二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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真実

 夜が明ける。

 誰よりも早くまだ薄暗い外へと向かうアルテミス。

 その背中をヘスティアは静かに見つめていた。

 

 霧に包まれた野営地の中央に冒険者達が集まる。

 彼等の囲いの中心に立つのはアルテミス。

 

「皆も承知の通り、遺跡周辺はモンスターの巣窟と化している。アンタレスは今、この時も、その力を蓄えている。疑うべくもなく我々の前には途方もない困難が待ち受けているだろう」

 

 彼女の言葉に完全武装した冒険者達の空気がわずかに張り詰めた。

 何度も遺跡への侵攻を繰り返したからこそ、アルテミスの言葉に嘘偽り、誇張がないことを彼等は知っている。

 

「しかし臆するな! 恐れるな! この戦いに敗北は許されないのだから!」

 

 そんな彼等を前にしてアルテミスは眦を吊り上げる。

 この戦いは下界の存亡を賭けた戦いと言っても過言ではない。故に生半可な覚悟しか持てない者は出向かせるわけには行かなかった。

 しかし、冒険者達は表情が強張りはしたものの、弱気になることも臆病風に吹かれることもなく堂々とそこに立っている。

 そんな彼等にアルテミスは一瞬小さな笑みを浮かべた。

 

「それでは、作戦を伝える」

 

 遺跡攻略戦の作戦として、【ヘルメス・ファミリア】の役割は陽動。

 討伐ではなくあくまで引き付けることが目的であり、大量のモンスターを相手に決して無理をすることは許さないとアルテミスは念入りに釘を刺す。

 次に【ヘスティア・ファミリア】……『槍』を持つ少年達とアルテミス。

 陽動部隊が敵を引き付けているうちに遺跡内部に突入。そして迅速にアンタレスを討つ。

 単純だが、彼の怪物を討つことができるのは『槍』に選ばれた者のみ。選ばれし者、即ちベルの動きによってこの先の未来が大きく変わる。

 

「ちょっと待ってください。我々とは……?」

 

「言葉通りの意味だ。あの門は私の神威でなければ開かない。私も共に行く」

 

「アルテミス様……」

 

 危険だ、とつい口走りそうになったベルは彼女と目が合い、口を閉ざす。

 アルテミスの覚悟を正面から受け、ベルは何も言えなかった。

 

「ボクも行くよ……君をひとりにさせるわけにはいかないからね」

 

「なら、当然オレもついて行こう」

 

「…………」

 

 二柱の神の言葉にアルテミスの瞳がわずかに揺れる。

 ヘルメスに泣き言を言いながら詰め寄ったアスフィと冒険者達の笑い声が響いたその時には既に揺れ動くことはなくなっていたが。

 

「特別報酬、期待してるぜ」

 

「もちろん、リリ達もです!」

 

 張り詰めていた空気がわずかに弛緩する。

 神も子供も関係なく、その場にいる者全ての口元に笑みが浮かんだ。

 

「ありがとう、子供達……苦しい戦いになるだろう。犠牲者も出るかもしれない。しかし、成し遂げてほしい…………私達が愛する下界の為に!」

 

 鬨の声が天高く響き渡る。

 各々武器を掲げ、女神の願いに対する返答として思い思いに声を張り上げた。

 

「────うわあああああああああああっ!?」

 

 その直後の事だった。

 森の奥から蠍型のモンスターが襲い掛かってきたのは。

 

「なっ……モンスターが奇襲!?」

 

 モンスターによる完全な奇襲というありえない事態に、決して小さくない動揺が冒険者達の間に広がっていく。

 立て直すべく、ベルとアリーゼがそれぞれ剣を抜き、足に力を込める。

 

「待て! お前達は構うな!」

 

「ああ、予定が早まっただけだ! クラネル、お前は行け!」

 

