二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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精霊凶醒

「ここは……?」

 

 本来なら息つく暇もなくなるはずだった白装束の男達と極彩色の魔物による襲撃をベルの『奥の手(レア・ラーヴァテイン)』を使い、退けたリュー達はそこに辿り着く。

 幻想の大雪原を抜けたその先に広がっていたのは、水晶橋の空中回廊だった。

 

「いかにも『ぼす』がいそーニャ! きっと一番奥であいつがふんぞりかえってるニャ! さっさと進むニャー!」

 

「クラネルさん、これを。移動しながら飲んで精神力(マインド)を……クラネルさん?」

 

 今にも飛び出そうとするアーニャとそれを抑えるクロエ達にもリューが差し出した精神力回復薬(マジック・ポーション)にも気付かず、ベルは呆然と立ち尽くしていた。その視線はある一箇所……広間の一番奥に位置する壁に固定されている。

 その目は限界まで見開かれており、大粒の脂汗を浮かべるその顔は蒼白く染まっていた。精神疲弊(マインドダウン)とは異なるその異常にその場の全員がベルに視線を向ける。

 

「ベルさん……?」

 

「ハッ……ハッ……ハァ……!」

 

 問いかけには答えられない。

 この目を離すことは出来ない。

 息が上手くできなくて苦しい。

 心臓があり得ない速度で動いている。

 背中が焼けるように熱い。

 

(『風』が、僕の中で暴れてる……僕を、守ろうとしてる……?)

 

 それに気付いた途端、まるでベルを守るかのように風がその体を包み込んだ。

 詠唱などしていないのに生まれた風の鎧はすぐに消えたが、突然の出来事に誰もが目を見開く。

 

「ベル君……大丈夫?」

 

「……はい…………すみません」

 

 ベルが掠れた声で返事をする。いつの間にか少年に起きていた異常は全て消えていた。

 今度こそ差し出された精神力回復薬(マジックポーション)を飲み干したベルは呼吸を整える。

 

「本当に大丈夫かニャ? ちょっと洒落になってない顔をしてたけど」

 

「……多分、大丈夫です。体はもう変じゃないですし……それよりも、あの壁を見てください」

 

 ベルが指を差したのは先ほどまで彼が目を離さなかった一番奥の壁。

 少年が差した先を見て、全員が思わず息を呑んだ。

 

「は……なんニャ、あれ……」

 

 それを見た瞬間、クロエとアーニャの尻尾が逆立った。

 

「デカい……それに人型……? まさかあれ、モンスター、なの?」

 

 離れていても分かるその巨体はピクリとも動いていなくとも凄まじい威圧感を放っている。

 あれが動き出したら……そう考えるルノアの頬に一筋の汗が流れ落ちた。

 

「こんなモンスター、深層にも……私は、このモンスターを知らない……!」

 

「私も見たことがないわ、あんなの……一目でも見てたら忘れるわけがない」

 

 努めて余裕を保とうとする第一級冒険者の二人だったが、言葉の端々から余裕は失われつつある。壁の奥で凍り付いたように座する怪物はそれほど異常な存在だった。

 

「────お気に召していただけましたか?」

 

 最深部に存在する怪物を警戒して、足が止まったベル達の前にその男は現れた。

 緊迫した様子のベル達とは対照的に足取りは軽やかに、表情は穏やかに。

 

「『彼女』こそ我々を導く真の女神。破壊と暴力の化身にして、『世界是正』の象徴です」

 

 得意気に話すヴィトーのその背後、項垂れるノエルの姿にベルとシルは目を見開いた。

 

「ノエルッ!!」

 

「ノエル!!」

 

 二人の声にノエルの体がピクリと動く。

 緩慢な動きで顔を上げ、二人とリュー達の姿を視界に入れると、弱々しく笑みを浮かべた。

 

「おとうさん……おかあさん…………みんなぁ……」

 

「ッッ!!」

 

「クラネルさん!! 抑えなさい!!」

 

