二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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世界旅行(クエスト)

「……で、さっきのはどういう事だよ、アルテミス」

 

 祭りの場所から移動し、【ヘスティア・ファミリア】本拠(ホーム)の廃教会。

 地下室ではなく上に存在している礼拝堂の場所にアルテミスを案内したヘスティアは困惑するように眉を下げ、座る彼女に話を聞き始めた。

 

「……すまない。つい、嬉しくて」

 

「うーん、嬉しいってどういうことなんだ?」

 

 照れくさそうにするアルテミスの姿にヘスティアの困惑はさらに深まる。

 もちろん、初対面で突然抱き着かれたベルとそれを見ていたリリ達もだ。

 

「あの、僕達って初対面ですよね? 女神様と会った記憶はないような……」

 

「…………」

 

 ベルの言葉に照れくさそうな顔から一転、眉を下げて少し悲しそうな顔をするアルテミス。

 まさか、本当にどこかで会っていたのか?、と自分の記憶を探るベルだったが、どれだけ遡っても目の前にいる女神と出会ったような記憶は全くない。

 

「あ、あの……?」

 

「…………」

 

「なあ、ヘルメス。あの子、本当にどうしちゃったんだい?」

 

 ベルから目を離そうとしないアルテミスに困惑よりも心配が勝ち始めたヘスティアは唯一事情を知っていそうなヘルメスに問いかける。

 素知らぬ顔をしていた彼も直接問いただされれば無視するわけには行かず、笑みを浮かべた。

 

「さあ? 彼女も下界の生活に染まっちゃったんじゃないかな?」

 

「アルテミスに限ってそんなバカなことがあるか!?」

 

 煙に巻くようなその答えにヘスティアは声を荒げてしまう。

 そんな彼女の様子を見ても、ヘルメスはやはり我関せずといった態度で口笛を吹く。

 

「元々どんな方だったんですか? アルテミス様って……」

 

「ああ……ええっと、アルテミスはボクと同じ天界の処女神の一柱なんだ。貞潔を司り、純潔を尊ぶ、不純異性交遊撲滅委員長。簡単に言えば、物凄い恋愛アンチ」

 

「恋愛アンチ……」

 

「……あれがか?」

 

 ヴェルフが親指で示した先、ベルを熱っぽく見つめ続けているアルテミス。

 恋愛アンチどころかその姿は恋する乙女そのものと言っても過言ではない様子だった。

 

「いや本当に、どうしてこうなった!?」

 

 旧友のその様子にヘスティアはもう頭を抱えて叫ぶことしかできなかった。

 彼女が叫ぶ姿にようやく顔を動かしたアルテミスを横目にヘルメスはベル達に近付く。

 

「どうしてそんな神様がスポンサーになったのですか? まあなんとなく予想がついたのですが」

 

「リリちゃんは話が早いね。実は、オラリオの外にモンスターが現れた。【アルテミス・ファミリア】がそれを発見したんだが、ちょっと厄介な相手でね。オラリオに助けを求めに来たのさ」

 

「つまり、観光ツアーとは名ばかりで……」

 

「アルテミス様がご依頼されたモンスター討伐の冒険者依頼(クエスト)、というわけですか。まあ、ここまでは予想の範疇ですね」

 

 ため息を吐く二人を尻目に、ベルはヘスティアと話し始めたアルテミスの横顔を見つめていた。

 見つめるというには些か無遠慮過ぎる視線……どちらかというと観察という言葉が相応しい。

 そんな少年の視線に気付いたのかアルテミスはベルに視線を戻し、ややあって口元を綻ばせた。

 美しい笑み。誰もが見惚れる恋をする少女のような笑みを浮かべた彼女を前にしたベルの心は言葉に出来ない小さな違和感を覚え始めていた。

 

「……私はずっと貴方を探していたんだ、『オリオン』」

 

「……僕は、ベル・クラネルです」

 

「いいや、貴方はオリオン……私の希望」

 

