二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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三首領との会合

「ベル、入るぞ。他の者の様子は……」

 

 幹部同士の話を終え、ベル達の様子を確認するために天幕へ入ったリヴェリアは外から掛けていた声をすぐに止める。

 天幕の中央、並んで眠る二人の様子を同時に見ることが出来る場所でベルはアイズに膝枕をされたまま、静かな寝息を立てて眠りについていた。

 リヴェリアが入ってきたことにアイズは軽く目を見開いていたが、すぐにベルの頭を撫でている手とは反対の手で彼女を手招きする。

 

「……眠ってしまったのか」

 

「うん。この人達が大丈夫だってわかったら、すぐに寝ちゃった」

 

 物音を一つも立てず、アイズの隣に座り込んだリヴェリアはベルの顔を覗き込む。

 そのまま隣の彼女と同様に眠っている少年を起こさぬように頭を優しく、褒めるように撫でる。

 ここまで戦い抜き、生き残った少年の柔らかい髪の毛はそれまでの苦労を物語るように少し硬くなってしまっていた。

 

「ここまで来るためにこの子はこの者達を庇いながら、道中のモンスターをほとんど一人で相手取っていたのだろう。取り繕う必要がなくなれば、すぐに眠ってしまってもおかしくはない」

 

「……うん」

 

 野営地で見た何も取り繕っていなかった時のベルの顔は鮮明に覚えている。

 今にも倒れてしまいそうなほどに顔色は悪く、目も虚ろだった。倒れなかったのは仲間の無事と安全を確保しようと必死になっていただけであの場では既に限界だったのは明白だ。

 

「本当に無茶をしたものだ……アイズ。気付いていると思うが、ベルはLv.3になっている」

 

 ベルの髪を梳きながら、外には届かせない小さな声で呟いたリヴェリアの言葉にアイズは頷く。

 最後にあった日に見たベルはLv.2。【ランクアップ】をした日が記憶に新しいこともあり、普通ならばすぐにもう一度【ランクアップ】するなどありえない。

 だがあの『戦い』の場にいた【ロキ・ファミリア】の一部の団員達はそれがあり得てしまうことだと、断言はできずとも直感していた。

 特にこの階層に辿り着いたベルの姿を見たアイズ、リヴェリア、そしてフィンの三人は彼が自分達が『遠征』に出ている間に器を昇華させたことを確信していた。

 

「そうでもないとゴライアスの単独討伐など説明ができない……いや、この言い草だと他のLv.3でも単独討伐が可能だと言っていると聞こえてしまうが……そもそも単独での戦闘が自殺行為だ」

 

 そもそも階層主というのは大規模のパーティを組み、十分な準備を整えて討伐するモノである。小規模のパーティ、ましてや単独で討伐に臨むなど常識的に考えてあり得ない。

 どれだけ強力なスキルや魔法があったとしてもLv.1やLv.2では不可能。事情が事情とはいえ、そんな非常識的な行動をし、討伐に成功したのだとしたら、その時点でその人物はLv.3以上だと言える…………かもしれない。

 

「その自殺行為が仲間を救ったのかもしれないが……こんな状態になったこの子を見せられてはな……」

 

 そう言うとリヴェリアはベルが着ている紅い外套を払い、その下に意図的に隠されていたのであろう左手を出す。それを見て、やはり、とでも言うように彼女は目を細めた。

 少年の左手は肘の先から下に重度の火傷を負っており、治療されたような跡もない。

 

「これって……」

 

「傷の具合と私の魔法を扱えるベルが治療していないところを見るに、ゴライアスと戦った時に負った傷だろう。討伐後ならすぐに治せただろうに仲間を優先したのかその場では気付かないほどに疲弊していたのか……」

 

 どちらにせよやる事は変わらないと首を小さく振ったリヴェリアは詠唱を紡ぐ。

 左腕に添えられた彼女の右手から温かな緑光が生まれ、ベルの傷を癒していく。ややあって光が収まると、多少の跡を残し、痛々しい火傷は消え去っていた。

 

「ひとまずはこれで大丈夫だろう。目を覚ました時、まだどこか痛めているようだったら伝えてくれ。私はフィン達の元へ戻る」

 

「もう、戻っちゃうの?」

 

 もっといてあげて欲しいと目で訴えてくるアイズの瞳にリヴェリアは首を横に振った。

 

