二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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魔剣嫌いの鍛治師
『中層』に向けて


ベル・クラネル

 

【ステイタス】

 Lv.3

 力 :Ⅰ0→B791

 耐久:Ⅰ0→S978

 器用:Ⅰ0→A865

 敏捷:Ⅰ0→S901

 魔力:Ⅰ0→SS1022

 幸運:G→F 耐異常:Ⅰ

《魔法》

【ケラウノス】

 ・付与魔法(エンチャント)

 ・雷属性。

 ・詠唱式【目覚めよ(ブロンテ)

【ファイアボルト】

 ・速攻魔法。

 ・戦意によって威力上昇。

 ・護るという意志によって効果向上。

《スキル》

風精誓約(エアリエル・オース)

 ・誓いを交わした者の魔法の発現(魔法スロットは使用しない)

 ・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。

 ・怪物種に対し攻撃力高域強化。

 ・感情の昂ぶりにより効果向上。

 

 ・誓いを違えた時、効果消失。

妖精王絆(アールヴ・ヴィンクルム)

 ・妖精王の魔法の発現(魔法スロットは使用しない)

 ・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。

 ・魔法効果増幅、射程拡大。

 ・戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。

英雄運命(アルゴノゥト)

 ・能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権。

 ・発動時、周囲の味方の戦意高揚

 

 

 

 

 その【ステイタス】の伸びを見て僕と神様の間にしばらく沈黙が走る。

 ランクアップから10日。あの戦いを経験したとはいえ、この伸び方はやっぱりおかしい。

 神様は『成長期』だと言ってもう慣れてるみたいだけど、それにしたって限度っていうモノがあると思う。

 

「あの、神様」

 

「…………」

 

「神様?」

 

 成長どころか飛躍が続く僕の【ステイタス】について改めて聞こうと写しの紙から顔を上げる。

 そこで神様が僕の声にも気が付かないほどに真剣に考え事をしていることに気付く。

 僕が持つ者と同じ写しの紙に視線を落としている神様にもう一度声をかけると、はっとした様子で顔を上げた。

 

「ん、なんだい? ベル君」

 

「……いえ、なんでもないです!」

 

 神様の瞳に、努めて平静を保とうとしてるその瞳に僕は何も聞かなかった。

 気になりはするけど、心配事がありそうな神様に負担はあまりかけたくなかったから。

 まあ別に早く成長する分には問題はないし……成長が遅くなるのは勘弁してほしいけど。

 

「そう? ならいいけど……それにしても、また随分と冒険をしてきたようだね。もう腕は大丈夫なのかい?」

 

「あ、そのことなんですけど……」

 

 神様にはまだ言っていなかったけど、左腕の不調はあの戦いが終わってから完全に元に戻っている、というか前よりも左腕どころか体の調子がすこぶるいい。

 それを話すと、神様は不思議そうな顔をしつつも嬉しそうな声音で喜んでくれた。

 僕はなんでこうなったのか心当たりがあったけど、誰にも話す気はない。話せば長くなってしまうし、()()()()()()()あの子の平穏が崩れてしまう可能性もあるから。

 

「じゃあそろそろ探索を再開するのかい? ボクの屋台もみんな帰ってこれるみたいだしリリルカ君も自由に動けるよ」

 

「リリと相談になりますけど、そのつもりです。あと神様、明日ってどうなってますか? シルさん……僕がお世話になってる酒場の方が僕の【ランクアップ】を祝ってくれるパーティを開いてくれるって言ってたんですけど」

 

「あー、明日かー……明日はヘファイストスの所でバイトに出た後、そのまま向こうの飲み会に参加することになっててね。ちょっと参加できないかもしれない」

 

「そうですか……」

 

