「さようならー、神様ー! ありがとー!」
大きく手を振って去っていく少女と何度も頭を下げる母親を彼等は見送る。
その姿が見えなくなり、声も届かないところまで離れたのを確認したリリは笑顔から一転、ジトっとした目でアルテミスを見据えた。
「人助けはいいのですが……食料を全部渡してしまってどうするんですかー!」
「残りはパンだけだな……」
きょとんとした顔をするアルテミスにリリが声を荒げる。
その後ろで食料が入っていた袋を覗き込むヴェルフと目の前で怒るリリを交互に見た彼女は口元を綻ばせた。
「私は食べなくても大丈夫だ」
「アルテミス様は良くてもリリ達はすっかり空腹なんです!」
鮮やかな茜色の夕陽に照らされたまま、大丈夫だと言うように頷いた女神にリリは可愛らしくお腹を鳴らして飛び掛かろうとする
飛び掛かる前にヴェルフに首根っこを掴まれ、阻止されたが、持ち上げられたまま子供のようにじたばたと手足を振り回す彼女の姿と言葉、それから苦笑を隠せないベルとヴェルフの姿にアルテミスはハッとしたように顔を青ざめさせた。
「申し訳ありませんでした!」
そして、慌てた様子でその場で地面に額を……つまり土下座を敢行した
「なんなんですか!? このポンコツはッ!?」
「おいおい、一応女神様だぞ……」
「女神様だろうと、ポンコツはポンコツです! ポンコツを司るポンコツ女神です! もう少し真面目な時の……ヘスティア様を何でもありません!」
昂ってしまった感情のまま、思わずあることを口走りそうになってしまったリリは言葉の勢いをさらに加速させ、誤魔化す。
熱くなる頬と落ち着き始めた感情がすぐそばにいるヘスティアが嬉しそうにニヤニヤと笑っているのを伝えてきたが、彼女は決してそちらを振り返ることはしなかった。
「ふふっ……それはそれとして……なんでこうなったのかなぁ?」
笑みを一旦納め、困ったように腕を組んだヘスティアは未だ土下座を続けるアルテミスを見る。
微妙な表情のヘスティアに並んだベルはそこまで違うのか、と彼女に問う。
「ん、まあね。怖いくらいに毅然としていて、女傑というか……」
「天界では沐浴を覗かれただけで、『恥を知れ! この豚ども!』って罵ってくれたっけなあ。いやぁ、懐かしい懐かしい」
「君がその覗きの主犯格の一人だってこと、忘れたとは言わせないからな」
同調するように頷くヘルメスの所業をヘスティアは低い声で即刻ばらす。
その場にいる四人の眷属から厳しく、そして冷たい眼差しで見つめられても、ヘルメスはどこ吹く風だったが。
「まっ、今日はもう日が暮れるし、ここで泊まって明日の朝出発しよう」
「そうするかー……ちょ、ちょっと待った。それじゃあ食事は……?」
「今日は我慢だなー」
「そ、そんな~。ボクもリリ君と同じでお腹ペコペコなのにぃ……」
がっくりといった様子で両手を地面につくヘスティアにアルテミスが慌てて謝る。
まあ仕方がないかと、夕食抜きの覚悟を固めているヴェルフ達の横でじっと森を見つめていたベルは、食料を渡してしまった時から探していたある物をようやく見つけた。
「……うん、なんとかなるかも」
『えっ?』
全員の視線がベルに集まった。
ベルは森の中、一本の木を指差して視線をそこに集中させる。
そこにあったのは、いくつかの大きな木の実だった。
「はい、出来ましたよ。といっても、熱して調味料を加えただけなんですけど」
『おぉ~』
すっかり夜の闇に包まれた空。
その下で焚火を囲んだベル達は数時間前、ベルが見つけ、全員で集めた木の実を食していた。
「なるほど、マサラの実か。熱すると中の果肉が溶けて芳醇な果汁となる。これだけでも美味だというのにそこにベル君が特別に合わせた調味料を加えることで、さらに味が増した。よくこんな食べ方を知っていたなぁ」
