二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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リアルの多忙と体調不良が重なってしまい、今回の話は今までの話と比べてかなり短いです。
二週間という投稿間隔を頂いているのに申し訳ありません。


噂の店員

 昨日、ヘスティア達と話した通りにベルは朝早くから『豊穣の女主人』に赴き、開店の準備を進めていた。唯一の男性として【神の恩恵(ファルナ)】を授かっていないシルとノエルの手伝いがベルの主な仕事となっている。

 

「ベルさん、急な話だったのに本当にありがとうございます」

 

「いえ、いつもお世話になってますから。あ、それ持っていきますね」

 

 言葉を返しながらシルが運ぼうとしていたテーブルを代わりに持ち上げたベルは四方八方から視線を浴びながら運んでいく。その視線たちに悪意はないが好奇はかなり含まれている。

 

「いやー、朝早くに冒険者君が急に来たときは驚いたけど」

 

「シルも一切サボったりしてないから仕事が早いニャ! 普段ならもう少し手を抜いてるはずニャのに不思議な話だニャア?」

 

「いつもサボったりなんかしてないから! ベルさん! 私、サボってませんからね!?」

 

「あははは……」

 

 クロエのからかいの言葉にシルが良い反応をすればするほどクロエは周囲の他の店員達と共にニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべる。

 ベルが浮かべる苦笑いに本当ですからね!?、と念を押したシルはパタパタと店の奥へと走り去ってしまった。

 

「ベル―……こっち、きてー」

 

「はーい。どうしたの、ノエル?」

 

 ノエルに呼ばれ、シルに呼ばれ、他の店員達に呼ばれ、と仕事をこなしているうちに開店時間がやってくる。厨房に入れないベルの仕事は接客と配膳だった。

 

『ここはダンジョンと一緒だ。迷いは死を意味する』

 

 開店の直前、リューから言われたそんな言葉を開店十数分でベルは嫌というほど理解することとなった。

 シルの言った通り、ノエルの噂を聞きつけやってきた客+単純な酒場の常連達であっという間に埋まる席。その大量の客達から入る注文を厨房に届け、料理が出来ていた場合はそれを対応するテーブルに冷めないうちに運び、追加の注文があればそれをまた厨房に届け、食事が終わればそれを片付けて新しい客が入る準備を整えるなどを繰り返し続ける。

 始まったばかりだというのに襲い来る過酷の連続にノエルを見守りながら仕事をこなす……などという甘い考えはすぐに消え、自らの仕事をこなすことでベルは手一杯になっていた。

 

(こんなのをシルさん達は毎日……? すごいな……!)

 

 表情は笑みのまま、冒険者である自分ですらきついと感じる仕事をほぼ毎日こなす酒場の店員達に内心で舌を巻きながら、なんとかついていく。

 そんな折、注文を取るノエルの姿が目まぐるしく動くベルの視界に入ってきた。

 

「あ! ひげのおじさん!」

 

「おう、ノエルちゃん。おじちゃん、また来ちゃったぜ」

 

「ふふ、あ、ごちゅーもんは、おきまりですか?」

 

「お! ちゃんと言えたな? そうだなー、じゃあまず今日のおすすめを教えてくれるかな?」

 

 ベルがやり取りを見れたのはそこまで。そこから先は仕事に戻るように言われてしまったため見ることも聞くこともできなかったが、とてとてと走るノエルの顔に浮かぶ笑みとそれを見守る店内の優しい空気に思わず笑みが零れた。

 

(僕の心配なんていらなかったな。ノエルはちゃんとこのお店の一員になってたんだ)

 

 むしろ心配すべきなのはミスを連発する自分の方だと気付いたベルはモンスターと戦う時のような集中力で自らの仕事に取り組み始める。

 結果、夜の時間が訪れる頃には及第点と言えるような働きを見せ、完全な足手まといになる事だけは阻止することが出来た。

 

