二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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破綻者の企み

「あーもう気持ち悪いな~! 馬鹿みたいに硬かったし、グローブも汚れちゃったよ」

 

「そんなに硬かったかニャ?」

 

 ルノアとクロエの会話を聞いて一人冷や汗を流すのはベル。

 個体差があるとはいえ、打撃に対してとてつもない耐性を持つのが基礎スペックの食人花を打撃で叩き潰したルノア。そんな彼女を筆頭に何か事情があるのだろうが、彼女達が酒場の店員で収まっていているのかがよくわからない。

 

「皆さん、来てくれてありがとうございます。それと、勝手な行動をしてすみません」

 

「本当に勝手すぎるニャ。ノエルを攫われて焦る気持ちはわかるけど、ミャー達が来なかったらどーするつもりだったニャ?」

 

「それは……」

 

 自分を見つめてくるその瞳にベルは何も言えない。

 彼女達が来てくれなかったら、それ以前にノエルが『力』を発揮してくれなければ、散々斬り刻まれた自分の命はそこで終わっていたからだ。

 

「迂闊な真似をしたのは反省してます……すみません」

 

「気持ちはわかるわよ、ベル君……体が勝手に動いちゃったのよね! 私もよく感情のままに動くからあまり気にしないでもいいわ!」

 

 少し重苦しくなり始めた雰囲気の中、声を上げたのは唯一『豊穣の女主人』の店員ではない紅髪の冒険者、アリーゼ・ローヴェル。

 リューに頼まれ、攫われた店員を助けるために来てくれた彼女は意識してるのかしてないのか定かではないが、元気な彼女の声は雰囲気を明るくしてくれた。

 

「ミャーだって責める気はないニャ。白髪頭と同じ立場ならミャーもきっとノエルを助けるために後先考えずに飛び出してるニャ」

 

「ここにいる皆がそうです。クラネルさんが謝罪する必要も気に病む必要もありません。ですが……シル。貴女には私から言いたいことがあります」

 

 暗い表情を浮かべるベルの頭をそんな顔するニャー、とアーニャとクロエがぐちゃぐちゃに撫でまわす。されるがままになっている少年を見るリューの瞳にも責めるような色は欠片もない。

 だが、シルと向き合った瞬間、リューの瞳に怒りが宿った。

 

「何故勝手な真似をしたのですか? 貴女はクラネルさんや私達とは違い、恩恵を授かっていません。そんな貴女がダンジョンにいる……それがどれだけ危険なことか、わかっているのですか」

 

 ダンジョンがどれほど危険なものなのか。それは都市(オラリオ)に住む者なら子供でさえ答えることが出来る。

 そんなダンジョンに冒険者でもない者が入る……何か事情があったのだとしてもその行動を『勇気』だと讃える者は決していない。ただの『蛮勇』だと未来永劫笑いものにされるだけだ。

 

「リューさん、シルさんは────」

 

「はい、そこまで」

 

 シルを庇おうと口を開いたベルの顔の前にアリーゼの手が広げられる。

 ベルの抗議の視線を受け止める彼女は小さく微笑みながら、二人のことを見つめていた。

 

「私達の中で特にノエルのことを大切に想っていた貴女のことです。後先考えずに走りだした姿は容易に想像できる。ですが、私も……私達もノエルに対する貴女と同じように、シルのことを大切に想っています」

 

「……リュー」

 

「貴女が傷つく姿を見たくない……貴女を失いたくない。私達のこの想いをどうか忘れないでほしい」

 

 リューと酒場の家族達の偽らざる想い。

 それを真っ向から受け止め、シルは確かに頷いた。

 

「うん……ごめんね、リュー、みんな」

 

「わかってもらえたのなら、もう言うことはありません。ではノエルを追いかけます。もちろんシルも一緒に」

 

 彼女からの謝罪の言葉を聞いたリュー達はすぐさま追走の準備に入る。

 先ほどの言葉とは打って変わって危険な旅路にシルを連れようとするリュー達にベルは困惑を隠せなかった。

 