 寂しいけど仕方がない。神様には神様の付き合いがあるんだし。

 そうやって話しているといつの間にか時計の針は朝の八時を指していた。いつもより遅めだけど、そろそろ出発しよう。

 謝る神様に見送られながら教会の地下室から外へ出る。強い冷たい風が外に出た僕を迎え、思わず体が震えた。

 先日積もったばかりだというのにもう溶け始めている季節外れの雪を眺めながら、僕は一足先に隠し部屋を出発したリリと合流するためにバベルへと走った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 隠し部屋から元気よく飛び出していったベルを見送ったヘスティアは少年が戻ってこないことを確認し、手元の紙に目を落とす。

 彼女の視線が集中するのは一つのスキルの効果欄。

 

風精誓約(エアリエル・オース)

 

 ・誓いを交わした者の魔法の発現(魔法スロットは使用しない)

 ・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。

 ・怪物種に対し攻撃力高域強化。

 ・感情の昂ぶりにより効果向上。

 ・憎悪■■に■り■果対■拡■。

 ・誓いを違えた時、効果消失。

 

 今回の更新でアビリティの上昇だけでなく、スキルの効果が増えていた。

 そのスキルの効果の一つ、神である自分がかろうじて読み取ることが出来た霞んだ文字、穴開きの文字で現れた効果。

 最初の二文字が明らかに不吉だったため、ベルには知らせていない。

 

「……憎悪って……あの子に何があったんだよ」

 

 思わず紙をくしゃくしゃになるほど握り締め、顔を上げる。

 ベルの様子は特に何の問題もなかった。このスキルが誓いを守り続ける限り、彼を傷つけることはないとわかってはいる。だがそれでも不安は拭えない。

 今は何もできないが、自分の子の変化には今以上に目を光らせようと、彼女はそう誓った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「お、来たニャ来たニャ」

 

「もうあっちでみんな待ってるニャ」

 

「ありがとうございます!」

 

 神様との会話の翌日、空が月夜に移り変わる時刻。

 僕は『豊穣の女主人』に来ていた。

 出迎えてくれたアーニャさんとクロエさんに挨拶をして僕は酒場の中を進む。

 

「ベル様ー! こちらですよー!」

 

「ベルー! こっちこっち!」

 

 既に店内は満席になり、喧騒で満ちる中、それを斬り裂いて奥の方からリリとノエルの声が届いた。嬉しそうに手を振る二人の姿は背丈も相まってどことなく姉妹を感じさせられる。

 僕がいつも座るカウンター席の近くに設置されたテーブルにはリリとノエルの他にシルさんとリューさんがお店の制服を着たまま座っている。

 

「ベル?」

 

「噂の【ヘスティア・ファミリア】か」

 

 足早に彼女達の元へ進んでいると全身に視線が突き刺さる。

 意識を酒場の会話に向けると、一部の場所で入店したときに感じたざわつきとは異なる趣のざわつきを灯していた。

 テーブルを縫って進んでいく間、横目の視線を投げられ、その度に囁きが生まれていたが、その一部に好意的な視線が混ざっていた。

 

「あ……」

 

 その出先を見るとそこにはノエルからステーキを大量に注文させられていた髭のおじさんを筆頭にノエルの捜索に協力してくれた人々が僕に手を振ったり、笑みを投げかけてくれていた。

 変わらず針の筵状態ではあったけど、彼等のような人がいてくれると少し安心できる。

 彼等に会釈を返して、僕はリリ達が待つテーブルに足を進めた。

 

「うーん予想通り過ぎてなんというか……ベル様は人気者ですね」

 

「からかわないでよ、リリ」

 

「名を上げた冒険者の宿命ですが、好意的な人もいるみたいですし胸を張っていいと思いますよ」

 

 ニコニコと楽しそうに笑っているリリにからかわれながら、席に座る。

 そんな僕達を微笑ましいものを見るような瞳で見ていたシルさんが手を叩いて、僕達のパーティが始まった。

 乾杯の直前、シルさん達がここにいても問題はないのかと聞くと、

 

「私達を貸してやるから存分に笑って飲め、とミア母さんからの伝言です。あとたくさんお金を落としていくようにと」

 

