『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
大鐘楼の音色が冒険者達の戦意を限界まで引き上げる中、ゴライアスが移動を始めた。
上がった咆哮に警戒と僅かな恐怖の響きが乗っている。その赤眼の目の色を変えて、自分を抑え込む存在を無視して、巨人はたった一人の少年を睨み付けた。
「ゴライアスが……!」
「あいつを私たち以上の『敵』と認めたか」
先ほどまでうっとおしそうに自分達を相手取っていた巨人が自分達を無視して光を放つ少年の元へ向かおうとする姿にアスフィは瞠目し、輝夜は血塗られた唇を吊り上げる。
そして、二人は同時に眦を決し、地響きを立てて駆け出そうとする巨体を見据えた。
「死守するぞ、アンドロメダ。あいつの元へは行かせん」
「ええ。彼の光に賭けます」
後方にいる少年を死守する。
意志を統一させた二人は永遠に続くと錯覚してしまうほどに長く感じた耐久戦をやめ、走った。
地を揺らし走るゴライアスは両側から並走する彼女達に見向きもしない。触れただけで吹き飛ばされてしまう巨人の猛走に臆することなく突っ込んだ輝夜は一瞬のタイミング────巨体を支える足が地面に接地する瞬間を狙い、高速の斬撃を膝に叩き込んだ。
彼女の狙い通り、最高かつ最悪のタイミングで膝を斬り裂かれたゴライアスは大きく体勢を崩し、轟音と共に地面に倒れ込んだ。
「マジかよ……!?」
度肝を抜かれる他の冒険者達を尻目に、両手を地面につき、立ち上がろうとするゴライアスに迫ったアスフィは信じられないというように見開かれていた巨人の双眼を短剣で斬り裂いた。
光を失った両目を抑え、苦悶の声を上げるゴライアスにアスフィはそのまま攻撃を重ね、そこに輝夜、さらに他の冒険者達が続く。
「かすり傷でもいい! 少しでも傷を与えて再生を遅らせなさい!」
よく響くアスフィの声に冒険者達の攻撃はさらに加速。
顔を、手を、肩を、腿を、背を、ありとあらゆる箇所にでたらめに攻撃が降り注ぐ。何度消しても蘇る冒険者達の鬨の声に、ゴライアスはついに我を忘れ、怒り狂った。
未だ回復していない視界がなくともこの程度振り払えるとでも言うようにでたらめに腕を振るい、『
アスフィを含むほとんどの冒険者が近付けなくなったその暴風に輝夜は目を細め、トンっ、と軽い音を残して、暴風の中にその身を投げ出した。
「お、おい! そりゃ無理だ!?」
「……いえ、問題ありません! 追撃の準備をしなさい! 彼女ならば……!」
動揺する冒険者達の視界の先で、輝夜は舞うように巨人の暴風を潜り抜け、その首に痛烈な一撃を叩き込んだ。
瞠目するのは冒険者達だけではない、眼を優先的に回復させたゴライアスもだ。近づける隙間もなかったはずの攻撃の間を縫ってきた輝夜に目を見開き、次には再び視界が闇に染まる。
苦悶の声と共に再度生まれる好機。アスフィの指示に従い、一切遅れることなく追撃へと冒険者達が迫る。だが、先ほどよりも早くゴライアスが強引に包囲網を突破するべく動き出す。
「……すごい」
瀕死の桜花を千草に任せ、戦場へ舞い戻った命は目の前に広がる光景に思わず声を漏らす。
他の冒険者が太刀打ちできない攻撃の嵐を掻い潜り、攻撃を重ねていく輝夜はそのような言葉ではとても言い表せないほどに美しかった。
命達が見たことがない輝夜の全力。師と仰いでいる彼女が見せる遥かな高み。指先すら掠っていない高みに存在する彼女の姿に己の不甲斐なさを実感するとともに、冒険者としての闘志が漲る。
同胞である桜花は命を賭して、希望への道を繋いだ。ならば次は自分の番だと、彼女は暴風渦巻くゴライアスの元へと駆け出した。
桜花の覚悟に報いたい、輝夜が立つ高みへと近付きたい……そして、
「【掛けまくも畏き────】」
全
後先など考えない。力が残っていたとしても、自分が出来ることなどほとんどないのだから。
己の全身全霊を、生まれゆく魔法に装填する。
「【いかなるものも打ち破る我が
命の詠唱が進められていく最中。
輝夜の猛攻に晒されていたゴライアスが、彼女に負わされる傷を無視して立ち上がる。
「あと少しぐらい大人しくしていろ!」
これだけの攻撃を食らっても自身に致命傷を負わせることが出来ないことに気付いたのか、再び進撃を開始しようとする巨人に輝夜は舌打ちをする。
