二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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最悪の双璧

「は……ぁ……?」

 

 悪夢、としか言いようがなかった。

 目の前に広がる光景に士気が高まっていた冒険者達は、揃ってその顔に恐怖を浮かべる。

 あり得てはならない階層主の同時出現。そしてよりにもよって二頭目に現れたのは深層の怪物。  

 これ以上ない、経験したことのない絶望が冒険者の心を勢いよく蝕んでいく。

 

「────思考を止めるなッ!! 動きを止めるなッ!!」

 

 絶望に屈しなかった数少ない冒険者の一人であるリューは屈しようとする冒険者に声を荒げた。

 一息に自身と階層主の距離を埋め、足が竦んでしまった前衛攻役(アタッカー)を庇うように前に躍り出た彼女は自分達を見下ろすウダイオスを睨みつける。

 

「生き残りたいのなら抗いなさい!! 貴方達に一欠片でも冒険者としての矜持があるのなら、絶望に屈するな!!」

 

 冒険者達を鼓舞するリューの隣に輝夜が並び立つ。

 たとえ相手がどれだけ凶悪でもまだ第一級冒険者(自分達)がいると宣言するように。

 

「私達がウダイオスを相手取る! 貴様らはゴライアスを討て! 今の状態の奴ならば、貴様らでも倒し切れるはずだ!!」

 

 そう叫ぶや否や、輝夜達は深層の怪物へと食って掛かる。

 その直前、リューと輝夜は一人の冒険者に一瞬だけ視線を寄こした。

 その冒険者の名はベル・クラネル。貴方(お前)にこの場を託すと、未熟な自分に信頼を寄せてくれた彼女達の視線にベルは胸を熱くした。

 彼女達が動いてもしばらく動けなかった冒険者達の先陣を切り、少年はゴライアスに迫る。

 

「……っ、てめえら!! あのガキに続けェ!! あいつらに、負けんじゃねえッ!!」

 

 なけなしの勇気を振り絞り、絶望を拭ったボールスの叫びに冒険者達は再び鬨の声を上げ、瀕死の巨人に迫る。

 最悪となった状況を少しでも好転させようと、彼等は意思を一つにし、巨人に力を注ぎ込む。

 再び包囲網に掛けようとする冒険者の叫びに背中を押されながら、一足早くゴライアスの元へ辿り着いたベルは攻撃を仕掛けようと剣を構え、そして、固まった。

 そのベルの姿に冒険者達は困惑を隠せず、少しずつ速度が緩まり、やがて完全に停止する。

 

「おい、どうした! 【リトル・ヒーロー】……っ?」

 

 絶好の機会に不自然に固まった少年の視線の先を見て、ボールスはベルと同じく限界まで目を見開いた。ほぼ同時に、周囲の冒険者達の反応も二人の反応を追う。

 

『────フゥゥゥ』

 

 彼等の視線の先には、思わず目を覆いたくなるような巨人の姿がある……はずだった。

 骸の王が生み出した剣山の中で動きを止めていた巨人が、剣の守りを突き破り、勢いよく立ち上がる。その全身には、この場にいる冒険者達が負わせた傷は僅かしか残っていなかった。

 損傷している黒皮からは赤い光の粒子が発散されている。驚くべきことに光の粒が立ち昇る側から僅かに残っていた傷も癒えていき、ほんの数秒後にはもはや傷はどこにもなかった。

 

「自己……再生……?」

 

 冒険者の中で誰かがそんな言葉を漏らす。

 その言葉を肯定するように完全に復元された全身を反り、動きを止めてしまった冒険者達目掛けて、特大の『咆哮(ハウル)』を解き放った。

 

「よけっ────」

 

