二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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大鐘楼は高らかに鳴り響く

「ぐっ……立て……輝夜……!」

 

「黙れ、バカエルフ……! 私達二人で戦ったにしては、上出来だろうが……!?」

 

 血反吐を吐きながら、木剣を支えにリューは立ち上がり、輝夜は片膝立ちの態勢で自分達を見下ろす骸の王を睨みつける。

 彼女達は傷がないところを探すのが難しいほどに満身創痍。対してウダイオスは左腕を半ばから失っているもののそれ以外は全くの無傷。

 たった二人でウダイオスと戦い、その左腕を奪う。輝夜の言う通り、数か月前に【ロキ・ファミリア】が全戦力を投じて討伐した階層主を相手にその成果は上出来どころか出来過ぎだと言っても過言ではなかった。

 

(状況が悪すぎる……! 輝夜は既に限界だというのにクラネルさんまで……!)

 

 痛む体に顔を顰めるリューは未だ立ち上がれない輝夜を横目に見る。

 失った腕の古傷が痛むのか刀を取り落とした左腕で右肩を抑える彼女は体力的にも()()()()()()()的にも限界を迎えていることが明らか。

 どれだけ無理をしたところでこれ以上ウダイオスを相手取るのは不可能だ。

 

「……っ! 輝夜、ゴライアスの方に回りなさい! ウダイオスは私が……」

 

「ふざけたことを抜かすな! 私達二人で出来過ぎなほどに上手く戦い、ようやく左腕一本だぞ!? 一人で戦えば一瞬で蹴散らされるわッ!」

 

「こうでもしなければ貴女も向こうの彼等も危ない! それに、片腕ならば抑えられる可能性はまだ────ッ!?」

 

 意見が割れた二人に振り下ろされる骸の巨腕。

 目を見開いた彼女達はすぐに回避するが、作戦が噛み合わぬまま、分断されてしまう。

 ウダイオスが狙ったのは自分達の脅威になり得る一匹の羽虫(エルフ)。もう一人のボロボロの鼠に対しては意識を割かなくともどうとでも出来ると言うように全く歯牙にかけていなかった。

 それに怒りを露わにした輝夜は傲慢な骸王を背後から攻撃しようと足に力を込め────

 

「輝夜!! クラネルさん達を頼むッ!!」

 

 ────そんなリューの叫びに、動きを止めた。

 ウダイオスの凶悪な攻撃が殺到する中での必死の懇願。

 固まった輝夜は一瞬の躊躇いの後、その懇願を無視して足を骸の王へと向け……踵を返して、漆黒の巨人に向かって駆け出した。

 その姿が自分の視界の端に映ったリューは感謝を告げるように目を細め、対照的に激しい戦闘音が響く戦場から背を向けて駆け出した彼女はその相貌を怒りに歪めた。

 己の無力、迷宮の悪意、自己犠牲を選んだ同じ血を受けた仲間(かぞく)、その仲間(かぞく)が諦めていないというのに諦めていた自分、そして、未だ()()()()()()()()

 全身の血液が沸騰しそうな程の数々の怒りに染め上げられた彼女は一人戦う仲間に振り返らず、悪意に満ちた漆黒の巨人の前に躍り出た。

 

「輝夜!?」

 

「下がれ、アンドロメダ!」

 

 たった一人、絶望に屈する冒険者達の前に立ち、共に戦っていた少年を失ってもゴライアスを相手取っていたアスフィは突然介入してきた輝夜に驚きの声を上げる。

 視線を交わすのは一瞬。その一瞬で彼女が自分に何をさせたいのかを読み取ったアスフィはボロボロになったマントを翻し、撤退。少年達が吹き飛ばされた方角へと駆ける。

 

「貴様の相手はこの私だ。この先は通さんぞ」

 

 そんな彼女を追おうと隙を晒した巨人の足に剣閃が刻まれる。

 炎のように燃え滾る怒りを氷のような冷静さで抑え込んだ輝夜は爛々と輝く巨人の赤い眼光に射抜かれ、挑発するように、強がるように唇を曲げる。

 二つの戦場で、第一級冒険者による階層主を相手取った()()()が幕を開けた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「桜花っ……」

 

「桜花殿!」

 

 涙を流す千草と悲愴な表情を浮かべる命が地面に墜落した桜花に駆け寄る。側に転がる大盾はあり得ないほどにひしゃげ、もはや盾としての機能を果たしていない。

 早く浅い呼吸を繰り返し、力なく瞼が閉じられた桜花を抱えて二人は戦域外へと脱出した。

 