「クラネルさん、彼女がこれと決めたら、まず言うコトを聞きません。先の道中で心当たりはありませんか?」

 

 少し考え、思い当たる節があったベルはあっ、と声を漏らす。

 やっぱりといったような笑みを浮かべる酒場の店員達の姿にシルのことを止めきれず、ここまで来てしまった少年は苦笑を浮かべる事しかできない。

 

「気にしないでいいよー、冒険者君。そういう時のシルには私達も逆に丸め込まれるしね」

 

「気を付けるニャ少年。無害な町娘を気取ってるけど、シルは魔女ニャ」

 

「それに地上に連れて帰るにも、必ず護衛は必要になる。敵は油断なりませんし、懸念点もある。せっかく彼女に協力してもらったというのにパーティを分割しては意味がありません」

 

 アリーゼと極力視線を合わせようとしないリューは一瞬だけ彼女の方を見る。

 その姿に彼女は少し悲しそうな顔をするが、頭を振り、グッと親指を立てた。

 

「今の私でも十分力になれると思うわ! 基本ベル君の傍で動くつもりだからよろしくね!」

 

「……ということです。私達がモンスターの相手を、シルの護衛はクラネルさんとアリーゼが。彼女を守りながら敵を蹴散らし進む……恐らくこれが最も効率がいい」

 

 リューのこれからの行動の説明に全員が頷いた。

 反対意見がないことを確認した彼女もまた頷き、それぞれ前衛、後衛に別れ、走り始める。

 

「待ってるニャ~~~~~~~!! ノエル~~~~~~~~!!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ぬあぁああああ~~~!! 一体何だいこの大雪は!」

 

「寒いです寒いです寒いです早く火を付けましょう!!」

 

 同時刻、地上。

 ジャガ丸君の露店でバイトをしていたはずのヘスティアとリリは転がるような勢いで教会の隠し部屋に入り、置いてある魔石製品(暖房)を動かす。

 しばらくその前で団子のように固まっていた二人だったが、暖房が十分に効いたのを確認して椅子に座り、一息ついた。

 

「あー……死ぬかと思った……」

 

「本当にすごい雪でした……臨時休業にしてくれなければ一体どうなっていたんでしょうね……」

 

 扉をチラッと見たリリはひどく疲れた顔でそう呟く。

 ガタガタと動くその扉の外は大雪と強風でそれはもう酷い有様となっていた。普段賑やかなメインストリートもまだ昼を過ぎたあたりだというのに人気は一切ない。

 

「ベル様はこの雪ですけど、帰って来てないということは酒場で働いてるんですかね。ミア様ならこんな天気でもお店を開けるような気がしますし」

 

「……」

 

「それにしても酷い吹雪でした。朝はそこまでですし、最近はずっと晴れてたというのに……いきなりこんなことになるなんて、本当にどうなってるんでしょうか」

 

「…………」

 

「ヘスティア様?」

 

 特に話しかけていたというわけでもなかったが、急に無言になったヘスティアにリリが不思議な顔をする。件の彼女は自分とその眷属に積もった雪を手に取り、それをじっと見つめていた。

 

「……食べたらお腹壊しますよ?」

 

「食べるわけないじゃないか!?」

 

 まさか、といった表情を浮かべるリリにヘスティアは顔を真っ赤にして抗議する。

 ただその抗議もすぐに収まり、再度雪を見つめ出した自らの主神に彼女は怪訝な顔を浮かべた。

 

「なんで雪をじっと見てるんですか? 何か変な物でもありましたか?」

 

「……いや、そうじゃないんだ。なんて言えばいいんだろうな……」

 

 理由を上手く言葉にできないのか唸り続けるヘスティアを待つこと数分。

 すっかり雪が溶けてなくなってしまった自分の手のひらを見つめながら、ポツリと呟いた。

 