「……側にいてやりたいが、私が他派閥のベルに付きっきりでは他の団員からこの子が反感を買ってしまう。それは私もこの子も望むところではない。だからベルを頼んだぞ、アイズ」

 

「……うん」

 

 最後にもう一度ベルの髪に触れ、アイズの頭を優しく叩いたリヴェリアは天幕から外に出る。

 しばらく彼女が出て行った天幕の入り口を見ていたアイズだったが、小さくため息を吐いて眠っているベルに視線を戻した。

 凄まじい勢いで強くなっていく冒険者とは思えないあどけない寝顔を晒す少年に少し暗くなっていた心が落ち着き、アイズは自然と微笑を浮かべてる。

 ベルが目を覚ますまでの数時間、彼女は膝枕を続け、心穏やかな時間を過ごすことができた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ん……っ……?」

 

 意識が覚醒する。

 最初に覚えたのは、体の怠さだった。次に頭の後ろに柔らかさと温かさを感じた。

 ぼやけている視界の中に誰かの顔がある。ぼやけた中でもわかる美しい金の髪と瞳を持つ誰かの姿をぼーっとした頭で見つめ続け、やがて像を結んだ。

 僕の事を心配そうな眼差しで見つめてくる彼女の名はアイズ・ヴァレンシュタイン。僕の憧れで、僕の────

 

「!!!??」

 

 そこまで考えたところで意識に続いて、頭が完全に覚醒する。

 今の状態がどのような状態なのかを目覚めたばかりの頭を必死に回して理解した僕はすぐに起き上がり、立ち上がろうと……したんだけど、アイズさんの手にそれを阻止された。

 再び頭の下に感じる柔らかく温かい感触。それが何なのかをもう理解している僕の顔は多分物凄く真っ赤になっていると思う。

 

「急に起き上がったら、危ないよ?」

 

「……す、すみません」

 

 心配そうに眉を下げているアイズさんはほっそりとした指で僕の髪を梳いてくれる。

 その労わるような動きにそのまま少し固まっていたけど、少ししてゆっくりと起き上がってみた。勢いよく起き上がったのが問題だったみたいで今度は膝の上に引き戻されることはなかった。

 

「あの……もしかしてなんですけど、僕が起きるまで膝枕を……?」

 

「うん」

 

「……え、えっと……なんで……?」

 

「……私が、してあげたかったから」

 

 微笑みと共にそんなことを口にするアイズさんに顔が燃えるように熱くなる。

 嘘はない。そもそも僕にそんな嘘をつく必要性がない。つまりアイズさんの本心。

 未だ赤く染まっているであろう顔を隠すように手で口元を覆うと、目の前でアイズさんが不思議そうに小さく首を傾げていた。とても可愛い。

 

「体は、大丈夫そう?」

 

「……そうですね。少し重たいですけど、大丈夫……あれ、左手……」

 

 体をその場で軽く動かし、今の状態を確認していると左腕が治療されていることに気付く。

 確かフィンさん達の天幕に向かう前に腕がすごく熱くて痛いことに気付いたんだけど……。

 

「あ、腕はリヴェリアが治してくれたよ」

 

「お母さんが……?」

 

「うん。すごい火傷だったけど、何があったの?」

 

 ……なんて言えばいいんだろうか。

 まさか自分の魔法を片腕に集め過ぎて傷を負ったとか言えるわけがないし……

 

「……もしかして、魔法の使い過ぎ?」

 

「うぇっ!?」

 

 図星に近いことを言われてしまい、思わず変な声が出た。

 僕のその声にアイズさんはわずかに目を見開く。そしてすぐに小さく笑った。

 

「そういうことなら、私には話さなくていいよ。リヴェリアに聞かれたら、話さなくちゃいけないかもしれないけど」

 

 そう言うとアイズさんは立ち上がって、座り込んでいる僕に手を差し出してくる。

 その手を取り、立ち上がるとぐらっと視界が揺れた。堪えようとする意思とは無関係に体が平衡(バランス)を失う。

 そのまま後ろへ倒れようとするそんな僕の手をアイズさんは自分の方に引き寄せた。

 そして。

 

「……」

 

「……」

 

 ぽふっと。

 アイズさんの方へ引き寄せられた僕は顔から彼女の方に倒れ込み、受け止められていた。

 抱きしめられるように受け止められた僕の顔はちょうどアイズさんの胸に埋まっている。

 胸当てがない、戦闘衣(バトルクロス)越しの、柔らかい彼女の胸の中に。

 

