二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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蠢く感情

ベル・クラネル

 

【ステイタス】

 Lv.3

 力 :B791  →S912

 耐久:S978  →SS1029

 器用:A865  →S998

 敏捷:S901  →SS1018

 魔力:SS1022→SSS1221

 幸運:F 耐異常:Ⅰ

《魔法》

【ケラウノス】

 ・付与魔法(エンチャント)

 ・雷属性。

 ・詠唱式【目覚めよ(ブロンテ)

【ファイアボルト】

 ・速攻魔法。

 ・戦意によって威力上昇。

 ・護るという意志によって効果向上。

《スキル》

風精誓約(エアリエル・オース)

 ・誓いを交わした者の魔法の発現(魔法スロットは使用しない)

 ・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。

 ・怪物種に対し攻撃力高域強化。

 ・感情の昂ぶりにより効果向上。

 ・誓いを違えた時、効果消失。

妖精王絆(アールヴ・ヴィンクルム)

 ・妖精王の魔法の発現(魔法スロットは使用しない)

 ・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。

 ・魔法効果増幅、射程拡大。

 ・戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。

英雄運命(アルゴノゥト)

 ・能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権。

 ・発動時、周囲の味方の戦意高揚

 

 

 

 

「これまた随分と上がったなぁ……」

 

「あははは……」

 

 苦笑するヘスティアにベルもまた苦笑する。

 書き記す紙がない為、口頭で伝えられた基礎アビリティは相変わらずの伸びを見せていた。

 ただこの上昇幅は、13階層から18階層への強行軍、極めつけの階層主(ゴライアス)単独討伐を考えれば、まだ……まだ納得できる方だ。

 

「偉業も溜まってきてるし、もうじき昇華(ランクアップ)出来るかもしれないね……君と過ごしていると常識が覆り過ぎて目眩がするよ」

 

「えっと、すいません……?」

 

 何故か爽やかな笑みを浮かべるヘスティアの言葉によくわからないまま、ベルは謝る。

 ヘスティアの言う通り、少年の偉業は何かあと一つきっかけがあれば【ランクアップ】出来るほどに偉業が溜まっていた。

 

 第一級冒険者(ヴィトー)との死闘。

『穢れた精霊』の討伐(浄化)

 仲間を守りながらの強行軍。

 階層主の単独討伐。

 

 常人であれば既に【ランクアップ】出来る程の偉業をベルは既に重ねている。

 これだけの偉業を重ねて、まだあと一歩なのがおかしいと言ってもいいかもしれない。

 

 更新用の道具を片付けるヘスティアを横目にベルは防具を纏い直す。

 もう既に外では【ロキ・ファミリア】が出発の準備を進めており、天幕の外では撤収準備の音が頻りに鳴り響いていた。

 先に準備を終えたベルはまだ片付けているヘスティアに声を掛け、一足先に外へ出る。

 

『兎野郎がいるってどういうことだ!? 聞いてねえぞ!?」

 

『ベートうるさーい。アルゴノゥト君がいるって教えたら、そうやってすぐうるさくするんだから教えるわけないじゃーん。ほら行った行ったー』

 

『おいこらっ、馬鹿ゾネス!? 引っ張るんじゃねぇ!?』

 

 アマゾネスの少女に引っ張られていく狼人(ウェアウルフ)の青年。

 その二人に苦笑を浮かべながら、【ロキ・ファミリア】の団員が続いていった。

 

「アイズさん」

 

 その最後尾で周囲をキョロキョロ見渡していた金色の少女にベルは声を掛ける。

 少年の声にアイズはすぐに振り向き、見る者が見ればわかる程度に顔を綻ばせた。

 

「もう出るんですか?」

 

「うん……先に出るパーティに組み込まれたから。ベル達が一緒に行くパーティには、リヴェリアがいるから安心してね」

 

『遠征』やそれに匹敵する大部隊が狭い17階層以上の層域をいっぺんに進むのは窮屈で困難なため、帰還時には部隊を二つに分けるのがダンジョン内でのセオリー。

 その内の先発部隊にアマゾネスの姉妹ともども配置されたアイズはベルと共に帰れない事を残念そうに思いながらも、目の前の少年を安心させるようにリヴェリアの名前を出す。

 彼女がいるという情報があるだけで二人の中での安心感が段違いに変わるからだ。

 

