二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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破綻者の終焉

 時は前に遡る。

『穢れた精霊』との決戦に臨もうとするアリーゼ達は背後で起きた崩落に一瞬目を奪われる。

 しかし、その崩落が一人戦いに臨んだ少年があの男の奇襲を封じる為に巻き起こしたモノだとその場の全員が察した。

 瓦礫の先で戦う少年を信じ、その想いに応えるべく彼女達は戦う。そんな姿を僅かに残った水晶橋の上から見つめる者達がいた。

 

「…………」

 

 一人は2Mを超える偉丈夫。鍛え上げられたその肉体に最低限の防具とその身に相応しい大剣を携え、その髪の色と同じ錆色の瞳で猪人(ボアズ)の男は彼女達の戦いを見下ろしていた。

 

「…………」

 

 もう一人は身長160C程の小柄な猫人(キャットピープル)の青年。銀の長槍を携え、黒と灰色の毛並みを持つ彼は隣の男とは違い、顔の上部を暗色のバイザーで覆っていた。

 瞳まで隠されているため、その視線が誰に向けられているのか判断することは出来ない。

 

「……随分と気色悪いのが現れたもんだ。化け物のくせに詠唱なんかしやがって」

 

 小柄な青年は眼下の『穢れた精霊』を見据え、唾棄の声を吐き捨てた。

 大柄な男はある『少女』に意識の大半を向けながら、瓦礫の奥を見つめていた。

 視線の先で戦いは激しさを増す一方だったが、彼から見ても彼女達はよくやっていると言ってもいいものだった。

 モンスターが行う詠唱や新種のモンスターに対する『未知』を『既知』へ変え、対策を施し戦う姿は非常に好ましい。

 

 だが────

 

「……足りんな」

 

 それがあったとしても彼我の差を埋めるにはまだ足りない。彼女達には力が絶対的に足りない。

 今の状況は互角。彼女達と怪物達の戦力差を考えれば、この状況は出来過ぎている。

 どんな理由があって『穢れた精霊』が本領を発揮できていないのか彼にはわからない。だが本領を発揮したその時、彼女達が瞬く間に一蹴されてしまうということだけはわかる。

 戦っている彼女達と共に彼等が護衛している薄鈍色の少女もまた、その命を散らすだろう。

 

「……チッ」

 

 見守っていると戦いの趨勢を大きく動かす動きがあった。

 ここまで成功していた『詠唱潰し』に失敗したのだ。よりにもよって確実に潰していた、潰さなければいけなかった超長文詠唱のタイミングで。

 それを見た猫人(キャットピープル)の青年────【女神の戦車(ヴァナ・フレイア)】アレン・フローメルは舌を鳴らし、水晶橋を一気に駆け下りた。

 そして、詠唱の完成間際、笑みを浮かべた『穢れた精霊』の口腔を槍で突き刺す。

 目を見開いた『穢れた精霊』が魔力の制御を手放し、それによって魔力暴発(イグニス・ファトゥス)が巻き起こったが、それを回避し彼女達の前に降り立ったアレンは先ほどまで自分がいた水晶橋を見上げる。

 彼はさっさと降りてこい、というバイザーを貫通するほどの意志が込められた剣呑な瞳でもう一人の男を睨みつけていた。

 

「……まあ、いいだろう」

 

 主の命に背くことになってしまうが、護衛対象と主の『お気に入り』を失ってしまうという結果と天秤にかければどちらが優先されるかなど、考えなくともわかる。

 大剣を肩にかけ、猪人(ボアズ)の男────【猛者】オッタルは水晶橋を飛び降りる。着地と同時にアリーゼ達の元に迫った精霊の触手を一掃し、『穢れた精霊』をその瞳で見据えた。

 

「【フレイヤ・ファミリア】……!?」

 

「なんでここに……どうなってんの一体!?」

 

「……っ!」

 

 突如目の前に現れた最強の派閥に動揺が広がる中、アーニャはアレンを見て絶句する。

 そんな彼女を一瞥もせず、再生されていく『穢れた精霊』をアレンは睨みつけていた。

 

「……状況ばかりデカくなりやがって……本当によくもまぁ振り回してくれる」

 

 心底うんざりしたような声音で呟きを落とすアレンを見つめ、シルは微笑を浮かべていた。

 彼女の少し前に立つオッタルは錆色の瞳を伏せ、大剣を地面に突き刺す。それだけで『穢れた精霊』は気圧された。その顔に困惑と恐怖の色を浮かべ、武人を見据えている。

 

