二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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出会いと『誕生』

「【リトル・ヒーロー】かあ……」

 

 ギルドから正式に発表された僕の【ランクアップ】。

 それに伴って神様達から授けられた僕の二つ名は【未完の英雄(リトル・ヒーロー)】。

 神様は()()無難な方だと喜んでいたけど、僕は思ったよりもこの名前には満足している。何せ未完のとは頭に付くけど『英雄』の名前を与えてもらったのだから。

 

「……それにしても酷い騒ぎだったな」

 

 神会(デナトゥス)が終わったと聞いてギルドへ授かった二つ名を確認しに向かった僕を迎えたのは冒険者達の様々な視線と言葉だった。

 純粋に感心したような視線や言葉をくれる冒険者もいるにはいたけどそれはごく少数。ほとんどの冒険者が僕のことを悪意ある視線で見つめているのを痛いほど感じ取れた。

 視線……だけなら良かったんだけど、中には声を掛けてくる人もいた。そのほとんどが聞くに堪えない暴言……『イカレ野郎』だとか『でっち上げ』だとか『インチキ』などの言葉を直接ぶつけてきた。

 

「エイナさんと神様から気を付けてくれとは言われてたけどあそこまでとはなあ……」

 

 二つ名を確認することはできたけど、そのまま僕は逃げるように教会の隠し部屋に帰ってそのまま椅子に座って無為に時間を過ごしていた。

 リリはノームのおじさんの所、神様は知り合いの神様達の飲み会……神様曰く『慰め会』に強制参加らしくここにはいない。

 

(気にしても仕方ないか……冒険者ってきっとこんなものなんだ)

 

 フィンさん達がどれだけ冒険者らしくない冒険者なのかよくわかった一日だった。きっとあの人達なら、少なくとも直接暴言を吐くことなんて一人を除いて絶対にしてこない。

 

(明日、シルさんのところにも行こうかな。お世話になったし【ランクアップ】の報告しておかなくちゃ)

 

 椅子に座ったまま体をグッと伸ばした僕は時計に目をやる。

 眠るにはまだ早く、かといって出かけるにはもう遅い中途半端な時間を時計の針は差していた。

 

「……少し剣の整備をして、寝よう」

 

 椅子から立ち上がって保管してある『神様の剣』を鞘から抜く。

 あのミノタウロスの攻撃を防ぎ、皮膚を斬り裂いたとは思えない静かな輝きを放っているが、その摩耗は隠し切れなかった。今は軽い手入れぐらいしかできないけど、どこかで鍛冶師に見てもらう必要があると思う。

 

「無茶な使い方しちゃったからな。ごめんね」

 

 剣に話しかけながら丁寧に剣の手入れをする。

 他の人が見たら鼻で笑われそうだけど、こういうのは大事だと僕は思っている。

 

「こんなものかな」

 

 整備を終えた刀身の腹を一度指先でなぞり、鞘に戻す。

 時計を見るといつの間にか秒針は0時近くを指している。予定通り今日はもう寝ようか。

 

『神様の剣』を元の場所に戻した僕は寝間着に着替えてベッドに潜り、そのまま目を閉じる。

 置かれた黒剣が一度淡い輝きを放ったことにすぐに眠りについた僕は気が付けなかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「……ぁう……うぅぅ……」

 

 雪が積もった路地裏で一人の幼い少女が野良犬に襲われていた。

 震える少女を野良犬は獲物と認識しているのか、唸りながら歯を剝き出しにしいつでも飛び掛かれるように構えながら、じりじりと少女に近付いていく。

 

「グルルゥウ……ワンッ!」

 

「ひっ……」

 

 吠えられた少女は驚き、その場に尻餅をついてしまった。

 自分から視線が外れたその一瞬を逃さず、野良犬は少女に勢いよく飛び掛かる。

 

「こらっ!」

 

「……!」

 

 その横から声を張り上げたのは買い物袋を携えた銀髪の少女。

 怒った顔も可愛らしいその少女……シルは買い物の帰り道、酒場に続く近道を進んでいた所でそ襲われている少女を見つけ、咄嗟に庇うように震える少女と野良犬の前に立ちふさがった。