「そうなんですね……あの、アイズさん」

 

「どうしたの?」

 

 言い淀むような顔をするベルにアイズは首を傾げる。

 少しの時間の後、意を決して少年は口を開いた。

 

「……気を付けてください」

 

「! ……うん、ありがとう。ベルも、気を付けてね」

 

 その気遣いにアイズの瞳が一瞬見開かれた。

 久しく誰からも聞いていないその言葉に驚きはある。だがそれ以上に目の前の少年なら……自分が知っているベルならば、そんな聞き忘れていた言葉を自分がどれだけ強くなっても、何の含みもなく心配しながら言ってくれるという確信があった。

 言いづらそうにしていたのは失礼かもしれないと思っていたのだろう……そんなことを考えるとじんわりと胸の奥に心地よい熱が生まれ、自然と笑みが零れた。

 

「またね」

 

「はい!」

 

 次に会えるのはいつかはわからない。

 それがわかっているからこそ、二人は別れを惜しむように、少年はその姿が見えなくなるまで見届け、少女は何度もそんな少年に振り返った。

 

「ベル様ー、リリ達も帰る支度をしましょう?」

 

「……うん、今行くよ!」

 

 彼女達を見送ったベルは背後から投げかけられてきたリリの声に振り向き、彼女と共に野営地の中心へと戻っていった。

 帰る支度といっても持ってきた道具(アイテム)は強行軍で使用するか紛失しているため、荷物の準備にそこまで時間がかかることはなく、それが終われば出発前の武器の整備だけで準備は終わる。

 

「……大丈夫か、鍛冶師」

 

「ああ……武器に影響は出さねえよ……」

 

 物価が高すぎる『リヴィラの街』では入手できなかった整備道具を後発部隊に組み込まれた先輩鍛冶師(スミス)から借りる際によっぽどおちょくられたのか、ヴェルフはげっそりとした顔をしながら、ベル達、そして【タケミカヅチ・ファミリア】の面々の武具の整備を行っていた。

 

(ヘルメス様とアスフィさんは観光してから帰るんだっけ……リューさんと輝夜さんはどこに行ったんだろ)

 

 自由人(?)であるヘルメスに振り回され、眼鏡を曇らせる彼女の姿を幻視しながら、野営地に届けてもらって以降、姿どころか痕跡すら見せない二人の姿を野営地の中でベルは探す。

 送り届けてもらった際に二人で帰還する旨は伝えられていたものの、どこにもいない彼女達の姿に助けに来てもらったけど結局バラバラになっちゃったな、と光輝く水晶を見上げながらベルはそう思った。

 

 

「よし、荷物は持ったな……」

 

 ナァーザから譲り受けた回復薬(ポーション)入りの小鞄(ポーチ)に道具を詰め込み、ヘスティアはテントを出る。

 あれだけ人の活気があった野営地は撤収準備が済んだ今、ほとんど人気がない。

 そこで何かが起きても誰にも気付かれない程に、その野営地跡地は非常に静かだった。

 

「……誰か、いるのかい?」

 

 テントをたたむのを手伝ってもらおうとベル達を呼ぼうとしたヘスティアの耳に草がかき分けられる音が届いた。

 しかし、音の発生源とみられる方向を見ても、そこの草地には誰もいない。

 聞き間違いだったのかな、と彼女はテントに向き直る。

 

「──むぐぅっ!?」

 

 そこで突如、口を塞がれ、その小さな体が宙に浮いた。

 自分の体に太い腕のようなものが回される感覚にヘスティアはその瞳を大きく見開いた。

 何者かが自分を抱え上げたから……ではない。必死に瞳を動かして、自分の周囲を何度も確認しても、そこには誰もいなかったからだ。

 

(透明人間!? だ、誰がこんなことを……そもそもどうやって……!)

