二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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男の浪漫……?

 ベル達が野営地へ戻ると、間もなく18階層に『昼』が訪れた。

 天井に咲く青水晶と白水晶が輝きを増し、階層内の雰囲気がガラリと変わる。

 野営地にいた女性陣がティオナの提案で水浴びへ向かった以外、特に何も起きていない野営地。

 

「頃合いだな」

 

 地面に腰を下ろしているとある少年の前まで歩んだヘルメスは神妙な顔でそう呟いた。

 

「え?」

 

「ベル君、オレに付き合ってくれないか?」

 

 不思議そうな顔をするベルの前で誰かに聞かれても不味いように、そっと声をひそめたヘルメスは膝をつき、少年と視線を交わす。

 

「オレはこの時をずっと待っていたんだ。いや、この時の為に危険な迷宮(ダンジョン)まで赴いたと言っても過言ではない……君と二人きりになる、この時の為にね」

 

 スッと目を細めたヘルメスを警戒するようにベルは距離を取る。

 敵意がない事を示すように手を上げ、真剣に自分を見つめてくる男神をじっと見つめ返す。

 普段の飄々とした雰囲気を消したその神の姿に余程の事なのかと、警戒しつつもベルは構えを解いた。一先ず話を聞く、という意思表示だ。

 

「ありがとう、ベル君。ここじゃあ人目がある。少し移動しようか」

 

 周囲を見渡したヘルメスの言葉に頷き、ベルは彼の後ろをついていく。

 静かに移動し、森の奥……女性陣が水浴びの為に通った道をヘルメスと自分が歩いている事に気付くことが出来ていれば、このすぐ後に起きる事件を少年は回避できていたかもしれない。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ────どうしてこうなった。

 ヘルメス様に連れられて、ある場所についてしまった僕はそう叫びたかった。

 耳に届いてくるのはドドドドド、という滝の音、そしてそれに混ざるティオナさん達の声。

 僕は現在、アイズさん達が水浴びしている泉のすぐ近くにある樹の上にいた。

 

「さあベル君……覗こうぜ☆」

 

「覗きませんよっ!?」

 

 爽やかな笑顔を浮かべながら親指を立てて、歯をキラッ☆と輝かせるヘルメス様に限界まで絞った声で僕は叫び返した。

 

「おいおい、ここまでホイホイついてきておいてそりゃないぜ。すぐそこに今のオレ達以外には絶対に見れない色んな女冒険者と一人の女神の裸がある。なら覗かなきゃ失礼だろ?」

 

「どういう理屈なんですか……!?」

 

 ついていかなければよかったと後悔してももう遅い。

 清々しいほどに満面の笑みを浮かべるヘルメス様の顔を神様だというのに無性に叩きたい衝動に襲われるけど何とか抑える。ここでそんなことをしたら、下の誰かにバレてしまう。

 というか、何もしなくてもここで言い争ってる限り、いつかは絶対にバレる。

 

「桃源郷はすぐそこだ! いくぜ、ベル君!」

 

 じゃあ一人で帰ればいい……だけどそれは絶対に出来ない。

 ここにいなければ、ヘルメス様が口を割らない限り、僕が共犯者に祭り上げられることはない。

 問題はそこじゃない。水浴びをしている人達と見張りの人達にボコボコにされる、殺される危険性があったとしても、この神様をここに置いていくわけにはいかなかった。

 何故なら────

 

「さてベル君、君はどの子の裸が見たいんだい? ちなみにオレは命ちゃんかな! 【剣姫】も捨てがたいけど────」

 

 ────そこにはアイズさんがいるからだ。

 絶対にこの神様に……他の男にあの人の裸は見られたくない。

 頭の中で顔を出そうとする謎の存在(祖父の教え)をその感情一つで抑え込みながら、『男の浪漫』などとのたまう目の前の神様の肩を掴む。

 

「帰りましょう、ヘルメス様。これ以上進むというのなら僕も容赦しませんよ」

 