 アルテミスがベルに近付く。

 自分を『オリオン』と呼ぶ彼女が傍に近付いても、彼女の心を全く見透かすことが出来ない。

 ただ悪意がないという事だけが伝わってくる翆玉色の瞳にベルは何も言えなくなってしまった。

 

「どうして……僕なんですか? あの場にはアイズさんが……僕よりもずっと強い人がいたのに」

 

「…………アルテミス様、この『槍』って────」

 

 ベルが持つ『槍』に何かを見たヴェルフが手を伸ばす。

 直後、それを遮るようにヘルメスがヴェルフと肩を組み、ベルを指差した。

 

「言っただろ、伝説の『槍』だって! ヘファイストスもお墨付きの武器だぜ! 君は槍に選ばれたんだよ、ベル君!!」

 

「選ばれた……? 僕が、槍に?」

 

 まるで物語の一頁のようなヘルメスの言葉にベルは手渡された『槍』に視線を落とした。

 困惑が続くベルの頬にアルテミスの白い手が触れる。

 

「その白き魂を携え、私と一緒に来てほしい、オリオン……」

 

「…………」

 

 彼女が差し伸べてきた手を見たベルは、ヘスティアに振り返る。

 都市外の冒険者依頼(クエスト)、それも女神直々の依頼。自分の一存で決めるわけには行かないと主神の判断を待つ。

 

「……よし、アルテミス! その冒険者依頼(クエスト)、引き受けた!」

 

 ベルの視線を受け、顎に手を当て思案したヘスティアは親指を上に立て、その依頼を受けることにした。彼女がそう決めたとなれば話は早い。

 

「神友が困っているのなら助けるのは当然さ! みんな、手伝ってくれ!」

 

「はい、わかりました!」

 

 元々断る理由もあまりない。

 主神の友であるアルテミスの依頼にベルとリリは一つ頷き、ヴェルフも二人が行くのなら俺も行くと三人で笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、ヘスティア」

 

 突然の事だったというのに快く依頼を受けてくれたヘスティアをアルテミスは抱きしめる。

 大げさにも見える彼女の行動に赤面しながらも、ヘスティアは抱きしめ返した。

 

「そして、優しい子供達。貴方達は私の眷属ではない。けれど、これからは旅の仲間。どうか、その契りを結んでほしい」

 

 ヘスティアから離れたアルテミスは三人の前まで歩み、右手を差し出す。

 言葉からその行動の意味を察したベルはそっとその右手を取り、丁寧に口づけをした。

 

「おや、慣れているね」

 

「英雄譚とかを見て、ちょっと憧れてたところもありましたから」

 

 ベルがヘルメスと話をする間にヴェルフが、続いてリリが口づけをし、契りを結んだ。

 

「じゃ、話は纏まったみたいだし……出発しよっか♪」

 

『……は?』

 

 話が一段落したところでヘルメスが落としたその言葉に、四人は同じような顔で呆けた声を漏らす。そんな四人をアルテミスは不思議そうな表情で見つめていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ヘルメスの言葉から数時間後、オラリオの外壁の上。

 出発の準備を終わらせたベル達はヘルメスの案内の下、そこに立っていた。

 

「ベル様、その装備はなんですか?」

 

「これは……僕の大切な人からもらった物なんだ」

 

「へぇ……少し見てもいいか?」

 

 ヘルメスが用意した特注品(オーダーメイド)を纏うヴェルフとリリは自分達の装備よりも、ベルが着ている新しい装備を興味深そうに見ていた。

 白と黒を基調とした戦闘衣(バトルクロス)を覆うように存在する翡翠色の外套が風にたなびく。彼が着ているのはもちろん、リヴェリアから贈られた防具だ。

 

「よく似合ってるぜ、ベル君!」

 

「ありがとうございます。神様もよくお似合いですよ」

 

「へへっ、そうかい?」

 

 ヘスティアも二人と同様にヘルメスが用意した特注品(オーダーメイド)で身を飾っていた。

 嬉しそうにその場でくるりと回る彼女をベルは微笑ましそうに目を細める。

 