「一名、入れますか?」

 

「はいニャ! 白髪頭、案内お願いニャ!」

 

「わかりました! いらっしゃいませ、一名様ですね? こちらへどうぞ!」

 

「おや? 貴方は……【未完の英雄(リトル・ヒーロー)】様ではありませんか?」

 

 そんな時、一人の男性客が席へ案内したベルの『二つ名』を呟く。

 一度店内を見渡したベルはある程度の余裕があることを確認するとその男性客と話し始めた。

 

「えっと……はい」

 

「貴方のような方がなぜここで働いているのですか?」

 

「お世話になっている人に少し手伝ってくれないかと頼まれまして……こちら、お水です」

 

「ほう、なるほど…………もしよろしければ、握手などしていただけないでしょうか?」

 

「えっ?」

 

 男性客は細めたままの目でベルを見つめ、話を続ける。

 

「実は私、こう見えて貴方の大ファンでして。このような思わぬ幸運を逃したくないのです。貴方の迷惑になるのであれば、大人しく引かせていただきますが……如何でしょうか?」

 

 そっと差し出された手を数秒見つめていたベルはおずおずとその手を握り返した。

 嬉しそうに顔を明るくさせた男性客はベルの手を強く握り、深々と頭を下げる。

 

「ありがとうございます! こうして会えるのは二度目……ああ、いえ、一度目は一方的に遠目に見させてもらっていたので実質一度目なのですが……」

 

「……ヴィトーさん、ですよね? 二日前ほどにこのお店でノエルが迷惑をかけてしまった方だったのでよく覚えています」

 

 その節はすみませんでした、とベルが頭を下げるとヴィト-の体がピタッと固まる。

 それを見たベルが怪訝な表情を浮かべた次の瞬間────

 

「……なんと……なんということでしょう……! 貴方のような方に私という存在を認識してもらえていたとは……! 本当にノエルさんには感謝してもしきれませんねぇ」

 

 ────などと仰々しく体を動かし、ベルの手を自分の両手で包み込む。

 ヴィトーは人の良さそうな笑みを浮かべてはいるもののその大げさな反応にベルは引き気味だ。

 

「おっと……失礼しました。少々興奮してしまいまして。注文、よろしいでしょうか」

 

「あ、はい!」

 

 ヴィトーから注文を受けたベルは一礼をして厨房へと歩き、内容を厨房のミア達に伝える。

 すぐに他の仕事に移る瞬間、ふとあの日の記憶が蘇った。

 

(ヴィトーさん、確か前も鳥の香草焼きと蜂蜜種(ミード)を頼んでたっけ。気に入ってくれたのかな)

 

 まだ一日目とはいえ良くしてくれている人が働いているこの酒場の料理を気に入ってくれたかもしれないことを少し嬉しく思いながらベルは閉店時間まで働き続ける。

 そんなベルと多くの人々に優しく見守られるノエルを人畜無害な笑みを張り付けたまま、ヴィトーは静かに見つめ続けていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「冒険者君! これ三番テーブルね!」

 

「わかりました! それと四番テーブルさん、お酒追加です!」

 

 僕が『豊穣の女主人』で働き始めて二日目。

 一日目は夜になるまで全く力になれなかったけど、二日目は昼の開店時間の時点から結構働けていると思う。一日目は仕事を全く任されなかったけど、今日はルノアさん達から仕事を任されることも増えてきたし。

 

「おーい【リトル・ヒーロー】! 酒持ってこーい!」

 

「わかりました! あとここでその名前呼ぶのやめてくださいっ!」

 

 それと働き始めて二日目だけどまた少し変わったことがある。

 どういうわけか僕が働いているということを知って、ノエルの時と同じように多くの人がこの酒場に訪れ始めたということだ。

 今の所、悪意を持った人はあまり来ていない……来たとしてもミアさんやリューさん達の手前、大騒ぎするような命知らずの真似を出来るわけがないからあまり気にしてはいないんだけど……