少年との距離はもうあまりない。ここで抑えきることが出来なければ、
「『タラリア』」
顔を歪める輝夜の姿に醜い笑みを浮かべるゴライアス。そんな巨人の眼前を何かが通り過ぎていった。その姿を目で追った巨人が見たのは、飛翔するアスフィ。
飛行モンスターのお株を奪う飛空によって肉薄してきたアスフィにゴライアスは赤眼を見開き、その赤眼に純白のマントを翻す彼女の短剣が吸い込まれていった。
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?』
「その身に宿る意思を、人を嘲笑うことにしか使わなかったことに感謝しますよ」
巨人の眼を奪うのはこれで三度目。
再生能力があったとしても視界が奪われれば、しばらくまともに動けなくなる。
アスフィは巨人に宿った意思が
「これが今できる私の限界……! 後は……輝夜!!」
「────【禍つ彼岸の花】」
アスフィが飛び立ったのを視界の端に捉えた輝夜はゴライアスを追い越し、少し進んだところで転身。左手に握られている刀を右腰の鞘に納め、巨人の動きが封じられたその瞬間、駆け出した。
口ずさむは超短文詠唱。落ちた自分の力でも巨人の肉体を断つことの出来る一刀。
「居合の太刀────【
鞘から解き放たれる刀。
放たれる彼岸花の如く赤い五条の光が巨人の足を飲み込んだ。
ここまでの戦いを経て、今の自分の
生まれた五条の光が斬撃となって炸裂。花が咲くように漆黒の巨脚を斬り裂き、吹き飛ばす。
彼女が放った奥義によって、ゴライアスの左足は消滅。その巨体が再び地に堕ちる。
「私にこの魔法まで使わせたのだ。これで倒せないというのなら私が貴様を殺してやるぞ、ベル・クラネル」
柄にもなく少年の
彼女達がゴライアスの動向を注視する中、やはり漆黒の巨人は動き出した。右眼を最優先で回復させ、残った右脚と両腕で獣のように駆け出す。
「まだ動くというのですか……!」
「だが……問題ない」
今にも突撃を敢行しそうなゴライアス。
輝夜はそれを見ても追撃を加えようとはせずに、ただ静かに見据える。
「【天より降り、地を統べよ────神武闘征】!!」
「やれ、命」
動き出すゴライアス。
それよりも早く、輝夜の声に呼応するように、命は魔法を完成させた。
「【フツノミタマ】!!」
ゴライアスの直上、一振りの光剣が出現し、直下する。
同時に地に発生する
そして深紫の光剣が巨人の肉体を貫き、円中心に突き立った瞬間、重力の檻が発生した。
『~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!?』
半径十Mに及ぶ巨大なドーム状の力場。展開された特殊空間がゴライアスを閉じ込め、その腕を、足を、肉体を地面に縫い付ける。
巨人の口から声にならない叫ぶが漏れ出す中、空間内の大草原が陥没、崩壊していく。
一定領域を押し潰す超重圧魔法。切り札である重力の牢獄がゴライアスを上から押し潰す。
味方を巻き込むことを恐れ、使用することが出来なかった強力無比な魔法にアスフィは目を見開き、輝夜は目を吊り上げた。
「命、私達はウダイオスの方へ向かう! 奴が動き出すまで封じ込めてみせろッ!!」
「輝夜!? いくらなんでもそれは……」
「ッ、わかりました! こちらはお任せくださいっ……必ず、抑えきってみせます!」
輝夜の無謀とも取れる指示にアスフィが非難の声を上げる中、命は苦痛に歪む顔を上げ、その指示に応えてみせる。
少人数、可能であれば命一人でここからの時間を稼ぐ。それが勝利条件の一つだと、師と弟子の関係である二人は正しく理解していた。
「ゴライアスを倒したとて、まだウダイオスが存在する。そして今、奴と真っ向から戦える者はリオンと私、そして貴様だけだ。動きを封じ込めることに成功したのならこれ以上こいつの相手をしている場合ではない」
「……もしも、この結界を破られでもしたら…………」
「これ以上の失態を奴と私の前で晒すのであれば、あいつにタケミカヅチ様の眷属を名乗る資格はない。故に破られんさ。少なくとも、ベル・クラネルが動き出すまではな」
突き放すような輝夜の言葉に混ざる命への信頼を見たアスフィは迷いを振り払う。