 

「女の子をいじめちゃダメでしょ?」

 

「グルルルル……ワン!」

 

「……あ、あら? こんなにいたの……?」

 

 邪魔をしたシルに野良犬が吠えると周囲から野良犬の集団がぞろぞろとその姿を現す。

 その数は予想していなかったのかシルは困った顔で現れた野良犬たちを見つめる。

 

『ワンワンッ! ワンッワン!!』

 

「んー……困っちゃったなー」

 

 自分も獲物として認識されてしまったというのにシルはそこまで怯えていなかった。

 仕方ないかー、と彼女がスッと目を細める……その時だった。

 

「シルさん?」

 

 また一つの声が路地裏に現れた。

 その声が誰か気付いたシルはギョッと目を見開き、すぐに目を閉じた。

 

「って、こんなにいっぱいどうしたんですか!?」

 

 そんな様子に気付くことなく、路地裏に現れたベルはシル達に近付いていく。

 野良犬達は初め、ベルに対してもまた獲物が来たと目をぎらつかせていたが、近付いてくるその姿が目に入った瞬間、悲鳴を上げて雲の子を散らすようにそれぞれの方向に逃げて行ってしまった。

 

「あ、あれ? もしかしてお邪魔でした……?」

 

「……いいえ全然! それどころかすごく助かりました! あの子達に囲まれちゃって困ってたんです」

 

 顔を上げた彼女はいつも通りの笑顔を浮かべている。

 一瞬漏れ出した『ナニカ』の気配など感じさせない可愛らしい自然な笑顔だった。

 

「それなら良かったんですけど……こんなところでどうしたんですか?」

 

「この子がワンちゃんに襲われそうになってるのを見つけちゃって……もう大丈夫だよ。ワンちゃん達はこのお兄さんが追い払ってくれたからね」

 

 その場に屈み、少女に視線を合わせたシルは安心させるように微笑む。

 その笑みを見た少女は緊張の糸が切れたのかその目に大粒の涙を溜め、泣き出してしまった。

 

「この子、こんなところでどうしたんでしょうか」

 

「わかりません。でも……この辺りの子供ではないと思います」

 

 泣き出した少女の髪を優しく撫でながらシルはその目を気付かれないように細め、少女の姿を見る。その後ろでベルは彼女の言葉に首を傾げていた。

 少しして少女が落ち着きを取り戻したのを確認すると、二人はその少女をまた怖がらせないようにゆっくりとこんな場所にいた事情を聞いてみると驚くべき事実が発覚する。

 

「名前がわからない……?」

 

「えっと……どこから来たのかもわからないのかな?」

 

「……ぅん……わかんない…………」

 

 返事を聞き、二人は思わず顔を見合わす。

 顔を俯かせる少女が嘘を付いているとは到底思えない。もしもこれが演技だったとしたらこの少女は神々すら欺ける才能があるかもしれない、とベルは内心考える。

 自分の名前も、家も、そして両親すらもわからないという路地裏の少女。その少女の存在にある一つの最悪の可能性を過ぎらせたベルは思わず顔を顰め、すぐに目の前の少女を怖がらせないように気付かれないうちに平静を装う。

 

「……どうしましょうか。流石にこんなところにこんな小さな子を放っておくわけには……」

 

 シルが口を開いたその時、ぐうぅぅ~、と少女のお腹が鳴った。

 お腹が空いているのか、と二人が聞くと少女はそれもわからないと首を傾げる。ただ、ずっとこんな感じだと聞くとシルはこれはもうしょうがないかなあ、とポツリと呟いた。

 

「ベルさん、少しお時間ありますか? 私と一緒に来てほしいんですけど……」

 

「大丈夫ですよ。今日は一人でダンジョンに行く予定だったので」

 

「ありがとうございます! ねえキミ、お姉ちゃん達と一緒に良いところに行ってみない?」

 

