二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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渦巻く悪意

『白髪野郎がアイズさんの水浴びを覗きやがっただとおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』

 

『あ・の・クソガキイイイイイイイイイイイイイイイッ!!』

 

 ベル・クラネルの覗きの一件は瞬く間に野営地に知れ渡った。

 知らせを聞いた【ロキ・ファミリア】の団員達は男女問わず武器を取り、怒りに染まった眼光を煌めかせる。『毒』に伏している病人達ですら武器を取り、幽鬼の如く立ち上がろうとしている始末である。

 未だ少年不在の野営地のそこかしこで冒険者達の鯨波が巻き起こっていた。

 

「助けられてただ飯食らっておいて、なんて恩知らず!!」

 

「いや~ホント怖いもの知らずっすね……ちょっと尊敬するっすよ」

 

「は?」「あ?」「はぁ?」

 

「じゃなくて許せないっすね! うん、怒ってるっすよ!」

 

 ある青年がベル・クラネルの行動に感心したような言葉を呟いた瞬間、その場の全ての団員の恐ろしい眼光が青年を貫く程に、野営地は荒れ狂っていた。

 

「全部うちのヘルメス様のせいですすみませんすみませんすみませんすみませんっ!?」

 

「おごっ、が、へぶ、アス、ちょっ、ぶえっ」

 

「なんだこれは……何が起こっているのだ」

 

「私が聞きたいくらいだ…………あの子はまた巻き込まれてしまったようだな……」

 

 その野営地の中心では覗きの被害者の一人である筈のアスフィが何度も何度も頭を下げながら、自らの主神の顔を何度も何度も地面に叩きつけて平謝りしていた。

 普段は飄々としている椿でさえ、帰って来てから荒れ果てていた野営地の様子に動揺を隠せていない。瞑目するリヴェリアは頭を痛めるように額に手を置き、件の少年の事を思い浮かべた。

 

「ベルの奴、やりやがった……!」

 

「ああ、あいつこそが漢だ……!」

 

「いつの間にそんなに仲良くなったのですか……」

 

 階層に夜の帳が広がっても殺気が止まらない団員達にヘスティア達客人が大いに怯える中、ヴェルフと桜花は【ロキ・ファミリア】の監視を掻い潜り、覗きを達成したベルについて小声で話を交わし、覗きの被害者の一人であるリリに呆れた顔を向けられていた。

 

「結局、いつもの神のお騒がせ、ってやつね」

 

「なーんだ、アルゴノゥト君、遊びに来たんじゃなかったんだ~。あ、ベート帰ってきた」

 

「でも……ベル、何処に行ったんだろう」

 

 アスフィによる事情聴取と弁明によって、今回の事件が神の企て、少年は覗きの主犯どころか止めようとして泉に落下した被害者だと判明した事で少しずつ野営地の空気が元に戻り始める。

 覗いたという事実は変わらないが、落ち着いた空気が流れる野営地の中を一人、アイズは歩き、暗くなったばかりの階層の天井を見上げた。

 

(今のベルなら、この階層の森の中でも大丈夫だと思うけど……)

 

 実力はあるが、経験が浅いベルを思い、アイズは森を見つめる。

 この大森林を闇雲に探すのは徒労になる事はわかり切ってはいる。だがそれでも探しに行った方がいいんじゃないかと、彼女がそう悩みだした……ちょうど、その時だった。

 

「ありがとうございます、リューさん、輝夜さん」

 

「いえ、では私達はこれで」

 

「今後は神であろうと、もう少し疑って行動することを忘れないように」

 

 森の奥から二人の冒険者と、ベルが現れた。

 その二人は救助隊にいた二人であり、一人は覆面とフード付きのロングケープで顔を隠していた為誰かは分からなかったが、もう一人の着物と笑みを纏っている方はアイズも見覚えがあった。

 その人物ともう一人がどういう関係なのかアイズには皆目見当もつかなかったが、二人が迷子になっていたベルを送り届けてくれたのは間違いない。

 彼女達は少年と二言三言交わした後、再び森へと戻っていった。

 何はともあれ、あれ以降姿が見えなかったベルの姿にアイズはほっと胸を撫で下ろす……撫で下ろそうとした所であの泉の出来事を鮮明に思い出してしまった彼女は夜の闇の中でも分かる程に顔を真っ赤に染めた。

