二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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精霊と家族

「ぐぁあああ……!」

 

「おやおや、流石は英雄様。彼らも全員Lv.2の中でも精鋭と言える者達だったのですがねぇ。あなたがLv.3とはいえこれだけの数を圧倒するとは」

 

 ベルの周囲に転がる意識を失った同胞に一切興味を示さず、ヴィトーは拍手と共に全く気持ちがこもっていない声で少年を褒める。

 

「流石は都市を、いや世界を賑わす【未完の英雄(リトル・ヒーロー)】! 世界最速兎(レコードホルダー)の名は伊達ではなかったということですね」

 

 戦闘態勢を取ることもせず、世間話をするような雰囲気で話し続けるヴィトーにベルは気味の悪さを覚える。焦りも苛立ちもないその余裕は一体どこから出てきているというのか。

 

「ああ、それとも……娘にいいところを見せたいという『家族ごっこ(ちゃばん)』の延長ですか? あれは見ていて非常に笑える見世物でしたねぇ!」

 

「ッ!」

 

 侮蔑と嘲弄が乗るその言葉に剣を握るベルの手に必要以上の力が入る。

 怒りが込められたその瞳に晒されても、その余裕が崩れる様子はない。

 

「ベルさん、この人の言葉を真に受けてはダメです。この人は……人格が破綻しています」

 

「破綻とは、中々酷い言われようですねぇ。しかし言い返せないのも事実。ああ、辛い辛い」

 

 辛いなどと、そんなこと一切思っていないだろうに大仰に体を揺らし、嘆く素振りを見せるヴィトーをシルは強く睨みつける。

 彼女に睨みつけられてもなお、厭な笑みを絶やさない男を見て、ベルは自分の胸の中に恐怖に似た感情が芽生え始めているのに気付いた。

 

(今まで出会ってきた人達とは、全然違う……! 不気味で、気持ち悪くて……絶対に会ってはいけない人に遭ってしまったような……!)

 

 ベルが今まで出会った悪党やならず者達はそこまで多くない。彼らの全てが可愛く見えてしまうほどの悪意。この男の前では彼らの悪意など赤子のようなものだ。

 

「それで、どうします? まだ戦いますか? これから大事な(パーティ)があるので貴方がたの『娘』を置いてここで引き返してほしいのですが。将来有望な貴方に、()()()()()はしたくありませんしね?」

 

 再会したあの時にベルに言われた言葉をそのまま返してくるヴィトー。

 そんな言葉に対する返答は剣の音だった。

 

「……構えますか。まあ、当然ですね」

 

「……ノエルは連れて帰ります。この子の『家』に!」

 

「そんなものは存在しません。彼女が還るべき場所、ならばありますがねぇ」

 

 ヴィトーの言葉が終わるのを待たず、ベルは踏み込む。

 何も構えず、自然体のまま男は振り下ろされる剣を待った。

 

「なっ──」

 

「ふむ、中々に鋭い。ですが、それだけです」

 

 斬り裂かれる直前、ヴィトーは片手でベルの剣を受け止めていた。

 目を見開くベルだったが、硬直は一瞬、剣を受け止めたことでガラ空きとなっている右の脇腹に蹴りを入れようと左足を浮かせる。

 

「判断も中々早い。ですが視野が狭い」

 

 しかし、左足が浮いた瞬間、ヴィトーが剣を下に引き込む。

 その行動で一気に体勢を崩されたベルは攻撃を諦め、即座に防御の姿勢を取る。だが何も飛んでくることはなく、剣にかかっていた負荷まで消えていた。

 

「現時点で強さもあり、素質もある。これから成長する余地などいくらでもあるでしょうに……こんな有望な素材を手に掛けてしまうことになるとは……実に心苦しい限りですねぇ」

 

 足元から抜け出したベルに言葉とは裏腹に冷たい笑みを向けるヴィトー。

 その笑みを見て、彼の言葉を額面通りに受け取る者など一人もいないだろう。

 