 だがそれをアルテミスから指揮官として命じられたファルガーとルルネが止めた。

 自分達の事を信じさせるように、迅速な指揮を以て襲われた団員から蠍を引き剥がした陽動部隊は各々の形で進めとベル達に伝えてくる。

 

「ここは俺達に任せて先に行けってやつだよ! 行ってこいベル! アスフィさんとヘルメス様を頼んだぜ!」

 

「……っ、はい!」

 

 彼等の意志を受け、ベル達は前に向かう足を止め、遺跡へと走り出した。

 禍々しい色に染まる木々の間を走り抜け、どこになにがいるかわからないほどに不気味に静まり返る森を抜けた彼等はそれを目にする。

 

「こんな森の奥に……こんな遺跡があったなんて……」

 

「でけぇ……」

 

 枯れ果てた湖の中央、一本の橋によって森と繋がっている巨大な建物。

 あちこちが崩れ、朽ち果てているが彼等の目の前にあるその建物こそが目的地である遺跡。

 かつては栄華を誇っていたのだろうが、その面影は欠片もない忘れ去られた古代の神殿。

 

「……静かね。不気味なほどに」

 

 聞こえてくるのは風に揺られる木々のざわめきのみ。

 あれだけ大量に現れた黒い蠍のモンスターの本拠地の目の前にいるというのにその声は全く聞こえてこない。

 

「油断はしないように。先ほどの奇襲のこともあります」

 

「言われなくてもここまで静かだったら逆に警戒するわ。まるで何もないから入ってこいと言われてるみたいだもの」

 

 アスフィの指摘にアリーゼはその瞳を細め、暗闇が続く遺跡の入り口の奥を見据える。

 見た所、モンスターの影も罠の気配もない。それが逆に彼女の警戒を最大まで高めていた。

 

「アリーゼとベル・クラネルを先頭に、神々は中衛の位置で私が護衛します。貴方達は後方の警戒を…………行きましょう」

 

 隊列を組み、ベル達は大口を開く遺跡へと歩を進める。

 中に入るとしばらく暗闇が続いたが、少し進むと徐々に青白い光が左右の壁及び天井と床から放たれ始める。

 アルテミス曰く、封印の光。彼女の最も古き眷属が災厄を封ずるべく施した古代の封印。

 光に照らされながら何者にも邪魔されることなく、彼等は歩き続け、やがてある扉に辿り着く。

 

「ここが封印の門よ。ここまでは何度も辿り着いていたのだけど、この先に行くことは一度もできなかったの。もちろん扉の中を見ることもね」

 

 見上げるほどに巨大な門は何者も通さぬとばかりの威容を放っており、試しにベルが黒剣で扉を斬りつけてみたが、傷一つつくことはなかった。

 

「話した通り、この門を開くことが出来るのは私のみ。力尽くで開かれるようなことがあれば、この世界は瞬く間に終わりを迎えてしまうからな」

 

 門の中央、三日月と矢がまるで弓矢のように刻まれている紋様にアルテミスが手をかざし、神威を解放する。

 彼女の手のひらから光となって神威が注がれると、何をしようともビクともしなかった門は重々しい音を立ててひとりでに開いていった。

 その先に待っていたのは、歴戦の冒険者(アリーゼ)でも驚愕に目を見開いてしまうほどに不気味で、異常な光景だった。

 

「な、なんだこりゃあ……!?」

 

「これは……まさか……!?」

 

 目の前に広がったのは石造りの遺跡の壁や床……などでは当然ない。

 その扉の先は、床も壁も天井さえも隙間なく、気味の悪い肉のような物に侵食されていた。

 

「神殿に寄生してる……これ全部あのモンスターの卵よ!?」

 

「……っ、出口が!?」

 

 動揺したアリーゼの声が響くと同時にぐちゃぐちゃと気味の悪い音が後方から響く。

 振り向くと退路を確保するべく開いたままにしていた出入り口が赤黒い肉によって塞がれようとしていた。

 俄かに動揺が広がるベル達に追い打ちをかけるように天井や壁に張り付いている卵が蠢く。

 

