二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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神殺しの尖兵

「まいったな、これは想定外だ」

 

 冒険者の輪が広がる広場の樹上。

 彼等の戦いを見守っていた一人の男神は引き攣った苦笑と共にそう呟いた。

 そこで行われているのは神が望んでいた見世物(ショー)などではない。

 上がるは荒くれ者達の怒号と悲鳴。暴れるは宴の供物となるはずだった白兎。

 広場を囲んでいた冒険者達までも巻き込み、白兎はそこで大立ち回りを披露していた。

 

「本当に見えてないんだよな、あれ」

 

「見えていないでしょうね。彼等に渡した道具(アイテム)に不具合はありませんでしたから」

 

 多対一、加えて乱戦となっているというにも関わらず、正確に透明になっている冒険者に攻撃を加える少年の姿に白い目で見ていた主神から目を離し、アスフィは頬に一筋の汗を流した。

 24階層で共に戦った日からそれほど時間は経っていないというのにその強さを増している彼の姿に彼女は一瞬少年に対する謝意を忘れて、その動きに魅入る。

 

「あれでもまだ足りなかったか。もう少しアスフィの魔道具(マジックアイテム)を持ってくるべきだったかな」

 

 背負っていた荷物からアスフィが作り上げた魔道具(マジックアイテム)が複数取り出された時は彼女はそれはもう驚き、そして、それを恩のある少年を害する行いに使用する事に怒りを露わにした。結局止めることが出来ず、目の前の光景となってしまったが。

 

「もう十分ベル・クラネルの実力は確かめたでしょう。そろそろ間に入っても?」

 

「うーん、まあもういいかな。思ったよりも強くてあの子の底を見ることが出来なかったのは残念だけど、これ以上はもう無意味か」

 

 舞台(ステージ)の中央で軽く息を切らす少年を恐怖に染まった瞳で見る冒険者の集団を残念そうな目で見下ろしたヘルメスは今にも樹上から飛び降りそうなアスフィを見ずにそう呟く。

 間に入り、彼女が場を収めようとしたその時、唯一戦意を失っていなかった一人の冒険者(モルド)が少年に剣を振りかぶった。

 頼みの魔道具(マジックアイテム)は砕け、力の差を理解させられてもなお、少年に対する怒りと屈辱を火種にして飛び掛かったモルドに少年は左足を軸に回転。獰猛な渦を巻いた回し蹴りを叩き込んだ。

 

「じゃ、頼むぜアスフィ」

 

「え」

 

 主神の呟きに危機感を覚えたアスフィはヘルメスの方へ勢いよく振り向いた。

 吹き飛ばされたモルドが彼女達がいた木に激突したその瞬間、彼は木の上から飛び降りる。

 目を見開いたアスフィはヘルメスに手を伸ばし、共に落下。飛び降りた主神を抱き留めることに成功したが、もう既に地面は近く、彼女は仕方なくそこに着地した。

 

 ちょうど、頭を抑えるベルの正面に位置する場所に。

 

「…………アスフィさん、と、ヘルメス様?」

 

 突然天から目の前に現れた彼女達の姿にベルはその目を丸くした。

 そんな少年を見て、アスフィは頬を痙攣させるが、ヘルメスは帽子の下で小さく笑う。

 頭の上に疑問符が浮かんでいるような表情をしながら、ベルはとりあえず二人に手を伸ばした。

 

「も、申し訳ありません」

 

「いえ、別にいいんですけど…………どうしてお二人がここにいるんですか?」

 

 困惑も束の間、立ち上がった二人に警戒したような声音でそう問う。

 返答次第では対応が真反対になるであろうその問いにアスフィは慎重に答えようとして……ある横やりによって大失敗した。

 

「おいっ、何が怪物を倒す為のお守りだッ!! クソの役にも立たねぇじゃねえかッ!!」

 

 倒木の中から血走った目を見開き、復帰したモルドは三人の会話を遮り、怒号と共に乱入。

 唾を撒き散らしながら叫び続ける彼の声に周囲で倒れていた冒険者達も次第に復帰し、参戦。口々に罵声を浴びせてくる彼等にアスフィは顔を顰める。

 彼女は激情的になっている彼等を止めようと口を開き、瞬間、背筋が凍る程の冷気を帯びた気配に弾かれたように振り向いた。

 