「残っていた調味料でこんな味を出すとは……やはり侮れません」
「すごいです、ベル様!」
全員からの称賛の嵐に流石にベルは照れくさそうに頬を指で掻いた。
「オリオン、貴方は博識なのだな」
「いえ、そんなことは……オラリオに来る前に、僕のお祖父ちゃんと……えっと、お祖父ちゃんにこういうのをいっぱい教えてもらって……みんなの役に立てたのなら…………?」
アルテミスの言葉に謙遜したベルは、彼女が食事を摂っていないことに気が付いた。
ベルの視線が自分の手に移ったことに気が付いたアルテミスはスプーンで果汁を掬う。
「ほら、オリオン。あーん」
「ええっ!?」
誰よりも早く空になった器の実とベルの視線に何かを勘違いしたのか、アルテミスはスプーンをベルに差し出す。
慌ててベルは首を横に振ったが、アルテミスは差し出したまま首を傾げるだけだった。
「どうした? 欲しいのではなかったのか?」
「ち、違いますよ! あ、アルテミス様が食べていないことが気になって……もしかしたら口に合わなかったとか、匂いがダメだったのかなって思っちゃって……」
「ああ、そうだったのか。そういうわけではないんだが……私は…………」
「……?」
その言葉にアルテミスはスプーンを実の器に戻し、一瞬、悲しそうな表情を浮かべる。
ベル以外は気付いていない、ほんのわずかに浮かんだその表情。
どうしたのかと、声を掛けようとしたベルだったが、ややあってアルテミスがマサラの実を静かに食べ始めたのを見て、声を掛けるのをやめた。
「それにしても……あのモンスターはなんだったんだ?」
「蠍型のモンスターはいますが、あれは見たことがありません」
全員の食事が終わり、一段落がついたところで先ほど出会った黒い蠍について切り出した。
事態を知っていそうなヘルメスに視線が集まる。
「近くの村を襲っているってあの子達から聞いたけど……」
「…………ことの始まりは、モンスターの異常な増殖が確認されたことだった」
視線を受けたヘルメスはそれに応えるように静かに話し始めた。
「原因を調べるために多くのファミリアが遣わされたが……全て消息を絶った。場所は彼の地エルソス。そこの遺跡には、ある封印が施されていた」
「封印……? そこに一体何を封印していたんですか?」
「陸を腐らせ、海を蝕み、森を殺し、あらゆる生命から力を奪う」
「古代、大精霊達によって封印されたモンスター……名を、【アンタレス】」
神妙な顔をする二人の神に自然と緊張が高まる。
古代の大精霊による封印。それが意味するものをこの場にいる眷属の中で誰よりも知っているベルは一人、息を呑んだ。
「奴は長い時をかけて深く、静かに……
続いた言葉に、ベルに遅れてヘスティア達が目を見開き、息を呑む。
目を閉じ、苦渋の表情を浮かべるアルテミスにヴェルフは震える唇を開き、言葉を紡ぐ。
「そんな化け物が、封印を破ったって……」
「それじゃあ……」
「ああ、今回の件が届いたウラノス……オラリオもこれを重く受け止めていてね。オレのファミリアを派遣したんだ」
んっ?、とヘスティアがヘルメスの話を聞いて首を傾げる。
それに気付かずに男神は話を続けた。
「そこで同じ目的で赴いていたアルテミスと出会った……そして、オレ達だけの手に負えるような問題じゃないと判断して、援軍を呼ぶためにオラリオに戻ってきたというわけさ」
「ちょっと待った」
そこまで聞いて首を傾げ、顎に手をやっていたヘスティアが待ったをかける。
今度はヘルメスが首を傾げ、どうかしたのかと彼女の言葉を待つ。
「ええっとだね、その話に直接関係するようなモノじゃないんだけど……そんな重要な問題があったのにどうして君はアルテミスを置いてベル君を探しに行こうとしたんだ?」