「……っごほ!! が、あぁ……!」

 

 一方、桜花から遠く別の場所へと転がったベルの体が跳ねる。朦朧としていた意識が体内から逆流してきた血の塊によって無理矢理覚醒する。

 わずかでも動く度に灼熱の痛みを訴える体に悶絶しながら、起き上がろうとしては何度も崩れ落ちる。遠いのか近いのかもわからない場所から響く戦闘の音にまだ誰かが戦っているのだとわかっているが、ベルの体は彼の言う事を全く聞かない。

 

「ゴボッ……グゥ……!」

 

 口から溢れる血が止まらない。骨はおろか臓器がいくつか傷ついているのかもしれない。

 ベル自身、自分の体だというのにどこが傷ついているのかは全くわからないが、思わず笑ってしまうほどに体中が痛みを訴えてくる。

 

(桜花さんが、守ってくれなかったら……もう動けなかった……)

 

 何一つとして言う事を聞かない自分の体に苛立ちながら、ベルはそんなことを考える。ゴライアスが放った『咆哮(ハウル)』を受けた体であの一撃を直接食らってしまえば、如何に『耐久』が高くとも良くて瀕死のち死、最悪でなくとも即死になるほどにあの状況は最悪だった。

 だが、その最悪の状況を最悪に近い状況に変えたのが桜花の行為だ。

 一見、瀕死の者が一人増えただけの状況に見えるが、彼が緩衝材になったことでベルは瀕死ではなく、命に別状はない瀕死という意味の分からない状態に留めることが出来た。

 Lvが上のベルを庇うという桜花の行為は決して無駄ではなかったのだ。その行為が無駄になるとすれば、ここで彼が立ち上がれないことだけだ。

 

(無駄にするな無駄にするな無駄にするなっ……あの人の行いに報いろ……立て……っ)

 

 それをわかっていながら、彼の体は再び崩れ落ちた。

 心が折れていなくとも傷だらけの肉体がその心に追い付くことが出来ない。激痛を発する肉体は容赦なく、天井を見上げる少年の精神を蝕んでいく。

 闇に染まろうとする意識の中、誰かの声が聞こえ始める。

 

(────立って、どうするんだ?)

 

(決まってる。みんなを助けるんだ)

 

(どうやって? 今のボロボロの体で何ができる?)

 

(それは…………)

 

(反動と傷で体は碌に動かない、精神力(マインド)ももうない。今の君が戦うぐらいだったら他の人が戦った方がよっぽどマシだろうね)

 

(そんな、ことは…………)

 

(もう休みなよ。君は十分に戦った。もう君に出来ることはない。君が体を張らなくたって、彼女達がなんとかしてくれるさ。君が命を賭けるべき場所は、ここじゃないだろう?)

 

 周囲には誰もいないというのに、ベルの頭の中にそんな声が鮮明に響き渡った。

 誰ともわからないが、自分を気遣うような優しい甘言にベルの体から徐々に力が抜けていく。

 悪意はない、しかし、善意も込められていないその言葉に傷だらけになった体が屈する。

 

(そうだ……僕は、あの人を守るために……こんなところで命を賭けるわけには……)

 

 傷だらけの背中の一部が熱ではなく、冷たい痛みを訴える。

 立ち上がろうとする彼の精神にとどめを刺すように痛みは全身を巡り、それが広がっていくほどにベルの瞼が重さを増していく。

 

「ベル君!!」

 

 謎の声に従ってしまったベルが意識を失う直前、息を切らしたヘスティアが駆け付ける。

 その声にわずかながらベルの意識が覚醒。地に伏したまま、己の主神を見上げた。

 

「ベル君、しっかりするんだ! とにかく回復薬(ポーション)……あ……」

 

 ベルの前で膝をついたヘスティアが傷を治療しようと小鞄(ポーチ)を探ったが、既に尽きた手持品(ストック)に声を失う。

 瞳を震わせる彼女の姿にベルは心配はいらないと笑おうとして、失敗。それにますます表情を張り詰めさせるヘスティアはぐっと唇を噛んで、ベルの右手を握った。

 

「ベル君……聞こえているならボクの手を握ってくれ」

 

 震える主神のそんな言葉を不思議に思いながら、ベルは右手をかすかに動かす。

 少年の反応に目を細めたヘスティアは、迷うように口を開閉し、意を決したようにベルの右手を両手で強く握りしめた。

 

