二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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太陽が墜ちる日
酒場の一悶着


 オラリオに帰還した翌日。

 下界が滅びかける騒ぎが起きていたなどとは思えないほど穏やかな日差しに照らされる街中を僕は歩いていた。

 一人行動を取ってまず目指したのは西のメインストリートの一角、酒場『豊穣の女主人』。

『中層』からの帰還後に色々とあったとはいえ、僕達を神様達と共に助けに来てくれたリューさんと彼女を送り出してくれたミアさん達への謝罪と感謝がまだ済んでいなかったのだ。

 何らかの叱責は覚悟していた……苦言を呈されても返す言葉もない失礼な行動を取ってしまったのだが、ミアさん達はそこまで怒ることはなく、むしろ僕達を労うような姿勢をしていた。

 

 何より驚いたのはミアさんの行動で、姿を見せた僕の事をじっと見ていたかと思うと僕の髪をぐしゃぐしゃと撫でて、そのまま何も言わずに厨房へと戻っていったのだ。

 シルさん達ですらぽかんと口を開けてしまうようなミアさんの行動の真意はわからない。だけど、僕を見つめていた時のあの瞳はまるで全てを見透かしているような、そんな瞳をしていた……ような、気がした、かな。

 

 その後は僕達を助けてくれた人達……【ミアハ・ファミリア】に【タケミカヅチ・ファミリア】の団員と主神様に挨拶をしたり、心配してくれていた知り合いの人達に無事を伝えて、安心されたり、怒られたり、笑われたり、色々。

 エイナさんにも報告はしに行ったんだけど、酷く忙しそうだったのでまだ報告は出来ていない。

 それからアリーゼさんと輝夜さん……『中層』でもエルソスでも助けてくれた【アストレア・ファミリア】の二人にもお礼を言おうと本拠(ホーム)に向かったんだけど……こちらは誰もいなくて結局お礼は言えず終いに終わった。

 

 そうやって都市を駆けずり回っているうちにいつの間にか空は赤く染まり、蒼い闇が空に見え始めていた。

 頃合いを見て、本拠(ホーム)に戻った僕は少しだけ準備をして、ある場所に向かう。

 準備を終えて外に出ると市壁の先で日没が終わり、都市を蒼い闇が覆っていた。

 夜を迎え、騒がしさを増したオラリオの中を歩き、向かうは大通り。空に浮かぶ星々に負けない光を放つ建物の間、冒険者や都市の住人、外から来た人達で混雑する人混みをするすると抜け、ある箇所で僕は路地裏に入った。

 その路地裏に入ると鳥や獅子など、様々な看板が立ち並んでいる酒場群が目に入ってくる。

 華々しさでは当然負けているが、騒がしさという点ではこの路地裏も負けてはいない。まだ入ってすらいないのに酒場から漏れてくる声とグラスを叩き合うような音ばかりが聞こえてくる路地裏を進み、僕はある酒場の前で立ち止まった。

 

「『焔蜂亭』……ここで合ってるよね?」

 

 目の前にある看板を見上げてポツリと呟く。

【ファミリア】のエンブレムに似た、真っ赤な蜂の看板を掲げるこの酒場はヴェルフの行きつけで、店の名物の紅玉(ルビー)を煮詰めたような真っ赤な蜂蜜酒は絶品で虜になってしまう人が多いという。

 ただ……

 

(……正直、そんな気分にはなり切れないんだよなあ……)

 

 誘ってくれたヴェルフとリリには申し訳ないけど、色々と起きてしまった今、酒場で騒ぐような気分にはまだなれない。

 名目上はヴェルフの【ランクアップ】祝いということになってはいる。だけど、わざわざ別の日ではなく、今日のこの日に誘ってくれた二人の様子を見ると、それが建前なんてことは簡単にわかってしまった。

 それに、本来なら盛大に祝いたいところだった【ランクアップ】祝いを僕なんかの為に建前として使わせてしまったのも非常に申し訳ない。

 

(……いや、今日はヴェルフの【ランクアップ】祝いだ。それ以上も以下もない。盛大に楽しんで祝うことが今の僕に出来ることだ)

 

 軽く顔を叩き、俯いていた顔を上げる。

 この程度でもやもやは消えはしないけど、小さな痛みが少しだけ頭を晴らしてくれた。

 扉に手をかけ、酒場の中に入る。僕を迎えるのは酒場特有の熱気、それから二人の声だった。

 