「まぁいい……駆り出されたからには、徹底的に轢き潰す。目障りなもの、全てだ。てめぇはあの方のお気に入りのガキでも見てこい」

 

「……わかった」

 

「……ごめんなさい。それはやめてあげてもいいですか?」

 

 今にも二手に分かれそうだった二人の脚が止まる。一人は不満げな気配を醸し出し、もう一人は少し驚いたように軽く瞳を見開いて、そんなことを口にしたシルを見ていた。

 

「……何故でしょうか?」

 

「今あそこで起きている戦いはあの人だけのものなんです。それを邪魔したら怒られちゃいます」

 

「……お言葉ですが、そのベル・クラネル(あの人)には勝ち目はありませんよ。奴に怒られようが何をされようがその命を優先させるべきでは?」

 

「そうですね。本当ならそうしたいんですけど……それじゃああの戦いに意味がなくなるんです」

 

 精霊の攻撃によってアリーゼ達の姿が遠ざかる。

 それを見計らったようにシルは一度瞳を閉じ────

 

「だから……()()()()()()()────」

 

 ────私のお願いを聞いて?

 

 そう、願った。

 

【フレイヤ・ファミリア】の二人だけに見えて、聞こえた銀の瞳と声。

 それを見た彼等は一瞬沈黙し、そのタイミングで『穢れた精霊』が咆哮を迸らせた。

 リュー達の視線が奪われる中、二人は即座にシルに対して臣下の礼を執った。

 

「あの方の命だ……やるぞ、オッタル」

 

「ああ」

 

「……ありがとうございます! あと、もう一つお願いがあるんですけど────」

 

 もう一つの彼女のお願いに二人(特にオッタルにして)は珍しく怪訝な顔を見せる。

 だが真剣な表情でその願いを口にするシルに聞き返すようなことはしない。彼等はただ、その願いに従って戦うだけだ。

 

「かしこまりました」

 

「はい! あ、アレンさんはちょっと待ってくださいね!」

 

「……まだ何か────」

 

「兄さまっ!」

 

 シルの声に動きを止めたアレンの元にアーニャが現れる。

 その姿を見たアレンは一瞬不自然に固まり、次の瞬間、剣呑な気配を纏った。

 

「……もしかして、助けに来てくれたのかニャ? 騒ぎを聞きつけて、ミャー達を────」

 

「────そのふざけた口調をやめろッ!!」

 

 ビクッと無邪気に子供のように喜んでいたアーニャの肩が跳ねる。

 怒号をぶつけたアレンは先ほどまでとは一転、怯えた様子の彼女に詰め寄った。

 

「どれだけ同じことを言わせれば気が済む? お前の足りない頭じゃ、こんな簡単な言葉の一つすら理解できねえのか」

 

 短い悲鳴と共にアーニャの目尻に涙が浮かぶが、アレンは構わず続ける。

 

「能無しが……お前にあの方の戦車を名乗る資格なんざ、欠片もない……失せろ、愚図。二度と俺に関わるな」

 

 非情に突き放すアレン()の言葉にアーニャ()の瞳から光が失われる。

 そのままアーニャを置いて駆けだそうとしたアレンを彼女達の中で唯一見守っていたシルが止めた。

 

「……アレンさん」

 

「…………」

 

 シルは彼の名前を呼んだだけ。

 ただそれだけでアレンの足が止まった。

 

「アレンさん」

 

「…………………………ちっ」

 

 止めた足を動かそうとしたところで再び落ちてくるシルの声。

 唸るような声を出して舌打ちをした彼は遠くから聞こえてくるルノア達の声を無視して、俯くアーニャに近付き、彼女を見下ろした。

 顔を上げてバイザーの奥の瞳を寸分違わずに見つめ返してくる妹に兄は一言。

 

「…………あれから腕は落ちてねえだろうな」

 

「えっ……?」

 

「……お前を使うって言ってんだ。壁だろうが囮だろうが何でもいい……俺の役に立て」

 

 ぶっきらぼうな決して優しくなんてないそんな言葉。

 それだけでアーニャはその瞳を輝かせて破顔した。

 

「は、はい! やります、役に立ちます! 兄様と一緒に戦います!」

 

「利用してやるだけだ。勘違いするんじゃねえ……行くぞ!」

 

 トンっと軽い音を立て、アレンが疾走を始めた。それに続き、先ほど溶かされた槍とは違う金槍を装備したアーニャも走り、銀槍を装備している兄の隣に並び立つ。

 金銀の番の車輪のように共に走る二人を見て、オッタルとシルはその目を細めていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 都市最強と都市最速の参戦によって激化する『穢れた精霊』との戦い。

 その裏で行われている未熟な英雄と破綻者の戦いは一方的なモノになっていた。

 

(一体、この短時間で彼に何があったというのですか!?)