「……気のせいかと思ったんだけど……この雪、というかさっき降り始めた雪の全てから、すごく悲しい気配を感じるんだ」

 

 雪に触れていた手を握り締めたヘスティアは入り口の扉、その先で降っているであろう雪を悲しげな表情で見つめる。

 リリは何を言っているんだと首を傾げるが、彼女のこの話を他の下界の子が聞いたとしてもそのほとんど全ての子供が同じような反応を示すだろう。

 この話の中で出た気配を理解できるのは特別な血を受け継いでいる子供、もしくはヘスティアと同じ神のみだ。

 

「痛くて、辛くて、寂しくて、悲しくて……そんな感情の気配をこの吹雪から感じるんだ」

 

「……神、様?」

 

 ヘスティアが醸し出す不思議な気配に圧され、思わず真名ではなくただ神として彼女を呼ぶとビクッとその肩が跳ねる。

 声のした方へ振り向いたヘスティアが見たのは表情に怯えが見え隠れしているリリの姿。その姿に彼女は目を大きく見開き、両頬を力強く叩く。すると妙な気配は霧散していった。

 

「ごめんリリルカ君。ちょっと深く考えすぎてた」

 

「い、いえ……ヘスティア様もちゃんと神様なんだなって驚いただけなので」

 

「なーんか気に食わないけど……まあいっか」

 

 ヘスティアが神としての片鱗を見せたその同時刻。

 道化の女神、正義の女神、旅の男神、鍛冶の女神などを筆頭とした神々がその吹雪から炉の女神と同じ気配を感じ取っていた。

 だとしても神々に出来ることはない。神々が出来ることは、未知を期待するのかこの吹雪(悲しみ)が晴れるのかどうか待つことぐらいだ。

 

「……本当に、何が起きてるんだろうね」

 

 ヘスティアが吹雪から感じ取った『孤児』の気配。

 何もできない無力さを痛感しながら、彼女はその子供の悲しみが晴れることを静かに願った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「さぁ────学者でも──────興味はありません」

 

「ん……ぅ……?」

 

 あの場から逃げ出す際、再び意識を奪われたノエルが誰かの声を聞き、目を覚ました。

 ヴィトーの姿を視界に収めた瞬間、ぼやけていたその意識は一気に覚醒し、自分がどのような状況にいるのかを嫌でも思い出してしまう。

 

「お目覚めのようですね。お姫様?」

 

「ここ、どこ……? おとうさん……おかあさんは? みんなは、どうしたの!?」

 

 そして意識を失う直前に見てしまったあの光景も。

 奇妙な怪物に襲われていたベル達はどうなったのか、と小さな体を震わせながら問い詰めてくるノエルにヴィトーは溜息をつく。

 

「さぁ? もうどうでもいいのではっきり言って興味もありません。あのまま死んで頂けると邪魔者も貴方が縋る者も同時に消えて非常に嬉しい限りなのですがねえ」

 

 本当に心の底からどうでもいいという表情を浮かべる目の前の男にノエルは顔色を青くする。

 コツコツ、とあえて靴の音を立てて近付いたヴィトーは彼女を見下ろし、そして楽しそうな笑みを顔に張り付けた。

 

「そんなことよりノエルさん。もっと楽しい話をしませんか? ここまで来るのに随分と手荒な真似をしてしまいましたが、私達は貴方に新しい『家族』を紹介したいだけなんです」

 

「かぞ、く……」

 

 一切の表情がなかった先ほどに比べて、随分と表情が豊かになったというのにノエルの背筋は凍り付いた。笑みを向けられているというのに彼女の体の震えは止まらない。

 ヴィトーの目は自分を見ているようで全く見ていないことを彼女は本能で察知していた。

 

「後ろを、見てみてください。きっと『仲良く』なれるでしょう」

 

 振り向いちゃダメだ。

 振り向いたら、もう後戻りはできない。

 