「ヴェルフ様、魔剣を持っていくのですか? それから、そちらの剣も」

 

「ん? まあ、一応。今の俺が戦力になれるとしたら魔剣ぐらいだしな。それとこいつは……ヘファイストス様に肌身離さずに持っておいた方が良いって言われたんだ。どっちもあんま頼りきりにならないようにはするが……」

 

 ヴェルフが大剣の柄に触れると剣身が嬉しそうに紅い光を放つ。

 それを目にしたリリが自分の目を疑うように何度か瞬かせてもう一度、大剣を見つめたが、もう光を放つことはなかった。

 

「なあアルテミス。ボク達はここからどうしたらいいんだい?」

 

「っ! えっと……すまない。私も何も聞いていないんだ」

 

 ヘスティアの呼びかけに雲に隠れた『月』を見上げていたアルテミスは肩を跳ねて振り向く。

 困ったように眉を下げて笑う彼女を見て、じゃあヘルメスか、とヘスティアは振り返ろうとして……突然噴き上げてきた豪風に一瞬体を浮かせた。

 

「うわわわわっ!?」

 

「神様!」

 

「お、来た来た」

 

 宙に浮いたヘスティアを地面に落ちる前に抱き留めたベルは腕の中のヘスティアともども空を見上げる。それに続いてヴェルフ達とアルテミスが風の行方を追って、空から舞い降りてくる奇妙な影に目を見開いた。

 

「ハッハハーーーー!!」

 

「あれは……象?」

 

「い、いや、あれは……ガネーシャだ!!」

 

 シュタッと華麗に外壁の上に着地した男神ガネーシャは奇妙なポーズをとる。

 そして、仮面から覗く口元に笑みを浮かべた。

 

「そう!! 俺が、ガネーシャだ!!」

 

 よく通るガネーシャの声が響き、それからすぐに彼の背後に数体のモンスターが降りてくる。

 一瞬警戒するように身構えたベル達だったが、ガネーシャが……調教師(テイマー)が多くいる【ファミリア】の主神が連れてきたその意味に気が付くと、誰からともなくあっ、という声を上げた。

 

「もしかして、この子達に乗っていくのかい?」

 

「ああ、前もって……それこそオレがダンジョンに行くよりも前にガネーシャに頼んでおいたんだ。ここから依頼地はかなり遠いからね」

 

「この竜達は孵化した時からテイムを施してある。誰の言う事も聞くし、よく鍛え上げられているのは保障しよう!! この子達に乗っていけば、普通ならば一か月と言うところをおよそ三日で辿り着くことができるだろう!!」

 

(ダンジョンに行く前から……?)

 

 顔をすり寄せてくるモンスター達に唯一気を取られていなかったヘスティアは、ヘルメスが零したある言葉を拾い上げた。

 彼はそれに気付いているのかいないのか、どちらとも取れそうな態度で佇んでおり、一切感情を悟らせようとしていない。

 問い詰めるか問い詰めないか、迷ったヘスティアは……問い詰めないことを選択した。

 

(アルテミスの事とはいえ、ダンジョンの中で関係がなかったからおくびにも出さなかっただけだ。きっと、深い意味はない)

 

 そう考え、ヘスティアは違和感のみを頭の片隅に残し、静かに思考を切り替えた。

 この選択が、彼女と一人の眷属にとって取り返しのつかない選択になることを露も知らずに。

 

「なあ、数足りて無くないか?」

 

「ぶっちゃけ、揃えられなかった!! 速度を出すとなると負担がかかってしまうからな!!」

 

「というわけでこの二匹に二人ずつ、この大きな一匹に三人が乗ってくれ」

 

 どういう組み合わせで乗るべきかなどと話し合っていると、いつの間にかアルテミスに連れられてベルは一匹の竜と戯れていた。

 大体の者が一緒に乗りたがるベルの相手が決まったとなると後はとんとん拍子に進み、

 