「ですが、仕方ありません。貴方が向かってくるというのですから! ならば私もそんな貴方に失礼にならないよう、それ相応に振る舞わなくては!」

 

 閉じた瞼が開き、その奥に隠されていた血のように紅い瞳が爛爛と輝く。

 剣を構えるベルに対し、男は禍々しい短剣を引き抜き、逆手に構えた。

 

「では────存分に踊ってください」

 

 軽い音と共にヴィトーが肉薄する。

 ベルは振るわれた短剣を剣で打ち払い、男の体勢を崩す。

 だが追撃を仕掛けようとした視界の端から高速の後ろ回し蹴りが襲い掛かった。

 

「くっ……!」

 

「はははっ、ほらほらどうしましたか?」

 

 上体を逸らし、不安定な姿勢となったその隙を見逃されるはずがなく、斬撃の雨が降り注ぐ。

 ベルは剣で防ぎながら後退し、仕切り直そうと試みるが、一定の間合いで斬撃を繰り出し続けるヴィトーがそれを許さない。

 防戦を課せられる少年の体に回避しきれなかった短剣による傷が少しずつ刻まれ始める。

 

「このまま何も出来ずに敗北するのも別に良いのですが、もう少し手応えというモノが欲しいですねぇ。例えば……『魔法』、とか」

 

 鍔迫り合いを仕掛け、男は至近距離で悪辣な笑みを浮かべる。

 ベルがこの距離で魔法を撃つ選択ができないと分かっている上での挑発。

 ヴィトーが常に保つ間合いは1Mにも満たない。このような至近距離で魔法を撃てば、より深い傷を負うのは防具を一つも装備していないベルの方だ。

 

「ふふふっ……さあ────」

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 だがベルは捨て身の選択を取った。

 炸裂した炎雷がベルとヴィトー、二人の体を大きく吹き飛ばす。

 至近距離となると流石に多少の傷は負ったようだが、平然と立つヴィトーは霧と煙の奥、自らの体ごと敵を焼く選択を取った少年の姿を探す。

 

「……おや?」

 

 その中に見つけた少年の姿を見て、ヴィトーは眉を上げる。

 自分が付けた刀傷はあちらこちらに見当たるが、爆発によって受けたはずの傷は一つもない。

 

「まあどうでもよいですね。少しばかり、面倒が増えるだけです」

 

 笑みを浮かべながら、肉体の一部のように短剣を取り回すヴィトーにはかなりの余裕が見受けられる。対照的にベルの表情に余裕はなく、その息は既に上がっていた。

 

(完全に遊ばれてる……遊んでても、この強さ……!)

 

 ベルの攻撃が当たったのは初めの一撃と捨て身の速攻魔法のみ。初めの一撃に関してはそもそも受け止められた。まともな攻撃なんて一度もできていない。

 ヴィトーに遊ばれているから戦いになっているのだ。その事実にベルは歯噛みする。

 

「ヴィトー様、そろそろ……」

 

「ふむ……そうですね。これ以上時間をかける必要もないでしょう。期待外れでしたしね」

 

 白装束の男の進言を受け、ヴィトーの瞳に冷たい光が宿る。

 顔から笑みを消した男は体を軽く沈め、鋭く踏み込んだ。先ほどまでとは全く違う速度、威力の酷薄な斬撃がベルを襲う。

 

 一合目で剣が弾き飛ばされ、続く二合目で無防備を晒すベルの体が深く斬り裂かれる。

 

 そのたった二合の打ち合いとも言えない打ち合いが、勝負の趨勢を分けた。

 

「が、ぁ……!」

 

 逆袈裟に斬り上げられた体から夥しい量の血を流し、ベルが崩れかける。

 かろうじて地に付すことはなかったが、傷を抑えるその姿に先ほどまでの力は感じ取れない。

 

「いやぁ……脆い、そして遅いですねぇ」

 

