場所は地上にある【ミアハ・ファミリア】の
そこにヘスティアはいた。その表情は固く、普段の明るさは鳴りを潜めている。その理由は一つ、ダンジョン探索に向かったベル達が帰還していないからだ。
その異変に気付いたヘスティアはミアハ達の教えの元、ベルの担当アドバイザーを通して、
この場に集まってくれたのは行方不明のベルとリリルカの主神であるヘスティアとヴェルフの主神であるヘファイストス、ホームの持ち主であるミアハとその眷属のナァーザ。
そして、頭髪を角髪にした男神タケミカヅチとその眷属……ベル達に
「すまん……ヘスティア。お前の子が帰ってきていないのは、俺達に原因があるかもしれん」
時刻は夕方。既知の神であるタケミカヅチの前でヘスティアは腕を組み、目を瞑っている。
懺悔するように俯いている命達の方からは夕陽が逆光となり、彼女の表情は見えない。
『
特に子を持って日が浅いヘスティアがそれを行なった彼女達を糾弾する可能性は十分あった。
審判を待つ命達の前で彼女は閉じていた青みのかかった瞳を開き、その沈黙を破る。
「もしもベル君達が帰ってこなかったら君達を死ぬほど恨む。けれど憎みはしない。約束する」
顔を上げた命達を毅然とした眼差しで見つめ、ヘスティアは彼女達を許した。
そうして許したうえで、彼女は懇願する。
「今は、どうかボクに力を貸してくれないかい?」
「────仰せのままに」
眷属を陥れた自分達に慈悲深く許しを与えてくれたヘスティアの懇願に応えようと彼女達は一糸乱れぬ動きで膝をつき、彼女に頭を垂れる。
その在り方に神々は目を細める、笑みを送るといった反応を見せていた。
「では話を先に進めよう。時間が惜しい」
彼女達の行いの清算を終わらせ、すぐに捜索隊の編成に取り掛かる。だが、それが難航。
ミアハの眷属であるナァーザはダンジョンへトラウマを抱えており、参戦は不可能。
頼みの綱であったヘファイストスの腕利きの眷属は全て『遠征』に出ており、今残っている眷属達では中層に向かわせるには心許ない。
残るはタケミカヅチの眷属だけなのだが、中層のモンスターと渡り合えるのは桜花と命のみ。捜索の命である『速さ』を生み出すには絶望的なまでに人手が足りない。
動けるのは二人という状況にヘスティア達が唸っていると、
「────オレも協力するよ、ヘスティア!」
ホームの扉が勢いよく開かれ、優男の神が現れた。
「ヘルメス!? 何しに来た!」
声を上げたタケミカヅチを軽くあしらった神、ヘルメスは目を見開くミアハ達の前を通り、颯爽と店の真ん中を突っ切る。その後ろをアスフィが静かに続いた。
「やっ、久しいねヘスティア」
「……何の用だい? ヘルメス。ボク達は今忙しいんだけど」
他の神同様、警戒したような顔でヘスティアはヘルメスを見る。
そんな旧友達に彼は口角を上げ、一枚の羊皮紙を取り出した。
「困っているんだろう?」
「……!」
ひらひらとヘスティアが発注した
「なんで、今更になってヘスティアを助けようとするんだ? 言え、ヘルメス」
「貴方、この子が下界に降りてから一度も会っていないわよね? どういう心変わりかしら? 言いなさい、ヘルメス」
「まさか
「おいおい、随分と辛辣だなぁみんな! もう少し優しくしてくれないと泣いちゃうぜ?」
厳しい視線、言葉を向けてくる三神に嘆息しながらも、芝居がかったようにヘルメスは振る舞う。ふざけた様子の彼の姿に嘆息しかけたところで、その表情が変わった。
「ヘスティアに協力したいというのは本当さ。ヘスティアの子が気になっているというのもあるけど、俺の子供達がヘスティアの子に命を救われたみたいでね。主神としてその恩を返したいんだ」
裏があることは他の神もわかってはいる。だがその表にあるベルを助けたいという思いもまた本心なのだと確信を持てる。
道化の姿を消し、真面目な顔で懇願してくる彼にヘスティアは折れた。元々断れる理由もなかったということもあったが。
「わかった。お願いするよ、ヘルメス」
「ああ、任されたよ!」