 ベルとアルテミス。

 アスフィとヘルメス。

 ヴェルフとリリとヘスティア。

 

 この組で特に揉めることもなくそれぞれ竜に乗ることになった。

 

「行ってらっしゃーーい!!」

 

 ガネーシャのよく響く声に見送られ、ベル達は冒険者依頼(クエスト)の地へと向かうのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「大丈夫ですか?」

 

「えっ?」

 

「暗いし、高いし、あとは乗ってる竜とか……怖くないですか?」

 

 オラリオを発ち、飛行が安定したところでベルは前に座るアルテミスに声を掛ける。

 ベルの言葉に彼女はキョトンとした顔をして、すぐに小さく微笑んだ。

 

「初めての事なんで、実は僕もちょっとドキドキしてるっていうか……」

 

「……ふふ」

 

 振り向いたアルテミスにベルが茶化すように笑うと彼女は少年の胸にそっと頭を預けた。

 慌てるベルの様子を雰囲気と胸の中から聞こえてくる鼓動で感じ取り、彼女は瞳を閉じる。

 

「鼓動が早くなってる。これがドキドキというのか……?」

 

「そうですね。それと、今の僕はワクワクしてるとも言います」

 

 不意のアルテミスの甘えるような行動にもベルは動じず、それを見たヘルメスが帽子の下で目を細める。二人を見ているとふと、自分達の乗る竜が前方から賑やかな声を響かせてくるヘスティア達の乗る竜から離れ始めたことに気が付いた。

 つかず離れず、前を行く彼等に決して悟られず、声が届かない距離に辿り着いたその時、ヘルメスの背後から声が落とされる。

 

「これでいいでしょう。私の質問に答えてもらいます。もう逃がしませんよ、ヘルメス様」

 

「おいおい、逃げるだなんて人聞きが悪い。お前からの質問ならオレはいつだって────」

 

「何故あのような愚行をなさったのですか?」

 

 煙に巻くようなヘルメスの言葉を遮り、アスフィはあの日の疑問を彼に問う。

 彼女が問いたのはあの日、即ち18階層で彼が冒険者を焚きつけ、それが失敗するや否や自らの姿を晒し、自分が事件の首謀者であると明かしたふざけた真似の事である。

 

「はぐらかすことは許しません。神ヘスティアが貴方を問い詰める前に、せめて私には教えてください。何も知らなければ、貴方を庇おうと思っても、庇うことすらできない」

 

「…………」

 

 アスフィの言葉に耳を傾けながら、ヘルメスは前方に目を向ける。

 前を飛ぶ一回り大きな竜。そこに乗っている一柱の女神。その女神は、眷属達と神友と賑やかに話をしながら、時折鋭い眼差しを同じ神である自分にしかわからない程度に向けて来ていた。

 

「色々とバタバタしたせいでまだ何も話せてはいないのでしょう? ならば、今の内にあの日の貴方の真意を教えてください……どうか、お願いします」

 

 眷属の心からの懇願にヘルメスは帽子の鍔に触れ、瞳を閉じる。

 アスフィが待つこと数秒。帽子を脱いだ男神は口を開いた。

 

「彼の力を確かめたかったから……これは言ったっけ?」

 

「はい」

 

「まあ、大本はそこさ。多少乱暴になってもあの少年の力をこの目で確かめたかった。階層主を一人で討伐したなんて話を聞かされたら尚更ね」

 

 驚異的な速度で成長し、さらに馬鹿げた偉業を成し遂げた未完の少年。

 娯楽が入っていることは否定しないが、人や噂から聞くのではなく、彼の少年の本当の力をこの目で確認したかった。

 

「あの時の彼等では力不足ではあったけど、あの子の力の片鱗を見ることはできた。そこで満足したかったんだけど……少し欲が出た」

 

「欲……?」

 

「ああ。もしもあの場で、『(オレ)』が元凶だって知ったら、ベル・クラネルはどう動くんだろうってね。まあ、まさか斬りかかってくるなんて全く思ってなかったけどね!」

 

