「──申し訳ありませんでした」
今僕達がいるのは貸し与えられた天幕内。再会を果たした僕達はもう一度ここに戻っていた。
中にいるのは【ヘスティア・ファミリア】の僕達とヴェルフ、【タケミカヅチ・ファミリア】の命さん達、そして極東の着物という服を纏っている一人の女性。
そこで命さんは僕達の前で手のひら、額を地面に付ける土下座という謝罪を行なっていた。
見事な土下座に隣で神様が感嘆の声を漏らしていたけど、僕達の顔はどうにも晴れない。
「……いくら謝られても、簡単には許せません。リリ達は死にかけたのですから」
「まぁ、簡単に割り切れるようなものじゃないな」
特にリリとヴェルフの二人が顕著だった。その土下座を前にしても険のある声音を崩さず、その瞳に敵意を滲ませている。
そんな二人の視線を隣で困り果てていた桜花さんと千草さんは真っ向から受け止めていた。命さんもそんな二人を倣うように正座は保ったまま、土下座を解除する。
「リリ殿達の怒りももっともです。いくらでも糾弾は受け入れます」
潔くきっぱりと命さんに謝意を向けられる中で、僕は少し考える。
迷宮内でのモンスターの押し付けは日常茶飯事のもの。というより、それを上手く利用することがダンジョンで生き残れる一つの技術であるとあのお母さんですらそう教えてくれた。ものすごく渋い顔はしていたけど。
そこに悪意がない限り、いつ
だけど今回の
「あれは俺が出した指示だ。そして俺は、今でもあの指示が間違っていたとは思っていない」
僕と神様が唸っていると、命さんと千草さんの前に立った桜花さんがそう言い切った。
言い切ったその瞬間、一触即発の空気がリリとヴェルフの二人と桜花さんの間に流れる。
彼の言葉には何を言われたとしても翻すことのない信念のようなものが宿っているのを感じた。たとえどれだけ他者から恨みを買おうとも、それを受け止め、自分の仲間だけは守る、と。
それが正しいことなのかはわからない。でも、もしかしたら、僕も桜花さんと同じ立場に立てば……リリとヴェルフの命を守るためなら、この選択を執っていた。
他の人からどれだけの誹りを受けても、大切な仲間を守るためなら、絶対に。
「よくそれを俺達の前で口にできるな、大男……!」
今にも掴みかかりそうな勢いでヴェルフが立ち上がる。
対峙する彼に向かって手を伸ばしたヴェルフをひとまず止めようと、動き出す……そんな僕よりも早く、ここまで無言を保っていた着物の女性が動き出した。
「そこまでにしてくださいな」
「あぁ?」
その腕は桜花さんの胸には届かず、中途半端な位置で止まる。
ちょうど二人の間に立った着物の女性は微笑みを湛えたまま、ヴェルフの腕にそっと左手を添え、その動きを完全に食い止めていた。
「それ以上はあまりよろしくないかと。たとえ彼を殴りつけたところで、貴方様の気分が多少晴れるだけで根本的な解決には至りません。私に任せて頂けませんか?」
「……あんたに?」
びくともしない自分の腕に困惑を隠せないまま、ヴェルフは隣に立つ彼女を見る。
ニコニコと人当たりの良い笑みを絶やさない彼女は添えていた左腕を自分の頬に当て、薄くその目を開いた。
「ええ────私の教えを受けておいて、このようなことを仕出かしたこいつらにはただの叱責では生温い。生きて帰って来てしまったことを後悔する程度に私が灸を据えましょう」
その中にあった冷たい瞳に晒された桜花さん達は見てわかるほどに肩を跳ね上げる。
たちまち顔を青くする彼等に僕達が思わずぽかんとしていると、誰かが何かを言う前に天幕内の空気を一新するかの如く、ヘルメス様が勢いよく入ってきた。
僕達の顔をそれぞれ見渡し、神様から簡略に説明を受けたヘルメス様は一つ手を叩く。そして明るく一笑し、僕達は命さん達に大きな貸しを作った……という落としどころを作り出した。
最後にヴェルフと桜花さんが何事かを話していたけど、それを最後に張り詰めた空気が霧散していく。僕が何かをする前にあっという間に解決したその手腕に素直に感心してしまった。
「解決ってことでいいかい? それじゃあ今後の予定について話し合おうか!」
