二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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この話より、新章を始めさせていただきます。
どうぞお楽しみください。


其は、月を穿つ英雄
贈り物と『神月祭』


 漆黒の階層主『ゴライアス』、その守護者として降臨した『ウダイオス』を撃破したベル達はその日のうちに地上への帰還に成功した。

 絶望的だったあの条件下から全員生きて帰ってきた彼等は、生存の一方を関係した者達に伝え、生還したことを関係者に喜ばれることになる。

 ある者は主神に礼を述べるとともに砕けた武器を葬り、ある者達はことの顛末を派閥に報告し、その後死屍累々を晒す、ある者達はかつての仲間と何も語らずに別れ、酒場の日常、自身の派閥の日常へと帰っていった。

 

 その一方で18階層で今回の事件に遭遇した冒険者達にはウラノス直々に、箝口令が敷かれた。

 安全階層(セーフティポイント)に二頭の階層主が産まれ落ちるという前代未聞の異常事態(イレギュラー)を、ギルドはそれと同時にダンジョンに起きていたとある異変と共に『神災』と判断。それを巻き起こしたとみられる二つの派閥、ダンジョンに侵入していたヘスティア、ヘルメスの両主神に厳重注意及び罰則(ペナルティ)を課した上で口外禁止を徹底させた。

 そんなギルドの決定に徹底的に反抗した一人の少年がいたのだが、彼の言葉とそれに付随する主神の意見が考慮されることは一切なかった。

 

「おはようございます、神様」

 

「ああ、おはようベル君。随分と早起きだね。昨日帰ってきたばっかりなんだから、もう少し寝てても良かったのに」

 

「昨日帰ってきた時のオラリオの様子を見てたら、ちょっと興奮しちゃって……」

 

 地上へ帰還した翌日、いつもより早く起きてしまったベルは同じく早起きをしていたヘスティアとどこか落ち着かない様子で挨拶を交わす。

 そんな少年を微笑ましいモノを見るような目で見つめたヘスティアは椅子に座ったまま、地下室の扉の外を見た。

 

「色々あって忘れていたけど、今日は『神月祭』……ボクとベル君にとって初めて経験する都市(オラリオ)のお祭り。ワクワクしちゃうのも仕方ないか」

 

「まあ、本格的に始まるのは夜からみたいなので、こんなに早起きしてもすぐ楽しめるというわけではないんですけどね」

 

 昨日のベルが見たのはお祭り仕様に変わっていたオラリオの姿。

 今日行われるのは『神月祭』。神々が降臨する前から行われている祝祭。

 

「早起きに損はないさ! と言いたいところだけど、今日一日はダンジョンにも行かないで完全に休養に当てるつもりだったんだろう? もう少し寝てきた方がいいんじゃないか?」

 

 昨日に起きた激戦などという言葉では生温い死闘によって多くの冒険者が多大な被害を被った。

 その中でもベルは一際酷い状態だった。それどころか最も酷い状態と言っても過言ではない。

 巨人の咆哮(ハウル)が直撃、巨腕がほぼ直撃したことによる肉体の損傷、スキルと魔法の複数行使による体力消費、精神枯渇(マインドゼロ)

 経った時間は一日未満。それらの影響がその程度の時間で完全に消える筈がなく、今のベルの状態はオラリオに来てから最も悪いと言ってもいい。

 

「眠り過ぎるっていうのもあまり良くないですし、このまま起きてます。朝一番に治療院にも行きたいですし」

 

「ん、わかった。じゃあ時間になるまでゆっくりしているといいよ」

 

 やはり体が痛むのか、椅子に座ったままあまり動かないベルとヘスティアが談笑を始めた。

 話題の尽きない二人が途切れることなく会話をしているとやがて起きてきたリリもそこに加わり、三人で朝食を摂る。

 オラリオが目覚め始める頃、ベルは外に出て治療院へと向かおうとする。

 ちょうどその時だった。

 

「ベル」

 

「はい……えっ、リヴェリアさん!?」

 

 声がする方をベルが振り向くと、そこにはリヴェリアが立っていた。

 目を丸くするその姿に彼女は微笑みを纏うと、少年の側に近付く。

 

「元気……では、なさそうだな。体は大丈夫か?」

 

「だいじょ……いえ、ちょっと痛む箇所があるので、これから治療院に向かおうとしてました」

 