再び
「輝夜!? アンドロメダまで!?」
「本当に一人で抑え込むとはな。よく戦ったものだ」
「ゴライアスはどうしたのですか!? クラネルさん達は!?」
血化粧に彩られた表情を歪め、声を荒げるリューの姿に輝夜は目を丸くする。
輝夜の反応に怪訝な顔を見せた彼女は、何かに気付いたように勢いよく頭上を仰ぐ。
「……この音は、なんだ?」
「そのクラネルだよ。ゴライアスは命とそいつに任せる。集中し直せよ、リオン。耐えるのはもう終わりだ。ここからは攻めるぞ」
刀を鳴らし、小さく笑みを浮かべるあまり見たことがない輝夜の姿にリューは口を開きかけるが、頭を振ってそれを喉の奥で止める。戦意が高まっている彼女に水を差すわけにはいかない。
今するべきことはただ一つ。目の前の怪物を討つことだけだ。
彼女達はそこで話を切り上げ、武器を構える。敗北の可能性に気付いた骸の王に三人は空と地からの同時攻撃を開始した。
「ぐ、ぅぅぅぅぅぅ……っ!」
輝夜達が一気呵成に攻め立てる一方で命は苦痛に顔を歪め、全力でゴライアスを抑えていた。
一度地面に縫いつけたゴライアスが重圧を押し退け、ゆっくりと立ち上がろうとする。命も渾身の力を込め、押さえつけようとしているが、巨人の怪力を食い止められない。
(この場を託されたのに……っ、押さえられない……勝てない……!)
種も仕掛けもない純粋な力負け。巨人が持つ圧倒的な力に歯が立たない。
刻一刻と、結界が破られるその時が迫る中、先に命が膝をついた。
罅割れる重力結界、醜い笑みを浮かべる巨人、そして未だ
(……ッ!! ありったけを、込めろ!! 燃え尽きたっていい!! 全てを、込めろッ!!)
巨人を押さえ込む右手の指があらぬ方向へ折れ曲がる。両の瞳から血の涙が流れ落ちていく。
声にならない叫びと共に少女の魔力が氾濫、結界内の重圧がさらに跳ね上がる。次の瞬間、結界を破りかけたゴライアスの巨体が再び地面に縫い付けられた。
目を見開いたのは命……ではなくゴライアス。結界内の重圧が上がったのは確かだが、抑え込むには到底足りない強さだった。
故に命は重圧が特にかかる位置を僅かにずらした。立ち上がろうとした瞬間、失った左足から崩れていくように。
(眼の回復を優先させたのが、仇になったな……! これなら、まだ……押さえ込める……!)
輝夜、アスフィ、命の切り札が重なったことによって生まれた最後の好機。
その好機を決して手放さぬように、少女は己の全てを賭けてゴライアスを地に落とし続ける。
一瞬でも気を抜けば、罅割れた結界が破られる中、大鐘楼の音色が高らかに鳴り響いた。
(────四分)
鳴り響く大鐘楼の音色が臨界を迎える。
ベルは静かに、時が満ちたことを悟った。
存在するのは漆黒の巨人、ゴライアス。骸の王、ウダイオス。
巨人は深紫の結界に封じ込まれ、左腕を失った骸王は三人の冒険者を中心としたほぼ全ての冒険者が捨て身で押さえ込んでいる。
大勢の冒険者の命懸けの猛攻を退け、存在を主張する二頭の怪物を前に、ベルは発光を続ける黒大剣を構えた。
「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け】」
体を前に出すと同時に、詠唱。
四分の
「────いっけぇ、ベル君ッ!!」
発走する。
ヘスティアの号令と共に地を蹴りつけ、大草原を駆ける。
白い光を放ち続ける黒大剣を携え、唄を紡ぎ、大鐘楼の音色を響かせながら、視線の先の光景、結界を打ち破った漆黒の巨人へと迫った。
『オォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
だが、骸の王はその
地に叩きつけられた右腕、ある箇所から広がった黒骨の根から、剣山を産み出した。
ほぼ全ての剣山がゴライアスを守る結界となり、一部の剣山は少年へと迫る。
「この期に及んでまだ……!」
「こいつ、体からだけでなくあの水晶からも……!」
壁になるほどの異常な量の
漆黒に染まったように見える水晶はよく見ると内部にウダイオスと同様の黒を持つ骨が埋め込まれており、それがまるで根を張る植物のように地面に突き刺さっていた。
(私達の失態だ……! あの時、気付けていれば……!)