『乾杯!!』

 

 二人が待っていた席に着いた僕は運ばれてきたジョッキ(中身はお酒ではない)をヴェルフとリリが持つジョッキとグラスと共に掲げて、笑みと一緒に重ね合った。

 酒場の中は路地裏のお店だけあって、『豊穣の女主人』よりは少々手狭。だけど、『豊穣の女主人』ではあまり感じられない不思議な高揚感に時々襲われる。

 僕が想像していた冒険者の酒場に雰囲気が似ているからかなんなのかよくはわからないけど。

 

「【ランクアップ】おめでとう、ヴェルフ」

 

「おめでとうございます! これで晴れて上級鍛冶師(ハイ・スミス)ですね!」

 

「おう、ありがとな!」

 

 僕とリリが正面に座るヴェルフに笑いかけると、ヴェルフもまたらしい笑顔で返してくれた。

 実は『中層』から帰還した次の日の朝には既に【ランクアップ】を果たしていたということを笑いながら話すヴェルフに僕達も自然と笑みが浮かび、話が進む。

 

「これでヴェルフ様は晴れて【ファミリア】のブランド名を自由に使えるようになったというわけですか?」

 

「いや、自由ってわけにはいかない。少なくとも文字列(ロゴタイプ)を入れられるのはヘファイストス様や幹部連中に認められた武具だけだ。下手な作品を出して、あの女神(かた)の名を汚すわけにはいかないからな」

 

 上級鍛冶師(ハイ・スミス)の末席に名を連ねたことで、同時にヴェルフは【Η φ α ι σ τ ο ς】の名を武具に刻むことが許された。

 全てに刻むことは出来ないみたいだけど、これでヴェルフの作品は飛ぶように売れることになるだろう。それだけ【Η φ α ι σ τ ο ς】のブランド名は大きく、上級鍛冶師(ハイ・スミス)の作品には価値がある。

 

 ヴェルフが上級鍛冶師(ハイ・スミス)になれたことはとても嬉しい。

 だけど、それと同時にちょっと……いや、かなり困ったことが起きてしまっている。

 

「でもこれで……パーティ解消、だよね?」

 

 それは契約が満了してしまうこと。

 元々ヴェルフが僕達のパーティに入ってくれたのは『鍛冶』のアビリティを手に入れるためだ。

 上級鍛冶師(ハイ・スミス)になった今、もう僕達のパーティに入る理由がない。

 

 専属鍛冶師の契約を結んではいるけど、ヴェルフにも夢がある。

 僕に付き合わせて、彼の邪魔になるようなことはしたくない。

 残念に思いつつも仕方がないことだと切り替えてヴェルフの方を見る。

 目が合ったヴェルフは少し困ったように笑いながら、手で後頭部をかいていた。

 

「あー……そんな顔をするな。言い出しづらくなるだろうが」

 

「えっ?」

 

 ジョッキを置いたヴェルフが呆けた顔をしているであろう僕とリリを見て、言葉を続ける。

 

「お前達は俺の恩人だ。用が済んで、じゃあサヨナラ、なんて言うかよ」

 

 むしろこっちからそんなこと願い下げだ、と快活に笑うヴェルフにそわっと心が昂る。

 続くであろう言葉は予想がついているけど、口を閉じて続く言葉を待つ。

 

「呼びかけてくれればいつでも飛んで行って、これからもダンジョンに潜ってやる。ダンジョンだけと言わず他のことにもな?」

 

 その言葉に、僕とリリも笑うヴェルフに釣られて破顔する。

 僕達がパーティを組む上で最大の懸念点だったそれが解決したことを嬉しく思いながら、僕はもう一度二人と杯を打ち付けた。

 

 酒場の喧騒に包まれる中、僕達も運ばれてくる料理に舌鼓を打ちながら、気の赴くままに会話に興じた。

 ヴェルフに薦められただけあって、出てくる料理はどれもとても美味しく、いつもお世話になっている『豊穣の女主人』と比べても甲乙つけがたいほどだ。

 

「そういや、ベルは【ランクアップ】しなかったのか?」

 

「……えっと、そう、だね」

 