そんな大問題を放置して自分の好きなように動くのは、同じ神の目線から見たとしても神の娯楽というには度が過ぎている。
加えて、ヘルメスがそんな問題を放置してまで自分の目的を優先させるような神ではないという事をヘスティアは知っていた。
その真意を聞かなければ駄目だと神の勘が騒いだ女神はそれを聞かずにはいられなかった。
「それにそんな大変な事件なら、どうしてリリ達のような人が少ない【ファミリア】を選んだのですか? もっと人が多くて、強い【ファミリア】はいくらでもいたのに……」
「…………」
隣にいるアルテミスと一度視線を交わしたヘルメスは帽子の鍔を少し上げ、その橙黄色の瞳で焚火を挟み、自分の正面に座っているベル達を……いや、ベル一人を見据える。
「まずリリちゃんの質問に答えるよ。何故他の【ファミリア】に援軍を要請しなかったのか……答えは簡単。無駄だからさ」
「……無駄?」
「ああ……アンタレスは、あの『槍』でなければ倒せない。どれだけ強い存在が……例えば、古代の大英雄がいたとしても、今のアンタレスは倒せないんだ」
体を掻き抱き、絞り出すようなアルテミスの言葉にベル達は言葉を失う。
その中で、勇壮な彼女の姿ばかりを見ていたヘスティアの驚愕は一入だった。
「次にヘスティアの質問だが……地上には誰もいなかったからさ。『槍』に選ばれる人間がね」
「『槍』に選ばれる……」
「その日、地上にいた冒険者達をアルテミスが
木に立てかけられた『槍』にヘルメスは目を細め、すぐに頭を振る。
「フレイヤ様でダメならロキの所だと思ったんだが……タイミングの悪いことに【
「……つまりお前は、ベル君達を助けるのは二の次で、ロキの子供達に会うためにあんなことをしたって言いたいのかい?」
「いいや、それは違う。むしろ…………いや、悪いがこれ以上はここでは話せない。機会があれば、
怒りが滲むヘスティアの声にヘルメスはすぐに否定し、真意を語ろうとしたが、眷属達の姿を見て口を閉じる。彼の真剣な眼差しと少し前、ダンジョンの中で彼が語った言葉を思い出し、一つ不満げに鼻を鳴らしてヘスティアはそっぽを向いた。
「すまん、ヘスティア。それと子供達」
「いえ……今はそれよりも話の続きをお願いします」
「ありがとう。ダンジョンに潜ってロキの子供達になるべく早い帰還を頼めたまでは良かった。だがアルテミスが見た限り、【ロキ・ファミリア】の中にも『槍』に選ばれる子供はいなかった。そして、オラリオには選ばれる子供がいないのかとオレ達が結構参っていた時に、君が現れたんだ」
男神と女神の視線が白髪の少年に注がれる。
男神はその表情を悟られないように帽子を目深に被り直し、女神は眩しいモノを見るように目を細め、小さく笑っていた。
「────なぁに、大丈夫! 『槍』さえあれば、全て上手く行くさ!」
張り詰めた雰囲気を一新させるように手を叩き、明るい笑顔を浮かべるヘルメス。
楽観的な彼の様子は、酷く緊張した子供達にはちょうど良かった。
「ほら、話はここまでにして、明日に備えてもう寝よう」
睡眠の為の天幕の準備を始めたヘルメスに少し遅れて、ヴェルフ達とアスフィがそれに続く。だが、ベルは最後まで動けなかった。
木に立てかけられた『槍』を見つめる少年の脳裏に神々の言葉とどこか悲しげで申し訳なさそうな表情が、色濃く焼き付いていた。
「────こうして、ボクとベル君は出合えたんだ」
用意された天幕、二柱の女神が並んで、魔石灯の光に照らされながら話をしていた。
語り手はヘスティア。語ったのは最初の眷属との出会い。
「あの子と出会ってから目まぐるしく時は過ぎてね。あの子はどんどん強くなるし、すぐに二人目の眷属……リリ君も【ファミリア】に入って……慌ただしかったけど、楽しい日々だった」