 

 繰り出される一撃を受け止め、逸らすヴィトーは答えの出ない疑問を胸の内で問い続けていた。その疑問の中心にいるのは目の前の少年。

 少し前までは簡単にあしらい、遊んでいても負けることがないほどの実力差があったはずだ。だというのに今の少年はどうだ。

 放たれる剣舞の速度はかろうじて目で追うことしかできないほどに速く、受け止めた剣の一撃は膝が笑うほどに重く、身に纏う魔法は攻撃が届かないほどに強い。

 

(圧倒的な速度と威力で防御ごと断ち切ろうとしてくる! 隙を突いて急所を狙おうとする先ほどまでとはまるで違う!)

 

 頬を掠めた刺突に大粒の汗を流しながら、男はひたすら回避と防御を続ける。

 しかし、あれ以降まともに受けていないというのに男の体は裂傷と火傷に覆われていた。

 

(あの魔法……っ、攻防が完全に一体となっている! あれがある限り、私の攻撃は届かない!)

 

 その二つの原因は少年を守るように漂う風の加護とそれに混じるように現れる雷の加護だ。

 二つの加護は少年の攻撃の際には彼自身の速さと一撃の威力を底上げし、防御の際には雷嵐が攻撃を受け止め、威力を弱める、威力が足りない場合はそもそも少年の体に届かせない。

 その攻防の両方に現れる風と雷の矛がヴィトーの体を傷つけていたのだ。

 

「はぁっ!」

 

「がっ!?」

 

 振り抜かれた斬閃に対応が遅れ、男の体から血飛沫が舞う。

 同時に風雷が体を蝕むが、目を見開いたヴィト―はベル目掛けて呪いの刺突を放った。

 

「!」

 

「はあああっ!」

 

 腕を裂かれ、焼かれながら加護を抜け、呪剣が目を見開く少年の心臓に近付く。

 普通ならば──普段のベルならば──回避不能の起死回生の一撃。

 だが肉を貫くその瞬間、雷が煌めく。驚異的な反射速度を見せた少年は外套越しに剣を背中で転がし、回転。必殺を無傷で回避してのけた少年は男の伸びきった左腕を掴み、全力で捻じ曲げた。

 

「があっ────!」

 

 乾いた木が裂けたような音と共にあらぬ方向を向いた左腕にヴィトーは思わず膝をつく。

 次には頬に少年の脚が突き刺さり、叫び声を上げる間もなく地面を転がっていった。

 

「はぁ……はぁ……はぁっ……!」

 

 体中が訴えてくる痛みによって意識を飛ばすことすら許されず、荒い息を吐くヴィトーにベルが近付く。自分を見下ろすその瞳は非常に冷めており、怒りといった激情は見られない。そのことに対してこんな状況だというのに違和感を覚える。

 

「はっ……貴方のような、子供は怒りに任せてくると、思っていたのですが……これは予想外です。それとも私の行いに対して、内心そこまで、怒りを覚えていないのですか?」

 

 随分と冷たい、と時間稼ぎの為の会話ついでに違和感を問いてみるが、少年は一瞬眉を顰めただけでそれ以上の反応は見せない。

 二人の間に一瞬走る沈黙。それを引き裂いたのは瓦礫の奥から聞こえてくる女の叫び声だった。

 その声に目を剝き、勢いよく振り返ったのはヴィトー。

 その声に目を細め、『彼女』の存在を感じて小さく悲しげな笑みを浮かべたのはベル。

 

「この、声は……まさか、ありえない! 『彼女』が悲鳴を上げるなど、ありえる筈がない!」

 

 その声を否定するように再び上がる『彼女』の悲鳴。

 痛みすら忘れて取り乱すその姿は少年との戦闘の最中ですら見せたことがない。

 

「『彼女』は世界是正の象徴! そんな彼女があの程度の冒険者達を相手に危機に瀕しているなどと……まさか、【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】と【疾風】だけでなく、まだ援軍がいたとでも!?」

 

 取り込んだ上級精霊(ノエル)にその力を阻害されようが、圧倒的な力を持つ『穢れた精霊』の危機。あの冒険者達ではそれを為すことは不可能だと思い込んでいたからこそ、その動揺は計り知れない。

