戦場となった大草原では地獄絵図が広がっていた。
死者が出ていないことが不思議なくらいに傷だらけにされたモルド一派は黒いゴライアスの攻撃から悲鳴を上げながら逃げ続ける。
逃げ遅れた者からその巨腕に薙ぎ払われ、殴り飛ばされたものは血反吐を吐いて宙を舞い、当たらずともその余波で人の体は紙屑のように吹き飛んでいった。
他者を顧みる余裕もなく、散り散りになって逃げる彼等が未だその戦場から逃亡できない事には理由がある。それはゴライアスの周囲を飾り付ける水晶だ。
大草原を囲うように地面に突き刺さっている水晶が彼等の逃走
『……ォォ』
まだ死者が出ていないのはひとえにゴライアスが本気で暴れていないからだ。
モルド達から見たら十分すぎるほどに暴れる怪物は一つの
怪物が待ち構えていた
「こっちに来るんじゃねえ!?」
「あ、おい!? こっちに来るんじゃ────」
巨人が支配する空間にいた多くの冒険者が逃げ場を失い、交錯する。
血のように紅い眼球を凶悪にぎらつかせたゴライアスは背を軽く反り、交錯した冒険者達目掛けて口内を爆発させた。
『────────ァァッ!!』
耳を引き裂く大音声と共に放たれたのは、衝撃波。
足を止めてはいけないこの空間で足を止めてしまった冒険者達にその衝撃波は着弾し、草原が爆ぜ、そこにいた冒険者達は声も上げられないまま、吹き飛んでいった。
「は、『
正に一網打尽。
黒い『
生きているのか死んでいるのかわからない吹き飛ばされた彼等の元にモンスター達がにじり寄る。そしてモルド達の元へは黒いゴライアスがその相貌に笑みのようなものを浮かべて歩み寄る。
「こいつ……遊んでやがったんだ……俺達なんざすぐに殺せたくせに、一気に潰すために一箇所に集まるその瞬間を待っていやがったんだ……!」
その事実に気付き、意思があるはずのないモンスターに遊ばれていた屈辱に顔が歪むが、それはすぐに恐怖に上書きされる。
ゆっくり、一歩ずつ、腰を抜かした彼等にゴライアスが近付いていく。
先ほどの
「や、やめろっ!?」
歯の根が合わずガチガチと鳴る。
手をゴライアスに突き出して顔を青ざめさせた彼等は意味のない命乞いを続ける。
そんな彼等を見た怪物は巨拳を背に溜め、口端を裂いた。
薙ぎ払いの比ではない威力の拳が……直撃をもらえばモンスターだろうが冒険者だろうが即死させる威力の大鉄槌が泣き叫ぶ彼等に振り下ろされる。
「嫌だァアアアアアアアアアッ!!?」
「────ッ!」
しかしそこへ、風の如く疾走してきた二人の冒険者がいた。
纏ったケープを靡かせるリューが右膝を、中身のない袖を揺らす輝夜が左膝に死角からの一撃を放つ。巨体を支える両足を強打されたゴライアスは大きく体を揺らし、モルド達を原型のない肉片に変えようとしていた大鉄槌は大きく逸れていった。
逸れてなお地面を粉砕した一撃の余波で吹き飛ぶモルド達を脇に、恐れをより強い感情で抑え込んだ命と桜花がリューに続く。
「ハァアアアアアアアアア!」
二人の構える得物が輝夜が狙った左膝を痛打、その直後、彼等は瞠目した。
手首どころか全身に響く硬質な手応えと共に彼等は大きく弾かれてしまったのだ。加えて戦斧は半分に割れ、刀は刀身から粉々に砕け散った。
かすり傷すら生まれない黒皮はあまりにも規格外な耐久を誇っており、彼等の攻撃を全く通していなかった。
「莫迦者!! 早く離脱しろ!!」
輝夜の鋭い警告が驚愕抜けきらない二人の耳を射抜く。
はっと体を揺らし、頭上を見上げた彼等を怒りに燃える紅い瞳が見下ろしていた。
彼等を狙って大薙ぎに振るわれる剛腕はあまりにも鋭く、疾い。体勢を奪われたばかりの命達がそれに対する回避行動なんて出来る筈がなく、彼女達はその一撃を受け、地に伏す…………
「ぐ、ぅ、ああああああああああああっ!!」
『ォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
その直前、風雷を纏った影が全身全霊を込めて巨腕を受け止めた。
とんでもない力にその影は……ベルは押し切られそうになるが、渾身の力で抑えきる。
階層主との力比べという無謀な行為になんと打ち勝って見せた少年に一瞬笑みを見せた輝夜とリューは、間髪入れずに三人を照準させたゴライアス目掛けて走った。
「【燃え尽きろ、外法の業】」
瞬間、『
陽炎の残滓が周囲を漂う中、驚愕を一瞬で支配した第一級冒険者はゴライアスの腕と足を目にも止まらぬ速さで連続で斬り裂く。
だが、ゴライアスは自らの体に傷を生んだ彼女達ではなく、放とうとしていた『
彼の見開かれた瞳の先で焼かれた顔と口内を意にも介さず、連続して『
「【ファイアボルト】!」
『グォッ!?』
ヴェルフを襲った『
輝夜達が『
そこに間髪入れずに阻止のために動いていた輝夜達の攻撃が降り注ぐ。
「チッ、やたらと硬い。普通の奴ならばかなりの傷になっているはずなのだがな」
「それに動作も速い。どう弱く見積もっても
通常のゴライアスはLv.4相当。だが目の前のゴライアスは簡単にその通常を上回っているというのが何度もゴライアスを討伐した彼女達の見解。物理に対する耐久に至ってはLv.5最上位相当、最悪Lv.6に届くかもしれない。
適当に攻撃を加えたところでこちら側が疲弊するだけというのは自明の理。
ならば魔法で一撃必殺を狙うべきか? それは否。自分の命に届きうる魔法の詠唱を誰かが歌い始めれば、なりふり構わず目の前の怪物がそれを止めに来るという直感に似た確信があった。
そんな魔法を撃てるリューが
無論逃亡は論外。明確な意思があるであろう
二人の正義の使徒は再び駆ける。決定打を撃ち込むその
『ォオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアッ!!』
この場において、自らへの数少ない『痛撃』となる彼女達の攻撃。さらに臆することなくそんな彼女達に続いて周囲を動き回る小さな影達。
下手に意思を持ってしまった怪物は自身を恐れない小さな影に、自身を殺しうる彼女達の存在に目障りだと激昂し、怒声を迸らせた。
「な、なんであいつらは……戦えるんだよ……」
その怒声を遠方から浴びただけだというのに体の震えが止まらない。遠くから浴びただけでこれだというのに何故至近距離で浴びた彼等が戦えているのか、モルド達には全く理解できなかった。
そんな彼等に忍び寄る複数のモンスターの影。その襲撃に気付いた三人は慌てて武器を構えようとするが、恐怖に屈した彼等のその手から武器が滑り落ちる。
「────ぁ」
死んだ、とそこにいる誰もがそう思った。
断末魔を上げることも、助けも呼ぶことも出来ずにモンスターに蹂躙されようとするモルド達。
彼等にモンスターが群がるよりも早く、雷鳴と共に斬閃が走った。
「……はっ?」
黒剣を携え、モンスターを斬り裂いたのは白髪の少年だった。
揃って同じような驚愕を浮かべるモルド達を背に庇い、すぐさま残りのモンスターの群れに雷の槍となって突貫。灰となって崩れ落ちるモンスターに目もくれず、周囲に他のモンスターがいないことを確認した少年はすぐに走り去っていった。
「なんで、あいつが……」
去り行く少年の背中にモルドが掠れた呟きを零す。
すると、がしっ、と何者かに襟首を掴まれた。
「はーいベル様の邪魔になりそうなお方はしまっちゃいましょうねー」
「いっ、いででででででででででえぇっ!!? だ、誰だっ、けつがぁ!!?」
「ぎゃああああああああああああ!?」
「いだだだだだだっだっだだだだ!?」
視界が揺れた瞬間、モルド達は勢いよく引きずられていく。
