それは唐突に訪れた。
いつか必ず来る訪れに覚悟していたとはいえ空気が張り詰める。
「臭い袋が、なくなりました……!」
震えを必死に抑える、リリの緊迫した声音。
場所は16階層、その通路の一角。次の縦穴を探すために歩き続けていた彼等は足を止めざるをえなかった。
鼻を貫くとてつもない異臭。それがなくなった途端、ヴェルフ達の胸中に生まれたのは安堵ではなく恐怖だった。その悪臭と入れ替わるようにとてつもない殺意が全身を貫く。
その殺意の発生源は目の前の闇。まるでその異臭が彼等の傍から離れるのを待っていたように、その奥に存在するモノが自身の所在を示すように地響きを轟かせる。
(なんだ……なんだ、これ……こんなの、知らねぇ……!)
汗は流れなかった。発生した途端、蒸発したかのように。
地響きが近付く。闇の中から彼が見たことのない理不尽が姿を現した。
「ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
雄々しいその角を誇示し、『ミノタウロス』は彼等に向けて強烈な『
それだけで歯を食い縛って抗戦しようとしていたヴェルフとリリが折れる。
意志を、戦意を、気力を、本能をへし折られ、膝から崩れ落ちる。
心と体を『恐怖』に縛り付けられ、指の一本も彼等の言う事を聞かない。
「オオオオオオオオオオオオオオオッ!」
そんな彼等に間髪入れず、ミノタウロスが駆け出した。
自身に屈した獲物を狩ろうと、手に持った大石斧を振り上げ、迫る。
二人の頭に己の最期が過ぎる、その時だった。
「大丈夫」
堂々と自分達の前に立ったベルが振り返り、笑みを浮かべた。
恐ろしい速度で迫るミノタウロスに対し、少年は剣を抜く。剣が放つ紫紺の輝きが膝をつくヴェルフの瞳に焼き付いた。
断頭台が如き、大石斧に向けて剣を一閃。
軽い音と共に鮮やかなまでに切断された大石斧が宙を舞う。その残骸が地面に沈み、それに呼応するに不自然に固まったミノタウロスの体がズレた。
一太刀で
「…………!」
そんな彼の視線の先、先ほど倒されたミノタウロスが現れた闇の中から再びミノタウロスが。それも一体ではなく三体。
先ほどの比ではない圧を以て、押し寄せてくる複数の吠声。だが不思議と、ヴェルフは恐怖を覚えていなかった。
「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け。閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の厳冬────我が名はアールヴ】」
翡翠色の
やがて、歌を紡ぎ終えた少年はその黒剣を三体のミノタウロスへ向ける。
「【ウィン・フィンブルヴェトル】!」
放たれた三条の極寒の吹雪が三体のミノタウロスを飲み込む。。
周囲の床や天井、岩壁を凍り付かせ、吹雪は止む。そこに残るのは三体の氷像のみだった。
もうどこにも生きている敵の姿はない。
「……大丈夫?」
ほんの数十秒。それがこの戦闘にかかった時間。
圧倒的な実力を示したベルの姿に二人は言葉を失っていた。
自分達の無事を確認する少年の声になんとか復帰したものの、まだ衝撃が抜け切らない。
「リリ、ヴェルフ、大丈夫だよ。臭い袋がなくなったって、大丈夫」
その反応を恐怖から来るものと思ったのか、少年は笑みを浮かべて二人を見遣る。
安心させるように、恐怖に囚われないように、希望を失わせないように。
「まだ僕がいる。僕が二人を守るよ」
少年は英雄のように笑い、ヴェルフ達を励ます。
怯えはない。不安もない。絶望も感じられない。
自分達にもう一度希望を思い出させてくれるその笑みの中に、Lv.3の少年が神々から未完とはいえ『英雄』と呼ばれる一端をヴェルフ達は見たような気がした。
