し分ないけど一回でも使ったら腕がこんなことになるものを探索中に連発するわけにはいかないし……耐久のアビリティとLv.が上がればもっと使えるようになるかな……

 

 あの攻撃の使い方を考えていると、【ステイタス】を写し終わった紙を神様が手渡してくれた。

 

 

 

 

ベル・クラネル

 

【ステイタス】

 

 Lv.3

 力 :SSS1893→Ⅰ0

 耐久:SSS2201→Ⅰ0

 器用:SSS1998→Ⅰ0

 敏捷:SSS2165→Ⅰ0

 魔力:SSS2000→Ⅰ0

 

 幸運:G 耐異常:Ⅰ

 

《魔法》

 

【ケラウノス】

 

 ・付与魔法(エンチャント)

 ・雷属性。

 ・詠唱式【目覚めよ(ブロンテ)

 

【ファイアボルト】

 

 ・速攻魔法。

 ・戦意によって威力上昇。

 ・護るという意志によって効果向上。

 

《スキル》

 

風精誓約(エアリエル・オース)

 

 ・誓いを交わした者の魔法の発現(魔法スロットは使用しない)

 ・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。

 ・怪物種に対し攻撃力高域強化。

 ・誓いを違えた時、効果消失。

 

妖精王絆(アールヴ・ヴィンクルム)

 

 ・妖精王の魔法の発現(魔法スロットは使用しない)

 ・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。

 ・魔法効果増幅、射程拡大。

 ・戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。

 

英雄運命(アルゴノゥト)

 

 ・能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権。

 ・発動時、周囲の味方の戦意高揚

 

 

 

 

「発現した『発展アビリティ』は『耐異常』の一つだけだったから発現させておいたよ」

 

「ありがとうございます、神様」

 

 新しい魔法とスキルは発現しなかったけどこれでまた一つ約束に近付ける。

 それにこの【ランクアップ】は僕にとってすごく達成感のあるものだった。何故なら過去の敗北を超えた上での【ランクアップ】だったから。

 なんというか背負っていた重たい荷物から解放された気分だ。すごく視野が広がった気がする。

 

「この後は治療院に向かうんだろう? 診てもらったら今日は完全に体を休めること。リリルカ君も今日はお世話になっていた人の手伝いに行ってるからね」

 

「そうですね。僕も今日は休もうと思います。あ、それとギルドに報告にも行ってきますね」

 

 神様は午後からバイトがあるらしく途中まで一緒に行くことにした。

 準備をしていると神様から厚着をするように言われ、不思議に思いながらも何故かついていた暖炉の火を消して地下室から外へ出ると神様がそんなことを言った意味と暖炉に火がついていた意味が分かった。

 

「……雪?」

 

 外に出た僕達を空から舞い落ちる白い雪と純白の雪景色が迎えた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「…………Lv、3?」

 

「えっと……はい」

 

 治療院での診察と説教を終えたベルはその足でギルドへと向かった。

 冒険者の波のピークが過ぎていたおかげかそこまで時間がかかることなく担当アドバイザーのエイナと対面できたベルは【ランクアップ】をしたことを報告する。

 そして、ベルの報告を聞いたエイナは引き攣った笑みを浮かべ、その場で時間が止まったかのように固まった。

 

「………………冒険者になって大体一月と半分だよね?」

 

「はい」

 

「前回【ランクアップ】したのって、大体三週間前だったよね?」

 

「そう、ですね」

 

 沈黙が二人の間に走る。

 色々と考えを巡らせたエイナは頭が痛くなってきたのか眉間を抑えて椅子に深く腰掛け、一つ溜息をつく。それを見たベルがどこかバツが悪そうな表情をするが彼女は気付かない。

 

「一か月半で、Lv.3……本当に君は前例がないことを平然とこなしてくるね……」

 

 前回の【ランクアップ】の報告の際の反省があったおかげで大声を上げることはなかったが、はっきり言って叫んでしまいたいというのが彼女の本心だ。

 気まずそうに苦笑を浮かべているベルにエイナは天を仰いでいた視線を戻す。

 

「ええっと……」

 