 新しい傷は見当たらない。再び暴行を受けたわけではないのだろう。

 だがその笑みに含まれていた諦めの感情にベルの視界が真っ赤に染まる。

 踏み込む直前にリューがその身を挺して止めなければ、後先考えずに目の前の男に斬りかかっていただろう。そして、何も為すことが出来ずに無駄死にしていたのは間違いない。

 

「おや、彼以外は意外と冷静なのですね。怒りに身を任せてくれたら非常に楽だったのですが」

 

 隠し持っていた短剣を遊ばせながら、自ら愚者に堕ちようとした少年を男は嘲笑う。

 瞬きの後に表情を消したヴィトーは再び現れた彼女達を見て、溜息をついた。

 

「やれやれ、本当に健気で、しつこい方々だ。あの場にはいなかったはずの仲間まで連れて……しかもよりにもよって貴女までいるのですか」

 

 男の睨みつけるような視線を受けた彼女は最前列に立ち、その視線を真っ向から受け止める。

 彼女は一切の笑みを浮かべることなく、引き抜いた剣の切っ先をヴィトーに突き付けた。

 

「そう……生きていたの、貴方。とっくに死んだと思ってたわ」

 

「死ぬわけがないでしょう? まだ『世界是正』を遂行していないのですから」

 

 彼女────アリーゼのその瞳には見たもの全てを凍らせてしまうような絶対の冷気が宿っていた。普段の太陽のように暖かな炎は欠片も宿っていない。

 ヴィトーもまたそうだった。アリーゼただ一人に向けられるその瞳には嘲弄や侮蔑などのありったけの負の感情が込められている。

 

「あの日、貴方の死をちゃんと確認しなかったのは失態だったわね。ちゃんととどめを刺しておけば、こんな事件も起こらなかったでしょうに」

 

「いやはや全くもってその通りです。ちゃんと私を殺しておけば、彼女も【リトル・ヒーロー】も痛い目に遭わずに済んだというのに……本当に可哀想ですねぇ?」

 

 ノエルに関する事件とはまた違う因縁を持っていたのか一触即発となる二人。目を離した瞬間、戦闘が始まってしまうと確信を持てるほどの緊迫した空気にその場に緊張が走る。

 

「アリーゼ……その男を知っているのですか……?」

 

 普段のアリーゼをよく知っているリューは誰よりも彼女のその豹変に戸惑いを隠せない。

 平静を装い、アリーゼの隣に並び立ち、声を掛けたがその声は震えていた。

 

「……私達……私にとっての因縁の相手よ。四年前、確かに斬ったはずだったんだけど……」

 

「あの時の私は運が良かったようで……貴女の剣は奇跡的に私の命には届かなかったのです」

 

 それを証明するためかヴィトーが黒の戦闘衣(バトルクロス)をはだけさせた。そして、その下に隠されていた左肩から腰に掛けて残っている傷跡を指でなぞる。

 なぞり終えるとトンっ、と自身の胸の中央に指をあてた。

 

「剣が走ったのはここ、そして私の心臓はここです。あと数C(セルチ)ズレていれば私の心臓は斬られていました。心臓まで斬られていれば当時Lv.4の私といえど死は免れなかったでしょうねぇ」

 

 Lv.4だとしてもその生命力を上回る傷をアリーゼは与えたつもりだった。だが見誤った。あの日の男の執念を見誤ってしまった。

 当時の自分の失敗を悔やんでいるのか戦闘衣(バトルクロス)を纏い直したヴィトーにアリーゼが歯噛みする。

 

「そして貴女から生き延びた結果、今や私はLv.5。貴女と戦った経験が私をまた一つ強くしたのです。お気持ち、如何ですか?」

 

 そんな彼女に対して男は大仰に手を広げながら、嘲笑を浮かべた。

 

「……最悪の気分よ。でも今は抑えるわ。今やる事はあの日の決着をつけることじゃないもの」

 

「非常に気になるところですが、その通りです。ヴィトー、だったな。ノエルに何をさせるつもりだ。何より、あの怪物は一体なんだ」

 