 ────嘘だ。

 

 その言葉だけは間違いなく嘘だと、そう断言しようとした声を彼女はかろうじて飲み込んだ。

 そんな事を口走り、苦笑するヘルメスを何も知らない者が見れば、百人に百人がそれを信じただろう。かくいう彼女もあの笑みを知らなければ、間違いなくそれを信じていた。

 あの笑み────下界の子供に斬られそうになったというのにその子供を慈しむかのように、目の前の男神が浮かべていた超然的な笑みを見ていなければ。

 

「予定とは大きく変わったけど、彼の力は十分見れた。オレのせいで色々と苦労をかけて悪かったな、アスフィ」

 

「…………謝罪は私にではなく、ベル・クラネルと神ヘスティアに」

 

「それはもちろん。どんな罵倒も、誹りも、罰も、オレ一人で甘んじて受け入れるよ」

 

 未だ底が知れない主神にアスフィはそれ以上追求することができなかった。

 彼が語ったその言葉の一部を信じ、話したかったことはこれで終わりだと示すように、少し前を飛ぶ竜達との距離を詰める。

 

「内緒話は終わったかい?」

 

「ああ、バッチリだ」

 

「ふん。言っておくけど、ボクはまだ君の事を許したつもりはないからな。アルテミスの為に今は協力するけど、必ずキミの神意は話してもらう」

 

 ヴェルフとリリの額に冷や汗が浮かぶほどの圧を以て、ヘスティアはヘルメスを見据える。

 それを受けた男神は一つ頷き、唇に微笑を纏った。

 

「……と、ところで、ヘルメス様」

 

「ん?」

 

「目的地ってどこなのですか?」

 

 神々の間に声を詰まらせながら入ってきたリリに緊張が高まっていた空気がわずかに緩む。

 彼女の質問に帽子を被り直したヘルメスは前を向く。それに続き、リリ達も前を見た。

 

「目的地は、オラリオから遥か離れた大陸の果て。大樹海の秘境に存在するエルソスの遺跡だよ」

 

 地平線の彼方から朝日が覗き始める。

 朝日が立ち昇る穏やかな空を渡り、彼等は目的地である大陸の果てに向かうのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「いやぁー、いい風だなぁ~。いつまででも翔んでいられるねぇ~」

 

「いい風というのは認めますが……」

 

「これじゃ景色を楽しむのも一苦労だぜ。なぁ、ベル」

 

 ヘルメス様の言葉に何処かがっかりしたような二人の様子に思わず苦笑する。

 ヘルメス様の言う通り、確かに風はすごく心地が良い。だけど、ヴェルフが言っていたように景色を楽しむということはあまり出来ていないかもしれない。

 その理由は僕達が乗っている竜にあった。

 

「速過ぎて景色を見ようとすると微妙に酔っちまう。せっかくの遠出なのになあ」

 

 それは速さ。

 目的地であるエルソスの遺跡に急いでいるためか、竜の翼の羽ばたきはとても力強く、そこから生まれる速度もまた素晴らしい。

 周囲の景色が楽しむ前に次から次へと変わっていってしまうほどに。

 

「仕方ないよ、ヴェルフ。目的は冒険者依頼(クエスト)で随分と遠いみたいだし」

 

「そうは言うがよぉ……まあ、ここ数時間は森しかないからまだいいんだが……」

 

 会話は出来るけど逆に言えばそれだけしかできない。

 げんなりとした顔で下にある森を見るヴェルフにもう一度苦笑を浮かべていると、前に座っていたアルテミス様の体が跳ねた。

 何かを見つけたかのように木に覆われている地上を見たアルテミス様は勢いよく振り向いた。

 

「下へ!」

 

「えっ?」

 

「早く!」

 

 焦った様子のアルテミス様の姿に慌てて竜を下へ向かわせる。

 森と森の間、人や獣が十分に通れるほどの道に竜を飛び込ませると、アルテミス様は竜が背負っていた鞄から弓と数本の矢を取り出し、木と木の間目掛けて放った。

 