「うん、ごめんね。ちょっと切り替えるの遅れちゃった」

 

 深呼吸を一つ入れる。

 この情報が公式発表された後の少年の未来を考えるとまだ頭が痛むが、浮かない顔をしているベルの顔を見てなんとか意識を切り替えた。

 

「とりあえずこれは言わなきゃね。ベル君、Lv.3到達おめでとう。頑張ったね」

 

「あ、ありがとうございますっ!」

 

 嬉しそうに年相応の笑顔を浮かべるベルを見てエイナも自然と笑みを浮かべる。

 その後はLv.2到達の時と同様に今日までの冒険者としての活動記録をベルが喋り、エイナが記録する時間となった。

 

「ヴァレンシュタイン氏と一緒に冒険者依頼(クエスト)で24階層に行ったぁ!?」

 

 特に問題なくその報告は終わりを……

 

「ミノタウロスの変異種かつ強化種と一対一で戦って勝ったぁ!?」

 

 ……かなり問題がありそうなベルの報告の度にエイナは叫び続け、報告が終わる頃には肩で息をするほど消耗することとなった。

 なお完成したLv.2及びLv.3までの冒険者ベル・クラネルの成長規範(モデル)はあまりにも過酷なその内容から両方とも最終的にお蔵入りとなった。

 

「報告をまとめただけなのにすごく疲れたよ……話忘れたことはない?」

 

「……そうですね。もう全部話したと思います」

 

「ん、わかったよ。じゃあこれで終わりかな。まだ他に何か私に用事あったりする?」

 

「いえ、大丈夫です」

 

 ベルの報告をまとめた用紙を揃えたエイナはその返事を聞いて立ち上がる。それに続いてベルも立ち上がり、二人で面談用ボックスを後にしようとする。

 

「あっ、一つ大事なこと言い忘れてた!」

 

 後にするというところでエイナは立ち止まりベルに向き合う。

 疑問符を頭に浮かべるベルと視線を合わせた彼女は口を開いた。

 

「ベル君の【ランクアップ】の公式発表のことなんだけど、結構遅れちゃってごめんね」

 

「いえ、それは大丈夫なんですけど……どうして発表が遅れたんですか?」

 

「ええっと……ベル君の【ランクアップ】が早過ぎてこれをそのまま発表するべきなのかっていう議論が長引いちゃって……」

 

 ベルの質問に困ったような笑顔を浮かべ、返答するエイナ。

 自分の【ランクアップ】の発表が自分の【ランクアップ】速度の問題で遅れているという答えにベルはなんとも言えない表情をするしかなかった。

 

「こ、今回はすぐに発表されると思うから。流石にこの短期間とはいえ二つもLv.を上げたってことをいつまでも隠しておくわけにはいかないし……あと『神会(デナトゥス)』が少し早まる影響もあるかな?」

 

神会(デナトゥス)』。

 その単語にベルが首を傾げる。

 

「『神会(デナトゥス)』って確か神様達の……本来はもう少し先でしたよね?」

 

「そうなんだけど、ロキ様の提案で神会(デナトゥス)の開催時期が急遽早まったんだよね。なんでも早急に神様達で情報共有をしておきたいことがあるとかなんとか……」

 

神会(デナトゥス)』は本来なら三か月に一度開かれる神々の会合。

 会合の内容は些細なおしゃべりなどの大したことのない物から最新の情報の共有や神々の意見交換などの重要になってくる物まで多岐に渡る。

 そんなあと少しで始まるはずの会合を少し早めてまで情報を共有しておきたいと提案したロキの一声に一部の楽しければ何でもいいと考えている神以外の神々達は今回の『神会(デナトゥス)』に対していつもよりほんのちょっとだけ真剣に臨もうとしていた。

 

「ロキ様が……何かあったんでしょうか」

 

「うーん……突然のことで事情を一切聞けなかったみたいだからなあ。おかげで『神会(デナトゥス)』と提携してるギルドは大忙しなんだよ……『命名式』に必要な残りの資料とかも明日までに大急ぎで作らなきゃいけなくなったし……あはは、これ以上は愚痴になっちゃうからやめておくね」

