二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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未完の鍛冶師(ヴェルフ・クロッゾ)

 初めてヴェルフさんとパーティを組んだ日の翌日。

 今日も『中層』に向けて三人一組(スリーマンセル)の調整をしようとしたんだけど……

 

「申し訳ありません、ベル様」

 

 リリの謝罪に出鼻を挫かれてしまった。

 話によると体調を崩していたお爺さん……ノームの店主さんの調子が芳しくないという。

 命に別状はないものの看病をできる人が他にいないらしく、そんな人を見過ごすことはやっぱり僕達にはできないので、今日もリリはそのお爺さんの所に行ってもらった。

 

「────というわけなんですけど、どうしましょうか」

 

「そうだなぁ……」

 

 合流したヴェルフさんと事情を共有した僕は摩天楼施設(バベル)の下で相談し合っていた。

 二人でダンジョン探索に行くにしてもリリと二人の時よりは効率がはるかに落ちる。昨日、リリの働きっぷりを存分に見せられたヴェルフさんもそれはわかっているはず。

 かといって探索休止はお互いの為にならない。一日暇になるし、『鍛冶』の発展アビリティをなるべく早く手に入れるためにもそれは避けたい。

 二人で腕を組んで唸っていると、ヴェルフさんから一つの申し出が来た。

 

「……ベル。何だったら、今日一日俺に時間をくれないか?」

 

「時間を?」

 

 その申し出に思わず聞き返すと、ヴェルフさんは口角を上げて、

 

「約束しただろ? お前の装備を全部新調してやるって」

 

 手をぱぱっと振るった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 北東のメインストリート、大小様々な専門的な商店が並んでいる道をヴェルフさんに連れられて歩く。大きな工場とそれよりもはるかに巨大な市壁が近付く中、何度か路地を曲がったところでヴェルフさんはその足を止めた。

 都市の端に辿り着こうかというその場所にあったのは小ぢんまりとした平屋造りの建物。

 汚れが目立つけど、正に鍛冶屋といった雰囲気を醸し出すその建物にちょっと興奮する。

 ヴェルフさん曰く、この辺りの工業地帯は職人達の縄張りのようでこんな建物は他にも多くあるらしい。周囲を見渡すと、確かに似たような建物が多く並んでいた。

 

「おーい、入っていいぞ?」

 

 突っ立っていた僕を呼ぶ声に従って工房の扉をくぐると、強い鉄の匂いが僕の鼻に突き刺さった。鎧戸が開かれ、光が室内に入るとその全貌が明らかになる。

 隅にある大きな炉、その側にある確か鉄床(アンビル)、壁に吊るされている槌や鋏といった数多くの鉄器。見たことがあるような無いようなその道具達に子供みたいに色々と聞きたくなったけど、とりあえず一旦抑える。

 初めて見る……これが本物の鍛冶師(スミス)の仕事場!

 

「汚い場所だが、気に入ってくれたみたいだな」

 

「正直、もっと見学したいところです」

 

 正直に胸の内を話すと、ヴェルフさんは嬉しそうな笑みを浮かべて椅子を勧めてくれる。

 

「まあとりあえず採寸だけ付き合ってくれ。それさえ終われば後は自由にしてくれて構わない。すぐ見終わっちまうかもしれないが、色々見てくれていいぞ」

 

「いいの!? ……採寸?」

 

「おう、せっかく新調するんだから特注品(オーダーメイド)みたいにお前専用の装備にした方が良いだろ?」

 

 確かにそうだ。せっかくならしっかり僕に合う装備を作ってもらったほうが良い。

 ただ何を作ってもらったらいいんだろう?