 再度襲い来る男の連撃を防ごうと剣を構えるが、その動きはあまりにも遅すぎる。

 防御の構えをすり抜け、振るわれた短剣が腕を、足を、体を容赦なく斬り裂いていく。

 とどめとばかりに放たれた無造作な前蹴りが胸を射抜き、今度こそベルの体が地に伏せた。

 

「…………………………ぁ」

 

「言い忘れていましたが……私はL()v().()5()です」

 

 明かされるヴィトーのLvに戦いを見守っていたシルの眼が見開かれる。

 ベルはLv.3。二人の間にある差は2。

 一つ違うだけで残酷なまでに実力が開いてしまう階位(レベル)の差が二つもあればどうなるのか。それを血の海に沈むベルの姿が物語っていた。

 

「『家族ごっこ』をするには、少々『無謀』が過ぎましたね。『愛』? 『勇気』? そんなもので何もかも解決できるのであればこの世はもっと平和になっています」

 

 もう既に聞いているのかもわからないベルに男は言葉を投げかける。

 

「貴方に次があるのかどうかもわかりませんが、長生きしたいのであれば……そんなものは何の役にも立たないと、覚えておくといいですよ」

 

 最後にすくい上げるようにベルを蹴りつけ、霧の中へ吹き飛ばす。

 それを見届けた男は何を思ったのか数秒、霧の中を見て溜息を吐くと短剣を逆手に構えたまま、シルの方へ振り向き、そして笑みを浮かべた。

 

「さてさて、これでチェックメイトというやつです。あの少年がいない今、貴方は私達が手を下さずとも、勝手にモンスター共の餌食となる事でしょう。脆弱な身でここに来たことをどうか可能な限り後悔して、天に還ってください」

 

 散々不愉快な思いをさせられたことが相当腹に据えかねていたのか、その笑みには最大限の侮蔑と愚弄が込められていた。

 その笑みにシルは何も返すことが出来ず、表情を歪めることしかできない。

 

「ああ……最後に貴方のそんな顔を見れて良かった。私の溜飲も下がるというものです。くくっ、はははははははは────」

 

 勝ち誇った高笑いを上げ、シルが守るノエルに手を伸ばすヴィトー。

 

「────ま、て」

 

 その背後、霧の奥から血に染まった誰かが姿を現した。

 彼の姿を見て、シルが、ノエルが、ヴィトーがその目を見開く。

 

「ノエルは、わたさ、ない……おまえなん、かに……わたして、たまるか……!」

 

 霧の奥から姿を現したのは雷の鎧も剥がれ、全身を自らの血で赤く染めるベル。

 その身から流れる血は明らかに致死量を超えている。

 そんな死に体も同然の体を動かすのは、意志の力だった。

 

「ベルさん……!」

 

「おとう、さん……」

 

 自分を父親と呼んでくれるノエルを……『家族』を守りたい。

 そんなただ一つの想いがベルの体を動かしていた。

 

「ははっ、はははははははははははははははっ!!」

 

 自分に向かってくるその姿を見て、ヴィトーの眼が輝く。

 そして感激したように、彼は笑った。

 

「立ち上がる? そんな体で? 私と貴方の間にある実力差をわからせたというのに? 勝てないとわかっていながら、貴方は立ち上がるのですか?」

 

 短剣を手の中で遊ばせながら、興奮を隠せない様子で男は歩み寄る。

 今にも倒れそうだというのに前髪の間から覗く瞳に宿る怒りの炎は衰えることなく、自分を見据えていた。その事実にヴィトーの興奮が最高潮となる。

 

「きずだらけ、とか、じつりょくさと、か……関係ない……! ノエルを……僕達の『家族』を、返してもらう!」

 

「ああ……ああ! 私の眼は間違っていなかった!」

 

 ボロボロの体で剣を構える姿を見て、男が思い出すのは24階層の死闘。

 冒険者、残党、怪物(モンスター)、何もかもがぐちゃぐちゃとなった大混戦の中、誰一人死なせることなかった冒険者達、その中で一際輝きを放っていた『英雄』の姿。

 