「クソ……まさか、この卵の全部が孵化できる状態!?」

 

 最悪の想像を口にしながら、ベルは剣を構えた。

 それに続いて構えようとする彼等を待つことなく、ボトリ、ボトリと次から次に黒い蠍型のモンスターは産まれ続ける。

 産まれ落ちたばかりのモンスター達は何者かの意思に導かれるように、目の前にいるベル達を間髪入れずに襲い始めた。

 

「突破します! 倒さなくていい、先に進むことを考えなさい!」

 

 アスフィの指示に従い、彼等が選んだのは正面突破。

 地の利は向こうにあり、こちら側には足枷がある。まともに戦闘していてはアンタレスに辿り着く前に力尽きてしまう。

 力尽きなかったとしても、消耗した状態で世界を滅ぼしうる厄災と戦うなど冗談ではない。

 

道具(アイテム)の出し惜しみはしません! 今は少しでも早く先に……)

 

 打ち払い、時には魔石を穿ち、進むベル達。

 数は増える一方だが、圧倒的な突破力を誇るアリーゼとベルが増える以上の速度で前方の敵を蹴散らしていく。

 それに続き、黒蠍を一撃で吹き飛ばす威力のある瀑炸薬(バースト・オイル)を惜しみなく使用していたアスフィは確かな手応えと共に笑み……ではなくその顔を驚愕に染めた。

 

「な……!?」

 

 先ほどまで確かに爆炎が舞うと同時に黒蠍は消し飛んでいた。

 だが、目の前に立ち昇る爆炎の中から悠然と黒蠍が姿を見せる。

 その身体には火傷どころか傷一つついていない。

 

「ありえない……この進化の速さは……!」

 

「自己進化に自己増殖……奴らのその特性はこの中だと異常なスピ―ドで進むのか……」

 

 産まれ落ちた黒蠍と戦闘を繰り広げている間にも一切緩むことなく、モンスターは増え続ける。

 一匹を倒してもその穴を埋めるように孵化し、それだけならまだしも新たに産まれ落ちた黒蠍には打撃、斬撃などの少し前に倒された黒蠍の死因となる攻撃に対する耐性が新たに備わっていた。

 モンスターの誕生速度は既に迷宮(ダンジョン)における『下層』の域に達している。しかし、誕生の際の耐性付与を考えると、この神殿の悪意は既に迷宮(ダンジョン)さえも……

 

「皆さん、道を開けてください!!」

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 奪われた神殿の悪意が侵入した彼等にとどめを刺そうとしたその瞬間、リリの声が響き渡った。

 同時に膨れ上がった魔力に気付いたアリーゼ達は即座に二手に分かれ、射線を開く。ベルの視界の先、開いた射線の先に見えるのは大量の黒蠍。

 アリーゼ達を狙ったそのモンスター達に極寒の三条の吹雪が襲い掛かった。

 吹雪は瞬く間に通路上にいた蠍達を包み込み、美しい氷像に変え、それと同時にその空間に存在していたモンスターの卵達も凍てつかせ、誕生の機会を未来永劫奪い去っていく。

 

「これは……冗談にならねぇぞ……」

 

 魔剣を地面に刺し、息を切らすヴェルフが思わずと言ったように言葉を漏らす。

 門を潜ってから十分も経っていない。十分にも満たないその時間でどれだけのモンスターと戦ったのか……そして、どれだけ進化させてしまったのか。

 考えたくもないことだが、目を逸らせばそれこそ一巻の終わりだ。

 

「ベル君、今の魔法を待機状態にできるかしら」

 

「……やったことないですけど、やってみせます」

 