 誰かの叫びを飲み込み、大地が貫かれた。

 地を抉り、空を裂き、射線上に存在する全てを破壊し尽くさん限りに放たれたそれはゴライアスに迫った前衛だけでなく、後衛の魔術師にまで被害を及ぼす。

 射線に入っていなかった他の冒険者ですら『咆哮(ハウル)』の余波で吹き飛ばされ、包囲網は一瞬で壊滅してしまった。

 被害がない場所などない。震える手を、膝を、地面について起き上がろうとする冒険者達は数えるほどしかおらず、ほぼ全ての冒険者は揺れる意識の中で惨劇を巻き起こした巨人を見上げることしかできない。

 

「────ぁ」

 

 彼等が見つめる先で、ゴライアスはその巨大な両腕を振り上げる。

 限界まで目を剥く冒険者達にとどめを刺そうと、憤怒と愉悦が入り混じった笑みを浮かべて、握り締められた二つの大拳を地面に振り下ろした。

 

「────うぁああああああああああああ゛ああああああああああ゛あああ゛あああッッ!!」

 

 多くの命が失われようとするその瞬間、雷の矢が巨人の両腕を撃ち抜いた。

 喉が割れんばかりに叫び、必死の一撃を防いだのはベル。

 その矢によって威力を大きく減衰させたその一撃は足元の草原を割る程度に終わり、かろうじて冒険者達の命を繋ぐ。

 命をギリギリのところで繋いだ冒険者達は力を振り絞って立ち上がり、そして、攻撃を防いだベルの姿を見て背筋を凍らせた。

 

「ク、ソ……ッ!」

 

 その体は既に満身創痍。もはや立っている事さえ不思議なほどに全身が傷ついていた。

 防具は破壊され、中に着ている戦闘衣(バトルクロス)もあちこちが破れ、そこから赤い血肉を露わにしている。

咆哮(ハウル)』が放たれた瞬間、ゴライアスの一番近くにいたのは誰か。答え合わせをしなくともこの場にいる誰もがその答えを知っている。

 少年の背中を追って、あの時の自分達は走っていたのだから。

 

 割れた額や裂けた頬、体中から大量の血が流れ落ちる中、この場をリュー達に託された少年は焦点が合わない目でゴライアスを睨みつける。

 ゴライアスはそんなベルを一瞥。直後、再び巨人の両腕から赤い光の粒が舞う。

 魔力を燃焼させることによって治癒能力を上げる、それが漆黒の巨人が持つ自己再生の正体。

 魔力燃焼の際に生まれる赤の光はいっそ幻想的であり、攻撃を防いだ際に生まれた両腕の傷が癒えていく光景は冒険者を絶望の底に叩き落すには十分だった。

 

『────オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 悪夢は終わらない。

 全身を癒し切った漆黒の巨人は治癒能力増幅に使っていた魔力を『咆哮(ハウル)』へと回す。

 そして、攻撃は再開された。動く者全てに咆哮による魔力塊をぶつけ、絶望する冒険者達へ追い打ちをかける。彼等は弾かれ、飛ばされ、虫の息と化す。

 

「ボールスッ!! 部隊を再編して立て直しなさい!! 私は彼の元へ向かいます!!」

 

「無茶言うんじゃねえ!? こんな状況、どうしろってんだ!!?」

 

 統制が碌に利かない冒険者達を混乱と動揺が支配する。それぞれがこの場を何とかしようと行動するが、バラバラの行動に走る彼等が何をしようとも、この状況を打開できるはずがなかった。

 足並みが揃わない冒険者達を嘲弄するようにゴライアスが仕掛けてくる攻撃をかろうじて避けるベルは体勢を崩したところですぐそばに走り込んできたアスフィに抱えられ、離脱に成功する。

 

「ベル・クラネル! しっかりしなさい!」

 

「…………」

 

 抱えられたその時からピクリとも動かなくなったベルにアスフィは必死に声を掛ける。

 だが彼は力なく項垂れたまま、何も言葉を発しない。余波だけで地面を消し飛ばす階層主の一撃を真っ向から受けたのだ。そもそも動いていたのがまずおかしい。

 最悪の想像に顔を強張らせるアスフィはすぐさま治療のために移動を始める。

 