ヘルメスの眷属が捜索隊に加わるという話になり、会議は終わる……はずだった。
準備が出来次第、出発だとヘファイストス達が話しているその裏でアスフィはヘルメスの悪巧みに気が付き、語られたその内容に頭を痛める。
彼が語った内容とは、神である自分も捜索隊に加わってダンジョンに潜るというモノだ。
禁則事項を平気で犯そうとする主神に頬をひくつかせていると、さらにアスフィの頭に追撃が入る言葉が。
「ボクも連れてけ、ヘルメス」
その言葉を放ったのはベル達の主神であるヘスティア。
有無を言わせぬその瞳と唸る
女神の参戦をミアハ達は止めることもせず、それぞれ餞別を渡していく。その輪の外で自分の眷属がどう進んでいくのかを目を回しながら考えているのを横目に、ヘルメスはポツリと呟いた。
「もう一人、助っ人を連れてくるか」
時を大きく遡り、およそ一日前。
モンスターの気配がない薄暗い通路に三人の足音が響いていた。
壁から発生する謎の燐光に照らされながら、ベル達は『中層』を進んでいく。
「……まだ歩けそう?」
「おう……」
「はい……大丈夫です」
砂埃で汚れた相貌で振り向いたベルは自分の後ろを並んで歩く二人の状態を確認する。
息は上がり、大粒の汗を流し、疲労がその顔に色濃く浮かんでいるものの命に関わるような状態ではない。ならば、とベルは足を止めることなく進み続ける。ここも安全ではないのだから。
だが代償は大きい。
リリが装備していたバックパックはその一部を大きく破損してしまい、多くの
ベルとリリ、二人の体は大きく傷つくことはなかったが、ヴェルフが崩落による岩石に足を潰されてしまっていた。その重傷は彼自身、自らの生存を諦めてしまうほどに酷いものだった。
「ヴェルフ様、足は傷みませんか?」
「少し痛むが、多少気になる程度だ。問題ない」
そんな状況でパーティが絶望しなかったのは、ベルがいたから。当初、話していた通りにすぐに回復魔法を行使した少年はヴェルフの足を中心に三人が負っていた傷を治癒。疲労や痛みは完全には取り除けず、失った血液も取り戻せはしないが、希望が戻るのにはそれで十分だった。
「……行き止まり」
先頭を歩いていたベルの足が止まる。
目の前にある灰色の岩壁に触れ、完全な行き止まりであることを確認し、振り向く。
何度目かわからないその行き止まりは彼等がダンジョンで迷ってしまったという証拠。希望が戻ったとはいえ、その事実は彼等の心を大きく蝕んでいく。
「……一度、落ち着きましょう」
心を蝕んでいく闇を食い止めたのは三人の中でもっとも小さく、もっとも弱い少女の声。
冷静であろうとする彼女に二人は頷き、促されるままにダンジョンの地面に座り込んだ。その際にダンジョンの壁を壊しておくことも忘れない。
「まずは装備と
「俺は何も残っちゃいない」
「僕はまだ、レッグホルスターに
リリが取り出した水筒に入った水を全員で回し飲む。
疲労が濃い二人を優先して、ベルは口に含む程度でとどめる。
「次に武器ですが、リリは先ほどの落下と崩落でボウガンを失いました。ヴェルフ様の大刀は無事で……ベル様はどんな感じでしょうか」
「《神様の剣》と《牛魔王》は無事だよ。ただ投げナイフが全部使い物にならなくなったのと籠手とヴェルフにもらった
腰に佩いた黒剣の柄に手をやり、警戒するベルが答える。
壁を破壊したとはいえ、そこは迷宮の袋小路。歩いてきた通路の奥からモンスターが押し寄せてくる可能性は十分にある。一瞬でも接近に気付くことが遅れることは許されない。
「はっきり言います。状況は最悪です。武器も装備も限られ、リリとヴェルフ様に至っては疲労に侵された状態です。そんな状態のリリ達とベル様でこの状況をどうやって生き残るのか……」
二人の視線を集めながら、リリは一度俯く。
そして覚悟の込められた瞳でベルとヴェルフのことを見据えた。
「いいですか、ベル様、ヴェルフ様。これから話すことの大前提の情報として一つ、お話しします。リリ達が今いる階層は14階層ではなく