「……大丈夫?」

 

「ご……ご、ごめんなさい!」

 

 抱きしめられた体勢のまま二人で固まっていると、頭上から聞こえてくるアイズさんの声に僕はすぐに彼女の胸の中から飛び出した。

 その場で地面に頭を付ける勢いで平謝りする僕にアイズさんは何も言わない。彼女の反応が怖くて、顔を上げることが出来なかった僕は気が付けなかった。

 嫌悪感など全く露わにせず、頬を赤くして、恥ずかしそうに胸を押さえて、僕から目を逸らしているアイズさんの姿に。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「おや? まだ休んでいなくても大丈夫なのかい?」

 

「はい。もう十分休ませてもらいました」

 

 天幕の中での一幕を終え、再びベルはアイズに連れられてフィン達の元に案内される。

 軽い挨拶を済ませた小人族の勇者は表情を改め、真剣な眼差しで目の前の少年を見据えた。

 

「じゃあ、君の話を聞かせてもらおうか。先ほど僕に何を話そうとしたのか……その前に僕達の現状を話しておくかい?」

 

「あ、いえ。そこまで踏み込ませてもらうのは流石に…………話を聞いてくれるだけで十分です」

 

 チラッと天幕の外を確認したベルは迷うように口を開いては閉じを繰り返す。

 その雰囲気にそこまでのことなのかと、天幕内部の空気が張り詰めていく。

 

「……アイズ。少しの間、この天幕に誰も近付かないように見張っていてくれないか。少し親指が疼く。彼の話を他の団員にはまだ聞かせないでおきたい」

 

「ん、わかった」

 

 フィンの指示を受け、アイズが天幕の外へ向かうと、天幕の周囲から人の気配が一気に薄れる。

 彼女が外で見張っている限り、誰も近くに来ることはないだろう。

 場を整えてくれたフィンに感謝するように軽く頭を下げ、ベルは切り込んだ。

 

「……『穢れた精霊』という名前に聞き覚えはありませんか?」

 

「……その名前を、何処で?」

 

 聞いただけで悪寒が走る存在してはいけない存在の名前。

 今の時点で自分達しか知るはずのないその名前を口にしたベルに三人の空気が張り詰める。

 

「数日前に、17階層の未開拓領域でその名前を聞きました」

 

「17階層か……ベル、それを知っているのは君以外に誰かいるかい?」

 

「えっと……豊穣の女主人の店員さん達とアリーゼさんがいました」

 

 酒場の店員、第一級冒険者(アリーゼ)駆け出しの冒険者(ベル)

 あの酒場の店員達の強さは知っている。あの酒場にアリーゼの仲間がいるということも知っている。ベルがあの酒場を懇意にしているということも予想は出来る。

 だがその三者がなぜ共にダンジョンに潜っているのかということに疑問が尽きない。尽きないが、今はそこまで関係がないだろうとリヴェリアは思考を切り替える。

 問題はその存在を知ってしまったということだ。

 

「その話は他言無用でお願いしたい。それを知っているというだけで危険が及ぶ可能性がある」

 

「……わかりました」

 

「助かる。他の者達には僕から伝えておこう……その階層で何が起きたのか教えてもらっても?」

 

 そこからベルが話した情報はフィン達が持つ情報の精度を高めるだけで目新しい情報はないと言ってよかった。

 都市(オラリオ)を滅ぼすという言葉が冗談では済まされないところまで来ていることを改めて実感した彼等は小さく息を吐く。

 

「オラリオを滅ぼすというのがただの戯言なら楽だったんだけどね……少なくとも、この都市を滅ぼす方法を彼等はやはり持っているみたいだ」

 

「ベル、疲れているだろうに色々と話を聞かせてもらって助かった。もう私達に話しそびれたことはないか?」

 

「えっと……実はもう一つあります」

 

「む? なんじゃ?」

 

 再び三人の視線がベルに集中する。

 その中でベルは黒剣の横に佩いていた黒い短剣を取り外し、机の上に置いた。

 見たことがない嫌な予感がする短剣を見て、説明を求めるようにフィンはベルを見る。

 

「17階層で回収した闇派閥(イヴィルス)が使っていた短剣です。あまり刀身には触れないほうが良いです」

 

「ふむ…………見たことがない種類の短剣じゃのう。なんじゃこれは」

 