 

 勝手に体が移動していく不気味な感覚。

 さらに何もない虚空からそこに誰かが存在するのを証明するように、羊皮紙の巻物がテントの前に無造作に放り投げられる。

 じたばた暴れるヘスティアが装備していた小鞄(ポーチ)から様々な道具が落ちながら、彼女は森の奥へと連行されていった。

 

「…………神様?」

 

 それから数十分後、一人の少年が出発時間が近付いても姿を見せないヘスティアを心配し、野営地跡地に姿を現した。

 怪訝な顔で周囲を歩き回る少年は不意に主神がいた天幕から少し離れたところに置かれているこの場には不釣り合いな──写す紙がないと言っていたヘスティアが持っているはずがない──羊皮紙の巻物、そしてその周辺に散らばる無数の試験管を見つける。

 

「えっ…………?」

 

 その異様な光景に飛びついた少年は羊皮紙の巻物を拾い上げ、すぐに中身を確認した。

 

 ────【リトル・ヒーロー】。女神は預かった。無事に返してほしかったら一人で中央樹の真東、一本水晶まで来い。

 

 乱雑な共通語(コイネー)で書かれたその内容にベルは限界まで目を見開く。

 すぐ横に雑な地図が記されたその巻物を握り締め、その場から全力で走りだした。

 

「…………ひっ」

 

 一瞬、誰かの悲鳴じみた声が聞こえた気がしたが、それはすぐに意識の外へと消えていく。

 

 誰が、何のために、こんなことを。

 

 頭に反芻するそんな疑問が次々浮かび、浮かんでは黒く染まっていく。

 それに比例するように少年の速度がさらに跳ね上がる。

 

 モンスターの仕業じゃない、人間の仕業。

 遊びなんかじゃない、冗談で済まされない。

 

 文字を書くことが出来るモンスターを少なくとも少年は知らない。ならば主神を攫ったのは人間と断定、さらに名指ししている事から自分を知る誰かという事がわかる。

 巻物の文字には確かな悪意がある。ある男の悪意に晒された少年はそれを理解できてしまった。

 女神に手をかけるというありえない蛮行がその強い悪意を証明している。

 

 …………神様は、無事なのか?

 

 地面が割れるほどに強く踏み込まれた。

 その一念のみは決して黒く染まらず、ただひたすら少年を突き動かす理由となる。

 

 ベルは走った。森を、大草原を突っ切り、遠くに見える中央樹目掛けてひたすら突き進む。

 あり得ない加速がモンスター達の捕捉を許さず、そこを何かが通ったという結果だけを残す。

 

『──ジャアアアアアアアアアアアア!』

 

 運悪く少年の進行方向に存在してしまったモンスターは、迫りくる何かに襲い掛かろうとその牙を、爪を、翼を、解放する。

 

「邪魔だ!」

 

 そして、ただの腕の一振りでその存在を砕かれた。

 灰ではなく血煙となった障害物(モンスター)を認識の外へと追いやり、『家族』を奪った誰かの元へ、ベルはただひたすら走り続けた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「へへっ、こいつはすげぇ……本物だ!」

 

 少年が走る一方で、モルドは愉悦を噛み殺そうとして失敗する。

 腕の中にあるのは帽子にも似た漆黒の兜。【万能者(ペルセウス)】が作り出した魔道具(マジックアイテム)、名を『ハデス・ヘッド』。

 その効果を少し前に思う存分体験した彼は見張りの為に集まった二人の仲間がドン引きするような顔をしていた。

 

「こらっ、解け! こんなことしていいと思ってるのか!? ボクはこれでも神だぞ!!」

 

 足元でギャンギャンと喚き散らすヘスティアの声にモルドは彼女を見下ろす。

 現在地は18階層東部に位置する森の中。そこにある一本の木の下でヘスティアは縄に縛り付けられていた。

 

「すいませんねぇ、女神様。粗相な真似をお許しになってください」

 

「なんだその顔は! 表面上くらい申し訳なさそうにしろ!」

 

 言動と表情が一致しないモルドにヘスティアはより一層暴れる。

 見張り役の冒険者はそんな彼女をニヤニヤと悪意しかない笑みを浮かべたまま、監視として左右に立っていた。

 