「無理を承知で言うよ……立ってくれ。立って、みんなを助けてくれ」

 

 敬愛する主神の言葉にベルはまず、強い困惑を覚えた。

 今の自分に立てとは一体何の冗談なのかと、彼女を見上げたベルは強く、まっすぐ、こちらを見据えてくるヘスティアの瞳に落ちようとする目を見開く。

 

(神様の目……本気だ。本気で、僕に立ってくれって言っている……)

 

 本気で自分が立ち上がると信じている主神の眼差しに少年の身に宿る聖火(ほのお)が燃え上がる。

 だが、すぐに諦観という名の氷がその炎を凍てつかせていく。

 

(ごめんなさい、神様……もう、無理なんです……限界なんです。もう、僕は立てない……)

 

 氷はやがて心を飛び出し、全身にまで及ぶ。

 凍てついていく体が感覚を失い始め、ベルを現実と夢の狭間へと導く。

 闇へと落ちていく意識に引っ張られるように、少年の瞼は静かに閉じていった。

 

「────────────────!!」

 

「………………?」

 

 完全に閉じられるその直前、誰かの声が聞こえた。

 

「───────────けぇ!!」

 

(耳を貸すな)

 

 また、誰かの声が聞こえた。

 耳を澄ませようとする少年に苦言を呈するように再び頭の中に声が響く。

 だが、少年は外から聞こえてくる誰かの声を聞かずにはいられなかった。

 

「────意地を見せやがれっ!! 冒険者どもォ!!」

 

「────オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

(この、声は……?)

 

 誰かの号令と共に雄叫びを上げる者達。

 聞き覚えのある声に……この日、何度も響き渡った鬨の声に闇に沈んだ彼の意識が浮上する。

 それを防ぐように再び氷の縛鎖が放たれるが、捕らえられる寸前に彼女の声が届く。

 

「聞こえるだろう!? みんなの声が!! エルフ君も、あの着物の子も、諦めかけてた他の子も、みんな戦ってるんだ!! 君の光に背中を押されて、戦ってるんだよ!!」

 

 ヘスティアの熱を帯びた声が少年を捕らえる氷を溶かしていく。

 全身が凍てついてもなお、氷を寄せ付けなかった彼女に握られた右手に再び聖炎(ほのお)が宿る。

 

「君ならできる、君しかいないんだ! あの子達に希望を見せた君しか、あの怪物達を倒せないんだ!! だから…………だから!!」

 

 響いてくる冒険者達の苦境の悲鳴が。

 響いてくる冒険者達の勇敢な歌が。

 

「立ってくれ、ベル君!!」

 

 そして何より……自分を信じてくれる主神の声が。

 ベルの心に不滅の聖火を生み出した。

 

「ぐ、うぅ……」

 

 それでも、どれだけ強い心が宿ったとしても、体がついてこれなければ意味がない。

 歯をどれだけ食い縛っても、限界を迎えた体は立ち上がらない、立ち上がれない。

 

 そう────限界を()()()()()()()()()今の状態では。

 

「もし、英雄と呼ばれる資格があるとするのならば……」

 

 ベルでも、ヘスティアでもない、第三者の声が響き渡る。

 起き上がることの出来なかったベルは第三者が口にしたその言葉に目を見開く。

 その言葉を、その響きをベルは知っている────覚えている。

 

「剣を執った者ではなく、盾をかざした者でもなく、癒しをもたらした者でもない』

 

 それは遥か遠い日に聞いた声。

 誓いの少女との出会いの前、幼い憧憬の日々に訪れた少年にとっての原点(はじまり)言葉(ひとつ)

 使者の神が送る、祖父(かこ)言詞(うた)

 

「己を賭した者こそが、英雄と呼ばれるのだ』

 

 神の声が、祖父(かこ)の声に移り変わる。

 

『仲間を守れ。女を救え。己を賭けろ』

 

 祖父(かこ)の姿が目の前に浮かび上がる。

 豪快な笑みを浮かべるその姿に、ベルは唇を曲げ、渾身の力を込める。

 

『折れても構わん、挫けても良い、大いに泣け。勝者は常に敗者の中にいる』

 

 ────覚えている、忘れるわけがない。

 笑みを浮かべる口が続けるその言葉に、ベルは、笑みを浮かべた。

 

『願いを貫き、想いを叫ぶのだ。さすれば────」

 

 祖父(かこ)の姿が去っていく。

 再び移り変わった神の声に被せるように、ベルはその言葉を口にしていた。

 

 

