「ここが『中層』か……」
13階層へと降り立った僕達の周りに広がるのは灰色の岩石。壁も床も天井さえも同色の岩石で形成されてるその階層は天然の洞窟のように感じた。
特徴はルームとルームを繋ぐ通路が長い事。それに加えてこの階層から下へ続く縦穴が見られるようになる事だろうか。
迅速に進まなければ、ルーム内での比較的安全な戦闘というものはそこまで多く望めない。それだけならまだしも通路内で接敵し、挟み撃ちなどされた日にはもう目も当てられない。
「モンスターと出くわさないうちに進んでしまいましょう。この道は一本道なのでガンガン進んでしまって大丈夫です」
「おう」
リリの指示に従って、僕達は前進する。
僕もギルドから公開されている情報は全て頭に叩き込んでいるけど、ダンジョンにいる間はリリに従うのが吉。僕がやる事は周囲の警戒と戦闘。役割は決まっている。
「……それにしてもやっぱり派手だよなこれ」
「『サラマンダー・ウール』のことですか?」
「ああ、着心地は文句ないんだがな」
神経が張り詰めそうなダンジョンの静寂の中、ヴェルフの軽い調子の声が届く。
いつものようにリリがその軽い声に苦言を呈するかと思えば、彼女もあっさりと乗る。
こういった緊張を和らげる会話ができるパーティの利点を思う存分活かすつもりらしい。確かに緊張しすぎも良くないことだし、会話は孤独感を緩和してくれる。
「こんな立派なものが着れる日が来るなんて思いもしていませんでした。ありがとうございます、ベル様。大事にしますね」
「エイナさんからもらったクーポンで割引してもらったものだけどね」
ここで二人分を割引せずに買えたらちょっとかっこいいのかもしれないけど、今の僕に0が五つ以上並ぶ装備品を買いそろえるお金は……ない。
「気になってたんだが、お前のだけ俺達のとは形が違うよな? 防具としてもちゃんと機能するように人の手が入っているというか」
ひらひらと光沢のある赤い生地を揺らしながら、顔だけを僕に向けたヴェルフがそんなことを聞いてくる。
二人が着ているのはローブやケープのように全身を覆う形状のモノ。
対して僕が着ているのは外套。肩から背中にそのまま流れているマントのようなモノ。
「これはある人にもらった物で……返そうと思ってたんだけど、そのまま僕に譲ってくれたから今回も使わせてもらったんだ」
護符としての効果はもちろん、この外套は防具としての効果も高い。
せっかく譲ってもらえたんだから、使わないなんてもったいない。お金も節約できるしね。
「……なあ、後で見せてくれないか? 鍛冶師としてこれをどうやって鍛えたのか興味がある」
「うん、いいよ。でもその前に────」
強化された聴覚がナニカが走ってくる音を、強化された嗅覚が焦げ臭い匂いを感じ取った。
剣を抜いた僕の姿に即座に二人が臨戦態勢を執る。
暗闇に包まれた通路の先、そこから四足獣のモンスターが姿を現した。
「さっそくおでましか」
現れたのは『ヘルハウンド』。
『
そんなモンスターを前に僕は笑みを浮かべて声を張り上げた。
「『中層』初めての
「おう!」
「はい!」
返ってくる頼もしい声に嬉しさを覚えながら、飛び出したヴェルフに続く。
『上層』とはまた違う緊張感を味わいながら、僕達は『中層』を進んでいった。
ベル達が『中層』を進んでいるのとほぼ同時刻。
とある男神と女神が帰ってきた男神について話しているのとほぼ同時刻。
その帰ってきた男神は一人の眷属を連れて、都市の雑踏を歩いていた。
「それで? 彼の近況は?」
「……公式情報では既に12階層を踏破済み。ここしばらく到達階層を増やしていませんでしたが、
「あれ? もしかしてもう『中層』に向かったのかな? いや、アスフィ達が隠し続ける少年なら遅すぎるくらいか」
帽子の下で笑みを浮かべた主神に隣を歩く眷属……アスフィは口を閉ざす。
24階層で起きた事件で自分達の命を救った少年の情報は主神であろうとも話すつもりはないと意思表現するように。
「またクロッゾの一族と直接契約を結んでいるとの情報も入っています」
「へぇ、あの鍛冶貴族と! あれ、オラリオにいたんだ」
その情報には特に興味を見せないヘルメスも続く報告に眉を上げた。