「はっきりと言いますが、私は貴方に失望していたのです。あの時の輝きは全く見えず、私を前に何も出来ずに倒れていく貴方の姿を見て、心底がっかりしました」

 

 勝手に期待して、勝手に失望する身勝手なその態度にベルの背後のシルが眉を顰める。

 それに気付いているのかは気付いていないのかは不明だが、ヴィトーの言葉は止まらない。

 

「貴方も他の有象無象と同じ……何の価値もない塵同然の存在だと! ですが違った。貴方はそのような姿となってもなお、大切なものを守るために立ち上がった!」

 

 今にも感涙にむせび泣きそうな声を上げながら天を仰ぐその姿は、声、態度、行動のどれをとっても今のベル達には不愉快なだけだった。

 

「他の者ならばこうはいかない! 絶望に屈し、仲間を、大切な誰かを置いて逃げ出し、無様で惨めな命乞いをした! ですが、貴方は違う! 貴方は、ただの冒険者の枠組みには入らない!」

 

 鮮血のように紅い両の瞳は過剰なまでに狂気に染まっている。

 先ほどまでとは違う、もう一つの探し物が見つかったと言わんばかりに。

 その狂った瞳でノエルではなく、立ち上がったベルのみを見据えていた。

 

「貴方はやはり────『英雄』と呼ばれるに相応しい器を持っている!!」

 

 黒の短剣と同時に禍々しい片手剣を装備したヴィトーは再び鋭く踏み込む。

 獣の双牙のような斬撃をかろうじて受け流すベル。だが攻撃は止まらない。

 受け流され、前のめりとなった男が放った鎌のような後ろ回し蹴りが脇腹を抉る。

 抉られた脇腹が灼熱の痛みを訴えるが意識は飛ばない、吹き飛びもしない、その場でよろけるだけ。男がそうなるように手加減したから。

 

「いい! 貴方は実にいい! 貴方のような愚か者(英雄)を私はずっと探していたのです!」

 

 間髪入れずに襲い来る短剣を咄嗟にはじき返す。しかし続く長剣をかわし切れず、刺突がベルの左肩に風穴を開けた。その激痛が血に染まり、狭まっていた少年の思考を逆にクリアにし、魔法の使用を即断させる。

 

「【ファイアボルト】……っ!」

 

「おっと」

 

 だが余裕を保ち続ける男の判断はさらに早い。

 至近距離で炎雷が放たれるよりも早く、ついでのように肉を抉りながら剣を引き抜き、その剣で魔法を弾き飛ばす。斬り落とすことはできなかったが、男にとって十分すぎる結果だ。

 

「これだけやってもその瞳から光は消えない! その身は既に天に足を踏み込んでいるというのに! ああ、ああ……なんて────美しい!」

 

「づ、っ……!」

 

 攻撃の手を一切緩めないヴィトーの追撃を必死に回避しながら抗戦するベルだったが、斬り裂かれた胸と風穴を開けられた左肩から流れる血の量は尋常ではない。先ほど倒れた時のことも考えれば立っていることさえ奇跡なのだろう。

 そんな状態で、万全な状態でも勝てるかどうかもわからない第一級冒険者と戦えばどうなるかなんて……誰が考えても答えは一つしか浮かばないと断言できる。

 

 必死の抗戦も空しく、禍々しい長剣がベルの体を袈裟に斬り裂いた。

 

「────────────────────」

 

「貴方はあの少女に負けず劣らず尊い存在です……ですが、失礼。興奮し過ぎてしまいました」

 

 血飛沫を上げ、地へと沈みゆくベルを見届け、初めから興奮などしていなかったかのような声音で『英雄』になれたであろう少年に声を掛ける。もう彼には何も聞こえないとわかっていながら。

 

「第二級冒険者は『脆い』と知っていたのに」

 

 感情の宿らない声を掛けられてもベルは何も返さない。

 今も範囲を広げる血の海に沈んだまま、ピクリとも動かない。

 