 反射的に大丈夫だと嘘を吐きかけたが、すぐにそれを訂正し、自分の体の状態を正しく伝える。

 それを聞いたリヴェリアは軽く眉を顰め、じっとベルの瞳を見つめた。

 

「……昨日、出発の時間になってもお前と神ヘスティアは現れなかった。あの時、お前達に何が起きていた?」

 

「えっと……話すと長くなります。治療院の用事を終わらせてからでも大丈夫ですか?」

 

 心配そうに自分を見つめてくる母の瞳に嬉しさと照れくささ、それから申し訳なさを感じながら、ひとまず用事を済ませてからでも大丈夫かと、提案する。

 すぐに頷いてくれた彼女に笑みを浮かべ、会釈をしてベルが歩き出そうとすると隣にリヴェリアが並び、共に歩き始めた。

 

「私も一緒に行こう。ちょうどアミッドに話しておきたいことがあったからな」

 

 不思議そうな顔をするベルの隣を歩くリヴェリア。

 彼女の懐にはベルがあの日【ロキ・ファミリア】に譲った呪いの短剣が仕舞われていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「あの武器は異常、か」

 

 アミッドが調べ上げた呪いの短剣の情報が書かれた用紙を見て、リヴェリアはポツリと呟いた。

 あの短剣を見た瞬間の都市最高の治療師(ヒーラー)である彼女の顔は今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。

 

「あの武器を私達に託してくれて本当に良かった……それはそれとして、大丈夫か、ベル?」

 

「…………はい」

 

 同時にベルの状態とこんな状態に陥ったベルの話を聞いたアミッドの顔は当分忘れないだろうと、横で二人を見ていたリヴェリアは思った。

 前回診た時以上に傷だらけなことに加え、傷を負っていた左腕が治るどころか悪化しているのを診た彼女はこれ以上ないほど激怒。普段冷静沈着な彼女の大叱咤はそれはもう効果抜群であり、真っ白に燃え尽き、げっそりとしたベルの姿がその威力を物語っている。

 

「それにしても、箝口令か……昨日何が起きたのか知りたかったが、そうなってくると話が変わってくる。他の者に口外するつもりはないが、万が一バレてしまえばお前に罰則(ペナルティ)が課されてしまうかもしれないからな」

 

「すいません……リヴェリアさん」

 

「お前が謝る必要はない。迂闊にその命令を破り、不利になるのはお前達なのだから」

 

 申し訳なさそうに眉を下げるベルを見て、リヴェリアは小さく笑う。

 彼女はこの話を無理に聞き出すつもりはなかった。何故なら人の口に戸は立てられない。目の前の少年が話せなくとも、他の冒険者の一人や二人がどこかで口を漏らすことがわかっていたからだ。

 

(とはいえ……今のこの子がこれだけの傷を負うか……聞く限りだと防具も破損している……ならば、そろそろいいだろうか?)

 

 隣を歩くベルを少し見つめ、やがて何かを決めたように一度頷くリヴェリア。

 それに気が付いたベルが不思議そうな顔で彼女を見た。

 

「ベル、この後時間はあるか?」

 

「え? はい、今日は夜まで特に何もありませんけど……」

 

「少し、ついてきてくれないだろうか。お前に渡したいものがある」

 

 首を小さく傾げたベルがその後に頷くのを見たリヴェリアは方向転換すると、北西のメインストリートを進み始める。

 そこにある路地裏を曲がり、さらに奥深くに進む。やがて見え始めてきた地下への階段を降りると、彼女は慣れた手つきでその先にある痛んだ木の扉を開けた。

 

「邪魔するぞ、レノア」

 

「んー? おや、リヴェリアじゃないか。何かあった……おや、その坊主は?」

 

「こ、こんにちは?」

 

 扉を開けた先にあったのは一つの怪しげな店。

 室内は広いが、薄暗く、天井に垂れ下がっている火の玉のような魔石灯が唯一の光源。

 その光が不気味な生き物の瓶詰や何かを煮詰めている大窯を照らしていた。

 戸惑いながら店主と思わしき老婆に会釈をしたベルは落ち着きなく、周囲を見渡す。

 

「で、誰だい? この場所に似つかわしくないこの坊主は」

 

「私の子だ」

 

「リヴェリアさん!?」

 

「あー……お前さんが話していたのはその子だったのかい?」

 

 突然の関係の暴露にベルが驚愕する中、カウンターの奥の老婆、レノアは特に驚くこともなくようやく来たのかと言いたげに頷いていた。

 