それが本題だと言うように笑うヘルメス様達の言葉に僕達はそれぞれ耳を傾ける。
今後の予定は、【ロキ・ファミリア】の移動に合わせて僕達も移動を始めるとのことだ。
フィンさんは二日後にここを発つ予定だって言っていたから……一日暇があるのか。
「ヴェルフ君」
明日どのようにして過ごそうかと、話し合いが終わり、外の見張りに向かう際に考えていると、背後で神様がヴェルフを呼び止める。
何やら話を……それから白い大きな布に包まれた武器のような物を受け取っていたヴェルフは浮かない顔をして、外に出てきた。
「…………『意地と仲間』を、か」
「ヴェルフ?」
「や、なんでもない」
何かを呟いたヴェルフに声を掛けると、すぐにいつも通りの笑みが帰って来る。
それ以降何も喋らず、見張りの間もそれをこなしながら、ヴェルフは何かを考え続けていた。
ベル達が見張りを始めてからしばらくして。
「ヴェル吉。少しこっちに来い」
「は? 何の用だよ、椿」
「何でもいいだろう? ベル・クラネルだったな、少しこやつを借りるぞ」
「え……あ、行っちゃった」
ベルの隣で考え込んでいたヴェルフが椿という【ファミリア】の先達に連れ攫われていった。
口を挟む前に連れ去っていく早業に少年は呆然と彼女達が消えていった方面を見つめる。何やら話をしている声が聞こえてくるが、内容までは聞き取れない。
結局一人で見張りを続けることになったベルはその場でヴェルフが帰って来るのを待つ。特に異変が起きるというわけでもなく、心地よい静寂に身を任せていたそんな時だった。
何やら憤然とした態度のヴェルフが暗闇から姿を見せたのは。
「おい、ベル……ちょっと来てくれ」
「あ、うん」
尋常ではない態度のヴェルフに従って、ベルは暗闇の中を歩く。
やがて見えてきたのは一つの天幕だった。
「おい、連れてきたぞ! さっさと開けろ! 」
そう怒りが滲む声で天幕に向けてヴェルフが叫ぶと、入り口が開く。
そこから姿を見せた椿……先ほど青年を連れ去った女性はベルを見るや否やニヤリと笑い、抵抗させる隙も与えず、天幕の中へと引き摺り込んだ。
「うわっ!?」
目を白黒させながら、転がるように天幕の中へと入ってしまったベルは何が起きたのだと、顔を上げる。そして、自分を見る複数の視線に頬を引き攣らせた。
「え、ええっと……これは、どういう状況……僕はどうしてここに……?」
「フッフッフ、ベル・クラネル。お主はヴェル吉に売られたのだ。覚悟するが良い」
売られた……?、と汗を流すベルをティオナ、ティオネ、レフィーヤ、椿、他にも数人の女性の冒険者がそれぞれ様々な感情を込めて見つめている。
まるで極東の時代劇というモノに登場する悪代官のように邪悪な笑みを浮かべる椿に怯えのような感情と顔に緊張を走らせるベルを見て、ティオネは安心させるように気安く話し始めた。
「別に取って食おうってわけじゃないんだから、そんなに緊張しないでいいわよ。ちょっと私達の質問に答えてくれたら、すぐに帰してあげるわ」
「えへへ~、アルゴノゥト君だー」
緊張を解きつつ、すぐに本題に入ろうとしたティオネを目を輝かせたティオナの声が遮る。
少年が現れてから彼女はずっと子供のように楽しそうに笑っていた。
「ねねっ、アイズから聞いたんだけど、英雄譚に詳しいって本当?」
「えっと……詳しいかはわからないですけど、子供の時にずっと読んでました」
その返答にさらに目を輝かせ、誰がどう見てもわくわくしているとわかる表情でティオナは周りを置いてきぼりにし、ベルに
「じゃあ、騎士ガラードが助けようとした人の名前は?」
「王女アルティス様……」
「じゃあじゃあ、竜殺しのジュルジオが倒した怪物の住処と使った武器は?」
「場所はシレイナの湖畔で武器は槍と見紛う聖剣……それから乙女の
「じゃあじゃあじゃあ、神様から授かった炎を体に宿して、多くの人を救った人の名前は?」
「大英雄エピメテウス!」
全問迷うことなく、即答したベルにティオナは頬を染める。
さらに期待した表情で追加の質問をしようと口を開いたのだが、そこでティオネに止められてしまった。
「もういい加減にしなさい! あんたのためにここに呼んだわけじゃないのよ?」