「…………どういうことですか」

 

 絞り出したような低い声でそう問いてくるベルにアスフィは言葉を失う。

 答えを返そうとして失敗する自らの眷属の姿にここまで何も語らず、場を俯瞰していたヘルメスは答えた。

 

「君に良くない感情を持っていた彼等をオレが焚きつけたんだよ。透明になれる兜を渡したのもオレ。君達の動きを彼等に伝えたのもオレ。ヘスティアが攫われる原因はぜーんぶオレさ」

 

 そう、一切臆すことなく、眷属を庇いつつ、ありのままを正直に答える。

 少年の瞳が、限界まで見開かれた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ヘルメス様は一体何を言っているんだろう。

 

 神様を攫わせたのがヘルメス様だった?

 

 この神様は一体、何を言っているんだろう。

 

 頭が痛い。

 

 もしかしたら嘘かもしれないから、もう一度ヘルメス様に聞いてみた。

 同じ答えが返ってきた。

 へらへらとわざとらしく笑いながら、もう一度同じ答えを僕に聞かせてきた。

 

 頭が痛い。

 

 あの人達を庇っているのかもしれないから、もう一度聞いてみた。

 祈るように、縋るように、もう一度。

 

 同じだった。

 

 頭が割れそうだ。

 

 いつの間にか引き抜いていた『牛魔王』を突きつけ、もう一度聞く。

 これ以上『嘘』を重ねるのであれば、神様でも容赦はしないという意思を込めて、もう一度。

 それでも、アスフィさんに庇われる『神』の答えは同じだった。

 

 なんだ、これ……。

 

 僕は胸を焦がす炎に導かれるまま、目の前の『神』に踏み込んでいた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「っっっっっ!!?」

 

 凄まじい金属音が広場に響き渡る。

 時を飛ばすが如き神速の一撃をかろうじて防いだアスフィはその威力に、そして自分が居なければ『神』を斬っていたであろう少年の行動に汗を流しながら、瞠目した。

 

「そこを、どいてください。貴女を傷つけるつもりは……」

 

「待ちなさいっ、ベル・クラネル! これ以上はダメです!」

 

 少年の剣を受け止めるアスフィの短剣が軋む。

 このままでは自分よりも先に武器を破壊される。

 そう判断した彼女は自分の体勢が崩される危険を承知で少年の足を払い、彼の体勢を奪ったのちに後方へ弾き返した。

 

「……っ、ヘルメス様! 何故彼を刺激するような言葉を!」

 

「嘘や方便を並べたところで彼にはバレるだろう? それなら初めから正直にオレの仕業だと話したほうが彼も許してくれるかもと思ってね」

 

 何を言っているんだこの(ひと)は、とアスフィは呆然とする。

 荒くれ者達が選んだとはいえ、結果的に少年の主神を巻き込んだのはヘルメスが彼等を焚きつけたことが原因だ。そんな真実を被害者(ベル・クラネル)が知ってしまえばどうなるのかなんて誰でもわかる。

 それがわからない主神ではないと、彼女はよく知っている。だからこそ理解できない。

 何故このような愚行を行なったのか、それよりも何故自分から姿を見せたのか、自分がいなければ斬られていたというのに何故そこまで飄々としているのか。

 

「アスフィさん、もう一度だけ言います。そこをどいてください。僕はヘルメス様に聞かなければいけないことが山ほど、あります……」

 

 最後通牒とばかりに剣を突きつけるベルは反対の手で頭を押さえた。

 酷い頭痛にでも襲われているのか、表情に余裕はなく、息は上がっている。しかし、そんな状態でありながら絶対に逃がさないと、その瞳に凶暴な光を宿し、二人を射抜く。

 

「ベル・クラネル、一度落ち着いて私の話を聞いてください。ヘルメス様は────」

 

「ヘスティアの居場所ならオレは知らないよ。攫われる原因はオレだろうけど、そんな選択を執ったのは君が倒した冒険者達だからね」

 

「ヘルメス様……!?」

 

 本当にわからない。ヘルメス様が何をしたいのかがわからない。

 自分に矛先を向けるような発言をしたかと思えば、他の冒険者に矛先を向ける発言をする神の内心が全くわからない。

 