 詠唱を組み始めるベルの隣でアリーゼは隊列を変更する。

 ベルとアスフィを先頭に、ヴェルフ達が神々と共に中衛、アリーゼが中衛に近い後衛に立った。

 作戦は至って単純。ベルが卵に埋め尽くされた空間を凍てつかせながら進む強行軍だ。

 共に前衛に立ったアスフィは索敵及びベルへの補給を行い、ヴェルフ達は神々の護衛、アリーゼは後衛で全体を見渡し、何が起きてもいいように警戒を行なう。

 ベルの消耗が激しすぎるのが欠点だが、意味のない戦闘を繰り返し、時間を稼がれる、最悪全滅させられるよりはマシだというのがベルを含む全体の総意だ。

 

「出来る限りベル・クラネルの消耗を減らすために突っ走ります。貴方は私の合図に合わせて魔法を解放してください…………行きます!」

 

 ヴェルフとリリ、それからアリーゼが神々を抱き上げ、ベルとアスフィに続いて駆け出した。

 凍った通路を進むとすぐに見えてくるのは凍り付いていない赤黒い通路と蠢く卵。

 黒剣を強く握りしめたベルはアスフィの合図と同時に極寒の吹雪を解放した。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 時は同じく、場所は変わり、オラリオのギルド本部。

 その中で書類整理を行なっていたエイナはその友として飲み物を入れていたカップの取っ手に手を伸ばし、ある異変に気付く。

 

「あれ……割れちゃってる。いつの間に……」

 

 先ほどまで罅の一つも見当たらなかったカップの側面が罅割れ、そこから中に入っていた飲み物が机に零れ落ちている。

 慌てて中の飲み物を飲み干し、書類の無事を確認したエイナは怪訝な顔でそのカップを見つめた。そこにこちらも同じく仕事をしていたミィシャが姿を見せる。

 

「エイナ、これさ……どうしたの? 変な顔して」

 

「これ……」

 

「んー? あ~、割れちゃってるね」

 

「結構気に入ってたんだけどな……でも、なんで急に……」

 

 隣に座ったミィシャに慰められながら、机を吹き、破片が零れないようにカップを包んで机の上に置き直したエイナは気持ちを切り替えて書類に向き直る。

 しばらく二人はそのまま何も話さずに仕事を進めていたのだが、ミィシャは一段落がついたのかエイナの方に体を向け、彼女に声を掛けた。

 

「そういえばエイナの弟君、最近来てないね。確か『中層』に行くってエイナに話して、それっきりだったよね?」

 

「そうだね。まあベル君にも色々あったみたいだし、近々顔を見せに来てくれるんじゃないかな」

 

「うーん……でも確か弟君は【ヘルメス・ファミリア】の冒険者依頼(クエスト)を受けて都市外に行ってるんだよね? 遠出になるならまたしばらく顔を見れないかもねー」

 

「少し寂しいけど、仕方ないよ……あれ、でも今って冒険者はオラリオの外に出ちゃいけないって指示が出てるんじゃ……」

 

 彼女達が休憩を取りながらそんな話をしていた正にその時だった。

 ギルドの外が俄かに騒がしくなる。

 初めは冒険者同士の小競り合いが起きたのかとそこまで気にしていなかったエイナとミィシャだったが、騒がしさは増すばかりで一向に収まる気配がない。

 それどころかギルド前を歩く人々は皆立ち止まり、ある一点を全員が見上げていた。

 

「なんだろ……行ってみよ、エイナ」

 

 普段の様子とは明らかに違う冒険者や民衆の様子に二人はギルドの外に出て、彼等と同様にある一点……青空が広がっている空を見上げる。

 そして、彼等の反応をなぞるかのように二人揃ってその目を驚愕に見開いた。

 

「……なに、あれ」

 

「どういうこと……?」

 

 時が止まったかのようにそれを見た者は歩くのをやめ、恐れおののく。

 喧騒が絶えないオラリオを包む静寂を破ったのはダンジョンの方角から血相を変えて走ってきた三人の冒険者だった。

 

「た、助けてくれぇ!?」

 

 息を切らしながら駆け寄ってくる冒険者、モルドの姿にエイナの凍り付いた時間が戻る。

 はっとした様子で彼のことを見た彼女はしかし、再び驚愕に目を見開くことになる。

 