 

 戻ろうか、と笑みを浮かべたエイナに続いてベルも面談用ボックスを今度こそ後にする。

 仕事に戻るエイナを見送ったベルはそのまま本拠(ホーム)へと帰っていった。

 

 翌日、自分の【ランクアップ】の発表でオラリオに激震が走る事なんて露も思わずに。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 翌日、都市中央に位置する摩天楼(バベル)、その地上三十階。

 階層を丸々一つ使った大広間の中央に存在するたった一つ設置されている巨大な円卓を囲むように座りながら、神々は会合が始まるその時までそれぞれ談笑していた。

 

「今回【ランクアップ】した子供は多いらしい」

 

「ああ、豊作だって聞いたな。そのタイミングで『神会(デナトゥス)』の開催が急遽早まるなんてなー。資料を急いで作らなくちゃいけなかったギルドの子達には少し同情するよ」

 

 この場に存在する許可を与えられる条件はLv.2以上の冒険者……所謂上級冒険者と呼ばれる冒険者を眷属に持つこと。この中にいることを許された神はその実力を認められたも同然なのだ。

 故にそこに出席している面々は様々。

 

 緊張からか唇を真一文字に結んでいる男神。

 顔を巨大な像面で隠した恐らく男神。

 騒々しい神々の中で一人静かに微笑みを浮かべ、会の始まりを待つ銀髪の女神。

 そして自分に突き刺さる多くの視線に苛立ちながらも堂々としている小さな女神。

 

「じゃ、始めるでー」

 

 小さな女神(ヘスティア)が隣に座る紅髪紅眼の女神(ヘファイストス)と話しているとそんな間延びした声が響いた。

 その声に好き勝手に騒いでいた神々が一瞬で静まり返る。立ち上がった声の主にその場にいる全員の視線が集まった。

 

「第ン千回神会(デナトゥス)開かせてもらいます、司会進行役のロキや! 急な日程変更やったけど集まってくれてありがとさん。今日はよろしくな!」

 

『イェー!!』

 

 大盛況と大喝采と共に始まった神会(デナトゥス)はそれはもう混沌(カオス)だった。

 

「ハイハーイ! ソーマ君がギルドから警告を食らって唯一のご趣味を没収されたそうでーす!」

 

『なんだってぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

「で、ソーマ君の趣味って何」「全く知らねえ」「興味ないね」

 

「あー、エイナちゃんが調べてたあれか」

 

「趣味を没収されたソーマ君は一体どうなったって言うんだっ!?」

 

「それがなんと!! あのソーマ君が子供達を「興味ないね」てめえ邪魔すんな!」

 

「おいこいつ追い出せ!」

 

「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「うるっせええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

「で、どうなったん?」

 

「なんでも以前のソーマを知る者が見たら病気にでもなったのかと疑うような状態になったらしい」

 

「何それ気になる」「俺ちょっとソーマの所行ってくる! ソーマのこと全然知らんけど!」

「いいのか……? 『命名式』が始まるって言うのに強気だな……」「やっぱやーめた!」

 

「突然で済まないが王国(ラキア)がまたオラリオに攻め込む準備をしているらしい」

 

「ほんと突然だな」「またあのアレス(馬鹿)かよ」「懲りねえなあ」

「そろそろ本気でなんとかしたほうがいいんじゃねえの? いい加減うっとおしいぞ」

 

「あの馬鹿が国で信仰されているっていうのにこの俺が全く敬われない理由は一体……」

「そりゃお前顔だろ」「顔じゃねえかな」「顔だろ」「顔以外の何があるんだよ」

「それ以上言ったら泣くぞ」

「あいつ脳みそ筋肉のくせに美の神に匹敵するくらい容姿抜群だからな」

 

「そういえば急に雪が降り始めたわね」

「普段昼頃まで寝てるあんたが早起きとかしたからじゃないの?」

 

「い、いくらなんでもひどすぎだろ……」

 

「いつものことよ慣れなさい」

 