 

「何かこだわり……例えば盾が欲しいとか。希望があるなら何でも言ってくれ。俺はそれに最大限応えられるように努力する」

 

 道具を準備する音を聞きながら、椅子の上で胡坐をかいて少し考える。

 こだわり……やっぱり軽さと速さかな。あとその二つを可能な限り邪魔しない盾とかプロテクター? 防御をおざなりにするわけにも行かないしそこもしっかり考えて……

 そこまで考えて、視界の端にある壁にある立てかけられている複数の武器に気が付く。

 多分過去にヴェルフさんが作製した武器達。その中の一本の片手剣に近付いた。

 

「ヴェルフさん、この片手剣使っちゃ駄目ですか?」

 

 柄は黒、刀身は真紅。

【ロキ・ファミリア】の倉庫で眠っていた片手剣によく酷似する剣。

 

「駄目ってことはないが……もう自分の得物は持ってるだろ? 店から返品された俺の剣よりはるかに上等なあの剣が壊れない限り、そいつに出番はないと思うが……」

 

「……とりあえず持ってみてもいいですか?」

 

 困惑を隠せないヴェルフさんの了承を得て、僕はその剣の柄を()()で掴む。

 あの紅剣と同じ、手に吸い付くようなその感覚に思わず笑みが零れた。

 そのまま軽く振ってみる。風切り音が響き、その音に心地よさを覚えていると、ヴェルフさんが動きを止めて僕を見ていることに気が付いた。

 

「……? どうしたんですか?」

 

「……お前は、魔剣を欲しがらないんだな」

 

 ヴェルフさんに意識を向けると、彼は年相応の笑みを浮かべた。

 

「魔剣ですか?」

 

「ああ。まさか魔剣じゃなくて売れ残った剣を欲しがられるとは思ってなくてな。信じてたとはいえ、魔剣を欲しがる素振りを見せないことに驚いてる自分がいる」

 

 それでいいんだけどな、と苦笑する彼を前に僕は剣を下ろす。

 僕が何かを言う前にヴェルフさんはどこか安心したような笑みを僕に向けてきた。

 

「お前はクロッゾ()の事を知ってたみたいだからな。正直その剣を求められるまでまだ疑ってたんだ。俺の防具が欲しいってのは『クロッゾの魔剣』を手に入れるためのただの口実かもしれないってな」

 

 そう面と向かって言ってくるヴェルフさんはすぐに自嘲気味に笑う。

 彼の事情は神様に聞いたとはいえ詳しくは知らないけど、きっといたんだ。そうやって近付いてくる意地の悪い冒険者が。

 

「あんな啖呵切ったくせに情けないよなぁ……。俺の防具を求めて、俺と直接契約を結んだお前がそんな奴じゃないってわかってはいたんだが、信じ切れなかった……すまん、ベル」

 

 頭を下げてくるヴェルフさんに僕は慌てて顔を上げてくれ、と手を振った。

 事情はそこまで詳しく知らないけど、きっと何年もの間、魔剣を打ってくれと自分(ヴェルフさん)が作った武具には見向きもせずに様々な人に言われ続けていたんだろう。

 そんな彼を責める気にはなれなかった。

 

「謝る必要はないですけど、もしもそれで気が晴れないようだったら僕に最高の装備を打ってください。それでおあいこっていうかなんというか……」

 

「……ありがとな、ベル。うし、じゃあ気張るか! とりあえず片手剣が欲しいってことだが……どうせならしっかり専用武装(オーダーメイド)にしちまおう」

 

 表情に明るさを取り戻したヴェルフさんが保管してあった精製金属(インゴット)を取り出す。

 その中から僕が求める剣を作製するための精製金属(インゴット)を吟味する予定だったんだけど……

 

「さて……どうするか……って、ベル、それなんだ?」

 

 どんな物がいいのか話し合うために机に並んで立ったその時、ヴェルフさんが僕の腰辺りに指を向ける。そこには『神様の剣』、投げナイフ、そして灰褐色の捻じれた角が差さっていた。

 指が向いているのは最後……『漆黒の猛牛』のドロップアイテム。

 

「これは……ミノタウロスのドロップアイテムなんですけど、なんでか手放せなくて……」

 

 あの戦いが終わった後、目を覚ました僕の隣に置かれていたその角。

 散々僕の命を脅かしたその凶角は売れば相応の価値があったと思う。だけどそれを簡単に売ってしまうことに抵抗があった。かといって本拠(ホーム)の中に保管しておくのも何か違う。