「どうしたんですか、その体は!? それにそんなに慌てて……」

 

 モルドの体は全身の至る所に傷が走っていた。背後に立つ顔を青くした彼の仲間もそうだ。

 幸いなことに傷自体はそこまで深くないようだが、その体とあまりの慌て様にその場にいる者全ての視線が彼等に注がれる。

 

「えん、ぐん……援軍だ! 早く冒険者を呼べ! ただの冒険者じゃダメだ! 第一級冒険者を……【ロキ・ファミリア】か【フレイヤ・ファミリア】を呼べ!! 急げ!?」

 

 ただならぬ様子のモルド達を落ち着かせようとしたエイナだったが、そのあまりにも鬼気迫った様子の彼等の姿を見て隣に立つミィシャやそばにいた同僚達に声を掛け、上層部の判断を仰ぐ様に指示を出す。

 

「何があったんですか? 落ち着いて、一つ一つ正確な情報をお願いします」

 

「モンスターだ……俺達じゃ手に負えねえ数のモンスターがダンジョンで暴走してやがる。こんなの経験したことがねえ、明らかに何かヤベェことが起きてやがる!?」

 

 モンスターの大量発生、さらにモンスターの暴走。

 今起きていることがこのままでは都市中を巻き込む異常事態(イレギュラー)と化すと確信したエイナは動揺を押し殺し、一言彼等に告げ、ギルド本部の奥へと走った。

 

「チュール、話はフロット達から聞いた! 何が起きている!」

 

「ダンジョン内でモンスターが大量発生。話を聞く限り、それに加え、大量発生したその全てのモンスターが暴走状態に陥っている可能性が非常に高いです!」

 

 途中、ミィシャ達に呼ばれたギルドの上層部と会うことが出来たエイナはギルドの出入り口に向かいながら、彼等が話していた情報を全て伝える。

 出入口に辿り着いた彼等が見たのは命からがら帰還したであろう大量の冒険者の姿だった。

 

「これは……まずいぞ、ウラノス」

 

 対応に追われるギルド職員達を尻目に何もない空間から黒いローブを纏った者が姿を現す。

 錯乱状態(パニック)に陥っている冒険者達を見たローブの者は再び姿を消し、どこかへと足を進める。

 謎の存在が向かう先にあるのは、【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)、『黄昏の館』だった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 地獄と称するのすら生温い迷宮と化した神殿の中を駆け抜けたベル達は不自然なほどに急に途切れたモンスターの群れに戸惑いを覚えながらも、ようやく訪れた好機が去らぬうちに補給を行っていた。

 いつ来るかもわからないモンスターを警戒しながらの休息は決して心休まる時間ではなかったが、それでも体にのしかかっていた気怠さはある程度消え去っていく。

 

「う……」

 

「アルテミス様!?」

 

 補給と休息を終え、目の前に現れた階段を上ろうとしたその時、突然アルテミスが胸を押さえ、苦しそうにその場に膝をつく。

 慌てた様子で彼女の下にベル達が集まるが、それをアルテミスは手で制し、先陣を切って階段に足を駆けた。

 

『────ァアアアア』

 

「!」

 

 その声が響き渡ったのはその時だった。

 歓喜にも似た雄叫びがベル達のいる場所に届き、彼等の警戒心を高めさせる。

 その声の正体が一体何なのか……そんな疑問を呈する者はこの場には存在していなかった。

 

「……進もう」

 

 自分を不安げな瞳で見つめてくる神友の視線に応えず、アルテミスは前を向いて階段を上る。

 卵がないことを除くと今まで歩いてきた神殿の中と全く変わらない通路を進むベル達。

 赤く毒々しい色の肉に覆われた神殿の通路を進み続け、時折聞こえてくるようになった怪物の叫びに緊張を高めながら、やがてベル達はそこに辿り着いた。

 

「ここは……」

 