「…………………ぇ……?」

 

 震える両手で口を覆うシルの後ろからノエルがベルに向かって歩く。

 誰も彼女を止めない。ヴィトーは逆に彼女を止めようとする同胞を手で制していた。

 自分の体が血で汚れるのも構わず、物言わないベルの隣に膝をつく。

 

「べる……?」

 

 名前を呼んでも、返事は返ってこない。

 

「おとー、さん……?」

 

 そう呼ぶと、困ったように笑ってくれてたのに、笑ってくれない。

 

「瀕死……もしくはもう既に死んでいますよ。どちらにせよ、返事なんてできません」

 

 何度も体を揺すり、声を掛けるノエルにヴィトーが現実を突きつけた。

 それを受け止められない少女は何度も首を振り続け、少年の名を……『父』を呼ぶ。

 

 ……返事はない。

 

「いや……うそ、やだっ……」

 

 目尻に涙を溜め、少年の体を揺する。

 ノエルの涙が少年の体に落ち、その体を濡らすが血に溶け消えていく。

 それでも、返事はない。その涙を優しく温かい手が拭うことはない。

 

「受け止めましょう、現実を。貴方のくだらない『家族ごっこ』に付き合ったばっかりに……『英雄』になれるはずだった彼は死んでしまいます」

 

「いやっ、いやぁあっ!!?」

 

 頭上から降ってくる非情な現実を告げるその言葉に耳を塞ぎ、何度も何度も首を振る。

 それを冷めた目で見ていたヴィトーは泣き叫ぶ少女の事情などもはやどうでもいいと手を伸ばし、ノエルを連れ去ろうとその首を掴もうとする。

 

 その時だった。

 

「────お父さんを、助けてぇええええええええええええええええええええええっ!!!!」

 

 天を見上げ、ノエルが思わず耳を塞いでしまうほどの悲鳴……いや、願いを叫んだ。

 意味のない叫びに煩わしそうに眉を顰めたヴィトーは彼女を見て、そして大きく目を見開く。

 目を見開いたその先にいるノエル、その体から白い光が立ち昇っていた。その光が力尽き倒れるベルの体を血溜まりごと包み込んでいく。

 

「………………………………………………………………………………………………え?」

 

「────────」

 

 その光が収まった数秒後、ベルの指がピクリと動く。

 次には何事もなかったかのようにその体を起こし、信じられないものを見るような目で自身の手のひらを見つめていた。

 

「なに、が……僕、どうして……傷が……」

 

 どこをどんなに目を凝らしてみても傷一つ見当たらない。それどころか大量の血溜まりすら跡形もなく消失している。まるで流れ出た血液全てが体に帰ってきたかのように体の調子も悪くない。

 死を待つだけだったベルの体を全快させた、正に奇跡。それを為したのは────

 

「ノエル……わっ!」

 

「おとう、さん……よかったぁ……」

 

 ────ノエルしかいない。

 息も絶え絶えながら自分の胸に飛び込んできた彼女を支えながら、ベルはそう確信した。

 だが、その確信を持ったのは彼一人ではない。

 

「ふふふ……はははは、はははははははははははははははははははははははははははッ!!」

 

 顔を片手で覆い、今日一番の哄笑を上げるヴィトーからノエルを隠すようにベルは前に立つ。

 一頻り笑った男は体を脱力させ、一つ深呼吸を入れ、落ち着きを取り戻す。

 

「いやはや、まさかこのような形で目の当たりにできるとは。流石の『力』です。これは想像以上かもしれません。大切な者を傷つければ、貴方達は力を発揮する……よく覚えておきましょう」

 

「何を言ってるんだ……! 『力』って、ノエルにそんなものあるわけが……っ!」

 

 そこまで言って、ベルは息を呑んだ。

 途端に頭の片隅に押しやったあの日に見た光景とそれを見て覚えた疑問が蘇ってくる。

 

『いや……いたいの、だめ…………いたいの……なくなって』

 

 あの日に起きた出来事とたった今起きた奇跡は規模は違えど、同種の物。

 それを起こしたのは誰だ? あの日にいた人物でこの場にいるのは誰だ?