「────それが、一番格好のいい英雄(おのこ)だ……!」

 

 

 覚醒。

 起き上がったベルをヘスティアは呆然と見上げ、すぐにその瞳に涙を浮かべる。

 そのそばで立ち上がった少年の姿を見つめているのは、男神ヘルメス。

 橙黄色の瞳を細める祖父(かこ)の記憶を思い出させてくれた神に見守られながら、ベルは漆黒の巨人を見据えた。

 

(不思議だな……全然動かなかった体が、今は動く……でも…………まだ足りない)

 

 未だ彼我の戦力差は絶望的。

 個々の力でも、階層主に決定打を与えることが出来る者は少ない。

 そんな存在と渡り合うには今の少年の状態と力では到底足りない。

 

 ()()少年の力では。

 

(足りない、けど……その差を僕が埋めてみせる……神様がいるなら、それができる)

 

 一度死にかけ、蘇ったベルの頭は氷のように冷えていた。

 繰り返される激戦を前にしても、今必要な最適解を導き出すほどに。

 

「神様、力を貸してください」

 

「え? …………っ、わかったよ!」

 

 振り返らずに自分に力を貸してほしいと言ってきた眷属の姿に思わず呆けた声を上げ、すぐに彼の意図を正しく理解したヘスティアは地面に突き刺さった黒剣で指を切り、流れ落ちる神血(イコル)を服が破れ、晒されていた少年の背中に押し当てた。

 始まる【ステイタス】の更新。僅かな遅れも許されないその状況で、的確に、迅速に、淀みなく、漆黒の文字群を躍らせ、背に刻まれた『神の恩恵(ファルナ)』を更新していく。

 そして────

 

 

 

 

ベル・クラネル

 

 Lv.4

 力 :SSS1121→I0

 耐久:SSS1330→I0

 器用:SSS1192→I0

 敏捷:SSS1308→I0

 魔力:SSS1401→I0

 幸運:F→E 耐異常:Ⅰ→H 精癒:H

《魔法》

【ケラウノス】

 ・付与魔法(エンチャント)

 ・雷属性。

 ・詠唱式【目覚めよ(ブロンテ)

【ファイアボルト】

 ・速攻魔法。

 ・戦意によって威力上昇。

 ・護るという意志によって効果向上。

《スキル》

風精誓約(エアリエル・オース)

 ・誓いを交わした者の魔法の発現(魔法スロットは使用しない)

 ・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。

 ・怪物種に対し攻撃力高域強化。

 ・感情の昂ぶりにより効果向上。

 ・誓いを違えた時、効果消失。

妖精王絆(アールヴ・ヴィンクルム)

 ・妖精王の魔法の発現(魔法スロットは使用しない)

 ・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。

 ・魔法効果増幅、射程拡大。

 ・戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。

英雄運命(アルゴノゥト)

 ・能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権。

 ・発動時、周囲の味方の戦意高揚

 

 

 

 

 昇華(ランクアップ)

 はるか格上である(ヴィトー)との死闘、そして勝利、穢れた精霊の()()という二つの偉業を果たした少年のその身は既に、次の階位(ステージ)まであと一歩に迫っていた。

 ゴライアスの単独撃破ではわずかに届かなかったその階位(ステージ)。最後のきっかけは神殺しの怪物を追い詰めたこと。

 先の一撃によって生まれた結果は自己再生という悪夢によって無駄に思えた。だが決して無駄ではなかった。次へと向かう為のそのわずかを埋める最後のきっかけになったのだから。

 

「……ありがとうございます、神様」

 

 白い光を放ち、小さな(チャイム)の音が鳴る右手を見つめる。

 この場で【ランクアップ】したとて、その身が既に限界なのに変わりはない。精神力(マインド)も魔法を一発放てれば御の字というほどに枯渇している。

 

(身体も、精神力(マインド)も限界…………それがどうした)

 

 憧憬と聖火が魂を昂らせている。

 願望(ねがい)が心の底から吠えている。

 なら戦えると、少年は笑った。

 

「ベル様ぁ!!」

 

 地面に突き刺さった黒剣を引き抜き、駆けようとしたベルの背にリリの声が届く。

 少年を信じて、彼方から駆け付けてきた彼女が小さな体を目一杯使って、特大の武器を投じる。

 弧を描き、回転して降ってくる黒大剣に少年は目を見張り、次には片手で勢いよく掴み取った。

 引き抜いた黒剣を鞘に納め、黒大剣の太い柄を両手で握り締め、正中に構える。

 吊り上げられた深紅(ルベライト)の両眼で禍々しい漆黒の巨人、骸の王を見据え、握り締めた黒大剣に白光を移していく。

 