 

「ベルきゅーん! こっち向いてくれー!」

 

「その服装もまた似合ってるぜ♪」

 

 ……店にいる神様方がものすごい気になる……はっきり言ってしまえばその……うるさい。

 お店に迷惑をかけない程度に騒ぎ、ただ僕を見て料理を食べ、お酒を飲んでいるだけだから当然無下になんて出来ず、シルさん達からも無視を決め込むように言われてはいるけど、そろそろ鬱陶しくなってきたかな……

 

「もうちょい耐えるニャ白髪頭。ああいう輩は反応したら喜ぶから反応するだけ時間の無駄ニャ」

 

「べ・ル・きゅーん!!」

 

「はははは、人気者ですねぇ。【リトル・ヒーロー】様」

 

「こんな人気はいりませんよ……あとヴィト-さんもそれで呼ぶのやめてください」

 

 今日も来てくれているヴィトーさんにまでからかわれながらとにかく仕事を続ける。

 人が何度も入れ替わったけど、神様方が退店する様子はなく、シルさん達にも神様達の方に僕を近づけないように気遣われてしまった。

 ただお客さんが増え始めれば、そんな風に甘えることはできない。神様達に料理やお酒を運び、返答に困る言葉をかけられる……それが何度か繰り返されたそんな時だった。

 

「お待たせしました! こちら追加のワインです! 空いたお皿お下げしますね失礼します!」

 

「待ってくれよ子兎ちゃん☆」

 

 なるべく早く会話を仕掛けてくる神様達から離れようとテキパキとお皿を運ぼうとした瞬間、お皿を持つ方とは逆の手をグイっと引っ張られる。

 

「うわっ──」

 

「そんな慌てないで俺たちとお話──」

 

 ──普段の僕だったらこの程度は別に大した問題じゃなかった。

 ただ、普段経験しない酒場での仕事、焦って離れようとして浮いてしまった足、予想外に強かった神様の力などの要因が重なって僕の体がぐらっとふらつき────

 

「────っ?!」

 

 ガッシャーン!!、と酒場中に響く破砕音を鳴らして転倒してしまった。

 

「ッ!?」

 

 ただ転倒しただけ……ならまだ良かったんだけど破砕音が響いた通り、僕の手からお皿が滑り落ち、割れてしまっている。さらに運が悪いことに右手をそれの上についてしまい、痛みと共に手のひらから生暖かい液体が流れていた。

 

「ベルさん!? 大丈夫ですか!? これ、使ってください!」

 

「アンタら何考えてんのよ!? 流石に手を出すのは見逃せないわよ!?」

 

 僕に近かったシルさんとルノアさんが飛び出し、辺りが喧騒に包まれる。

 他のお客さんに見られないように咄嗟に隠していた血と傷だったけど、すぐにシルさんにそれを見られてしまった。

 

「クロエ! 救急箱お願い! ベルさん、ちょっと待っててください」

 

「任せろニャ!」

 

「ベル……いたい……?」

 

 シルさんがパタパタと厨房に走っていくのと入れ替わりにいつの間にか涙目のノエルが僕の傍で小さく震えていた。

 

「だ、大丈夫だよ! ほら、こんなに元気っ……!」

 

 あ、やばい。

 走った痛みに思わず顔を顰めてしまった瞬間、そう思った。

 ゆっくりとノエルの方を向くとその予想は当たる。ノエルはその瞳に大粒の涙を溜め、僕の手を握りながら今にも泣き出しそうになっていた。

 

「いたい、の……?」

 

「大丈夫、大丈夫だから! ね、ほら、ちゃんと動くから!」

 

「いや……いたいの、だめ…………いたいの……なくなって」

 

 握られた僕の手にノエルの涙が一粒、二粒と落ちる。

 その涙を拭おうとしたその時、涙が落ちた僕の右手が温かくなり、白く輝くのを目にした。

 