「うぉう……そ、そんな怖い顔をしないでくれよ。少し、本当に一瞬だけ見るぐらい、いいだろう? せっかくここまで来たんだからほんの一瞬でも────」

 

「ダメです、帰りま────」

 

 最後の手段、奇しくもこれもお祖父ちゃんから教えてもらった秘技(腹パン)を恐れ多くも神様に使う時が来てしまった事を残念に思いながら、腕を構えた……その時だった。

 ボキッ、という嫌な音が響いたのは。

 

「あ」

 

「え」

 

 そんな間抜けな声が僕とヘルメス様の口から漏れる。

 何故かゆっくりと下がっていく視界の中に、根もとからポッキリと折れた大樹の枝が入った。

 咄嗟に一緒に落ちれば大怪我を負ってしまいそうなヘルメス様をすくい上げ、別の枝にぶら下げる。それが今の僕の限界だった。

 ゆっくりだった視界の速度が戻った瞬間、僕は勢いよく大樹の上から宙に投げ出された。

 

「────うわぁあああああああああああっ!?」

 

 数秒の落下、すぐに僕は迫りくる水面にドボン、という音と高い水飛沫を上げて着水した。

 沈んでいく体を引き上げて、僕は泉から顔を出す。

 

「はぁっ、はぁっ、げほ…………!!?!!??!?」

 

 顔から流れ落ちた水とへばりつく水滴を払った僕はすぐに息を呑んだ。

 落下の衝撃が晴れるにつれ、鮮明になっていく意識がそこがどこなのかをすぐに教えてくれた。

 

「アルゴノゥト君? なになにっ、君も水浴びしに来たの?」

 

「大人しそうな顔して……やるわねぇ、あんたも」

 

 頭上から聞こえてきたその声に顔を上げてしまった僕の眼前にいたのは双子の姉妹。

 楽しそうに笑う(ティオナさん)と感心するように笑う(ティオネさん)。二人とも、当然のようにその全身を隠していない。

 

「べべべべ、ベル君!?」

 

「なぁ、ななな、なんでベル様がここにっ!?」

 

 視界のすぐ左側から聞こえてくる神様とリリの声という無条件で安心できる二人の声に反応して勝手にそちらを向こうとする顔をなんとか食い止める。

 あちらこちらから聞こえてくる悲鳴、ドスの効いた誰か(アスフィさん)の声、僕を変わらず見ている双子の姉妹、上から聞こえてくるガサリ、という誰かが逃げた音。

 混乱に陥る泉の中で僕は視界の奥、光景の中心にいる彼女の存在に気付いてしまった。

 

「…………ぁ」

 

「…………見ちゃ、ダメ」

 

 その声は音が入り混じるこの空間の中で、何故か僕にだけよく届いた。

 流れ落ちる滝の前で、体を抱くように胸を隠すアイズさんが、その顔を真っ赤に染める。

 体に張り付く濡れた美しい金の髪、羞恥からか少し潤んでいる金の瞳、傷一つない玉の肌。

 ほっそりとした首筋からくびれた腰まで流れ落ちていく水滴すら見えてしまうほどに彼女の全身を鮮明にその身に焼き付けてしまった僕の頭はそれを理解すると同時に爆発した。

 

「ご────ごめんなさぁああああああああああああああああああああああああああいっ!?」

 

 燃え上がるように熱くなった顔と全身を動かして、僕は泉が爆発したような勢いで飛び出す。

 今なら第一級冒険者に匹敵する力を発揮してきそうな程に凄まじい形相で襲い掛かってくる見張りの人達すら置き去りにした僕は『都市最速』になってしまったのでは、と錯覚する程の速さでそこから逃げ出してしまった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 森を縦横無尽に駆け抜けた。

 一瞬でも気を緩めれば、脳裏に浮かんでくるアイズさんの裸の記憶を必死に忘れようと、とにかく前進、とにかく加速。進路なんて考えずにとにかく走って走って走り続けて。

 赤熱が収まり、心に平静が戻り始めた所で、気付いた。

 