 

「あっちはアリーゼさん達が優勢みたいですね。邪魔はさせませんよ」

 

「……っ、貴方をここで葬り、変わりつつある流れを取り戻す! 惨劇の、いいえ、喜劇の幕が下りるにはまだ早すぎる!」

 

 求めていない『彼女』の危機に生気を取り戻した男は残った呪いの短剣を構え、悲鳴が届いてくる瓦礫の前に立ち塞がる少年と正対する。

 今にも向かってきそうなヴィトーに少年は一度その瞼を閉じ、ある質問を投げかけた。

 

「一つ確認……聞いておきたいことがあります」

 

「っ? なんでしょう」

 

「……貴方は、『英雄』に憧れてなんかいませんよね」

 

 戦闘を中断してまで静かに断言したその行動に男は更なる動揺を隠せなかった。

 目を見開いたヴィト―が言葉を失っていたが、そんな彼を一瞥すらせずさらに続ける。

 

「貴方が英雄信仰だと言っているものはただの『嘲笑』に過ぎませんよね?」

 

 質問の体をとってはいるが既に答えを確信しているのか、その瞳は鋭い。

 男がどのような言葉を紡ごうが、少年の中にある答えは変わらないだろう。

 

「……心外ですね。私は心から『英雄』を敬っています。この欠陥じみた箱庭で世界に反逆し続けた彼らは私の『憧憬』です! それを否定されるとはなんて悲しい────」

 

「どれだけ言おうとも、本心が込められていないその言葉は紙切れのように薄っぺらいんですよ」

 

 地上での会話、ダンジョン内での会話、そしてたった今の反論。

 今となればなぜ男の英雄信仰を信じていたのかと思ってしまうほど、それらの言葉には悪意が含まれていることがよくわかる。

 

 ────それに気付けていれば……

 

 また余計な思考が入ったとベルは頭を振り、それを片隅に押しやる。

 

「貴方は『英雄』に憧れてなんていない。貴方は彼等(英雄)に『憧憬』を抱いてなんていない。貴方はそう思い込みながら、心の中で嘲笑っているだけだ」

 

 真っ向から胸の内の真実を突き付けられた男はもはや仮面を張り直すこともできなかった。

 嘲りも憐れみも、燃え上がっている怒りすらその声には込められていない。真実を突き付けておきながら、欠片も興味を示していない少年の行動は彼にとって非常に屈辱的なモノだった。

 

「……仮にそれが真実だとして、だから何だと言うのですか!? 私の真実を暴いたとしてもあの少女は戻ってこない! 私の動揺につけこみ勝利したとしても貴方は死を免れない!」

 

 一周回って吹っ切れたような様相を見せるヴィトーが示すのは少年の傷。

 深く斬り裂かれた胸の傷からは今も静かに緑の粒子と共に命の雫が流れ落ちており、地面に赤と黒の跡を残している。

 呪剣による傷を癒せる者はこの階層に存在しない。癒せないとなるともう間もなくベルの命の灯は燃え尽きてしまうだろう。

 だがそれを指摘されても、少年の表情は動くことななかった。

 

「その通りです。ノエルは帰ってこない、僕が助かる可能性も低い。だけど僕が貴方を止める、もしくは勝つことができれば奥の戦いに邪魔は入らない。それだけでも十分価値はあります」

 

 彼女達が勝利するまで彼を足止めし、介入を防ぐことさえできれば、勝利と言ってもいい。

『穢れた精霊』を討つことさえできれば、たとえLv.5といえども多勢に無勢で抑えることが出来るのだから。

 

 だがそんな勝利を今のベルは受け入れることは出来ない。

 

「でもそれじゃあ僕が納得できません。僕達からあの子を奪って、あの子を傷つけた貴方を足止めするだけで……満足なんて出来る筈がありません」

 

 固く握り締められた黒剣から白い光の粒子が舞い、鐘の音が響き渡る。

 

「────────────────」

 

 欠陥を抱えているはずの耳にも美しい音色が確かに届き、男は目を剥いた。

 それはすぐに耳障りな雑音と化したが、あり得ない異常事態(イレギュラー)に驚愕を露わにする。

 

 そしてそんな彼の前で────

 

「────滅べ、外道。その命を以て、あの子に償え」

 

