二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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選ばれた少年

「そう……あの時感じたあれはそういう種があったのね」

 

 ベルがアルテミスに真実を打ち明けられたのとほぼ同時刻。

 崩落に巻き込まれずに済んだリリ達は男神ヘルメスより真実を打ち明けられていた。

 少なくない動揺がパーティ全体に広がる中、アリーゼは少し前のことを思い浮かべ、合点が言ったかのように目を細めていた。

 

「あれって、なんですか?」

 

「……アンタレスの『咆哮(ハウル)』よ。あれは確かに強力なものだったけど、直撃したわけでもないのに今の私が動きを止められたのが不思議だったのよね。ヘルメス様の話から考えると…………あの『咆哮(ハウル)』には、『神の力(アルカナム)』が宿っていたんじゃないかしら」

 

 アンタレスがいた箇所を細めた瞳で見つめていたアリーゼは答え合わせを求めるようにヘルメスに視線を移す。

 疑問どころか既に答えを確信しているアリーゼのその瞳にヘルメスは頷いた。

 

「アリーゼちゃんの言う通りだ。今のアンタレスはオレ達の力……『神の力(アルカナム)』をその身に宿している」

 

 アリーゼ以外の人間が息を呑んだ。

 一足早く真実に辿り着いていたそのアリーゼでさえ表情を歪めるほどの絶望的な情報。

 神の力を宿しているという事は…………

 

「今のアンタレスは……全ての理を捻じ曲げる。今はまだ使いこなせていないようだけどね。もし、オレ達の力を使いこなしてくるようなことになれば────」

 

 ────下界は滅びる。

 

 (ヘルメス)が最後まで言葉にしなくとも、待ち受ける結末を誰もが理解してしまった。

 その結末を回避するために動こうとも、神々が放つ少しの神威でさえその動きを止められてしまう下界の子供が、神の力を無条件で使用してくる怪物を討ち果たす確率は絶無。

 

「そんなの……そんなの無理に決まってるじゃないですか! 神様の力を使うような相手と、どうやって戦えばいいんですかっ、リリ達が勝てるわけないっ!?」

 

 漆黒の巨人と深層の階層主を同時に相手取った時はまだ勝てる可能性はあった。

 それが糸よりも細い道筋で、奇跡に助けられないと通れないような道筋であっても、手繰り寄せられる勝算があった。

 だからリリは、ヴェルフは、アスフィは、あの場の冒険者達は戦えた。

 

 だが……今回の相手は言葉通り、格が違う。

 

「神様達じゃないとそんなの無理です! 神様達が、なんとかしてくださいよ……!」

 

 通るべき道筋がない。

 手繰り寄せなければいけない勝算が、どこにもない。

 どう足掻いたところで神と怪物(モンスター)異種混成(ハイブリッド)になど、下界の子供達だけで勝てる筈がないのだ。

 

「ごめん……」

 

 リリの訴えを最後に静まり返った空間にヘスティアの静かな声はよく響いた。

 ここまでずっと黙っていた彼女の突然の謝罪にリリ達が目を丸くし、彼女に視線を移す。

 

「…………ごめん」

 

 眷属達の視線を受け、ヘスティアはもう一度謝罪の言葉を呟いた。

 何に対しての謝罪なのか、それを追求する前に神殿が大きく揺れ、あの叫びが轟く。

 

「……っ、アンタレスが……」

 

「動き始めたか……もう時間がない、とりあえず移動しながら話そう。そんな顔をしなくても大丈夫。奴を倒す秘策は用意してある……用意されているから」

 

 不規則に揺れる振動を巻き起こしているのは崩落に巻き込まれ、落ちていったアンタレス。

 目標が自身の真下にいることに気が付いたのか侵攻を始めた怪物を追いかけるべく、ヴェルフ達は駆け出した。

 ヘルメスが自分達に話した秘策に縋るような気持ちで、彼女達は地下に向かって足を進めた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 夜の闇に包まれる迷宮都市オラリオ。

 いつもと変わらず夜でも騒がしいオラリオだが、何やら様子がおかしい。

 

「なんだぁ、ありゃあ……」

 

 都市に住む人々は職業問わず、酒を飲むのもやめて空を見上げていた。

 多少雲があるが、オラリオの上空には美しい夜空が広がっている。それだけを見れば、普段と何ら様子は変わらない。

 だが一つ、明らかにおかしいモノが空に浮かんでしまっている。

 