「……ま、迷った」

 

 立ち止まり、辺りを見渡す。

 見覚えのない大木と水晶の畑。その中央で僕は天井の水晶から発せられる光に照らされていた。

 来た道らしきものを振り返って見ても、一体どこを走ってきたのかわからないほどに草が生え茂っていて、帰り道は全くわからない。

 完全に迷子だ。

 

「『夜』が来る前に帰らないと…………?」

 

 状況を把握し、ひとまず……本当にひとまず先ほどの出来事を片隅に置いた僕の耳が何かの音を拾った。当てもない為、その方角に向かって歩くとより鮮明にその音が聞こえてくる。

 

「水の音……と、話し声?」

 

 せせらぎとは違う、水をすくっては落とすような音と、誰かの声。

 前者の音だけだとモンスターの可能性が高かったけど、人がいるのならその音は確実にモンスターではない。

 この先にいるのがこの階層に詳しい人なら、『街』までの道を知ることが出来るかも……

 そんなことを考えながら、倒れた大木の下や木々の間を抜けて、僕はその音源へと近付く。

 

「改─────私と水──────来たのですか──」

 

「暇つぶし──この階層────愚弟子──何も────ないからな」

 

 その音……声がよく聞こえてくる範囲に入った途端、何も深く考えずにこの場に来てしまった事を心底後悔した。

 何故ならその二人の声には聞き覚えがあったからだ。そして聞き覚えのあるその声の主は二人とも女性。水の音と合わせると、二人で水浴びをしているという可能性が非常に高い。

 つまり今、僕は、全く意図せずと言えど、二度目の覗きを敢行しているという事になる。

 

(まずいまずいまずいまずいまずい……!)

 

 幸いにもまだ声が少し届いてきているだけで、二人の姿は全く見えない。

 このまま静かに立ち去る事ができれば、きっと、多分、大丈夫なはず……

 焦燥に満ちる心をなんとか落ち着かせて、僕はゆっくりと、静かに、方向を変えて、来た道を戻ろうとする。

 前を向いて、音を立てないように、ゆっくりと歩く筈だった。筈だったんだ……!

 パキッ、と確かに足元から木の枝が折れる音が聞こえてきた。この空間によく響くほどにしっかりとした音が。

 

「──何者だ!」

 

 その音が響いたほんの数秒後、そんなよく通る声と共に僕のいるほんの少し右を短剣が通った。すぐ横の木に短剣が突き刺さり、木が悲鳴を上げながら崩れていく。

 完全に隠れているであろう僕の体を寸分違わず、射抜いてくる二対の瞳に僕の全身は凍り付いたように動かなくなった。

 逃げる事は不可能。多分二人のどちらかは投擲状態に入っている。そもそもここにいることがバレた時点で逃亡という選択肢はない。

 なら、僕に出来ることは一つだけ。顔を俯かせ、瞳を閉じた僕は突き刺さってくる二人の視線を頼りに、彼女達の元へ歩を進めた。

 

「……ん?」

 

「……クラネルさん?」

 

 姿を現した僕を見て、二人が怪訝そうに眉をひそめたのがその声音からわかる。

 顔を俯かせて瞳を閉じる僕を見て、判断に困っているのかどうかはわからないけど、その場に沈黙が走った。

 その中で僕はある少女の姿を思い浮かべ、その姿を再現するように額を地面に叩きつけた。

 

「すいませんでしたぁあああああああああっ!?」

 

 ある少女……命さんの美しい姿勢を真似る渾身の土下座。

 全身全霊でこの場に現れてしまった非礼を詫びるのにはただの謝罪では絶対に足りない。足りていいわけがない。

 ただただ全力で謝意を込めて、瞳を強く閉じていると、ふぅ、という吐息と笑いを堪えているようなくぐもった声が聞こえた。

 

「後ろを向いていてください」

 

「ハイッ」

 