 最大の警鐘を鳴らす本能とは裏腹に彼女の体はゆっくりと振り返っていく。

 何かに引き寄せられるように、ゆっくり、ゆっくり、振り返っていく。

 狂笑を浮かべるヴィトーに気付かずに完全に振り返ってしまったノエルは顔を上げる。

 

 そして、()()を見て、目を見開いた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「中々追い付かないね。足止め食らったとはいえ結構な速さで来てるんだけど……」

 

 食人花の群れを殲滅したベル達はノエルを攫った者達を追い、既に17階層まで足を踏み入れていた。ルノアの言う通り、出せる限りの最高速度でここまで来たというのに白装束の男達の痕跡は全く見当たらない。

 

「ただの誘拐犯にしては痕跡の消し方が巧いわね……あいつらを彷彿とさせるわ」

 

「あいつら?」

 

 豊穣の女主人の店員達のやり取りを見ながら、足跡などの痕跡を探っていたアリーゼが憎々し気な表情を一瞬浮かべ、ポツリと呟く。

 耳聡くそれに気付いたベルが聞き返すと、彼女は瞬きの内に表情を改め、何事もなかったかのように笑みを浮かべていた。

 

「ううん、なんでもない。それよりもここで手詰まりみたいね」

 

 アリーゼの視線の先、色々と言い合いながらも進んでいたアーニャ達の足が止まっていた。

 様々な臭いが混ざり合ってしまい、これ以上は獣人の嗅覚といえどそれだけで探すのは困難だということだ。

 

「どうしましょうか……」

 

「ここで手詰まり……ってわけじゃなさそうね」

 

 背後から前に進み出たシルを見てアリーゼはそう呟く。

 シルは一度ダンジョンの中を見回し、瞳を閉じる。数瞬の後に一つの道を指さした。

 

「あっち……ノエルはあっちにいる」

 

「ま、待つニャシル! 一人は危ないニャ~!」

 

 有無を言わさず走り出したシルを追ってアーニャは慌てて走り出す。

 追いかけるべきか、とそれぞれ顔を見合わせてる中、ベルが口を開いた。

 

「行きましょう……シルさんを信じましょう。ノエルの一番側にいたのは、シルさんです」

 

 そう言って、シルの後を追い始めたベル。

 その姿に全員がもう一度顔を見合わせて頷き、リュー達もまた走り出した。

 足を止めたシル達に追い付いた彼女達が見たのは、ただのダンジョンの岩壁。その岩壁をシルはじっと見つめていた。

 

「この岩……もしかして」

 

 シルの真意にまず最初に気付いたのはルノアだ。

 彼女は岩壁に触れると、その岩壁目掛けて拳を繰り出した。

 凄まじい音と共に壁が欠けるが、岩の一部が零れ落ちるのみ。構わず何も話さずに殴り続ける彼女の姿にクロエとアーニャがドン引きしたような表情を見せる。

 ただ、それも序盤だけ。その壁が完全に砕けた瞬間、彼女達はその目を大きく見開いた。

 

「ふう……シル、こういうことでいいんだよね?」

 

「うん、ありがとう。ルノア」

 

 岩壁が砕けたその先に見える空間にシルは目を細める。

 シルが見ていた岩壁の先にあったのは『未開拓領域』だ。

 

「『未開拓領域』……それもかなり広い」

 

 その空間に足を踏み入れたリュー達はその空間が先が見えないほど奥に続いていることに気付く。地面には細かい水晶の欠片が散らばっており、感触も相まってどこか雪原を彷彿とさせる。

 

「幻想の雪原って感じかしら。ダンジョンってやっぱり凄いわね」

 

 欠片に混じっていた水晶を拾って砕いたアリーゼは散っていく欠片を見て、苦笑を浮かべる。

 その背後で岩壁が修復を始めていた。

 

「修復が早い……これなら誰にも見つからないであの人達も行動できますね」

 

「ここが敵の住処(アジト)の可能性が高い……そういうコトニャ?」

 

 あっという間に塞がった岩壁を軽く叩いたベルは振り返り、その言葉に肯定の意を込めて頷いた。そのままシルに視線を移し、最後の確認をする。

 