「……ルナ、アルディス……!」

 

 しかし次の瞬間、練り上げられた翡翠色の魔力の光輪がこの場にいる冒険者全てに広がった。

 傷が癒え、ほんのわずかとはいえ疲労も癒したその光に冒険者達は目を見開く。それに続いて、今度は翡翠色の光膜が冒険者達の体を包み込んでいく。

 

「傷が……なんだこりゃあ……」

 

 再び冒険者達の傷が癒える。先ほどの光輪との違いは光が消えてなくならないこと。

 見覚えのある二種類の魔法にアスフィが目を見開く中、彼女の腕の中で意識を失いかけていた少年はふらふらと立ち上がった。

 

「アスフィさん……ごめんなさい、返事できなくて……」

 

「いえ……生きているのなら、いいです。とはいえ、ひとまず貴方は治療を────」

 

「アスフィさん」

 

 申し訳なさそうにそう伝えてくるベルに気まずそうな表情を浮かべるアスフィ。

 咳払いを一つ、兎にも角にも治療を行うために移動しようとした彼女をベルが呼び止める。

 彼女が振り返ると、顔に生気をわずかに取り戻したベルが先ほどまで瀕死だったとは思えないほどに強い光を宿す瞳でアスフィを見据えていた。

 

「僕と一緒に、あいつと戦ってください」

 

「……何を、言っているんですか。そんな身体であのゴライアスと戦うなんて無理────」

 

 無理だ、無謀だと、否定しようとしたアスフィの言葉が詰まる。

 自分が傷だらけにされても、周囲にいる者達が絶望しようとも、どれだけ敵が強大であろうとも、その瞳から光は消えていない。

 何一つとして諦めていない少年の眼差しにアスフィは確かに気圧された。

 

「……勝機は、あるのですか?」

 

「あります」

 

「…………ああ、もうっ!!」

 

 自分の言葉に即答して見せた少年の姿に彼女は思わず子供のように地団太を踏み、頷く。

 確かに彼女は気圧された。だがそれと同時にその光に希望を見出してしまった。

 あの日、自分や仲間達の命を救ってくれたこの少年ならば、この状況を覆すことができるかもしれない、と。

 割れていない精神力回復薬(マジック・ポーション)をベルに手渡す。どんな戦いをするのであれ、少しでも万全な状態に近づけなければ話にならない。

 それを一息に飲み干し、精神疲弊(マインドダウン)を回復させたベルは一度、アスフィと目を合わせて頷き……そして、一気に最高速に乗った。アスフィはその速さに驚きつつも、遅れてはならないとすぐに並走を始める。

 

「とにかくかく乱してこの戦況を少しでも立て直しましょう。今は二人ですけど、時間を稼げば他の人達だって来てくれるはずです」

 

「無茶を言ってくれます……私はリオンや輝夜ではないのですよ? まあ、やるしかないですけどね……!」

 

「すみません、ありがとうございます。でも、最悪動き回ってくれるだけでも大丈夫です。それができれば…………僕が一撃で終わらせます」

 

 未だ『遊んでいる』ゴライアスが希望を失わず、自分に迫る二人に気付く。

 途端、激増する威圧感。骸の王があの二人を相手取ってくれている現状、自分を脅かすのは迫りくる二人のみ。その二人に対しては一切遊ぶことなく、全力で潰すことを巨人は薄い意思の中で決めていた。

 ベル達に振り向いたゴライアスがその巨腕を背に溜め、砲弾の如く弾き出す。

 

「っ!!」

 

 速さと重さを兼ね備えた剛腕が大気を貫く。

 一撃でも食らえばその時点で終わる巨人の剛撃の間を抜け、二人はかく乱のために動く。

 自分の体に対して、虫のように小さい二人にゴライアスは苛立ちつつも、雑に攻撃を仕掛けることはない。

 冒険者達が最も嫌な速度、最も嫌なタイミング、最も嫌な攻撃の間隔を本能のままに導き出し、希望を失わない冒険者達を殺しにかかる。

 