呪武具(カースウェポン)です。呪詛(カース)の種類は『不治』。これと『能力下降(ステイタス・ダウン)』の呪詛(カース)が込められた長剣を幹部どころか一般の人達も多く扱っていました」

 

 その言葉にリヴェリアとガレスは目を大きく見開く。フィンですらわずかに目を見張り、その短剣に視線を注いでいた。

 闇派閥(イヴィルス)の残党が希少な呪武具(カースウェポン)を大量に扱い、それら全てに『不治』とそれを格上に食らわせるためであろう『能力下降(ステイタス・ダウン)』の呪詛(カース)が込められていた武器を扱っていたという事実は少なくない戦慄を彼等に走らせる。

 この情報もなしで決戦となったら、多くの犠牲が【ファミリア】の中から出ていたのは間違いない。一つ間違えれば、第一級冒険者である自分達もそこに名を連ねていたかもしれない。

 

「この短剣は差し上げます。きっとフィンさん達にこそ必要になると思いますから」

 

 その言葉にフィンはスッと目を細める。

 この情報は彼等の戦いに大きく貢献する、それは間違いない。

 だからこそフィンは無償でそんな情報と目の前の短剣を差し出すという少年の言葉に何か裏があるんじゃないかと疑い……その疑いは意味がないことだとすぐに霧散させた。

 そんなことをしても少年にはメリットがない、そして少年が大事に思っているであろうアイズとリヴェリアを擁する【ロキ・ファミリア】を陥れる理由が一つも見当たらなかったからだ。

 

「君に感謝を。君の情報は必ず僕達の戦いに役立てると約束しよう」

 

「いえ、少しでもお役に立てたのなら幸いです」

 

 頭を下げ、感謝を告げるフィン達にベルもまた頭を下げる。

 

「……それにしても、よくこんな危険な代物を持ち歩いていたな」

 

「探索してる時に何かの役に立つかなって思って……あと、ホームに置きっぱなしにしてたらちょっと危ないことが起きる予感がして……」

 

 元々【ロキ・ファミリア】の信頼できる団員に出会えたら渡そうと思っていた物だったため、今回の出来事はそれ以上の不運にかき消されてしまいはしたが、確執を生むこともなく、冒険者の中でも信頼できる彼等と再会して渡せたというのはベルにとっては幸運だったのかもしれない。

 

「他に僕達に話しておきたいことはもうないかい?」

 

「はい。今の話で最後です」

 

「じゃあそろそろ解散としようか。長々と話をさせてしまってすまなかったね」

 

「いえ……こんな機会はそうないでしょうし、ここで話を聞いてもらって良かったです」

 

 お互いに有意義な時間を過ごしたフィン達とベルはそれを以て解散となった。

 見張りをしていたアイズに連れられて天幕から退出したベルを見送ったフィンは浮かべていた笑顔を消し、表情を改める。

 

「……彼には感謝してもしきれないな」

 

 同意するように隣に立つ二人も小さく息を吐く。

 闇派閥(イヴィルス)の残党が扱っていたという目の前の短剣から呪詛(カース)の専門ではない自分達ですら感じ取れる凶悪な呪いの気配に彼等は残党に向けていた警戒心を高める。

 

「この情報があるのとないのとでは戦い方どころか決戦時の団員の選出まで変わってくる。ああ、本当によく教えてくれた」

 

 この情報によって戦闘の際に警戒することは増えた。

 だがそれだけだ。初見でこんなものを食らって大崩れさせられるよりは余程マシだ。

 

「リヴェリア。地上に帰還次第、この短剣を持ってアミッドの元へ向かってくれ。最優先だ。ガレスは団員達への説明を手伝ってくれ」

 

「ああ」

 

「おうとも」

 

 地上への帰還後、最優先でやるべきことをフィン達は示し合わせる。

 第一級冒険者、そして都市最大派閥の三首領の顔で『都市(オラリオ)を滅ぼす』などという計画を戯言に変えるため、彼等は話を続けるのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 フィンさん達との会話の後、僕はリリとヴェルフが眠っている天幕で一人過ごしていた。

 時々二人の様子を確認する以外は簡単な武具の整備を行なったりしていると、徐々に外が暗くなり始めていることに気付く。

 外を窺うと、ちょうどダンジョンが『昼』から『夜』へと切り替わる瞬間を目撃できた。地上の夜の訪れとは違うそれに不思議な気分を覚えながら、僕はそれを見続け、少しして天幕へ戻る。