ウダイオスを二人で相手取り、余裕がなかったとはいえ、少しでも冷静でいられれば気付くことが出来たその仕掛けに輝夜とリューの顔が苦渋に歪む。
あそこには間に合わない、魔法の詠唱もそうだ。千載一遇の好機がまるで騎士のように巨人を守る骸の王によって奪われる。
リューが、輝夜が、アスフィが、ヘスティアが、冒険者達が、言葉を失う中。
「【間もなく、焔は放たれる】」
少年は疾走を緩めず、唄を中断させず、現れた漆黒の結界へと走る。
道を切り開く誰かが来るのを信じているように、その身を白く染め上げながら、疾駆する。
「────おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
そんな少年の疾走に応えるべく、一人の男が森を飛び出し、漆黒の結界の元へ突き進んだ。
背後から聞こえてくる裂帛の叫び声にベルは凶暴な笑みを浮かべ、地を蹴り、空へと移る。
少年が飛んだのを────自分が放つ一撃を信じ、射線を開いた姿を見たヴェルフは、白布に包まれた得物を振りかぶった。
「あいつの、邪魔をするんじゃねええええええええええええええええええッ!!」
振り抜かれた瞬間、大炎塊が巨人を護る結界に炸裂する。
凄まじい火力にそれを見た冒険者達が目を見開く。だが、全てを焼き尽くす大爆炎は結界に罅を入れるだけに留まり、破壊にまでは至らない。
少年はその罅に目を細め、空から狙いを定める。十分すぎる成果、あの一点を確実に撃ち抜けば、この一撃は逸らされることなくゴライアスを討ち破れる。
急降下を始めるべく体勢を整えようとするベル。その時、ヴェルフと目が合った。
「……!」
交わした視線は一瞬。その一瞬で意識を共有したベルはそのまま急降下。
ヴェルフから見て左前方の位置に着地し、詠唱を練り上げる。
(そうだ、それでいい……今のは
背中に背負った『初代』の剣がヴェルフの意志に呼応し、熱を帯びる。
その熱は彼の体を通して、亀裂が走った猛々しくも美しい炎の長剣へと移っていった。
煌々と照る真紅の『魔剣』から炎が漏れ出す。漏れ出した炎がやがてヴェルフの体に巻き付き、人の輪郭を浮かび上がらせる。
「力を貸せ、『ウルス』」
既に自壊を始めていた武器が最後の輝きとばかりに、最後にもう一度使い手の力になれることを喜ぶように炎を溢れさせた。
その姿にヴェルフは双眸を歪め、迷いを払うように柳眉を吊り上げる。
相対するは漆黒の結界。右手のみで握った長剣を背後へ溜める。凪のように静かな相貌の中で、その眼差しだけは鋭く、雄々しく。
胸を焦がす業火を解き放つように自分達の道を切り開く『魔剣』の真名をヴェルフは叫んだ。
「火月ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
放たれる真紅の轟炎。大上段、振り下ろされた剣身から巨大な炎流が迸り、漆黒の結界に激突。楔となった先の一撃によって生まれた罅を貫き、内部にいた漆黒の巨人を吞み込んだ。
比べ物にならない大爆炎が漆黒の巨躯を蹂躙し、天高く火柱を生み出す。階層の天井まで届く火柱がゴライアスの唸り声すら焼き尽くし、肉体の自由を奪う。
「────」
その代償は、武器の命。
限界以上の力を引き出された『魔剣』はヴェルフの手の中で甲高い音を立てて粉々に砕け散る。
別離の音を鳴らす無数の破片に、最期まで力を尽くしてくれた武器に、ヴェルフは声にならない声で謝罪の言葉を呟いた。
(────ありがとう、ヴェルフ)
信頼に応えてくれたヴェルフに、自分の矜持を捨ててでも道を切り開いた相棒にベルは心の中で感謝を呟く。
もはや邪魔者はいない。故にベルは一段階、【
【
『大戦士ガルムーザ』、『争姫エルシャナ』、『狼帝ユーリス』。
骸の王を駆逐し、単眼の王を討った『勇者』と共に『大穴』への道を貫いた英雄達。
古代の時代、自分達が置かれている状況よりも遥かに過酷で、絶望的な盤面を覆した偉大なる英雄達の姿を幻想し、ベルは燃え盛る漆黒の巨人へと突貫した。