 なにやらシルの誘い方が怪しげになっているが、少女はよくわかってなさそうに頷く。

 他の人にも同じことを言われればついて行ってしまいそうな疑うことを知らなさそうなその姿にベルは危機感と同時に違和感を覚えていた。

 だがそれを口にすることはできない。もしも自分の頭を過ぎった最悪の可能性を少女が経験し、今に至ってしまったということを考えてしまうと迂闊に口に出すことなどできはしない。

 その昏い過去を忘れ、少女が自身の心を保っているのだとしたら……それを指摘した場合どうなるのかなど考えるまでもない。

 

「ベルさーん? どうしましたか?」

 

「……いえ! 今行きます!」

 

 考えすぎ、もしくは可能性の一つだと自分の胸の内に留めて置き、ベルは何事もなかったかのようにシル達と共に『豊穣の女主人』へと向かっていくのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ええっと……どーゆーことニャ?」

 

 場所は豊穣の女主人。

 謎の少女を連れて帰ってきたシルとそれについてきたベルを見て酒場の店員達は何とも言えない表情を浮かべていた。沈黙が続く中、代表してアーニャが何があったのかと疑問を呈するが、シルは苦笑を浮かべるだけで何も喋らない。

 

「えっと……僕達もよくわかってなくて」

 

「わかんないってどういうことニャ!? というかなんで白髪頭もここにいるのニャ!?」

 

「ひゃっ……」

 

 代わりに答えるベルの曖昧な答えに思わずアーニャが大声を上げてベルを指さす。

 その大声にシルの側から離れない少女が体を大きく震わせ、小さく悲鳴を上げた。

 

「アーニャ、あんまり大きな声を出さないで? この子が怖がっちゃうから」

 

 自分の後ろに隠れた少女の髪を漉いて落ち着かせながら、大声を上げてしまったアーニャに対して不満な顔をする。その顔にアーニャが再び大きな声を上げてしまいそうになるが、怯えた眼差しで自分を見てくる少女を見てそれを堪えた。

 

 そんな一幕があったものの少し時間が経てばその少女は彼女達にあっという間に懐き、キャットピープルの店員の耳を触らせてもらったり、自費で用意した材料で作られた絶品の料理に舌鼓を打つなど、その場に馴染み始めていた。

 

「バカ娘共ッ! この騒ぎは何だい!?」

 

 開店の準備の最中だったことなど忘れて少女とのひと時を楽しんでいると、店の扉が勢いよく開く。そこからシルとは別の場所で用事を済ませたミアが怒鳴り声を上げて入り込んできていた。

 

「ミ、ミア母ちゃん!? ち、違うニャ、これは……」

 

「……誰だい? その娘は」

 

 ジロリといつの間にかシルの背後に隠れた少女を目敏く見つけるミア。

 その圧に酒場の店員達が委縮するが、その中でミアの圧に()()()()()()()()シルが前に出て事情を話し始めた。事情を聞き終えたミアはもう一度少女に目をやり、一つ息を吐く。

 

「……ギルドには行ったのかい?」

 

「あ、いえ。その、お腹が空いてるみたいだったのでそのままここに……」

 

「じゃあさっさとギルドで捜索願いが出てないか聞いてきな。それで解決するのが一番……なんで坊主がここにいるんだい?」

 

「一応僕も当事者みたいなものですから」

 

 そう言うとベルは酒場から出ていき、彼女達が止める間もなくギルドへと走っていく。

 残った者達で少女の扱いについて話し合うが、そこまで踏み入った話にはならずに時間だけがそのまま過ぎる。ベルが出て行ってから少しして、時間が無為に過ぎることを良しとしないミアの指示で開店の準備の続きを行なっていると浮かない顔を浮かべた少年が店の中へと入ってきた。

 

 ギルドに出された捜索願いには謎の少女に似たヒューマンの捜索願いは見つからず、結局少女について何もわからなかったとのことだ。

 

 明らかに訳アリな少女をギルドや孤児院に託すという話も店員達の中で意見として出はしたが、シルから一秒たりとも離れようとしない少女の姿を見てそれも断念する。

 最終的に一番懐かれているシルの好きにすることとなった。当然彼女はこの店に置いておくことを選択したが、やはり他の店員達から反対意見は出る。ミアの一喝でその反対意見は封殺されることとなるが。

