二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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今回はあまり進みません。
【ヘスティア・ファミリア】の話です。


蒼の贈り物

 夜空に浮かぶ月の光を浴びて、太陽のエンブレムが輝いていた。

 薄暗い路地裏、そこに集まるのは六人組の男達。ヒューマン、獣人、小人族(パルゥム)など、様々な種族が入り混じる彼等は細い裏道の一つに集まっていた。

 

「いててて……いつもオイラってこんな役割だよなぁ……でも、今回に限ってはこの役割で良かったって心底思うぜ……」

 

 くっきりと靴の跡と鼻血の跡が残る顔をさする小人族(パルゥム)の男は痛む顔を横に向けて、うわぁ……というような表情を浮かべていた。

 顔を向けたそこにはあちこちに痣や傷を作った男達が座り込んでおり、間違いなく自分より痛みや傷が深いことが目に取れる。

 

「確かに、こんなことになるならお前と役割を変わってもらった方が良かったかもしれないな」

 

「じゃあ次があるなら今度こそ変わってくれよな」

 

「あー……まあ考えとく」

 

 なんだよそれー、と不満げな声を漏らす少年のような小男に傷だらけの男達は笑みを浮かべて一番初めに貧乏くじを引いた彼を労っていた。

 そんな彼等を一瞥したこの中で唯一無傷の男……ヒュアキントスはあの瞬間の情景を思い出すように空を見上げる。

 

(邪魔が入りはしたが、目的は達成した。達成したが……なんだ、この言いようのない不快感は)

 

 脳裏に蘇るのは自分の拳をまともに受け、吹き飛んでいく一人の少年。

 拳が当たる瞬間の彼の瞳が心をざわつかせる。

 

(あの瞳は、あの動きは、私の一撃を見切っていたようにも見えた。ならば何故かわさなかった? まさか、わざと私の一撃を受けたとでも……だが…………何のために?)

 

 見切られていたかもしれないという疑問、そうだとして何故甘んじて受けたのかという疑問。

 考えれば考えるほど不快感が増す思考を続けていると、すぐ近くから仲間の声が届く。

 

(まあいい。どのみち、目的は達したのだから)

 

 一度瞳を閉じ、思考をやめた彼は仲間の方を向き、口角を上げて彼等を労った。

 

「これで、アポロン様もお喜びになられるだろう」

 

 繁華街から遠く離れた裏道。

 彼等の歓喜の声を聞きつける者も騒ぎを仕掛けた黒幕の名前を聞く者も一人としていなかった。

 

 そんな彼等の姿を夜空に浮かぶ美しい月が見つめていた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

『焔蜂亭』での一悶着からしばらく経った後。

 夜空に浮かぶ月に見守られながら、ベル、ヴェルフ、リリの三人は【ヘスティア・ファミリア】本拠(ホーム)、教会の隠し部屋に辿り着いた。

 

「酒場で喧嘩とはねぇ……君も冒険者らしくなったじゃないか」

 

 ベルの頬に出来た傷に【ミアハ・ファミリア】で購入した膏薬を塗りながら、ヘスティアは間延びした声で喧嘩をしてきたというベルの話に相槌を打つ。

 初めは頬に痣を作ったベルとあちこちに打撲や擦り傷を作ったヴェルフの姿にぎょっとした表情を見せていたが、彼等から事情を聞くと納得した素振りを見せながら、苦笑を浮かべていた。

 

「僕が知る限り、地上では初めての喧嘩かい? 余程のことがあったんだろうね」

 

「リリ達が止める間もありませんでしたから」

 

「もう少し止めるのが遅かったらあいつの頭は吹っ飛んでたんじゃないか?」

 

「そ、そこまではしないよ! …………多分」

 

 少し不安になりそうなベルの言葉にヘスティア以外の二人にも苦笑が広がる。

 それができる力があることをよく知っている二人は何か起きそうなときは彼から目を離さないでおくということを心の中で固く誓った。

 

「で、何があったんだい? 君がそんな風に怒るだなんて本当に余程のことが起きたんだろう?」

 

「……思い出すだけで腹が立つので言いたくありません」

 

 自分を真正面から見つめてくるヘスティアの笑みに苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべ、ベルはその笑みから逃れるように瞳を逸らす。

 無言でじーっと見つめられること数十秒。先に折れたのはベルだった。

 

「…………神様と、あの人を馬鹿にされました」

 

「……やっぱりボク達(かぞく)に関係することだったか」

 