「だからというわけではありませんが……二度の【ランクアップ】はクロッゾが彼と契約する前に密かに打った魔剣のおかげだと、認識している者が増えてきています。契約を結んだのはほんの数日前、その時が初対面同士であると多くの者が証言しているというのに……」
正確にはその報告と不満げな表情を見せるアスフィの姿に。
あのアスフィが随分と気に入ったものだ、と隠し切れない笑みをその報告に対する笑いに隠す。
「ははははっ、運よく、魔剣を当てて、格上のモンスターを倒したから、【ランクアップ】できただって!? ……そんな安い
笑みから一転、切れ長の瞳を細める主神に彼女は口を閉じる。
「まあ、そんなくだらない噂が流れる程度には面白くないんだろうね、その少年の姿は」
「非常に馬鹿馬鹿しいですね」
「……本当に随分と気に入ったもんだなぁ」
大通りを当てもなく歩き、詩人達の調べを祝福し、また歩くヘルメスにアスフィは無言で続く。
歩き続ける主神の表情から悪巧みの色を読み取った彼女はすぐに問いかけた。
「ベル・クラネルに何かなさるつもりなのですか?」
ヘルメスは何も言わない。
突き刺さるほどに鋭い視線を受けながら、歩き続ける。
「随分と関心がお有りの様ですが、彼は我々の恩人です。彼を害することを考えているのであれば……私はともかく、他の団員達の顰蹙を買います。そして私もそのようなことには出来れば関わりたくありません」
「いや、悪いがそれは無理だ。彼に何をするにしてもお前の力は必要になる」
その言葉にピクッと反応し、口を開きかけたアスフィは真剣な眼差しを浮かべているヘルメスを前にその口を再び閉じた。
稀に見る主神のそんな瞳に自分の言葉は通じないとすぐにわかってしまったからだ。
「……なるべく、彼に面倒がかからないようにお願いします」
「ああ、わかってるよ。なるべく気を付けるよ。それにしても命を救われたとはいえアスフィがそこまで気に入る相手か……益々気になるな」
「借りを返したいだけです」
「そういうことにしておこうか。まあとりあえず、ヘスティアに会うのは後回しだ。話をつけなきゃいけない御方がいるからね」
怪訝な表情を浮かべるアスフィにそれ以上何も言わず、ヘルメスは彼女と共にある店まで歩く。
二人が辿り着いたその店はメインストリート沿いに建つ建物の中でも一際大きな造りの酒場。その店の名は『豊穣の女主人』。
カフェテラスを埋める客から視線を浴びながら、ヘルメスとアスフィは店内へ足を踏み入れた。
「いらっしゃいませー!」
「ん? 初めて見る子だね。こんにちは」
「ニョア? ヘルメス様ニャ?」
「やあ、ご無沙汰だねクロエちゃん。再会早々悪いんだけど、ミアを呼んでもらえるかい?」
二人を迎えたのは他の店員よりもずっと幼い可憐な少女店員。
その後ろから現れた既知の店員にヘルメスはにこやかに用件を伝える。
背後で静かに控えているアスフィの姿に少し面倒な予感を感じつつも、神の要件ということもあってすぐに厨房へと下がっていった。
それからしばらく二人が待っていると店の奥から顔を顰めたミアが姿を現した。
「そんな顔は止めてくれよミア。可愛い顔が台無しだぜ」
「次ふざけたこと抜かしたら首を引っこ抜いてこの店の下に埋めるよ。で、こんな昼間から神がアタシに何の用だい」
ふざけているとはいえ敬うべき神を相手に全く物怖じしないその態度にアスフィも含む店の客がそれぞれ頬を痙攣させる。店員達は慣れているのか特に見向きもしない。
ヘルメスもそんな扱いには慣れているのか気にした素振りも見せず、カウンターに肘を置いて飄々とした笑みをその顔に貼り付ける。
「じゃあ早速だけど……フレイヤ様に
シン、と二人の間の時間だけが沈黙する。
変わらず響き続ける客や店員達の声の中で不自然なほどにそこだけ音が消えた。
「…………」
「…………はん」
揺らがない二対の瞳が交わる事、数秒。
これみよがしに鼻を鳴らし、その沈黙をミアが破る。
「神の馬鹿共に顎で使われるのはご免だよ。話をつけたいなら自分で行きな」
そう堂々と言ってのけ、神であるヘルメスの要求を突っぱねたミアはそのまま厨房へと帰っていった。そんな彼女の背中を見送り、ややあって背後のアスフィに作り笑いを浮かべた。