 

「ミアお母さんが優しい人で良かったね……あっ……」

 

 一緒にここにいられることを喜ぼうとしたシルは少女に名前がないことを思い出す。

 というわけで始まったのは謎の少女の名前を決める話し合い。

 アーニャ、クロエ、ルノアなど酒場の店員達が少女の名前の案を出すが、そのどれもこれもがアレな名前だったため、確かな怒りを滲ませるシルにそれを却下されていく。

 

「中々決まらないですね……シルさんは思いついた名前ってありますか?」

 

「私ですか? そうですね。うーんと……」

 

 店員達の視線が集中する。

 妙な名前をつけるようであれば自分達と同じように却下してやるという視線を浴びながらシルは自分にくっつく少女の髪を撫で、その『名前』を口にした。

 

「『ノエル』、なんてのはどうかな?」

 

「……のえ、る……?」

 

「そうだよ。神様達のお言葉でね、私達の言葉に直すと聖夜祭っていう意味があるんだ。それでね、この言葉の元になった言葉には『誕生』っていう意味があるって神様達に教えてもらったの」

 

「たんじょー……?」

 

「ここで本当の名前とは違う名前をもらって『誕生』するあなたに贈る名前。どうかな?」

 

 優しい眼差しで見つめる視線の先で俯いた少女は口の中で小さく、何度もノエル、と呟く。

 すぐに少女は顔を上げ、その顔に満面の笑顔を浮かべてシルに勢いよく抱き着いた。

 

「うん、すき! わたし、ノエル!」

 

「決まりだね。じゃあ、今日からアンタは、ノエルだよ」

 

 いちゃもんをつけてやろうと画策していたクロエ達だったが、ノエルが浮かべる嬉しそうな笑顔を見てその企みを葬る。そもそもいちゃもんをつけるほどの名前ではなかったこともあるが。

 

「ノエル、ノエル……わたし、ノエル!」

 

 こうして新たにノエルという少女が加わった『豊穣の女主人』。

 その出会いの裏で昏い闇が蠢いていることを少年と彼女達はまだ知らない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ノエルという少女がベル達と出会った次の日から新しい噂が都市を駆け巡った。

 酒場『豊穣の女主人』に新しい小さな看板娘が誕生したと。

 

 何かと話題に上がりやすいあの酒場に突如現れた少女を一目見ようと集まった冒険者達や普段は来ない噂好きの住民(食事の質もあって常連になりたいと思う者多数)によって『豊穣の女主人』は開店時刻から閉店時刻まで大忙し。

 

「ごちゅーもんは、おきまりですかー?」

 

 目まぐるしく店員達が動く中で小さな影が一つ。

 酒場のエプロンドレスを身に着け、髪を整えた噂の小さな看板娘だ。

 シル達の手伝いをしたい、みんなと一緒がいい、という想いを受けたミアが許可を出し、シルが髪を整え、ノエルのそんな姿を見たクロエがこっそりとノエル用のエプロンを繕い、新しい看板娘は誕生した。

 

 店員としての質はお世辞にも良いとは言えない。だが小さい姿で健気に働くその姿は既に受け入れられ、都市の住人どころか荒くれ者揃いの冒険者達もそんな少女を受け入れていた。

 

「働き始めた時は結構心配だったんですけど、頑張ってますね」

 

「すごく頑張ってますよ。頑張り過ぎて逆に心配になっちゃうぐらいです」

 

 ベルもそんな冒険者の内の一人。

 常に一緒にいることは冒険者である以上できはしないが、探索に行く前、探索終わりなどに時間を作って酒場に向かい、働くノエルを見守っている。

 

「ノエルが働き始めてからお客さんの数がさらに増えたんですよ。おかげで休む暇が全然なくて……慰めてくれませんか?」

 

「あははは……」

 

「────すみません。一人、入れるでしょうか」

 

「あ、はーい! 今ご案内しますね」

 

 ベルに対してわざとらしく疲れ切った顔を見せたシルだったが、また一人新しく客が声を掛けてきた瞬間、疲れなど一切感じさせない笑顔に切り替わり、ベルを驚かせる。

 