「大丈夫だ。この者は既に私とお前の関係を知っている。ここでは気を張らなくていい」

 

 困惑するベルの頭に手を置いたリヴェリアは母の眼差しと声音で彼を落ち着かせる。

 優しく撫でてくる彼女の手つきにベルが思わず目を細めていると、カウンターの中でニヤニヤと笑っているレノアに気付き、慌てて彼女から距離を取る。

 

「む……」

 

「いひひっ、恥ずかしいとさ、リヴェリア」

 

 少し残念そうに眉を顰めたリヴェリアに珍しいモノを見たとレノアがニヤニヤと笑う。

 それに対して特に何も言わない母の姿に対等に近い信頼関係が見えたベルは距離を取った格好から居住まいを正し、再びリヴェリアの隣に立つ。

 

「あの……ここに僕を連れてきた理由って何なんですか?」

 

「ああ、それはだな……いや、先に現物を見てもらおうか」

 

 一度ベルに視線を寄こしたリヴェリアはすぐにカウンターの奥へと戻す。

 彼女の視線にレノアはカウンターの端、開閉できる箇所を開き、奥へと案内を始めた。

 二人に連れられるがままに奥へ進むと、そこにあったのは…………

 

「…………防具?」

 

 先ほどまでいた部屋とは正反対の真っ白な部屋。

 部屋自体が白く輝いているかのように明るいその部屋の中央に鎮座しているのは一つの装備。

 レノアはその部屋の前で立ち止まると、横に佩けて二人の道を開ける。

 

「今この部屋に入れるのは三人。リヴェリアとその二人の子供だけ。あたしはここで見させてもらうよ」

 

「ベル、こっちにおいで」

 

 部屋の中央、飾られた防具の前まで歩んだリヴェリアに招かれるまま、ベルはその部屋に足を踏み入れる。途端、目の前に現れるのは巨大かつ美しい雄大な森。

 ベルが一つ瞬きをすると、その森は跡形もなく消え去り、元の白い部屋の姿を取り戻す。唖然と自分を見つめる少年の姿に気が付いたリヴェリアは彼の元に歩み寄り、その手を掴んだ。

 

「ベル、何が見えた?」

 

「……えっと、僕達を囲む沢山の大きな木……?」

 

 一瞬だけ見えたその光景を思い出すように片手で額を押さえたベルに満足げに頷いたリヴェリアはそのまま手を引き、部屋の中央まで歩を進めた。

 

「この部屋は私の……王族(ハイエルフ)の魔力に満ちている。私の魔力をよく知るお前があの森の姿を幻視してもおかしなことではない」

 

「あの森……?」

 

「私の生まれ故郷のことだ。気になるかもしれないが、それよりも今はこっちだ」

 

 あまり自分の過去を──お転婆で子供だった過去の自分を──息子である少年には話したくなかったのか、咳払いを一つ入れてそこで切り上げる。

 無理に聞き出そうとすれば怒られそうな気配を感じたベルは深く詮索せずに自分の正面……淡い翡翠の燐光を放っているようにも見える防具を見据えた。

 

「……すごい」

 

 武具の目利きが上手くないベルでも目の前に存在する防具の性能に気付く。

 魂を揺るがせたヴェルフの防具と出会った時とはまた違う衝撃。そして、あの日と同様にベルは強く惹かれた。

 

「気に入ったか?」

 

「えっ? は、はい。すごい防具ですね、これ……」

 

 その反応にどこか嬉しそうに、自慢げにリヴェリアは笑う。

 彼女の笑みにベルが困惑していると、彼女はその防具を手に取り、その場で防具の全容が見えるように広げた。

 

「ベル、一度着てみてくれ」

 

「……ええっ!? いや、でも……」

 

「お前が着れなければ色々と直さなければいけないんだ」

 

 ずいっと手渡してきた防具を受け取ってしまったベルはリヴェリアの圧に圧されるがまま、その防具を身に纏う。

 最初にベルが驚いたのはその防具を纏った時に生まれた魔力だった。

 生まれた魔力は衣を形取り、ベルの体を包み込む。

 

「これって……【ヴェール・ブレス】?」

 