「失敗した、どうしようか?」
「……知りませんよ」
「……ヘルメス様?」
アスフィに呆れたような顔を向けられているとそんなヘルメスに声を掛けてくる一人の店員が。
薄鈍色の髪を揺らし、ミアと入れ替わるように現れたシルはカウンターの前に立っている彼を見て眉を上げていた。
「やあシルちゃん! 相変わらず可愛らしいね! これから時間ある? もしよければ俺とデートでもしないかい? 良質街娘の君にミアに振られて傷ついた俺の心を癒して痛い痛い痛いっアスフィ!? 耳を引っ張るな、俺の腕はそっちには曲がらない!?」
「お騒がせしています」
「あははは……お元気そうでなによりです。それとデートはご遠慮させてもらいます」
残念、とそこまで思ってもいなさそうな声を発しながら捻られた腕と耳を摩るヘルメスとそんな彼をジト目で睨みつけるアスフィ。そんな二人をシルは席に案内しようとする。
だがヘルメスは彼女が案内した席を素通りし、カウンターの隅の席にどっかりと腰を下ろした。
目尻をピクリと揺らし、目を細めた彼女を見て、アスフィは思わず背筋を凍らせる。そんな彼女が口を開きかけたその時、一つの小さな影がヘルメスに近付いた。
「かみさま、ごめんなさい。べつのせきじゃ、だめですか?」
「ノエル?」
「……ん? どうしてだい?」
「そこ、ベルのとくとうせき、だから。ほかのひとに……ううん、今の神様に座ってほしくない」
たどたどしい口調から一転、精霊の子としての姿を垣間見せたノエルにヘルメスとシルが目を見開く。
すぐにその雰囲気は消え去り、申し訳なさそうに視線を彷徨わせる少女に戻った彼女に笑みを浮かべ、神はある少年の特等席の隣へと移動した。
「これでいいかい、小さな店員さん?」
「ごめんなさい……ありがとう!」
そう言ってぱたぱたと走り去った彼女を見送り、ヘルメスはシルと対面する。
二人の顔に浮かんでいるのはぱっと見は穏やかな笑み。
「申し訳ありません、ヘルメス様。普段はあんなことを言う子ではないんですけど……」
「いやいや、気にしてないよ。何かあの子の気に触れるようなことを俺がしてしまったんだろう」
本題はそこじゃないから別に気にしてないよ、という意が込められた笑み。
話すようなことは何もありませんよ、という意が込められた笑み。
そんな探るような笑みが交わり、妙な緊張感が生まれる。
「さて、シルちゃん。せっかく会えたんだからちょっと聞いてもいいかな?」
「はい!
「ふふっ、答えられること、ね。じゃあ聞いてみようかな。さっきあの子の口から名前が出た少年……ベル・クラネルについて知っていることがあったら、教えてくれない?」
その名を口にしたとき、酒場内の空気がわずかに張り詰めたのをアスフィは感じ取った。
悟られないように周囲を見渡すと、特段変わった様子は見受けられない……いや、二人の
「……どうして、そんなことをお聞きになるんですか?」
感情を悟られないような笑みをシルが纏い直す。
うっすらと見えるその薄鈍色の瞳は微動だにせず、神であるヘルメスを見つめている。
「この酒場に彼が入り浸っていると聞いてね。俺も噂の
ここに来たもう一つの目的を明かすヘルメス。
依然、シルは何も言わず、無言を貫いている。
「別に変なことをしようだなんて考えちゃいないさ。その
シルの瞳がヘルメスの背後に佇むアスフィに向けられる。
数秒、彼女を見つめたシルは小さく微笑む。
「今のヘルメス様に、あの人について何も教えたくありません」
親密な少年を守るように、シルは微笑みを浮かべたまま、拒絶する。
「今の俺は信じられないかい?」
その微笑みに肩をすくめ、ヘルメスは無害そうに笑う。
そんな彼に対してシルは微笑みを満面の笑みへ変え、
「はい! 信じられません!」
それはもう清々しいほどにヘルメスを全力で拒絶した。
「いい感じに進めてるんじゃないか、っと」
次々と襲い来るモンスターの群れを退けたヴェルフが一息を吐き、笑う。
周囲にモンスターがいないことを確認したベルも一度剣を拭った。
「油断しちゃだめだよヴェルフ。こういう時にダンジョンは僕達に牙を剥くものだから」
「当然! 油断なんかしねえよ」
軽口を叩きながらも三人は周囲の警戒を怠らない。