「歩けるようになったら、進もう」
立ち上がり、周囲を警戒しながら前を向くベル。
その少年の背中は、自分達よりもずっと大きく感じた。
(絶対に、死なせない……)
二人の前を歩くベルに全く余裕はなかった。
時折、下へ向かうという選択は間違っていたのではないか、地上への帰還を目指すべきだったのでは、という後悔に似た感情が心を蝕む。だがそんな感情も火種に変える。
上ではなく下へ向かうという選択を取った責任と自分が取り乱したら終わりという事実、自分の選択を信じてくれた二人を必ず無事に帰還させるという強い意志であるはずのない余裕を彼等の前でだけ取り繕っていた。
体力的に余裕はあれど、未熟な心に張り詰めている緊張の糸はいつ切れてもおかしくない。
「リリ、ヴェルフ、これ、二人で飲んで。そろそろまたきつくなってくるだろうから」
二人の顔を見て、千切れかけている緊張の糸を紡ぎ直す。
二人の疲労が限界まで来ていることが目に見えてわかる。だが
時間はもう残されていなかった。
「! ベル様、あそこに……!」
そんな中、天の助けかのように、それは突然現れた。
リリが指を差したその先、たった今、ダンジョンが縦穴を産み出していたのだ。
その絶好な機会を逃すわけには行かない。
「行こう、二人とも!」
ダンジョンの悪辣さをこの決死行でよく知った彼等は目の前であっという間に修復されないことを祈りつつ、渾身の力でダンジョンを駆ける。
先頭を走るベルがモンスターの出現、ダンジョンギミックの兆候がないことを確認し、安全を確保したところでヴェルフ達は縦穴の前に辿り着いた。そして、一息に飛び降りる。
「──ぐっ!」
「──あぅ!」
「──っつ!」
運悪く着地した場所に岩が転がっており、着地に失敗してしまったが、すぐに立ち上がる。
この事態そのものがダンジョンの罠だと確信に近いものを持ちながら、ベルは辺りを見回すが、何も見当たらない。
「ここは……『嘆きの大壁』……?」
起き上がったリリが痛みと疲労からか朦朧とした様子で壁を見て、呟いた。
それに釣られて、ベルも彼女の方を見る。
そして、自分達が立っている場所が広大で、長大な大空間だという事に気付く。その奥に18階層へと続く洞窟が続いているという事にも。
「階層主は……まだいないみたいだな」
「モンスターもどこにも……ようやく、運が回ってきた……というところでしょうか」
疲労が限界となっている二人は顔を見合わせ、笑い合う。
安心し切ったようなその笑みが、本当に限界だったという事を告げている。
何故ならいつも通りのリリならば、この異変に気が付かないわけがないのだ。
「ヴェルフ、リリ、走って」
「えっ?」
「早く!」
その光景に自身の失態を悟ったベルは警鐘を鳴らす冒険者の本能に従い、限界を迎えている二人を抱えるようにして走った。
モンスターはいない。それがどのような理由から来るものだとしても障害物がないのならば、まだ間に合うかもしれない。
そんな淡い期待を込めて、二人の足が浮いてしまうような速度を保ち、ベルは走った。
そして、洞窟まで残り100Mを切ったその時。
ダンジョンが産み出した大広間直通の
バキリ、と。
「────────」
その音が鳴り響いた。
目を限界まで見開いた彼等の視線の先、18階層へ続く入り口の少し手前の大壁。
巨大な亀裂が雷のように走り、そして崩壊した。
「……!!」
その瞬間のベルの判断は神速。
両手に抱えた二人を自身の背後に置き、可能な限りの速度で
目の前で怪物が生まれ落ちるほんのわずかな間に何かを叫ぶ二人を結界で覆う。
すぐさま、産まれてしまった
『ォォ────オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