 多分、あの戦いを僕は蔑ろにしたくないんだと思う。互いの全てを賭けたあの決戦の証をこうやって残しておく程度には僕はあの戦いを誇りに思っているのかもしれない。

 ただ、その証の使い道が今日この日、見つかった。

 

「……ヴェルフさん、これ使って武器を作る事ってできますか?」

 

 ミノタウロスのドロップアイテムは何だって武具に活用できる。

 どこかで聞いた話を思い出した僕は『ミノタウロスの凶角』を手に持つ。

 そうして差し出したのだけど、受け取ったヴェルフさんの様子が少しおかしい。

 

「……なんだ、こりゃ。本当にミノタウロスの角なのか? こんな色と形のヤツは初めて見るぞ」

 

「えっと、多分強化種だったと思います」

 

「……強化種になればこんなとんでもないものが毎回手に入るのか? まあいい。破損はほぼない。硬度は並以上……どころか『超硬金属(アダマンタイト)』以上……!?」

 

 そう呟いてヴェルフさんが口を閉ざした。

 手の中にある凶角を睨むような強さで見つめていたかと思うと、力を抜いて僕の方を見る。

 

「ベル、こっちで全部決める前にもう一つ質問しておくがいいか?」

 

「? いいですけど……」

 

「この角はとんでもない代物だ。それこそ椿……あー、上級鍛冶師(ハイ・スミス)最上級鍛冶師(マスター・スミス)がこれを使って武器を打てば、間違いなく第一等級武装が生まれる程にやばい」

 

 思わず目を見開く。

 戦っていた時からとんでもない角だとは思っていたけど、まさかそこまでとは。

 

「俺でも鍛造や研磨は出来る。だが、俺の腕じゃこの角の潜在能力(ポテンシャル)を発揮しきれない可能性が高い。それを踏まえた上で質問させてもらう」

 

 真剣だが、強張った面立ちでヴェルフさんは僕を見つめる。

 その表情に込められている意志は緊張しつつも負けん気が強い。

 

「それでも他の鍛冶師じゃなく、今の俺にお前の武器を打たせてもらえるか?」

 

「もちろんです」

 

 即答だった。それどころかちょっと食い気味だったかもしれない。

 僕の答えにヴェルフさんが瞳を皿のように丸くする。流石に迷いなく即答されるとは予想していなかったのかもしれない。思わず固まるヴェルフさんに僕は笑う。

 

「僕が断ると思ってましたか?」

 

「いや……だがもう少し考えてから答えると思い込んでたもんでな。俺の話を聞いて即答されるとは予想してなくて流石に驚いた」

 

 僕の予想通りのことをヴェルフさんは考えていたらしい。

 ヴェルフさんはあの角を扱う資格が自分にはない、もしくは可能性が高いと言いつつも自分の腕では良い武器を打てないと確信してしまっているのかもしれない。

 だけど今優先してほしいのはそんな気持ちじゃない。

 

「鍛冶のことは僕にはよくわかりません。この角の力を十分に発揮する武器を打つにはヴェルフさんの言う他の鍛冶師の人に打ってもらったほうがいいのかもしれません」

 

「……ああ」

 

「でも今の僕が欲しいのはヴェルフさんの武器なんです。他の誰かじゃなく、『ヴェルフ・クロッゾ』が『ベル・クラネル』の為に打ってくれた武器が僕は欲しい。それ以外はいりません」

 

 特定の誰かを想って打たれた武具は特別な威力を発揮することがある。

 別にそれを期待しているわけではない。まだ出会ってそんなに経っていないから。

 だから僕は純粋に胸の内を晒した。貴方の武器が欲しい、貴方の武器以外はいらない、と。

 それを聞いた目の前の彼が何を思ったのかはわからない。だけど、一度閉じて開かれたその瞳から先ほどまで浮かんでいた迷いは消えていた。

 

「……ありがとな、ベル。それと弱気になって悪かった」

 