 そしてそのタイミングで、アイズを見つけて同じく顔を真っ赤にしたベルと目が合う。

 

「…………ぁ」

 

 自分の鏡のように顔を真っ赤にする目の前の少年からアイズはすぐに目を逸らし、視線を足元に落とす。その顔を見た途端、顔だけでなく全身の隅々まで火照るこんな気持ちは彼女にとって初体験だった。

 恥ずかしそうにもじもじと手をすりわせて、ベルの顔を上手く見ることが出来ないでいると、固まっていた少年がその場で謝罪の言葉と共に勢いよく地に伏した。

 

「すっ、すみませんでしたっ……!」

 

「え……!?」

 

 渾身の謝意が込められている極東の謝罪作法にアイズはぎょっと目を見開き、すぐに慌てて止めにかかる。余程の勢いで地面に叩きつけたからか、少年の額は流血していた。

 

「だ、大丈夫だから。それに子供の頃に一緒に、入ってたし、ベルに見られるのは、慣れて……なれ…………ぁぅ……」

 

 自分の手を借りて立ち上がった後も謝罪を続けるベルに気にしないで、と過去の自分達の出来事を例に出したアイズはあの時の自分と今の成長した自分は何もかもが違うと改めて認識してしまい、やはり顔を真っ赤にして言葉に詰まった。

 

「……も、もういいから……ね?」

 

「は、はぃ……」

 

 野営地の隅で居た堪れない空気を醸し出しながら顔を真っ赤にする二人。

 夕餉の時間の為、アイズを呼びに来たティオナから声を掛けられるまで、二人はそのままお互いの顔を見れずに立ち尽くしていた。

 

 それからは忙しなく時が過ぎる。

 アイズとティオナに連れられて野営地の中心へと戻ったベルはまず水浴びを覗いてしまった女性陣一人一人に誠心誠意、丁寧に、全力で、謝罪しに回った。

 神に唆されたという事情からベル・クラネルには情状酌量の余地があると判断したのか、女性陣は精一杯の謝意を見せる彼を本気で怒りはしなかった。手厳しく注意するだけでその事件を終わらせたのである。

 アマゾネスの姉妹はてんで気にしていない様子で笑い、アスフィには逆に全力で謝罪をされ、ヘスティア達は覗きよりもヘルメスに簡単に唆されてしまった事をベルは怒られていた。件のヘルメスはズタボロとなり野営地の隅に吊るされている。

 その後、一度だけ男女混合の剣姫親衛隊による暴動の中心に放り込まれはしたが、あまり事件を蒸し返されたくなかったアイズの一言で事なきを得た。

 最後に【ロキ・ファミリア】の首脳陣。最優先である方々への謝罪を終わらせたベルは暴動から解放されたその足で三人が待つ天幕へ赴き、騒ぎを起こしてしまった事を謝罪。さしもの三人も苦笑を隠せず、加えてリヴェリアからは軽い触れる程度の拳骨を頂戴していた。

 

「はぁー……」

 

 謝罪回りを終わらせたベルは何度目かわからない溜息をついて野営地の中を歩く。

 その顔には羞恥と罪悪感、それから疲労が滲んでいる。夕餉前だというのに携帯用の魔石灯を片手に野営地を駆けずり回ったのだから当然だろう。

 謝罪しても尽きない背徳の感情に苛まれながら歩いていると、不意に道の先に一つの人影が浮かび上がってきた。

 

「あ」

 

「え?」

 

 浮かび上がってきたのは山吹色の髪を一纏めにしたエルフの少女。

 剣姫親衛隊の中にもいた彼女の姿にベルは顔を赤と青に交互に染め、固まる。

 その一方で少女……レフィーヤは敬愛する剣姫(アイズ)を辱める事件を巻き起こしたそんな少年を敵意の込められた瞳で睨みつけていた。

 

「…………はぁ」

 

「…………?」

 

 かと思うと、レフィーヤは瞳を閉じ、溜息を一つ落とす。

 何も行動に起こさない彼女の姿に少年が困惑していると、レフィーヤは眉を下げた笑みを浮かべながら、敵意を霧散させた瞳でベルを見た。

 

「そんなに警戒しないでください。まあ、今のは私が悪いですけど」

 

「え、えっと……?」

 