炎雷で焼かれたゴライアスはその真っ赤な眼球を動かし、ベルを睨みつける。
そして、ただのミノタウロスの比ではない凄まじい『
少年が放った炎雷は
「……ッ!」
直後、疾駆。少年は風となり、大広間を駆ける。
近付くその巨体にベルは目を吊り上げ、黒剣を閃かせる。
近付く小さな体にゴライアスは煙の中で眼球を動かし、その巨腕を振り下ろす。
とてつもない振動と共に少年の進む先に岩の巨弾が舞った。
その間をすり抜け、時には足場に変え、少年はゴライアスに肉薄。無防備を晒すその横っ腹に手に持った剣を振り抜いた。
『オォ!?』
確かな手応えと叫びと共に血が舞う。だが当然致命傷には届かない。
返り血すら浴びる時間を惜しむように、足を止めずに少年は走り続ける。
起きてしまった階層主戦。しかもそれは
碌な準備も
だが達成すれば、それは間違いなく偉業と呼べるものになる。アイズ・ヴァレンシュタインが単独で『深層』の階層主を打ち倒し、【ランクアップ】したように。
しかし、少年の心にその偉業を果たそうという思いは欠片もなかった。
あるのは一つ、ヴェルフとリリを守りたいという思いだけ。
(僕がこいつを見逃せば二人はどうなる? こいつの足止めに失敗したら二人はどうなる? ……こいつに負けたら、あの二人はどうなる?)
無論、殺される。
斬撃の嵐を巻き起こしたベルは自分の背後、疲労困憊ながら自分を見て叫ぶ二人の姿を見る。
行方を塞がれた以上逃げることは不可能。そもそも二人はもう走ることすら厳しい。ここで自分がこの怪物を倒さなければ、あの二人に未来はないのだ。
それを認識したベルの中でカチリと、何かがハマる。さらに少年のギアが上がった。
『オオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』
ゴライアスは自分の命を蝕む存在を払う為にその巨腕で自分の周囲を薙ぎ払う。
舞う礫混じりの土煙、飛んでいく岩弾、階層を揺らす衝撃波。しかし、そのどれもが加速し続ける影を捉えることが出来ない。
薄闇に包まれた周囲に紅い軌跡を引きながら、白い光を放つ影は宙を走るように縦横無尽に駆け抜ける。その度に紫紺の、灰色の斬閃が生まれ、ゴライアスの体に傷をつけていく。
何もできない、何もさせない、攻撃以外の全てを捨てる超速攻を以て、自分を殺しにかかるその存在の動きにゴライアスは苛立ったように頭部から伸びた髪を振り乱した。
「【ファイアボルト】!!」
三度、炎雷が迸る。
一度目、二度目のモノとは威力も速度も範囲も桁違いとなったその炎波はゴライアスの右脚を襲い、そしてふくらはぎから下を吹き飛ばした。
凄まじい絶叫を迸らせ、ガクン、とゴライアスの巨体が地に堕ちる。7Mあった巨体はそれでもなお威容を放っているが、その首と魔石にはもう手が届く。
「【
詠唱と共に白い光を放つベルの左手に雷が集約。
形を持たず、荒れ狂っていた雷が白い光に触れ、徐々に爪牙を形取る。
左手に生まれる雷爪。四〇秒分の
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
迫るその光にゴライアスは最後のあがきとばかりに再び『
「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
衝突と同時に大広間が光に包まれる。そして、衝撃。
光が去ったその大広間には上半身を魔石ごと消し飛ばされ、灰へと変わるゴライアスの残骸があった。
階層主の単独討伐という偉業を成し遂げた少年はその余韻に全く浸ることなく振り向き、結界で守っていた二人に近付く。
「本当に、お前ってやつは……」
「無茶、し過ぎです……ベル様」
「ごめん……もう大丈夫だから」
無事に生き残った少年に安堵したのか、二人は笑みを作ろうとして失敗する。