「シルさん、この先に……いますよね?」

 

「はい。間違いなくこの先にノエルはいます」

 

 絶対の確信を以て先を見据えるシルの周囲にベル達は集まり、この先で間違いなく起きる白装束の男と新種のモンスターとの戦闘のための最終確認を行う。

 

「私達は道具(アイテム)も防具も問題ないけど……冒険者君はどうしようか」

 

 リュー達の視線がベルに集まる。

 黒剣以外は着の身着のままに来てしまったベルに防具はない。来ているのは防具の下に着るインナー一枚のみ。ただでさえ防具にならないそのインナーも先の戦闘で斬り刻まれ、ボロボロだ。

 

「ベル君を後衛に置くのは勿体ないし……私の防具を使ってもらおうかしら」

 

 そう言うとアリーゼは羽織っていた自身の髪と同じ色の外套をベルに差し出す。

 

「防具としてはちょっと不安はあるけど、これなら大きさとかも気にしなくていいしね。あと火精霊の護布(サラマンダー・ウール)を編み込んで作ってあるから炎はあまり気にしないでいいわよ」

 

「いや、でも……」

 

「使えるものは躊躇せずに使いなさい。攫われた子を助けたいんでしょ?」

 

 受け取るのをベルが躊躇っているとアリーゼは手に持った外套をベルに無理矢理羽織らせる。

 それでもまだ何か言おうとしていたベルだったが、彼女に額を指で打たれ、渋々口を閉じた。

 

「じゃあ準備が出来たみたいだしさっさと行ってさっさと終わらせようか」

 

「早く帰らないとミア母ちゃんのお仕置きが怖いのニャ」

 

「そのとーりニャ! 早くノエルと一緒に帰って、いつも通りの生活に戻るニャ!」

 

 気合十分といった様相で三人は声を上げる。

 それを聞きながらリューはひとまず後衛に入る三人を見て、頷いた。

 

「行きましょう。ノエルを奪い返しに」

 

「はい!」

 

「ええ!」

 

 大切な『家族』を取り戻すため、闇に包まれた幻想の大雪原を少年達は駆けていった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「うぅ……あぁ……やだ、なにこれ……いやっ、やだっ!! こわい!」

 

 それを一目見た瞬間、途方もない嫌悪と恐怖がノエルを包んだ。

 恐怖に震えながらも目の前の存在から目を離すことの出来ない彼女にヴィトーは露悪的な笑みを浮かべ、逃がさないようにその背中に手を当てる。

 

「随分なご挨拶ですね。そんなことでは新しい家族になる『彼女』も哀しんでしまいますよ?」

 

「ちがう! こんなの、かぞくじゃない! かぞくはっ、ぽかぽかして、あったかいの! みんなみたいにっ、あったかいの!! こんなの、ぜったいちがうっ!!」

 

 目の前の存在からベルやシル、豊穣の女主人の彼女達から受けた温かな感情など、欠片も感じ取れない。感じ取ってしまったのは狂いに狂った暗く冷たい想い。

 そんなものが家族なはずがないと首を強く振るノエルに再び現実を突きつけようと、ヴィトーが口を開きかけたその時、一人の白装束の男が駆け寄ってきた。

 

「ヴィトー様、件の連中がこの秘境に」

 

「ほう?」

 

 男を下がらせたヴィトーは嬉しそうに眉を上げ、ノエルを見る。

 

「ノエルさん、貴方が『家族』と呼ぶ方々が、ここまで来たそうですよ?」

 

「えっ……? おとうさんたちが……?」

 

 ベル達が近くまで来ているという希望を知り、僅かながらノエルの顔に光が宿る。

 その希望を目の前の男に利用されるとも知らずに。

 

「いやはや、本当に『面倒』な輩ですとも。ですが、ええ、ちょうどいい」

 