 顔は上げず、瞳も決して開かず、その場で回転。

 裁きを待つ罪人の気持ちを理解する日が来るとは思ってもいなかった。永遠のように長く感じる時を、石のように固まって待つ。

 

「もう結構です」

 

 その声におそるおそる振り返ると、二人は昨日見た戦闘衣(バトルクロス)に身を包んでいた。

 何も言葉を発せずにいる僕を見て、リューさんは一つ嘆息、輝夜さんはクスクスと笑う。

 

「とりあえず、弁明を聞きましょうか」

 

 隣で笑う輝夜さんを一睨みしたリューさんが正座をする僕の目の前までやってくる。

 僕の目をまっすぐ見つめてくる彼女達に僕はここまでの経緯を嘘偽りなく話した。改めてまとめると経緯があれ過ぎて、リューさん達が信じてくれるかどうかわからない内容だったけど、全て正直に話した。

 

「覗きをした後に私達の水浴びを覗きかけた、だと?」

 

「はい……」

 

 全てを話し終えて項垂れる僕の後頭部に輝夜さんの声が刺さる。

 どんな罰が来ても受け止めてみせると、覚悟を決めて続く言葉を待つ。

 

「……なんだそれは。面白過ぎるぞ」

 

「えっ?」

 

 そんな予想の外にあった言葉に項垂れていた顔が上がる。

 そのまま輝夜さんを見上げると、彼女は昨日見た上品な笑みはどこへやら、なんというか悪い笑みを浮かべて僕の事を見下ろしていた。

 

「【剣姫】達の裸に満足せずに私達の裸まで覗こうとするとは……貴方様は底なしなのですねぇ」

 

 ニヤリと笑い、見た目からはそんなことを口にするとは到底思えない輝夜さんの爆弾発言に僕は何も反応できずに固まってしまった。

 

「輝夜……クラネルさんが自らそのような事をする筈がないでしょう。今回の件に関しては彼に落ち度はない。からかうのも大概にしておけ」

 

「おお怖い怖い」

 

 そんな僕を放っておいたまま、喧嘩を始めてしまいそうな二人の姿に硬直が解け、頭が疑問符でいっぱいになる。

 僕の前の二人は雰囲気を変え……特にリューさんは普段の落ち着いた様子とは真逆の態度でニヤニヤと笑う輝夜さんに食って掛かっていた。

 

「あ、あの……」

 

「あ……申し訳ありません。話が終わり次第、【ロキ・ファミリア】の野営地へお送りしますので少し待って頂いてもよろしいですか?」

 

「あ、はい……え!? いや、そうじゃなくて! その、許して、もらえるんですか?」

 

 途端、二人揃って何を言っているんだこの人(こいつ)はという顔をしたリューさんと輝夜さんにますますよくわからなくなる。

 まさか僕のあんなおかしな経緯を聞いて、何も聞かないまま、僕の言葉をそのまま信じてくれたとでも言うのか?

 

「許すも何も、先ほども言った通り貴方に非があるようには思えません。そもそも私達は未遂ですし、責めるのはお門違いでしょう」

 

「責められたいのなら【ロキ・ファミリア】の団員に責めてもらうのは如何でしょうか? 私達は貴方様の趣味趣向に付き合うつもりはありませんので」

 

「いい加減にしろ輝夜ッ! いつもの()()()はどうした!? 何故今回に限ってあれをしない!」

 

「おやおやぁ? それをやめろと言っていたのはどこの糞雑魚妖精様でしたかぁ? やめろと言ったり、やれと言ったり……貴女様のような人を二重規範妖精(ダブスタクソエルフ)と言うのですよ?」

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」

 

 普段とは全く違う姿を見せるリューさんとやはり悪い笑みを浮かべて、顔を真っ赤にする彼女をからかい続ける輝夜さんのやり取りに僕は今度こそ完全に蚊帳の外になった。

 顔を真っ赤にしたまま、輝夜さんに言い返そうと口を開いては閉じを繰り返していたリューさんは僕の事を見て、肩を跳ねさせる。

 