これからもそうなることを願ってるよ、と笑うヘスティアの顔をじっと見つめていたアルテミスは小さく笑った。
「良い眷属を持てたのだな。私以外の相手にそんな表情をするのは少しだけ妬けてしまうが、一人の神友としては、とても喜ばしい」
「妬けるって……まあ、あの子達が良い子だってことは心の底から同意するけど、あげないぜ?」
彼女にしては珍しい感情を露わにしたことに苦笑し、すぐに大切な眷属を良い眷属だと褒められたことにヘスティアは微笑んだ。
嬉しそうなヘスティアに目を和らげていたアルテミスはふと、気になったことがあったのか、迷うような素振りを見せ、決心したように彼女の瞳をまっすぐ見つめ、ある質問をした。
「……ヘスティア」
「ん、なんだい?」
「貴方は……オリオンの事をどう思っているんだ?」
突然の直球の質問にヘスティアは目を見開き、動揺する。
まっすぐ見つめてくる彼女の無垢な子供のような
「ボクの宝物、かな」
「宝物?」
「うん。リリ君も同じように愛しているけど、やっぱりボクにとってベル君は特別な子なんだ。誰の目にも止まらなかったボクを見つけてくれた最初の子供。あの子がいなかったら、ボクの下界神生はすぐに終わっていただろうね」
思い浮かべるのは自分達が初めて出会ったあの日の光景。
【ヘスティア・ファミリア】の始まりの瞬間。
眷属達を想い、これ以上ない慈愛をその瞳に宿したヘスティアに、アルテミスは軽く目を見開き、天幕の天井を見上げた。
「そうか……本当に大切な眷属なのだな」
「……アルテミス?」
視線を上に向けたアルテミスに、ヘスティアは怪訝な顔をする。
どこか謝意が込められているようなその声音にヘスティアは彼女に手を伸ばして……
「私は彼といると、胸がドキドキするんだ……」
爆弾発言を放ったアルテミスに度肝を抜かれた。
「な、なぁ!?」
「なんなのだろう、この気持ちは? ヘスティアが彼に向ける感情とは違うと思うのだが……」
勢いよく起き上がったヘスティアの驚愕した様子に横になったまま、アルテミスはキョトンとした顔をする。
胸に芽生えている感情……想像通りの感情ならば、個神的にはとても複雑かつ神友が悲しむことが確定する事態にヘスティアは百面相を繰り出した。
「そ、その感情は……」
「ヘスティアは知っているのか?」
「…………し、知らない、よ?」
そして、何も言えずに微妙な表情のまま、ゆっくりと横になり直した。
そんな自分に特に疑問を覚えることもなく、そうか、と納得したアルテミスだったが、ヘスティアの胸中はそれはもう荒れ狂っていた。
「き、君はそういうの駄目じゃなかったかな?」
「……そうだったか?」
本当にその感情、アルテミスが忌み嫌う恋愛に関する感情に気付いていないのかと、質問したヘスティアは彼女の表情にやはり気付いていないのだと、確信し、この話題を変えようと次の話題を探した。
「そ、そういえば……今、君の【ファミリア】はどうしたんだ? 君達と一緒にオラリオには来てなかったみたいだけど」
「……ここにはいない。だが、私の帰りを待っている……」
「そっか……」
眷属が恋しいのか、寂しそうに呟いたアルテミスをヘスティアは抱きしめる。
不変の神々だというのに、価値観が変わった彼女を抱きしめながら、二人は共に眠りについた。
「…………ままならないなぁ」
彼女達の天幕から少し離れた木。
その上で夜を照らす『月』を見つめていたヘルメスは、これから確実に起きてしまう出来事に思いを馳せ、そう呟いた。
「オラリオから出られへんってどういうことや?」
場所は変わり、【ロキ・ファミリア】