今にも意識を失いそうなそんな二人を背負って、ベルは18階層へ続く洞窟へと歩く。
「リリ、ヴェルフ……あと少しだから、頑張って……!」
完全に意識を失った二人に声を掛け続けて、ベルは暗い洞窟を歩く。
下り坂に何度か転びそうになりながら、疲労のせいか異常に長く感じる洞窟を歩き続け、彼等はようやくたどり着いた。
「……ついた」
踏みしめる地面には柔らかい草が生えている。
周囲もまるで日の光が満ちている地上のように明るく、温かかった。
ダンジョン18階層。一度来たことがあるその階層を見間違えるはずがなかった。
「……とにかく、急いで『街』に行かなきゃ」
糸よりも細い勝ち筋を手繰り寄せるべく
再び歩き出したその時だった。かさっ、かさっ、と誰かが草を踏みしめ、近付いてくる音が少年の耳に届く。耳聡くそれに気付いたベルは万が一モンスターだった時に備え、足に力を溜める。
それからすぐに、『彼女』は姿を現した。
「…………えっ?」
「……ベル?」
姿を見せたその少女にベルは思わず声を震わせた。
その少年の姿に、少女は信じられないものを見るように目を見開いていた。
ベルの前に現れたのは金髪金眼の美しい少女……アイズ・ヴァレンシュタイン。
全く予想だにしない場所で再会を果たした少年少女はしばらくその顔を見合わせ続けていた。
再会を果たしたアイズにリリを背負ってもらい、ヴェルフを背負ったベルは彼女に付いていく。
森林を進み、ややあって【ロキ・ファミリア】が即席の野営地を設置した広場へ辿り着いた。
「あれ、アイズさん……その冒険者達は?」
野営地に辿り着いたアイズに気付いた女性の団員の怪訝な声に周囲の視線が集まる。
その後ろを歩く青年を抱えた少年とアイズが背負う少女に特に集まっていた。
彼等の間を少し進み、開けた場所に敷いた布の上に二人を下ろさせる。すぐにアイズは近くにいた団員にリヴェリアを呼んできてほしいと頼んだ。
(リリ……ヴェルフ……)
好感情、悪感情、様々な感情が混ざる視線にも気付かず、ベルは意識を失う二人の様子を伺う。
荒く途切れ途切れな息が二人の状態を物語っており、少年は前髪の下にある瞳を静かに揺らす。
防護魔法や回復魔法を過保護なまでに何度も使用したおかげか、傷はそこまで見当たらない。だが今のベルでは癒すことが出来ない積み重なった疲労や精神的苦痛などが二人を蝕んでいることは明らか。
アイズの声にも気付かずに立ち尽くしていると人混みが割れるのが視界の端に映った。
「ベル……!」
「……おか……リヴェリアさん」
その今にも崩れてしまいそうな表情を見た時、リヴェリアはすぐにでも目の前の我が子を抱きしめたい衝動に襲われた。
それを無理やり押し止め、表情を取り繕った彼女はベルのすぐ横に立ち、地面に寝かされている二人の容態を共に来た
温かな輝きと共に治療魔法が行使され、二人の呼吸が少しずつ安定し始める。少なくとも、片足を踏み込んでいた危険な領域を脱したのは明らかだ。
「状況も状況だ。この二人を天幕へ運んでくれ。私達はこの少年をフィンとガレスの元へと連れていく。言わなくてもわかっていると思うが、丁重に扱ってくれ」
『はいっ!』
一人が同盟相手の【ヘファイストス・ファミリア】の団員という事もあってリヴェリアはそう指示を出す。他にもベルが大切に思っているであろう『仲間』だからという理由もありはしたが、団員の手前、それはおくびにも出さない。
「ベル、歩けるか? ……ベル?」
「あ、すみません……はい、大丈夫です」
「無理はするな。疲労が濃いのなら休んだ後にでも……」
「いえ、大丈夫です。連れて行ってください」
二人が運ばれていくのをぼーっと見ていたベルは自分を気に掛けてくれるその言葉に首を振る。