 不意にヴェルフからその話を振られる。

 その話に素直に答えようとして、少しだけ言い淀む。

 

『中層』で戦ったあの日、戦闘中に【ランクアップ】したということはまだ僕と神様の間だけの話だったからだ。

 短期間の【ランクアップ】というのが神様以外の神様達にバレてしまえば、一度目の昇華の比ではないくらい玩具にされてしまう。

 二人を信頼していないわけではないけど、神様にそう言われてなるべく隠すように言われた以上、誰が聞き耳を立てているかわからないこの場で話すつもりはない。

 話すとしたら僕達の廃教会(ホーム)の中で、かな。

 

「ベル様ならあの戦いで【ランクアップ】すると思ったんですけどね」

 

「流石にLv.3からLv.4じゃ必要な経験値(エクセリア)の総量も基準もかなり違いそうだからな。ただあれ以上となると……想像がつかんな」

 

『中層』での死闘を思い出し、嫌なものを思い浮かべてしまったと苦い顔をする二人にその気持ちがよくわかる僕も思わず笑みが零れる。

 あの戦いは正直思い出したくもないものだけど、あの全ての冒険者が一体となって戦う高揚感は絶対に忘れられないものだと思う。それを思い出すたびにあの戦いも一緒に蘇ってくるのは勘弁してほしいけど。

 

「そういや『中層』と言えば……あの後の罰則(ペナルティ)は大丈夫だったのか」

 

「大丈夫じゃないけど……まあ半分なら大丈夫かな……?」

 

 思い出したようなヴェルフの質問に僕は曖昧に答える。

 課せられた罰則(ペナルティ)は罰金。額は【ファミリア】の総資産の半分。

 新興派閥である僕達【ヘスティア・ファミリア】の総資産はそこまで多くなかったため、取られた額は僕達が少し頑張ってダンジョンに潜ればすぐに取り返せる量だった。

 同じ罰則(ペナルティ)を受けたヘルメス様は神様曰く真っ白に燃え尽きていたみたいだけど。

 

「じゃあいいけどよ。いや、半分って結構な大金じゃねえか?」

 

 その額を探索を少し頑張れば稼げるのか?、と不思議そうな顔をするヴェルフを見て笑っていると、再び料理が運ばれてくる。

 それからしばらく、賑やかな大笑の声に囲まれながら料理と会話を楽しむ時間が過ぎていった。

 

「いやぁ……あの戦いを越えてベル様の株が上がっていそうでリリも鼻が高いです。少なくともあの場にいた冒険者様達には認めてもらったのではないでしょうか?」

 

 そんな時間の中、ふと、嬉しそうにリリがそんなことを呟く。

 頬を少し染めて、犬人(シアンスロープ)の尻尾があればパタパタと嬉しそうに揺れていそうなリリの笑顔に僕達も笑みが零れた。

 

「────なんだなんだ! どこぞの『兎』が一丁前に有名になったなんて聞こえてくるぞ!」

 

 そんな僕達に水を差すように、大声が響き渡る。

 目を丸くして三人でその声の発生源を見ると、六人掛けのテーブルに座っている内の小人族(パルゥム)の冒険者がニヤニヤと笑いながら叫んでいた。

 

新人(ルーキー)様は怖いもの知らずでいいご身分だなあ! 世界最速兎(レコードホルダー)といい短期間の連続昇華(ランクアップ)といい、嘘もインチキもやりたい放題だ! オイラは恥ずかしくてそんな真似できねえよ!」

 

 幼い少年のような声音が騒々しい酒場の隅々まで響き渡り、酒場の客や店員達の視線を集める。

 人々の視線を集めた六人の冒険者の肩には金の弓矢に燃える球体……輝く太陽を刻んだ【ファミリア】のエンブレムが張り付けられている。

 他派閥の構成員達が突然何の用だ、と困惑していると叫んでいた小人族(パルゥム)の男性はもう一度僕を見てせせら笑った。

 

「ああ、でも逃げ足だけは本物なんだろ? そうじゃないと【ランクアップ】なんてできるわけがないからな! 唯一本物の逃げ足を使って色んなモンスターから逃げ回って【ランクアップ】したんだろ? それはもう見事で立派なお前の唯一の才能だぜ!」

 