埋まる距離。恐怖の叫びを上げ、燃え盛る漆黒の巨躯。
押し潰そうと巨人は炎に包まれる剛腕を薙ぎ払う。
だが関係ない。その薙ぎ払いよりも早く、ベルが黒大剣を振り上げ、巨人に肉薄。
全身に満ちる力の奔流。集束する光剣に力を乗せ、少年は『英雄の一撃』を解き放った。
「────────────────────────────────────ッッ!!」
炸裂する。
純白の極光が漆黒を呑み込み、凄まじい轟音を響かせる。
轟音に聴覚を数瞬奪われた冒険者達は眩い光に目を眩ませながらもそれを見た。
光の一撃を放った少年が刀身を失った黒大剣を放り、怒りの咆哮を迸らせる骸の王へ走る姿を。
「────【禍つ彼岸の花】」
「────【星屑の光を宿し敵を討て】」
輝夜が超短文詠唱を唱え、リューが決着をつけるその時まで待機させていた長文詠唱を終わらせる。
まだ戦いは終わっていない。ウダイオスは
走る少年の元に殺到する
「あのガキのッ、邪魔してんじゃねえよクソ骨ヤロウがぁッ!!」
その直前、響く水晶の破砕音。
放たれた
驚愕に骨を鳴らしたウダイオスが見たのは歯牙にもかけていなかった
初めて自分達を視界にいれた骸の王の姿に水晶が自身の防衛の為に放った
「居合の太刀────【
『ッッッッォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?』
彼等に目を奪われた結果、
致命的な隙。ウダイオスが気付いた時には、輝夜は既に下半身へと肉薄していた。
再び放たれた五つの赤の斬閃が下半身の骨を繋ぐ核関節に炸裂、そして破壊する。
「貴様が、通常のモノより
地面に埋まる骨の根との接続が断たれる。
輝夜の言葉に従うように、
地に落ちた巨大なモンスターに冒険者達が機を逃してたまるものかと深層のモンスターへと勇敢にも躍りかかろうとする。だが輝夜がそれを止めた。
もうこれ以上必要ないと言うように、刀を納めた彼女は空を見上げた。
「終わらせろ、リオン……ベル・クラネル」
彼女の視線の先、天を舞ったリューがベルの直上に辿り着く。
倒れ込んだウダイオスはもう一度
邪魔するものが何もいなくなった大草原を駆け、少年はウダイオスを魔法の射程圏内に入れる。
「【焼き尽くせ、スルトの剣────我が名はアールヴ】!!」
光の音響が弾け、少年が黒剣を振り抜くと同時に展開された翡翠色の
ウダイオスを陣の中に入れた次の瞬間、ベルとリューは共に魔法を解き放った。
「【レア・ラーヴァテイン】!!」
「【ルミノス・ウィンド】!!」
直下から射出された一本の獄炎の柱がウダイオスを呑み込んだ。
王の絶叫を焼き尽くす炎柱は魔石を守る骨の鎧を溶かし、奥に鎮座する魔石を露わにさせる。
そこに緑風を纏った無数の大光玉が炸裂。リューが放った星屑の魔法は少年が放った妖精王の炎を纏い、露わになった魔石に夥しい閃光を連鎖させた。
眩い光が止み、炎の柱が消えゆく中、最後に辺りへ残ったのは決着の静けさ。
言葉を失う冒険者達は辺りを警戒するように見回し、緊張を解かない。
「…………倒、した」
緊張が解かれない冒険者達の中で、ヴェルフが呟いたその言葉。
それが契機になったかのように、残っていたウダイオスの巨体が灰へと果てる。遠方では既に漆黒のゴライアスが灰を残し、姿を消していた。
二頭の怪物の死骸の一部が宙に舞う中、大量の灰の上にドロップアイテム『ゴライアスの硬皮』が残されている。
新たなモンスターが出てくることも、悪夢のような赤い粒子が舞うこともなかった。
『────うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
次の瞬間、大歓声が巻き起こった。
周囲の冒険者達が諸手を突き上げ、隣の者と肩を組み、涙さえも流して喉よ裂けよとばかりに声を上げる。彼等が持つ刃の毀れた剣が、槍が、斧が、盾が、まるで自ら凱歌を上げるように銀の光を散らす。
言葉になっていない音の津波が響き渡り、大草原を震わせた。