それに顔を見合わせたアイズとリヴェリアはそれならば、と一際大きい天幕へとベルを連れて歩いていく。
その間、会話はない。アイズは話したそうにしていたが人の目がある為、結局何も言わず終いだった。
「フィン、ガレス、入るぞ」
「ああ、いいよ」
天幕の最奥、その中央に位置する場所に椅子を置き、フィンは彼女達が訪れるのがわかっていたかのように、ガレスを隣に置いて待っていた。
ここにいるはずのないベルの姿に隣でガレスが眉を上げる中、フィンは内心を悟られないように穏やかに笑い、その少年を迎え入れる。
「外がざわついていたから何かと思ったけど、君が来ていたのか」
「お騒がせしてすみません。それと、急に野営地に現れたことも……」
「別に気にしていないよ。君とは知らない仲ではないわけだしね。とはいえ、だ。色々と事情を聞かなければ行動には移せない。説明してくれるかい?」
「はい」
そこからベルはこの決死行に起きた出来事を話し始める。
「
「えっと……ありがとうございます?」
「リヴェリア、
「…………わかっている」
大笑するガレスに褒めちぎられているベルの横で極寒の冷気を纏うリヴェリアをフィンは苦笑を浮かべ、咎める。鼻を鳴らし、冷気を霧散させた彼女はそのまま隣のベルの頭を撫でた。
他の人がいる手前、気恥ずかしさはあったが、目を細めてその優しい手を少年は受け入れる。
「そうじゃ、聞き忘れていた。
ガレスのその目はどのようにして逃げおおせたのか、という話を聞きたそうにしていた。
それがたとえどれほど惨めな逃げ方だったとしても、ガレス達はそのような状況でよく生き残った、と祝福してくれたのは間違いない。
そんな中でベルが放った言葉は、彼等の予想を大きく超えていた。
「その……倒しました」
その言葉にガレスとリヴェリア、アイズは目を見張った。
フィンだけは何も反応しなかったように見えたが、その目元は確かにピクッ、と動いていた。
「……倒したじゃと? 階層主を?」
「えっと……はい」
「あの二人は戦えるような状態ではなかった。そうすると、つまりお前はたった一人で階層主に勝負を仕掛けたという事になるが……そういうことか?」
「……ちょっと、違います」
空気を張り詰めさせたロキの三首領を前にして、あの瞬間に起きた不運な出来事を語る。
それを一言一句違わず、最後まで聞いた三人の反応はそれぞれ異なっていた。
ドワーフの大戦士は先ほどの比ではないほどに笑い、少年をこれでもかと言うほど褒めていた。
パルゥムの勇者は平静を装いつつも、その勇気に感心するように口元に笑みを浮かべていた。
ハイエルフの大魔導士は頭痛がするように額に手をやり、無謀な行動を取りはしたが仲間を守り抜いた少年に何を言うべきか悩んでいた。
「私と、一緒?」
その三人の前でヒューマンの女剣士はベルを見て嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「…………そんな数の
「……そうだね。最低限の事情は話してもらった。踏み込んだ話は十分に回復した後でいいだろう。疲れているだろうに足を運んでもらって悪かったね」
ひとまず無事に生き残ったことを褒めることにしたリヴェリアは少年の状態を考え、話を終わらせようとフィンを見た。
その意図を汲んだフィンはそれ以上の話を一旦切り上げ、アイズにベルを天幕まで案内するように指示を出す。
頭を下げ、出ていくベルを見送った三人は軽く息を吐き、その中でフィンは小さく笑った。
「さて、あの少年は僕達にどんな話をしようとしていたのかな?」
その呟きにガレスとリヴェリアの視線がフィンに集まる。
天幕から出ていく際、最後に自分にだけ視線を寄こしたベルの行動に勇者の親指が疼く。
その疼痛が予感させるのは自分達にとって良い
「ベル、歩ける?」