 違うと断言できる人物を除外し、浮かんできた人物は……一人しかいなかった。

 

「ふふっ、気付きましたか? 気付きましたね? しかし、言葉に出来ませんか? 言葉にしたら『いつも通り(ちゃばん)』が壊れてしまいますか? ならば優しいこの私が真実を告げて差し上げましょう」

 

 その声を止める手段はなかった。

 

「彼女は────『精霊』です」

 

 先ほどのベルと同じようにシルが息を呑んだ。

 ベルは、目の前で侮蔑が込められた笑みを浮かべる男をただ睨んでいた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「そんなに睨まないでください。怖くて泣いてしまいそうです」

 

 そんなこと欠片も思っていないとわかる声が聞こえてくるけど、今はどうでも良かった。

 ヴィトーさんから突き付けられたノエルの正体に比べればそんなものは些事だ。

 

「どうですか、ノエルさん。自分の『本当』を知ってしまった感想は」

 

 僕の後ろにいるノエルの体が跳ねた。

 この場にいる全員の視線に晒される幼い彼女は怯えるように酷くその体を震わせている。

 

「……わたしが、せいれい? せいれい、ってなに……? ほんとうって、なに……?」

 

 絞り出すような声で目尻に涙を溜めるノエルは見ていて酷く痛々しい。

 そんな顔をするノエルを見たくなくて、僕は彼女に手を伸ばしていた。

 だけど、その手を避けるようにノエルが身を引くのを見て、体が固まる。

 

「わたしが、せいれいだから……みんなとちがうからっ……おうちに、かえれないの……?」

 

 涙が頬を流れていく。

 あの場所に『帰りたい』、それがノエルの望み。

 だけど、その望みは穢されていた。あの人がこの子に何かを吹き込んだんだろう。

 そして現在(いま)、ノエルも知らないノエルの正体を告げ、望みを完全に壊した。

 このままだったらノエルの心は望みと共に壊れてしまう。だから僕は────

 

「────ノエル」

 

 ────シルさんと一緒にノエルを抱きしめていた。

 

「関係ないよ。ね、ベルさん」

 

「……うん、関係ない」

 

「おとうさん……おかあさん……?」

 

 シルさんの言葉に頷いて、腕の中で僕達を見上げるノエルの涙を拭う。

『お父さん』が『子供』にするように髪を梳いて、涙の跡が残るノエルを優しく見つめた。

 

「ノエルがただの女の子でも、精霊でも、例えモンスターとか神様だったとしても、関係ないよ」

 

「ノエルはノエルだもん。私達の大切な『家族』。だから、そんなに泣かないで大丈夫……私達と一緒に帰ろう?」

 

『一緒に帰ろう』。

 その言葉を聞いて僕達の腕の中でまたノエルが泣き出してしまった。でもそれはきっと、悲しさから流れてしまう涙ではないと思う。

 そっと、ノエルから離れてシルさんと一瞬視線を合わせる。彼女が頷いたのを見て立ち上がり、僕達のやり取りを何も言わずにただ見ていたヴィトーさんと対峙する。

 

「いやぁ、美しい。真なる善とは親子の愛でしたか。それがたとえ偽りの関係であったとしても」

 

「ヴィトーさん……」

 

 何の感情を伴わないその言葉に思わず語気が強まる。

 けれども怒りに頭が支配されることはない。

 

「おっと、もう少し心を込めた方がよろしかったですか? 貴方達に、特に貴女に睨まれるのは怖い怖い」

 

 僕の後ろで底冷えするような視線を送っている『お母さん』がいるからだ。

 その人並み外れた圧に残っていた白装束の人達が後退りをしていたが、ヴィトーさんから余裕は失われない。それどころかその笑みは酷く不気味で楽しそうだ。

 