「鳥の香草焼きと蜂蜜酒(ミード)ですね? かしこまりました! 今お水をお持ちしますね」

 

「……水なら、もう運んでいるようですが?」

 

「えっ?」

 

 男が顔を向けた方を二人が見ると、そこにはお盆に乗せたコップを運ぶノエルの姿が。

 慌ててそれを受け取ろうとするシルを止めたのは椅子に座った男だった。

 

「はははっ、いいじゃないですか。彼女がやりたがっているというのなら。あの子が新しい看板娘さんですね? 噂には聞いていましたが随分と小さい。もうちょっとだよ? ちゃんと持ってこれるかなぁ?」

 

「うん! まっててー!」

 

 柔和な笑みを浮かべ、声を掛けてくる客を見てノエルが自然と笑顔になる。

 ハラハラと見守る二人と他の客とは違い、男はニコニコと笑顔のままノエルを見守っていた。

 

「愛らしいですねぇ。彼女はノエルちゃんというのですか?」

 

「……? ええ、そうですよ」

 

「ほぉ、なるほど、なるほど……」

 

 返ってきた答えに男の笑みが消える。

 ほんの一瞬、次の瞬間には変わらぬ笑みを受かべ続けているその男に違和感を覚えたのは周囲にいる者達の中でたった二人。ノエルと一番最初に出会ったベルとシルだけだ。

 

(今のは……?)

 

 ベルの視線の先にいる男はやはり柔和な笑みを浮かべている。その姿からは先ほど感じた不気味な違和感は一切感じ取れない。

 気のせいだったのか、と思いつつも疑念を払拭できないベルが男をじっと見続けていると周囲にいる客達が俄かに騒ぎ出す。

 

「……あと、ちょっと…………あっ!」

 

 なんとノエルがあと少しの所でふらつき、転んでしまったのだ。

 そして彼女が持っていたお盆が倒れた先にいる客……先ほどまでベルが見続けていた男に水と共に振りかかる。

 

「す、すみません! 大丈夫ですかお客様!?」

 

「あぅ……びしょ、びしょ……ごめんなさい……」

 

 凍った空気の中、水が滴る男は顔から笑みを消し、転んでしまったノエルと前に出たシルを見下ろす。万が一を考え、ベルが体に力を込めると男は体を震わせ、そして────

 

「……………くく、くっくっくっくっ……あはははははははっ!」

 

 一際楽し気に笑い始めた。

 周囲の者がそんな男を呆けた顔で見ていると、浮かんでしまった涙を拭い、男は口を開く。

 

「いやはや、面白いお店ですね! 気に入りました。ええ、気に入りましたとも! ははは!」

 

「……おこって、ない?」

 

 不安げに聞いてくるノエルを見て、男はそんなことを聞いてくる意味が分からないと心底不思議そうな顔を浮かべる。

 

「私が? なぜ? こんなにも愉快だというのに!」

 

 ()()()そう思っているという声で男は笑う。

 申し訳なさそうに固まっていたノエルの体がその笑みを見て、力が抜けていく。

 

「それにですね、ノエルさん。実はこの上着はずっとのどがカラカラだったのです。貴方がお水というごちそうをくれたから喜んでいます」

 

「『ありがとう、ノエルちゃん!』」

 

「……ほんと?」

 

 水に濡れた上着で顔を隠し、まるで上着が声を出しているかのようにして男がノエルを慰めると今にも泣き出しそうだった少女の顔に徐々に笑顔が戻ってくる。

 改めて男の注文を受けたノエルが厨房へ下がっていくのを手を振り、笑顔のまま見送った男にシルが近付く。

 

「本当にすみません……お代は結構ですから……あとお着替えの方もこちらで……」

 

「それはいけません。ここで着替えてしまえば私が嘘つきになってしまう。あの子が気が付かなければいいのかもしれませんが、ここで食事をする以上気付かれるのは間違いないでしょう」

 

「それは……そうなんですけど……」

 

「濡れながらの食事もまた一興。笑うか笑わせるしか取り柄がない私にはちょうどいい。あのような可愛らしい店員の泣き顔なんて見たくありませんしね」

 