 目を逸らしたまま、拗ねるように話したベルの姿に優し気な声を漏らす。

 予想通りだった。目の前の少年が騒ぎになる程に怒るなんて家族を筆頭とした大切な誰かに何かをされるか今回のように貶されるようなことが起きでもしなければ考えられない。

 

「相手も適当を抜かしたんだろうけど……なんでそういう時に限って的確に地雷を踏み抜かれるんだろうなあ……」

 

 ヘスティアは片側のツインテールをいじりながらポツリと呟く。

 他のことならばまだ耐えられた……事実、ギリギリだったとはいえヴェルフとリリを貶された時は二人の言葉もあってベルは耐えていたとヘスティアは聞いている。

 その直後に少年の地雷を踏み抜くあの言葉。狙ってやられたのならともかく偶然そこに踏み込まれたのだとしたら運が悪すぎる。

 

「……なあベル君。君がボク達のために怒ってくれたのはとても嬉しい。でも、同時にちょっとだけ悲しいんだ。そんなことで君が危険な目に遭ってしまったことが」

 

 そんな運が悪い少年の手を取り、諭すようにヘスティアはベルに語り掛けた。

 少し体を揺らした少年は彼女と視線を合わせる。

 

「今回は頬の傷だけで済んだけど、次はこうはいかないかもしれない……君の気持ちはよくわかる。もしもボクが君と同じ立場だったらそれはもう火を吐いて雷を落とす勢いでボクは……ボクとあの子は怒る」

 

 そんな情景を思い浮かべるようにヘスティアは一度瞳を閉じ、次にその青みがかった瞳に力を込め、暗い顔をするベルの瞳を強く射抜く。

 

「でもそういう喧嘩でボク達が大怪我をしたり……二度と帰ってこれないようなことになったら君はどう思う?」

 

「……泣きたくなります。いえ、間違いなく、泣きます」

 

「ボクも同じさ。そしてあの子もね。不公平だーって、君は思うかもしれないけど、ボク達(かぞく)を馬鹿にされたからって腹を立てないでくれよ。(ボクたち)は子が息災であることが一番嬉しいんだ」

 

 ふっと双眸を緩ませ、ヘスティアは微笑む。

 

「もしもそれでも腹が立ったのなら笑い飛ばしてやればいいのさ。上手くやるコツはできるだけ大袈裟に笑ったあとにその子を見てニヤリと笑うこと! それで向こうがムキになれば君の勝ちさ」

 

 最後に一つ、冗談を言うようにアドバイスをして悪戯をする子供のようにニヤッと笑った。

 そんな彼女の姿に毒気を抜かれたようにベルの体から力が抜ける。

 もうそこには怒りや苛立ちと言った負の感情は欠片も存在していない。

 

「とはいえ、やっちまったことは仕方ねえ。どうなってもいいように対応を考えておかないとな」

 

「そうですね。まずは相手がどんな反応をしてくるのか……向こうから始めてお二方にボコボコにされたからといって逆恨みをするようであれば失笑ものなのですけどね」

 

 ベルとヘスティアのやり取りを治療しながら見守っていたヴェルフとリリの二人が頃合いを見計らって口を開いた。

 二人の言い分はもっともだとテーブルを囲うように座った四人は顔を合わせて意見を交換する。

 

「最初に手を出したのは俺だが、初めのあの立ち回り方を見るにベルが狙われてるんだろうな」

 

「そうですね。言い方は悪いですが、ヴェルフ様は彼等にとってどうでも良い存在だと思ってもいいでしょう。明らかに高慢な冒険者の集団でしたし面倒なことになるのは逃れられないかと」

 

「だよね……どうしたらいいかな……」

 

「うーん……ヘファイストスにも協力してもらって主神同士で話をつけておくか」

 

 なるべく穏便に済ませるような方法はないのかと口々に話し合う三人を見ていたヘスティアは顎に手を当て、そう呟く。

 三人の視線が集中していることに気付いた彼女は軽く手を振り、なんてことないように笑った。

 

「穏便に済ませるなら神同士で話をつけるのが一番良い。君達は問題ないかもしれないけど、向こうは分からない。それに冒険者同士で顔を突き合せたらまた喧嘩になるかもしれないし……」

 

「あの……すみません、神様」

 

「良いってことさ。たまにはボクだって君達に良いところを見せておきたいからね。逆にこれをそのいい機会として使わせてもらうよ」

 