 暴動の時に魔力を高めていた少女とはまるで別人の彼女にやはりベルは困惑する。

 今のレフィーヤはこの階層のベンチで話した時の彼女と同じ雰囲気を醸し出していた。

 

「お、怒ってないんですか……?」

 

「怒っていましたよ。ええ、それはもう、本気で魔法を撃ち込もうと思うくらいには」

 

 そんな恐ろしい発言にベルは体を震わせる。

 18階層での共闘、そして24階層での共闘時に見た彼女の魔法をまともに撃たれていたら、間違いなく無事では済まなかっただろう。

 魔法を撃ち込まれる自分の姿を想像したのか、遠い目をして顔を青褪める少年を見て、レフィーヤはクスリと笑みを落とした。

 

「でももう怒っていません。当事者であるティオナさん達も気にしていないようですし、貴方が皆さんにしっかり謝罪した上で許されたという話も聞きましたから。それに貴方はヘルメス様に巻き込まれた被害者であるようですし」

 

「それは、そうなんですけど……あの時、すごい怒っていたレフィーヤさんがこんな風に許してくれるとは思っていなくて……」

 

「う……まあ、あの時はその、ティオナさん達からまだ話を聞いていなくて、感情的になっていたので……貴方に非がないのであれば許されている以上、今の私が怒る理由はあまりありません」

 

 当事者であればもう少し怒っていたかもしれませんけど、と後ろ手に手を組んでレフィーヤは呆気に取られているベルに笑いかける。

 彼女の笑みにようやく少年は怯えと緊張を解き、ほっと一息を吐いた。

 

「ですけど、次からは気を付けてくださいね? 神様に関しては特に。中には平気な顔をして、私達を何らかの企みに巻き込んでくる方だっていらっしゃるんですから」

 

「そうですね……今回の事で身に染みてわかりました」

 

 真剣な眼差しでそう促してくる彼女にベルは頷く。

 余程応えたのか、頷きながら遠い目をする少年の姿に思わずレフィーヤは苦笑を浮かべていた。

 話す事がなくなったのか、二人の間に数秒の沈黙が走る。

 

 その沈黙を破るように森の奥から何度も炸裂音が鳴り響いた。

 

「!?」

 

「え!?」

 

 弾かれたように二人はその音の方角を、一瞬緑光が輝いていた森林の奥を見遣る。

 その音に野営地の者達が、リヴィラの街の住人が、この18階層に辿り着いた冒険者達が……現在この階層にいる全ての存在が大きくその目を見開いた。

 ティオナ、ティオネを筆頭に木の上へと昇っていく団員達に続いてベルとレフィーヤも近くの樹上へと躍り出て、音と光の発生源を目を凝らして見つめる。

 

「今のは……なんでしょうか。誰かがあそこで戦っていた……?」

 

「……もしかして」

 

 それ以降、再び沈黙を生み出す18階層に団員達が困惑見せる中、発生した音と光があるエルフが使用する魔法と酷似していることに少年は気付く。

 翌日、調査に向かうというフィン達からの言葉で落ち着きを取り戻す野営地。その中でベルは一人、自分を送り届けてくれた彼女達の事を思い出し、心配するようにその表情を曇らせていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「【ルミノス・ウィンド】」

 

 冷徹な声がおぞましい薄紅色の肉壁に囲まれた穴の中に響き渡る。

 緑色の無数の大光玉が穴の中に存在する地中の門番(トラップ・モンスター)ごと、罠を吹き飛ばす。

 18階層に炸裂音と美しい緑光を広げた一人の妖精は自ら飛び込んだ罠の中から飛び出し、その音によって姿を見せた二人の白装束の者を絶対零度の眼差しで見下ろしていた。

 

「な、何者だっ!?」

 

「まさか……巨靭蔓(ヴェネンテス)を倒したのか!?」

 

 正体不明の妖精の眼差しに射抜かれ、思わず体を震わせた二人はすぐさま顔を歪め、一人が茂みの奥へと走り出す。

 そして、すぐにずるずると何かが這いずる音がその茂みの中から次々と響き渡った。

 

「…………」

 

 檻の中から解放された食人花が蛇のような姿からその正体を現す。

 鎌首をもたげ、その長躯で逃げ道を塞いだ食人花はその蕾を開き、醜悪な大顎を解放した。

 しかし、十体の食人花に包囲される中でも覆面に隠された妖精の表情はピクリとも動かない。

 