 そうリューさんが落ち着いた声で答えてくれた。

 苦笑しながらミアさんの方を見ると不敵な笑みを浮かべて手をぱっぱっと振っている。こういう時ぐらい羽目を外せということなのだろう。

 それからすぐ、僕達は乾杯をノエルに教えてからグラスをぶつけ合った。

 シルさんの勧めがあったけど、今日も僕はお酒ではなく酒精(アルコール)の入っていない果実水を注文する。

 ちょっと膨れているシルさんは柑橘系の果実酒、リリはお酒に苦手意識があるからと果汁(ジュース)を、僕の隣でシルさんの事を不思議そうに見ているノエルもリリと同じもの、そしてリューさんは水だけ、ということになった。

 最初の方にあった不躾な視線も時間が経つにつれて消え、料理を運んでくるたびに親しげにからんでくるアーニャさん達とも会話をしながら、僕はこの時間を楽しんだ。

 ……リリとシルさんがお互いに向ける笑顔がちょっと怖いところもあったけど。

 

「ベル! これも、たべる?」

 

「うん、ありがとうノエル」

 

「さあさあベルさん! もっと飲みましょう、食べましょう! 今日はベルさんが主役なんですからもっとはしゃがないと! ね、ノエル!」

 

 お酒が入って楽しくなっているのかニコニコとシルさんは僕と僕の膝の上に座るノエルの世話を甲斐甲斐しく焼いてくる。

 とても嬉しそうに、時々普通に笑っているリリを見ながら、シルさんはせっせと動いていた。

 

「なんだか、シル、すごくうれしそう!」

 

「ええ? やっぱりそう見えちゃう?」

 

 うん!、と笑うノエルに少し興奮気味だったシルさんがうっすらと上気している頬に手を当てて、可愛らしくはにかんだ。

 

「私のお手柄と言えるほどのものではないんですけど……あの本がベルさんのお役に立てたって思ったら、私がベルさんの力になれたみたいでなんだか嬉しくて」

 

 あの本というのは魔導書(グリモア)のことだろう。

 そう考えた僕に熱っぽい視線が直撃する。ほとんどの男の人が見惚れてしまうような微笑みを浮かべているシルさんに僕も笑みを返した。

 

「む……」

 

「?」

 

「本当におめでとうございます。よもやこれほどの速度で二度も【ランクアップ】を成し遂げるとは。一度共闘した身ではありますが、私はまだまだ貴方の実力を把握できていないようだ」

 

 また不満そうな表情をしたシルさんに疑問符を浮かべた横からリューさんの静かな声が。

 表情は全く変わっていないけど、声音から称賛の色を感じてちょっとだけ嬉しくなった。

 まだまだ僕の実力は足りていないけど、第一級冒険者に認められたような、そんな気がした。

 

「神様にリリ、アリーゼさん、シルさん達、あとは……とにかく色々な人に助けてもらいましたから。そのおかげです」

 

 一瞬、あの人達の名前を出しそうになってすぐに口を噤む。

 まだあの人達との関係を明かすには僕には色々と足りていない。

 

「どれだけ助けられようとも、貴方が貴方の手で新種のモンスター、そしてミノタウロスの強化種を打ち倒したことに変わりはない。謙遜するのではなく、それは誇りなさい」

 

 過度な謙遜は顰蹙を買うと、真剣な眼差しで伝えてくるリューさんに僕は頷く。

 誇る、というのは難しいかもしれないけど、少し考えてみよう。

 

「あの戦いを間近で見たリリからも言わせてもらいます! ベル様はもっと威張ってもいいと思います! 色んな相手に下手に出てたら舐められてしまいますよ!」

 

 プンスカという音が聞こえてきそうなリリの言葉も相まって、ちょっと真剣に考えてみるべきだな、と思った。

 僕が舐められるのは別に構わない。ただ、それが原因でリリや神様に被害が行くのはごめんだ。

 それからしばらく他愛のない会話をしていると、リューさんから質問が来る。

 