「何が目的だ!? 言っておくがボクはお金なんか持ってないぞ! 地上に帰ったらギルドから罰則(ペナルティ)をもらう予定だからな! ボクの貯金のなさに精々驚けばいいさ!」

 

「なんでそんな事を自慢げに言ってんですか……」

 

 どうだ参ったか、とでも言いたげな顔で大笑する女神にモルドは思わずげんなりとする。

 だがすぐに神のペースに飲まれまいと表情を戻し、小さな女神と目線を合わせた。

 

「安心してくだせえ。女神様には直接のご用はないんで。いくら無法者の俺達でも神に手を出すほど不敬でも、怖いもの知らずじゃあないんで。ただまあ……これ以上騒ぐってんなら、その綺麗な髪を斬り落とすか、服を剥いで強引に大人しくさせることにはなりやすがねぇ?」

 

 腰に佩いた長剣を鳴らし、モルドは女神を睨みつける。

 そんな彼にヘスティアは言葉を詰まらせ、その体を思わず震わせた。

 それに満足したのか、モルドは肩を揺らして笑い、立ち上がる。そして、女神を他の冒険者に任せ、彼は踵を返した。

 

「おい、最後に教えろ。君達の目的はなんだ」

 

 背中にかかったその声に今度はモルドがその体を大きく揺らした。

 彼が勢いよく振り返ると、木に縛られたままヘスティアはその瞳を大きく開いて彼を見つめている。先ほど大騒ぎしていた神物とはまるで違うその瞳にモルドは動きを止めた。

 

「……おたくの眷属(ガキ)に手取り足取り冒険者の掟ってもんをわからせてやろうと思いましてね。あんたはただの餌ですよ」

 

 自分の事だけを見つめてくる彼女の瞳に反抗するようにモルドは口端を裂き、そう宣言した。

 そのまま去っていく彼の背中をヘスティアは大きく見開いた瞳で見つめ、一つ呟く。

 

「やっぱり狙いはベル君……! だとしたら……!」

 

 親の顔になり、青褪め始めた彼女に呆然と彼女を見つめていた見張りの冒険者はようやく元の笑みを取り戻す。

 結局虚勢を張っていただけか、と嘲笑う男達を意識にすら入れず、ヘスティアはここから抜け出す方法を必死に考えた。

 

「ベル君を止めないと…………絶対にまずい……!」

 

 その脳内にあったのはスキルに刻まれていた『憎悪』という単語。

 このままでは最悪の事が……自分の子の手が血に汚れてしまうとヘスティアは確信していた。

 

 

 ヘスティアが何としてでも脱出しようと考えを巡らせたその数分後。

 一本水晶の根元、大きな陽だまりの出来た空間に少年は辿り着いた。

 

「おお、早えな。来たぞ、モルド!」

 

 木の影に隠れていた冒険者がその姿を認めるなり、奥の水晶に呼び掛ける。

 足を止めたベルの目の前。一本水晶の裏からモルドはその姿を現した。

 

「早かったなぁ、【リトル・ヒーロー】ォ?」

 

「神様はどこだ」

 

 無駄に話すつもりはないと拒絶の意志を込めて、主神の居場所をベルは問う。

 前髪の下から覗く怒りの瞳にモルドは唇を吊り上げた。

 

「てめぇの女神様はてめぇを誘き寄せる為の餌さ。傷一つつけちゃいねえよ! そんな禁忌(ばちあたり)、しでかした後が怖え!」

 

 傷一つない、という男の言葉に嘘はないとわかる。

『神殺し』はおろか、()()()()()()()()()()()を下界の子ができるはずがないからだ。

 

 自分を誘き寄せる為だけに敬愛する主神を攫ったという男の行いにベルは柳眉を吊り上げる。

 

「なんで僕に直接来なかったんですか!? 僕が目的なら、神様を巻き込む必要なんてなかったはずだ!」

 

「はっ、馬鹿かてめぇは! 確実にてめぇ一人を誘き寄せる為に決まってんだろ! 下手に近付いて【剣姫】や他の連中に感付かれるわけにゃ行かなかったからなぁ?」

 