 少年の見開かれた瞳に散る黒い光片と共に漆黒の雷が弾ける。

 踏みしめられた地面に亀裂が走るほどの勢いでベルはヴィトーに斬りかかった。

 繰り出された斬撃を短剣で逸らそうとした男はさらに跳ね上がった一撃の重さに耐えられず、勢いよく弾き飛ばされる。

 間合いが置かれたが、立て直す機会も与えられず、即座に目の前に少年が現れ、次の瞬間、黒の剣閃が次々にヴィトーの周囲を走った。

 

「っっっ!!」

 

 剣の結界に肌を削がれ、出血を強いられながら男は必死に反撃の隙を窺う。

 そして、思考が反撃の隙を見つけることに埋め尽くされ、体の隅々まで意識が行き渡ったその時、ヴィトーは自分が犯していた最後の失態に気付いてしまった。

 

「────────────!」

 

 かわせていたはずの攻撃を()()()()()()()()()()()()

 受け止めることが出来ていた攻撃を()()()()()()()()()()()

 目で追えていたはずの剣舞を()()()()()()()()()()()

 明らかに全ての行動の()()()()()()()()()()

 

 それは強力無比な武具を扱ったが故の()()

 

呪詛(カース)の代償が……! 何故、今まで気が付かなかった!?)

 

 男が扱っていたのは呪武具(カースウェポン)。使用者に多大な恩恵を授ける代わりに代償が存在する武具。

 二振りに込められていたのは『不治』と『能力下降(ステイタスダウン)』の呪い。そんな強力な呪詛だからこそ、代償もまた強力だった。

 現在使用している『不治』の短剣の代償は使用者の体力、精神力(マインド)の消耗。

能力下降(ステイタスダウン)』の長剣の代償は使用者の『能力下降(ステイタスダウン)』。

 

(私はこの剣で何度彼を斬った!? どれほど痛めつけた!?)

 

 何度も呪剣を振るったヴィトーの【ステイタス】は既にLv.4の中位、動きで言えばLv.4の下位を下回っている。

 代償があるからこそヴィトーは呪いの武具の使用を他者に任せていた。

 だがベル・クラネルという少年を侮り、嘲笑う為だけに他者に任せるのではなく自身の手で二振りの呪剣を振るってしまった。

 あまりにも大きな失態。それがなければヴィトーが勝利するという未来もあったかもしれない。

 

「はあああああああああああああっ!!」

 

 その失態がなかったとしても、時が経つほどにその力を増大させる少年に勝利することはできなかったかもしれないが。

 

 渾身の回転斬りを受け止め切れず、右手に握る長剣が弾き飛ばされる。

 武器を失った男目掛けて走るのは十二条の炎雷。三射で行く手を阻み、三射で退路を断ち、残りの六射が思わず動きを止めてしまった男に殺到した。

 

「ごぁあああああああああああああッ!!」

 

 かろうじて回避した二射を除き、被弾してしまったヴィトーは全身を焼きながら、その場を転がるように退避。熱された空気に喉を傷めながら、煙で視界が悪くなった周囲を見渡した。

 運よく足元に落ちていた誰かの長剣を拾い、どこから来ようとも反撃をして見せると構える。

 張り詰めた空気の中、ポタっと一粒の汗が流れ落ちた。その瞬間、煙を突き破り、雷が走る。

 男が神懸かった反射を見せてもなお、脇腹を抉った雷槍は地面までも抉り、そこに轍を刻んだ。

 

「……しぶとい」

 

「……っ? ……! ええ、こんなところで死ぬわけには行きませんから!」

 

 剣に塗られた血を払ったベルが能面のように表情のなくなっていた白い顔を歪める。

 その顔色と表情、徐々に出力を失い始めている付与魔法(エンチャント)の様子に付け入る隙を見出したヴィトーは唇に弧を描き、声を上げた。

 体力はともかく、強力な魔法の行使によって精神力(マインド)が尽き始めている。それによって焦りが出てきているのだと。

 

 男の目にはそう映った。

 

「フッ!」

 

「……!」

 

 ヴィトーが迎撃態勢を切り替え、真正面からの鋭い突きを放つ。

 簡単に受け止められはしたが、今はそれでいい、と受け止められた剣を見て、頬を歪めた。

 

 男が確認したのは攻守ともにベルに多大な恩恵を与え続けている付与魔法(エンチャント)の威力。

 数分前までは手も足も出ないどころか攻撃が届くこともなかった風雷の結界が自分の攻撃を素通りさせたのを(同時に少年の反応速度がどの程度のモノになったのかを)確認したヴィトーは守勢から一転、攻勢に出る。

 好機を逃すまいと前のめりに攻めかかるその斬撃を白い粒子が舞う一刀で防ぎながら、少年は軽やかな足捌きで後退。一定の間合いを保ち、自ら追い込まれるように瓦礫まで下がり続ける。

 

(今の私では攻めきれない……! いいえ、まだここから。もう逃げ場も彼を守る魔法もない!)