 夜が訪れ始めてからしばらくして、外がにわかに賑やかになり始めた。微風に乗って漂う美味しそうな香りにごはんの準備が始まったのかと、ぼーっと宙を見つめていると……

 

「…………う」

 

 視界の端でヴェルフの体が動く。同時にリリの体もだ。

 弾かれるように二人に目を向ける。

 

「ここは……どこだ……?」

 

「ベル様……?」

 

 あの人達の治療を疑っていたわけじゃないけど、二人が目を開けるその瞬間を見て、ようやく心の底から安堵できたような気がした。

 起き上がろうとする二人の体を支えながら、二人に話しかける。

 

「リリ、ヴェルフ、大丈夫? 僕の事、わかる?」

 

「……ベル・クラネル様。【ヘスティア・ファミリア】の団長……好きな食べ物はジャガ丸くんのプレーン、嫌いな食べ物は甘い物全般……身長体重は────」

 

「やめろ……起きたばっかりなのに魔法みたいに詠唱すんじゃねえ……」

 

 からかうように僕の情報を呟くリリに、いつもと変わらない調子で返事をするヴェルフ。

 記憶が一部飛んでいるなどの異変は見受けられない。

 少し夢現の気分が抜けなかった二人は、何度か手を動かしたり、周囲を見渡したりを繰り返して意識を覚醒させていた。落ち着いたところを見計らって僕は現状を話し始める。

 それを聞き終えた二人は僕のことをしばらく見つめて……そして謝罪した。

 

「申し訳ありません、ベル様……」

 

「すっかり足を引っ張っちまったな……悪い」

 

 押し黙りかける二人に僕はすぐに捲し立てた。

 

「足を引っ張ってなんかない! リリの提案がなかったら今も『中層』を彷徨ってたかもしれないし、ヴェルフがいなかったらヘル・ハウンドの炎に対応が遅れて、進むことも戻ることもできないぐらい消耗してたかもしれないし……二人が……パーティの誰かが欠けていてもあの異常事態(イレギュラー)は生き残れなかったよ」

 

 慰めでもなんでもない、ただの事実。

 他のLv.3の人はわからない。だけど知識があっても経験が浅い僕だけだったらあの状況から生き残ることは厳しかったと思う。

 目を白黒させる二人を僕はしばらく見つめ続けた。

 

「……そうだな。お前がそう言うなら本当にそうなんだろうな」

 

「リリ達の中から誰か一人欠けていても駄目だった、ですね」

 

 二人はやがて苦笑を浮かべて、その後に顔が晴れる。

 落ち込んでいた気持ちを払うように、三人で生き残ったことを喜ぶように。

 僕達は顔を見合わせて、くしゃっと、皴を作って笑い合った。

 

「ベル、食事の用意が出来たけど、大丈夫?」

 

「あ、はい!」

 

 外から声がかかり、立ち上がって返事をすると、幕を除けてアイズさんが入ってくる。

 僕の後ろにいる先ほどまで眠っていた二人が目を覚ましたことに彼女は視線でよかったねと、伝えて来てくれた。

 

「本当に食事まで頂いても大丈夫なんですか?」

 

「平気だよ。あまり量とかは用意できないけど……外に出てこれる?」

 

 ……正直外に出るのは気まずいところはあるけど、寝床どころか食事までお世話になっておいて顔も見せないのは……流石に失礼だよね。

 少し考えて振り返り、リリ達に大丈夫かと視線で問いかけると、二人はアイズさんの姿に目を見開きながら、僕の視線にぎこちなく頷いた。

 外で食事を頂くという意向を伝えると、促されるまま天幕を出て、アイズさんに案内される。

 

「なぁ、ベル。お前【剣姫】と随分親しそうじゃないか? どういう関係なんだ?」

 

「リリも気になります。今度お話ししてくださいね?」

 

 道中、ヴェルフからはニヤリとした笑みを、リリからは興味津々だという笑みを向けられながら、僕達はアイズさんの後ろをついていく。

 開けた場所に置かれた魔石灯を中心に輪を作って座り込んでいる人達の近くを進んでいく。その中に身内を見つけたのか隣でヴェルフが呻き声を上げていた。

 周囲から浴びせられる視線に気まずさを覚えていると、人気が少ない場所に案内され、僕達はそこに座ることになった。

 僕が腰を下ろすと、すぐに僕の右隣にアイズさんが座り、左隣にリリが、そのさらに隣にヴェルフが座る。

 かなり近くにいるアイズさんの顔をこっそり覗き見ると、ばっちり目が合った。小首をかしげて穏やかな笑みを纏うその姿に心臓が高鳴る……同時に周囲の圧も強まったような気がした。