机に座るフィンの言葉に主神であるロキは怪訝な声を上げていた。
「ギルドからの命令らしい。僕達だけでなく、全ての【ファミリア】はオラリオの中にいるように厳命されてしまったよ」
フィンがひらひらと遊ばせる一枚の羊皮紙を奪い取り、その内容を穴が開くほどに見たロキは訳が分からないと紙を机に叩きつける。
書かれていたのはフィンの言う通りのギルドからの命令に加え、それを破った【ファミリア】に課せられる特大の
ギルドの強権を振りかざすその
「うちらはメレンに用があるっちゅーねん!」
「当然、中止。もしくは延期だね」
「あんのクソボケ共がーーーッ!! 計画を台無しにしおってッ!!」
ロキの声が響く執務室の扉から続くバルコニー。
アイズは二人のやり取りを聞きながら、空を……『月』を見上げていた。
「アイズさん、空がどうかしたんですか?」
じっと空を見上げる彼女にレフィーヤが声を掛け、同じように空を見上げる。
だが、彼女はアイズが空ではなく『月』を見上げていることに気が付かず、首を傾げた。
「ううん……何でもない。行こう……」
「あ……はい」
そんなアイズも夜を照らす『月』を見上げるのをやめ、レフィーヤと共に執務室を抜け、自分達の部屋に戻っていく。
夜空に浮かぶ美しい『月』。その日、彼の『月』が放つ光の違和感に気付けた者は誰一人として存在しなかった。
都市にいた人も神も、誰一人として例外なく。
竜に揺られ、森を越え、湖を越え、山を越え、彼等はそこに辿り着いた。
切り立った崖の間を進む彼等に届く異臭。崖の間から覗く灰色の空。そして、眼下に広がる光景に彼等は絶句した。
「どういうことだ……」
「なんですか、これ……」
竜の羽ばたきが止み、速度を落とさせたベル達は落ち着きなく周囲を見渡す。
広がるのは大森林。だが、ただの大森林ではない。
緑が広がるのはベル達が抜けてきた崖の近くのみ。そこから少し進むと木々は緑を忘れ、禍々しい紫毒色を纏い、彼等を迎えた。
「森が……死んでる……」
────『死の森』。
眼下に広がる森を形容するにはそれ以上に相応しい言葉は見つからなかった。
呆然とそう呟いたベルの言葉にアルテミスは目を細める。
「アンタレスの仕業だ……そして……」
森を見ていたベル達がアルテミスの指の先を見る。
『死の森』の中央。古めかしい遺跡がその先にあった。
「あれがエルソスの遺跡……」
「……あそこに、アンタレスが……」
変容した森の姿に漫然とした不安が彼等の胸中に過ぎる。
地上の姿を変化させるほどの力を持つモンスターを自分達が倒せるのか、と。
「……くっ」
「アルテミス様!?」
言葉が出ず、無言で竜が進む、そんな最中。
アルテミスが苦しそうに自身の胸を抑え込む。
目の前の彼女の姿に慌ててベルが声を掛けるが、それを遮り、アルテミスは天に指を差した。
「……来る……」
「えっ────」
ベルが頭上を見上げる。それに少し遅れてベル達の様子に気付いたヴェルフ達も空を見上げ、そして、目を限界まで見開いた。
「これは……!?」
「よけろぉっ!?」
突如、空から『光』が降り注いだ。
ヘスティアがその『光』に見覚えがあるかのように驚愕に襲われ、ヴェルフの声がその驚愕を遮る。それぞれが全力の回避行動を取ろうとしたが、それよりも先に無数の『光』が三体の竜に襲い掛かった。
「くそっ!?」
アルテミスの行動のおかげで誰よりも早く気付けたベルの竜でさえ、かわし切ることが出来ずに被弾し、地上に向かって落下を始める。落ちた先は禍々しい大森林の内側。
「大丈夫ですか、アルテミス様!?」
「っああ」
全力で回避したおかげか、それともあの『光』に殺傷能力がなかったのか、落下した時に負った擦り傷程度で済んだベルは共に墜落したアルテミスに駆け寄る。