たった一秒の遅れが自分達の命を奪うモノだとよく理解しているから。
警戒しつつベルは二人の顔色を窺う。Lv.3となった彼はほとんど疲労を感じていない。だが視線の先の二人は平然としているもののその表情には少しずつ疲労の色が浮かび始めていた。
二人の為にもどこかで
その連鎖は何の前触れもなく繋がり始める。
「……なんでしょうか?」
後衛に入っているリリが顔を上げ、怪訝な顔をする。
優れた視力を持つ瞳の先を二人も見る。そうして目に入ったのはルームを走る他のパーティ。
基本、面倒事を避けるためにダンジョン内のパーティは必要以上の接近はしない。なのだが、目の前を走っているパーティは明らかにベル達を目標にして走って来ていた。
三人の真横を掠めるように通り過ぎていく負傷者を抱えるパーティ。
そんな彼等が通り過ぎていく瞬間、その中の一人、黒髪の少女とベルの目が合った。
その青紫の瞳からは今にも涙が零れ落ちそうで、その瞳には謝意が込められていて────
ベルは弾かれたように振りかえって、二人の名前を叫んだ。
「……っ! ヴェルフ、リリッ!!」
「いけませんっ、押し付けられましたッ!!」
それに気付いたのはリリとほぼ同時だった。
二振りの剣を抜いて、ベルは即座に臨戦態勢。ヴェルフも戸惑いながらも、鬼気迫った少年の顔を見て何も言わず、すぐに大刀を構えていた。
「リリ達は囮にされました! すぐにモンスターの大群がやってきます!」
「ヴェルフ! 右手の通路に退却っ、急いで! リリ、僕が殿に入る!」
悲鳴に似た声を上げた彼女の言う通り、次の瞬間、モンスターの大群がルームに姿を見せた。
ここまで交戦してきたモンスターの群れとは文字通り桁が違うその数に彼等の背筋が凍り付く。
指示通り、すぐ近くの通路へ二人が入ったのを確認し、ベルは炎雷を連射。モンスターの足が止まったのかも確認せず、すぐに二人の後を追う。
始めは人一人が通れる程度の狭さの通路が徐々に開けていく。そして、大きく開けた瞬間、背後から焼き切れなかったモンスターの咆哮が響き渡った。
いつの間にか追い付いてしまった二人の後ろでベルは背後を視認。迫ってくるモンスター達の方が速い。このままでは間違いなく追い付かれる。
それに追い打ちをかけるように────
「っ、ベルッ! 前にもモンスターが!」
他のルームに入った瞬間、別のモンスターの群れとも遭遇。
挟み撃ちはまずい。挟み撃ち、囲まれることだけは避けなければいけない。
「足を止めないで! 前を強引に突破する! 二人とも、僕が穴を作ったら全力で進んで!」
背後から迫る大群の圧を感じながら、少年は恐れず左手を前に突き出し、炎雷を再び連射。
不規則な軌道を描く炎雷が一点に集中。モンスターで作られた壁に穴を穿つ。
少年は突破口を作ったはずだった。だが、そのままその穴へと進むはずだった二人の足が不自然なほどに急制動する。
「ダメですベル様! もう寄られています!」
生み出した風穴の先に見えた光景に三人は思わず言葉を失う。
見えたのはその穴を埋めるように補充されていくモンスター。そしてその先にあったはずの通路から溢れ出てくるモンスターの大群。
「こいつらの声で寄られたか……流石中層だな……!」
逃亡劇の始まりからほんの十数分しか経っていない筈なのにもう何日もダンジョンにいるかのような疲労が彼等の中から顔を出し始めていた。
笑みは引き攣り、掠れた声が漏れる。警戒していたはずなのに一度の大崩れから立て直すことが出来ない『中層』に余裕が失われていくのをベルは感じとってしまう。
「……リリ、ヴェルフ、僕から絶対に離れないで。魔法で一掃する」
完全に穴がなくなったモンスターの包囲網にベルは詠唱を始めることを決めた。
幸いにもここは見通しの悪い通路ではなく、ある程度の広さがあるルーム。たとえ全力で魔法を撃っても完全に崩落はしない筈だ。
そう考え、これ以上崩れる前に詠唱に取り掛かる……そんな少年をダンジョンは嘲笑うかのように────
「……!!?」
ビキリ、と。
不吉な前兆を告げる音を響かせた。
その音源にすぐさま頭上を見上げる。そして、彼等はそれに気付いてしまった。
「天井、が……」