 

「みんな、聞いてくれ。もう話は回っていると思うけど、今夜は客人を迎えている。彼等は仲間(おたがい)のために身命をなげうち、この18階層にまで辿り着いた勇気ある冒険者達だ。仲良くしろとまで言うつもりはない。けれど同じ冒険者として、勇気を示して見せた彼等に欠片でも敬意をもって接してくれ。……それじゃあ、仕切り直そうか」

 

 フィンさんが一人立ち上がり、僕達の紹介をしてくれる。

 その冒険者の自尊心に訴えるような彼の口上に、リリは感心しているようだった。

 僕がよくわからないでいると揉め事は避けるように、と自分の団員達に言外にそう言っているのだと、リリが教えてくれた。

 その後すぐにフィンさんの音頭によってささやかな宴が始まる。

 配られた甘い果物に苦戦しながらも、僕はその晩餐をリリとヴェルフと共に楽しんだ。

 隣のアイズさんと明日一緒に『街』に行くという約束をしながら談笑していると、もう食事を終えたのか二人のアマゾネス……ティオナさんとティオネさんが僕に歩み寄ってきた。

 

「わぁー、本当にアルゴノゥト君だ! 体は大丈夫そう?」

 

「は、はい。……ええっと、アルゴノゥトって……?」

 

 ニコニコと太陽のように明るい笑顔を浮かべている彼女のその言葉に思わず聞き返すと、ティオネさんが9階層でミノタウロスと戦った僕の姿にティオナさんが童話の姿を重ねているのだと説明してくれた。

 

「まあ無視していいわよ。こいつが勝手に呼んでるだけだから。そんなことよりも────」

 

 ドカッと、ティオネさんは僕とリリの間に割り込み、ぎょっと目を見開くリリを他所に僕に肩を寄せる。ティオナさんに至っては僕の首の後ろから手を回し、無意識だろうけど、逃がさないというように僕の首の前で手を組んでいた。

 

「話、色々と聞かせなさいよ。あんたが話せることだけなら構わないでしょ?」

 

「ねぇアルゴノゥト君! どうやったらあんなに早く【ランクアップ】できるのー?」

 

 思わず顔が引き攣る。

 爛漫な笑みを浮かべているというのに僕が最も話し辛いモノの一つを撃ち抜いてきたティオナさんから逃れようと左を向く。そこには薄く笑い、目を細めるティオネさんがいた。

 

(あ、逃げられない)

 

 前からは他の人達による剣呑な視線。

 左には吐くまで逃がさないとニヤニヤ笑いながら目で訴えてくるティオネさん。

 後ろには隙がありそうでその実、逃げ場を最も封じているティオナさん。

 右には止めなきゃと動こうとしながらも、話を聞きたそうにオロオロしているアイズさん。

 リリはティオネさんに剣呑な空気を向けているが、ティオネさんは物ともしていない。

 ヴェルフはたった今、鍛冶師(スミス)の先輩に抵抗空しく連れ攫われた。

 

(な、なら……)

 

 最後の希望だと、遠くの方にいるフィンさん達に視線を送る。

 だけどフィンさんとガレスさんは面白そうに笑みを浮かべて、僕達を見てきているだけ。お母さんは溜息を吐きつつも、何も言ってこなかった。

 答えることが出来れば簡単だったけど、僕の中で彼女達が納得してくれるような答えを出すことはできない。僕はただ、あの日の『誓い』を守るために戦ってきただけだから。

 

 孤立無援。

 そんな時だった。

 

「ベルくーーーーーーーーーーーんっ!!!! リリくーーーーーーーーーーーんっ!!!!」

 

 僕達の名前を呼ぶ、迷宮(ここ)で聞こえるはずがないそんな声が聞こえてきたのは。

 互いに目を見開いた僕とリリはすぐに顔を見合わせる。そしてすぐに頷き合った。

 

「すみません! 行かせてください!」

 