「えー! もう少しぐらいいいじゃん! ケチ!!」
わくわくしていたのに首根っこを掴まれ、遠くに放り投げられたティオナは着地した場所で口を尖らせる。エルフと
「で、本題なんだけど、『アリア』っていう精霊を知ってる?」
「……精霊『アリア』ですか? 英雄アルバートの生涯に寄り添った、
「そうだよアルゴノゥト君! やっぱり知ってたんだ!」
その質問にも先ほどと同様に淀みなく答えるベルにティオナが嬉しそうに肯定する。
よくもまあそんなすぐに答えられるものだと、英雄譚にそこまで詳しくないティオナ以外の団員達は思わず感心してしまう。
そんな彼女達をなぜかベルは警戒するように再び顔を強張らせた。
「ん? どうかしたの?」
「いえ……どうして他派閥の僕とヴェルフを呼んでまで、そんな話をしたのかなって思って」
英雄譚を呼んだことがある人間……ティオナという英雄譚オタクがいながら、自分達を呼んでまで『アリア』についての質問を始めた彼女達にベルはすぐに警戒レベルを引き上げた。
探るように、正座の状態のまま、自分達を見上げてくるその瞳に彼女達は言葉に詰まる。
精霊『アリア』の名前を出してからすぐのその変化は何か知っていると言っているようなものだったが、それが知られたところで自分が何も話さなければ問題はない。
「……話せることは話しますけど、僕が話したくないことは話しません。それでもいいなら皆さんの質問に答えようと思います」
「それでいいわ。私達もその答えが正しいモノかわからないわけだしね」
それからティオネ達は淡々と質問を続けた。
それに対してベルも淡々と必要以上の情報を取られないように答える。
ある程度、質問が続いたところでティオナが一つ、こんな質問を繰り出した。
「『アリア』を庇って重傷を負ったヒューマンとかは? あとは『アリア』の子孫とか」
そこで初めて、言うべきか迷うような素振りを見せるベル。
どんなものでもいいから教えてほしいという彼女の声に渋々と言った様子で少年は話した。
「子供……英雄アルバートに子供がいたっていう話なら……」
「ええーっ! アルバートに子供!? なにそれ聞いたことなーい!!」
そんなことを口にしたベルにティオナは警戒など関係なく一気に詰め寄った。
己が知らない逸話に驚愕五割、興奮五割といった表情で額が触れそうなほど少年に近付いた彼女は目を輝かせながら、続く言葉を待つ。
「あの、期待させて申し訳ないんですけど……お爺ちゃんが持っていた本に出てきただけで……」
その答えにティオナの背後で落胆の声が広がる。
ただの
ただ一人ティオナは、彼女をよく知る者なら風邪でも引いたのかと思うほどに考え込む素振りをしていた。だが頭から煙が昇り始め、すぐにその顔は引っ込む。
「……その子は、最後にどうなっちゃうの? アルバートはあのお話の最後に……」
「はい……最後の戦いに巻き込まれて、行方不明になるんだそうです」
二人の間に重い空気が流れてしまった。
そんな与太話を最後まで真剣に聞いてくれたティオナにベルは警戒など欠片もない笑みを浮かべ、もう話せることは全部話したとその話を切り上げる。
その後、最後にティオナが聞いた質問に答えたことでベルはエルフの二人から大バッシングを受ける羽目になったが、ティオネ達の支援を受け、何とか天幕から逃げおおせた。
見張りの場所に戻ったベルは自分を売って、あの天幕から逃げたヴェルフのことを恨みがましそうにしばらく見つめていた。
18階層の『朝』が終わり、『夜』が来た。
夕食に続いて朝食まで頂いた僕達は野営地を出て、『リヴィラの街』へ向かうことになった。
初めは僕とリリ、ヴェルフに神様の四人で行くつもりだったけど、僕たちを心配したアイズさんが、暇を持て余していたティオナさん、ティオネさんが、それから【タケミカヅチ・ファミリア】の皆さんとヘルメス様、アスフィさんが。
あっという間に集まった彼、彼女達も一緒に同行するという話になった。
「ヘルメス様、リューさんと……えっと、輝夜さん?、は」
「ああ、彼女達は彼女達で用事があるみたいでね。俺達には同行しないってさ」