 アスフィは混乱することしかできなかった。

 当のヘルメスはその混乱には反応せず、微笑みながら目の前の少年の動きだけを注視している。

 ベルは居場所を知らないという言葉に眉を顰め、それが嘘なのではないかと疑っている様子だ。

 

「本当さ。オレの指示なく、彼等は神を攫うなんて畏れ多い手段に出たんだ。彼等を焚きつけたとはいえ、流石に驚いたよ」

 

 ヘルメスがしたことと言えば、ベル達の予定のリークと漆黒兜(ハデス・ヘッド)の横流しぐらいだ。

 本来ならだからなんだという話にはなるのだが、ヘスティアを探しているベルにはそれが刺さる。行方を知らないのならば今は用はないとばかりに視線を外し、近くに転がっているモルドに近付いた。

 

「神様は、どこですか」

 

「ぐぅ……くそがっ……」

 

 どこか様子がおかしい少年の声に見下ろされたモルドは憤激の眼差しを向け、悪態をつく。

 答える気のない男に少年は足を持ち上げ、目を見開く男の顔を勢いよく踏み抜いた。

 

「……ぁ……うぁ……」

 

「もう一度、聞きます……神様は、どこですか」

 

 踏み抜かれたのは男の顔の横の地面だった。

 青白い顔で自分を見上げてくるモルドを顔を顰めながら見下ろす少年は二度はないと、足に力を込めてもう一度『家族』の居場所を問う。

 

 その直後の事だった。

 

「────今だ、やっちまえっ!!」

 

 そんな声が広場を貫き、目を見開くベルに様々な属性が混ざり合う魔の波が襲い掛かった。

 捕まっているモルドごと飲み込もうとするそれを彼を抱えて回避したベルは自分を倒すためだけに仲間を巻き込む蛮行に出た冒険者達に怒りの眼差しを向けた。

 

「てめぇら……何しやがんだっ!?」

 

「そいつが油断してる絶好の機会を逃すわけにゃ行かねえだろうがよ! よりにもよってあそこで捕まったお前の運のなさを呪え!!」

 

 掴まれたまま抗議の声を上げるモルドに悪びれもせず魔剣や杖を構える冒険者達は笑う。

 手元でギャーギャーと騒ぎ続ける男と彼等のその声、行いによってベルの突如発症した頭痛に身体が限界を迎え、遂に膝をついてしまった。

 そんな少年の姿に荒くれ者達がさらに盛り上がる。止めを刺そうと魔剣と魔法をもう一度構える彼等から頭を押さえる少年を庇おうとアスフィがベルの前に躍り出る。

 

「やーーーーーーーーーーーーめーーーーーーーーーーーーろーーーーーーーーーーーーっ!!」

 

 無法者達の叫びが止み、誰もがその大声の元へ顔を向ける。

 そこにいたのは息を切らしたヘスティア。捕まっていたはずの小さな女神はヴェルフやリリ、【タケミカヅチ・ファミリア】の面々に救われたその足で彼等を従え、この場に現れたのだ。

 

「っ、これ以上の争いは止せ! こんな戦いに意味はないだろう!? もうやめるんだ!」

 

 自分の声に顔を上げることすらしないベルの様子に酷い焦燥感を覚えたヘスティアは今すぐにでも少年の元に駆け寄りたい感情を抑え、まずはこの場を収めることを試みた。

 神の一喝にわずかに怯んだ冒険者達だったが、もう後には引けないという気持ちと生意気な新人(ルーキー)を痛めつける最後の機会だと瞳を吊り上げ、魔剣や武器を構え直す。

 

「何もできやしねぇ神の指図に従う必要なんかねぇ!! やれ、やっちまえっ!!」

 

 たった一人にやられた先達の上級冒険者達が屈辱を返そうと膝をつくベルに武器を振るう。

 行われる凶行にヴェルフ達とアスフィが飛び出し、彼等を食い止めようとして。

 

「────やめるんだ」

 

 金縛りにあったように他の冒険者達と共にその場で固まった。

 女神のそのたった一言が周囲の音を呑み込み、彼等を……この空間を支配する。

 一様に青褪め、武器を取り落とす冒険者達。彼等は揃って双眸を震わせ、小さな女神を恐れるようにゆっくりと彼女の方を向いた。

 下界の者を平伏させる女神の威光。暴走する子供達を止め、これ以上の血を流させないようにするために、ヘスティアは神威を解放した。

 