「と、とにかくです。クラネルさんに罪はありません。ですから必要以上に自分を責めようとするのはやめなさい。貴方の悪い癖だ」

 

 頬を赤らめたまま、内心を見透かしたようにそう指摘してくれたリューさんに頷く。

 頷いた僕に満足したのか、視線を外した彼女は平静を取り戻すように深呼吸を繰り返していた。

 

「…………必要以上に自分を責めるな、か……どの口が言っている、この馬鹿が」

 

 そんなリューさんを先ほどまでの雰囲気を一掃し、睨むように見た輝夜さんは何かを呟いていたけど……何を言ったんだろう。

 

「……では、戻りましょうか。遅くなってしまったらヘスティア様達が心配するでしょう」

 

 水浴びの為に脱走していた武具や小鞄(ポーチ)などを装備し直した彼女達に連れられて、木々の中にある小道を進む。

 

「あの、遅くなっちゃいましたけど、わざわざ助けに来て頂いてありがとうございました」

 

「いえ、気にしないでください。貴方が帰ってこなければ、シルとノエルが悲しみます。これはあの二人の為でもありますので」

 

「私は愚弟子共の後始末をしに来ただけだ。感謝する必要などない」

 

「どんな事情があったにしても、リューさんと輝夜さんが僕達の事を助けに来てくれたのには変わりません。本当にありがとうございます」

 

 感謝は必要ないという二人の返事に僕は食い下がる。

 そんな僕にリューさんは苦笑を、輝夜さんは呆れたような溜息を漏らしていた。

 

「……おい、リオン。あそこに寄るぞ」

 

「……何? 今はクラネルさんを野営地まで送っていくのが先決……」

 

「まだ隠していたいというのなら無理強いはしないが、あの神がこの男に興味を持った以上、いつかは私達の事情を知られる。先に知られて後悔したくないのならもう話しておくべきだろう」

 

 ……?

 二人は突然何の話をしているんだろうか?

 隠していたい? 神様が僕に興味を持つ? 後悔?

 前を進む二人に交互に視線をやり、よくわからないまま僕はついていく。

 逡巡するように、足取りが重くなったリューさんは意を決したように、立ち止まった。

 

「申し訳ありません、クラネルさん。少しだけ私達に時間をくれないでしょうか」

 

 どこか緊張したような面持ちで僕に振り返ったリューさんの言葉にとりあえず頷く。

 よくわからない事を、よくわからないまま終わらせたくない。それが知り合いの話なら尚更。

 感謝を告げた彼女達の背中を追う。木々と水晶の間を進み、やがて僕はそこに辿り着いた。

 

「ここ、は……」

 

 開けた場所に出た僕は思わず言葉に詰まった。

 開いた木々の天井から差し込む光に照らされる小さな広場にあったのは無数の壊れた武器。

 七つ……いや、八つの武器がまるで墓のように地面に刺され、水晶に囲まれていた。

 

「私達の【ファミリア】の墓……のようなものです」

 

「厳密に言うと、私達の仲間の『冒険者』としての墓だ」

 

 振り返りもせず、そう告げてくる二人に呆然とする。

 しばらくそうしていると、輝夜さんは静かにその場に座り込み、リューさんはその空色の瞳で僕の事をじっと見つめてきた。

 

「……私達の、そして私の身の上話を聞いていただけませんか?」

 

 そんな吸い込まれそうな瞳に僕は何も言えず、頷いていた。

 そこから、彼女が話し始めた『過去』に僕は相槌すら打てなかった。

 

 数年前まで都市に蔓延っていた『悪』と戦い続けた正義の派閥(ファミリア)の話。

 悪と戦い、都市の秩序を、人々の笑顔を守り続けてきた星乙女の軌跡。

 そんな彼女達を待っていた最悪の結末(みらい)

 

「ある日の事でした。敵対派閥の企みを阻止する為、私達は『下層』へ調査に赴きました。そこで私達はその派閥に罠に嵌められ、【ファミリア】の団員全てが致命的な被害を受けたのです」