捜索隊にいたほとんどが『街』に向かう中、二人は姿を見せなかった。
朝食の時には既に野営地にもいなかったみたいだけど、どこにいったんだろうか。
あの日、あまり見ることが出来なかった道中に広がる光景に少年は目を奪われながら、『街』に続く道を森だろうが崖だろうが関係なく進み、やがて『街』に辿り着いた。
彼等を出迎えたのは見覚えのある木の柱と旗で造られたアーチ門。ティオネから忠告を受けながら、ベル達はその門を潜り、白水晶と青水晶に彩られた『リヴィラの街』へと入っていった、
「流石にこの人数で移動するのは周りに迷惑だ。ここからは自由行動っていうのはどうかな?」
街の中を進み、見晴らしのいい広場に出た彼等はヘルメスの提案でそれぞれグループを作り始めた。ヒリュテ姉妹にリリとヴェルフを連れていかれる中、ベルはどうしようかと悩んでいるとヘスティアが歩み寄ってくる。
「ベル君、ボクと一緒に街を回ろうぜ! 君もどうだい?」
「……いいんですか?」
「もちろんさ! 僕とベル君だけで行くのは些か不安が残るからね」
ベルに声を掛けたヘスティアは返事を待たず、すぐ近くにいたアイズにも声を掛ける。
彼女は何か少し迷うような素振りを見せていたが、笑いながら親指を立てた彼女の言葉もあって、二人と一緒に街を回ることになった。
ベルとアイズは楽しそうに笑うヘスティアに手を引かれて、広場から街の奥へと向かう。
「って、なんでついてくるんだ君達はっ!」
「いいじゃないかヘスティア! オレとアスフィの二人で回ったっていつも通り過ぎて面白くない。せっかくだし一緒に行こうぜ?」
ベルとヘスティアとアイズ、それからヘルメスとアスフィを加えた五人で美しい街並みを観光していく。
「なぁベル君。この街の品物の値段ってやたら高くないか?」
「えっと、これがリヴィラの街の特徴なんです。
「あー……そういうことか。砂漠で買う水の価値と同じようなものだね」
ヘスティアの疑問にベルは子供の頃、リヴェリアに教わったことをそのまま話す。
わかりやすい例を出す彼女の姿にベルが感心していると、ヘルメスが食えない笑みを浮かべて話しかけてくる。
「ベル君、その話って誰から教わったんだい? そういう情報は駆け出しの冒険者にはあまり伝わってこないと思うんだけど」
探るような瞳がベルを射抜く。
すごくわかりやすく質問してくるヘルメスに少年は笑みを返すだけで何も返事はしなかった。
神々に下手な嘘を吐けば、簡単に看破されてしまうと教わっていたからこその対処。
「ヘルメス様、あまり彼をからかわないでください」
「ははっ、少し気になってしまってね。すまない、ベル君?」
「いえ、大丈夫です」
それで十分だとでも言うように軽く手を振ったヘルメスにベルは小さく顔を顰める。
神という存在は敬うべきものだというのがベルの考え。だが時々現れる癖が強く、何を考えてるのかわからない神を少年は酷く苦手にしていた。
そんなことを考えながら前をよく見ずに歩いていたせいか、ドンッ、と。
「あぁん?」
「あ……すみません!」
すれ違いかけた冒険者に肩がぶつかる。
すぐに謝罪したが、顔を顰めるその冒険者にベルは見覚えがあった。
少年が思い出したのと、目の前の冒険者が声を上げたのはほとんど同時だった。
「てめえ、まさか……!?」
「モルド! こいつ、あの酒場にいたガキだ!?」
モルド、と近くにいた冒険者に呼ばれたその男は、少し前に『豊穣の女主人』でベル達と一悶着があった冒険者の集団のリーダー的存在の人物だった。
こんなところでの再会にベルが思わず面食らっていると、あの日の事を思い出したのかモルド達がその顔を怒りに歪める。
「なんでてめえが……!?」
彼等の方に一歩踏み込んだモルドはベルの少し後ろを見て、ピタッと固まる。
その視線の先には何かあればすぐにでも動く、とでも言うようにその金の瞳を細めるアイズの姿があった。
「ちッ、なんであのガキの所に【剣姫】が……!」
そんなアイズから目を逸らし、モルドは忌々しそうにベルを睨んで、仲間と共に去っていった。
「君は本当に色んな目に遭う子だね。アイズ君、ありがとう」
「いえ……ベル、大丈夫だった?」