神会(デナトゥス)』を神聖なものと勘違いしている子供達が見れば、『結局どんな状況でも神は神か』と悟るであろうあまりにも無秩序な光景。

 どんな感じになろうとも受け入れる覚悟はしていたヘスティアもこの光景にうんざりした表情を隠すことが出来ない。

 円卓の上の話題が二転三転どころか四転五転六転七転していくそんな中、収拾がつかないと思われていた神々の会話がロキの「よし一回黙れ」という一声でピタッと止まる。

 

「まとめとくと気にしなきゃならんのは王国(ラキア)の方やな。一応ギルドに報告しとく。まああのジジイのことやから独自に情報は掴んでそうやけどな。ここにいるもんの【ファミリア】は召集かけられるかもしれんからよろしくな?」

 

 まとめられたロキの報告に神々は素直に頷いた。

 ヘスティアがこの混沌とした神会の進行役をしっかり務めているロキに内心感嘆していると、そのロキが薄くあくどい笑みを浮かべたのが目に入ってきた。

 そんな笑みを彼女が浮かべた理由がわかったのは神々の会話の話題がネタ切れし始め、勢いが徐々に落ち着き始めた時だった。

 

「ああ、そや。うちからも一ついいかー? 開催を早めた本題みたいなもんや」

 

 パンっと手を叩いたロキに会話に飽き始めていた神々の視線が集まる。

 視線が十分集まったのを確認した彼女はある男神達を視線のみで見やり、その細められた瞳を開き、話し始めた。

 

「最近気色悪い新種のモンスターが出るようになっとる。直近やと安全階層(セーフティポイント)、そんでもって()()()()()()()()()()()()やな」

 

 一部の神が反応を見せる。その神の中にヘスティアも混ざっている。

 フィリア祭、新種のモンスター、その二つの内容に彼女は心当たりがあった。ベルの【ランクアップ】の契機の一つとなったあの事件のことだ。

 

「絵の具をブチまけたみたいな極彩色の化け物共や。力は第二級冒険者並み……加えて神出鬼没らしくてな、ダンジョンだろうが都市だろうがお構いなしや」

 

 自分の前で話す彼女が神々に何やら『探り』を入れていることにヘスティアは気付いた。

 何やら色々と目的がありそうなロキの邪魔をしないように彼女は小さく深呼吸をして自らの反応を抑える。心当たり自体はあるが、少なくともロキが求めている情報ではないはずだ。

 

「昔やんちゃしとった闇派閥(クソ)共の生き残りがこそこそ動き回っとる……なーんてことも耳にする。だからみんな気を付けてなー」

 

(クソ共?)

 

 過去の事情などほとんど知らないここ数年に下界に降りた神やヘスティアは首を傾げるしかなかったが、それ以外の神々は別だった。

 ニヤニヤする男神、口に手を当てて微笑みを浮かべる女神、何の反応も見せない神、一人一人またそれぞれの形のポーカーフェイスを見せ、その裏にあるモノを感づかせない。

 

 その後は像面を被った男神ガネーシャがフィリア祭で起きてしまった騒動に対する謝罪、そして自分の子供が殺された事件に対する協力をこの場にいる神に真摯に願い、それを最後にその話し合いは幕を閉じた。

 

「もうなさそうやな。なら、次に進もうか……『命名式』や!」

 

 会議の空気はガネーシャが最後の最後に勘違いを晒し、弛緩してしまったが今度は唇に楽しそうな笑みを浮かべたロキの号令に一気に盛り上がる。なお一部の神……この場において発言力の弱い神は全身を緊張させていた。

 

 冒険者の称号の進呈────『命名式』。

 内容が決まっていない話し合いと違い、安定しているそれは神会(デナトゥス)の実質的なメインイベント。

 上級冒険者となった冒険者達の偉業を讃え、神々から送られる二つ名。それは下界の子達に()()()は尊敬と羨望の的である。

 

「ほんじゃ決定。冒険者セティ・セルティの称号は【暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティング・ファイター)】」

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

『イテェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエっ!?』

 

 あくまで子供達にとっては。

 子供達とは違う感覚(センス)を持つ神々にとって、子供達が絶賛するその大半の名前は思わず悶絶してしまうほどにイタイのである。

 