「やれっ、ヴィオラ────」

 

 巻き添えを食らわぬように離れた白装束の闇派閥(イヴィルス)の残党が離れ、声を張り上げたその瞬間、斬撃光がほぼ同時に全ての食人花の首元で閃く。

 声に反応せず、不自然に固まった食人花達に残党が困惑した表情を見せていると、覆面の妖精と背中合わせになるように一人の極東の冒険者が音も立てずに舞い降りた。

 

「団長の言った通り、斬撃には弱いようだな」

 

 そう呟いた彼女が刀を鞘に戻した瞬間、全ての食人花の首が地面に落ち、その体が灰に変わる。

 切り札の食人花が何も出来ずに倒された事に動揺を隠せない残党達は彼女達を睨みつけ、それが誰か気付いてしまい、その表情を一変させた。

 

「ア、【アストレア・ファミリア】!?」

 

「何故……よりにもよって何故貴様がここにいる!?」

 

 震える指で着物の冒険者……輝夜を指差した残党達は思わず後退る。

 その疑問に答えず、輝夜は泉で少年をからかっていた者とは到底思えないほどの冷たい瞳で依然空色の瞳に途方もない怒りを滲ませるリューと共に二人を見下していた。

 

「答えぬか……! ならば────!?」

 

 何も語らず近寄る二人に決死の覚悟を固めたのか、目を限界まで見開いた大柄の男が白装束の下に隠された何かを使おうとする素振りを見せる。

 だがそれは叶わず、何かを発動する前に二人の残党の手足が力を失った。次の瞬間、手足から血が噴き出し、灼熱の痛みが二人の残党を襲った。

 

「ぐ、がぁ!!?」

 

「手が、足がぁ!?」

 

「さて、貴方達に聞きたい事がある」

 

 目にも止まらぬ速さで四肢の腱を断ち、さらに念には念を入れて絶対に逃走できないように手足を砕いた二人は痛みに蠢く残党に武器を突けつける。

 街中ですれ違えば、思わず目で追ってしまうほどの美貌に相応しくない絶対零度の瞳で自分達を見下ろす瞳に残党達は恐怖に固まった。

 

「あの罠を作り出したのは貴方達か? あれは一体何の目的があって作り出した。貴方達は何をしようとしている」

 

「極彩色のモンスター共を放っているのもどうせ貴様らなのだろう? 白状するのならすぐに楽にしてやろう。白状しないのなら、白状する気になるまで貴様らを痛めつける」

 

「その装備で自決するなどとは考えるな。私達はそれを見逃さないし、それを決して許さない。生き地獄を味合わせてでも貴様らを……彼の派閥の生き残りを決して逃がさない」

 

 抑えられていた甚大な殺気が解放される。

 死を知覚するほどの強烈な殺気に残党の全身が震え上がった。どれだけはぐらかそうとしても質問の答え以外の発言を彼女は認めない。

 

「何も喋らないようならその背中を辱め、貴様らの正体を暴く」

 

「『開錠薬(ステイタス・シーフ)』!? や、やめろォ!!?」

 

「暴いて、邪神に与する者達を必ず滅ぼす」

 

 悪鬼となった妖精から逃れるように使い物にならない腕と足を引きずり男達は必死に地面を這いつくばり、行く末を見ていた輝夜に捻じ伏せられた。

 もはや動く事すら許されず、ただ辱められるのを待つだけの男達。白装束を引き裂かれ、その背中に刻まれた『神の恩恵(ファルナ)』が暴かれる……その時だった。

 

「!? リオン、離れろっ!」

 

「輝夜!?」

 

 頭上より鋭い銀光が投じられる。

 輝夜、リューの二人を狙って投じられた凶刃を驚異的な反応速度で回避すると同時に、地面に倒れ伏していた残党の二人の頭部に刀剣が突き刺さった。

 

「なっ……!」

 

「やられた……っ」

 