『……ヴォ?』

 

 とはいえ元々は確固とした意思のないモンスターが素体となった例外の怪物。

 我慢できずに周囲をウロチョロする羽虫を吹き飛ばそうと『咆哮(ハウル)』の構えを見せる。

 だが、そこでゴライアスは気付く。

 自分を崩そうとしている虫の内の一体が謎の光と音を放っていることに。

 その光が、その音が、間違いなく自分の命を奪うということに。

 

『────ッッオ゛オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 それに気付いたゴライアスはなりふり構わずに暴れ出した。

 見境なく暴れ、咆哮を撒き散らし、自分を殺す白い光と音に抵抗する。

 

 白い少年はゴライアスが巻き起こす殺戮の嵐を掻い潜り、その時まで耐えぬく。

 ベルが口にした『勝機』とは無論、【英雄運命(アルゴノゥト)】。

 自分を何度も逆転へと導いてくれた起死回生の『スキル』。

 

 敵に自己再生がある以上、今の彼等で真っ向から討伐するなど不可能。故に狙うは一撃必殺。

 致命傷を追わせるのではなく、消し飛ばさなければ、勝機は消える。たとえ未だ骸の王が健在だとしても中途半端な著力(チャージ)など許されない。

 自分が使い物にならなくなったとしても、この一撃だけは絶対に当てなくてはならない。

 

 勝つために、絶望した冒険者達に希望を見せなくてはならない。

 

「っっぐ!」

 

 頭が沸騰しそうになるほどの極度の集中が続く。

 浮かぶ汗は浮かんだ端から蒸発し、彼の極限状態を物語っている。

 たった一撃を撃つその時まで、ベルとアスフィはひたすら耐え続けた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「武器と道具(アイテム)はまだありますか!?」

 

「リリルカ君!?」

 

「ありったけの装備を渡してください! リリが前線に運びます!」

 

 彼等の戦いを目の当たりにしたリリは激闘の音が響く戦場から目を逸らし、設置された簡易拠点に駆けこんだ。 

 息を整える時間も惜しみ、すぐさま拠点に待機していたヘスティアや冒険者に声を張り上げる。この場にいるのは彼女と同じ非戦闘員か拠点防衛及び治療のために下がった冒険者のみ。

 拠点に残った者はみな、大草原に広がる惨状に足を竦ませている。

 

「ベル様達がまだ戦っているというのに……っ!」

 

 治療中の冒険者はともかく、前線で戦う冒険者達を支援しなければいけない彼等の体たらくにリリは大いに歯噛みした。

 諦めの色が濃い彼等を叱咤しようと声を上げようとして、すぐにそんな時間すら勿体ないと言葉を喉の奥に放り込む。立てるかもわからない彼等に時間を割く暇は全くない。

 

「君が届けるって……大丈夫なのかい!?」

 

「恐怖で役割を放棄したここにいる誰かに任せるぐらいならリリが一人で全部運んだ方がマシです!! とにかく急ぎましょう!!」

 

 リリの鋭い言葉に何人かは薄く反応を見せたがそれまで。やはり動こうともしない。

 舌を鳴らし、背負ったバックパックを乱雑に放り投げたリリはヘスティアと共に武器や道具の選別に入る。

 

「千草様は!?」

 

「少し前に血相を変えて飛び出していったよ! 多分、桜花君達の所だ!」

 

「人手が欲しかったのですが……仕方ありませんね!」

 

 現状において彼女の取った選択はあまり良いモノとは言えない。だがリリは千草の事を責める気にはなれなかった。

 何故なら同じ立場に立てば、間違いなく自分も同じことをしたという確信があったから。居ても立ってもいられずに大切な人(ベル)の元へ走って行ってしまう自分が大いに想像できた。