 限界解除(リミット・オフ)

 

 下界の全てを超克し、神の思惑すらも打ち破る少年の想いがスキルの力を限界まで引き上げ、引き上げた限界の壁を打ち壊す。

 戦局を変える一撃が、戦局を決定づける『英雄の一撃』に昇華する。

 リン、リン、と小さく鳴り響いていた(チャイム)の音が、ゴォン、ゴォン、という大鐘楼の音色へと成り代わる。

 荘厳な鐘の音が響き渡り、それが絶望に覆われた18階層へと広がり、勇猛な歌を吠え続ける彼等へと伝播していった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「もう駄目だ、無理だ!? こんなのどうにもなんねえよ!?」

 

「逃げるしかねえよ!? あの二匹以外のモンスターが消えた森の中なら……」

 

 二頭の階層主が猛り狂う主戦場から遠く離れた平原。

 前線で戦い続ける冒険者達と違い、リリ達に救われたモルド一派は戦場に向かうことが出来ずにいた。その瞳は一様に恐怖に震え、表情の大半を支配するのは怯え。

 戦意を失っているのは明らか。それを証明するように彼等の足は戦場から遠ざかりつつあった。

 

「逃げるな、てめえらあぁ!!」

 

 暴虐の限りを尽くす巨人と王。

 遠目から見えてしまった傷だらけの第一級冒険者。

 一人の少年が見せた希望の光は彼等には届かず、暗澹たる戦況に一人、また一人と後退る。

 誰かが逃げ出した瞬間、堰を切ったようにその場の全員が逃げ出してしまうような状況で、一人の男が大声を張り上げた。

 

「何言ってんだモルド!? あいつらは手に負えねぇ!? 【大和竜胆】が襤褸屑にやられるような相手に俺達が残ってどうするってんだよ!?」

 

()()()()()()()()()()()()()!! あんな小娘どもを、あんなガキどもを、置いて逃げていいと思ってんのかてめえらは!!」

 

 逃げ場を封じた男、モルドは二頭の怪物と今もなお戦っているリューと輝夜を指差し、訴える。  

 様々な感情を歯を食い縛って抑え込むような彼の表情と言葉を、仲間達は理解できないようにたじろいだ。

 

「このままで終わっていいのか!? いやいいはずがねえ! 何もしてねえくせに、俺達がこのまま逃げ出していいわけがねえんだ!!」

 

 モルドをよく知る仲間達でさえ見たことがない彼の必死な表情。

 こんなことを言っている自分に苛立っているようにも見えるモルドは胸の奥の感情を持て余すかのように怒鳴り散らした。

 それでも狼狽える仲間達に一つ舌を打ち、彼は周囲を見渡す。いるのはモルドの仲間達と同じく戦意を失っている冒険者達。

 

「てめえらそれでも冒険者か!? 俺達よりも冒険者として生きてきた時間が短いガキどもが戦ってんのに、そのまま這いつくばってる気か!?」

 

 自分を棚に上げるような罵声に冒険者達がモルドを睨み付ける。

 どの口がそれを言っているのだと訴えてくる視線に彼は睨み返した。少なくとも今、この場では、彼が一番、『冒険者』を名乗るに相応しい気概を持っているからだ。

 久しく『冒険』なんてものをしていない冒険者であるモルドの発破。同じ立場であったはずの彼の罵声に『冒険』を諦め、18階層で燻っていた冒険者達(彼等)の矜持に炎が宿った。

 震える足を叱咤し、立ち上がろうとする冒険者達だったが、遠い戦場からこちらを視た漆黒の巨人の紅き眼光、そして届く『咆哮(ハウル)』の響きになけなしの矜持に罅が入る。

 ここで崩れ落ちればもう立ち上がることは出来ない……怪物に屈しようとする彼等にもう一度モルドが怒号を上げようと目を吊り上げた────その瞬間、彼方から大鐘楼の音が響き渡った。

 

「────────」

 

 高く、遥か頭上にまで昇る、壮大な大鐘楼(グランドベル)の音色。

 全ての者の耳と胸に届く力強い響きに、冒険者達は時を止め、目を見開く。

 