「じゃあ、命ちゃんの称号は【絶♰影】で」

 

『異議なし』

 

「うわぁ、うわぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

「酷過ぎる……ごめんよタケ……」

 

「気持ちはよーくわかるわ……」

 

 新参の神、そして子供達への愛情が深い神ほど玩具にされやすい。

 手塩に育てた大切な子供にとんでもない名を付けられ、慟哭を上げる神を見て他の神々は哄笑を上げ、犠牲者が増え続ける喜劇であり悲劇は加速していく。

 中小【ファミリア】にとっての地獄がしばらく続くと徐々に都市上位派閥に所属する団員の称号を決める時間がやってくる。そこまで来てしまうと上位の【ファミリア】に喧嘩を売る真似は避けたいのか明らかに酷い称号が減少していく。

 その弊害で間に挟まれてしまった中小【ファミリア】の子供に対し、非常に酷い称号がついてしまうが。

 

 途中、二柱の女神の一悶着を挟んだものの『命名式』は続いていく。

 進行役であるロキの大切な眷属であるアイズに妙な名前を付けようとした男神達を視線で殺すつもりで睨みつけた彼女は最後の一枚となった資料を見る。

 

「……ベル・クラネルか」

 

 その呟きにほとんどの神がその主神であるヘスティアを見た。下卑た笑みのおまけつきで。

 腕を組み、堂々としているヘスティアに神々はますます笑みを深める。

 

「Lv.2に約三週間、Lv.3にも約三週間。二つLv.上げんのにおよそ一か月半……ひひっ、イかれてんなこいつ」

 

 手元の資料を見て笑みを浮かべる者もいれば、ドン引きしたような顔をする者もいる。

 過去のLv.2到達最速速度は一年。【ロキ・ファミリア】所属の当時八歳の少女が命を捨てる勢いで戦い続け、過去の記録と同等の速度で【ランクアップ】をしたのは神々の記憶に新しい。

 その記録を大幅に更新、加えてそこからさらにLv.3に【ランクアップ】など天界にいる神、下界にいる神の誰もが予想することのできなかった『未知』だ。

 

「駆け出しの頃に新種のモンスターを倒して【ランクアップ】、一昨日やたらと強化されたミノタウロスを一対一で倒して【ランクアップ】。なんだこいつ死にたいのか?」

 

「この子に似た子を18階層で見たって言ってる子もいたわね。到達階層もどうなってるのかしら」

 

「……世界最速兎(レコードホルダー)

 

 手元の資料と噂話を参考にそれぞれ話し出す神々の中で一人、帽子をかぶった男神が呟いた言葉は喧騒の中へと消えていく。

 

「ヘスティアに限ってありえないことだと思うけど……神の力(アルカナム)は使ってないわよね?」

 

「改造しちゃったのかー?」

 

「使うわけがないしするわけがないだろ。これはこの子が自分の手で勝ち取った結果だよ」

 

 ニヤニヤと笑いながら問いかけてくる神々にムッと言葉を返すヘスティアだが最後を締めくくるデザートと認識している神達による詮索は止まらない。

 こういう時に限って他の神も話すのをやめ、彼女の言葉に全集中を向けてくる。あしらい続けていたが、何度目かの少年に対する侮辱とも取れる他の神の言葉にヘスティアの苛立ちが限界を越え、流石にロキが止めに入ろうとしたその時、美しいソプラノの声が響き渡った。

 

 庇うように口を開いたのは先ほど別の神を簡単にあしらった銀髪の女神、フレイヤ。

 侮辱に加え、【ステイタス】の内容まで話を広げようとしていた神々をいくつか言葉を紡いであっさりと鎮めた彼女が主導権を握るとあっという間にヘスティア及びベル・クラネルを擁護する空気へと変わり、その話はそこで終わりとなった。

 

 そんな空気にぽかんと口を開けて取り残されたヘスティアにフレイヤは美しい銀の視線を向ける。そっと目尻を和らげた美の女神は小さな女神に微笑みを残した。

 その光景にロキは目を大きく見開き、急用があると去っていったフレイヤを見送る事しかできなかった。

 