あくまで彼女の主観ということにはなるが、確信を持っていそうなその声音にヴェルフは絶句する。ベルはぐっと息を呑み、リリの言葉を止めようとする声を抑えた。
「落下の時間、通路の幅や岩の質からほぼ間違いないかと。この予想が当たっていれば、ベル様がいたとしても今のリリ達が無事に地上へ帰ることは出来ません」
そこでリリはベルのみをその瞳で捉える。
自分達をここに置いていけば貴方だけでも生き残ることが出来る、と訴えてくるその瞳にベルは勢いよく首を振った。
「リリ、犠牲はいらない。僕達全員が生き残れる可能性が高い方法を教えて」
「……ベル様はそう言うでしょうね。そう言ってくれると思っていました。ではここからが本題です。14階層ならまだしも15階層から地上への帰還は絶望的。そこで一つ、提案します」
その提案を聞いた時、ヴェルフは目を見開き、ベルはかすかに笑みを浮かべた。
「上の階層へ進むのを諦め、下の階層……18階層にある
「……正気か? この道もわからないような状況でさらに下へだと?」
「道がわからないからこそ、です。中層に数え切れないほど点在する縦穴を一つでも発見できれば、それを利用して一足飛びで移動できます。その方がたった一つの
正気の沙汰を疑いたくなるその提案。
絶体絶命とはいえ、生還するためにさらなる危険地帯に身を投じるという判断をする彼女の姿にベルは畏怖と称賛を込めて確かな笑みを浮かべた。
「最大の懸念である階層主は遠征の邪魔になるため、【ロキ・ファミリア】が討伐していると考えていいでしょう。
「それなら……行ける、のか?」
「……あくまで選択肢の一つを提示しただけです。素直に上の階層を目指していれば、運良く他のパーティと遭遇することもあるかもしれません。ですが、迷ったまま、もう一度
その先は言うまでもない。全滅、もしくはリリとヴェルフの死だ。
今の状態の中層で生き残れる可能性が高いのは上か下か。それを選ぶのはベルだ。
リリの話を聞き終えたベルは二人の顔を見る。パーティの命運……いや、二人の命運を左右することになる選択肢を自分ではない他者に委ねているというのに二人は笑っていた。
それは信頼と絆の笑み。どんな選択をしようと自分達はベルについていくという覚悟。
「進もう」
それに応え、ベルは『下』を選んだ。
二人の信頼と覚悟から逃げず、パーティリーダーという責任から逃れず、『幸運』に身を委ねず、自分達の手で道を切り開いていくという選択を取った。
そう決断をしたベルに二人も頷く。
そして、命懸けの決死行が始まりを告げた。
『────『疾風のリオン』の力を貸してほしい』
そう、とある神に依頼を受けたのはほんの数時間前。
酒場の友と『娘』の懇願を受け、その依頼に挑もうとするリューは宵闇に染まった迷宮都市を歩いていた。
向かう先は摩天楼施設、西の門の前。集合時間に間に合うよう駆け足で進む。
「……誰だ?」
あと少しで集合場所に辿り着く、そんな時だった。
建物と建物の間から一つの影がリューに歩み寄る。
腰の木刀に手をやり、警戒する彼女は影から姿を現したその女性に目を見開いた。
「こんな夜更けにどこへ向かっているのですか?」
「……輝夜?」
姿を見せたのは極東の着物に身を包んだ黒髪の美女。
ニコニコと笑みを纏い、ただ立っているだけだというのにその姿からは気品が感じ取れる。
だが彼女の本性をよく知るリューは先ほどとは種類の違う警戒を纏った。
「買い出しとは違うでしょうし、ダンジョンに向かおうとしているのでしょうか?」
「……貴女には関係のないことだ」
着物の袖で口元を隠す彼女の横を抜け、関わらないようにリューは歩く。
その後ろを輝夜はついてきていた。
「何故、ついてくる」
「いえいえ、あの堅物のエルフ様がどのような男へ夜這いを仕掛けるのか気になりまして」
「よばっ!? 私がそんなことをすると思っているのか!?」
「こんな夜に、酒場の仕事があるはずの貴女が、こそこそ隠れながら、私に詮索をされないように急いで歩いている……『つーあうと』というところでしょうか」
「何を訳の分からないことを……!」