少年のサポーターであるリリが、モルドを右手で、スコットとガイルの二人を同時に左手で──討伐されたモンスターの死骸と同じ扱いで──彼等の体を容赦なく運搬していく。
あちらこちらに生えている尖った水晶によって隣から二人の悲鳴が上がる中、モルドは遠くに見える光景に声と痛みを一瞬忘れる。
視界に入ったのは自分達を助けてくれた白髪の少年。その少年が尋常ではない量の汗をその顔に浮かべ、ゴライアスと戦いながら、未だ意識を飛ばしている一部の冒険者に近寄るモンスター達を倒しているその姿。
「もう戦えないのなら逃げるなり隠れるなり好きにしてください。これ以上ベル様の……ベル様達の負担にならないように。ベル様達の力添えを無駄にしないでくださいね」
戦場を抜け、モンスターがいない草原で三人を解放したリリはすぐさま戦場へ戻ろうとする。
周囲を見ると他にも何組か……あの場にいた冒険者達があちこちに転がっていた。そんな彼等は総じて呆けた顔でリリを見ている。
彼等と同じく呆けていたモルドは去ろうとしている彼女に慌てて立ち上がり問いかけた。
「お、おいっ!? なんで、俺達を……助けるんだ?」
自分達が仕出かしたことを顧みれば、助ける理由は一つもない。普通の冒険者ならむしろざまぁみろとでも笑いながら、自分達を見捨てる状況のはずだ。
なのに彼女達は……あの少年は自分達の命をたった一人でも取りこぼさないように戦っている。
意味が分からないと尋ねてくるモルドにむすっと何か言いたげな目をしながらリリは振り向く。
「底抜けにお人好しなベル様に、感謝してくださいねっ」
自分の感情を抑えたリリは両目を瞑り、べっ、と舌を出して今度こそ走り出す。
遠ざかっていく彼女の背中に取り残された彼等はただただ呆然としていた。
訳の分からない状況の中にまた別の冒険者達が運び込まれてくるのはその数分後だった。
悪化の一途を辿るはずだった状況が少しずつ好転し始める。
ヘルメスの指示に従い、『リヴィラの街』から援軍を引き連れてきたアスフィは自分を照準した巨人に
その隙に彼女はたった二人で前衛を張っていた輝夜とリューと合流した。
「リオン! 輝夜! 今から来る援軍が一斉射撃の準備を行います! 貴方達は引き続きゴライアスの注意を引き付けておいてください!」
「わかりました。それでは私と輝夜、貴女の三人で敵の狙いを分散させましょう」
「えっ、待っ」
「私が二割、リオンが三割を請け負う。貴様は残りの五割だ。行くぞ」
「ちょっ!? 私の方がLvは低い────」
「よぉしてめー等!! 【
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』
「貴方達全員っ!! 後で覚えてらっしゃいっ!!」
第一級冒険者である二人に前衛を任せ、中衛で支援に回ろうとしていたアスフィの考えも虚しく、もっとも危険な前衛での囮(流石に半分以上を任せられることはなかった)をすることになった彼女は若干涙目になりながら、二人と共にゴライアスの周囲を動き回る。
無視できない一撃の使い手が増えたことに紅い瞳を苛つくように輝かせたゴライアスはそんな彼女達に狙いを定めた。
続々と集まる
彼等によって前方に包囲網を敷かれる中で後方では『魔導』のアビリティを持った魔導士達による必殺の準備が進む。
「すごい……」
周囲の露払いを終わらせたベルはその光景に思わず立ち止まる。
所謂、階層主攻略戦。【ファミリア】の垣根を越えて協力し合う冒険者達の姿に胸が熱くなる。
緻密な連携などない。だが自分達の役割を果たし、強大な敵を討ち果たすために戦うその姿は正にベルが理想とする冒険者としての在り方だった。
「ベル、大丈夫か?」
「あ、ヴェルフ! うん、大丈夫だよ」
彼等の戦いを見ながら少し離れた場所で
「命さん達は?」
「拠点を守る方に回ってる。お前が数を減らしてくれはしたが、まだまだ新しく現れそうだ」