 心底馬鹿にする目付きで自分を見下ろしてくるモルドにベルは歯を噛み締める。

 睨みあう事、数秒。痺れを切らした様子で周囲の幹や茂みの奥から冒険者がぞろぞろと歩み出てきた。その数二十人前後。全員が得物を携え、ニヤニヤと笑いながらベルを囲む。

 

「遅えぞモルド! んな話なんかしてねえでとっとと移動しようぜ?」

 

「悪い悪い! そんじゃあ、移動するか? おら、ついてこい!」

 

 顎で後方を指したモルドに自分を囲む上級冒険者達を見渡していたベルは大人しく付き従う。

 ゆっくりと歩く少年に周囲の冒険者が嘲るように指笛をかき鳴らし、得物で防具をカンカンと叩いている。だがその中の誰も一定の距離を保つだけで何かしてくるような様子はない。

 

 周囲の冒険者は平然と歩く少年にわずかに苛立ちを見せていた。だがその中の一人が小さく震えている少年の手に気付くと、悪意の込められた笑みが伝播する。

 反応を見せない少年を何度も何度もしつこく嗤っていると、彼等はそこに辿り着いていた。

 

「ここがてめえの処刑場だ!」

 

 男と少年、彼等が辿り着いたその場所は小さな台地とでも言えるような場所。

 その場所の一段高く隆起している、直径7Mを越える円形の高座(ステージ)に立ったモルドは怪訝な顔で周囲を見る少年に上がってこいと促す。

 その舞台の周りを他の冒険者が取り囲む。そんな彼等に一度瞳を閉じたベルは促されるまま、男の目の前に立った。

 

「これからやるのは俺とてめえの一騎打ち、いわゆる決闘だ!」

 

「決闘……?」

 

「この決闘に勝った野郎は負け犬に一つだけ何でも命令が下せる……例えばその高そうな装備品を全部置いていけ、とかなぁ? ようは勝てばいい、単純だろ?」

 

 傷跡のある頬を歪めたモルドを見て、ベルは自分が立つ舞台を観察する。

 男の笑みは自分の勝利を確信していなければ、出ない類のもの。全ての流れを相手に持っていかれている少年は舞台に何かあるんじゃないかと疑ったが、今の所、何も見当たらない。

 

「どうしたぁ? びびっちま────」

 

「僕が勝ったら神様を返してください」

 

 とりあえず油断せず、どんな策であれ正面から叩き潰せばいい、と意識を戦闘へと切り替えた少年は嘲笑する男の言葉を遮り、怒りのあまり、手が震え、皮が裂けるほどに握り締められていた右手で腰に佩いた黒剣を抜いた。

 言葉を遮られた事にわずかに眉をひくつかせたモルドだったが、自分の勝利を前提としたベルの要求に表情を消す。

 

「いいぜぇ……勝てたらなぁ? だが勘違いするなよクソガキ」

 

 右手で背の剣を引き抜き、左手を自らの腰に回したモルドは、次に。

 両の瞳と頬を引き裂き、悪鬼そのものになったような凶笑を浮かべた。

 

「これは────てめぇを嬲り殺しにするための見世物(ショー)だ!」

 

 振り下ろされた巨大な鉄塊が地面を割った。

 生まれた膨大な土煙を生み出し、ベルと周囲にいた冒険者達の視界を奪う。

 同時に周囲からの咳き込む音と土煙を巻き起こしたモルドに対する怒号が土煙から飛び出し、油断なく構えていたベルの聴覚を視覚と共に一瞬遮った。

 

「…………いない?」

 

 思わず自分の目を疑った。

 煙が晴れた台地の上下左右前後方、どこを見てもモルドがいない。周囲の冒険者の中に隠れたのかと素早く目を走らせるが、やはりいない。

 一体どこに、と確かな動揺が少年の胸中に生まれたその時、()()から衝撃が走った。

 

「がっ……!?」

 

 意識の外からの衝撃に威力以上の衝撃を受け、ベルの体がぐらりと揺れる。

 視界が揺れる中、ステージ一帯に視線を振り抜くが、やはり誰もいない。

 辺りを警戒するベルに再び攻撃が見舞われる。

 

「っ!」

 