「────う、うあああああああああっ!!?」

 

 静かだが、決して逆らえないその圧に一人の冒険者がその場から逃亡。そんな彼を追うように一人、また一人と走り出し、ヘスティアに気圧されながらも逃げる彼等を止めようとしていたモルドも最後には共に退散していった。

 静けさを取り戻したその広場に女神は神威を抑え、すぐに膝をつく眷属の元へ走り寄る。

 

「ベル君、ベル君!?」

 

「……神さま……?」

 

 酷い顔だった。ヘスティアが思わず顔を顰めてしまうほどに、少年は酷い顔をしていた。

 息は絶え絶えになり、顔中に脂汗を浮かべ、酷く痛むのかずっと片手で頭を押さえている。

 深い傷はない、状態異常を受けているわけでもない、精神疲弊(マインドダウン)というわけでもない。

 一体この子に何が起きたのだと、考えるよりも先に彼女はナァーザから譲り受けた高等回復薬(ハイ・ポーション)を取り出してベルに飲ませた。

 

「……かみさま……大丈夫です、か?」

 

「ああっ、ボクは平気だよ! ごめんよベル君、ボクが攫われてしまったばっかりに君にこんな負担を……!」

 

「神様は、悪くないです。悪いのは神さまを一人にした、僕と……神さまを攫ったあの人達……」

 

「何も考えなくていい! 今はとにかく落ち着くんだ。ほら、ゆっくりと深呼吸をして……」

 

 腕の中の少年が体を強張らせた直後、ヘスティアはベルを抱きしめる力を強める。

 神の勘かヘスティア個人の勘か、何か眷属にとって良くないことが再び起きようとしていることに気付いたヘスティアはベルの背中をあやすようにゆっくりと優しく撫でた。

 やがて少年の体から力が抜け、剣呑な表情が穏やかなものに変わり始める。

 

「……ありがとうございます、神様。もう大丈夫です」

 

「……もう少し甘えてくれてもいいんだぜ? 君は手がかからない子供だからね」

 

「いえ……大丈夫です。本当に、ありがとうございます」

 

 年相応に恥ずかしそうに頬を染めるベルを微笑ましいものを見るような瞳で見ていたヘスティアは抱きしめていた少年を解放する。

 流石に本調子とは言えないが、先ほどに比べればずっと顔色が良くなったベルを側に控えていたヴェルフとリリに預けた彼女は一度瞳を閉じ、閉じた瞳に剣呑な光を宿して、行く末を見守っていたヘルメスを見据えた。

 

「さて……色々と話を聞かせてもらおうか、ヘルメス」

 

「…………」

 

 嘘と言い訳など許さない、答えていいのは真実のみだと語る青い瞳と何も語らず、少年とその仲間達を見ていた橙黄色の瞳が交差する。

 今回の事件を巻き起こした原因の一つがヘルメスだと、ヴェルフ達に救出される少し前にヘスティアは気付いていた。この場に姿を見せているとは予想していなかったが、それはそれで僥倖。

 自分の子供に危害を加え、この先も何かを仕掛けてくるであろう男神を女神は睨みつける。

 

 その場にいる全ての眷属に固唾を飲んで見守られる中、ヘルメスが閉ざしていた口を開く……正にその時だった。

 

「……なんだ?」

 

 彼等がいる広場が揺れる。

 いや、階層全体が揺らめいている。

 

「じ、地震っ?」

 

「いや、これは────っ!?」

 

「ダンジョンが、震えている……?」

 

 千草、命、桜花が自身の足元を、次に周囲にある木々の揺らめきを見てうろたえる。

 その間にも揺れは大きく鳴り続け、どこからか地面に亀裂の入る音までも聞こえてくる。

 

「悪い、ヘスティア。話は後だ」

 

「ああ……これは、()()()()だ」

 

 対面していた神々がその異変に一筋の汗を流す。

 神々の様子にその場にいるベル達もそれを悟った。

 この揺れは自分達を散々苦しめた異常事態(イレギュラー)、その前触れであると。

 

「おい……なんだあれ……」

 