ベルが討伐したモンスターの数は既に五十を超えている。
だというのに巨人の兵士たるモンスターはどこからともなく現れていた。広大な18階層に残存していた数はやはり相当多いのだろう。
「これからどうする? 俺達と一緒にゴライアス以外のモンスターを倒すか? はっきり言えばお前がいてくれると助かるが、あんな奴らにお前は勿体ないと思うんだよな」
「僕は……」
少し迷うように言い淀んだベルだったが、そんな彼を彼方から誰かが呼ぶ。
「おい! 【リトル・ヒーロー】! そんなとこに突っ立ってないで俺達と行こうぜぇ!」
「そんで俺達の活躍を一番近くで見てノエルちゃんに話してくれよな!」
面白がるように、笑いながら少年を呼んだのは『豊穣の女主人』の常連となった冒険者達。
ベルを気に入っているノエルに自分達の活躍を話してもらおうという打算を隠そうともしない彼等に一瞬呆けたベルだったが、すぐに堪えきれないように笑みを浮かべた。
「……なんかよくわからねえが、こっちは気にせずに行ってこい! そんでとんでもない怪物をぶっ倒したのは俺の相棒だって、俺に威張らせてくれ!」
「……うん! 行ってくる!」
挑戦的な笑みを浮かべて背中を押してくれた
ベルの顔見知りである彼等に混ざって一人、一度だけ見たことのある眼帯の冒険者がよく来たとばかりに二ッと豪快な笑みを浮かべた。
「来たな来たなぁ! フィン達に目をかけられてるてめえの力、思う存分見させてもらうぜ?」
「はい! 任せてくださいっ!」
よぉし行くぞぉ!、と気合の入った声を響かせるベルが加わった小隊。
そんな彼等に反応したゴライアスは首をグルリと動かし、照準を定める。
「「「「あ、やべえ」」」」
「へっ?」
狙われた瞬間、彼等はベルを置いて方向転換。
冒険者の雰囲気に少し酔っていた少年は普段ならばついていけた筈のそれに置いていかれ、間抜けな声を漏らした。
それはもう見事に置いていかれた少年はゴライアスの血走った双眼に捉えられ、その顔に焦燥を浮かべる。背に溜められた剛腕を少し遅れて回避しようとして、それをすぐにやめた。
(あの人なら、きっと……!)
あろうことかベルは大気を貫きながら自分に迫る剛腕目掛けて加速。
脳裏を掠めた約束の少女ならば、攻撃ができないほどに大きな回避はしない、と目を吊り上げたベルは雷と風と共に自らの体を前へ突き飛ばした。
巨腕が振り抜かれる瞬間、身を翻したベルは巨人の伸び切った腕に着地。最高速度を維持しながら、山を登るように巨人の腕を駆けていく。
ものの数秒で巨体の最上部、巨人の頭部に辿り着いた少年の姿にゴライアスはその双眼を大きく見開いた。直後、巨人の右側の視界が闇に包まれる。
『ゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
「せぇっ!!」
突如走った激痛にゴライアスはその顔を大きく揺らし、苦悶の叫び声を上げる。
黒剣の一突きで巨人の右眼を奪ったベルはその隙を逃さず、空中で獰猛な渦を巻き、視界を奪った右側から回し蹴りを叩き込んだ。
硬質な手応えに少年は顔を顰める。空中で体勢が悪かったとはいえ、渾身の回し蹴りは巨人の黒皮にはかすり傷すらついていない。
(でも…………)
傷はついていない、しかし、ベルの会心の二撃はその巨体を大きく揺るがすには十分だった。
「倒れなさい」
「崩れろ、木偶の坊」
そこに間髪入れずに叩き込まれる第一級冒険者達の一撃。
完璧に入った二つの痛撃が強靭な黒皮に傷を生み、そして、その巨体を地面に墜とす。
「倒れるぞーーーーッ!!」
地面に倒れ込む巨人の姿に冒険者達は大いに沸いた。
どれだけ強大な敵であろうとも、少なくとも絶望して戦いをやめてしまうような相手ではないとそこにいる誰もが理解する。