 まるで自分を何度も救ってくれた防護魔法が発動したかと錯覚するほどの魔力の衣が生まれ、思わずベルは自分の身体を見下ろした。

 その身体には飾られていた防具が放っていた翡翠の燐光が漂い、解けていく。あの時見た光の正体が防具そのものが放っていた魔力の光だったという事に気付き、ベルはさらに驚愕に襲われた。

 

「単純な防具としての性能もさることながら、それには高い魔力耐性が備わっている。そして、放たれる魔力がお前の身に馴染めば馴染むほど、魔力への耐性はより強固になっていく」

 

 違和感なく着こなしているベルを見て満足げに頷いたリヴェリアは武具を作り出した鍛冶師のように軽い説明を行う。

 自然と始まった彼女との会話を思わずただ聞いていたベルだったが、自分がこれを身に着けることをさも当然かのように話すリヴェリアに慌てて口を挟んだ。

 

「ま、待ってください! こ、これはどういうもので……というかなんで僕が貰うような話になってるんですか!?」

 

「……? その防具は私がお前の為に縫ったものなのだから、お前が受け取るのは当然だろう?」

 

 不思議そうな顔をするリヴェリアにベルは一瞬固まり、そして混乱した。

 挙動不審になった我が子に首を傾げ、彼女は続けて言葉を紡いだ。

 

「流石に一からというわけには行かなかったが、私が持っていた防具を男のお前が身に着けても違和感がないように、成長したお前に贈るために私が仕立て直した」

 

 リヴェリアの言葉にベルはもう一度自分の身体を見下ろす。

 全く違和感を感じず、見事なほどに体に噛み合う白と黒を基調にした防衣。

 自分(ベル)が着るためだけに生み出されたかと錯覚するほどのその衣は真実、ベル一人の為にリヴェリアが仕立て直した防衣だったのだ。

 

「お前達を贔屓するような形になってしまうが、アイズにも贈らせてもらった。18階層でお前も見たのではないか?」

 

「あ……」

 

 リヴェリアからもらったと嬉しそうに身に纏う防具を見せてくれたアイズの姿。

 その際にちょっとだけ漏れてしまった言葉をベルは思い出す。

 

 ────ベルも帰ったら……あ、なんでもない忘れて。

 

 あれは今のこの状況のことを言っていたのだとようやく合点がいった。

 

「それで……どうだろう。受け取ってもらえるだろうか?」

 

 目を瞬かせるベルをどこか心配そうな顔でリヴェリアは見つめる。

 自分の身体を見ていた少年はそんな彼女を見つめ返し、ややあって嬉しそうに微笑んだ。

 

「……うん。でも、本当にいいの? こんなにすごい物を僕がもらっても」

 

「お前の為に作った物だ。お前が受け取ってくれなければ、私が困る」

 

「ふふっ、そっか。ありがとう、お母さん。大事に使わせてもらうね」

 

 別派閥の冒険者から贈られる物ではなく、母から子へ贈られる贈り物。

 母親として、その子供として、家族として笑い合った二人はその部屋から出る。

 ベルとリヴェリアが扉を潜ると真っ白だった部屋が黒く染まり始め、数秒の内に店の雰囲気に相応しい部屋へと変わった。

 

「ようやくこの部屋の占領は終わったのかい?」

 

「ああ、これで終わりだ。長い間、迷惑をかけたなレノア」

 

「いひひっ、別にいいさぁ。どうせ使わない部屋を貸しただけだからね。お前の珍しい表情もいいモノも見させてもらった。神が言うところの『りたーん』は十分にあったさ」

 

 並び立つベルとリヴェリアを見たレノアは目を細め、大きな皴と一緒に口角を上げた。

 そんな彼女に連れられて、二人は元の部屋に戻る。

 

「さぁて、これで用事は終わりだね? それとも何か買っていくかい?」

 

「いや、今日の所はこれで失礼させてもらう。世話になった」

 

「ありがとうございました」

 

「はいよ。今後ともどうぞご贔屓に。将来有望なお前さんは特にねぇ」

 

 怪しげに笑う店主に見送られながら二人は店を出る。

 薄暗い路地裏を抜け、メインストリートに辿り着いた二人を眩しい日の光が迎えた。

 

「急な話だったというのに付き合ってもらってすまなかったな」

 

「いえ、こんな機会、滅多にあるものじゃないですから」

 