「大丈夫です。僕も弱気になることが結構多いですから! それで、打ってくれますか?」

 

「もちろんだ! 任せておけ!」

 

 迷いが消えたヴェルフさんの動きは早かった。

 まずドロップアイテム『ミノタウロスの凶角』で作製する武器を相談の上で片手剣に決定。

 次に僕の体の寸法──片手剣の作製後、防具を打つため──を測っていく。この時点で僕は帰っても大丈夫だと言われたけど、せっかくならと見学のために最後まで居座ることにした。

 炉に火が灯り、あっという間に大型の炉の中が火と熱に猛り始める。屋内も全開となった鎧戸から見える薄暗い路地裏も照らす炉の輝きはどこか神秘的だった。

 ある程度の時間が経ち、そんな炎に照らされるヴェルフさんの横顔を見ていたそんな時。僕はふと、思い立ったかのようにある一つの質問をしていた。

 

 ────ヴェルフさんはどうして魔剣を打たないのか、と。

 

 その質問に眉を上げて笑みを浮かべた彼は一言、簡単に答えた。

 

 ────俺、魔剣が嫌いなんだよ、と

 

 そこから語ってくれたのはヴェルフさんのこれまでの話。

 

 客は腐るほどいたが、その客の全てが魔剣を求めてきたということ。

 (ヴェルフさん)が打った作品に誰も見向きもしなかったこと。

 そんな客達を相手にして辟易してしまい、グレてしまったこと。

 

 その語り口から感じ取れるのは確かな魔剣に対する嫌悪。

 それから自分の中に流れている『クロッゾ』の血に対する反抗心。

 ただ、それだけが理由で魔剣を嫌っているのではないと直感的に思う。それを告げるとヴェルフさんは炉の調整をしながら、自分の家系に流れている血の正体を話してくれた。

 

 それは『精霊』。

『古代』の時代、精霊を助けて、精霊にその血を分け与えられた初代の血が今のクロッゾの家系に連綿と受け継がれてきたという。

 ただその後は僕の知っている通り。精霊が住む美しい自然達を『クロッゾの魔剣』が焼き払い、そして呪われ、クロッゾの一族は凋落の一途を辿っていった。

 そんな中で魔剣を打つことが出来るスキルが発現したヴェルフさんにクロッゾの一族は大いに歓喜。それは鍛冶の技術を叩き込んでくれた父親も祖父も例外ではなく、ヴェルフさんに魔剣を……権力の為の道具を打てと命令したらしい。

 

 そこまで淡々と語っていたヴェルフさんの眦が吊り上がる。

 手の中の槌を強く握りしめ、鍛冶師としての顔を露にした。

 

「違うだろ。そうじゃないだろ、武器ってやつは……!」

 

 武具に対する炎のように熱い情熱を。

 鍛冶師としての自身の誇りと矜持を。

 鍛冶師としての本懐を忘れた『クロッゾ』への想いを。

 鍛冶師を堕落させ、使い手を裏切り、先に砕けていく魔剣への怒り(悲しみ)を。

 

 燃え上がる炉の炎に照らされる横顔に全ての想いを乗せ、ヴェルフさんは鉄床(アンビル)に乗せられた真っ赤に染まる『ミノタウロスの凶角』に槌を振り下ろした。

 散る火花、真っ赤な閃光。ヴェルフさんは一度打ち始めれば、完成まで何も喋らなかった。

 この鍛冶作業に余計な感情を込めることを厭うように、一対一で鍛冶を行なう。その作業に邪魔が入ることを本能的に嫌った僕は椅子の上で固唾を飲んでそれを見守った。

 

「…………完成だ」

 

 青い空に宵闇が近付き、空が暗く染まり始めた頃。

 ヴェルフさんの作業が終わりを告げた。

 

「うわ……!」

 

 彼が(テーブル)の上に置いた箱の中身を見た時、思わず声が漏れた。

 箱の中では一本の片手剣が灰色の光を灯している。

 触れたモノ全てを斬り裂いてしまいそうな乱暴な輝きの刀身。捻じ曲がったあの凶角の面影を残すようにまるでカタナのようにわずかに反り返っている。長さは《神様の剣》より少し短い。