 振り向いた南の方角。そこには一人の冒険者が立っていた。

 モルドのその瞳に映るのは、紅い血に彩られてもなお新雪の如き白を纏う白髪。白き光が収斂されていく漆黒の大剣。英雄のように大敵を見据える……一人の少年。

 言葉は要らなかった。

 その少年の姿を見たその時、彼等が忘れていた冒険者の直感が、再び目覚める。

 蘇った冒険者の直感が、少年の姿に一筋の希望(ひかり)を見出す。

 

「──いけええええええええええええええっ、てめえらあああああああああああ!? あのガキの道を、切り拓けええええええええええええええええええっ!!」

 

 モルドの咆哮と共に、全冒険者の士気が爆発する。

 脅威に気付いた巨人がなりふり構わず自ら少年へと迫る。圧倒的な威圧感を放つ遥か格上の怪物に、彼等は一切臆することなく、『冒険』に臨んだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ヴェルフは走っていた。

 東の森を包む静寂を破る大鐘楼の音色を耳にしながら、音を立て全力で駆けていく。上がる息など委細構わず、記憶に残る道筋を辿る。

 

「ベルッ、あの大男っ……ちくしょう!」

 

 どれだけ傷を負っても立ち上がり、冒険者達に希望を見せる相棒の姿。

 そんな相棒を命懸けで守ってみせた偉丈夫の冒険者の姿。

 

 ベルを相棒と呼んでおきながら、決していい感情を抱いていない桜花が動いたというのに自分はただ立ちつくしていただけ。

 そんな己があまりにも滑稽で、情けなくて、惨めで、胸の中で渦巻く一つの後悔の念に拍車をかける。

 

「ヘファイストス様……俺は……俺は!」

 

 少年の主神が送り届けてくれたのは白布に包まれた一本の武器。

 それはかつて、【ヘファイストス・ファミリア】に入団する際に自分が打った魔剣だった。

 主神に言われ、力を証明するために魔剣を嫌っている自分が打たされた希少な魔剣。

 それを忌み嫌い彼女に預けた際に語られた言葉が、そして少年の主神伝手に届けられた一つの伝言がヴェルフの頭の中を駆け巡る。

 

 ────何かを得た時、きっと貴方はその力を使わなかったことを後悔する。

 

 ────意地と仲間を秤にかけるのはやめなさい。

 

 少年が巨人に吹き飛ばされたその時、何も出来なかった彼は確かに後悔した。

 自分が持つ魔剣を打たないという矜持(ひとりよがり)。魔剣を扱わないという誓い。

 それを捨ててさえいれば、何かが変わっていたかもしれない……いや、間違いなく変えることが出来ていたと確信してしまったから。

 

「俺はっ……!」

 

 ヴェルフは『魔剣』が嫌いだ。

 持つだけで強者を倒せてしまう安易な力、使い手に打ち手に、驕りを与える魔法の武器。とりわけ自分(クロッゾ)が打つ『魔剣』は驕りを与えるだけでなく、未来すら腐らせてしまう。

 そして、使い手を残して、『魔剣』は絶対に砕けていく。

 

 ヴェルフは半身たる使い手を置いていく『魔剣』が、大っ嫌いだ

 

「それでも……俺はっ!」

 

 森の中の見覚えのある斜面をヴェルフは迷わず駆け下りていく。

 ベルとヘスティアを探す際、一部残っていた冒険者の反撃を食らい、ヴェルフは白布に包まれた魔剣を取り落としていた。

 落ちていく魔剣を見た時、彼はそのまま草木に埋もれていろ、誰にも使われずに、気付かれずにそこで眠っていろと、心の底からそう思った。

 砕かれることなく、半身を置いていくこともなく、静かに、そして穏やかに眠っていろと。

 

「おい、どこだ! 返事をしろ!」

 

 斜面の底に辿り着いたヴェルフは草木をかき分け声を上げる。

 ただでさえ薄暗かった森のさらに下、そこは『夜』もかくやというような闇を纏っていた。

 

「虫の良い話だってのはわかってるっ! 放置しておいて、捨てておいてっ、今更力を貸してくれだなんてな!」

 

 叫ぶ声に返って来る言葉なんてあるはずがないとわかっていても、叫ばずにはいられなかった。

 鬱蒼とした草木、藍色の闇が視界を阻害する中、彼は首を何度も振っては視線を巡らせる。

 

「でも、助けたいんだ! 助けたい(やつ)がいるんだ! あいつを助ける為だったら、くだらない意地なんてものは全部捨ててやるっ! だから────俺にお前を()()()()()()!」

 

 立ち止まり、一際強くヴェルフは想いを叫んだ。

 静まり返る深森。かすかに届く大鐘楼の音色。森の中から返ってくる音はない。

 