 外に出ればもう母と子ではなく、冒険者と冒険者。

 よそよそしい雰囲気の中に見るものが見ればわかる親しみを混ぜ、二人は顔を見合わせた。

 ベルが一つ会釈、リヴェリアが一つ頷く。それを最後に二人は別の道を歩き始める。

 賑やかな雑踏に紛れる二人の口元には穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 お母さんから防具を贈ってもらってから数時間後。

 夜の帳が降りた都市に僕達は出向いていた。

 

「わぁ~! これはすごいねー!」

 

 普段の雰囲気とは全く違うオラリオの様子に隣で神様が目を輝かせている。

 空には満点の星空が広がり、その下にあるオラリオでは昼の喧騒と同じかそれ以上の活気に包まれていて、正にお祭り騒ぎだ。

 

「月を神様達に見立てて、モンスターの魔の手から無事を祈るっていうお祭りだったよね?」

 

「確かそんな感じだったな。この祭りに本格的に参戦するのは俺も初めてだからよくわからんが、まあ大体は合ってると思うぜ」

 

 神様の他に一緒に歩いているのはリリとヴェルフ。

 元々は僕と神様とリリの三人で回る予定だったけど、せっかくだからと一度【ファミリア】のホームに戻ったヴェルフも誘って四人で回ることにした。

 ヴェルフには迷惑かな、って少し思っていたんだけど、どこかそわそわしているのを見るに誘ったことは間違っていなかったと思う。

 

「ベル君! イカ焼きだよイカ焼き! 買ってみんなで食べようぜ!」

 

「ベル様! 焼きそば?という美味しそうな料理がありました! みんなで食べましょう!」

 

「うわわ、待って待って!?」

 

 屋台にある美味しそうな料理を見て、神様とリリが僕の手を取って引っ張っていく。

 まずは神様とイカ焼きを買いに、すぐにリリに連れられて焼きそばという料理を買いに別の屋台へ。二つの料理を買い終わって元の場所に戻ると、ヴェルフはいなくなっていた。

 

「よし! たこ焼き食おうぜ! たこ焼き!」

 

 かと思うと、ヴェルフは両手にいい香りのする袋を持ち、満面の笑みを浮かべて僕達のところに戻ってきた。お祭りという特殊な場は人も神も関係なく興奮させるのか、神様もリリもヴェルフもとても楽しそうで、自然と顔が綻んでいく。

 ちょっと行儀は悪いけど、買ってきた食べ物を歩き食いして道を歩いていくと何やら大勢の人が集まっている場所が目に入ってくる。

 その人混みの奥からはつい最近聞いたばかりの男神様の声がよく響き渡ってきた。

 

「さぁさぁ、お立ち合い! 遠き者は音に聞け、近き者は目にも見よ! そして腕に覚えがある冒険者ならば、名乗りを上げろ!」

 

 設置された舞台の上では旅装とは違う服を着たヘルメス様が注目を集めている。

 冒険者も街の人々も神も関係なく、視線を集めたヘルメス様は十分に人が集まったと見るや否や、大仰に両手を広げ、声を高らかに上げた。

 

「さあ! この『槍』を引き抜く英雄は誰だぁ!?」

 

「帰って来て早々、何やってるんだ、ヘルメスは……」

 

 どこかげんなりとした声で呟く神様に思わず苦笑する。

 あれだけの事件が起きて、冒険者である僕達でも疲労が取り切れてないというのに神様であるヘルメス様は疲れなど一切見せずに堂々と舞台の上で振る舞っている。

 

 あ、舞台の後ろの方でアスフィさんが死んだ目でヘルメス様を見てる。

 

「これは選ばれた者にしか抜けない伝説の『槍』! 手にした者には、貞淑たる女神の祝福が約束されるだろう!」

 

 ……伝説の『槍』? 女神の祝福?

 冒険者心をくすぐられる発言に聞き逃さないように少しだけ前のめりになる。

 

「更に! 抜いた者は、豪華世界観光ツアーにご招待! 既にギルドの許可済みだぁ!」

 

 周囲の人々が魅力的なその景品に大いに沸いた。

 続々と冒険者や都市の人々が殺到しては抜けずに、残念そうに戻っていく。

 

「伝説の『槍』? なんか胡散臭いな」

 

「お祭り特有の催し物でしょうか? 怪し気ですが盛り上げ方が上手いですね、ヘルメス様は」

 

「ベル君! やってみようぜ! こういうのもお祭りの醍醐味ってヤツなのさ!」

 

「はい!」

 