 胸中穏やかではないだろうが、話を戻そうとするアリーゼにリューが続く。

 そんな二人の様子に何がそんなに可笑しいのか男は肩を何度も揺らしていた。

 

「怪物とは、これは酷い言い方だ。『彼女』が目を覚ましていたらきっと傷ついていたでしょうね。『彼女』だって貴方達が可愛がっているこの娘と同じ存在だというのに」

 

 口々にそれは違うと否定するアーニャ達の中でベルは静かに『彼女』を見つめる。

 

「いいえ、一緒です。少なくとも起源は。何故なら『彼女』も『精霊』なのですから」

 

 周囲に動揺が広がる中、ベルは内心毒づく。

 アレを一目見て『風』が生まれた瞬間から嫌な予感はしていたが、そういう予感に限ってほぼ確実に当たってしまうのがこの世の常だ。

 

「我々は彼女を【穢れた精霊】と、そう呼んでいます。何故精霊がこのような姿となってしまったのかはわかりませんが、興味もありません」

 

 必要なのは彼女が人類に仇成す存在という事実だけ。

 そう語った男はうっとりとした目つきで背後の【穢れた精霊】に目をやる。

 

「彼女が目覚め、歌を紡ぎ、忌々しい迷宮の『蓋』を吹き飛ばせば……世界の崩壊は勢いよく進むでしょう。どれほどの血が流れ、どれほどの人が死に、どれほどの絶望が世界を覆うのか……愉快な想像は止まりません」

 

 恍惚とした表情を浮かべる男から溢れ出す狂気。

 目の前の男がただの誘拐犯でなく、世界を滅ぼす邪悪だとその場の全員が理解する。

 ここで止めることが出来なければこの世界が終わる、とも。

 

「あの男、壊れてるわね」

 

「壊れていますとも、生まれた時から私は破綻していましたので……我々は彼女に目覚めてほしいのです。ですが、我々がどんなに手を尽くしても彼女は眠り姫のまま……どうしたら目覚めると思いますか、皆さん?」

 

 嘆くヴィト―の言う通り、最深部に鎮座する【穢れた精霊】は凍り付いたように動かない。

 目の前の男がいる限り、決して楽観視できないが目覚めていないのならまだなんとかできるのかもしれない。

 

「一生眠ってればいいのニャ!」

 

「それは困る、実に困る。なので手始めに……皆様の悲鳴で、寝坊助な『彼女』を起こして頂けませんか?」

 

 短剣と長剣を引き抜いたヴィト―は目を見開き、臨戦態勢を取る。

 それに反応し、目の前の男の動きに備えたが、周囲の変化に目を見開いた。

 武器を構えた男の周囲が盛り上がったかと思うと、そこから極彩色のモンスターが続々と産まれ始めたのだ。

 

「また新種!? しかもさっきより気色悪っ! 芋虫!?」

 

「さあ皆さん、まずは彼らと歌って踊ってあげてください! 眠っている彼女も思わず目を覚まし、一緒に踊ろうとしてしまうほどの陰惨な歌劇を!」

 

「うっわ、もうあんな所にいるニャ……腹立つなー……!」 

 

 モンスターを呼び寄せたヴィトーはいつの間にかノエルを連れて遠くの高台で高みの見物を決め込んでいた。先ほどまで抜いていた剣を納めたその姿から自分達と戦う気は欠片もないということが見て取れる。

 

「あの男は一旦無視しましょう。奴の口ぶりからすると『彼女』と呼んでいる存在は非常に重要なものなのは確実です。どこかへ逃げるような真似はしないでしょう」

 

「まずはこのモンスター達を蹴散らすわ。死角からの攻撃に十分……っ避けて!」

 

 アリーゼの叫びに全員が咄嗟に回避行動を取る。

 次の瞬間、先ほどまでパーティがいた場所目掛けて大量の液体が放たれた。

 その液体に触れた地面は腐食音と異臭、膨大な煙を放ちながら瞬く間に溶けていく。

 

「溶解液!?」

 