『────ほら、こっちだ』

 

 しかしその時、直感が働いたかのように自分と同じ別の誰かの声がヴェルフの中から生まれる。

 目を限界まで見開いたヴェルフは導かれるように森のある一角へと走り出した。

 

「…………えっ?」

 

 ()()が目に入った時、ヴェルフは呆けたような声を上げていた。

 辿り着いた一角、大樹の根元にそれは突き立っている。白布の一部を解き、柄と剣身の間、鍔のない中央部に紅の宝珠が燃える炎のように輝いていた。

 それだけならば彼がそんな声を上げることはない。彼が呆けた声を上げた理由、それは────

 

「……『魔剣』が、もう一本……?」

 

 彼の魔剣に交差するように突き立つもう一本の魔剣。

 まるで階層を貫いてきたかのようにその魔剣には土や石礫がこびり付いている。

 それ以外にも苔に塗れているなど、明らかに長い期間放置された痕跡が残っており、誰かがここに突き刺しておいたというわけでもないだろう。

 目を見開くヴェルフの視線に反応するように、二振りの赤の魔剣は輝きを放つ。

 

「…………なんだ、これは」

 

 まるで彼が打った魔剣を庇うように突き刺さるもう一つの魔剣。

 その魔剣の規格外の存在感にヴェルフは息を呑んだ。

 

 通常の鍛造で打つことなど到底できない。

 途方もない鍛錬が重ねられている。

 素材の配分は自分では全く理解できない。

 

 その武器は正にあらゆる人の(わざ)と執念の結晶。

 彼が知る二柱の鍛冶神が打つ『至高の武器』にもっとも近いと言っても過言ではない。

 

「まさか…………『初代』の剣、か……?」

 

 それを見た時から、いや、誰かの声が響いた時から彼の『血』が騒いでいた。

 その『血』に導かれるままに辿り着いたこの場所で、その剣(彼女)は待っていた。

 

「なんで、そんな物がここに…………いやっ、今はそんなことを気にしている場合じゃない……! 早くあいつのところに────」

 

 鍛冶師としての本能を少年への想いで捻じ伏せたヴェルフは頭を振って、初代の魔剣の裏に突き刺さる自分の魔剣に手を伸ばす。

 指が触れるその瞬間、彼の視界が真っ白に染まった。

 

『ようやく、それを使う気になったのか?』

 

 真っ白に染まった世界。そんな世界に立つヴェルフの前に何の予兆もなく、炎の塊が生まれた。

 自分を導いた謎の声が炎の中から聞こえてくる。目を見開く自分に苦笑するように炎が揺れる。

 

「……ああ、使うさ。俺の意地とあいつの命、どっちが大事かなんざ考えなくたってわかる」

 

『……ギリギリってとこだな。あいつがあんなになっても戦ってるんだ。それに今のお前が応えるにはお前の意地を捨てる以外に道はない。あいつが動く前にその決断をしてくれて助かったぜ』

 

 心の底から安堵しているような声音にヴェルフは怪訝な顔をする。

 何故目の前の炎がベルを心配するのか、それとここは一体どこなのか。

 夢と現実の狭間にいるような不思議な感覚に襲われながら、その二つを問おうとしたヴェルフだったが、何故か先ほどまで出ていた言葉が出ない。

 会話ではなく問答。それが炎との間に許されたことだと今、直感的に理解する。

 

『さて……その答えを聞けたところで、お前に一つ問いたい」

 

 その答えに満足げな声を漏らしたかと思うと、炎の塊に変化が見え始める。

 徐々にそれは人を形取り、数秒後、そこには青年のような炎が立っていた。

 

英雄(あいつ)の隣に並び立つ、覚悟があるか?』

 

「────────」

 

 炎の問いにヴェルフは即答することが出来なかった。

 問いの意味を理解できないように目を見開き、炎を見つめる。

 

『あいつは、これからも色んな奴と戦うことになるだろうな。今日以上の絶望的な状況に見舞われて、遥か格上の敵を相手取って……それでもあいつは、どんなにボロボロになっても最後には絶対に立つんだ』

 

 炎が語る少年の未来。ヴェルフはそれが理解できる。理解できてしまう。

 彼が相棒と呼ぶ英雄のような少年はこれから先、様々な戦いを乗り越え、強大な敵を打倒し、やがて本物の『英雄』に至るのだろう。

 