 僕の焦りにすぐに気付いてくれたのか、僕が叫ぶ前にティオナさんとティオネさんは僕から離れてくれた。

 そのまま何も言わずに駆けだした僕をリリとヴェルフが追いかける。

 声の方角へ進むと野営地を抜け、すぐに森が切れ切れとなった。視界の奥にあるのは高くそびえる岩の壁、そしてその麓にある洞窟。17階層と18階層を繋ぐ連絡路だ。

 そこには既に【ロキ・ファミリア】の見張り番達が集まっていて、何やら話をしている。

 その奥でもう一度、聞き覚えのある声を聞いた僕はその人達の間を抜けて、その神物の前に立った。

 

「……ベル君!! リリ君!!」

 

「神様!?」

 

「ヘスティア様!?」

 

 そこにいたのはやはり僕達の主神であるヘスティア様だった。

 なんでここに神様が────と僕達が聞く前にその双眸を丸くして走り出した神様に僕達は抱きしめられた。

 

「ちゃんと生きてる……二人とも、無事だ……よかったぁ……」

 

 抱きしめられたままの僕達の耳に涙に濡れた神様の声が響いた。

 小さく震える細い腕で僕達を力一杯引き寄せて、かき抱いてくる。その姿に僕達がどれだけ神様を不安にさせてしまったのかなんて、考えずともすぐにわかった。

 抱きしめられてからしばらく、周囲の視線に気付いた神様が僕達から名残惜しそうに離れる。

 

「ごめんよ。急に抱きしめたりなんかしちゃって」

 

「いえ……神様はどうやってここに?」

 

「依頼を受けてくれた冒険者達に連れて来てもらったんだ。君の知り合いもいるぜ」

 

 そう言って、神様が手招きすると覆面の冒険者が近付いてくる。

 そんな彼女の姿はつい最近見たばかりだった。

 

「リューさん!?」

 

「クラネルさん、無事でしたか」

 

 フードの奥から覗く瞳にかすかに安堵の色を滲ませる彼女の姿に笑みが浮かぶ。

 別の場所にはアスフィさんまでいる。まさかその二人が来てくれていたなんて思いもしていなかった。

 

「リューさんが神様と一緒に来てくれてたんですね」

 

「とある神に冒険者依頼(クエスト)を申し込まれたので。それに顔見知りである貴方と貴方の主神を見捨てるのは目覚めが悪い」

 

 チラッと、空色の瞳が視線をずらす。

 その視線を追うと、そこにいたのは旅人風の帽子と服装をした一人の男神様がいた。隣でアスフィさんが妙に疲れた顔をしているということは、多分あの神様がヘルメス様?

 じっとそちらの方を見ていると橙黄色の瞳で周囲を見渡していたその男神様と視線が合ったような気がした。

 

「……なるほどね」

 

 いつの間にか集まっていたアイズさん達に、得心のいったような笑みを浮かべた男神様が僕に歩み寄ってきた。

 僕の少し前で立ち止まってこちらを見下ろしてくるその瞳に知らずのうちに緊張が走る。

 

「君がベル・クラネルかな?」

 

「……はい」

 

「オレの名はヘルメス。どうかお見知りおきを」

 

 優し気な笑みには好意的な印象が持てる。

 持てるんだけど……なんだろう……心を許しちゃいけないような……よくわからないな。

 

「そう警戒しないでくれ。助けに来た理由がよくわからないならすぐにでも話すからさ」

 

「……どうして僕達を助けに来てくれたんですか?」

 

「オレがヘスティアの心友(マブダチ)だから……それと君にオレの団員が世話になったみたいだからね。その恩を返したかったからさ」

 

 そう言って笑いかけてくるヘルメス様の言葉には嘘はない……と思う。

 少なくとも僕達を助けたかったってことは本当の筈だ。

 手を差し伸べてくるヘルメス様の手を僕はおずおずと掴む。

 

「助けに来てくれて、ありがとうございます」

 

「お礼なら他の子供達に言って上げてくれ。オレとヘスティアはダンジョンの中では何もできなかったからね。ここに来れたのは彼、彼女達のおかげさ」

 

 微笑を纏うヘルメス様の視線を辿ると、そこにはアスフィさん、リューさんと共に来てくれた冒険者の姿……その姿を見た時、隣でヴェルフが怒りを滲ませた声を漏らした。

 

「おい、ベル……」

 

 そんな声を出すヴェルフの気持ちが僕もよくわかってしまった。

 そこにいたのは13階層で僕達に怪物進呈(パス・パレード)を仕掛けてきたあの冒険者達だったから。

 顔を強張らせる彼女達の隣で、あの場にはいなかった極東の服装を纏った女性がそんな彼女達を薄く目を細めて見つめていた。




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