紛うことなき勝利。勝利するどころか生き残る事すら絶望的だった戦いに終わりが告げられる。階層主の同時討伐という悪夢を乗り越えた
「ベル君!」
「ベル!」
涙ぐんだヘスティアが力尽きたベルの元へ最初に駆け出し、ヴェルフとリリが、さらに命、千草に支えられた桜花までもがそれに続く。
リューと輝夜が少し離れた場所で疲労の色が濃い顔に穏やかな笑みを浮かべて彼等を見つめる中、歓喜を分かち合っていた一部の冒険者達までも彼の元へ殺到した。
天井に残った水晶の花が、彼等を祝福するように『朝』の蒼い輝きを落とす。
周囲から途切れることのない喜びの声々がベル達を、18階層全体を包み込んだ。
「…………素晴らしい」
ヘスティア達が飛び出していった南の草原。
一人取り残されたヘルメスは勝利の余韻に浸らず、歓声の中心にいるベルを見つめ、その橙黄色の瞳だけを爛々と輝かせた。
遠く、簡易拠点の方角からも押し寄せる歓呼の声にヘルメスは決して酔わず、ただ一つの事実を噛み締めるように笑う。
「見たぞ。このヘルメスが確と見たぞ。貴方の孫を、
ここにはいない誰かに声を届けるように、天に還った誰かを思うように空を見上げる。
ヘルメスは思い返す。少年の育ての親の言葉を。
────意気地はある。根気もある。しかし、それを支える素質が圧倒的にない。
彼が見てきた器達とは比べるまでもなく、未熟。およそ大成する器ではないと。
────だが、『出会い』があった。神々の全知すらも覆す、運命の出会いが。
そして、過去の情景を思い描き、噛み締めるように少年の祖父は最後にそう呟いた。
当時の自分はその言葉を理解できていなかった。同時に信じられなかった。
少年の祖父の『目』を知っているからこそ、彼に素質がないと断言された少年がたった一つの出会いで『英雄』に足る存在になるなどと。
しかし、その疑いは少しずつ変わっていった。眷属達の話を、道行く人々の話を、神々の話を聞いていく度に、ただの疑念から期待へと。
そして今日、目の前に広がる光景が、少年の祖父が正しかったことを伝えて来ていた。
「オレの目も随分腐ったものだ。この光景を見るまで、純粋に期待できていなかったなんて」
過去の自分を、少年に試練だなどと宣って悪意を扇動した自分を恥じるようにヘルメスは帽子を目深に被る。次にはその下で瞳に狂喜を宿し、唇を吊り上げた。
「喜べ
歓喜に狂いそうになる自身を抑え、ただ笑う男神は天に座す神々、下界に降りた神々に届かせるように天を仰ぎ、言葉を続けた。
「時代が動くぜ。間違いなく。【
現在、都市には多くの英雄の器たる冒険者達が存在している。
【
【
【猛者】オッタル。
【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。
他にもまだ大勢存在している英雄候補。
時代を通しても稀に見る優れた英雄の器達。
昔日の英雄にも決して引けを取らない素質を持った、可能性に満ちた現代の戦士たち。
「この地に揃った英雄の器達が、彼を旗頭に時代を駆ける。この時代に揃った彼等が『
ヘルメスには見えた。
ベル・クラネルを船頭に、『黒き終末』に立ち向かう現代の英雄達の姿が。
「見せてくれ、子供達よ。未来永劫語り継がれる大事を、歴史に名を刻む英雄達の行く末を・・・・・・
人も、称賛も、歓喜も。
白髪の少年を取り巻く全てが劇的な未来の予感に重なり合う。
ヘルメスはついに狂喜を抑えきれなくなり、その眼を限界まで見開いた。
「神愛なる君達が紡ぐ、【
最高の見世物。
最高の娯楽。
最高の暇つぶし。
最高の興奮。
熱狂と雄叫びがどこまでも鳴り響く中、下界に舞い降りた一柱の神は一人両手を広げ、これから未来を紡いでいく子供達へ、心からの賛歌を送った。
この話を以て、この章を終幕とさせていただきます。
次回から始まる新たな章を皆様に楽しんでもらえるよう、誠心誠意書かせていただきますのでこれからもどうぞよろしくお願いします。
ここまで見ていただきありがとうございました。