 一目見ただけでわかる。この剣はすごい業物であると。

 

材料(モノ)が良かったのもあるが……間違いなく俺の鍛冶人生の中で最高傑作だ」

 

 疲労を滲ませながら、目を細めたヴェルフさんが自信ありげに笑う。

 その清々しい表情にもう迷いは欠片もない。いい仕事が出来たと実感しているんだろう。

 鞘が作製できなかったことの謝罪と他の色々な話をしたところで、この剣の銘をつけることになった。瞬間、僕の顔が自然と強張る。

 間に走る沈黙。鍛冶作業に匹敵するほどの集中力を発揮したヴェルフさんはその銘を口にした。

 

「牛魔王……ってのはどうだ?」

 

「牛魔王、ですか?」

 

「ああ、これが嫌なら他のを考えるが……そうだな……」

 

「いやいやいやいや大丈夫です! 牛魔王にしましょう!」

 

 他のをすぐに考えようとしてくれるヴェルフさんをすぐに止める。

 幸いにもまだ銘が自信作だった方だからかすぐに納得してくれたけど、もしもこの剣が兎鎧(ピョンキチ)のような他の名前にされていたら、ちょっと……かなり辛い。

《牛魔王》と銘打たれた灰色の片手剣を見下ろす。魔王、というのは少し気になるけど、あの黒いミノタウロスの角から生まれた武器ならば、これ以上の名前はないのかもしれない。

 

「じゃあこれな」

 

「はい。ありがとうございます、ヴェルフさん」

 

 別の作品の鞘を《牛魔王》の鞘に代用して、僕に差し出してくる。

 ありがたく感謝を告げて手を伸ばしたのだけど、そこでヴェルフさんは少し渋い顔をして、ひょいっと手に持った片手剣を持ち上げた。

 

「へっ?」

 

「それだ。その堅苦しい言い方やめようぜ?」

 

 ビシッと指を差して、僕にかけてきた言葉に目を丸くする。

 

「会ってまだ全然経っちゃいないが、俺とお前の間にそんな畏まりは必要ない気がするんだ。信頼を全部預けろっていうわけじゃないが、もう少し俺に対して乱暴になってくれていい」

 

 そう告げて、一歩踏み込んでくるその姿に思わず嬉しくなった。

 

「何が言いたいかっていうとだな……せっかく契約を結んでパーティに入ったんだから、俺の事もリリスケみたいに()()()()()呼んでくれよ」

 

 仲間みたいに呼んでくれ、そう言って彼は笑った。

 もう一度差し出された灰色の片手剣を見つめる。そして()()()()に差し出された剣を握り締めて、僕も二ッと笑った。

 

「わかった。これからもよろしく、ヴェルフ」

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 灰色の斬撃が霧の中を駆け巡る。

 紫紺と灰白色、二種の斬撃を繰り出す少年の前に次々とモンスターの屍が積み重なる。

 上層最硬の『ハード・アーマード』さえも、急所を狙わないただの一撃で灰へと変わった。

 

《牛魔王》

 魔王の名に相応しい破壊力と耐久力を兼ね備えたその剣はベルを支え、美しさすら感じる黒剣の斬撃とは異なり、振られる度に猛々しく、荒々しい斬撃を生み出す。

 期待通りの威力を発揮するその剣を前に、戦闘中だというのに使い手である少年と打ち手である青年の顔には笑みが浮かんでいた。

 一人、最適な距離を保ちつつ先行するベルに付き従い、支援するヴェルフとリリ。

 なるべく『中層』に行くまでに消耗したくないというベルとリリの考えの元、圧倒的速度と手数で12階層を蹂躙したそのパーティは霧を抜け、そこに辿り着いた。

 

「……着いたね」

 

 戦闘を終わらせた彼等の前にあるのは周囲が木色で構成されているにも関わらず、そこだけ灰色の岩で構成されている巨大な穴。そこを潜れば、『上層』は終わりを告げ、『中層』が始まる。