 一撃どころか余波でも食らってしまえば、消し飛ばされそうなほどに貧弱な彼女をそんな戦場に駆り立てるのはひとえにベル達を想う心だ。彼等が……彼が戦っているというのに絶望に屈している暇などない。

 心配そうに自分を見るヘスティア(母親)の瞳に胸が痛むが、それでも動かなければ彼の仲間を、彼女の眷属を名乗れない。武器と道具を放り投げたバックパックに限界まで詰め込んだリリは死が隣に立つ戦場へと駆け出す。

 

「え…………」

 

「リリ君?」

 

 駆け出そうとしたところで、その足が止まる。

 不意に視野に入った一つの大きな武器。それに釘付けになった。

 

「武器? ……『ドロップアイテム』?」

 

 一見武器のように見えるそれは確かに大剣の形をとっている。しかし、鞘ではなく布に包まれており、柄に関しては明らかに後付け、加えて剣身に対して全く釣り合っていない。碌に加工されていないそれはもはや迷宮に生まれる天然武器(ネイチャーウェポン)のようだ。

 自分の目を奪い、存在を主張する黒曜石のように美しい漆黒の輝き。リリはその輝きを何処かで、それも極々最近見た記憶があった。

 

「『ドロップアイテム』……明らかに『深層域』の物…………いえ、まさか、これは……そんな記録は一つも…………」

 

 その記憶を頼りに、リリは遠方で今もなお第一級冒険者達と激戦を繰り広げる『階層主』と漆黒の塊を見比べる。

 武器の硬度、切れ味、そして破壊力、どれをとっても超一級品。こんな物を落とすのはいくら深層と言えども……一匹しかいないだろう。

 目を見開いたリリは弾かれたように黒大剣を手に取り、バックパックへ強引に取り付ける。

 

「ごめんなさいヘスティア様! 行ってきます!」

 

「お、おい、リリ君!?」

 

 限界ギリギリまで武具を詰め込み、はち切れそうになったバックパックをスキルの力を利用して背負ったリリは、突然固まって突然走り出した自分に戸惑いを隠せないヘスティアの呼びかけに応えずに飛び出した。

 

 彼女に確証はない。だがその武器がもしも……もしも深層の階層主(ウダイオス)の未確認の『ドロップアイテム』なのならば、この状況を変える一手になり得る。

 

(これを、ベル様に────)

 

 ────17階層に現れたゴライアスを一撃で葬ったあの白い光と合わせることが出来れば……。

 そう考え、飛び出したリリの視線の先、戦場である大草原から大轟音と共に白い炎雷が天高く立ち昇った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 時を少し遡り、リリが拠点に辿り着いたのとほぼ同時刻。

 

 他方、壊滅した包囲網の名残り。

 自分の力では二頭の怪物と真っ向から渡り合う彼女達の足手纏いになってしまうと判断した桜花はそれでも戦いに向かおうとする命を止め、彼女と共に意識を飛ばされた冒険者達を安全圏へ運び続けていた。

 今も周りを駆け回る二人を最大の脅威だと認識しているのか、冒険者を運ぶ自分達を歯牙にもかけない。唯一他に警戒している者といえば魔導士ぐらいだが、その魔導士達は先の『咆哮(ハウル)』によってほぼ壊滅しており、砲撃を放てる状態ではない。

 現状、巨人から離れた場所にいる自分達に出来ることはほとんど残っていなかった。

 

「今の俺に出来ることは……このままじゃ、あいつの頑張りが全て無駄になってしまう……!」

 

 リューと輝夜、アスフィとベル。

 彼女達がいくら奮戦しようとも決定打がなければ意味がない。

 何も出来ない己の無力さを呪いながら、今の自分に出来ることを桜花は必死に探す。

 

「…………あれは、なんだ?」

 