「…………え?」

 

 その現象を目撃したのは恐らく僕一人だけ。

 他の誰の目にも届いていないであろうその光は瞬きの間に消え、残るのは僕の右手。

 ()()()()()()()()()僕の右手だけだった。

 

「ごめんなさい、ベルさん! これで応急処置……あれ?」

 

「大丈夫かニャ、少年! 救急箱持ってきて……んん? なんともなってないニャ?」

 

 慌てた様子で駆け寄って来てくれた二人も僕の手を見て怪訝な表情を浮かべている。

 説明を求めているような目で僕を見てくるけど、正直僕もよくわからない……

 

「んー? おかしいニャ。確かに少年の手は……そこに血痕だって……」

 

 そう言ってクロエさんが指さした場所にみんなで視線を移す。けど、そこに流れ落ちてしまったはずの血痕はどこにも残っていない。

 その場の全員で一体何が起こったのか、と頭の上に疑問符を浮かべていると、小さいはずなのによく響き、とんでもなく冷たい声が酒場中に通った。

 

「人の店の店員に迷惑をかけてんじゃないよ、このアホンダラども」

 

 ゆっくりと厨房の扉が開き、目を吊り上げた鬼が……えっと、ミアさんがそこに立っていた。

 静まり返る酒場の中でミアさんの声は本当によく響き、酒場にいる人間はもれなくその体を凍らせている。

 

「アンタらの趣味は否定しないが、そういうコトをしたいなら歓楽街でやりな」

 

 ミアさん?

 ちょっと聞き捨てならないことが……

 

「ココは飯を食べて酒を飲む場所さ。アンタらの趣味を晴らすような場所じゃない」

 

 そう言ってミアさんは神様達を一睨み。睨まれた神様達はコクコクと震えながら青い顔で頷いて、そのまま逃げるように店の外へと勢いよく飛び出す。

 あ、お金……と一瞬思ったけど、テーブルの上には多めにヴァリス金貨が置いてあった。

 

「大丈夫かい、坊主? 悪いことしたね」

 

「い、いえ! ミアさん達は何も悪くないですし転んだ僕も……あ、お皿すみません……」

 

「アンタが気にすることじゃないよ。あとで買い直しておくさ。大丈夫そうなら仕事に戻りな」

 

 手を上げたミアさんが厨房に戻っていくと同時に静まり返っていた酒場にも喧騒が帰ってくる。

 何事もなかったかのようにまた飲み直す冒険者達の精神は僕も見習うべきかもしれない。

 

「念のためもう一回確認しておくけど、本当に大丈夫なの? 冒険者君の手」

 

「はい。痛くもないですし傷もないですし……なんででしょうか?」

 

「自分でもわからないことがミャー達にわかるわけないニャ」

 

 何故傷がなくなったのか結局謎のまま、シルさん達は仕事に戻っていった。

 周りから誰もいなくなったところでもう一度右手を見てみる。やっぱりどこからどう見ても傷はない。でも確かに右手から流れた血の生暖かい感触は残っている。

 

「ねぇねぇ。もう、いたくない?」

 

「ノエル……うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 

「えへへっ、いたいのなくなって、よかったね!」

 

 ……ノエルが何かしてくれた、とか。

 一瞬、そんな考えが過った。

 

(……流石にないか) 

 

 無邪気な笑顔を浮かべて喜ぶノエルを見て、そんな考えを頭の隅に追いやる。

 不思議な子ではあるけど、【神の恩恵(ファルナ)】を授かってるわけでもないしね。

 

「………………」

 

 この時、考えを巡らせてしまった僕は気付くことが出来なかった。

 僕とノエルの死角となる場所からヴィトーさんがその目を見開き、何かの確信を持ったような笑みでノエルを見ていたことを。

 

 この時、彼の視線に、そこに含まれるドス黒い悪意に気付けなかったことを……僕はずっと、後悔していくことになる。




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