 

 当時を思い出すように目を伏せた彼女はわずかに肩を震わせる。

 恐怖か、怒りか、嘆きか……はたまたその全てなのか。

 

「その場にはリヴェリア様やまだ幼かった【剣姫】がいた。リヴェリア様達が偶然にも私達と共に向かっていてくれなければ、私達は命を奪われていたでしょうね」

 

 そこで少し、その話に違和感を覚えた。

 彼女の話に嘘はない。それは間違いない。

 だけど、『悪』と戦い続けてきた彼女達が罠に対する対策をとっていなかったとは思えない。

 そして、罠一つで当時のLvが違っていたとしてもアリーゼさんやリューさんが……挙句の果てにお母さんやアイズさんがいるパーティに致命的な被害を与えられるとは到底考えられない。

 一体どうやってその派閥はリューさん達にそこまでの被害を与えたんだ?

 

 そこまで考えた所で思考を切り換える。

 彼女が何も詳細を話さないという事は、何か事情があるという事の筈だから。

 ただ、この違和感は忘れないようにしておく。

 

「命こそ助かりましたが、私とアリーゼ、輝夜を除く仲間達は戦えなくなった……肉体的なモノや精神的なモノ、様々な要因が重なり、『冒険者』としての彼女達はあの日、死にました」

 

 その仲間達の願いで、この冒険者の墓場を作り上げた、ということらしい。

 仲間の願いとはいえ、そんな墓を作ったリューさんはどんな気持ちだったんだろうか。

 共に過ごした『家族』の一つの終わりを見届けた彼女は、どんな顔をしていたんだろうか。

 

「そして……生き残った誰よりもしぶとかった私はアストレア様やアリーゼ達の制止を振り払い、ある行動に出ました」

 

 そう言ったその瞬間、彼女の表情は一変した。

 憤怒や憎悪、当時その身に宿していた感情の一端をその顔に覗かせる。

 

「仲間のもう一つの命を奪った私怨から、私はその敵対派閥に襲撃をかけたのです」

 

 闇討ち、奇襲、罠、僕が見てきた高潔な彼女には到底相応しくない手段を用いての襲撃。

 襲撃に晒された敵対派閥はたった一人の手によって壊滅。大派閥だったというその【ファミリア】の壊滅は当時の趨勢を大きく分けた、というらしい。

 

「あれは正義なんてものではなかった。復讐に飲まれた私は彼の組織に与する者、関係を持った者……それがギルドの職員だったとしても、疑わしき者全てに襲い掛かりました」

 

 少しでも疑わしければ、襲撃。

 その見境ない報復行為はその時代に生きた冒険者や組織、商人問わず、多くの者の恨みを買い、最終的にギルドの要注意人物(ブラックリスト)に載せられ、賞金もかけられたという。

 都市を守っていた彼女の功績があったとしても、被害を受けたギルドは彼女を罰しないわけにはいかなかったらしい。その被害者が正義の派閥(アストレア・ファミリア)と敵対していた組織と癒着していたのだとしても、彼女はやり過ぎてしまった。

 

「目的を遂げた私は最終的に力尽き、汚泥や血に塗れたままその命を終わらせる……筈でしたが、そんな私の手を取ってくれる人がいた」

 

「……それが、シルさん?」

 

 その話を始めてから初めて、リューさんは小さく笑みを浮かべて、頷いた。

 なんとなくリューさんのシルさんに対する態度がアーニャさん達と違っていたように見えたのは、あの人がこの人の命の恩人だったからなんだ。

 

 最後は優しい声音で過去の話を締めくくった彼女は心を落ち着かせるように一度瞳を閉じた。

 

「……長々と、耳を汚す話を聞かせてしまって、申し訳ありません」

 

「耳を汚すだなんて……そんなことないです。でも、どうしてそんな大事な話を僕なんかにしてくれたんですか?」

 

「……輝夜に背中を押してもらえたから、というのもありますが、私がどのようなエルフなのかというのを隠しておくのは貴方に不義理だと思ったからです」

 

 不義理……?