 身を縮めるベルとリリ、申し訳なさそう頬を掻くヴェルフの髪の毛を乱雑に撫で回したヘスティアはもう一度笑った。

 三人の表情が元に戻ったのを確認した彼女は次に三人に一つ尋ねる。

 

「相手側がどこの【ファミリア】に所属しているかわかるかい? 防具の特徴とか防具に付いてるエンブレムとか」

 

「えっと、確か……」

 

 酒場での記憶を振り返る三人。

 ややあって、三人それぞれが同じ特徴を口にした。

 

 ────太陽のエンブレムをつけていた、と。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「それじゃあ、もう体は大丈夫なんだね?」

 

「はい。ご心配をおかけしました」

 

『焔蜂亭』で祝賀会を開いた翌日、ベルは朝一番でエイナの元に出向いていた。

『中層』帰還以降の出来事についての報告と今後の相談をするためだ。

 

「中層から帰還した後にすぐ都市外の冒険者依頼(クエスト)を受けたとは聞いてたけど、結構心配してたんだよ? 体は大丈夫なのかとかどうして18階層に行くことになったのかとか」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「あ、別に怒ってるってわけじゃないよ? 無事に帰って来てくれたし、忙しかったとはいえベル君が報告しに来てくれてたのに気が付けなかった私も悪いからね」

 

 少し慌てた様子で笑うエイナの姿にベルも自然と笑みが零れる。

 それでも報告がすぐに出来ずに心配をかけてしまったことには変わらないので少し表情を改め、ベルは話を続けた。

 

火精霊の護符(サラマンダー・ウール)、ありがとうございました。あれがなければ僕はきっと大切な仲間を失っていました……本当に、ありがとうございます」

 

「そっか……」

 

 深々と頭を下げるその姿に目の前の少年とその仲間達がどれだけ危険な状況に陥っていたのかが言葉にせずともよくわかる。

 顔を上げ、真剣な光を宿す少年の瞳を見つめること数秒。見つめながら思案していたエイナは意を決したように「よし」と呟き、机の上に置いてあった本を開く。

 

「上からの命であまり詮索は出来ないけど……その顔だけで何が起きたのか少しだけわかる。だから私も君の力になれるように頑張るよ。ひとまずはダンジョンの予習(べんきょう)の量と教える範囲を広げる所かな」

 

 本のページをめくり、18階層以降のページを流し見たエイナは19階層から24階層のページを順にベルの目に入るようにパラパラとめくる。

 次からは『上層』だけでなくまだ自分は教えていない『中層』19階層以降も教えていくという意思表示にベルは頷き返した。

 

「どうしよう、『下層』のことも教えておくべきかな。パーティの状態とベル君の性格を考えるとまだ『下層』に行くことはないだろうけどまた今回みたいな異常事態(イレギュラー)が起きないとも限らないしうん少し教えておこうかなダンジョンについていっぱい学んで悪いことは何一つとしてないからね」

 

 早口で捲し立て、眼鏡を光らせながらさらにページを進めたエイナはベルが苦笑を浮かべる雰囲気に気付くとはっと顔を上げ、その顔を赤く染める。

 特にベルが何かを言ったわけではないが、気まずい空気が流れるその部屋で咳払いを一つ入れた彼女はぱんっと本を閉じた。

 

「そ、そういうわけだから、これからもよろしくね?」

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

「……それじゃあ、まず今後はどうするのか教えてくれる?」

 

「とりあえず、あと二日ぐらいはダンジョンには行かないつもりです。色々あって僕もそうですけど、二人も相当疲れているみたいなので」

 

 まず二日……数日の休養は確定事項。

 ソロでダンジョンに潜ることもせず、ゆっくりと身体と心の回復に努める。

 例外としてヴェルフはこの休養の合間に異常事態(イレギュラー)と都市外で巻き起こった戦いで失ったベルとリリの武具を作製し、新調すると息巻いているとのこと。

 彼曰く『牛魔王』ももう一度鍛え直すということでベルは内心わくわくしていた。

 

「それじゃあ休養と武具の新調が終わったら探索に戻るとして……再開するときはどの階層から始めるつもりなの?」

 

「紹介してもらった冒険者依頼(クエスト)をこなしながら13階層で。Lv.2以上が二人いるのでもっと下の階層に挑戦したいと思いますけど、僕がLv.4になったとはいえ、そこは慎重に行きたいと────」

 

「待ってLv.4?」

 