 冷やかし、あるいは侮蔑。

 少し前に『中層』で戦った冒険者達と同じような雰囲気を纏って、小人族(パルゥム)の男性は笑い、彼の仲間と見られる冒険者達も面白いモノを見るような目で僕達を見ている。

 はっきり言って不愉快なものではあったけど、彼等の相手をすることはしない。

 僕が彼等の相手をすれば今ここにいる二人と神様を巻き込んでしまう。他派閥の者同士で揉め事を起こすという事は派閥を巻き込んだ大事になる可能性が非常に高いということを神様にエイナさん、それからお母さんにも教えてもらっている。

 

 同じテーブルに座る二人もそれが正解だと言うようにヴェルフは余裕そうにお酒を飲み、リリは慣れていることのように呆れ笑いのようなものを浮かべていた。

 いずれ飽きるだろうと挑発するようにずっと響いている笑い声を無視する。

 何かを期待するように僕達と彼等に集中していた視線が徐々に白け始めているのがわかった。このまま今もワーワー騒いでいる彼が諦めてくれるのを待てばいい。

 

「オイラ、知ってるぜ! 『兎』は他派閥(よそ)の連中とつるんでるんだ! 大したものも打てねえ下っ端の鍛冶師に何も出来ない小人族(パルゥム)のサポーター、寄せ集めの凸凹パーティだ!」

 

 聞き捨てならないその男の言葉に一瞬肩が震える。

 矛先を僕ではなく二人に向けたその声はくつくつと笑いながら、もう一度二人を嘲笑う言葉を酒場中に響き渡らせた。

 

 ヴェルフが作る武具は絶対に他の鍛冶師にも負けはしない。

 リリは未熟な僕を何度も何度も支えてくれているし、そもそも他派閥の眷属じゃない。

 二人とも、僕の大切な仲間だ。

 

 瞳が勝手に吊り上がっていくのがわかる。

 向こうのテーブルを一瞥すると、あの男達の笑みが目に入ってくる。

 あと一言二人を馬鹿にするような言葉があの口から出れば、飛び出していきそうになっていると目の前で二人が口を開いた。

 

「構うな構うな。あんな連中の戯言にお前が付き合う必要なんてねえよ。いくらでも言わせとけ」

 

「リリ達の為に怒ってくれてありがとうございます。ですが、あの程度の小物にベル様の貴重な時間が割かれてしまうことの方がリリは嫌です。だから、無視しましょう?」

 

 苦笑いを浮かべながら、好き放題言われているというのにまるで相手にしていない二人の反応に頭が冷えていく。

 確かに二人の言う通りだ。酒場の席の言葉を真に受けて何か問題を起こすなんて時間の無駄でしかない。少なくともまだ実害は出ていないんだし、少し落ち着かなきゃ────

 

「チッ……これだけ言われて何も出来ないなんてよっぽど情けない教育をしたんだろうなあ……『兎』の()はよぉ!!」

 

 ブチッ、と。

 頭の奥で何かがキレた。

 

「情けない親に育てられた落ちこぼれが威厳も尊厳もない()()()()()()()()の眷属になったらこんな腰抜けの冒険者になるんだな!? お前みたいなガキはとっとと消えた方が────」

 

「取り消せ」

 

 すぐに、視界が真っ赤に染まった。

 椅子を勢い良く飛ばして立ち上がり、立ち上がった事にも気付かずに戯言を続ける小人族(パルゥム)の男の前に僕は立った。

 

 我を忘れるなんてことはしない。

 あらん限りの叫びも必要ない。

 

 冷えた頭で胸の中で激しく燃え上がる激情を抑え込んで、男を見下ろす。

 突然目の前に現れた僕に男が怯えた素振りを見せるが関係ない。

 先の言葉を……あの人と神様を侮辱する発言を取り消せば、それより前の侮辱はヴェルフとリリの顔に免じて目を瞑るつもりだ。

 

 束の間、酒場は静まり返っていた。

 期待外れだった僕の行動と何も言えずにいる小人族(パルゥム)の男に先の比にならない量の視線が集まるのがわかる。

 しばらく、目の前の男は怯えたまま身動きを取れていなかった。

 けれど、何とか嘲笑を纏い直し、男は震えた声で言葉を続けた。

 

「ず、図星かよっ。情けない親に育てられてあんなチビの女神の眷属になったのが恥ずかしくて堪らねえんだろっ!?」

 