「月が、二つ……?」

 

 それは『月』。

 昼の太陽に代わり、夜の闇を柔らかな光で照らす月。

 一つしか存在を許されていない筈の月がオラリオの上空にもう一つ存在してしまっていた。

 

「違うな」

 

「うん……あれは、違う」

 

 否、それは月ではない。

 冒険者達が集められた神塔(バベル)の前でリヴェリアとアイズは静かに呟いた。

 思えば少し前から違和感があったと、アイズは遅まきながらに気付く。

 ホームのバルコニーで佇んでいた時にふと見上げた夜空。風が強かったからかあの日、夜空に浮かんでいた月は巨大な雲に隠れてしまった。

 その時、自分は少しの間視線を外し、リヴェリア達を見た。時間にして三秒にも満たない。

 話がまだ終わりそうにないのを確認したアイズは少し残念に思いながら、すぐに夜空に視線を戻したのだが、そこには何故か巨大な雲に隠れた筈の『月』があった。

 

「あの時から、あれはあったんだ……」

 

 あの日、偽りの『月』が見えると同時に本物の月が見えなくなったのは偶然なのか。

 今日この日まで、誰にも気付かれることはなかったのは天運なのか。

 それとも、偽りの『月』の位置を自由に動かし、狡猾に隠していたのか。

 

「動かしていたんでしょうね、神々(私達)にバレないように」

 

 神塔(バベル)の中でフレイヤはそう断言した。

 目を細め、自分の箱庭を穢される不愉快さを隠そうともしないまま。

 

「そんなん今はどうでもええねん! 問題はあれだけの量の『神の力(アルカナム)』をどこの(バカ)が使ってるのかっちゅうことや!」

 

「そんなの見ればわかるでしょ? あれは『アルテミスの矢』。純潔の女神(アルテミス)だけが放つことが出来る天界最強の矢。彼女以外には考えられないと思うけど?」

 

 口ではそう言いながら、フレイヤは自分の発言をありえないと心の中で断言した。

 それがわかっているのか、ロキもそれを無視して最悪の想像を膨らませる。

 

「あんな力は明らかなルール違反や! 億が一、アルテミスが使うとるなら、もうとっくに送還されとる。なのにあれは消えてへん…………()()()()()()?」

 

「希望的観測に過ぎないけど()()()()()()()()()……貴女の考えを頭に入れておきながら、一応そう仮定しておきましょう。まあ、どちらにせよ前代未聞なのだけど」

 

 何者かに囚われ、『神の力(アルカナム)』を利用されているのか。

 怪物(モンスター)に喰われ、『未知』の異常事態(イレギュラー)が起きた────『神の力(アルカナム)』を奪われたのか。

 どちらにせよ、決して無視することなどできない。それが神々の立場なら尚更。

 

「ダンジョンが震えとる……」

 

「隠蔽されていたあれに気付いたんでしょうね。あれが発動すれば、下界なんて吹き飛ぶもの」

 

 あの矢は、ダンジョンが鳴動し、暴走している原因でもある。

 あれが放たれれば自分がいる下界ごと消し飛ぶのを()()()()()()からこそ、それを阻止すべく、無限にモンスターを産み出しているのだろう。

 かといってそれが人類に味方することなどありえない。たとえダンジョンが産み出したモンスターに命令を植え付けたとしても、知能なきモンスターを操ることなど不可能だからだ。

 故に冒険者達はダンジョンで防衛線を張る。モンスターの地上進出という下界滅亡と同義の惨劇を防ぐために。

 

「鬨を上げろ! モンスター共の蹂躙を許すな!」

 

 ダンジョン12階層。

 それより上のモンスター達の強さを防衛開始と同時に判別したフィンは11階層に続く階段前に【ロキ・ファミリア】の幹部を集結させていた。

 理由はこれより下に進めば、フィン達でさえダンジョンが産み出す圧倒的な物量にわずかと保たずに壊滅させられる危険があったからだ。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

「『フォモール』が多数出現! な……『ペルーダ』!?」

 

「動揺するな。仕留めろ、アイズ、べート」

 

「ああ」

 

「ん」

 

 繰り返す。ここは()()()()()1()2()()()。ダンジョンの『上層』の最深部である。

 だが、ここに現れるのは大半がシルバーバックやオークと言ったモンスターではない。

 それらのモンスターが産み出されたとて、それはすぐに真の怪物達の糧へと成り下がる。この場に立つことを迷宮()に許されたのは、『深層』に存在するモンスター達なのだから。