 

「…………」

 

 その時、トンッ、と一際大きくベルが後退した。

 彼我の間合いを開いた少年は迫るヴィトーを見据え、腰に剣を構える。

 

 構えは半身。

 前傾となり、僅かに沈む体。

 身体から消える魔力の気配に反比例するように膨れ上がる剣気。

 

 奇しくも少年が見せたのは『居合』に酷似する構え。その構えに命懸けの戦闘の最中だというのに否が応でも男の脳裏に過ぎるのは一人の少女の姿。

 過去、自分を斬り裂いた忌々しいゴジョウノ光に目が眩んだかのように男の体が一瞬固まる。

 

「……ッ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 目を貫く五光をかき消し、刻まれた痛みと怒りを払うように、あの日、あの少女に届かなかった凶刃を目の前の少年に振るった。

 その殺気は凄まじい。だが少年は怒りの欠片すら感じ取れない静謐の瞳で黒剣を振り抜いた。

 

「!?」

 

 その行動に驚愕を露わにしたのはヴィトー。

 カウンターに、ではない。振り抜くタイミングが明らかに早過ぎるのだ。

 開いた間合いはおよそ5M。いくら互いに踏み込もうともその距離を埋めることなど不可能。

 走馬灯のようにひどく()()()()と近付く黒剣を見据えながら、殺気に埋まった思考に生まれた疑問。その答えが出たのはそれからすぐだった。

 

「────────」

 

 何故そのタイミングで振り抜いたのか。答えはその間合いでも届かせる技があったからだ。

 

 あの日、赤髪の怪人(レヴィス)を退けたように風雷と白光が収斂された黒剣の斬撃が伸長。掠めることすらできない筈の斬撃がヴィトーの上体を下段から深々と斬り裂く。

 両断こそされなかったが裂かれた箇所から夥しい量の血飛沫が舞い、白光の斬撃と同時に炸裂した風と雷がその体を後方に吹き飛ばした。

 

「…………………が、ぁ」

 

 宙を舞った体が鈍い音を立てて地に沈む。血の池に沈むその体はピクリとも動かない。

 勝敗は決した。破綻者は【未完の英雄】によって討たれた。

 数秒、動かないことを確認したベルは剣を下ろし、顔を俯かせる。

 

「……貴方は……こんなことが、楽しかったんですね」

 

 その瞳にはもう黒の光片は散っていなかった。薄れていく怒りと憎悪の中、無意識に零れたその言葉にベル自身も気付くことはない。

 目を細めたベルは剣に付いた血と脂を払い、静かに鞘に納める。

 自らの意志で命を奪った気味の悪い感触が残る手を強く握りしめた少年は頭上を見上げた。

 

精神力(マインド)、使い過ぎたかな。でも、行かないと……」

 

 付与魔法(エンチャント)が一瞬消えた瞬間に思い出したようにボタボタと激しく流れ落ちる血を押さえる。足元に転がっていた禍々しい短剣を拾い上げ、風を纏い直したベルは高く積みあがった瓦礫を駆け上がった。

 向かう先は当然、『穢れた精霊』と戦う彼女達のもと。体力も精神力(マインド)も消耗した状態でどれほど役に立てるかわからないが、自分にしかできない役割があると瓦礫を越えていった。

 

「まだ……死ぬわけには行かない……!」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「…………………………………………っ…………!」

 

 少年が消えてから数分後、血の泉の中で男は充血しきった目を開いた。

 何かに生きろとでも言われたように生存しようとする体を起こそうとして失敗。

 倒れたまま、止まらない命の雫を必死にせき止め、極寒の吹雪の中に長時間置かれたように動かない手足で必死に地面を這いつくばり、進む。

 

「ぜ……ぃを……はかぃ、を………………」

 

 世界を憎む彼の掠れた呟きは誰にも届かない。

 誰かの亡霊に縋るように手を伸ばす。

 

「ゎが…………じ………………………………」

 

 その声は誰にも届かず、闇の中へと消えていった。

 それから数十分後、瓦礫の奥に存在していた強大な気配が完全に霧散する。

 二人が戦ったその広間には血の道のみが残り、男の姿はどこにも見当たらなかった。




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