「クラネルさん、今後はどうするのですか? 包み隠さず言うと私は貴方達の動向が非常に気になっています」

 

 これから……

 横で私も私も、と手を上げるシルさんを一旦置いておいて、少し考える。

 普通の探索をするのと……後決まってる予定といえば、あれぐらいかな。

 

「とりあえず明日は装備品を見に行こうかなって思ってます。ミノタウロスの戦いでほとんど壊れちゃったので。できればリリも一緒に来てくれると心強いんだけど、どうかな」

 

「はい、大丈夫ですよ! ヘスティア様のお店の助っ人も終わりましたしばっちり行けます!」

 

 良かった。正直まだ目利きとかは不安な所はあったからリリが来てくれるなら安心だ。

 いずれはちゃんと一人でも良い道具(アイテム)を見極められるようにならないと。

 

「羨ましいなー。ね、ベルさん、私もついて行っちゃダメですか?」

 

「え?」

 

「んな!?」

 

 シルさんのお願い?に思わず聞き返す形になると、僕の向かいで素っ頓狂な声を上げたリリとシルさんの交渉のようなものが始まってしまった。

 勝者はリリ……というかミアさんとノエル。そんな勝手は許さないとお盆で頭を叩いたのがミアさん、お仕事をサボっちゃダメだよ?、と純粋な眼差しでシルさんを見つめたのがノエル。

 そんな二人の前にシルさんはなすすべくなく敗北した。リリは勝ち誇っていたけど、二人が不仲にならないかちょっと心配かも。

 

「その後はどうするつもりですか?」

 

 口元に笑みを湛えながら、見つめ合っているシルさんとリリを止めようとしていると再びリューさんの質問。その声はさっきまでと違い、少し空気が強張った。

 三人がリューさんの声に振り向く気配。僕はその三人より一足先にその質問の真意に気付く。

 

「……装備が整って肩慣らしが終わり次第、『中層』を見に行こうと思っています」

 

「……あまりおすすめはしない……そう言っておきます。理由はわかっていますね」

 

 一つ頷く。

 今の僕達におすすめされない理由、それと僕が攻略ではなく見に行くとだけ言った理由。

 

「『上層』と『中層』は違う。二人では対処が難しい事態が多すぎるからですよね」

 

 ダンジョン攻略の際のパーティの基本形は三人一組(スリーマンセル)

 最低でも三人いなければダンジョン攻略はたちまち厳しいものになってしまう。

 今はまだどうにかなっていても基本からガラリと変わる『中層』ではどうにもならない状況……リリを守れないという状況に陥ってしまう可能性が高い。

 

「見に行くだけと言って先に進み、二度と帰ってこなかった冒険者も存在しています。故にあまりおすすめできません」

 

「でもベルさん達ならそんなことしないんじゃないかな。一瞬見てすぐに戻って来るとか……」

 

「そうですね。クラネルさん達だけならば全く無用の心配でしょう。ただ、相手はダンジョンです。そういう時に限って冒険者を嘲笑うように異常事態(イレギュラー)は発生します」

 

 何年も冒険者としてダンジョンに潜っていたのであろう先達の言葉には説得力があった。

 やっぱり当初の予定通りパーティに入ってくれる人を探して、そこから始めるべきだろう。

 

「貴方がどれほど強くなっても万全を期して損はありません。あともう一人、信の置ける者を探すべきでしょう」

 

「……そうですね。焦って失敗するのが一番まずいですし……ただ、肝心の仲間になってくれそうな人の心当たりがないんですよね」

 

 当てがあるなら、最初からパーティを組んでいるという話だけど。

 何人かはいるけど、あくまで手を貸してくれる人で他派閥の人だし。

 やっぱり【ファミリア】の勧誘を進めておくべきだったのかな? 今から勧誘して、信頼できる人なのかを確認して、一緒に戦ってってなると時間がかかっちゃうかな?