 

「生息域を無視し、この場に深層のモンスター達を産み出すとはな……私達が来る前に死者が出ていないのはただの奇跡としか言いようがない」

 

 唯一の救いは11階層からは数こそ多いものの本来そこで産み出されるモンスター達しか産み落とされないこと。おかげで【ロキ・ファミリア】の全戦力をここに集中させることが出来る。

 

「こんなのって反則じゃないのー!?」

 

「口を動かしてないで一匹でも多くモンスターどもを倒しなさい!」

 

「足手纏いは引っ込んでろッ! 邪魔だッ!!」

 

 それでも数があまりにも多すぎる。

 一匹でも上に逃せばこれより上のモンスターの対処をしている冒険者達が大勢死ぬ。

 最終防衛ラインを死守しているのはガレスとリヴェリアを筆頭としたエルフ部隊。

 前衛のLv.6の四人が一騎当千の活躍をし、後方に待機する魔法部隊が火力支援を行ってもなお、一瞬の隙を突かれると最終防衛ラインまで一息に進まれてしまうほどに手が足りていない。

 力を持つ物量による侵攻は、着実に【ロキ・ファミリア】の力を削り、確実に彼等を敗北へと近付けていた。

 

「だ、団長!? さらに奥からモンスター達が!」

 

「怯むな! どれだけの数が現れようと僕達のやることは何も変わらない!」

 

 崩されかける陣形、減るどころか増え続ける怪物に怯む団員。

 彼等を鼓舞するようにフィンは二槍を振るい、モンスター達の魔石を穿った。

 全体を見回せる後方で司令塔として声を飛ばしていた小さな影の一気呵成の攻めにモンスター達の侵攻がわずかに滞る。

 

「死守だ! 君達が冒険者を名乗るというのなら、今ここで『勇気』を示して見せろッ!!」

 

 小さな勇者が槍の石突で地面を叩くと同時に下がりつつあった【ロキ・ファミリア】の士気が一気に盛り返した。知らずの内に退いていた足を前に出し、冒険者達は怪物の大波に立ち向かう。

 

「アイズ!」

 

「!……リヴェリア」

 

 他の団員達の士気が下がる中、戦線を支え続けていた幹部達が補給の為、一度後方へと退く。

 ありったけの数を用意していた回復薬(ポーション)精神力回復薬(マジック・ポーション)で回復を進める中、後衛にいたリヴェリアがその中の一人、アイズに駆け寄る。

 

「ペルーダの毒は食らっていないな?」

 

「うん……大丈夫。リヴェリアも、まだ戦える?」

 

「当たり前だ。この程度で精神力(マインド)が尽きるような鍛え方はしていない」

 

 互いの状態を確認し、二人はそのまま戦場へと目を向ける。

 戦況は互角寄りの劣勢。Lv.4のラウルとアキを筆頭にロキ二軍の冒険者達が押し返し始めているが、数は一向に減る気配がない。

 たとえ第一級冒険者達が戦闘に復帰したとしても、無限に深層の怪物達との戦闘が続くというのであれば、間違いなくどこかで綻びが生まれる。

 万が一、その中の一人が打ち取られるようなことがあれば……【ロキ・ファミリア】の動揺は計り知れないものになるだろう。

 

「数が多すぎる……どうしたら、モンスター達が減ると思う?」

 

「……この数が無限に続くのであれば、真っ向から戦い続けても勝ち目はない。ならば、暴走の原因を突き止め、それをなんとかするしかないだろう」

 

 それができれば苦労はしないがな、と苦笑を浮かべ、リヴェリアは後衛へと戻っていく。

 アイズはその姿を見送り、体の状態を確かめたのちに前を向く。戦闘に戻る際に彼女はふと、一人の少年のことを思い浮かべた。

 

(ベル……君なら、この状況をなんとかできるのかな……)

 

 あの日、直感的に自分では抜けないとわかった『槍』をいとも簡単に引き抜き、一柱の女神に気に入られてどこかにいなくなった少年。

 その翌日、彼の本拠(ホーム)を訪ねてみたが誰一人おらず、冒険者全員が召集されたこの戦いの場にも彼とその仲間達はいなかった。

 いないとわかると寂しいモノがあったが、彼女はなんとなく……本当になんとなく、この状況を打開してくれるのはこの場にはいないあの少年なのではないのかと、そう思っていた。

 