 通路を抜けたその先にあったのは大空間。

 天井は何者かに貫かれたかのように大口を開け、そこからは月が顔を見せていた。

 かつては神殿の名に相応しく、神を祀る像などが置かれていたであろうその空間は見る影もなく荒れ果て尽くし、中央の床の一部に至っては一部が切り抜かれてしまっている。

 だが、ベル達はそんな空間のどんな状態よりも、空間の中央に鎮座する存在に気圧されていた。

 

「あ、れが……アンタレス……?」

 

 震える声でベルが呟くと、『アンタレス』と呼ばれた怪物は身を震わせ、天高く咆哮を上げる。

 たちまち巻き起こる『強制停止(リストレイト)』。ヴェルフやリリだけでなく、ベルやアスフィ、そしてアリーゼまでもがその咆哮の余波だけで動きを封じ込められる。

 驚愕に目を見開くベル達。その中でアリーゼだけは彼等の驚愕とはまた別の驚愕をその相貌に孕み、目を見開いていた。

 

「……っは、ぅ」

 

「っぐ……アルテミス様……!」

 

 いち早く立ち直ったベルは先ほどよりもずっと苦しそうに胸を押さえて両膝をついたアルテミスと視線を交わす。

 その瞳に宿る感情は悲痛と懇願。アルテミスはベル、そして彼が背負う『槍』を交互に見遣り、上手く動かない口を必死に動かして言葉を紡いだ。

 

「討ってくれ……オリオン……! あいつを…………本当に、手遅れになる前に……!」

 

 苦しみに喘ぐアルテミスの懇願にベルは心を奮い立たせ、立ち上がる。

 漆黒のゴライアスの『咆哮(ハウル)』を浴びても怯まなかったベルがアンタレス『咆哮(ハウル)』の余波のみで完全に動きを封じ込められた。彼我の実力差は絶望的と言っていい。

 そんな事実を叩きつけられようとも彼の心にはアルテミスとの『約束』が炎の雄叫びを上げている。このまま何も起きなければ、すぐにでもベル達とアンタレスの戦いが始まっただろう。

 

『────ォオオオオ』

 

 ────そう、()()()()()()()()

 

 ベルが黒剣を引き抜いた瞬間、アンタレスに動きが生まれる。

 体の中央、何かを守るかのように閉じられていた殻が肉が溶けるような音と共に開いていく。

 ちょうどその直上に位置する単眼で正面────即ちベルの事をじっと見つめ、まるで焦らすかのようにゆっくり、じわじわと、開いていった。

 殻の中から現れたのは、漆黒の肉体に相応しくない美しい水晶の塊。

 そんな物に何の意味がある────怪訝な顔でそう思ったベルはその水晶に目を凝らし……そして、見えてしまった()()()にその瞳を極限まで見開いた。

 

「────────は?」

 

 呆けた声と共に自然と力が抜けた右手から滑り落ちた黒剣が甲高い音を鳴らす。

 しかし、その音にベルは何も反応を見せることなく、ただ一点────水晶の中を見開かれた瞳で見つめていた。

 

「これは……ダメでしょ……?」

 

「あり、えない……」

 

「嘘……」

 

「なんでだよ……なんで……!」

 

 ヴェルフ達もベルの尋常ではない様子を見て水晶に目を凝らし、その時間を凍らせる。

 

「…………」

 

「ッ……」

 

 ヘルメスは無意識に目深に被ろうとした帽子を取り払い、ヘスティアはついに直面してしまった現実に耐え切れずに目を逸らす。

 

「どうして…………アルテミス様が!?」

 

 そして、誰よりも強い衝撃を受けたベルは悲鳴にも似た叫びと共にありえない現実に困惑する。

 アンタレスが開いた胸部の殻の中、そこに存在していた水晶の塊。その中に閉じ込められたかのように存在していたのは……女神『アルテミス』。

 ここまで旅を共にし、語り合ってきた女神の無残な姿を前にベルは鳥肌が収まらなかった。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォッ!!』