 本命の投擲の為に自分達が回避せざるを得ない状況を作らされたと気付き、奥歯を噛み締めた時にはもう遅い。頭部を貫かれた目の前の二人は既に物言わぬ屍と化していた。

 まんまと誘導された自分に怒りを見せるのも束の間、すぐに刀剣が投擲された箇所を二人は振り返る。

 木の枝の上で揺らめく紫紺の外套(フーデッドローブ)、顔を不気味な仮面で覆い隠した謎の人物がそこから二人を見下ろしていた。

 

「何者だ!?」

 

『……闇派閥(イヴィルス)ノ残リ滓メ……足ヲ引ッ張ルダケノ無能ドモ」

 

 リューの問いに答えず、様々な肉声が重なり合ったような気味の悪い声を発した存在は懐から緋色の『魔剣』を取り出す。

 それが何を意味するのかをすぐに察した二人は咄嗟にその場から退避、そこに間髪入れず魔剣より放たれた炎塊が残党の屍に直撃した。

 

「くっ────」

 

 直後、着火。

 残党が装備していた『火炎石』による大爆発がその場で巻き起こった。

 直撃すれば第一級冒険者(彼女達)でも危険なその爆風に殴りつけながらも難を逃れた彼女達は顔を上げた先に広がる惨状に目を眇める。

 抉れた地面、燃える草木、そして辺りに散らばる黒焦げた人であったもの。何度嗅いでも嗅ぎなれないであろうおぞましい異臭が充満している。

 

「……やられたな」

 

「ええ……慢心しているつもりはなかったのですが……話をし過ぎました。すぐにでもあの背中を暴くべきだった」

 

 良いようにやられ、何も収穫する事ができなかった自分達の失態に溜息を漏らしながら二人は爆心地へと進む。幸いにも周囲は水晶に囲まれているため、これ以上燃え広がる心配はなさそうだ。

 煙と火と異臭の中、爆心地を調べたが、やはり残党の持ち物を確認することは出来ない。肉体と同様に跡形もなく吹き飛んでしまったのだろう。

 

「……戻りましょう。この階層で闇派閥(イヴィルス)の残党が動いているというのは収穫になります」

 

「救助のついでに探しに来ただけだったが、まあ何も収穫がないよりはマシだな」

 

 輝夜が救助隊に参加する直前、密かにアリーゼに頼まれた残党の捜索。

 闇派閥(イヴィルス)の残党の活動再開の確信、そして謎の存在の確認。

 準備不足の捜索にしては十分な成果と言えるかもしれない。

 

「…………ん?」

 

「どうかしましたか?」

 

 視界を掠めた輝きに輝夜が足を止める。

 茂みに隠れていたソレを彼女は拾い上げた。

 

「あの爆発で壊れていない……なんだこれは」

 

 多少溶けた跡はあるものの、跡形もなく吹き飛んだ肉体や他の道具(アイテム)と違い、確かな形を保っている。

 手のひらに収まる大きさで、形状は球形。中央にある眼球を彷彿とさせる赤い球体の中には共通語(コイネー)とも【神聖文字(ヒエログリフ)】とも異なる『D』という文字が刻まれていた。

 

「……魔道具(マジックアイテム)?」

 

 怪訝な呟きが二人の間に落ちる。

 一度顔を見合わせた二人は、その球体をリューの懐に仕舞わせ、その場を後にするのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「いててててっ……顔が変形したらどうするんだ、アスフィ」

 

「自業自得じゃないですか。その程度で済んで良かったですね」

 

 18階層の『夜』が更け始めた頃。

 森の野営地からこそこそ抜け出す二つの影は、ヘルメスとアスフィだ。

 

「神である一柱が覗き、しかも私達の恩人であるベル・クラネルまでも巻き込むだなんて……恥を知ってください」

 

「おいおい、覗きは男の浪漫なんだぜ? オレは恩人であるベル君にその浪漫って奴を教えようとしてだな」

 

「死んでください」

 

 顔中に出来た痣を摩りながら、ドヤ顔を披露するヘルメスにアスフィはゴミを見るような視線を送る。反省の素振りすら見せない自らの主神にはもはや溜息しか出なかった。

 

「────それで、こんな夜更けに野営地を抜け出して、一体どこへ行こうというのですか?」

 

「こんな夜更けに女を連れて行く場所なんて、一つに決まっているだろう?」

 