「……とにかく、モンスターを倒さなくちゃ……」

 

 頭を振って、思考を目の前の戦場に戻したアイズは戦闘に戻っていく。

 その胸の中に少年への淡い期待を宿しながら。

 

「ウラノスのジジイめ……こうなることがわかっとって、うちらをオラリオから出さへんかったなぁ!」

 

 場所は変わり、神塔(バベル)にあるフレイヤの一室。

 奥歯を噛み締めたロキがその部屋を飛び出そうとする。

 

「無駄よ」

 

「あぁ?」

 

 しかし、それをフレイヤが止めた。

 どすの効いた声と共に振り向いたロキの苛立ちが含まれた瞳とこんな状況だというのに静謐なフレイヤの瞳がぶつかり合う。

 

「貴女もわかっているでしょう? あれはたとえオラリオ中の神が束になっても受け止め切れないものだって」

 

 放たれるのは天界最強の矢。

 その全力を防ぐことが出来るのは当然、神しかいない。

 だが、こと下界において神々は全知零能の存在。

 神威を解放することが出来ても真正の『神の力(アルカナム)』を解放するようなことがあれば、その時点で神々のルールに抵触し、その神は送還されてしまう。

 純潔の女神の『神の力(アルカナム)』たる『アルテミスの矢』を受け止めるには当然、同じ『神の力(アルカナム)』が必要だ。

 中途半端な力では防げないというのにその中途半端な力でさえ、解放してしまえばルールに抵触する可能性が極めて高い。

 下界で放つことが出来る筈のない『神の力(アルカナム)』に対して、下界に降りた神々が出来ることなど、ほとんどないのだ。

 

「んなこと知るかド阿呆! たとえそうでも神のケジメをつけんのは同じ神であるうちらしかおらんやろ!」

 

 しかし、偽りの月を見つめながら傍観の構えを取るフレイヤにそんなこと知るかと、ロキは吐き捨て、部屋を飛び出した。

 神の不始末は神がつける……それは神の矜持であるとともに、下界の子供にあまりに残酷で救いがない選択を押し付けないようにするためであった。

 地上へと走るロキを筆頭に、この状況で神々が考える最も残酷で、誰も救われることのない一つの選択…………それは下界の子供による、『神殺し』。

 それをせざるを得ない状況に追い込まれようとも、どれだけの事情があろうとも、魂の転生を繰り返そうとも、未来永劫許されることのない最悪の禁忌。

 

 そんな禁忌の選択を下界の子供に選ばせる。

 それは下界、そして天界に存在する全ての神々が、魂に刻み付けなければいけない烙印だった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「奴を倒す方法は一つだけだ」

 

「あの『槍』、ですか?」

 

 アンタレスの元へと走りながら話すヘルメスの声にアリーゼが答えを返すと、振り向かないまま、ヘルメスは一つ頷いた。

 

「そうだ。だが、あれは正確には槍ではなく、『矢』……取り込まれる直前、いや、後か……アルテミスが残された微かな力であの『矢』をこの地に召喚した」

 

「……つまりあれは、『神創武器』ってことで合ってますか?」

 

「それで合ってるよ、ヴェルフ君。君は何となく勘付いていたんじゃないかな」

 

「……確信を持ったのは、今ですけどね」

 

 今更その正体に確信を持ったとしても何もかも手遅れだとヴェルフは眉を顰める。

 

『神創武器』────それは天界に存在する神々をも殺す武器。

 神を送還させるのではなく()()()()神器。

 

「……その名は『オリオン』。神々(私達)の言葉で『射抜く者』を意味する」

 

 祭壇の地下でアルテミスよりヘルメスがヴェルフ達に話した事とほぼ同義の話を聞かされたベルは言葉を失った。

 震える唇は何も言葉を紡ぐことが出来ず、震える瞳は覚悟が決まっている彼女(アルテミス)の姿を直視することが出来ない。

 

「今は動きを止めているようだが、アンタレスはすぐにここにやってくる。私と『オリオン』を滅ぼすために、確実にやってくる」

 

 頭上、大穴が開いているのかもわからない暗闇を見上げたアルテミスはその先にいるアンタレスを睨み付けた。

 かすかに震え、怪物の咆哮を反響させる岩壁がその時が訪れてしまうのがそう遠くないことを告げている。

 

「……モンスターでありながら、『神の力』を手に入れたアンタレスは……矛盾を孕んだ災厄」

 