 こめかみに指をあてながら、パーティの場だということも忘れて思わず唸る。

 

「パーティのことでお困りかあっ、【リトル・ヒーロー】!?」

 

 荒々しい大声が届いたのはそんな時だった。

 その声の発生源を見るとお客の一人──少なくとも好意的ではない──がお酒をあおりながら、僕達を見ていた。

 こちら側が何も言わずにいると、その男は仲間と見られる冒険者の二人を引き連れて僕達を囲むようにシルさん、リューさん、僕の後ろに陣取る。

 

「話は聞こえてたぜ? 仲間が欲しいんだってなぁ? 事と次第によっちゃ俺たちのパーティに入れてやらんこともない」

 

 その内の一人、リューさんの真後ろに立ついかつい男の人がそんな提案をしてきた。

 知り合いでも何でもない赤の他人である僕に対するその行動に思わず怪訝な顔を隠せずにいると、男は下卑た笑みを深めて続ける。

 

「そんな顔すんなよぉ? てめえは『中層』に行くためのパーティメンバーが手に入るが、俺達はLv.3の話題沸騰中のルーキーをパーティに加えることが出来る! 俺達にとっても悪い話じゃねえんだ。助け合いってやつだよ助け合い~ぃ……なぁ?」

 

 ……ダメかな。

 強さは『中層』に向かう分には申し分ないんだろうけど、今のこの人達は信用できない。

 強烈な酒の匂いがする吐息からノエルを守りながら、そう考える。近くのリリも同じ判断なのか不機嫌そうな顔を隠そうともしていない。

 

「あの────」

 

「それで、だ。俺達のパーティに入れてやる代わりによぉ……この嬢ちゃん達を貸してくれよぉ!? こんのえれぇ別嬪なエルフのお嬢さん達をよぉ!」

 

 ニヤニヤと笑う三人の冒険者達に断りを入れる為、口を開きかけたが、それをかき消すような勢いで捲し立てられるその言葉に思わず呆れてしまう。

 いや何かあるんだろうなって予想通りではあったけど、こんな直球で何も隠さずに来るとは。

 様々な視線を向けられるシルさんは苦笑、リューさんは顔色一つ変えずに、リリは変わらず嫌悪感を隠さずに、ノエルは不思議そうな顔を浮かべていた。

 

「仲間なら分かち合いだろぉ? どれだけ金積んだのか知らねぇが俺達にもこの嬢ちゃん達を貸してくれよぉ」

 

 ……さっきから貸してくれだの分かち合いだの。

 彼女達を物のように扱うその態度に流石に不愉快を隠せなくなってくる。

 ただその直後、いつの間にか目が笑っていない営業すまいるを浮かべて自分の間合いに彼等を入れているアーニャさん達に気付き、僕の役目はない、と察した。

 

「結構です。彼等に貴方達の手は必要ない」

 

 その口火を切ったのはここまで黙っていたリューさんの言葉。

 その言葉に男達は僕達を嘲るように哄笑を上げていたが、続く彼女の「貴方達は必要ない」という言葉に一度笑みを止めて、その細い肩に手を伸ばす。

 そこからはもうあっという間だった。

 男が伸ばした手を手に持ったグラスで捻り、腕をあらぬ方向まで捻じろうとするリューさんは思わず背筋が凍ってしまうほどの冷たい瞳でその人を見下ろしていた。

 

「いえ、すまない。これは我儘で独善的な感情のようだ。私はクラネルさん達に貴方達とパーティを組んでほしくない」

 

 苦悶する男の眼前でリューさんは声を打つ。

 

「そして彼を愚弄することも許さない。彼は私達の友人で、私達の仲間だ」

 