「…………!」

 

「賑やかでいいお店が見つかって今の私は実に愉快なのです。ああ、ここまで喜ばしいのはいつぶりのことか……」

 

「……ありがとうございます」

 

 穏やかに細めた両目の片目だけを開いた男はノエルと酒場を気遣うような言葉を放ち、()()()()()()()()()シルの言葉を封じる。

 

「私は()()()()と申します。今後もちょくちょくと寄らせていただきますね」

 

「……ヴィトーさんですね。今後ともよろしくお願いします」

 

 厨房からノエルの声が届く。

 それに対してヴィトーと名乗った男は楽しそうに返事をし、表情を一つも変えない。相も変わらず柔和な笑みを浮かべ続けている。

 

「…………」

 

「シルさん?」

 

 彼と彼女達の一連の流れを見ていたベルは隣を通ったシルの様子がおかしいことに気付く。

 普段の優しい笑みは消え、強張った表情で厨房へと消えていくシルにベルは声を掛けるが、彼女は返事どころか動きを止めることなく、厨房へと消えていくのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ────そんなことが起きたほんの数時間後。

 

「……それは本当なのですか?」

 

「ええ、ええ、勿論。確かに私がこの目で見ました。いくら目を細めていても間違えるはずがありませんとも」

 

「ですがまさか……そんなことが……」

 

「今まで様々なものを奪われてきた私達にようやくツキが回ってきたのでしょう。『彼女』が現れるのであれば今までの不運すら笑い話になります……ん?」

 

 ダンジョン17階層、謎の場所。

 その場所で白い装束を身に纏った者達と黒衣の修道服のようなものを身に纏った男が密談していた。誰にも気付かれないはずのその場所に冒険者の一団が現れる。

 

「侵入者……数が多い。我々が行ってまいります」

 

「あの程度の数、問題ありません。私が行きましょう。なにせ今の私は……すこぶる気分がいい」

 

 その言葉通り、ニヤけた顔のまま男はツイている自分達とは違って()()にもこの場所を見つけてしまった冒険者の一団に近付いていく。

 それに気付いた冒険者の一人がこの場所はなんなのだと一歩前に出た瞬間、風切り音がその冒険者の耳朶をくすぐる。それがその冒険者が聞いた最期の音となった。

 

「死にゆく者には必要のない情報……おっと、もう聞こえていませんか」

 

 頭部をなくした体から噴き出す返り血を浴びながら、男は……ヴィトーは嗤った。

 つい数秒前までは人であった肉の塊を見て、残りの冒険者達が怒りとわずかに混ざった恐怖の声を上げながら何故、なにをしやがる、などと捲し立てる。

 

 それに対するヴィトーの答えはたった一言だった。

 

「『蹂躙』ですが……何か?」

 

 さらにまた一人、一振りで腕を斬り飛ばされ、返す刀で足を斬り飛ばされた。

 一人は殺され、一人は生き地獄を味わいのたうち回る仲間の姿を見て冒険者の一団は怒りではなくどうしようもない恐怖と困惑に染まる。

 

「ひっ、ひぃいいいいいいいいい!?」

 

「いやぁ、ツイていない。この私が思わず憐れんでしまうほどにツイていない! この場所を見つけなければこんな目に遭わずに済んだというのに! はははははっ、『彼女』を見つけることの出来た幸運な私達がいて、私達を見つけてしまった貴方がたのような存在もいる!」

 

 足元でこれ以上何もしなくとも命が消えようとしていた冒険者の頭を踏み砕いたヴィトーはその両目を大きく見開き、さらに冒険者達を嘲笑った。

 

「これが『下界』! 神々が作りたもうた箱庭の欠陥品! 全知全能の神々ですらあるのかないのかなどわからない不確かな『未知』などとやらに振り回されるだけの不完全な境界!」

 

 両目に宿るのは神々、下界、未知、ありとあらゆるものにぶつけられる憎悪の炎。

 その憎悪の炎に捧げられる哀れな贄が彼らだった。

 

「ふふふふっ! 笑えますねえ! 笑えるでしょう? いいから笑いなさい!」

 