 そこで、彼はその白い光を見つけた。

 小さく鳴り響く(チャイム)の音が彼の胸に響き渡る。

 

「あれは……あれなら!」

 

「桜花っ!」

 

 確証はなかった。だが少年が放つ光に桜花は確かな希望を見出す。

 そこへ、自分の名を呼び、駆け寄ってくる少女の姿が目に入った。

 二体目の階層主が現れた時から他のモンスターが現れなくなったとはいえ、危険地帯を突っ切ってきた彼女の姿に目を見開き、次に彼女が背負ったバックパック────盾が備えられた装備品の数々を見て、桜花は今の自分の役割を理解する。

 

「千草、盾を出せ!」

 

 自分からも駆け寄ってきた桜花の無事な姿に千草は笑みを浮かべ、続いて彼が口にしたその言葉にその笑みを固めた。

 その言葉が意味するもの、そして覚悟を固めた桜花の表情に彼がこれから何をするのかを理解した彼女は長い前髪に隠れた瞳を恐怖に染め上げ、子供のように首を大きく横に振った。

 

「千草っ!!」

 

「駄目だよ、死んじゃう……!? あんな相手に私達が前衛壁役(ウォール)なんかやったら……桜花が、桜花が死んじゃう!」

 

 瞳から涙を散らしながら、千草は声を張り上げる。

 普段は大人しい彼女が叫びながら、泣きながら訴えてくるその姿に桜花もまたその表情を一瞬辛そうに歪めるが、何を言われようとも揺るぎはしない決然とした眼差しで懇願した。

 

「頼む千草……! 俺を情けない男にさせないでくれ!」

 

「っ!?」

 

「俺は口だけのいけ好かない男になりたくない! 他人を犠牲にしておきながら、他人に守られておきながら……お前達を守ると言っておきながらっ、体を張れない男になんてなりたくない! 俺はタケミカヅチ様の眷属(ファミリア)だ!!」

 

 男の覚悟に少女はただ一筋の涙を流すことしかできなかった。

 自分の言葉では……いや、主神(タケミカヅチ)の言葉でも決心を変えない彼を前にして、千草はうつむきながら盾を取り出して、祈りを込めて桜花に手渡した。

 

「ありがとう、千草。お前はこのまま命と合流するんだ。 …………行ってくる」

 

 大盾を装備した桜花は戦場へと駆け出す。少女が崩れ落ちる音が耳に届くが彼は振り向かない。

 千草は遠ざかっていく彼の背中を嗚咽を堪えながら、見つめていた。

 

 彼が飛び出したその数秒後、白い炎雷が天高く立ち昇った。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 二分。

 中途半端が許されないと言っておきながらそれが限界だった。

 

「くっ……」

 

 白光の粒子の集束はまだ止まっていない。

 だがこれ以上の蓄力(チャージ)は出来ないとベルは判断した。

 理由は単純。自分達の体力の消耗による身体能力の低下。

 一撃を浴びれば終わりという極限の耐久戦は二人の精神を大きく疲弊させ、必要以上に二人から体力を奪っていた。

 

「もう、やるしかない……アスフィさん!!」

 

 巨人の周囲を行き交っていたベルは急転身。ゴライアスの股下を潜り抜け、背後に立つ。

 同時にアスフィがベルの声、そして左手に宿る光を見て躊躇することなく一気に離脱。置き土産とばかりになけなしの爆炸薬(バースト・オイル)を投げつけ、巨人の視界を奪う。

 再び視界を奪われ、うっとおしそうに叫ぶゴライアス。生まれた千載一遇の好機。

 黒いゴライアスの自己再生をもってすれば、生まれた隙は一瞬で終わる。その一瞬を駆け抜ける、白く輝く炎雷をベルは解き放った。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 左手から放たれた白き炎雷は寸分違わず、漆黒の体皮に隠された()()を貫くべく、突き進む。