 

「では、最後の打ち合わせをしましょう」

 

 モンスターを警戒しつつ、『中層』の入り口の傍で円になった三人はリリが地面に描く絵に視線を落とす。

 

「中層からは定石通り、隊列を組みます。まず前衛はヴェルフ様」

 

「任せろ」

 

「中衛にはベル様が。攻守に加え、必要であれば治療師(ヒーラー)の役割をこなしてもらう可能性もあります。非常に負担は大きくなってしまいますが、よろしいですか?」

 

「任せて。思う存分、僕を頼ってくれていいよ」

 

「ん? ベルは回復魔法まで使えるのか?」

 

 ヴェルフが眉を上げて、ベルを見る。

 それに肯定しつつ、どこか誤魔化そうとする少年の様子にヴェルフは首を傾げた。

 踏み込もうとする彼を前にリリが一つ咳払い。これから中層なのだから真面目に話を聞け、という意志が込められた瞳でヴェルフを睨みつける。

 

「悪い悪い。まあ、話したくなったら色々教えてくれ」

 

「うん、わかった」

 

「話を戻します。後衛にはリリが入ります。が、話した通り、このパーティは非常に不安定です。中衛のベル様は圧倒的ではありますが、サポーターであるリリが後衛を務めている時点で火力はどうしても足りない。一度大きく崩れたら立て直しは難しいと心に留めておいてください」

 

 懸念点を語るリリにヴェルフが突っかかる。

 恒例となりつつある二人の悪友のようなやりとりにベルは思わず頬を緩めた。

 

「何笑ってんだ、ベル?」

 

「え?」

 

「ベル様! 中層へ向かうというのに少し気が緩んでるんじゃないですか!」

 

「あははは、ごめん」

 

 そんな二人を前にベルの笑みは止まらない。

 どこか楽しそうな少年の姿にヴェルフとリリは不思議そうに首を傾げる。

 

「なんか、こういう賑やかなのいいなって思って。なんというかパーティらしくなったというか……それに……」

 

 頬を赤らめ、興奮した様子のベルはリリとヴェルフを交互に見る。

 

「今、すごいワクワクしてるんだ。みんなで力を合わせて、冒険をしようって……二人はワクワクしない?」

 

 目を細め、今だけはあの教訓も忘れて少年は年相応の笑みを浮かべる。

 今までも少年は冒険のようなものはしてきた。だがそれはアイズやフィン達、他の冒険者に守られながら体験するあくまで冒険の()()()もの。

 今回は違う。今いるのは先達ではなく対等な仲間のみ。

 危険は当然ある。だがそれ以上に彼等にとっての未開の地を仲間と協力して新たな発見を重ねていく……未知という名の興奮と仲間と手を取り合い喜びを分かち合うという事は、そんな危険がワクワクへのスパイスへと成り下がるほどのものだ。

 

「……くっ、はははははははは! そうだな! こういうのはワクワクするよな! こんな冒険をするのにワクワクしないなんてありえねえよな!」

 

「……一人ぐらい冷静でいる方がいいのですが……ふふっ、そうですね。リリもワクワクしています。こんな冒険をするなんて、ベル様と出会う前のリリではありえないことですから!」

 

 三人は互いに顔を見合わせ、それぞれ破顔した。

 もう三人の間には『中層』進出への不安や恐怖などは存在していない。

 また一つ、パーティの絆が深まったような気がして、ベルは無性に嬉しくなった。

 

「それでは、準備はよろしいですか?」

 

「ああ、問題ない。行こうぜ」

 

「うん、行こう!」

 

 口元に笑みを浮かべて並んだ三人は『中層』の入口へと進む。

『上層』の時と同じはずなのに妙な(プレッシャー)がひしひしと伝わってくる。

 だが三人は全く同じタイミングで、穴の奥を見据え、全く同じことを考えた。

 

(……大丈夫)

 

 仲間がいるなら、大丈夫だと。

 仲間がいるなら、なんだってできると。

 