 その言葉にこんな状況だというのに嬉しくなった。

 友だと言ってくれるだけでも嬉しいのに仲間とまで言ってくれるなんて……。

 そんな僕の前で仲間の手を借りてようやく腕を抜いた男達は激昂し、ものすごい剣幕で僕達に襲い掛かろうとする。

 ただ飛び出す直前、ガツンッ、と鈍い音を響かせ、二人の男達の頭に星が舞った。

 

「ニュフフ、後頭部がお留守になってますよ、ニャ」

 

「シル達と白髪頭に手を出すのはミャー達が許さないニャ!」

 

「お客さん、見ての通りウチの店員は凶暴だからこれ以上はよしたほうがいいよ?」

 

 その音の正体は椅子。

 自慢げに半壊した椅子を抱えているアーニャさんとクロエさんが二人を昏倒させて、僕達に笑みを向けてくれた。

 その近くでグラスやお皿で両手が塞がっているというのに臨戦態勢だとわかるルノアさんも底冷えするような笑みを最後の一人に向けて、牽制している。

 最後の一人が完全に孤立してしまった状況に青筋を浮かべて、剣を抜いたその瞬間、酒場内の気温が急激に下がるのを感じた。

 凄惨な結末が待っていたであろうその男を救った──救ったでいいのかな?──のはミアさん。

 彼女の怒号に一様に冷たい目をしていたルノアさん達がそそくさと仕事へと戻っていく。その怒号に貫かれた男は「次やったら店の下に埋める」という脅しと威圧の前にお金を放り投げて逃げていくことしかできなかった。

 

「……やっぱりこの酒場ってすごいですね」

 

「今リリは完全に敵対しなくてよかったって心の底から思っています……」

 

「みんな、すごかった!」

 

 何事もなかったかのように喧騒が戻っていく周囲に僕が苦笑、ミアさん達の力の前にリリが戦慄を、一人楽しそうに笑っていたノエルは将来強い子に成長するかもしれない。

 

「ふふふ、それじゃあ仕切り直しましょうか!」

 

『豊穣の女主人』の強さと敵に回してはダメだということを改めて見せつけられる格好となった。

 それからは何事もなく、僕達は楽しくパーティに興じた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 翌日、昨日酒場で話した通り、僕は装備を揃えるためにバベルの八階へと来ていた。

 ……一人でだけど。

 

『申し訳ありませんベル様! 前にお世話になっていたお爺さんが体調を崩してしまったようで……ばっちり行けると言っていたのに……』

 

 ということでリリはそのお爺さんのところに行ってもらった。

 そういうことなら流石についてきてもらうわけには行かない。リリもその人に恩を感じているみたいだし、無理矢理こっちに来ても集中は出来なかっただろうしね。

 日にちをずらすという手もあったけど、せっかくなら一人で目利きをして慣れておきたい……というわけで僕は前回ライトアーマーを購入したお店に来ていた。

 予算も十分、あとは目的の物を見つけるだけ……だったんだけど。

 

(見つからない……もう売れちゃったのかな)

 

 店の中のトルソーに飾られている鎧、前回見つけたボックスを何度も確認しても僕の目当ての製作者が作製した鎧は一つも見つからなかった。

 別にこだわりがあるってわけじゃない……ううん、やっぱりこだわりはある。あの人が作った防具は僕の体によく合っていて、なおかつ軽く、堅固。他にも多くの鎧はあるけど、あれ以上しっくりくるものはないって断言できる。名前はちょっと気になりはするけど。

 

(表には出てないのかも。店員さんに聞いてみるかな)

 

 その可能性も考えて、往生際が悪いけど店員さんの元へ歩く。

 あれ以上の防具なんていくらでもあるだろうにどうしてこうなっているんだろうか。いつの間にか得意客(ファン)になっていたとかでは説明できないような衝動がある。

 本当に心の底からあの装備に目を、魂を奪われてしまったんだろうか。

 

「なんで……あんなっ……!」

 

「?」

 

 唸りながらカウンターに近付いていくとその辺りから聞こえてくる怒鳴り声のようなもの。

 顔だけを出してその方向を見ると、どうやら店員とお客?が言い争ってるみたいだ。

 

「何でいつもいつもっ……あんな端っこに……! 俺に恨みでも……」

 

 より近付くと何を言い争っているかよく聞こえてくる。

 別のお客かと思ったけど、もしかして鍛冶師の人?