 今後の予定を話していたその時、ベルが唐突に漏らしたその言葉にエイナの時が止まる。

 一瞬不思議そうな顔をした少年だったが、これまでの報告に夢中になり自分が【ランクアップ】したということをまだ話していないことに気が付いた。

 

「い、いいいつLv.4に!?」

 

「ええっと、18階層……から帰ってきた次の日にです」

 

 危うく18階層で【ランクアップ】したと口走りそうになり、慌ててベルは翌日にしたということにしたが、その誤魔化しに気が付くことが出来ない程に衝撃的なその出来事にエイナは打ちのめされていた。

 

「……………………」

 

「あ、あの……?」

 

「……決めた。最初の時みたいにしばらくそれを隠すことを信頼できる上司の人に進言してみるよ。また短期間で【ランクアップ】したってことを知られたらベル君もヘスティア様も危ない」

 

 ただそこは規格外新人(ベル・クラネル)の担当アドバイザー。

 三度目となるとすぐに表面上の平静を取り戻し、対応を即座に決める。

 唐突な衝撃発言(カミングアウト)をしてしまい、申し訳なさそうな顔をするベルに微笑んだエイナはそれ以上余計な心配をさせないように【ランクアップ】を祝う以上のことは何も言わなかった。

 そのまま彼女は今後の迷宮探索についての話に戻し、そして打ち合わせを終わらせた。

 

「あとベル君。もうヘスティア様に言われていると思うけど、あまり他の派閥の冒険者と喧嘩なんてしちゃダメだよ? どれだけ腹が立っても揉め事を起こしていいことなんて何もないんだから」

 

 部屋を出たベルは最後に一番頭の中に残るように話すエイナと共にロビーへと歩く。

 窓口前に辿り着き、最後に挨拶を交わして別れようとしたその時だった。

 

「……?」

 

 何やら視線を感じ、ベルが振り向くとそこには二人の女性冒険者が立っていた。

 その二人は彼の髪と瞳を何かを確かめるかのようにじっと見つめていたかと思うと、そのままベルへと近付いてくる。

 冒険者とギルド職員達の間を抜け、ベルとエイナの前で二人は立ち止まった。

 

「ベル・クラネルで間違いない?」

 

 気の強そうな短髪(ショートヘアー)の少女にそう尋ねられたベルは戸惑いながらも肯定の意を込めて頷くと、それを見たもう一人、気の弱そうな長髪(ロングヘア―)の少女がおどおどと歩み出る。

 

「あの、これを……」

 

 上目がちに差し出されたのは一通の手紙……いや、招待状。

 何故自分にこんな物を、と招待状を見たベルは他の者に気付かれないように目を見開く。

 

 手紙に刻まれているのは弓矢……そして太陽のエンブレム。

 

「ウチはダフネ。この娘はカサンドラ。お察しの通り【アポロン・ファミリア】だよ」

 

 スッ、と今度は誰が見てもわかるようにベルの目が細まる。

 理由は明白。昨日、酒場で一悶着を起こした者達が所属している【ファミリア】だからだ。

 そんな人が何の用だ、と警戒を高めながら二人を見たベルに怯えたようにダフネの背中に隠れるカサンドラは震える声で話しかけてきた。

 

「ア、アポロン様が『宴』を開くので、それ、案内状です……! 良かったら、き、来てください…………いえ、別に来なくても、いいんですけど……あいたっ」

 

「変なこと言うんじゃないよ」

 

 彼等の仲間である二人を警戒していたベルだったが、どことなく……というか明らかに来ないでくれという強い意志を込めながら自分を見るカサンドラの瞳に戸惑う。

 ダフネに後頭部を叩かれたことでしゅんと縮まった彼女に言葉をかけようとするが、自分と案内状を交互に指差したダフネにそれは止められた。

 

「いい、必ず貴方の主神に伝えて? 確かに渡したからね」

 

「は、はい」

 

 強く念を押され、了承してしまうとダフネはその身を引く。

 伝えることは伝えたとでも言うようにそれ以上は何も言わずに彼女はベル達の元を去る。

 よくわからないまま、二人の背中をベルが見送っていると、その去り際にダフネが振り向いた。

 

「ご愁傷様」

 

 そう、最後に言い残して今度こそ二人はギルドを去る。

 最後の言葉、手元にある招待状、カサンドラの言動、全てにおいてよくわからないまま終わり、彼女達の会話がぐるぐるとベルの頭の中を巡り続けた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ギルドから帰還したベルはたまたまバイトが休みだったヘスティアとリリと向かい合う。