 最後の機会はもう与えてある。それを無下にし、それどころかあの人達を更に侮辱した。

 ならもう終わりだ。

 

 抑え込んでいた激情を解き放つ。

 途端、感情の波が氾濫し、全身を突き動かした。

 突き動かされるまま、僕は右手に力を込めて────

 

「ぐぴっ!?」

 

 振り抜く……前に間抜けな声を上げて目の前の男が後方に吹き飛んでいく。

 座っていた椅子ごと倒れ込んだ彼は白目を剥き、鼻血を流しながらびくびくと痙攣して気絶していた。

 それをした犯人……僕の役割を奪ったのはいつの間にか隣で前蹴りを放つように左足を伸ばしているヴェルフ。

 思わず呆ける僕に隣で体勢を戻したヴェルフは後頭部を搔きながら口を開く。

 

「落ち着け。お前が全力でぶっ飛ばしたらこんな奴死んじまうぞ」

 

 冗談っぽく笑いながら、ヴェルフは落ち着いた声音で話す。

 唖然とする僕と呆然と自分と気絶した仲間を交互に見ていた小人族(パルゥム)の男の仲間に気が付いたヴェルフはわざとらしく、たった今、思い出したかのように声を上げ、ふてぶてしくとある言葉を彼等に告げた。

 

「悪いな、足が滑った」

 

 ぷらぷらと左足を動かしたヴェルフが目を細め、馬鹿にするように不敵な笑みを浮かべる。

 燃え上がっていた激情が静かに収まっていく。気付くとそんなヴェルフに釣られるように僕にも思わず笑みが零れていた。

 僕達の笑みが合図だったかのように、呆然としていた小人族(パルゥム)の仲間が一斉に立ち上がった。

 

「てめえ、やりやがったな!?」

 

 五人の内、四人が勢いよく僕達に迫る。

 相手の冒険者達が蹴り上げたテーブルが宙を舞い、乗っていた皿やグラスが割れる音と給仕の悲鳴が響き渡ると、周囲の冒険者から獰猛な歓声が上がった。

 その歓声に応えるように好戦的な笑みを浮かべたヴェルフが一直線に迫ってきた相手の拳をいなし、超至近距離に迫った相手の顔目掛けて右腕を振り抜いて殴り飛ばす。

 再び上がる歓声。

 それに相手を殴り飛ばした右腕を上げて応えたヴェルフを横から襲おうとする冒険者をこちらも横から襲撃、無防備に開いている横っ腹をある程度加減して蹴り飛ばした。

 

 テーブルを巻き込み、激しい音と共に壁に激突したその冒険者は昏倒しており、一撃で意識を刈り飛ばしたということに気付いた周囲の冒険者がより一層熱気を増す。

 見ると周囲にいる冒険者の中にはあの日の『中層』で共に戦った冒険者達の姿が多数見受けられ、その瞳は一様に僕達の圧倒、圧勝を期待していた。

 

 それに応えるというわけではないけど、同時に襲い掛かってくる二人の冒険者の攻撃をかわし、渦を巻いた蹴りを片方にぶつけ、もう片方を巻き込むように吹き飛ばす。

 すぐに立ち上がらないことを確認し、横目でヴェルフの様子を伺う。Lv.2になったヴェルフは喧嘩慣れをしているのかおそらく彼より早くLv.2になっているであろう冒険者を相手にしても一歩も退かず、むしろ優勢な立ち回りを見せていた。

 一対一ならヴェルフが負けることはない。だから僕はヴェルフに割いていた意識を立ち上がる二人、いや三人に集中させる。

 一番最初に飛ばした冒険者よりは強いのか耐久が高いのか、気絶することなく立ち上がった二人と意識を戻した最初の一人が再び襲い掛かってくる。

 

「ぐはっ!?」

 

 正直、一人増えたところであまり意味はない。

 僕はLv.4で向こうは高くてもLv.2。酒場という場所の関係上、切り札として使える魔法があっても使えない。この場で必要なのは純粋な力。

 僕達を囲む冒険者達の期待に応えて彼等を圧倒した僕は完全に冷静さを取り戻した頭でやってしまったと、遠い目をする。

 ただ後悔はない。あの人達を侮辱した以上、こうでもしないと僕は納得できなかったからだ。

 