「!!」

 

 鋭い複数の矢が森の中に潜んでいた黒い何かを掠めた。

 不安定な竜の背という場所から放たれる正確な弓さばきに驚くのも束の間、そこにいたモンスターに顔が強張る。

 見えたその姿は紛うことなき、モンスター。木の間を駆けるその速度から最低でも『中層』最上位、下手をしたら『下層』域に生息するモンスターに匹敵する潜在能力(ポテンシャル)があるかもしれない。

 

「そのまま回り込んで!」

 

「はい!」

 

 アルテミス様の指示に合わせ、手綱を操り、回り込む。

 凄まじい速度で移動する黒いモンスター達を目掛けて、再び正確無比な射撃が行われる。的確に胴体や足を矢が貫き、モンスター達の苦悶に似た声が響き渡った。

 だけど、喜ぶことは全くできない。目の前に広がる光景に僕達は同時に目を見開いた。

 

「人!?」

 

 森の中から開けた場所に飛び出してきたのは母親を支えながら走る子供。

 その後ろから迫る大量の……黒い蠍のようなモンスター。

 

「くっ……」

 

「アルテミス様!?」

 

 竜を地上へ近付けたその瞬間、アルテミス様が地上に降りる。

 慌てて軌道を変えるが、僕が手を伸ばすよりも早くアルテミス様は短剣を構え、モンスター達の前に躍り出た。

 

「終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に────駄目だ、モンスターと三人が近い……!」

 

 魔法は使えない。剣も間に合わない。アスフィさんとヴェルフ達はまだ空にいる。

 練り上げようとした魔力を霧散させ、倒れたアルテミス様を囲もうとするモンスター達に僕は走った。

 黒い蠍の爪が断頭台の刃の如く、持ち上がり、アルテミス様を狙う。

 

(間に合わない……っ!?」

 

 アルテミス様の危機を察知したその時、背中に背負っていた『槍』が熱を帯びる。

 まるで、自分を使えと僕に知らせるように。

 

「っっ、間に合えええええええっ!!」

 

 腰に佩いた黒剣ではなく、『槍』を引き抜いた僕はアルテミス様を狙う黒い蠍に目掛けて、『槍』を全力で投げつけた。まず一体を倒し、時間を作るために放たれた一槍。

 投擲された『槍』を追いかけ、剣を抜いた僕はそれを見た。

 

 地を走る『槍』を包むように不思議な光が生まれ、同時にその周囲にどこかで見たことのある文字が浮かんだ瞬間を。

 

「えっ?」

 

「なんだ!?」

 

「……うそ」

 

 空からヴェルフ達と神様の声が聞こえてきたけど、それよりも目の前の光景に言葉を失った。

 少し離れた場所に突き刺さる『槍』。それが通った道には何も残っていなかった。

 地面を深く抉り飛ばし、黒い蠍の全てを跡形もなく消し飛ばした『槍』は存在を主張するようにわずかに光を放ち、沈黙した。

 

「……すげぇ」

 

「あれが、槍の力……」

 

 降りてきたヴェルフとリリの声にはっとした僕は土を払うアルテミス様に駆け寄った。

 彼女が追われていた家族に振り返ると母親の方が感謝を告げるように深々と礼をする。見た所、命に関わる傷はなさそうだ。

 

「アルテミス様、大丈夫ですか?」

 

「ああ……」

 

 母親に抱き着く子供を微笑ましそうに見ていたアルテミス様が僕の言葉に不思議そうな顔をする。何故、自分が心配されているのかわからない、そんな表情だった。

 

「……あまり無茶をしないでください、アルテミス様」

 

「無茶……? 何故だ?」

 

 その表情に何故か少し……本当に少し、イラっと来てしまい、思わず語気が強まる。

 ただ、自分が無茶をすることが当たり前だとでもいうような声音に強まった語気が弱まり、逆に言葉に詰まらされてしまった。

 