「別についていって困ることがないのでしたら、ついていっても構わないでしょう? 疚しいことがあるのならばすぐに撤退して団長に伝えに行きますが……」
「……もういい」
袖の下でニヤニヤと笑う輝夜をかわすことを諦めたリューは彼女と共に集合場所へと急ぐ。
集合場所に唯一いる集団に歩み寄ると、髪を二つ結びにした少女がリュー達に振り向いた。
「君は……」
「彼女は助っ人だよ。っと、一人だけのはずだったんだが……」
一人の女神はリューの姿に、帽子を被る男神はもう一人の姿に怪訝な顔をする。
輝夜について説明しようとリューが口を開いたところで、もう一人の神、タケミカヅチが輝夜に近付いた。
「輝夜、来てくれたのか!」
「ええ、他ならぬタケミカヅチ様の頼みですから……それに同郷、オラリオでの私の弟子と言える彼等が貴方様の神友である女神に迷惑をかけたようですからね」
感謝を告げるタケミカヅチに対して笑顔を浮かべていた輝夜がその顔を彼の眷属達へ向ける。
その薄く開いた笑っていない瞳に射抜かれた彼等はわかりやすく全身を固めた。
「貴女も……他の神に依頼を受けていたのですか?」
「ええ。本当はあの方の願いとはいえ断るつもりだったのですが……捜索するパーティに団長が話していた少年がいると聞いて……少しだが、興味が湧いた」
一瞬見えた猫被りをやめた輝夜のその顔にリューは顔を顰めた。
戦力としては申し分のない実力を持っているのはよく知ってはいるが、本来の性格で少年に接触されるのは間違いなく彼に悪い影響が出る。
だが今は一刻を争う事態。神が誘ったという事もあり、リューは渋々彼女の同行を了承した。
「え、ええっと……君達は味方ってことでいいのかい?」
「ああ、とんでもなく心強い助っ人だよ。まさか彼女も来てくれるとは……どんな誘い方をしたんだい、タケミカヅチ?」
「ダメ元で頼んだだけだ。断られていたら本気の土下座を見せていただろうがな」
「ああ、うん」
本気で驚いていたヘルメスだったが、タケミカヅチの言葉に乾いた笑みを浮かべる。
それ以上の冒険者の参加がないことを全員に確認し、ヘスティアが号令をかけた。
ベル達を救出するため、ヘスティア一行は広大な地下迷宮へと侵入した。
中層の湿った空気が彼等の頬を撫でる。
気持ちの悪い生温かさを持つその空気に嫌悪感を覚えながら、ベル達は中層を進んでいた。
後方の警戒をリリとヴェルフの二人に任せ、一人で前衛と全ての戦闘を引き受けるベルはただひたすら前進する。だが、未だ下へと続く縦穴は一つも見つかっていない。
方針を決めてからかなりの時間が経っても見つからないという事態に焦りを覚えながらも、彼等はとにかく平静でいることを心掛けた。
薄闇に包まれる迷宮、どこから襲われるかわからないそんな状況でも、彼等は時々顔を合わせ、
「……リリスケ……ぅ、この臭いはどうにかならないのか……!」
「我慢してくださいリリが一番この悪臭に悩まされているのですから」
そんな折、ベルの背後の二人がそんなことを話す。
涙を溜めながら、鼻をつまむヴェルフにリリは感情の消えた声で言い返した。
その臭いとは現在、彼女が首にかけている袋から発生している異臭の事だ。前にいるベルでさえ、思わず吐きそうになってしまうほどの悪臭を近くで嗅いでいる二人の心労は計り知れない。
「リリ達にもこの臭いは有害ですが、モンスターにとっては有害どころではなく毒そのものです。これがなければもう何度
「いや、それはダメだ……悪かった」
「……いえ、リリも少し余裕がなかったです」
現在の隊列は前衛にベルが一人、後衛にリリとヴェルフの二人が入る歪な隊列。
まだモンスターと遭遇していないが、戦闘となれば前衛が一人でほとんどのモンスターを相手取るその隊列を組ませたのは反対する二人を押し切ったベルだった。
状況を考えればそれが最善だった、と後にリリは語る。もうあんな隊列は組ませないとも。
「……リリ、ヴェルフ」
二人の諍いが終わったその直後、ベルは黒剣を抜いた。