 机の上に置かれているのはつい先程【アポロン・ファミリア】の二人に渡された招待状。

 

「『神の宴』の招待状か……」

 

 それを読み終えたヘスティアは腕を組み、少し眉を顰める。

 

「ガネーシャ主催の『神の宴』から結構経つ。そろそろ誰かが開くと思っていたけど……よりにもよってこのタイミングでアポロンが開くのか……」

 

 先日、騒ぎが起きたばかりのこのタイミングの招待。

 少なくとも今の自分達の【ファミリア】の力量ではこれを無視することはできない。

 確実に『神の宴』の裏にある何かに誘われているとヘスティアは嫌な確信を持っていた。

 

「……初めからこの状況を作ることがアポロンの目的、か?」

 

「神様?」

 

「ん、いや何でもないよ。ま、この招待は受けるしかないだろうね。えーっと開催日は二日後か。ドレスとか色々と準備しないとな」

 

 ふと頭に過ぎったその予想を詮索させないように話を切り替えたヘスティアは服を仕舞ってあるクローゼットを開き、服を見る。

 しかし、そのどれもが今回のある条件が指定されている『宴』に着ていくには不十分な物ばかりだと気付いた彼女は開いたまま、唸り声を上げていた。

 

「これも、ダメだな。二人を一緒に連れていくんだからもっとしっかりした服じゃないと……」

 

 ぶつぶつと呟きながら服を見ているヘスティアの背中を見ていたベルとリリは顔を見合わせ、頷き合った。

 椅子から立ち上がり、唸り続けるヘスティアに近付いた二人は彼女に声を掛ける。

 

「神様、少しいいですか?」

 

「ん、なんだい?」

 

「リリ達と一緒に来てもらいたい場所があるんです!」

 

 自分に招待状を渡した時の不安げな表情から一転、どこか楽し気な笑みを浮かべる二人にヘスティアは首を傾げた。

 彼女が了承するとベルが先導、リリがヘスティアの背中を押す形で地下室を出て外へと出る。

 あれよあれよという間にやってきたのは都市の八本あるメインストリートの内の一本、北西のメインストリート。

 多くの商店が立ち並ぶ中、その内の一つの商店の前でベルは立ち止まった。

 

「突然すみません。色々と話をしていたのに外に連れ出しちゃったりして」

 

「ううん、それは別にいいんだけど……急にどうしたんだい?」

 

「とりあえず中に入りませんか? お店の前で話すのも迷惑でしょうし!」

 

 商店と二人の顔を交互に見ても何がどうなっているのかよくわからないと困惑した表情のヘスティアの背中をリリがもう一度押す。

 ベルが開いた商店の扉をくぐると彼女を迎えるのは多種多様の服や装飾品(アクセサリー)だった。

 

「こ、こんなお店を知ってたのかい?」

 

「はい。結構前から足を運ばせてもらってて、その……色々と相談に乗ってもらってたんです。あ、少し失礼しますね」

 

 照れくさそうにするベルが店のカウンターの方へと向かった。

 その背中を暫しの間見ていたヘスティアだったが、徐々に店内に置かれている商品に目移りし、リリと共に店内を歩き始める。

 

(はー……中々いい値段はするけど、どれもいいなー……)

 

 つけられた値段の高さに驚きながら、そのどれもが素人目から見てもその値段に相応しい一級の物であると納得しながら、あちこちを見て回る。

 ベル君にはこれが似合いそうだ、リリ君にはこっちかな、など自身の眷属(こども)がそれぞれ身に纏う姿を想像していると、ベルが戻ってきた。

 

「神様、こちらに来てもらってもいいですか?」

 

「ああ、いいよ」

 

 どこかそわそわした様子のベルとリリに連れられてヘスティアが案内されたのは店の奥。

 扉の横に立っていた店員と二人に促されるまま、扉を開き、部屋の中へと入る。

 

 部屋に入ったのは【ヘスティア・ファミリア】の三人。

 彼等が入った部屋の中央には一体の観賞人形(ビスク・ドール)が飾ってあった。

 

「これは……ドレス?」

 

 その人形が纏っているのは蒼海色(マリンブルー)のドレス。

 宝石などの派手な装飾はないが、決して地味ではなく、沢山のレースやフリルがバランスよくあしらわれている。

 非常に好ましいそのドレスにヘスティアが目を奪われていると、隣にベルが並び立った。

 

「どうですか、神様?」

 

「……うん、とても綺麗なドレスだね。これを着れる人は幸せ者だと思うよ」

 