「しかも超強力……私と相性最悪じゃん!」

 

「ミャーには関係ない、ニャァアアアアア!!?」

 

 触れたモノ全てを溶かすような強さを持つその溶解液に顔を引きつらせるクロエとルノアを飛び越えて、アーニャが金の槍で芋虫型の新種を突き刺した。

 そして、突き刺した箇所から溢れ出した溶解液に槍を溶かされ、アーニャは悲鳴を上げて飛び退ける。

 

「ニョアーーー!?? ミャーの槍が解けちゃったニャー!!?」

 

「敵は溶解液が詰まった爆弾ってことね。あの花に比べて随分と面倒ね」

 

 アーニャを無視し、ルノアは冷静に分析する。

 迂闊に攻撃を加えれば、武器を失ってしまう。一匹倒す毎に武器を失うなど戦いにならない。

 だが武器が使えずとも、目の前の芋虫型を倒す手段を持つ者達がこの場にはいる。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 詠唱なしで放たれた炎雷が不規則な軌道を描き、先頭にいた新種と周囲の新種に炸裂した。

 緋色の炎が体内の溶解液ごと芋虫型のモンスターを焼き尽くす。

 

「無詠唱の魔法……さっきのどこかで見たことある魔法といいあの少年はどうなってるのニャ?」

 

「今はどうでもいいでしょ、あれがあるなら十分時間を稼げる。あの子を中心に戦ってリューの魔法で全部吹き飛ばす。それでいい?」

 

「任せてください。ですが一つ。アリーゼ、私の魔法発動と同時にノエルの救出をお願いします。彼女さえ助けることが出来れば、後はどうとでもなります」

 

「わかったわ」

 

 リューが詠唱を始めると同時に動き出す。

 芋虫型のモンスターの皮膚を貫かぬよう、加減した拳撃や蹴撃を中心に戦い、一箇所に集まったところでベルの魔法がモンスターを焼く。

 防御不能の溶解液による攻撃は精神的な疲弊を誘ったが、それでも誰一人傷つくことなく、彼女達はリューの詠唱完成までの時間を稼ぎ切ることに成功した。

 

「ふむ……ここまで簡単に対処されてしまうとは。これでは『彼女』を目覚めさせるための絶叫を奏でてもらうのは難しいでしょう。そうは思いませんか、【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】?」

 

 星屑の魔法によって巻き上げられた水晶の煙に紛れ、斬りかかってきたアリーゼの剣を見もせずに受け流した男は正面に着地した彼女を見て唇を吊り上げる。

 完全に不意を突いたつもりだったアリーゼは余裕を保ち続ける男に思わず舌を鳴らした。

 

「……そうね。ということで終わりにしたら? もう頼りになるモンスターは使い切ったでしょう? それに……この子も取り戻したわ」

 

 水晶の欠片に紛れ、ヴィトーを倒すことがその場におけるもっとも良い結果だった。だがそれに匹敵する結果を彼女は残すことに成功した。

 腕の中でグッタリとする少女の様子に焦りながらもアリーゼは男から目を離すことはしない。ようやく掴んだこの好機をほんの一瞬余所見をすることで失うわけにはいかない。

 

「いやぁお見事お見事。まさかこうもあっさり奪い返されてしまうとは。流石の私も驚きです」

 

 称賛するように手を叩くその様子にアリーゼは激しい違和感を覚える。

 勝敗は決した。もう手駒になるモンスターも人もいない。だというのに何故その顔から笑みと余裕が失われない? そもそも何故自分が近付いていると気付いておきながら人質(ノエル)を守る素振りを見せなかったのか。

 

「くくっ、ははははははははははははっ!!」

 

「……何がそんなにおかしいのかしら?」

 

「可笑しいに決まっているでしょう!? こうも……こうも私の計画通りに進むなんて!! ……私達の周りをご覧になりなさい?」

 

 警戒を解かぬまま、その言葉通り周囲を見渡す。そして、ようやくそれに気付いた。

 先ほどまで周囲に生まれていたのは煙程度だったというのにほんの数分でそれはあっという間に大広間中に広がっていた。

 