「ですが、これで私達が何故ノエルさんを攫おうとしたのか理解して頂けたのではないですか? 『精霊(かのじょ)』を使い、我々の大願を果たす……大願を果たすために彼女は必須なのです」

 

「そんなことはさせない。ノエルは連れて帰ります」

 

「シルさんの言う通りです。ノエルは絶対に渡さない!」

 

 前に立つヴィトーさんに剣を突き付けた。

 そんな行為に意味はないと彼は嘆息して、手を振り上げる。たちまち現れるのは白装束の人達。霧の中に隠れていたのかさっき確認した数より明らかに増えているその影を見て思わず顔を顰めてしまう。

 

「力なき意志ではまかり通らないことは山ほどある。先ほど教えて差し上げたように、ね?」

 

 その言葉を肯定するように癒えたはずの傷が痛む。

 ヴィトーさんの言う通り、このままだったら勝ち目は万に一つもない。

 長文詠唱は間違いなく潰される、単体の速攻魔法じゃ威力が足りない、『技』と『駆け引き』も向こうが上、数も圧倒的な差がある、そもそもまともな防具も道具もない。

 あるのはみんなで家に帰るという『意志』、そして────

 

「その気高き在り方はつくづく私好み(不愉快)ではありますが、たかがLv.3の冒険者と酒場の店員に何ができると────ッ!?」

 

 地上でミィシャさんに託した『彼女達』への一つの伝言だけだ。

 ヴィトーさんの顔色が目に見えて変化する。何かの気配を感じ取ったかのように。

 

「フニャニャニャニャニャーーーーーーーーーーッ!!!」

 

 そこに響いてくるのは誰かが凄まじい勢いで白装束の人達に突っ込んでいく音。

 金の槍がひらめき、僕達を囲んでいた人達が次々吹き飛んでいく。

 

「酒場の店員にだって、出来ることぐらいたっくさんあるニャーーーーっ!!」

 

「アーニャ!」

 

 包囲網の一角を切り崩し、現れたのは冒険者のような衣装に身を包んだアーニャさんだ。

 それに続くようにまた包囲網の一角、いや二角に穴が開く。

 

「そうそう、幼女を攫う変態共の居場所を突き止めたり」

 

「舐めてくれた連中にヤキを入れてやる、とかね」

 

「ミャー達の家族は、返してもらうニャ」

 

 怒り心頭といった様子でアーニャさん達はヴィトーさんの前に立ち塞がる。

 それを見てもヴィトーさんの顔色は変わらない。だけど、その顔から笑みは消えていた。

 

「ルノア、リューは?」

 

「少し遅れてくるって。だから……冒険者君、その穴埋めてもらっていい?」

 

「はい!」

 

 ルノアさん達と一緒に来なかったリューさんの事は気にはなる。

 けど、いない人を気にしても仕方がない。今は目の前の敵を倒すことに集中しよう。

 

「ただの酒場の店員に何ができる! かか────ぐわぁッ!?」

 

「ぶっ飛ばすニャーーーーーーーーーー!!!!」

 

 口上を述べる隙も与えずに勢いよく飛び出したアーニャさん達に続いて、僕も切り込む。

 そこから始まったのは、戦闘ではなく……蹂躙だった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「馬鹿な……並の冒険者よりも、遥かに……貴様等、一体何者だ!?」

 

「ただの酒場の店員でしょ? あんた達が言ったんじゃん」

 

「ねぇねぇ、今どんな……って気絶してるじゃん。つまらないニャ」

 

 先ほどのベル対白装束達以上の圧倒的な蹂躙劇が終わる。

 それを黙って見ていたヴィトーは呆れたような溜息を一つ吐く。

 

「ふむ、どうやら私はとんでもない店の常連になっていたようですね。酒場の立ち回りを見た時から、嫌な予感はあったのですが……ここまでとは思ってもいませんでした」

 

「随分余裕じゃん。もうお仲間もいないわけだけど、私達から逃げられると思ってんの? 大人しく捕まりなよ」

 