「な、なんだ、コイツ……っ!?」

 

 一番最初に殺した冒険者の首を掴み、その顔を無理矢理笑わせるヴィトーの姿、その狂気に触れてしまった冒険者達が思わず口を抑える。

 ニヤニヤと嗤い続けていたヴィトーだったが、その笑いが消えた。

 

「……そう、だから。こんな世界、なくなった方がいいと思いませんか?」

 

 両手で掴んでいた首が果実が弾けるように握り潰された。

 飛び散る仲間だったものの肉片に目を白黒させる冒険者の一人にヴィトーは音もなく忍び寄り、その背後を取った。

 

「話は変わりますが、私は弱い者苛めは嫌いなのです。だから一番最初の冒険者は苦しみもなく一撃で殺して差し上げました────」

 

「!?」

 

 ()()()

 風切り音が冒険者の背後で鳴り響いた。

 次の瞬間、その冒険者を灼熱の激痛が襲い掛かる。

 

「────が、人の泣き叫ぶ声は、それ以上の好物でして……もう我慢できそうにありません」

 

 背中、腕、足……全身の至る所を切り刻まれた冒険者はその場に崩れ落ちかけるが、ヴィトーがそれを許さない。冒険者の首を掴み、持ち上げた彼は拳を握りしめその顔を何度も何度も殴りつけた。

 

「嗚呼、なんて矛盾。こんなことはやりたくないというのに手が止まらない! 衝動を抑えられない! 何度抑えようとしても私の意志と反してこの手は動いてしまうのです! 貴方がたも呆れてしまうでしょう? 実のところ私もこんな自分には我ながら呆れかえってしまいまして……」

 

 止まらない。止まらない。止まらない。

 その手は止まらない。骨を砕く音が肉を潰す音に変わっていっても彼は止まらない。

 

「私という存在がいること自体、この世界が、神々が欠陥品であるという証明にして立証。やはり瑕疵は滅ぼしてでも正さなくてはならない……おや?」

 

 ようやくヴィト-の拳が止まる。もう既に掴まれた冒険者の息はなかった。

 首をへし折り、その顔を原型が残らないほどに殴りつけた冒険者を適当に放り投げる。

 

「ひっ、うわぁああああああああああああああああああああああああっ!!?」

 

「おや、逃げるのですか? まだ話の途中だというのに……亡骸(なかま)を置いて? 本当に? それで冒険者を名乗れますか?」

 

 最後の一人となってしまった冒険者は色々なものを撒き散らしながら、地を這いながら必死に逃げる。それを見たヴィトーは一度失望したように嘆息し、そして再び嘲笑った。

 

「逃がすとお思いですか? こんな場所を、こんな光景を見てしまった貴方が逃げられるとでも? いいえ逃げられない、逃がす道理がない!」

 

 口調は興奮気味だが、ゆっくりとした足取りでヴィトーは男を追う。

 急ぐ必要はない。この場所から逃げることなど彼のLv.では到底不可能なことだからだ。

 

「こんな光景、天より神々が見ていたなら笑うでしょう、楽しむでしょう! こう言うに違いない! 『あぁ、可哀想────死んでしまった』、『次の子供(おもちゃ)を探さなければ』と!」

 

 恐怖心を煽るようにあえて音を立ててヴィトーは最後の冒険者を追い詰める。

 入り口だったはずの場所で壁に縋り付き、命乞いを始めた冒険者を見て、ヴィトーは両目を見開き、叫んだ。

 

「そこは戦わなくては! 敵わぬ相手と分かっていても! 誇り高く、最後まで抗う────」

 

 過去最高の嘲弄を込めた笑みを浮かべて。

 

「────『英雄』のように!!」

 

 その剣が振り下ろされ、また一人の命が絶叫と共に天へと還っていった。

 

『残虐』にして『異端』、『強者』であり『狂者』、生き残った『悪』の象徴。

 それがヴィトーの正体だった。




調べはしましたが『ノエル』について間違いがあった場合、ご指摘いただけると幸いです。

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ここまで見ていただきありがとうございました。
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