「魔法の衝撃で地面に積もっていた(水晶)が舞っているのです。いやぁ……これでは視界が利きませんねぇ」

 

 自分がそれを利用したからこそ、彼女はその男の言葉が意味することに気付いた。

 舞うは水晶片、生まれるは先が見えないほどの濃霧。これが意味することは────

 

「これなら、貴方達に到底敵わない彼らも驚異的な『伏兵』になります」

 

 ────即ち『奇襲』である。

 水晶霧の中から禍々しい武器を装備した白装束の男達がリュー達に襲い掛かった。

 剣戟の音と彼等の怒号がアリーゼの耳にも届く。

 

「くっ……!」

 

「助けに行きたいのならご自由にどうぞ? その足手纏いも連れて行って構いませんよ」

 

「……あしで……まとい…………」

 

 目を開き、醜悪に男は嗤うと霧の中に消えていく。

 追うか追わないか。選ぶまでもなかった。

 身を翻したアリーゼはノエルを抱きしめ、ベルの近くに降り立つ。

 

「アリーゼさん!?」

 

「ベル君……この子をお願い。全部蹴散らしてやる……!」

 

 宿敵とも呼ぶべき相手にいいようにやられている自分への怒りを力に変え、アリーゼは霧の中でリュー達を斬ろうとしている白装束の者達を斬り捨てた。

 

「ノエル、ノエル!? しっかりして!!」

 

「…………べ、る……」

 

 ノエルのその様子に戦場にいるというのに声を掛けずにいられなかった。

 真新しい外傷は一つもない。だというのにノエルから生気をほとんど感じ取ることが出来ない。ベルがどれだけ呼び掛けても何も語らず、ただ弱々しくその名を呼び、しがみつくだけ。

 

「────その娘の様子はどうですか?」

 

 いつの間にか戦闘の音が遠くなり、一人になってしまったところに霧の中から忌々しい声が近付いてくる。ゆっくりと姿を見せたヴィトーは嘲弄を纏う笑みを張り付け、二人を見下していた。

 

「……この子に……何をした……っ!」

 

「少し前の質問と同じですね。何もしていませんとも。また新しく撫でたわけでもないですし……ああ、少々お話はしましたか」

 

 今日だけで怒りの頂点を何度超えさせれば気が済むのか。

 おかげで一周回ってベルの頭は冷静になっていた。

 

「おや、ようやく学習しましたか。そうです、怒りに身を任せるなんて馬鹿がやる事です。『英雄の器』たるあなたがするようなことではない。怒りに身を任せるとああなってしまいますよ」

 

 男が顎で指した先の霧が一瞬斬り裂かれる。

 その狭間から見えたのは腕や足から血を流すリュー達の姿。特にアリーゼはそれが顕著だ。

 

「可哀想に……彼女達はもう終わりですね」

 

「あれぐらいの傷で……? どういうことだ」

 

 ベルの質問に腰に差していた剣と懐に隠していた短剣を取り出して答える。

 

「当たってしまえばもう終わりなのですよ。我々が使う武器には……『呪詛(カース)』が施されています」

 

「なっ!?」

 

呪詛(カース)』が施されている武器……『呪武具(カースウェポン)』。

 その武器が『特殊武装(スペリオルズ)』の中でもより希少な物だということをベルは知識だけで知っている。そしてそれが忌み嫌われている武器だということも。

 

「込められている『呪詛(カース)』は二つ。能力下降(ステイタス・ダウン)……そして『不治』。それぞれ複数、私達は用意しておきました。貴方達のような邪魔者を処理するために」

 

 凶悪にもほどがある二つの呪いに思わず絶句してしまう。

 能力下降(ステイタス・ダウン)だけならばともかく不治の呪いなどこんな場所で受けてしまえば、待ち受ける運命は一つだけだ。

 

「我々に勝とうが負けようが、彼女達は死にます。無論あなたも。ええ、確実に殺します」

 