「んだよ、もう終わりか?」

 

(でも、この状況どうしようかな……)

 

 流石に無傷とはいかなかったのか、口の端にある血の跡を拭うヴェルフの横で少し考える。

 戦闘……喧嘩は僕達の圧勝で終わった。離れたところで呻き声を上げる四人の冒険者にもう戦意はないように見える。

 侮辱の言葉を取り消してもらっていないけど、正直それももうどうでも良くなってきていた。

 仮にこの場に転がっている彼等が何を言おうともお母さんと神様の評判が下がることはない。気性の荒い冒険者達の前でこれだけの無様を晒した彼等が何を言おうとも相手にされることはないのだから。

 

「…………」

 

 その時、落ち着きを取り戻してきた酒場の中心にいた僕の視界の端で誰かが動く。

 小人族(パルゥム)の男の仲間……ここまで静観していた最後の一人だ。

 酒を飲み干し、立ち上がった男が流麗な動きかつ油断ならない速度で僕達────いや、ヴェルフに接近する。

 

「ヴェルフ!」

 

「おわっ!?」

 

 男の速さにヴェルフの反応が間に合わないと、咄嗟に突き飛ばす。

 迫る男の拳を腕を十字に組んで防御。しかし、確かな痛みと痺れが僕の両腕に伝わってくる。

 明らかに今までの四人とは格が違う!

 

『ヒュアキントス……』

 

『【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】だ……』

 

 耳に届く二つ名。

 聞いたことはないけど、周囲の冒険者のざわつきが目の前の男が確かな実力者だという事を伝えてきている。

 拳を防がれたことが気に食わないのか、狙いとは違う相手が目の前にいるからか、整った眉を顰めた男は再び僕に迫った。

 

(右────)

 

 駆け引きなど一つもない一直線の攻撃。

 それを回避し、攻撃に転じようとして……僕はそれをやめた。

 

「ベル様!?」

 

「ベル!?」

 

 男の拳が頬に叩き込まれ、僕は大げさなほどに勢いよく吹き飛んだ。

 観戦していた冒険者の人垣がそれを予測していなかったのか大慌てで割れ、僕はその後ろにあった丸テーブルに突っ込んだ。

 信じられないと言うような二人の悲鳴が聞こえてきたが、それに対して心の中で謝っておく。

 

「……まだ、撫でただけだぞ?」

 

 仰向けになったまま動かない僕に男性にしては高い声音で喋りかけてくる。

 顔だけを起こして様子を見ると、怪訝な面持ちを見せながらも彼は悠然と立っていた。

 

『あのガキをぶっ飛ばしやがった……』

 

『そりゃそうだろうよ……あいつ確かこの前の騒動でL()v().()4()になってんだぞ?』

 

『ああ……流石にあのガキでもレベルの差は覆せねえのか……』

 

 Lv.4……どうりで強いわけだ。

 横目で二人の様子を見ると、彼に圧されるように二人は身動きが取れていない。

 二人と目が合った僕はそれでいいよ、という意思を瞳に込める。

 

「よくも暴れてくれたな、【リトル・ヒーロー】。我々の仲間を傷つけた罪は重い……相応の罰を受けてもらうぞ」

 

 怪訝な面持ちを潜めた彼はその碧眼に嗜虐的な色を宿し、僕を睨む。

 続きを始めようと、彼が一歩を踏み出したその時。

 木を蹴り砕くような音が酒場中に轟いた。

 

「揃いも揃って、雑魚が騒いでんじゃねえよ」

 

 酒場中の人間がその音の発生源を見遣り、そしてほとんどの人間が顔を青褪めた。

 そこにいたのは灰色の毛並みを持つ狼人(ウェアウルフ)の青年。

 乱暴な口調と合わさるように頬に刻まれた刺青が歪み、獣の耳と尾から苛立ちが最高潮に達していると発露している彼の名は────

 

「……ベートさん」

 

 L()v().()6()凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ。

 その声とその顔を僕が忘れる筈がない。

 階層主と同じ……いや、下手したらそれ以上の威圧感に酒場の冒険者達が自分が標的にされないように身を縮める。

 アイズさんやフィンさん達と同様、紛れもない()()の空気を纏う彼を前に酒場が静まり返った。

 

「……興が削がれた」

 