 話をそこで変え、身に纏う雰囲気をアスフィという個人から【万能者(ペルセウス)】へと一変させた彼女は自らの主神に神意を問う。

 闇に沈んだ大草原を行く中、その言葉にヘルメスは神らしい笑みを浮かべ、道の先で揺らめく『リヴィラの街』の灯りに目を細めた。

 

「酒場、さ」

 

 

「クソが!」

 

『リヴィラの街』にある数少ない酒場。

 天然の洞穴を利用したその酒場は薄汚れた絨毯が敷かれ、その上にはお粗末な椅子とテーブルが置かれている。それを照らすのは内部で吊るされている魔石灯と自生している青白い水晶。

 地上にある豊穣の酒場とは比べ物にならないが、一風変わったその酒場の雰囲気は正に荒くれ者の酒場と呼ぶに相応しい。その中で一人の男が怒声と共に杯をテーブルに叩きつけていた。

 

「荒れてんなぁ、モルド」

 

「うるせぇっ! あのガキ、どんな手品を使ってここまで来やがった……調子に乗りやがって!」

 

「なんだぁ? 妬みか?」

 

 モルドの言葉に酒場内にいる冒険者……もはや固定メンツとなっているモルドの顔見知りの冒険者達がドッと笑い出す。

 そんな他人事のように自分を嗤う彼等にモルドはもう一度声を張り上げた。

 

「てめぇらも他人事じゃねえぞ!? 生意気な新人(ルーキー)が、大して時間も経ってないくせにもう『中層』に来やがった! 何年も前からここで立ち止まってる俺やお前らなんざ、いい笑い者だろうなぁ!?」

 

 怒りと被害妄想じみた屈辱が混ざるその声に酒場は静まり返る。

 ここは18階層。選ばれし(ランクアップした)冒険者のみが辿り着ける階層。

 彼等はそんな階層にいるという自分に小さくない自負がある。そんな階層に……自分達が何年もかけて辿り着いたこの場所に、自分達とは比べ物にならない程に短い時間で名も知らない新人(ルーキー)が踏み込んだという事実ははっきり言って面白くなかった。

 その新人(ルーキー)が神々や人々から注目されている話題の兎(スーパールーキー)となれば、なおさらだ。

 

「一丁前にご立派な装備なんざ揃えやがって……焼きを入れねえと腹の虫が治まらねえ」

 

 ほんの数時間前に出会った少年の姿と装備を思い出したモルドは一層苛立ち、酒を飲んでも全く収まらない怨憎の声を吐いた。

 

「……焼きを入れるっつってもどうすんだよ。あのガキの傍には【剣姫】がいやがったんだろ? 俺達が束になったって敵いやしねえぞ」

 

「ヘルメスの所と……あとはタケミカヅチの所の奴等ともつるんでるみたいだな」

 

「それがなくたってあのガキはLv.3だぜ? 一対一(タイマン)じゃ絶対に勝てねえよ」

 

 モルドの言葉に賛同しつつも、目の前に立ち塞がっている障害に再び酒場の空気が沈む。

 作戦を立てたとしても、下手な作戦では返り討ちになる可能性の方がずっと高い。

 

「ごちゃごちゃうるせえぞ! 力を貸すのか、貸さねえのか、どっちだ!?」

 

 その不安を一蹴するようにモルドは一際強く怒声を張り上げた。

 彼の一人でも間違いなく何かを起こすであろう剣呑な瞳に周囲の者は一度考えるように瞳を閉じる。数秒後、開かれたその瞳にはモルドと同じ、抜身の剣のような剣呑な光が宿っていた。

 それをきっかけに何かが起きれば、即座に腰に佩いた得物を少年に対して抜くであろう一触即発な空気が漂い始める。

 

「あいつ一人を誘き出しさえすりゃあ……張りぼてのインチキ野郎なんざどうとでも……」

 

「おー、わかりやすいくらい盛り上がってるなぁ」

 

 聞く者が聞けば、激怒しそうな発言をモルドがしたその時、そんな気の抜けた声が酒場に響く。

 酒場に存在する全ての人間の視線が入り口に注がれた。

 荒くれ者達の視線を浴びるのは、彼等の怒りをそよ風に吹かれるように受け流し、ずかずかと店内に入ってくるヘルメスとアスフィだ。

 

「……何の用ですかねぇ、神の旦那。酒を飲みたいのならさっさと地上にとんずらした方が良いですぜ? それとも俺達の事を止めにでも来たんですかい」

 