 男は仕上げにかかる。

 狙うのは少年の腕の中にいる精霊(生贄)

 

「聞こえていますか、ノエルさん。貴女のせいで貴女の家族は死にます。何を想ってそのような姿を取ったのかは知りませんが、貴女が彼らと関わってしまったために彼らは傷つき、無残な亡骸を晒すのです。もう二度と、会えなくなるのです」

 

「……ころ、す……あえ、ない……………………そんなの、やだ……」

 

「ノエルっ!!」

 

 ベルの声は届かない。すぐそばにいるというのに彼女に声は届かない。

 ノエルの頭の中で畳み掛けてくるヴィトーの言葉だけが頭の中に響いてしまう。

 

「ですがご安心を。先ほども言ったように、ずっと一緒にいられる方法があります」

 

「…………なん、だっけ……?」

 

「ノエルッ! 耳を貸しちゃダメだ! これは────がぁっ!!」

 

 言葉を遮ろうとするベルの体に長剣が突き刺さり、そのまま岩壁に磔にされる。

 長剣を投げた男は一瞥すらせず、ノエルの耳元で甘言を流し込む。

 

「まずはその力を使ってみなさい。『家族』を助けたいのなら……ずっと一緒にいたいのなら」

 

 涙を流したノエルがゆっくりと両手を胸の前で祈るように組む。

 ベルが突き刺さった長剣を引き抜いたのと、ノエルの体から白く温かな光が放たれたのはほぼ同時だった。

 

「────────────────────────────────────」

 

 敵味方問わず戦闘の手が思わず止まってしまうほどの眩い光。

 その白い光はリュー達の体を包み込んだ。

 

「傷が治ったニャ……?」

 

「体のだるさまで……『呪詛(カース)』を治癒、いやかき消した!? こんなの、【戦場の聖女(デア・セイント)】でも無理だよ!」

 

 目の前で起きた『奇跡』に動揺が走る。

 その中で悲痛に顔を歪めたのはベルとシル……ノエルの『両親』だった。

 

「ノエル……!」

 

「……みん、な……無事……よかったぁ……」

 

 現在一番近くにいるベル、そして最もノエルといっしょにいたシルは気付いてしまった。

 ノエルの存在が希薄になってきているということに。

 

「────よくできました」

 

 駆け寄ろうとした次の瞬間、背後で何かが砕けた。

 膨れ上がる威圧感にベル達の背筋が凍りつく。

 彼女達は祈るように、ゆっくりと音の発生源の方へと振り返った。

 

「…………………う、そ」

 

 そこにいたのは凍り付いたように眠りについていたはずの巨大な女体型の怪物。

 禍々しく、毒々しく、そして美しい女体の上半身をゆっくりと揺らした彼女は瞳のない淀みのかかった金色の目を見開き、そして目覚めた。

 

「────ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」

 

 それはまるで歓喜の叫び。天を仰いだ彼女の口からモンスターの咆哮(ハウル)のように醜悪で、聖歌のように美しいその声が重なって生まれた不協和音が敵味方問わず降り注いだ。

 数秒とも数分とも感じる地獄の時間は突如として終わる。叫ぶことをやめ、ゆっくりと地上に目をやった彼女は首を傾げながら、何かを探すように顔を動かしていた。

 

「……さあノエルさん、貴女を探しています。彼女と一つになって貴女の願いを叶えましょう」

 

「…………あ……あぁ……」

 

 目覚めてしまったその厄災の狂気に触れ、奇跡的に砕けたノエルの心が形を取り戻した。

 心が戻った瞬間、初めて見た時の恐怖と嫌悪が蘇る。そして、それと同時にヴィトーの甘言に乗り、取り返しのつかない過ちを犯してしまったことに気付く。

 

「ちがう……こんなの、ちがう……」

 

「違いませんとも! 貴女の願いを叶えるためには彼女の存在が必要不可欠なのです! さあ、さあさあ!! 貴女の悲願を叶えるために! 彼女と一つになりましょう!」

 