呼びかけにすぐに反応した彼女に安堵の表情を浮かべると同時に、周囲を見渡す。
辺り一面に広がるのは光を通さない紫毒色の葉と枯れたような木々。ベルは夜のように暗いその森の中で唯一頼りに出来る声を張り上げ、ヘスティア達の名前を呼んだ。
「神様! みんなー! すぐ近くにいるなら返事を……!」
「なんとか無事だよ―!」
「私達も大丈夫です」
自分の声にすぐに顔を見せ始めた彼女達の姿にベルは今度こそ安堵の表情を浮かべた。
見た所、軽い傷を負ってはいるようだが、動けなくなるような重傷は誰も負っていない。
「なんなんだ、さっきの光は?」
「おそらく、私を……いや、彼が持つ『槍』を狙ったのだろう」
自分達を庇ってくれたのか、体中を傷だらけにした竜を労わるようにヴェルフ達が撫でていると、アルテミスはポツリと呟く。
それがどういう意味なのかと問いただすより早く、木々がざわめく。
「これは……」
「くっ……やはり気付かれていましたか」
木の間や葉の隙間から覗く毒々しい赤い光。現れる大量の黒い蠍型のモンスター。
「前の奴より、デカくないか?」
「はい……それと、形も違います」
言わずとも二人は理解した。
これら全てがあの蠍型のモンスターの強化種、もしくは上位個体だと。
冗談にもならないその数にベルは『槍』を使おうと手を伸ばすが、その瞬間、騒ぎ出した蠍達に『槍』の使用を躊躇う。
(
この場においてそれが悪手だという事がわかっていても、それを取らなければこの場を犠牲者0で切り抜けることなどできない。故にベルはその悪手を最善手に変えられる隙を探す。
今にも全ての方向から襲い掛かろうとするモンスター達に、一か八か、成功したことがない『並行詠唱』と『高速詠唱』の合わせ技を試みる……その時だった。
「────【
包囲網の一角が炎に包まれた。
目を見開くベル達の視線の先で炎はさらに燃え盛る。
その炎の中、見覚えのある赤い髪を見つけたベルは黒剣を引き抜き、詠唱に入った。
「今のは…………ヴェルフ・クロッゾ、リリルカ・アーデ! 神々を守りなさい!」
「は!? おい!?」
同じくその姿を見つけたアスフィもその炎に合わせ、用意していた
同胞を破壊しつくすアスフィともう一人にモンスターが釣られ始める。奇妙な音を鳴らしながら、二人に殺到する黒い蠍達は足元に広がる翡翠色の光に最期まで気付くことはなかった。
「【レア・ラーヴァテイン】!!」
この場における全戦域、即ち全ての黒い蠍達の足元に展開された
モンスターの標的となっていた二人が戦域から離脱すると同時に、翡翠色の
周囲に存在した黒い蠍は一匹残らず獄炎に呑まれ、木々と共に跡形もなく焼失。天を貫かんばかりに立ち昇った炎柱は周囲に存在する全てを焼滅させ、霧散した。
「もしかしてだけど……私の手助け、いらなかった?」
「いいえ、そんなことないです。貴女が来てくれなければ詠唱は出来ませんでしたから」
魔法によって生まれた広場に女性の声が響く。
範囲外に退避したアスフィと共に姿を現した彼女は人当たりの良い笑顔を浮かべ、ベル達の元まで歩み寄る。
「そう? それなら良かったわ!」
「本当に助かりました。アリーゼさん」
森の奥から現れた助っ人……アリーゼは彼等からのお礼の言葉に嬉しそうに微笑んでいた。
何故、彼女がここにいるのか、それを聞いたベルだったが、ここではまたモンスターに襲われてしまうという事で彼女に連れられて森の奥へ進んでいく。
アリーゼに続いて、森の中を進んだベル達を迎えたのは、侵食がそこまで進んでいない比較的安全な場所に簡易拠点を作り上げた【ヘルメス・ファミリア】の面々だった。
いつも見ていただきありがとうございます。
これからもどうかよろしくお願いします。