 話の中心であったモルドの前で立ち止まるヘルメスとアスフィの背後、出入り口を二人の冒険者が塞ぐ。

 もはや誰に言われようとも止まらない悪意がその酒場の冒険者達に伝染し、何も言わずとも標的と行動を共にしていた二人を逃がしてはいけないと体を動かしていた。

 

「何言ってるんだ? 好きにすればいい。オレ達に気にせず、悪巧みを続けてくれ」

 

 そんな彼等を心底不思議そうな声を上げて見回したヘルメスに悪意に染まっていたはずの冒険者達は思わず呆ける。それは一瞬の事だったが、再び空気が戻る前に神は話を続けた。

 

神々(オレ達)は君達みたいな無法者(こども)も好きだぜ? この下界は優等生ばかりじゃつまらない。君達みたいな子供がいるからこそ、世界は面白いんだ」

 

 彼等の悪意に晒されながら、彼は目を弓なりにして笑い続けた。

 この程度の悪意を悪意とは思ってもいないような笑みで、ベルには見せていない神としての本性を──下界の万物を『娯楽』と捉える、神の性を露わにする。

 その笑みと言葉でその場は完全に支配された。ほんの数秒で主導権を自分達から目の前の神に奪われた事に、神という怪物よりも得体のしれない存在にその場の全員は例外なく気圧される。

 

「ベル君を襲いたいんだろう? 襲えばいいじゃないか。何だったら彼等の今後の予定を君達に教えておこうか?」

 

「……信用していいんですかい、神の旦那?」

 

「オレはヘルメスだぜ? 子供に嘘はつかないさ」

 

 気圧されながらも悪意は止まらない。

 生意気な新人(ルーキー)を痛めつけることが出来るその機会にモルド達は飛びつき、神と子の取引が始まった。

 

「まず大前提としてだが、君達では束になった所でベル君には敵わない。断言しよう」

 

「そりゃあ、【剣姫】や他の連中がいるなら勝てやしやせんが……」

 

「ん? 何を勘違いしているんだい? オレはベル君に、君達全員が挑んだ所で敵わないって断言してるんだが」

 

 心底不思議そうな顔でそう告げる目の前の神に一瞬の静寂。直後、全方位から怒号が飛んだ。

 唯一、それを見て踏み止まったモルド以外の全員が交渉の席に着いた神に神であろうが関係ないと、敬意の欠片もない罵声を浴びせ続け、やがてピタリと止まる。

 目の前のモルドのみを見ているその顔に張り付く笑顔の仮面が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事に気が付いたからだ。

 

「続き、話してもいいかな?」

 

「…………ええ、どうぞ」

 

 粗暴な冒険者達が何も話さず、神の言葉を待つ。

 人好きのする笑みを浮かべた神は続きを話し始めた。

 

「なんで君達が彼一人に敵わないかわかるかい?」

 

「……Lv.3、だからか?」

 

「うーん、正解だけどちょっと答えとしては足りないかな。一つ違えば文字通り格が違うLvの差。まあこの場のLv.2の全員が同時にかかれば、普通のLv.3ならひっくり返すことが出来ただろうね。だけど、あの少年は別なんだよ」

 

 この場にいるLv.2は十人前後。襲撃の際にはもう少し増えて二十人前後。この数であれば、あの少年を倒せるとモルド達は踏んでいた。

 だがそれは神の言葉によって否定される。言葉の意味が分からないと困惑する彼等に神はその言葉を証明するようにある事実を告げた。

 

「信じられないことだけど、ベル・クラネルは単独で階層主の討伐に成功した。しかも傷ついた仲間……言い方は悪いけど足手纏いを抱えながらね」

 

「ハァ!?」

 

 信じることなど出来はしないその発言に彼等はあり得ないと声を上げた。

 神の微笑みにそれが真実だと理解させられるまでの数分、酒場内は騒然とする。

 

「階層主って……ゴライアスだろ? あの化け物を一人で……?」

 

「俺達がどんだけ苦労してあいつを倒してると思ってんだあのガキ……!」

 

「インチキに決まって……本当、なのか……?」

 

「そんな奴を相手にするなんざ、無理に決まって……」

 

 数分後、酒場内は静まり返った。

 ほとんどの冒険者の顔に浮かぶ諦観に神はスッと目を細め、見限るように席を立つ。

 