 自らの過ちに弱々しく首を振るノエルの呟きをヴィトーは否定する。

 瞳を爛々と輝かせ、熱狂に身を包み、小躍りするように動く。

 男が望む最高の『喜劇』がもう間近に迫って来ていた。

 

「させるか、させるかっ! もうこれ以上、貴方の好きにさせてたまるかッ!!」

 

 焦燥と雷を身に纏い、ベルは狂喜に染まる男に斬りかかる。

 それを男は笑みを張り付けたまま迎撃。互いの得物を衝突させた。

 弾かれたのはベル。強化された少年の長剣をLv.5の膂力を以てして短剣で弾き返す。即座に浮いた体目掛け、左手で引き抜いた長剣で逆袈裟に斬りつけた。

 

「ふっ……!」

 

「おや?」

 

 だがベルはすんでのところで身を翻す。身を翻し、あの時に装備していなかった炎色の外套(防具)で攻撃を逸らしたベルにヴィトーは眉を上げる。

 斬り裂いたのは外套のみでその下に隠された体には届いていない。見た目とは裏腹にそこまで頭に血が上っていないのか、それとも……。

 

「まあ大した問題ではありませんね。どんなことがあるにせよ、私と貴方の間には簡単に埋めることの出来ない差があります。純粋な力で叩き潰して差し上げましょう」

 

 膨れ上がる圧にベルが身構える。

 だがどれだけ待っても男が自分から動き出すことはなかった。

 痺れを切らし、再び自分から攻勢をしようとしたその時、ヴィトーの笑みに愉悦が満ちる。

 

「────見ツケタ」

 

 その場にいた者全ての耳にそんな言葉が届いた。

 その言葉の意味を正しく理解したのは彼女(ノエル)のすぐ近くにいたベルとヴィトーだけ。

 理解するやいなやベルはノエルの元へ全力で駆ける。同時にヴィトーがそこに立ち塞がった。

 

「行かせませんよ。貴方はそこで見ていなさい。真の精霊の誕生をッ!!」

 

 ヴィトーの背後、ノエルのすぐそばから【穢れた精霊】のモノと見られる触手が地面を突き破り現れる。それが捕捉しているのは当然精霊(ノエル)

 足をもつれさせながら必死に逃げる『娘』の姿にどうしようもない焦燥感に苛まれる。ノエルを救う援軍は望めない。ここに来れないということは彼女達も【穢れた精霊】の攻撃を受けているということだろう。

 

(まだだっ! まだあれがある!)

 

 正攻法では決して通れない男の守りに焦りながらもベルは隙を窺っていた。

 ベルの連撃を余裕の笑みを浮かべながら受け止めるヴィトーは間違いなく勝利を確信し、油断している。ならばこの手を通すことが出来るはずだ。

 

「そこをどけっ!!」

 

「無駄ですよ。ここは絶対に通しません」

 

 憤怒の仮面を被り、振り下ろした最上段からの一撃は簡単に弾き返される。狙い通りに。

 弾かれ、地に着地した瞬間、雷鳴が轟いた。

 糸のように細い目をうっすらと開いた影の横を雷光となった少年が駆け抜ける。

 

(ノエ────)

 

「────それは知っています」

 

 が。

 ベルが雷光の中から姿を見せた瞬間、軽い音と共に長剣が振り抜かれる。

 途端、灼熱の痛みと共に黒ずんだ血が斬り裂かれた体から噴き出した。

 

「が……!」

 

 なぜ、どうして、追い抜いたはずの彼が自分の隣に立っている。

 思考がぐちゃぐちゃになり、受け身も取れずに少年はその場を転がる。

 膝をついたまま混乱したような目で自分を見るベルに男は満足げに頷いた。

 

「なぜと、そんな目をしていますねぇ。簡単なことです。その移動法は直線でしか動けない、もしくは複雑な軌道を描けないのでしょう? ならば目的地を予想し、貴方の移動よりほんの少し早く、貴方が軌道を修正できない瞬間に動いてその付近に辿り着いておけば、後から追い付けなかろうがどうとでも出来ます」