ベルの視線の先にある岩石の天井。そこにはまるで蜘蛛の巣が張られたように何条もの亀裂が刻まれていた。その範囲はルーム全体。あまりにも広すぎるその範囲が意味するものは────
『キィアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
盛大な破砕音を響かせ、天井から何十ものモンスター────夥しい数の『バッドバット』がダンジョン全域に進軍を開始した。
そして、さらにダンジョンの攻撃が加速する。蝙蝠に制限された視界の中、モンスターが産まれ落ちた天井が一斉に崩落、殺人的な岩雨が三人に降り注いだ。
「────ッッ!!」
その理不尽の前に三人は誰も他の仲間を気に掛けることなどできなかった。
回避、回避、迎撃、迎撃、回避、迎撃……ダンジョンが上げるその怒号を切り抜けようと必死にもがき続けた。
「ぐっ……」
ようやく土砂の雨が終わりを迎える。
その崩落によってダンジョン内に濃厚な土煙が充満していた。一寸先は闇とまでは言わないが、冒険者である彼等から視界を奪うには十分すぎる濃さだ。
(クソ……がっ……)
その中で土砂の中からヴェルフが必死に上へ這い上がる。
切れた額から流れ続ける血を拭った彼は他の二人を探すために立ち上がった。
そしてすぐ近くに倒れているリリの姿を見つける。
「リリスケっ、無事か!?」
「う、ぐ……なんと、か」
痛む身体に鞭を打ってサポーターの少女を救出したヴェルフは周囲を見渡す。
ベルの姿は見当たらない。だが自分が契約したあの少年があの程度で死ぬはずがないと確信している彼は必死にその姿を探した。
立ち込めていた砂塵が晴れ、視界が回復していく中。
二人は少し離れた岩の上で、紅い瞳を持つ黒い影がこちらを視ていることに気が付いた。
ヘルハウンドの群れ。
リリとヴェルフは掠れた声すら出ないほど、完璧に声を失った。
口内が膨れ上がり、赤熱。口の端から白煙が漏れ出る。
『
(いけない……!)
(間に合わねぇ……!)
二人の顔が赤く染まった。
襲い来る業火に二人の顔が絶望に染まる。
「────【ヴィア・シルヘイム】!!」
死が目の前まで迫ったその瞬間、二人の前にベルが割り込んだ。
発動された結界が業火を完全に遮断。罅一つ生まれない結界の中で二人の無事を確認したベルは結界を飛び出し、炎を放ち続けるヘルハウンドの群れを全て斬り飛ばした。
「ヴェルフ! リリ! 大丈夫!?」
土に汚れながらも無傷のベルにリリは思わず抱き着き、ヴェルフは唖然と見つめる。
死んでいないと確信はしていた。だが、まさかあの瓦礫の雨を全くの無傷で切り抜けるなど思いもしていなかったのだ。
「……本当に規格外だな、お前は」
思わず漏れたヴェルフの言葉にベルは苦笑を浮かべた。
「本当に僕が規格外だったら二人を守れてたよ。そもそもこんな状況にもならなかったかな?」
崩落のおかげでモンスターの大群は姿を消していた。
押し潰されたか逃げおおせたのか。どちらにせよ、今、この場にいるのはベル達だけだ。
死があと一歩まで迫っていた修羅場、それを切り抜けたせいかほんの一瞬、三人の間の空気が弛緩する。その油断を彼等を殺しきれなかったダンジョンは待ち構えていた。
「とりあえず移動しよう。これからの話はそこで────」
ビキリ、と再び走る亀裂の音。
三人は弾かれたように天井と壁の全域を見渡す。だが、どこにも亀裂は走っていない。
しかし、今もその破砕音は響いている。何度も何度も、どこかへ亀裂を繋げるように。
「この音はどこから…………っ、まさか!?」
気付いた時にはもう遅い。
ベルは足元、崩落した岩石で埋まった地面を見る。岩石の隙間から見える本当の地面、そこに走っている亀裂を見た時、なりふり構わずベルは二人を抱きしめた。
次の瞬間、ルームに存在する
「ふざけろッ!?」
「こんなのっ、ありえない!?」
「クソ……!」
ろくな抵抗も出来ず、三人は産まれた大穴へと落下していく。
大穴の先を埋め尽くす闇が岩雨と共に彼等を迎え入れた。
数分後、ベル達がいたルームは何事もなかったかのように修復されていく。
完全に修復されたそこに、彼等の姿はどこにもなかった。
ここまで見ていただきありがとうございました。
良ければ感想や評価など頂けると励みになります。