 言い争っているのは男性のヒューマン。黒の着流しというかボロ布のようなものを身に付けている。僕よりちょっと年上だと思う。特徴的なのは炎を連想させる真っ赤な髪。

 カウンターに軽装のパーツが詰まれたボックスを置いて、苦情を言っているところを見るとやっぱり冒険者なのだろうか。でもダンジョンでもギルドでも見たことないような……

 

「こちとら命懸けでやってんだぞ!? もうちょっとマシな扱いをだなぁ!」

 

「ですが上の決定なので……もう少し売れるようになって頂けないと……」

 

「おまっ、それを引き合いに出すのか!? だったら尚更────」

 

 ……やっぱり鍛冶師の人かも。

 そんなことを考えていると隣のカウンターで迷惑そうに二人のやり取りを見ていたもう一人の店員が声を掛けてきてくれた。

 結末は気になるけど、まずは装備のことだ。

 

「あの、()()()()()()()()()さんの作品って、今は売られてないんですか? それとももう全部売れちゃいましたか?」

 

 ピタリ、と隣で言い争いをしていた声が止んだ。

 僕の正面でも唖然としたような表情を浮かべる店員が、隣からは呆然と僕を見てくる二人の視線が。何かまずいことでも言ってしまったのかと思わず緊張する。

 

「え、ええっと、ヴェルフ・クロッゾ氏の作品をお求めで間違いありませんか……?」

 

「あ、はい」

 

 反応は少々気になるけど、少し期待が高まる。

 聞き返されたってことは完全に売り切れたってわけじゃないかもしれない。

 そう思ったところで────

 

「ふ……うっはははははははははは!? ざまぁーみやがれ! 俺にだってな、顧客の一人ぐらいは付いてんだよ!!」

 

 隣で言い争いをしていた青年が高らかに笑った。

 先ほどまで言い合っていた店員にどうだとでも言うような顔でカウンターを何度も叩く。

 言いたいことは言えたのか何も言い返さず、視線を左右に揺らす店員を無視してその青年は僕に近付いてきた。そして、目の前でニッと口角を上げて笑う。

 

「あるぞ、冒険者。ヴェルフ・クロッゾの防具ならな」

 

「え?」

 

 目を見開く僕の視線の先にカウンターに置かれたボックスが滑ってくる。

 その中に入っている防具を見て、さらに驚かされた。

 そこにあるのは形状こそ多少は違えど、あの日、目を奪われ、強く惹かれた防具に瓜二つだった。見間違うはずがなく、紛れもない本物だ!

 

「でも、どうしてこれが……もしかして、貴方が……?」

 

「おう! 俺の打った作品だ。どうだ、使ってくれるか?」

 

 目の前の青年が冒険者か鍛冶師だと予想はしていた。

 ただまさかその彼がヴェルフ・クロッゾ本人だったなんて完全に予想できていない。

 唖然と見てくる僕に面倒見のいい実兄のように笑った青年は改めて名乗った。

 

「俺はヴェルフ・クロッゾ。今はまだ【ヘファイストス・ファミリア】の下っ端も下っ端の鍛冶師(スミス)だ。出来れば末永くよろしく頼むぜ、得意客(ファン)一号」




新章スタートです。
そして、長らくお待たせしました。この章の始まりと同時に投稿頻度を二週間から一週間に戻したいと思います。投稿頻度を戻すのが遅れてしまい申し訳ありません。
また突然戻ってしまう場合もありますが、なるべくそう言ったことが起きないように努力していきますので今後ともどうかよろしくお願いします。

ここまで見ていただきありがとうございました。
良ければ感想や評価などお待ちしています。
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