 ここにいるみんなで舞台へと近付く。

 その間も色々な人が『槍』を抜こうとしているようだけど、ピクリとも動いていない。

 まだ熱量はすごいけど、このまま誰も抜けなかったら場が白けちゃうんじゃないかな……。

 そんなことを考えながら人混みを進んでいくと、やがて人混みの最前列に出る。どうやら順番ではなく、参加の意思を示した人の中からヘルメス様が選んでいっているようで、挙手をしたらすぐに挑戦できるかもしれない。

 

「あれ……ベル?」

 

「えっ……あ、アイズさん!?」

 

 手を上げようとしたところで、すぐ隣から僕の名前を呼ぶ声が。

 聞き間違える筈がないその声に勢いよく振り向くとそこにいたのは、やっぱりアイズさんだ。

 口元に見る人が見ればわかる小さな笑みを浮かべるアイズさん。その隣にはレフィーヤさんも一緒にいる。

 

「ん? アイズ君と……確か、レフィーヤ君だったかい?」

 

「は、はい! ヘスティア様達もあの『槍』を見に来たんですか?」

 

「いいや、見に来たんじゃない……引き抜きに来たのさっ!」

 

 神様達が言うところのドヤ顔をする神様にレフィーヤさんは苦笑。

 目が合ったので会釈をすると、ヘルメス様の声が再び響き渡る。

 

「さぁさぁ! 他に挑戦者はいないか!? 引っ込み思案のそこの君にも、目立ちたがりのそこの君にも、みんなに挑戦権がある! さぁー! 次の挑戦者は誰だぁー!」

 

「ベルは、行かないの?」

 

 ヘルメス様の言葉にさらに熱を帯びる人混みの中でアイズさんが隣に来る。

 可愛らしく首を傾げるアイズさんに一瞬目を奪われ、すぐに奪われた視線を舞台に戻す。

 舞台の上ではまた別の人が挑戦しているけど、やっぱり抜けない。正直、これだけ抜けないとなるとちょっと疑ってしまう気持ちがあって、躊躇ってしまうんだけど……。

 でも、挑戦する前から決めつけてたら駄目だよね。抜けなくても他の人達と同じ、もしも抜けたらこの場がすごく盛り上がるし、アイズさんにいいところも見せられる。

 

「……よし」

 

「はぁいそこの……おおっと! 場が白け始めてしまったこの状況で話題の新人(ルーキー)の登場だあっ! これで抜けなかったらどうなるんだろうなあー!」

 

「おいヘルメスっ! ベル君に変なプレッシャーをかけるんじゃない!」

 

「……頑張って」

 

 楽しそうに笑うヘルメス様に招かれ、アイズさんに見つめられながら舞台の上へと上がる。

 この場にいる人の色々な視線が集中する。周囲から応援する声が届く。

 一つ息を吐いて、僕は水晶のようなものに突き立っている『槍』の柄を握り締めた。

 

「さあ、【リトル・ヒーロー】の挑戦だぁ~!」

 

 引き抜こうと柄を握った両手に力を込める。

 その瞬間だった。

 

『────見つけた』

 

 頭の中に聞き覚えのない誰かの声が響き渡ったのは。

 

「────えっ?」

 

 その声に思わず顔を上げる。その下で響く、パリン、という何かが砕け散る音。

 引き抜こうとした勢いそのまま、僕は後ろに倒れ込んだ。

 静まり返る会場。そしてすぐに、それを引き裂く割れんばかりの大歓声が響き渡った。

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

「やりたがった、あいつ!!」

 

「流石だぜっ!」

 

 聞こえてくる称賛を耳にしても、僕は後ろに倒れ込んだ姿勢のまま動けなかった。

 キョロキョロと辺りを見回してみるけど、いるのは死にかけた瞳に驚愕と共に生気を宿したアスフィさんと……顔を隠すように帽子を目深に被り直したヘルメス様。

 

「…………」

 

 まるで誰にも表情を悟られないように深く被っていたヘルメス様はそのまま考え込むかのようにその場で動きを止める。そこに近付こうと立ち上がった僕の背中に神様が飛び掛かって来た。

 

「やったじゃないか! ベルくーーーーーーん!!」

 

「わわっ!」

 