 それは間違いなく悪夢の自己再生を突き破り、漆黒の巨人を終わらせる希望の白炎だった。

 だが────

 

「なっ!?」

 

 再び、ゴライアスを守るかのように漆黒の剣山が地面を突き破り、現れた。

 ベル達が目を見開くその先で白炎は剣山と衝突。そしてわずかに拮抗し、白炎が剣山を貫いた。

 時間にすれば一秒にも満たない()()。その一瞬によって巨人は視界を取り戻していた。

 

『────オォッ!!』

 

 未だ突き進む白炎に対して放たれる『咆哮(ハウル)』。撃ち出された強大な魔力塊。

 放たれた二つの砲撃が衝突し、白い稲光と凄まじい轟音をまき散らす。

 

 その数秒後、勝者が決まった。

 

『──────────────────────────────』

 

 打ち勝ったのはベルが放った大炎雷。一度、剣山に邪魔をされても威力を落とさなかった白炎はゴライアスの必殺さえも粉砕し、突き進んだ。

 突き進んだ白炎がゴライアスの()()を一過────打ち貫いた。白炎の柱は天高くまで立ち昇り、やがて少し離れた天井を爆砕する。

 

「…………勝った、のか?」

 

 首から上……即ち頭部を失った漆黒の巨人の姿に周囲が静まり返る。

 あまりに突然訪れた巨人の終わりに誰も声を上げられず、徐々に徐々に、倒した────そう冒険者が信じ込もうとする中……ベルは一人、その顔を真っ青に染め上げ、言葉を失っていた。

 

(外した……()()()()()!?)

 

 胸部、即ち魔石を撃ち抜く筈だった炎雷は骸の剣山、そして巨人の咆哮によって確実に()()()()()()()()()。まるで魔石さえ無事ならばどこに当たろうがどうでもいいとでも言うように乱雑に逸らされた。

 魔法を放ったベルだけが怪物達の行動を正しく理解できてしまい、これから起きることを一足先に知ることが出来てしまう。

 

 ベル達の視界の先で、夥しい赤い粒子が巨人の首元から発生した。

 

「ちくしょう……っ!」

 

 火山の噴火の如く赤い粒子が立ち昇り、おぞましさを感じるほどの勢いで奪われた頭部が再生を始める。再生し切っていない眼窩の奥で紅い瞳をギョロギョロと動かす巨人を前にして、ベルは一人、毒づいた。

 これが予想できていたからこそ、魔石を破壊しなければ魔力が尽きない限り何度でも蘇ると予想していたからこそ、ベルは最速で放てる一撃に白い光を乗せ、解き放った。

 限界まで蓄力(チャージ)できていれば逸らされることなく、あの守りごと貫けたかもしれないが、もう二度とあんな好機は訪れない。最大の好機を逃してしまったベルの心に暗雲が立ち込める。

 そんな少年に追い打ちをかけるように、遠方────リューと輝夜が向かった箇所から大爆発が巻き起こった。

 

「あ…………」

 

「輝夜……リオン……そんな……」

 

 水晶の粉塵と共に宙を舞ったのは深層の階層主(ウダイオス)の足止めをしていた二人だ。

 まるで狙ったかのようにアスフィ達の戦場に傷だらけの彼女達を吹き飛ばしたウダイオスは黒骨をカタカタと動かし、嘲笑う。

 

「リューさん……輝夜さん……」

 

 ベルの意識が縋るように地に落とされた二人に引っ張られる。

 切り札が通用しなかったことによる、弱気。それによって自ら生み出してしまった致命的な隙。

 完全に治っていない巨人の真っ赤な双眼に殺意が満ちる。自分を殺しかけ、自分から意識を逸らした愚者を睨み付ける。

 

「────ベル・クラネルッ、逃げなさい!!」

 