 

 侵入者達のその顔を見たかったとばかりに今度こそ間違いなく歓喜の雄叫びを上げた『アンタレス』は体から触手のように伸び、神殿に寄生しその力を奪っていた管を脈動させ、天に座する『月』にその力を解放した。

 神が送還される際に放たれる光の柱のようにその身から迸った禍々しい紫光が『月』に届く。

 その光は外で囮となっていた【ヘルメス・ファミリア】達の目にも止まり、それを見た彼等は困惑と共に途方もない胸騒ぎを覚えた。

 そして、その胸騒ぎは的中してしまう。

 

「────ッッ逃げろぉーーーーーーーーッ!!」

 

 真っ先にそれに気付いたキークスが全ての戦闘を切り上げ、全力の回避行動に入る。

 彼の全力の叫びに誰もが従い、『月』を見上げたまま全力で逃げた。

 そこに雨のように天から降り注いだのは……()()()

 

 人間もモンスターもそこにある全ての存在を滅ぼすべく放たれた光の矢は神殿の周囲を埋め尽くさんばかりに降り注いだ。

 通り雨のように少し経つと収まった光の矢。その光の雨が降った後に動く者は……誰一人として、存在しなかった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 アンタレスが解き放ったその力は強大だった。

 彼の怪物が鎮座していた舞台とその周辺を纏めて崩してしまうほどに。

 

「…………これは……ど、ういう……」

 

 地盤の崩落にアルテミスと共に巻き込まれたベルは落下の衝撃から立ち直り、叩き落された地下でなんとか立ち上がる。

 そこでベルは、再び信じられない光景を目にしてしまった。

 

「……私の子供達だ」

 

 真上にあった朽ちてもなお荘厳さを保つ神殿とは真逆。

 無骨な岩壁がそのまま晒される地下空間。

 その空間で血に塗れた彼女達は静かに眠りについていた。

 

「私は……見ていることしかできなかった。私を喰らった奴が、私の子供達を殺すところを……私の力で、皆を無残に殺すところを……」

 

 彼女にも子供達を殺すその感触があったのか、ベルに庇われたままでいたアルテミスは震える自身の手のひらを見つめ、立ち上がった。

 そして、暗く寂しいこの空間に忘れ去られたように放棄された自身の子供達を前に辛そうに表情を歪め、ふらふらとした足取りで一人の女性の亡骸に近付く。

 

「……遅れて済まない……帰ってきたぞ……」

 

 くすんでしまった紅い髪の少女の前で膝をついたアルテミスはもう二度と笑うことのない彼女の横顔にそっと触れ、懺悔するようにそう呟く。

 アルテミスが語った真実にベルは地面がなくなったかと錯覚するような感覚に襲われた。

 崩れ落ちそうな足に力を込め、俯いたままのアルテミスに震える声で言葉を紡ぐ。

 

「貴方を……喰らった……? 貴方の力で、彼女達を殺した……? それじゃあ……今、僕の目の前にいる貴方は……?」

 

 ベルの震える声にアルテミスは俯いたまま、唇を噛み締め、眷属を撫でていた手を止めた。

 顔を上げると自分を射抜かんばかりに見つめてくる少年の深紅(ルベライト)の瞳と目が合う。

 それが辛くて瞳を逸らしたアルテミスは彼が決して望んでいないその答えを……ここまで隠し、彼を騙していた自分の正体を明かした。

 

「私は『残り滓』……『女神アルテミス』が最期に残った僅かな力を振り絞り、()()()()『矢』に宿った……女神の残滓だ」

 

 彼女はアルテミスであって、『女神アルテミス』ではない。

 

 彼が彼女と出会ったその日には既に……純粋な『女神アルテミス』は、この世界に存在していなかったのだ。

 目を逸らす女神の残滓(アルテミス)の言葉に、ベルはただただその瞳を見開き、絶句することしかできなかった。




ここまで見ていただきありがとうございました。
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