 背中から勢いよく僕の事を抱きしめ、頭を勢いよく撫でてくるとても嬉しそうな神様に思わず笑みが零れる。

 舞台の下ではヴェルフとリリが僕達の事を見て、また楽しそうに笑い、隣に立っていたアイズさんとレフィーヤさんも手を叩いて祝福してくれていた。

 時間にして十数秒。喜ぶ僕達に近付いてくるのはヘルメス様。先ほどの不思議な雰囲気などなかったかのように僕に笑いかけるヘルメス様に思わず首を傾げる。

 

「おめでとう、ベル君」

 

「あ、ありがとうございます……? でも、僕にも何が何だがわからなくて……」

 

 大盛り上がりする周囲に対して、困惑し続ける理由がそれだった。

 確かに引き抜こうとしたけど、まるで水晶の中から僕の手に飛び込んできたかのように引き抜いた感触が全くなかった。

 手元に残る『槍』をじっと見ていると、ヘルメス様が僕の肩を叩く。

 

「ほら、顔を上げて。今回の旅のスポンサーのお出ましだぜ」

 

 くいっと、親指を指した方を神様達と一緒に見る。

 僕達が振り向くと、そこにあった人混みが徐々に二つに割れていく。その間から歩み寄ってくるのは……女神様?

 僕の後ろで神様が驚きの声を上げ、勢いよく舞台から飛び降りていった。

 

「アルテミス!? アルテミスじゃないか!!」

 

 僕が『槍』を引き抜いた時と同じかそれ以上の喜びが神様の声から伝わってくる。

 ゆっくりと歩いていたアルテミス様?は僕達の方を見て、口元を綻ばせた。

 

「お知り合いですか?」

 

「天界の頃からの神友だよ! ボクのマブダチさ!」

 

 舞台を降りた神様がアルテミス様の元へと走り出す。

 それに合わせるようにアルテミス様もまた走り出した。

 

「アルテミスーー!!」

 

 後ろからでもすごく喜んでいるとわかる神様が青髪の女神様に抱き着こうとその両手を広げる。

 青髪の女神様もそれに応えるように両手を広げて…………

 

「……へっ?」

 

「見つけた、私の『オリオン』!」

 

 神様と抱き着く……のではなく、舞台の上の僕目掛けて飛び込んできた。

 全く警戒していなかった僕はあろうことかそれを受け止めることも出来ずに、アルテミス様に抱き着かれた勢いのまま、再び舞台の上で勢いよく倒れ込んでしまった。。

 

「へっ?」

 

「むぅ……」

 

「……な、なっ、なななな、なんじゃそりゃあああああああああああ!!?」

 

 アイズさんの不機嫌そうな声が聞こえたその直後、神様がオラリオ中に響く叫び声を上げた。

 アルテミス様に抱き着かれたまま、呆けることしかできなかった僕は舞台の下から凄まじい圧をかけてくるアイズさんの視線を受けて、ようやく動き出すことが出来たのであった。

 

「……そうか……運命は、君を選んでしまうのか…………ベルくん達に正式な謝罪、まだ出来てないんだけどなあ……」

 

 アイズさんから向けられる視線に慌てふためいていた僕はヘルメス様が自分の……神々の無力を呪うかのようなその表情と言葉に気付くことが出来なかった。




《王導のエルフ・クロス》
 上の服と下のズボン、そしてマント。
 その細部の全てに至るまでリヴェリアの魔力が丁寧に込められた聖王樹の繊維を使用し、《師境のエルフ・モンタント》を仕立て直したことによって生まれた第一等級防具。
 今は離れている自身の従者に縫い方を学び、不純物が入らぬように自分と衣以外を遮断した部屋で三年という製作期間をかけて生み出された衣には妖精王の魔力が宿っており、魔力の込められた攻撃に対して強い耐性を発揮する。
 マントは自分のものだが、流石に女の自分が着るようにデザインされた服を男のベルにそのまま着せるのは可哀想だと考え、首元のレースを外す、スリットスカートをズボンに変えるなど、下に着る服は面影を残しつつもほぼ別物になっている。
 服とズボンのデザインの参考にしたのはヘグニ・ラグナールとヘディン・セルランド。

 感想欄にあった質問、『リヴェリアは階層主戦に参戦していたのか?』についてですが、彼女は参戦していません。
 出発時間ギリギリのギリギリまで粘ってもベル達が来なかったため、後ろ髪を引かれる思いをしながらも遠征帰りの派閥の副団長として団員達を連れて地上に帰還しました。

後書きが長くなってしまいました。
ここまで見ていただき、お付き合いいただきありがとうございました。
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