「んじゃ、フレイヤ様のお願いだし本気で決めるか」

 

「……つってもこいつ全然情報ねーんだよなあ。こん中でマークしてた奴いるか?」

 

「逆にいると思うのかよ。完全にノーマークだったわ」

 

 今までのふざけた様子はどこへやら、あーでもないこーでもないと真剣に議論を重ねる神々を横目にロキは不機嫌な顔を隠そうとしないヘスティアへと近付く。

 自分を嫌っているロキがわざわざ離れた席から自分の席まで歩いてきたことに怪訝な表情を浮かべながらヘスティアは自分を見下ろす彼女を見上げた。

 

「さっきは庇わんですまんかったな」

 

「君が庇ってくれるなんて思ってなかったから別にいいよ。まあフレイヤが庇ってくれるなんてことも思ってなかったんだけど」

 

 なんだったんだろうね、と呑気に呟くヘスティア。

 それを聞いたロキは細められた目をうっすらと開き、他の神に聞こえないように小さく呟いた。

 

「……注意しとけよドチビ」

 

「……?」

 

「目を光らせておけって、そう言ったんや。自分があの少年をホンキで大切に思ってるんならな」

 

「ど、どういうことだよ」

 

 全くわからないといった顔をするヘスティアに眉をピクッと動かしたロキは一つ溜息をつき、ぐっと彼女にその顔を近づける。

 思わずたじろぐ彼女を逃がさないとその目を見開き、彼女の瞳を縫い留め、話し始めた。

 

「気付け。あの女神(オンナ)が、子供(オトコ)を庇ったんやぞ」

 

「…………?」

 

 まだわからないと言った顔をするヘスティアに呆れたように鼻を鳴らした彼女は苛立ちながらも忠告を続ける。

 

「気付かなかった、気付けなかったで一生後悔する気かジブンは。あの子のことはウチも無関係やあらへん。あの子に何かあったらアイズとリヴェリアも悲しむからな。主神ならちゃんと見ておけ。多分今回のミノタウロスも…………まあこれは憶測やからええわ」

 

 真っ黒やけどな、と呟いてロキは自分の席へと戻っていった。

 二人の会話を唯一聞いていたヘファイストスに見守られながら、彼女の背中を見つめていたヘスティアだったが、フレイヤが出て行った扉に目を向けたその時、フレイヤが自分を庇ったこととロキの忠告がぴったりと重なる。そして一つの可能性に気付いてしまい、その表情を一変させた。

 

美の女神(フレイヤ)が、他派閥の男(ベル君)を庇ったってことは……そういうことなのか、ロキ)

 

 椅子にふんぞり返っているロキに視線を戻すが彼女はもうこちらを見ていない。

 そうこうしていると円卓上の神々の声が爆発した。

 

「「「「「「「「「「決まったーーー!!」」」」」」」」」」

 

(あ……やらかしたっ!?)

 

 ロキとの会話に気を取られている間にベルの二つ名が決まってしまったのだ。

 こうしてヘスティアの初の神会(デナトゥス)、そして『命名式』はよくわからないうちに終わりを告げるのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 神会(デナトゥス)が終わり、二つ名が貼り出されたギルド本部。

 ある者は二つ名を見て普段いがみ合う者達とも意気投合し、ある者はその二つ名に感嘆の声を漏らし、一部の者達は仲間や自分につけられた似合いそうにない二つ名を見て微妙な顔をする。

 だがそれはまだ序の口だった。

 良くも悪くももっとも盛り上がったのは最後に掲示板に貼られた新人冒険者の二つ名と【ランクアップ】の公式発表。

 

 

 

 

 所要期間、約一か月。

 ベル・クラネル、Lv.3へ到達。

 二つ名【未完の英雄(リトル・ヒーロー)

 

 

 

 

 

 その日、雪が舞い散る都市(オラリオ)に激震が走った。




この世界のベルの二つ名はこの名前にさせていただきました。
雪の話を予定していましたが、予定と変わってしまい申し訳ありません。次回からこの章の話に入っていかせてもらいます。

ここまで見ていただきありがとうございました。良ければ感想や評価など頂けると励みになります。
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