「何処へ行くつもりですかい?」

 

 その神の手を未だ鋭い剣のような光を宿す瞳を持つモルドが掴んだ。

 話は終わっていない、逃がさない、と神を席に引き戻す。

 

「残念だけどこの前提に打ちのめされているようじゃ、これ以上話す意味はないと思ってね。戦意を失った君達に用はないかな」

 

 自分達を見ようともしなくなった神の姿に酒場内に動揺が広がった。

 その中でモルドはただ一人、ヘルメスの肩を掴み、無理矢理振り向かせる。

 

「舐めてもらっちゃあ困る。俺は戦意なんざ失っちゃいない。むしろそんな化け物を叩きのめせるってんなら、この身を捧げたっていい」

 

「お、おいモルド!」

 

 戦意を失っていない数人の中の一人、首謀者であるモルドの発言に仲間の一人が彼を止めようとその肩を掴む。

 だが彼はそれを振り払い、テーブルの上に立ち、眼下に広がる冒険者の顔を見て声を張った。

 

「おいてめぇら!! なんだその面は!? あのガキを痛めつけるこのいい機会をビビッて逃すつもりか!?」

 

「だ、だけどよモルド。階層主を一人で倒す化け物にどうやって勝てって言うんだよ……」

 

 神の言葉というのはそれだけで効果を発揮する。

 間違いなく階層主単独撃破というのが真実だという事を分からされた彼等は伝染した悪意が消え去る程に縮こまっていた。

 

「あのガキは階層主を一人で倒したのかもしれねえ。だがそれがどうした! それが真実だとしても、あのガキは階層主じゃねえ! ただ少し強いだけの()()()()()のガキだ!」

 

 彼の演説に周囲の冒険者が顔を上げる。

 彼等の行く末を神はただ見届ける。

 

「俺達が何度あの化け物を倒してきたと思ってやがるっ! 容赦なく殺しにかかってくるあの化け物に比べりゃ、ただのガキなんて可愛いものじゃねえか」

 

 拙い演説。しかし、単純な冒険者には十分。

 悪意に再び火が灯り始める。

 

「冒険者になり切れてねえあのガキを相手しようが、死にゃあしねえ! そして、負けても無法者の俺達に失うモノなんざねえが、勝てばあのガキを痛めつけることが出来る。下手すりゃあ……【ランクアップ】も出来るかもしれないぜ?」

 

 空気が変わった。

 粘りのある悪意が、炎のように冒険者達の間に広がる。

 

「あのガキを倒して、笑い者にしてやろうじゃねえか! やる奴ぁ覚悟を決めろォ!」

 

 ドッと酒場が沸く。

 彼の拙い演説が語ったランクアップ(可能性)はこの階層で燻っていた冒険者達の戦意を蘇らせるには十分過ぎた。一頻り叫び終わった彼等は席に座る神に視線を戻す。

 神は彼等の瞳を見遣り、そして手を打ち鳴らした。

 

「見事だよ、勇敢な無法者の諸君。君達の覚悟は見せてもらった」

 

「ありがてぇ」

 

「そんな君達にオレは間違っても手助けが出来ない…………だが、勇敢な君達が化け物を倒すための()()()を貸してあげることは出来る」

 

 芝居がかった動きで感情を押し殺しているアスフィからある道具(アイテム)を受け取ったヘルメスはそれをテーブルの上に並べていく。

 並べられたのは小型の兜。地の底に沈められたような漆黒を宿す()()の兜に視線が集まる。

 

「【万能者(ペルセウス)】が作り上げた魔道具(マジックアイテム)さ。効果のほどは保障しよう」

 

 オラリオに名を轟かせる稀代の魔道具作成者(アイテムメイカー)の作品に彼等は沸いた。

 その『効果』は、その場で確認した彼等が勝利を確信する程の物。

 

「本当にこれを……?」

 

「ああ。だが、条件がある」

 

 今にも酒場を飛び出していきそうな冒険者達を見て、神は切れ長の目をすっと開く。

 

「オレを楽しませてくれる、最高の見世物(ショー)にしてくれ」

 

 そして、自分の掌の上で踊る彼等を見つめ、ヘルメスは愉悦に満ちた神の笑みを浮かべた。




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