 その構えに気付けたのは誰よりも早く吹き飛ばされた彼女達を見つけたことによって、一足先に動けたアスフィだけだった。

 限界まで双眸を見開き、なりふり構わずに叫んだアスフィの声にベルがハッとした様子で再び巨人に正対……それよりも一瞬早く、必殺の『咆哮(ハウル)』がただ一人を狙って放たれた。

 満足な防御姿勢も取れないまま、治りきっていない咆口から魔力塊と共に巨大な肉片や折れた牙がベル一人に殺到する。

 傷つき、吹き飛ばされ、宙を舞うベルの体。ずたぼろになりながら死んでも手放さなかった黒剣を地面に突き刺し、抉り飛ばしながらなんとか停止した彼の瞳に飛び込んでくるのは大砲弾となって突き進んでくる山のような巨体。

 殺意に溢れた咆哮を上げながら、少年に急迫するゴライアス。リューと輝夜、アスフィの救援は間に合わない。背に溜められた巨腕が大気を食い千切り、放たれようとする。

 その直前で態勢を立て直せたベルは回避しようとその足に力を込めていた。だが、飛び退こうとした瞬間、ベルの足はガクンと沈む。

 

(【英雄運命(アルゴノゥト)】の反動────)

 

 時を凍らせたベルに漆黒の鉄槌が放たれる。

 回避不可能、防御不可能、生存確率絶無、誰が見てもわかる一撃必殺。

 自分に訪れる死にベルは双眸を見開く。

 

 だが、その瞬間、()は現れた。

 

「────桜花」

 

 愕然と目を見開く少女の目の前で彼は……武神タケミカヅチの眷属、桜花は飛び出した。

 死を待つだけだったベルと漆黒の鉄槌の間に彼は自らの体を割り込ませる。

 悲壮だが、神ですら認める覚悟を宿した表情で大盾を構え、迫りくる鉄槌を防御。緩慢に流れる時の中、巨人の鉄槌がめり込み、ひしゃげ、一瞬の拮抗すら許されず、盾ごと桜花の体に食い込んでいく。

 吐き出される大量の血液。桜花は言わずもがな、彼と盾を重ねてもなおベルの体に途方もない衝撃が抜け、体の中から嫌な音が響き渡る。

 限界まで目を見開いたまま、はるか後方までベルと桜花は、殴り飛ばされた。

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 巨拳に血と共にこびりつく終わらせた感触に漆黒の巨人は勝利の雄叫びを上げる。

 巨人の咆哮に呼応するように地に倒れる二人を見下ろす骸の王もまた歓喜の雄叫びを上げた。

 

「ベル君……?」

 

 拠点からその光景を目撃したヘスティアは呆然と呟く。

 彼女は一切合切を放り出して、自分の子供の元へと駆け出した。

 

「ベル様……!」

 

 届けることの出来なかった漆黒の大剣を背負ったリリは舞う少年の姿に心を折られかける。

 だが一人の少年と出会い、諦めが悪くなった彼女は無意識に目に溜めてしまった涙を力強く拭って、折れそうな膝を叩き、少年の元へと駆け出した。

 

「ベル…………」

 

 震える声でヴェルフは、届かないその名を呼んだ。

 周囲から全ての音が遠ざかる中、頭の奥からとある言葉が蘇る。

 

『意地と仲間を秤にかけるのはやめなさい』

 

 少年の主神を通して伝えられた、咎めるような主神(かみ)の忠告。

 悔悟と自責の念に泣き出しそうにその相貌が歪む。一瞬立ち尽くした後、背後に広がっている森を振り返った。

 

「くそっっ!!」

 

 ヴェルフは動きに邪魔になる大刀を放り出し、森へと足を踏み込む。

 意地を捨てさろうとする彼の胸の奥に芽生える、彼自身も気付かない小さな炎の芽。

 

『さぁて……お前はどう動くんだ、魔剣鍛冶師(クロッゾ)?』

 

 それは、人の姿を形取り、彼の事を静かに待っていた。




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