 そんな状況下で声を出せたあの人を敵ながら褒めてあげたい、と一瞬そう思う。

 口答えすれば問答無用で八つ裂きにされそうな程に剣呑な空気を纏う彼を前に臆することなく睨み返した……ええっと、確かヒュアキントスさんは意識を取り戻してすぐに腰を抜かした仲間達を置いて、一人酒場の出口へと向かう。

 よろよろと立ち上がり、気絶してから一度も起きなかった小人族(パルゥム)の男を背負った仲間達が合流すると、六人はそのまま店の外へと消えていった。

 最後に、あの碧眼の瞳で僕を睨みつけて……。

 

 そして、再び酒場に走る静寂。

 

 その中で頬を拭って、僕は立ちあがる。

 正直助かったけど、ベートさんの真意がよくわからない。結果的に僕にとっての助けになったというだけで、別に僕を助けようとしたというわけではないだろう。

 彼の真意を探るように見ていると、ベートさんがずかずかと僕の方に近付いてくる。

 目を細める僕を他所に酒場の客は左右に立ち退いて、ベートさんに道を開けた。

 目の前で止まり、剣呑な光を宿す瞳が僕の瞳を突き刺す。

 

 視線が交差すること、数秒。

 突然、視界中に拳が迫った。

 

「ぐっ……!!?」

 

 至近距離からの突然の一撃は逸らすことで精一杯だった。

 左腕をぶつけることで逸れた右の拳は僕の頬に一条の紅線を刻むだけで終わる。

 掠っていない、ただの拳圧でこれだ。直撃していればどこまでも飛んでいったと思う。

 

「…………チッ」

 

 また一つ、ベートさんが舌を鳴らす。

 傍から見れば、攻撃をかわされたことによる苛立ちに見えるだろう。

 だけど目の前にいる僕はその舌打ちとその拳の意味を正しく理解できた。

 

 ────てめえ、わざと受けやがったな?

 

 ヒュアキントスさんの攻撃をかわせたのにわざと受けた僕に対する苛立ちだ。

 どうしてベートさんがそれに怒るのかは全く分からなかったけど、確かに僕はあの人の攻撃をあえて受けることにした。

 罵倒してきたのは向こうでも先に手を出してしまったのは僕達だ。下がる可能性は低かったけど、一発殴られておくことで向こうの溜飲を下げさせようっていう目的はあった。

 

「────調子乗ってんじゃねーぞ」

 

 そこまで考えたところで僕の思考を読んだかのようにベートさんが僕の胸ぐらを掴み上げる。

 目と鼻の先で凄みを利かせてくるベートさんの言葉に反抗するように僕も彼を睨み付けた。

 

 それからすぐにベートさんは荒々しく手を放し、僕を解放する。

 調子に乗ってなんかいない、と解放されても睨みつけていると、彼は一瞬目を細めてすぐにそれを隠すように身を翻した。

 

 それに共に来ていた他の団員達が慌てて代金を支払って彼の後を追う。

 何度目かの静寂。すぐにざわめきが戻る冒険者達の輪の中心で僕はベートさんが消えていった路地裏の闇を見つめた。

 

(あの人の目は……僕を馬鹿にするというより、咎めていたような……?)

 

 何故ベートさんがそんなことを僕に言ったのか少し考えを深めてみる。

 深めてみたのだけど……納得のいく答えが出ることはなかった。

 

 ────ベートさんの語る『雑魚』が調子に乗ってしまうから?

 

 ふと、そんなことを思いついたけど、あり得ないと吐き捨てる。

 ベートさんから見たら僕もヒュアキントスさんと同じ『雑魚』でしかない。

 その『雑魚』である僕に『強者』である彼が下手を打って勘違いする輩を増やすな、とまるで同じ『強者』に語り掛けるような真似をするはずがない。

 

(ただ僕に苛立っただけ……きっとそうだ)

 

 固まっていた二人が僕の方に近付いてくる姿が視界に入る。

 二人に声を掛けられるまで、ヒュアキントスと呼ばれた男とその仲間達と争っていたことなど忘れて、僕はベートさんが消えていった闇の奥を見つめていた。




新たな章が始まります。
投稿間隔がいつもより空いてしまいますがどうかお楽しみください。

ここまで見ていただきありがとうございました。
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