 残党達を倒したベル達はヴィトーを取り囲む。

 どんな対応をしてきても他の三人が一人をカバーできる陣形。

 Lv.5のヴィトーでもそう易々と逃げられるようなものではない。

 取り囲まれたその中でヴィトーは……やはり、笑った。

 

「捕まる? 冗談じゃありません。我々にも都合というものがあるのです。それに……私一人、ではありませんよ?」

 

 その中心でヴィトーが指を鳴らす。

 次の瞬間、霧の中、そして地中から大量の極彩色のモンスターがベル達に襲い掛かった。

 

「フニャア!? なんなのニャこいつ!? めちゃくちゃ気持ち悪いニャーーーーーーー!!」」

 

「こんなモンスター見たことない……まさか、新種?」

 

「この数は……ちょっとヤバいかも……」

 

「っ! 皆さん! こいつは────」

 

 この中で唯一食人花と戦闘経験があるベルが敵の対処法を叫ぼうとしたその時だった。

 

「やぁあああああああああああっ!」

 

 ノエルの叫び声がダンジョンに響き渡る。

 その叫びが聞こえてしまったのならもう遅い。そうわかっていてもベル達はノエルの方を見て、その体を凍り付かせた。

 

「おとうさん! おかあさぁぁぁぁん!」

 

 食人花をけしかけられ、ベル達が対応に回ったその隙を突かれた。

 ノエルを再び捕らえたヴィトーは勝ち誇ったような悪辣な笑みを浮かべる。

 

「私達を追いかけたいのなら、ご自由にどうぞ? まあ……できたらの話ですけどねぇ!」

 

 腕を振るったヴィトーの動きに合わせ、一体の食人花が動き出す。

 食人花が向かうその先にいるのは……シルだ。

 

「シルッ!」

 

「ッッ!!」

 

 ルノア達は食人花の対応に手間取り、シルの方へ向かうことが出来ない。

 ベルとシルの間には彼の敏捷でも埋めることの出来ない距離がある。速攻魔法(ファイアボルト)では逸らすほどの威力がない。下手したらシルを撃ち抜く可能性がある。

 

『死』

 

 その一文字が四人の脳裏に突き刺さった。

 何かないかと思考を巡らせる四人の視界の物全てが遅く映る。

 だが、無情にも食人花の巨体はシルを喰らおうとゆっくり突き進んでいく。

 

(ダメだっ、間に合わない────)

 

 ベルが、アーニャが、クロエが、ルノアが、飛び散る血飛沫を幻視し目を見開くそんな中。

 間近に迫る食人花の牙を見たシルは……静かに、穏やかに微笑んだ。

 

「────【ルミノス・ウィンド】!!」

 

 次の瞬間、緑風を纏った大光玉がシルに迫っていた食人花の体を飲み込んだ。

 正確無比に放たれたそれはシルにかすり傷一つつけることなく、彼女を脅かす敵のみを滅ぼす。

 それで終わりではない。星のように無数に散らばった大光玉が大量に出現した食人花に襲い掛かり、半数以上を吹き飛ばしていった。

 

「遅れてしまい申し訳ありません。シル、怪我はないですか?」

 

「ありがとう、リュー。私は無事だけど……」

 

 大光玉が半数以上を吹き飛ばしたとはいえ元々の数が数。

 味方を盾に生き残った食人花が再びベル達と交戦する。

 

「……詳しい話はここを切り抜けてから。リュー、それから……アリーゼさん、お願いします」

 

「ええ、任せてシル。リオン、行くわよ!」

 

 シルの頼みに笑顔を浮かべたアリーゼはリューと共に残った食人花の殲滅に向かう。

 Lv.3が一人、Lv.4が三人、そこにLv.5が二人加われば、いくら食人花のポテンシャルが高くとも敵うはずがなく、その数が凄まじい勢いで減っていく。

 その光景を横目で見ながら、シルは連れ攫われてしまったノエルの気配を見失わないよう、意識を研ぎ澄ませるのであった。




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