「はい。ありがとうございます、アイズさん」
視線一つで穏便に終わらせたアイズにベルとヘスティアは口々に感謝を告げる。
そんな三人の後ろで、ヘルメスはあの冒険者達の背中を目で追っていた。
「ふむ……あの冒険者達はベル君を目の敵にしているのか……」
「ふう……」
街の中ではあるけど、かなり端の方にある広場。そこで僕は一人、18階層の景色を眺めていた。
なぜ僕がここに一人でいるのかというと……
「
あの集団の中から逃げ出したからである。
逃げ出したといっても何かまずいことを仕出かしたというわけではない。
あの後、リリ達と合流した僕達はヘルメス様の奢りで、昼食に18階層名物の『ダンジョンサンド』というものを頂くことになった。その『ダンジョンサンド』が原因だ。
18階層で採れる甘い果物……
「あ……」
錆びた剣と壊れた槍の柄で作られた欄干の前で眼下に広がる湖を見つめていると、背後から誰かが近付いてくる音が聞こえてくる。
その音に振り返ると、アイズさんが一人、こちらに歩んできていた。
振り返った僕に小さく笑みを浮かべた彼女は僕の隣に立つ。
「ここにいたんだね」
「すみません、急にいなくなったりして」
「ん……大丈夫だよ。子供の時から甘い物、苦手だったもんね」
昔を思い出すように瞳を閉じてアイズさんは笑う。
あの場からいなくなった理由を簡単に言い当てられた僕も、その笑みを見て自然と笑っていた。
「……アイズさんはどうしてここに?」
「ん、と。ベルが心配だったのと、お昼ご飯、持っていってあげようと思って」
そう言ってアイズさんは手に持っていた小さな鞄から紙包みと水筒を取り出して、僕に渡してくれた。中身は干し肉だけを挟んだサンドイッチと薄く色がついている果実水。
「あそこで買ったものだから、そこまで良い物じゃないけど、ないよりはいいかなって」
「ありがとうございます。本当にもらっていいんですか?」
頷いたのを見て、僕は広場にある柔らかい草の上に座って遅めの昼食を頂いた。
アイズさんの言う通り、干し肉の味はものすごく濃いし、パンは硬いし、果実水はほとんどただの水。それでも彼女が持ってきてくれたからか、とても美味しく感じた。
昼食をとった僕達はそのまましばらく、座ったまま湖を眺めていた。
心地よい空気が流れる中、しばらく他愛のない話をしていた僕はアイズさんの方を見てずっと気になっていたことを質問する。
「アイズさんの装備、一新したんですね」
「うん。遠征の少し前に、やっと完成したんだ」
確か……ミノタウロス戦の時からアイズさんは今の防具になっていたはず。
野営地の天幕の中にいた時は装備は外していたけど、今は防具を全部装備している。
「前の防具と服は…………肌がいっぱい出てて、恥ずかしかったの」
……確かに前のアイズさんの装備は背中や脇がすごい出ていて、露出度が高かった。
けど、今の彼女が着ている装備は下の服から防具まで全く違う。
「…………ベル以外の男の人には、見られたくなかったし……」
服に意識が向いていた僕はアイズさんが小さな声で呟いたその言葉に気付くことはなかった。
まず下に着ている服は美しい白い肌の全面を覆っていて、前まであった露出は全くない。とても短かったスカートも膝の少し上を覆うように長くなっている。
もちろんそれだけではなく、防具が破壊されても彼女が傷を負わないようにその服には前の服とは比べ物にならない程に高い魔力耐性と物理耐性が備わっているらしい。
元の装備と同じように白と青を基調とし、その中に違和感なくあの人を彷彿とさせる翡翠の
「この服はね、よくわからないんだけど、リヴェリアも一緒になって作ってくれたんだって。私が恥ずかしいって言ったら、見た目もちゃんと変えてくれたんだよ」
とても嬉しそうに服を見ながら笑うアイズさんに僕も胸が温かくなった。
だけど、同時にそんなアイズさんにちょっと嫉妬してしまう僕もいる。お母さんから服を贈ってもらえるなんて、控えめに言って物凄く羨ましい。
「ベルも帰ったら……あ、なんでもない忘れて」
「???」
興奮したように何かを話そうとしたアイズさんは慌てて言葉を止める。
帰ったら何かあったっけ……?