 アンタレスがただのモンスターであれば、ここまで話は大事になっていなかったかもしれない。

 だが、アンタレス────神々からの通称、災厄の蠍は一般的なモンスターの枠組みから大きく逸脱している。

 災厄の蠍(アンタレス)が産み出されたのは────『古代』。

 古の大英雄が扱うある力に対抗するべく、『大穴』が()()()で産み出した『神の刺客』の一角。

 その身に纏う『漆黒』は……『神の力』の全てを()()()する。

 

『神の力』を無効化するモンスターが『神の力』を手にしたらどうなるのか。

 その答えは、ベルの目の前に転がっていた。

 

神の力(アルカナム)』を有している以上、『眷属』達の力は通用しない。

『漆黒のモンスター』である以上、『神の力(アルカナム)』は通用しない。

 

 三すくみで例えるのなら、その内の二種類の(カード)を手にしてしまった存在(プレイヤー)

 それが今のアンタレスという怪物だった。

 

(わたし)の力も、貴方(けんぞく)達の力も通用しないあのモンスターを葬るには、理を捻じ曲げるこの矢で貫くしかない……」

 

 アルテミスは話しながら……一つ以外の選択肢を奪っていくように話しながら、ベルが手にしていた『矢』に触れた。

 ベルはその手を見て目を見開く。『矢』に触れる手は存在が薄くなっており、地面が透けて見えてしまうほど透明になった右手からは光の粒子が零れ始めていた。

 

「………………………嘘だ」

 

 絞り出したような声を出し、アルテミスから『矢』を遠ざけたベルはいつの間にか荒くなっていた息を整えることもせずに、首を横に振る。

 申し訳なさそうな表情を浮かべる彼女の方を見ることが出来ず、下を向いたまま我儘を言う子供のように何度も何度も首を横に振った。

 

「嘘だ……嘘だっ…………それって……僕が貴方を……」

 

 それより先の言葉を口にすればもう戻れない。

 俯き、言葉に詰まったベルは地面にうっすらと映ったアルテミスの影がゆっくり動くのを見た。

 彼が言葉にすることが出来なかったその先の言葉が正しいと肯定────

 

「嘘だッ!!」

 

 させるわけには行かなかった。

 彼女の動きには気が付かなかったと自分に言い聞かせるようにベルは何度も叫んだ。

 そんなことをしても無駄だとわかっていても、叫ばずにはいられなかった。

 

「どうして…………僕を選んだんですか……! 僕は、そんなことをするために貴方を…………貴方に…………っ、貴方と────!」

 

 今自分がいる場所が、ダンジョンを超える危険度になっている場所だという事も忘れたベルの叫びは頭上から降り注ぐ瓦礫の雨に覆い被さられてしまった。

 そして、それらと共に舞い降りてきたのは────災厄の蠍(アンタレス)

 追い求めていた獲物を見つけたとばかりに単眼を激しく動かしたアンタレスは歓喜の咆哮を上げ、二人に襲い掛かった。

 

「……クソ……クソッ…………っ、邪魔をするなぁあああああああああああああああああっ!!」

 

 まだアルテミスとの話は終わっていない。

 まだ自分は待ち受ける結末に納得していない。

 

 ベルは手に持った『矢』を捨てるように放り投げ、黒剣を引き抜く。

 アルテミスが何やら叫んでいたようだが、関係ない。

 

(そうだ、関係ない……僕がこいつを殺せば、全部解決するんだからッ!)

 

 雷と風を纏い、左手に白光を溜めながらベルは走る。

 咆哮を上げていたアンタレスは自分に迫る一匹の虫に気付き、咆哮の音を変えた。

 変えることの出来ない運命に反抗する少年を嘲笑うように。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 それは、下界のどこの位置からでも確認することが出来た。

 世界の中心(オラリオ)はもちろん、魔法大国(アルテナ)に帝国にカイオス砂漠、ラキア、旅をする学区、そして……最果ての地、『竜の谷』でも。

 夜の空に浮かぶ、美しさの中に途方もないおぞましさを隠す光の弓矢の存在を。

 

「あれは……弓矢?」

 

 不自然な動きをする雲の間から覗くその全容を見た下界の子供達は空に浮かぶ弓矢が何を意味する物なのかを理解できずにただ呆然と見上げることしかできなかった。

 

「……間に合わないか、ヘルメス」

 