 表情を消したヴィトーはノエルと視線を合わせ、閉じられたその紅い瞳を見開く。

 短い悲鳴を上げた彼女の頭を掴み、逃げられないように固定した男はその瞳に狂気を宿した。

 

「彼らを利用することにしましょう。貴方を痛めつけることも考えましたが、貴方は自分が傷つけられるよりも彼らが傷つくことを酷く嫌がるようですし」

 

 それが正しいと証明するようにノエルの瞳が恐怖一色に染まる。

 乱雑に彼女をその場に投げたヴィトーは下がらせた部下の一人に指示を出した。

 

「この階層にいる全ての構成員に通達を。侵入者を始末し、その首を持って来いと」

 

 指示を受けた部下が姿を消してすぐ、聞こえてきたのは鬨の声。

 その声と共に白装束の者達がある一箇所に向けて進行を始めた。

 

「私に届かず敗れるもよし! 彼らを抜けて私に敗北するもよし!  ですが、できるなら飛び切りの『英雄譚』を! 私が愛する悲壮の物語を!」

 

 凶笑と共に彼は『英雄』達を待ち受ける未来を想像する。

 数に押され凶刃の前に力尽き倒れるのか、大切な者の目の前で敗れ、その者に永遠に残る傷を与えるのか、はたまた目覚めた『彼女』にあっさり殺されるのか。

 そんな未来を思い浮かべるヴィトーの服をノエルの小さな手が掴んだ。

 

「やめて……おねがい、やめて……みんなを、きずつけないで……」

 

 宿った光は消え、体を震わせるその姿は非常に庇護欲をそそられるものではあった。

 だが、目の前の男は『破綻者』である。

 

「やめてと言われましても、ここに向かってきてるのは彼らの意志。私達を害そうとする彼らに抵抗するのは普通の事ではありませんか?」

 

 冷めた目で見つめながら、そっとその両肩を掴む。

 視線を合わせたまま、男は優しげな笑みを浮かべた。

 

「大丈夫です、ノエルさん。彼らが死んだとしても、きっとすぐに会えますから……それが何百、何千年後の未来かはわかりませんし、再会したとしても気付けるのかどうかはわかりませんが」

 

 表情を曇らせるノエルから視線を外し、少しだけ『彼女』の元へと歩いたヴィト―はふと、その足を止める。そして、目の前の『彼女』と『彼女(ノエル)』を交互に見た。

 顎に手を当て、少し考え込むような素振りを見せたヴィトーは何か悪い(良い)ことを思いついたと言わんばかりに唇に弧を描いた。

 

「それに……もし私達が彼らを傷つけるのをやめたとしても、貴女が彼らとずっと一緒にいることなど不可能なのです」

 

「え……?」

 

 後ろの少女が振り向く気配を感じるが、彼は振り返らない。

 

「先ほど教えて差し上げたように、貴女は『精霊』。それに対して彼らはごく普通の人間。似た姿をしていてもその二つの存在には大きな違い……『寿命』の差があります」

 

 そこで振り返ったヴィトーはカタカタと震えるノエルを見て口元を覆う。

 嘲弄を零さぬように努める男は彼女を追い詰めようと真面目な声音で続けた。

 

「彼らの中にはエルフもいましたが……何事もなければあと数十年で彼らのほとんどが貴女の元を去ります。貴女と彼らがそれを望まずとも、そう遠くない未来に必ず別れは訪れます」

 

「う……ぁあ……」

 

 頭を抱え、首を振るノエル。

 ベル達がいるという幼い彼女の希望に罅が入る。

 もう聞きたくないと耳を塞ごうとする彼女の手をヴィトーが阻止した。

 

「その数十年の間に新しく人と触れ合っても、それは『家族』にはなれない。生まれ変わった彼らを見つけたとしても、それはもう『彼ら』ではないと貴女自身がどこかで思ってしまう。このままなにもしなければ、貴女はもう二度と『家族』には会えないのです」

 