 

 第一級冒険者の速度があるから実現できるその攻略法にベルは呆然とする。

 止まらない血と痛みがそんな時間はないと告げてきていた。

 

「これでもう最後ですか? それならばもう終わらせて……いいえ、もう時間切れ(タイムアップ)ですか」

 

 振り返りもせず、そんな言葉を投げかけたヴィトーの背後、精霊の触手がノエルを捉えた。

 足を、腕を、体を、縛り上げた触手が小さな体を宙に浮かす。

 

「あ……あぁ、ああっ!!」

 

 血が零れ落ちるのも構わず、ベルは必死に駆ける。

 自分を素通りさせたヴィトーに意識の欠片も向けず、目と鼻の先に迫る『娘』に手を伸ばした。

 

「ノエルーーーーッッ!!!!」

 

「べる……ごめ────」

 

 その手は触手を掠めただけに終わった。

 最後の言葉すら満足に告げることもできずにノエルは触手に飲まれ、【穢れた精霊】の元へと運ばれてしまう。そして、その広間にいた者の目の前でその触手塊は『彼女』の中に溶けていった。

 

「…………………………は……っ?」

 

 家族たる少女達は信じられないと微かに声を漏らした。

 その光景と現実は、受け入れてはいけないものだった。

 

「…………………………ノエ、ル?」

 

 母たる少女は娘の名前を静かに呟いた。

 まだ感じ取れていたはずの娘の気配は徐々に、確実に希薄になってきていた。

 

「────────────────────────────────────」

 

 父たる少年はその瞳を見開き、表情から感情が消える。

 娘が取り込まれていくその光景を目にしながら、ただ立ちつくしていた。

 

「さぁ、真の目覚めの時間です! 上級精霊を喰らい、何よりも醜く、何よりも美しく、この世界に終末をもたらせ!!」

 

 そして、狂信者にして破綻者たる男は嗤った。

 世界の終焉を確信し、その先にある最悪(最高)悲劇(喜劇)を想像して。

 

「────穢れた精霊よ!!」

 

 その声に呼応するように穢れた精霊は再び叫びを上げた。

 地面を突き破り産まれた先ほどとは比にならない量の触手が敵味方問わず蹂躙を始める。

 さらに自らが寄生した植物型のモンスターの下半身からも巨大な触手群を解き放った。

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! ……おっと、ここにいては彼女の攻撃に巻き込まれてしまいますね。というわけなので私は一旦失礼します。貴方も死にたくなければ逃げたほうが良いですよ? ああ! 娘の手にかかり、『一つ』になりたいのでしたら、お好きにどうぞ?」

 

 立ったまま項垂れる少年の背に邪悪を煮て固めたような笑声をぶつけ、破綻者は消えた。その声は穢れた精霊と交戦する彼女達の耳にも届くが、何もすることは出来ない。

 何も報いを受けることなく、好き勝手に暴れ、掻き乱し、ノエルを取り戻しに来た全員……特に『英雄』と呼んだベルに『屈辱』を味合わせた破綻者は、世界の終焉をその目で見届けるため、あっさりと撤退した。見境なく暴れる終焉の使者に殺されぬように。

 残響する男の笑い声に彼女達はその表情を怒りと悔しさに歪め、全身全霊をかけて『家族』を奪い取った『穢れた精霊』と呼ばれる怪物と対峙した。

 

 そして、少年は。

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………殺す」

 

 血が滴るほどに強く握り締められた右手で自らの眼を覆った。

 ()()()()()()()()()()()暴れ狂う怒りは母の教えがあろうとも、もはや抑えることができない。感情的になることがどれだけ愚かな事だとわかっていても、己の無力とあの男に対する怒りと殺意を抑えることはできなかった。

 燃え狂う激情の全てを絶対の憎悪に変換し、少年はその眼を開き、走る。

 その瞳には黒い光片が散り、その虹彩は『漆黒の真円』に縁取られていた。




次話、反撃開始。

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