『傷つき、涙を流すことになっても、それでも立つあいつをお前は見ているだけでいいのか? ただ守られるだけでいいのか? そんなお前にあいつの相棒を名乗る資格があるのか?』

 

 炎の言葉に、少年の背中を見つめることしかできない自分の未来が見えてしまう。

 見えてしまった一つの未来に胸の奥で炎が燃え始める。

 

『あいつに『相棒』と呼ばれているのに何もできない自分を、お前は許すことが出来るのか?』

 

 そんな未来で振り返ったベルが自分に笑いかける姿を見て、生まれた炎が急激に燃え広がる。彼の心の炎が燃え移ったかのように真っ白な空間が炎に包まれた。

 

「許すことが出来るのかだって…………出来るわけないだろうがっ! ただ守られるだけの俺があいつの相棒だって!? ふざけろっ、そんなの誰が認めるかッ!!」

 

 炎と共に燃え上がった激情に、ヴェルフは叫んだ。

 目の前の存在に胸の奥の想いの丈をぶつける。

 

「俺はあいつの鍛冶師だ! あいつが『英雄』になるなら、俺もそれに相応しい存在になるだけだ! あいつ一人を先に走らせるなんて、置いて行かれるなんて許すものかッ!!」

 

 周囲を走る炎がヴェルフに集まっていく。

 灼熱の業火に鍛え上げられた覚悟が、青年の胸を貫いた。

 

「俺はっ、あいつに並び立つ存在になりたいッ!」

 

 胸を貫いた業火が鍛冶師である彼の手を包み込み、そこを通してやがて背中に宿る。

 炎と共に揺るがない覚悟を宿した瞳に、人の形をした炎は笑みを浮かべるように揺れた。

 

『────まだ願望でしかないが、それでいい。今のお前がそんな覚悟を見せることが出来たのなら、()()()は応えてくれるだろうさ』

 

「…………?」

 

『あいつらを相手にそれ一本じゃ厳しそうだったからな。お前が覚悟を示してくれてよかった。覚悟もなしにあいつの相棒を名乗るってんなら、お前を焼き尽くしてたところだ』

 

 よくわからないことを口走る炎にヴェルフは困惑を隠せなかった。

 今度こそ問い詰めようとするが、急激に炎に包まれた空間が遠ざかり始める。

 

「は!? な、なにが……」

 

『十分な覚悟を見せてくれたなら、もう今の俺とお前が話す事は何もない。早くあいつの所に行ってやれ。もし何か別のその時が来れば、また話す機会はあるかもな』

 

「お、おい!! お前……!?」

 

 遠ざかっていく炎の姿にヴェルフは言葉を失い、目を見開いた。

 一瞬見えた炎を連想させる真っ赤な髪。

 ────まさか、ありえない。

 その正体を問い質そうとしてももう遅く、意識が現実へと引き戻されていく。

 

『────あいつを頼んだぜ、クロッゾ』

 

 夢と現実の狭間から引き剥がされる瞬間、そんな言葉がヴェルフの耳を震わせた。

 

 

 弾かれたようにヴェルフが尻餅をつく。

 呆然と顔を上げたそこにあるのは『初代』の剣。彼自身が打った魔剣は既に手に収まっていた。

 

「時間が……経っていない? さっきのは、何だ……?」

 

 眠りから覚めたばかりのように意識が朦朧としている。

 だが、何故か時間が全く過ぎていないという事だけはわかった。

 まるで起きたまま夢を見ていたような不思議な感覚に襲われながら、ヴェルフは今の状況を思い出し、弾かれたように駆け出そうとして……赤い光を自分に伸ばす『初代』の剣に目を奪われた。

 

「…………力を、貸してくれるのか?」

 

 肯定するように、赤い光が強まる。

 意思を持っているかのような剣の反応にヴェルフは先ほどの炎の言葉を思い出した。

 

 ────そいつは応えてくれるだろうさ。

 

 魔剣を握っている反対の手で『初代』の剣の柄を握る。

 引き抜いた瞬間、刀身から炎が生まれ、こびり付いていた苔や泥を焼き尽くしていく。

 生まれた炎はすぐに収まりはしたが、現代に蘇った古代の剣は彼が握ったことによって、その力を取り戻していく。

 

「行くぞ……『ウルス』」

 

 脳裏に浮かんだ剣の銘。

 その『名』を呟いたヴェルフにどこか嬉しそうに赤い光を放つ『初代』の剣。

 二振りの剣を携えた鍛冶師は決戦場である大草原へと駆け出した。




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