「はい、大丈夫です」
天幕を出た僕はアイズさんに支えられながら、リリ達が運ばれた天幕へと向かっていた。
一刻も早い休息を求めてきている体は情けないことに非常に遅い。その遅さが逆に【ロキ・ファミリア】の野営地を見る時間をくれた。
木々の間から注がれる柔らかな光の中に十以上の天幕が設置されていて、一際大きな天幕の入り口には団員が一人ずつ立っている。
不思議と静かな野営地の中では僕達以外にも多くの人が出入りしていた。
「お疲れ様です、アイズさん」
「うん、お疲れ様」
野営地を歩くのは当然【ロキ・ファミリア】の団員達。
周囲を歩く人達は、みんなアイズさんに挨拶していく。
僕にとっては幼馴染のような女の子でも【ファミリア】の人達からしたら尊敬の対象なのだということを改めて認識する……僕も尊敬してるけど、ちょっと違うというか、かなり違うというか。
思わず少し唸って、痛む頭でそんなことを考えていると、隣でアイズさんが僕の顔を不思議そうに覗き込んでいた。それはもう至近距離で。
「わっ!」
「……えと、大丈夫? もう少しで、つくから」
「は、はい。大丈夫です……」
暴力的だった。唇が触れそうなほどに近くで僕を見てくるアイズさんは。
隣の彼女に音が届いてしまいそうなぐらい、やかましい心臓の鼓動を必死に抑える。こんな状況だというのに多分、今の僕の顔は物凄く赤くなっていると思う。
必死になってここに辿り着いた時にアイズさんと思わぬ再会をして、安堵した心が僕の感情に相乗効果を生んでしまっているのかもしれない。
それがある程度落ち着いたところで僕にあまり良くない視線が向けられていることに気付いた。
「……?」
隣を歩くアイズさんに気付かれないように周囲を見回すと、その視線の正体はすぐにわかった。
その正体は周囲にいる他の人達だった。男の人も女の人も関係なく、僕に対して胡乱げな視線を向けるか厳しい目付きをしている。
まあアイズさんと一緒にいるのが面白いものではないのはわかる。僕が一方的に知っているだけで、他の人からしたら僕はあまりわからない別派閥の冒険者に過ぎないんだから。
「あ、ここだね」
騒ぎにならないように身を縮こませながら歩いていると、少し前を歩いていたアイズさんが立ち止まった。天幕の中を静かに覗き込んで中を確認した彼女が僕に手招きをしてきている。
それに従い、天幕の中へと入った僕はそこでようやく一息を吐くことが出来た。
「リリ……ヴェルフ……」
天幕の中では二人が丁寧に並べられ、眠りについていた。
どちらも静かな寝息を立てていて、苦しんでいるような様子はない。
それが確認できただけで心の底から安堵できた。少なくとも、何か襲撃のようなものが無い限りは二人が命を失う心配はもうないだろう。
「……良かった」
「ベルも、お疲れ様」
二人の無事を確認した瞬間、全身からドッと力が抜けて、腰が抜けたように座り込んでしまった。そんな僕の髪を右隣に座ったアイズさんの白い手が梳いてくれる。
優しい手つきに撫でられるがままでいると、すぐに強烈な眠気に襲われた。肉体的な疲労がそこまでではなくても、自分が思っていた以上に精神的な疲労が溜まっていたのかもしれない。
ふらふらと揺れ、今にも倒れそうな僕の体を誰かがそっと横に倒す。それに抗う事なんて当然できず、そのまま体は横に倒れていった。倒れる僕の頭を柔らかく、温かいモノが迎えてくれる。
それがとどめとなり、僕は休息を求める脳と身体の指示通り、そのまま瞼を閉じた。
「────ゆっくり、休んでね」
眠りに落ちるその直前、誰かが僕の顔を見て小さく微笑んでいたような気がした。
ここまで見ていただきありがとうございました。
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