その上で油断なく追撃の準備をする彼等の中、ベルは巨体を墜としたリューと輝夜の二人と合流を果たした。
「このバカが。今の貴様があんな戦い方をすれば命がいくつあっても足りないわ」
「輝夜の言う通りです。クラネルさん、今のは危なかった」
そしてすぐに移動しながらの説教が始まった。
自分を確かに見据えてくる二つの厳しい眼差しの中に、大なり小なり心配の色を見つけたベルは謝罪と共に子供のように身を縮める。
「だがあの戦い方を差し引いたとしても、貴様は十分に使えそうだ。私と共に来い」
「えっ?」
真剣な表情をした輝夜からそんな指示を受けたのは正にその時だった。
突然の言葉にベルが思わず聞き返すとすぐにリューが言葉を挟む。
「輝夜、それは……」
「もしもこれ以上の何かがあるのなら
含みのある輝夜の言葉を理解したリューは瞳を微かに揺らし、静かに頷いた。
二人のやり取りが何が何だかわからずに困惑していたベルだったが、巨人が動き出したのを見て、その困惑をすぐに切り捨てる。
ベルは輝夜に続き、隻腕の彼女の支援をしながら、黒き階層主の攻略を続けた。
立ち上がった階層主を再び地面に落としてやろうと、執拗なまでに足への攻撃が続く。
リュー達を中心とした攻撃によって、巨人が片膝をつくその時、魔導士達の詠唱が完了する。
「てめえら引けぇ!! デカいのぶち込むぞォ!!」
リヴィラのまとめ役、ボールスの号令が飛ぶと同時に、ベルと輝夜、リューとアスフィ、他の冒険者達が一斉に退く。包囲網の中心に誘導され、動きを封じられてしまったゴライアスが高まった魔力の群れに赤い双眼を見開く。
その巨体に似つかわしくない敏捷性を発揮し、冒険者達の中心から離れようとするがもう遅い。
次の瞬間、様々な属性による怒涛の一斉射撃がゴライアスを飲み込んだ。
『────────────────────────────ッッ!!?』
炎の弾が、氷の槍が、雷の雨が、風の渦が殺到する。
一部冒険者による『魔剣』の一撃も加わったそれは必殺と呼ぶに相応しいモノだった。
やがて魔導士達による一斉射撃が止む。上下階層にまで響き渡る爆音が途切れ、凄まじい量の煙が舞い上がる砲撃中心地を冒険者達は固唾を飲んで見守る中……煙の奥、巨人の体がどんっと大きな音を立てて、崩れ落ちた。
全身を包む強靭な黒皮には多大な傷がつき、赤い血肉が覗いている。口から、そして全身から損傷の深さを物語るように蒸気のような白い煙を吐き出していた。
圧倒的な強さを誇る黒き巨人が負った紛うことなき致命傷に冒険者達は歓声を上げる。
「ケリをつけるぞてめえらッ!! たたみかけろおおおおおおッ!!」
前衛が一斉に前へ出る。四方八方から勝利を確信したかのように、巨人の息の根を止めようと冒険者達は躍り出た。両の手を地面につき、顔を垂れるゴライアスに殺到する。
「何事もなければ、これで終わりだが……」
「…………」
第一級冒険者であるリューと輝夜は少し離れた場所でゴライアスを油断なく見据える。
何が起きてもいいように自然体に構えながら、巨人の息の根が止まる瞬間を待った。
(…………なんだろう……何か……すごい、イヤだ)
二人と共に残ったベルはゴライアスから視線を外さない彼女達の背後で落ち着きなく周囲を見回していた。
確証はない。もしかしたら疑念もない。ただの『冒険者の勘』というモノが今のこの状況が良くないものだと警鐘を鳴らしていた。
冒険者としてはまだまだ未熟である自分のただの勘。普通なら全く信用ならない。
だが少年はこのただの勘が窮地に陥ろうとした自分を取り返しのつかないことになるギリギリのところで何度も救ってくれたことを知っている。
だからベルは探した。何かが起きようとしていることを知らせるその勘に従って、必死に。
(ない……ない……どこにもおかしなものなんて見当たらない……?)