 何故リューさんがそんなことを言ったのか、理解できなかった。

 

「今までの話で何が言いたかったのかというと、私は恥知らずで、横暴なエルフだという事です。貴方から信用をもらっているというのに、そんな信用を眩しく思ってしまうほどに私の手は穢れているのです」

 

 ……そういう事か。

 彼女が何故そんな話をこの場でしたのか……それを理解できた。

 リューさんは僕を突き放そうとしているんだ。彼女曰く、穢れた自分の領域にこれ以上僕が踏み込まないようにするために。

 ここまでの行動はリューさんの背中を押した輝夜さんも予期していなかったんだと思う。無言を貫いているけど、眉を顰めるその表情がそれを物語っている。

 

 何をどう答えればいいのか……彼女が望む答えを口にすることは嫌だった。

 答えが出ない沈黙が続く中、一瞬リューさんと視線が絡み合う。

 その一瞬の中でほんのわずか、彼女の瞳に混ざる諦観の色を見たその時。

 

 僕はリューさんの手を取っていた。

 

「!」

 

 手を握られたリューさんの体が強張り、その空色の瞳が見開かれる。

 けど、打ち払われる事はなかった。

 

「穢れてなんかないです。リューさんの手は、リューさんは穢れてなんかいないです」

 

 どれだけ彼女が自分自身を否定したって、彼女に救われた僕がそれを否定してやる。

 その意思を伝達するように、か細い手を握る自分の手に少しだけ力を込めた。

 

「……クラネルさん、私は────」

 

「もうやめておけ。どれだけ貴様が嘆いた所でその男の意志は絶対に変わらん」

 

 繋がる手を見て、何かを言おうとしたリューさんの言葉を呆れた顔をする輝夜さんが遮る。

 彼女はその顔のまま僕の方を見て、少しだけ……本当に少しだけ嬉しそうに鼻を鳴らした。

 

「それがわかっているから、その手を振り解かなかったのだろう?」

 

「…………手を、離してもらっても良いですか?」

 

「す、すみません!」

 

 輝夜さんには何も返さず、目を閉じたリューさんの言葉に掴んでいた手を慌てて離す。

 エルフは他者との接触を簡単には許さない種族。人によっては変わるんだろうけど、今の僕の行動はエルフである彼女にはあまり好ましいものと思われなかったかもしれない。

 迂闊な行動を今更ながらに反省する。

 

「……そこまで踏み込んだ話をするとは思ってもいなかったが、存外良い結果になったか。まさか他よりも潔癖な貴様が、突然掴まれた手を振り払わないとはな」

 

「……そうですね。他の人間ならばどんな状況であれ、そもそも掴まれたりなどしないでしょうし、一体何故、彼の手を受け入れたのか……いえ、理由はなんとなくわかります」

 

 握られた右手を見下ろしていたリューさんは輝夜さんの静謐の声に淡い笑みを浮かべる。

 よくわからないけど、なんというかリューさんの雰囲気が今までに比べると少しだけ柔らかくなっているような気がした。

 僕の言葉がリューさんの心に響いてくれた……の、かな?

 

「随分話が長引いてしまいましたね。そろそろ野営地へと戻りましょうか」

 

「あ……はい!」

 

 思わずそんな自惚れたことを考えていると、突き刺さった武器の墓標に背を向けたリューさんが元来た道を戻り始める。

 慌てて僕もそれに続いた。ここにいたのは少しの間だけだったけど、神様達は心配してる……それよりも怒っているだろうな……覗いた事も逃げ出した事もちゃんと謝らないと……。

 自分が仕出かした罪への謝罪の言葉を考えながら、僕はリューさん達に連れられて、近付くほどに怒気が込められた声が鮮明となる野営地への帰路に就いた。

 

「ベル・クラネル……成程な。団長が気に入るだけの事はあるというわけか」




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