一瞬で張り詰める空気。彼等の視線の先、およそ三〇Mの所に複数の紅い眼光が浮かんでいた。
「クソ……急がないと……!」
「待て、ベル。ここは俺に任せろ」
焦燥を浮かべたベルの背後、ヴェルフが右手を突き出していた。
彼の右手に集まる魔力に嫌な予感を覚えた少年は即座に射線を通す。
「【燃え尽きろ、外法の業】」
その魔力通り、紡がれる超短文詠唱。
突き出された掌底からゆらりと陽炎が走った。
空間を駆け抜けた陽炎は瞬く間に全てのヘルハウンドを包み込み、そして。
「【ウィル・オ・ウィスプ】!」
次の瞬間、三つの
爆炎が晴れたそこには内側から爆発した黒焦げのヘルハウンドが倒れ伏していた。
「成功、したか」
「今のって、ヴェルフの魔法?」
「おう……やっと見せることができたな」
ヴェルフの魔法の特性────
魔力を火種に炸裂する
「モンスター相手には初めてだったが……通用するなら少しは役に立てそうだな」
ただ運ばれるだけの荷物にならないことを嬉しく思っていそうな笑み。
一種類とはいえ、特に厄介な遠距離から仕掛けてくるヘルハウンドをこちらもまた遠距離で潰すことが出来る魔法は非常に心強い。
「魔力に反応する魔法…………ねぇヴェルフ、もしかしなくてもこれって
「そうだな。派閥の連中に頼んで試してみたが、見事に爆発したからな」
「……射線に入らないように気を付けないと」
三人で話し合い、余程の事が起きてしまった以外では前衛で戦うベルの指示がない限り、その魔法の使用を一旦止めることにした。
うっかり射線に入り、ベルが纏っている
その決め事を頭に入れておきながら、彼等はさらに先を進む。
遠距離から仕掛けてくるヘルハウンドの火炎攻撃にはヴェルフの魔法を、臭い袋があってもなお近付いてくるモンスターはベルの速攻で仕留める。
「ヴェルフ、これ飲んでおいて」
「おう。 ……ん、なんだこれ?」
「
「へぇ、いいなこれ。ここから帰ったら紹介してくれよ」
「もちろんだよ。きっとミアハ様達も喜んでくれる」
「もうないとは思いますが、ぼったくられないように注意してくださいね?」
先ほどに比べると会話が増え始め、良い方向に変わり始めた彼等の雰囲気。
張り詰めた空気が弛緩し、余裕が生まれ始めた彼等の中には確かな希望が見える。
その希望をもう二度と失わないよう、ひたすら前へ前へ足を止めずに迷宮を進んでいく。
「あった……」
そして希望が生まれた彼等を祝福するように、ようやく目の前に縦穴が現れる。
深さは十分。ここを飛び降りればそこは16階層だ。底の見えない穴に目が眩みながら、彼等は視線を交わして頷き合う。
最後に防護魔法をかけ直し、息を軽く吸い込んだ彼等は一斉に縦穴へと飛び降りた。
現在位置、ダンジョン13階層。
ベル達を救出するべく出発した捜索隊は当初の想定を遥かに超える進行速度を以て、ダンジョンを進んでいた。その進行速度は二人の第一級冒険者の活躍によるものだ。
覆面の冒険者は旋風のような速度を以て、着物の冒険者は正確無比な斬撃を以て、周囲に現れるモンスターを蹂躙し、撃退する。
「おや、腕が落ちたのではないですか? 技に冴えがありませんね」
「無駄口を叩くな、輝夜。速度を競っている場合ではない」
それも会話をするような余裕を持ちながらだ。
『上層』、『中層』程度のモンスターで彼女達を食い止めることなどできるわけがなかった。
「この調子なら後衛も私一人で十分そうですね。彼女達が戦ってくれるのなら楽でいいですね」
後衛にはいる彼女もまたリュー、輝夜の二人に劣るとはいえ実力者。
数々の
その三人の姿を見て、【タケミカヅチ・ファミリア】の面々は置き去りとなっていた。
「いい加減説明してくれないかい、ヘルメス」
方針を13階層のみではなく18階層までの捜索へと決めた捜索隊がダンジョンを進む中、ヘスティアは静かに問いを発した。
パーティの陣形は神々を中心に組んでいる。四方を囲まれるその場でその問いから逃れる方法はない。適当にはぐらかされないよう、その瞳をじっと見つめ、彼女は返答を待った。
「……言ったじゃないかヘスティア!