 振動に晒されて数秒、警戒を続ける彼等の周囲がふっ、と暗くなる。

 新たな異変に天を見上げたヴェルフはそれを見て、呆然と呟いた。

 18階層を照らす天井から生える水晶群。その中央、太陽の代役を務めている白水晶の中で黒い何かが蠢いている。

 水晶の中に存在する謎の異物が水晶の光を犯し、階層中に影が落ちる原因だという事は誰が見ても明らかだった。

 18階層に存在する全ての冒険者がその様子を固唾を飲んで見守っていると、一際大きい振動が階層中を襲う。その揺れはほぼ全ての人間が立っていられないほどに強かった。

 

 そして、バキリッ、と。

 ベルの耳に17階層で聞いたあの音と同質の異音が響き渡った。

 

「……ヘルメス。あれ、ボクのせいかな」

 

「いいや、それは違う。神威を放ちはしたが、それも数秒。普段のダンジョンなら気付くはずがない。()()()()()()()()なら、ね」

 

 天井の異物を見て会話をする二神に冒険者達の視線が集まる。

 ヘスティアの引き攣った声を否定するヘルメスだったが、その表情は芳しくない。

 

「何もかも時機(タイミング)が悪い。24階層で『神災』が起きてまだそれほど時間は経っていない。ダンジョンは敏感になっていたんだろう。あの程度の量の神威に反応してしまうほどに」

 

 ヘルメスは隣で天を見上げたまま目を見開いている自身の眷属に応援を呼ぶように指示を出す。

 逃げるのではなく戦うことを選択した主神に抗議の声を上げていた彼女も遠くから聞こえてきた洞窟が塞がる音に自棄っぱちになったかのように飛び出していった。

 

「これはどういう状況ですか?」

 

「【万能者(ペルセウス)】が泣き出しそうな顔で飛び出していったようですが……」

 

 そんな彼女と入れ替わるように完全武装したリューと輝夜の二人がベル達と合流する。

 明らかな異常事態(イレギュラー)にも動じない熟練(ベテラン)の冒険者の二人に説明する間も亀裂は止まらず、水晶の雨は止まない。

 

「……やっぱり」

 

 そして、ついにそれは誕生する。

 開花した(マム)の花を彷彿とさせるクリスタルの中央から、胎児のように身を丸めた漆黒の怪物はダンジョンに祝福されながらこの世に生を受ける。

 その怪物の姿を見て、ベルは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべていた。

 

「……階層主(ゴライアス)

 

 次産間隔(インターバル)と出現階層を無視して生まれ落ちた階層主(ボスモンスター)は、祝福された生誕に歓喜の雄叫びを上げていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 黒い隕石と美しい流星群のようだった。

 その怪物を見た冒険者は後にそう語る。

 

 天井の水晶から誕生した漆黒の怪物は大小様々の水晶と共に地上へと落下。

 着地する箇所に存在する巨大樹や森を破壊した漆黒の怪物は自らの誕生を祝うように咆哮。その周囲を結晶の雨と地に堕ちた巨大な水晶が飾り付けていく。

 青空と太陽を失った18階層で唯一明るいその空間を照らす光は、そこに現れた全ての者を殺戮する破滅の光だ。自らの周囲に立つ存在を破光を従える漆黒は許さない。

 

「は、はぁ……?」

 

「────う、うわぁあああああああああああああああっ!!?」

 

 不幸にも光の範囲に入ってしまった冒険者達がいた。あの広場から逃げ出したモルド一派だ。

 その存在を呆然と見上げていた彼等は自らの色を忘れた怪物の瞳に射抜かれた瞬間、狂乱状態に陥り、逃げ惑った。

 

「黒いゴライアス……!?」

 

「階層主はベル様が倒したはずでは!?」

 

 森を抜けだしたベル達もその光景に目を見開いた。

 二人が驚愕し、黒いゴライアスが蹂躙を働く中、目の前の存在が自分が倒した怪物とは別次元の強さを誇っていることにベルは気付いた。

 力も速度も遠目からでも分かる程に強く、速い。あの様子では硬さも高まっているだろう。

 

「あのモンスターは神々(オレ達)を抹殺するために送られてきた刺客だ。ただのモンスターだと思わない方が良い」

 