 だがベルはそれを間一髪で回避。

 その動きに嘲笑を浮かべながら、少年を見ていた冒険者達が目を見開く。

 彼等の視線の先で次々と不可視の連撃が少年を襲うが、攻撃の際、僅かに鳴る風を切る音を頼りに少年はひたすら回避行動を取った。

 傍から見れば一人で奇妙な動きをしているようにしか見えないが、モルドが持っている『兜』を知っている彼等は眉を顰める。

 次には最初の一撃以降、傷一つ負う気配がない少年と姿を消しているというのに攻撃を当てられないモルドに周囲から罵声が飛んだ。

 

「なぁにやってんだモルドォ!! とっととそんなガキぶっ潰せ!!」

 

「俺達はみっともねえ『兎』のダンスを見に来たわけじゃねぇんだぞ!?」

 

 飛んでくる怒号が音をかき消すが、問題はない。

 そこに存在しているとわかれば、音が聞こえなくともほんの僅かな目の前の空気の揺らぎを見て回避することが今のベルにはできる。

 冷静さを取り戻していくベルに対して、周囲はさらに沸く。怒りや苛立ちといった感情が混ざるその怒号を聞いて、ふと少年は違和感を覚えた。

 

(なんだろう……ひどく気味が悪い……?)

 

 周囲からの声には確かに怒りや苛立ちといった感情が表に出ている。

 自分達の思い通りにいっていないのだから、それは当然と言えるだろう。

 しかし、違和感がある。その感情に隠している別の感情が溢れようとしているような…………そんな違和感が。

 

 次の瞬間、ベルはその気付きが正しい事だったと嫌でも思い知らされてしまう。

 

「……なっ!?」

 

 正面から放たれた不可視の掌底を後ろに下がる事で回避したベルはドンっと何かにぶつかった。

 下がり過ぎたのかと慌てて振り向くが、そこには何もない。何もないというのにベルの体は誰かに羽交い絞めにされるように身動きが取れなくなった。

 不自然に無防備を晒すベルの腹部に不可視の蹴撃が突き刺さる。姿を消したモルドの鉄靴(サバトン)がめり込んだ瞬間、不可視の壁が消えたようにベルの体が大きく後方へ吹き飛んだ。

 

「くっ……今のはっ……?!」

 

 衝撃を殺し、攻撃をかろうじていなしたベルはすぐに体勢を立て直し、立ち上がった。

 自分の周りで起きている現象に確信を持てずとも、気付き始めた少年はその顔を歪め、再び身動きを封じられる。

 そして、目を見開く少年に凄まじい殴打の嵐が襲い掛かった。

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』

 

 待ってましたとばかりに今度こそ沸く周囲の冒険者達。何も出来ずに殴られ続ける少年の姿に目を血走らせ喝采し、手を振り上げ、熱狂の渦を巻き起こす。

 殴られる最中、ベルは怒りに隠れていた感情が愉悦だという事に気付いた。本命の策があったから、先ほどの声に怒りや苛立ちはあっても『焦り』の感情がなかったのだと気付かされる。

 

「やれぇモルド!!」

 

 少年は身動きが取れない。

 自分の身体を何者か、最低でも二人以上に動きを封じられているから。

 

「ぶっ殺しちまえぇ!!」

 

 少年は身動きを()()()()

 ただ殴られ続け、揺れる身体と視界で()()()()()周囲を見渡し、そして目の前を見据える。

 

「生意気な糞『兎』の鼻っ面をへし折ってやれぇ!!」

 

 自分達を見る紅い瞳に宿る光に一人や二人では到底巻き起こせない殴打の嵐は気付かない。

 その光が弱まるどころか、時間が経つほどに強くなっている事に。

 

「オラァッ!!」

 

 一際強い衝撃がその身を襲い、ベルは舞台(ステージ)に倒れ込んだ。

 その姿を見て周囲にいる冒険者が嗤った。

 

 ────────────────気持ち悪い。

 

 意識がぐらりと揺れる。

 殴られ蹴られ続けた痛みが原因ではない。傷と痛みがあっても立ち上がれない程の傷も痛みもないのだから。こんな状況でLvによる差というものを強く思い知る。

 