「そういうのはもういい。君がちゃんと話してくれないなら、ベル君を助けられてもボクは君とあの子を絶対に会わせない。ちゃんと話してくれ」
白を切ろうとするヘルメスの言葉を遮り、真剣な声音で逃げ道を塞ぐ。
ふざけた笑みを浮かべていた彼も観念したのか、表情を真面目なものに変えた。
「わかったよヘスティア。そもそもだが、俺が今回の旅をさっさと終わらせたのはある頼み事をされたからなんだ」
「……頼み事? それがベル君と何の関係が……」
「ある人物からの頼み事の内容は、ベル君の様子を見て来てほしい、というものだった」
その内容をヘスティア以外の人物に聞かれないよう、声を抑えてヘルメスは打ち明ける。
「そのある人物っていうのは?」
「ベル君の
その言葉に真っ先に頭に思い浮かんだ人物をヘスティアは悟られないよう、片隅に追いやる。
その人物は現在『遠征』の真っ最中。加えて都市内の人物であることからまずありえない。
次に思い浮かんだのはベルが話してくれた祖父の話。
ただその祖父も少年の話をなぞるのならばもっとありえない。
「ベル君の祖父は、亡くなったんじゃないかい?」
「のっぴきならない事情があったらしくてね。愛する孫にも何も言えないまま、死を偽装することしかできなかったんだってさ」
それを聞いたヘスティアは眉を顰める。
「ハッ、自分が死んだって嘘をついて、
神として、ではなく少年の家族として、今出せる最大の怒りを見せるヘスティアの姿にヘルメスは一筋の汗を流す。
彼女からしたらどんな事情があるにせよ、家族を求めている少年に嘘をついて消えたその存在は許せるようなものではない。
「……ともかくベル君と生き別れた後、隠居生活みたいなものをしてたらしくてね。そこでベル君の話を聞いて、育ての親は色々と気になった。だが自分は未だ動けない。そこで俺に白羽の矢が立ったというわけさ。オラリオを自由に行き来できるオレにね」
「つまりその育ての親は君を顎で使える人……いや、神というわけか」
その依頼者を探ろうとヘスティアは一つカマをかける。
だが、多くのくせ者の神を相手取っているヘルメスでは相手が悪かった。
「おっと、依頼者の詮索はNGだぜ。ま、勘違いしてくれるのなら楽でいいんだけどね」
カマかけも失敗し、最後にイラァ、とさせられたが、ヘルメスが語った言葉に嘘はない。
あくまでベルを救う上では害はないと判断し、ヘスティアはそれ以上の詮索をやめた。
「君の事情はわかったよ。でも解せないことがある。なんでわざわざこんな危険なところまで足を運んだんだい? 様子を見るだけだったら捜索隊を地上で待っているだけでもいいじゃないか。神は足手纏いにしかならないわけだしさ」
君の神意がわからない、とヘスティアは幼いながらも整った相貌でヘルメスを見上げる。
その問いに彼は少し考え込み、口元に微笑を浮かべた。
「オレ自身もベル君に興味がある。ヘスティア、俺はね、自分の目で見極めたいんだ」
一度、その橙黄色の瞳を閉じ、すぐに大きく見開く。
普段の優男の表情ではなく、この下界の救いを願う神としての表情を纏い、神は呟いた。
「
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