「そ、それは……アルテミス様が、女の子だから、です」

 

「…………?」

 

「女の子は守るものだって、お祖父ちゃんが言ってて、だからその……」

 

 突然自分は何を言っているのだろうと冷えていく頭とは裏腹に顔に熱が集まっていく。

 さっきよりずっと不思議そうにするアルテミス様の顔もそれに拍車をかけていた。

 顔を赤くして僕が言葉を探していると、アルテミス様が目元に涙を浮かべるほどに笑い出した。

 

「ふっ……あはははははっ。そんなことを言われたのは初めてだ」

 

 浮かんだ涙を指で拭い、アルテミス様は上品な笑みを浮かべる。

 そのままどこか自慢するように笑みを深めた。

 

「こう見えて、私はヘルメスやヘスティアよりもずっと強いのだぞ?」

 

「それでもですよ」

 

「アルテミス! ベル君!」

 

 微笑みを纏ったアルテミス様が頷いてくれたことに安心と少しの不安を覚えていると、竜の背から降りた神様が駆け寄ってくる。

 

「ふたりとも無事かい!?」

 

「ああ、平気さ」

 

 バタバタと勢いよく近付き、僕とアルテミス様の全身をくまなく見た神様は安堵の息を吐く。

 

「はぁ……君が強いのはよく知っているけど、無茶しないでくれ」

 

「今、貴方の子供にも同じことを言われてしまったよ。二人は似ているな」

 

 微笑ましそうに僕達を見るアルテミス様の瞳にまた顔が熱くなる。

 嬉しいことだけど、面と向かって言われると少しだけ気恥ずかしいというか。

 ただ、神様が自慢げにそうだろうそうだろう、と言うように頷いているのを見ると、気恥ずかしさよりも嬉しいという感情がずっと強くなってくる。

 神様(おや)に似ていると言われることは、僕にとってとても嬉しいことだった。

 

「あの、本当にありがとうございます。なんてお礼を言えばいいか」

 

 話に一段落をつけた僕達はモンスターに追われていた母親に事情を聞くことにした。

 ちなみに一緒にいた娘さんはリリが預かってくれている。

 

「いえ、そんな」

 

「あんた達、あのモンスターを知ってるのか?」

 

 お礼を告げてくる女性に小さく頭を振って、ヴェルフの質問の答えを待つ。

 何か情報を掴めれば、と思っていたのだけど、女性は首を横に振っていた。

 

「いいえ……辺りの村も襲われていて、私達もいきなり……」

 

「そうか……ベル、あんなモンスター見たことあるか? 少なくとも俺はない」

 

「僕も……オラリオの外だから、とか?」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる女性を神様が慌てて止めにかかる間、すぐ横……『槍』で抉り飛ばした地面に近付く。

 だけど、見事なまでに魔石どころかモンスターの素材、破片、灰の塵一粒も残っておらず、『槍』の威力を再認識させられるだけとなった。

 

「ベル君」

 

「はい……っ!」

 

 何も得られないとわかり、立ち上がった僕にヘルメス様が肩を組んでくる。

 顔を上げると口元に微笑、その瞳に酷く真剣な光を宿したヘルメス様と目が合った。

 

「危ないから、あまり『槍』は使わないでくれ」

 

「えっ?」

 

「威力は分かっただろう? 下手に使えば、周りを巻き込む。だから、本当にまずい時以外は使わないようにしてくれ…………それに、気付かれたくないしね」

 

 そう言って、有無を言わさず離れていったヘルメス様に思わず呆然とした表情が浮かぶ。

 僕に対する忠告というか願い、その中にあった何かに対する警戒。感じ取れた感情、特に後者の感情にその場で考え込んでいると、神様が呼ぶ声が聞こえてくる。

 生まれてしまった疑念を払いきれないまま、僕は神様達のところに戻った。

 

 頭の中では黒い蠍を消し飛ばした時に見えた謎の光が浮かんでは消えていっていた。




ここまで見ていただきありがとうございました。
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