探しても探しても何も見当たらない。
モンスターはいない。ダンジョンギミックの兆候も見当たらない。
白装束の集団も冒険者の中にも裏切者らしき存在は見当たらない。
今回こそ外れたのか、と一度前を向いたベルは。
白煙の奥、その隙間からわずかに見える黒く染まった無数の水晶に全身の毛を逆立たせた。
「ッリューさん、魔法を、早く!!」
「クラネルさん? 何を────」
「お願いしますっ、信じて! 僕じゃ間に合わないっ! あの水晶に魔法を撃ってくださいッ!」
漆黒の巨人と冒険者達を包囲するように地面に突き刺さっていた水晶はいつの間にか本来の色を失い、全てを飲み込む黒色を纏っていた。
血相を変えるベルの姿に困惑していたリューも晴れた視界の奥に広がるその水晶達を見て、再び
その直後、バキリ、と。
誰もがもう二度と聞きたくないと口を揃える不吉な音が18階層に響き渡った。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ────」
鬨の声を上げ、ゴライアスに襲い掛かる冒険者達。
その行方を遮るように、漆黒の巨人を守るように。
黒く染まった水晶から、漆黒の剣山が出現した。
「────?」
「あ……?」
先を走っていた仲間が突如出現した剣山に声を上げることも出来ずに吹き飛ばされていく。
その光景に無事だった冒険者は誰一人例外なく呆けた声を漏らし、足を止めた。
輝夜とリューは吹き飛ばされた冒険者達……ではなく、出現した剣山にその双眸を限界まで見開き、二人には似つかわしくない強い動揺を露わにした。
「馬鹿な……ありえない!?」
「
その剣山はこの階層には存在してはいけないものだった。何故ならあれを生み出すのはこんな
地面から生えた剣山は巨人の周囲を囲み、万人を寄せ付けようとしない。無謀にも近づく者がいたとしても、そんな愚か者の体には剣が生えていただろう。
冒険者達の声が止み、不気味なほどに静まり返る18階層。その静寂を破ったのは一際大きな黒曜石のような黒い輝きを放つ大水晶。生まれていた亀裂が音を立てて、さらに深まる。
「あれを今のうちに壊せば、阻止できるでしょうか……」
「無理だろうな……誕生が早まるだけだ」
顔を蒼を越えて白く染め上げたアスフィがわずかな希望に縋るようにか細い声でそう呟くと、そんなありえない希望を輝夜がすぐに否定する。
この最悪の状況で貴重な戦力を現実逃避させるわけにはいかない。逃れられない現実を歯を食い縛って受け入れたアスフィは悲壮な覚悟を固め、前を向く。
やがて、その瞬間は訪れてしまった。
『────────────────────────────ォオ』
甲高い大水晶の悲鳴とともに、とどめとなる大きな亀裂が生じた。
地割れの如く、大地が割れ、大水晶を飲み込む。一瞬の沈黙。それを地面と共に突き破り、産まれ出でたのは先ほどの水晶のような黒い輝きを放つ漆黒の巨体。
漆黒の巨体は遥か天井へ向かってその身を伸ばし、周辺に水晶の破片を散らす。
そして、忌々しそうに届かぬ
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
果てしない産声を上げるのは黒き巨人に匹敵する超大型。
この階層で留まっている冒険者達では生涯、その影すら踏めない真正の怪物。
全身から溢れ出す圧倒的な威圧感は通常のゴライアスを遥かに超え、そこに佇んでいるだけで『冒険』を忘れた冒険者達の心を折るには十分過ぎるほどだった。
産まれてしまったのは他ならない階層主。
その名を──
「…………ウダイオス」
『
産まれ落ちたウダイオスの威容に冒険者が圧倒される中、王の異端の誕生に鼓舞されるように、赤き光粒が漆黒の巨人の肉体から立ち昇っていた。
ここまで見ていただきありがとうございました。
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