 三人は足を踏み出した。

 この日、ベル達は『中層』へと進出した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ベル達がダンジョンへ潜り始める少し前の話。

 ある【ファミリア】の主神が彼等と同様に『中層』へ向かう眷属達を見送っていた。

 その神の名はタケミカヅチ。自らの眷属達の無事を祈るように妙な振動を巻き起こす地下(ダンジョン)を見つめる。

 そんな彼に一人、いや一柱の男神が声を掛けた。

 

「おーい、タケミカヅチー!」

 

 その声にホームの戸に伸びていた手がピタッと止まる。

 顔を見ていないというのに誰かわかってしまうその陽気な声に目尻を痙攣させ、苦々しい思いを隠そうともせず、彼は振り返った。

 

「ヘルメス……」

 

「久しぶりだなー、タケミカヅチ! 神会(デナトゥス)以来だな!」

 

 絶えず愛嬌を覗かせる細身の男神。

 その細身を包むのは旅人の服、羽付きの鍔広帽子を外すと橙黄色の髪が流れ出す。

 害意の欠片も感じさせないその姿。それが対面する相手を油断させるものだとよく知るタケミカヅチはそこまでか、とヘルメスを知らない者が見れば言ってしまいそうなほどの渋面を作った。

 

「お前、何しに来た……!」

 

「おいおい、そんな顔するなよ。タケミカヅチに会うためにわざわざ出向いたっていうのに」

 

「冗談でもそんな恐ろしいことを言うのはやめろ! お前の言動はこれっぽっちも信用ならん」

 

 一癖も二癖もある神々の中で特に奔放であるその神のふざけた言葉をそのままそっくり信じる者は誰一人、誰一柱として存在しない。

 風が吹けば飛ぶ草のように自由に、勝手にどこかへ旅立っていくヘルメスが自分をわざわざ訪ねてくる。もうその時点でタケミカヅチは最大限の警戒を以て、目の前の男神と対峙した。

 その口から自分の眷属の【ランクアップ】への祝いの言葉が贈られる。その言葉も本心ではあるのだろうが、彼が求めている本題ではない。

 すぐにそう看破したタケミカヅチは差し出された手を握らず、率直にヘルメスに問う。

 

「お前……何が目的だ? 何のために、こんなに早く帰ってきた」

 

 神会(デナトゥス)後、ヘルメスが何処かへと旅立ったのは一部の神を除いて周知の事実。そして、その彼が旅立ちから十日後、オラリオへ帰還。その時点で神々は何らかの臭いを感じ取る。

 最低でも一か月は帰ってこないヘルメスが歴代の旅の期間を大幅に更新する十日の最速帰還。

 何かあります、と言っているようなものだ。その何かが神であるヘルメスが一切取り繕わず、すぐにその目で確認したがるようなモノだという事も神々はすぐに理解した。

 

「ふふっ、新人(ルーキー)が多く台頭してきただろう? その中にいるヘスティアの所の【未完の英雄(リトル・ヒーロー)】に関心が湧いてね。そのために用事を済ませてさっさと帰ってきただけさ」

 

 神としての笑みを浮かべたヘルメスにタケミカヅチは苦い顔をする。

 よりにもよって知り合いで手放しで善神と呼べるヘスティアの眷属に興味を持ちやがったその神に嫌悪に近い感情を隠しもしない。

 

「タケミカヅチはヘスティアと仲が良いだろう? ベル・クラネルについて何か知らないかい?」

 

「知らん。知っていたとしてもお前のような神に話すことはない」

 

「ははっ、つれないなぁ」

 

 大して残念でもなさそうに優男の笑みを纏い直したヘルメスの表情が帽子に隠れる。

 手を振り、去る自分の背中に刺さる視線を意にも介さず、彼は風に導かれるように天を仰ぐ。

 その頭に思い浮かぶのは自分が知らないうちに英雄への階段を勢いよく駆け上がっていく英雄の卵の姿。

 

「ベル・クラネル。彼の英雄達の忘れ形見、そして貴方の孫……ああ、早く会ってみたい」




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