「ねえ、ベルはここに来る時にゴライアスと戦ったんだよね?」
アイズさんはそこで話を切り換える。
近くから見つめてくるその瞳に僕は頷いた。
「どうして戦ったの?」
「どうして、って?」
「階層主を相手に一人で戦うのは、本当に危ない事なのに……ベルならあの二人を抱えて18階層まで逃げる事ができた筈なのに、なんで戦ったの?」
状況が悪かったとか?、と首を傾げるアイズさんの前で僕は言葉を詰まらせる。
あの時、逃げるという選択肢は欠片も存在していなかった。あの時に浮かんだ選択肢はゴライアスを倒すというもののみ。
条件は悪かった。ゴライアスは進行方向に現れて、僕達を見据えていた。それでも討伐ではなく、ある程度戦いながら逃げてやり過ごすという選択が浮かぶ程度には余裕はあったはずだ。
なのにどうしてそんな選択を……生き残るより自分の命を失う確率の方が高い選択をしたのか。
そんな疑問に対する答えは当時の戦いを思い浮かべたと同時に蘇ってきたある思いだった。
「二人を……大切な仲間を守りたくて、僕は戦ったんだと思います」
その思いとは、二人を何があっても守りたい、守る……というもの。
あの時の僕はゴライアスから逃げる事によって起きる可能性を恐れていた。
逃げる事によってどうあがいても生まれてしまうあの二人の死という可能性を恐れた。
隙を突いて逃げ出すという選択の方が僕の命が助かる可能性はきっと高い。だけど逃げ出した時点で二人の身を危険に晒してしまう。そして逃げている最中に僕が重傷でも負わされれば、僕は殺され、ゴライアスはすぐにあの二人の命を刈り取っただろう。
なら、
僕が勝てば、あの二人に危険は及ばなくなるのだから。
「そっか……ベルは、自分が危ない目に遭ってもあの人達を守りたかったんだね」
「そう、なりますね」
アイズさんは考えるように少し俯き、少ししてから小さく笑みを浮かべる。
その笑みが納得の答えを受けた事での笑みなのかはわからないけど、それ以上、アイズさんは僕とゴライアスの戦いについて聞いてくる事はなかった。
再び流れる沈黙。さっきまで話が続いていたからか、随分と静かに感じた。
「……ねぇ、ベルは私を────」
「おお! ここにいたのかい?」
「ヘルメス様?」
隣でアイズさんが僕を見て、何かを呟こうとしたその時、この広場の唯一の出入り口である洞窟からヘルメス様とアスフィさんが現れた。
アイズさんは言葉を途中で止めて、残念そうな表情を一瞬浮かべたかと思うと、すぐに立ち上がる。そして、僕に手を差し出してきた。
「あ、ありがとうございます」
「ん」
短い二人っきりの時間はこれで終わり。
それを残念に思いながら、僕もアイズさんの手を取って立ち上がった。
ヘルメス様達に連れられて他のみんなと合流、野営地へと僕達は戻る。
(…………アイズさん、最後に何を言おうとしてたんだろう)
野営地への帰路に就く僕の頭の中には小さく眉を下げるアイズさんの姿が色濃く残っていた。
いつも感想や評価、ありがとうございます。
この場を借りて二つの質問に答えさせていただきます。
まずこの作品のヘスティアとリリはベルに対してどのような感情を抱いているのかについてです。
現状のヘスティアはベルに対して恋愛感情はなく、主神として、母親としての愛をベルとリリの二人に向けています。
リリは恋愛感情は確かにありますが、それ以上に自分を救ってくれた二人の力になりたい、二人の家族でいたい、という想いが強いため、あまり表に出すことがないという感じになっています。
続いてベルが知っているアイズの過去についてです。
ベルはアイズの過去について詳しくは知りません。
知っているのは
あまり答えにはなっていないのですが、これ以上詳しく話してしまうとこれからの話にかなりの影響が出てしまう可能性があるのでここまでにさせていただきます。申し訳ありません。
ここまで見ていただきありがとうございました。