 何かが折れる音がヴィトーの耳に確かに聞こえた。

 それを証明するようにノエルが膝から崩れ落ちる。

 訳も分からぬうちに攫われ、自分のせいで『家族』が傷つき、残酷な現実を突きつけられた彼女の心はもう既に限界を超えていた。

 

「やだ……やだ……もう、ひとりは……やだ────」

 

「────ですが私に一つ、良い考えがあります」

 

 自らが作り出したその好機を『破綻者』は決して逃さない。

 

「貴女が彼らとずっと一緒にいることが出来る、たった一つの考えです。これ以外で彼らとずっと一緒にいることは出来ないでしょうねぇ」

 

「……ほん、と…………?」

 

 極限まで追い詰められたノエルはその甘言に耳を貸してしまう。

 

「本当ですとも。少々賭けになりますが、上手くいけば彼らは未来永劫貴女の傍にいてくれます。何があろうとも貴女は一人にはなりません」

 

 普段のノエルなら、もしくはもう少し彼女が成長していれば、その言葉に含まれる最悪の悪意にこれまでの男の行動と言動から気付くことが出来るはずだった。

 

「……お教えしましょうか?」

 

 だが、既に限界を迎え、完全に心が折れてしまった彼女は────

 

「……………………おし、えて」

 

 ────決して聞いてはいけないその男の言葉に耳を貸してしまった。

 

「……くくっ、いいですよ。教えて差し上げます」

 

 愚かなまだ小さな彼女の行動に、自分がやったことを棚に上げ、男は侮蔑の笑みを漏らす。

 笑みを浮かべながら、自らの背後を示した男はその方法を語った。

 

「『彼女』に身を委ねれば良いのです」

 

 示したその先にあるのは男が『彼女』と呼ぶ謎の存在。

 その正体に察しがついているノエルはその意味が分からずに首を傾げる。

 

「『彼女』の力は絶大。そして貴女がその身に宿す力もまた絶大なものです。単体では流石にどうにもなりませんが、そんな力が二つ合わされば……どうなると思いますか?」

 

「…………みんなのじゅみょうを、のばせる?」

 

 その通りだと言うように彼女の答えに男は笑みを深める。

 実際は何が起こるかなんてわかるはずがない。ヴィトーは目覚めた『彼女』がどれほどの力を持つかなど知る由もない。だから男はノエルに問いた。答えなどあるはずのない問いを。

 

「目覚めさせるには貴女が力を使うのが手っ取り早いのですが……まだ自分の意志で制御できないようですし……さてさて────」

 

 ノエルが力を発揮する条件を知ってはいるが、その条件を満たせないのをどうするべきかと思案しようとしたその時、大広間の一角が爆発し、豪炎が噴き出した。

 

「……なんともまあ都合の良い事が起きる日ですねぇ。ここまで上手くいくと何らかの作為を感じてしまいます」

 

 炎が噴き出した穴から飛び出てくる冒険者達(ベル達)に唇を吊り上げたヴィトーはその声に歓喜の色を宿した。

 その視線の先にいる彼らは大広間を見渡し、何かを……誰かを探している。その探し人と共にいる自分を見つけたらどんな表情をしてくれるのか……それを思い描き、男はさらに笑みを深める。

 

「全てが私の思い通りに進んだ時、彼女達は……『英雄()』はどのような表情を見せてくれるのか……ふふっ、考えただけで興奮が止まりません」

 

 父としての憤怒の表情を見せてくれるのか。

 ただの少年らしい絶望の表情を見せてくれるのか。

 英雄に相応しくない憎悪の表情を見せてくれるのか。

 

「さぁ────『喜劇』を始めましょう?」

 

 項垂れるノエルを連れて、ヴィトーは彼らの元へと歩き出した。

 彼の、彼だけの、彼の為の『喜劇』が……もうじき開演する。 




ヴィトーのターンはもうすぐ終了します。
長くなりますがもう少しお付き合いください。

ここまで見ていただきありがとうございました。
よければ感想や評価など頂けると幸いです。
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