 ────────────気持ち悪い。

 

 ならばこの気持ち悪さはどこから来るものなのか。

 自問自答しなくても、その原因なんてわかり切っている。

 

 ────────気持ち悪い。

 

 自分の身に今もなお振りかかっている人の悪意、害意、敵意だ。

 これまでのベルとはほとんど無縁だった乱暴な黒い感情に晒されているのが、この気持ち悪さの原因なのだろう。

 

 ────気持ち悪い。

 

 野次と罵倒、愉悦に染まった哄笑、悪辣に歪むいくつもの醜い視線。

 これが冒険者。今までに出会った冒険者達(フィン達)の方が少数派なのだと再び思い知らされる。

 冒険者の洗礼、無法者達の宴。それを身をもって体験するベルは気持ち悪さに瞳を閉じ────

 

 ────気持ち悪い、けど。

 

 小さく笑った。

 もし、何も知らない少年がこのような体験をしたのであれば、その胸の中には確かな恐怖が生まれていただろう。今いる少年の世界は今までいた優しい世界とはかけ離れていたものなのだから。

 

 ────あれに比べれば、大したことはない。

 

 だが少年はもはや何も知らない子供ではなかった。

 本当の悪意を、本当の『悪』というものをその身で経験した今の彼にとって、彼等が自分に向けてくる悪意は児戯にも等しい。

 

 直後、痛みを訴え始める少年の頭の中で、少年の意志とは関係なく、ナニカが嵌まる。

 

「……?」

 

「笑ってやがる……?」

 

 周囲で笑っていた一部の冒険者がその笑みに気付く。

 薄気味悪さを覚えた彼等の感情が伝染するように一人、また一人と嘲笑が消える。

 沈黙に包まれる処刑場の真ん中で、ベルはゆらりと立ち上がった。感触を確かめるように軽く体を動かした少年は一つ大きく息を吐き、何もいない空を殴りつけた。

 

「ぐびぇ────」

 

 放たれた裏拳が誰かの顔面に命中する。

 奇妙な悲鳴と共に姿を見せ、意識を刈り取られたその男は受け身など取れずに舞台(ステージ)の上を転がり、そのまま落下していった。

 

「…………は?」

 

 姿が見えている周囲の冒険者達か、はたまた透明になっている冒険者()か。

透明状態(インビジリティ)』となっていた冒険者の頭蓋を正確に打ち抜いた生意気な新人の動きに呆けた声を漏らす。

 ベル以外の冒険者達に広がっていく動揺。動揺の波の動きを見逃さず、ある一点を射抜いた少年は誰もいないその一点を殴りつける。そして現れる二人目の冒険者。

 

 姿を見せたのはどちらもモルドと呼ばれる冒険者ではない。

 

「姿が見えないことを良い事に……本当に随分と好き放題してくれましたね。何が一騎打ち、何が決闘……いや、これは神様を攫った貴方の言葉を信じた僕の方が悪いんでしょうか」

 

 唇の端から垂れる鮮血を親指で拭ったベルは再びある一点を、モルドがいる場所を見据える。

 見えていない筈の自分を確実に見ている少年の紅い瞳に男は思わず足を引いた。

 

「もう『透明状態(インビジリティ)』の動きにも慣れました。どこに、誰が、何人いるのかもわかりました。次は僕から行かせてもらいます」

 

 それをただの偶然だと自分に言い聞かせながら、視界を覆う前髪をかき上げた少年の不意を突こうと移動したモルドはどこに移動しようともついてくるその瞳に背筋を凍らせる。

 それが偶然ではないことを、どこに誰がいるのかわかるという少年の言葉が嘘ではないことを目の前を飛んでいった三人目の仲間によって証明されたモルドはもはやなりふり構わずに抜剣した。

 

「神様を……僕の『家族』を返してもらいます」

 

 少年の姿が視界から消える。

 四人目が吹き飛ばされ、モルド達の顔が愉悦から一転、苦渋に歪む。

 無法者達の宴は晩餐である一匹の兎を食らう事も出来ずに終わりへと向かっていた。




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