 その気配を感じ取った神々は、自分達がやっていたことの全てを中断し、何よりも優先して空に浮かぶ弓矢を見上げた。

 ()()()が来てしまったその瞬間、自らの『神の力(アルカナム)』の全てを解放し、神々のほとんどが送還されたとしても下界の滅亡を阻止する為に。

 

 同時に、神々は誰かに祈りを捧げるように瞳を閉じていた。

 その誰かとは……選ばれてしまったであろう一人の下界の子供。

 

 どこかの神があの量の『神の力(アルカナム)』を解放したのならその時点で送還(アウト)

 だが、どの神も子供も、神が送還される際に昇る光の柱を見ていない。

 空に浮かぶ『神の力(アルカナム)』の塊と合わせて、それらが意味するのは……神が喰われ、『神の力(アルカナム)』を扱えるナニカが誕生してしまったということ。

 あの弓矢が止まる気配がない以上、どこかの神は送還も許されずに肉体と魂を取り込まれ、その力と使用権を奪われ、ナニカの中で生き地獄を味わっているのだろう。

 

 おそらくその神の命はナニカの命と共有されている……それが全ての神々が出した一つの結論。

 そんな結論が出てしまったからこそ、神々はたった一人の誰かのために祈った。

 神々が出した結論が正しければ、その誰かは間違いなく────

 

「────待ってください」

 

 朽ちた神殿を進むヴェルフ達が立ち止まる。

 アスフィは気付いてしまった。聡明な彼女は、神々が出した一つの結論に辿り着いてしまった。

 彼女は震える瞳で振り向いた神々を見つめ、震える声で神々の真意を問い質す。

 

「それは、世界の命運を……ベル・クラネル一人に背負わせるということですか?」

 

 ヘスティアは辛そうに目を逸らし、ヘルメスは睨みつけてくると言っても過言ではないアスフィの瞳を正面から受け止め、静かに瞳を閉じた。

 

「……もう、これしかないんだ」

 

 ヘルメスも他の方法はないのかと、もう手遅れになってしまったアルテミスと再会した時からずっと探し続けていた。

 少年と出会い、交流し、ただの少女のような笑顔を浮かべる彼女に絆され、生まれてしまった考えを彼女に否定されるまで、ずっと探し続けていた。

 だが、他に方法はなかった。

『アルテミスの矢』を砕き、その間に打開策を探そうとしても、弓矢を砕くために多くの神々が犠牲になる。そして、砕いたとしても打開策が確実に見つかるわけでもない。

 加えて、『神の力(アルカナム)』である『アルテミスの矢』を砕くには当然『神の力(アルカナム)』の行使が必要になる。それが天界最強の矢であれば、一度や二度の行使で砕くことはできないだろう。

 

 度重なる『神の力(アルカナム)』の行使で下界はどうなるのか。

 この世界に住む子供達はどうなるのか。

 

 既に手遅れである『女神アルテミス』が助かる可能性は、どれほど存在するのか。

 

 答えはゼロに等しいゼロ。

 どれだけの神が犠牲になろうとアルテミスが助かる可能性は……ない。

 

 犠牲は私一人でいい────自分にそう話したアルテミスに何も言えなかったヘルメスの選択肢はもはや一つしかなかった。

 彼女が話した彼女の『罪』を清算するその時を見届け、この世界を女神一柱のみの犠牲で救う。

 どれだけ恨まれようと、憎まれようと、罵られようと、それがヘルメスの選択だった。

 

「……っ! 貴方達の間でどんな会話があったのかなんて、私は知らない! どんな思いでこんな選択をしたのかなんて、私はわからない! それでも……それでも!」

 

 ヘルメスの決意にアスフィは悲痛の表情を浮かべ、震える手で胸元の服を掴む。

 他の誰かが否定できないのなら、自分が否定するしかない。たとえ目の前の神の決意を否定することが間違っていたのだとしても……このままではあまりにも、()が報われない。

 

「一人の少年に押し付けるというんですか! ()()()()()()を!!」

 

 神々と同じ結論に辿り着けてしまったアスフィは確定してしまったこの物語の結末を叫んだ。

 神々が祈った理由……それは選ばれてしまった下界の子供が『神殺し』を行なわなければ、この世界が救われることがないからだ。

 

 言葉を失う眷属達の視線を浴びながら、二柱の神は何かを堪えるように瞳を閉じる。

 彼等は、彼女のその言葉を肯定することも否定することもなく、アンタレスの叫びが轟くまでその場に佇んでいた。




ここまで見ていただきありがとうございました。
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