 その強さにベルが言葉を失っていると、ヘルメスがその強さの理由を明かす。

 神を殺すための尖兵、神殺しの怪物。全知零能でありながら、神の力(アルカナム)という規格外の力を持つ神を滅ぼすためにダンジョンが産み出した存在だと知らされ、ベル達は息を呑んだ。

 そんな彼等の目の前で漆黒の怪物は目に映る全てを殺戮するべく、暴れ続ける。

 

「…………助けなきゃ」

 

 今にも殺されてしまいそうなモルド達の阿鼻叫喚を見て、口を閉ざしていたベルは迷いを振り払うかのように頭を振り、その場を飛び出そうとする。

 はっきり言ってベルはモルド達が嫌いだった。大切な『家族』を攫って、決闘だと言っていたのに卑怯な手を打ち、あの場において誇りを感じなかった彼等の事を好きになれる要素なんてない。

 それでも見殺しになんてできなかった。酷い目に遭わされはしたが、それが命を奪われそうな誰かを見捨てる理由にはならない。

 

「待て」

 

 決心を固め、飛び出そうとしたベルの道を輝夜が塞ぐ。

 隣に立ったリューと共にその選択を咎めるように少年の深紅の瞳を見据える。

 

「本当に助けに行くつもりか? このパーティで?」

 

 それはいっそ無情とも言えるほど冷徹でかつ至極当然の問いかけだった。

 この場のパーティで目の前に存在するゴライアスをまともに相手取れるのは輝夜とリュー、かろうじてベルの三人。他のメンバーは一撃を食らえば即死、良くて致命傷を負ってしまうほどに彼我の力の差は絶望的だ。

 

「クラネルさん、私達はここで起きた貴方達の事情をよく知りません。それでも彼等から何らかの危害を加えられたという事はあの数と貴方達の状態を見ればわかる。その上で問います」

 

 彼等に、貴方と貴方の大切な仲間の命を懸けてまで助ける価値はあるのですか?

 

 その問いにベルは即答することが出来なかった。

 助けに行くという事は仲間の命と無法者達(彼等)の命を天秤にかけるということと同義。

 仲間の命を預かるパーティリーダーとして、そんな選択に迷う事すら許されないのだろう。

 だが、瞑目したベルの迷いは一瞬。深紅(ルベライト)の瞳で二人の瞳を見据える。

 

「助けましょう」

 

 本当の『悪』とは到底呼べないただの無法者達。

 仲間達の命の価値には及ばないが、『悪』ではない彼等になら助ける価値はある。

 迷いを払い、決断したベルにリューは目を細め、輝夜は一つ溜息を吐く。

 

「貴方はパーティのリーダー失格だ」

 

「まさかここまでの馬鹿……いや、愚か者だとはな」

 

 彼女達の非難の言葉と瞳から目を逸らさず、ベルは自身の選択の結果を真っ向から受け止める。

 自分だけならまだしも仲間達(ヴェルフ達)の命を天秤に乗せるという選択は酷く重い。

 

「だが、間違っていない」

 

「あの人が好みそうな男だ。今の私には少々眩しすぎるがな」

 

 そんな選択肢を選んだ少年を肯定するように彼女達は笑った。

 非難から一転、好意的な笑みを見せた彼女達に目を見開いたベルは弾かれたように振り返る。

 ここから離れるのは今しかない、自分の勝手な選択に無理やり付き合わせるつもりはないと、伝えようとしたベルは口を開いたところですぐにその口を閉じた。

 

 リリが、ヴェルフが、命が、桜花が、千草が、そしてヘスティアが。

 誰も異を唱えず、振り向いた自分に笑みを浮かべ、覚悟を込めて頷いていた。

 

 彼等の覚悟に余計な言葉は必要ない。

 胸の奥で彼等に謝罪、そして感謝を告げたベルは今も暴れ続ける漆黒の怪物を見据える。

 

「行こう!」

 

 二つの影が先に飛び出し、それに六つの影が続く。

 森を抜け、草原を駆け抜け、向かうは階層の中央地帯。

 悲鳴と爆音が絶えず鳴り続ける破光の戦場へと、ベル達は身を投じていく。

 

 そんな彼等を地に降り立ち、黒く染まり始める水晶の光が迎え入れるのであった。




アイズはベルに関するスキルを覚えないのか、という質問の答えですが、
今後の展開を待っていただきたい
という答えになります。答えになっておらず、申し訳ありません。

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