「……じゃあ、神様がその幸せ者になってくれませんか?」

 

 ベルのその言葉に軽く目を見開いたヘスティアが顔を上げ、目を合わせる。

 そわそわした姿からさらに一転、緊張するように顔を強張らせているベル。

 

「えっと、それはどういう……?」

 

「このドレスはリリ達からヘスティア様への贈り物、ということです!」

 

 いつの間にかベルの反対、ヘスティアを挟むように隣に立ったリリが少しだけ頬を赤くして彼女の顔を見上げた。

 突然の出来事に追い付けないまま、ヘスティアがベルとリリの顔を交互に見ているとベルが神妙な顔で口を開く。

 

「本当はこんな急じゃなくて、もっとちゃんと場を整えて渡したかったんですけど……もう『神の宴』が開かれてしまうのならここで贈るべきかなって思って一緒に来てもらいました」

 

 次にはどこか悔しそうに顔を歪めるベル。

 この渡し方は彼等にとっては非常に不本意な形だということが見て取れる。

 

 ただ、それでも……

 

「……これ、このお店の看板商品だったんじゃないか?」

 

「えっ? えっと……そう、ですね」

 

「いつからこれを贈ろうって思ってたのかボクにはわからないけど……相当頑張ってくれたんじゃないかい?」

 

「階層が階層なのと色々起きてしまったので……まあ、そうなりますよね、ベル様」

 

 一歩二歩と前に出たヘスティアは二人の方へ振り返る。

 状況が状況のため、少し不安げな表情の上に笑みを纏うベルとリリ。

 そんな二人をヘスティアはたまらず抱きしめていた。

 

「ああ、もう……本当に君達は……どれだけボクを喜ばせてくれれば気が済むんだい?」

 

 形なんて関係ない。

 どんな形でもどんな物でも、大切な眷属(こども)がこんな自分のために何かをしてくれることが何よりも嬉しかった。

 

「こんな素敵な贈り物(プレゼント)をありがとう、二人とも」

 

 満面の笑みを浮かべるヘスティアに二人は顔を見合わせ、こちらも嬉しそうに破顔した。

 もう不安げな様子や悔しそうな様子は微塵もない。

 

「いやぁ、こんな良い物をボクが着れる日が来るなんてなぁ……これを期にこのドレスに合うように髪飾りも新調するかな」

 

 色々な角度からうきうきとドレスを見ていたヘスティアは部屋に備え付けてあった鏡に映る自分の姿を見て、そっと髪留めに触れた。

 その髪留めはところどころがほつれ、ボロボロになっており、既に寿命だということがわかる。

 この状態の髪留めのまま、目の前のドレスを纏うのはあまりにアンバランスだ。

 

「神様」

 

「ヘスティア様」

 

「どうしたんだ、い……?」

 

 一先ず髪を解き、愛用していた髪留めを懐にしまうと二人の声が届く。

 背中に流れた髪をふわりと浮かせ、振り向いたヘスティアは二人が何かを差し出していることに気付いた。

 

「これは……?」

 

「開けてみてもらってもいいですか?」

 

 小箱を受け取ったヘスティアは言われたままに蓋を持ち上げる。

 中に入っていたのは二つの髪飾り。

 蒼い花弁を彷彿とさせる飾り付けのリボンに、小さな銀色の鐘が付いている。

 

「これって……」

 

「髪留めが結構痛んでいるみたいだったので、新しい物をどうかなって思いまして……」

 

「ちなみにですが、それはベル様が色々な人に相談しつつもなるべく一人で頑張って選んだものなんですよ!」

 

 隣でニコニコと笑うリリに補足を入れられ、照れくさそうに苦笑しながらベルは頬をかく。

 ヘスティアは手元にある髪飾りを見ても何も言わなかった。いや、言えなかった。

 代わりに小さく、だが心の底から嬉しそうな微笑みを浮かべて瞳を閉じる。

 

(ああ……本当にボクは眷属(こども)に恵まれてるなあ……)

 

【ファミリア】の主神としてはまだまだ他の神々には敵うはずがない。

 それでも子を想う気持ちでは他の神々に決して負けるつもりはない。

 

(絶対に守ってみせるよ……ボクの身に何が起きようとも)

 

 目下、待ち受けるはアポロンとの衝突。

 避けられない衝突から二人を守るため、ヘスティアは静かにもう一度覚悟を固めるのであった。




少々駆け足になってしまい申し訳ありません。
ここまで見ていただきありがとうございました。
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