二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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神と子の宴

「……ご指示の通り、【ヘスティア・ファミリア】に招待状を渡しておきました」

 

「そうか。ご苦労だったな、ダフネ」

 

 月明かり以外の明かりがない薄暗い部屋。

 そこで一人の男神が一人の団員からの報告を受けていた。

 男神に労いの言葉をもらったダフネは特に喜ぶこともなく、さっさとこの場を後にしようと背後の扉に手を掛ける。

 だが出ていく直前、こちらを振り向かずに窓の外を静かに見つめている男神……アポロンの様子が妙なことに気付いた。

 

「…………アポロン様、一つお聞きしても……あ」

 

「……なにかな?」

 

 その姿に耐え切れずダフネが思わず声を掛けてしまう。

 しまった、と口を塞いでももう遅く、アポロンは彼女の方へ振り返り、静謐な瞳で彼女の瞳をじっと見つめた。

 

「その……今回の目的は何としてでもベル・クラネルを我々の派閥に引き入れるということで本当によろしいのでしょうか?」 

 

 言葉が出てしまったのなら取り繕うだけ無駄だ。

 ダフネは返って来る答えがわかりきっている無駄な問いをアポロンに投げかける。

 それに対して男神は聡い彼女の瞳をもう一度その瞳……静謐ながら剣呑な光を宿した瞳で見つめ、笑みを浮かべた。

 

「……無論だとも。例えあの少年の心を、身体を、全てを傷つけることになったとしても彼を我々の派閥に引き入れる……それが私の目的だ」

 

 その笑みの意味と笑みの裏にある語った言葉とは違う別の目的。

 いつもとは……自分達を追い詰めた時とは何かが違うという確信を持ったダフネはほんのわずかに目を見張るだけで感情を抑え込み、それを悟られないように一礼、そして退出していった。

 

(いつものアポロン様じゃない。こういう時はもっと気持ちわ…………一体何が……?)

 

「ダフネには気付かれただろうか……まあ、問題はない。どちらにせよ、勝てるのならな」

 

 彼女のわずかな表情の変化と呼吸の乱れを見逃さなかった神は椅子に腰かけ、窓から夜空に浮かぶ美しい月を見上げる。

 穏やかな月の光に目が眩んだかのように目を細め、彼は一人ポツリと呟いた。

 

「アルテミス……見ていてくれ」

 

 既に下界にも天界にも存在しない一柱の女神の名を。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ゴトゴトという車輪の音に揺られながら、僕達は馬車に乗っていた。

 意味もなく整えられた前髪をいじったり、窓の外の風景を眺めたりしていると、馬車の速度が緩まる。目的の場所に辿り着いたみたいだ。

 

 馬の嘶きが響く中、高級な作りの扉を開け、()()で外へ。

 着慣れない礼服を来て、履き慣れない革靴を履いて。正直言ってすごく動き辛い。

 そんな心の機微を悟られないように流れるような動きを意識して振り返り、後から降りてくる少女に手を差し伸べる。

 驚きと喜びを両立させたような表情を浮かべて、僕の手を取ったのはもちろんヘスティア様だ。

 僕達が贈ったドレスを纏い、銀の鐘が小さく鳴る髪飾りをつけた神様は眷属の僕が言うのもあれかもしれないけど、美の神様にも負けないほどに綺麗で凛々しい。

 

「随分と慣れてるね。こういうことに経験があるのかい?」

 

「子供の頃にこういう場の礼法とかも教えてもらってたんです。でも、実践は神様が初めてです」

 

「教えた方はどのような状況を想定していたのでしょうか……」

 

 ご機嫌な神様が笑いかけてくる中、僕もひとまず上手く行ったことに笑みを浮かべる。

 お母さんとお祖父ちゃんが教えてくれた礼法をちゃんと学んでおいて良かった……リリには少し怪訝な顔をされてしまったけど。

 

 そうやって話しているうちに次々と馬車が到着し、中から神々とその眷属が姿を見せる。

 交流がある派閥と言葉を交わす者達もいれば、交流はそこそこに目の前にそびえ立つ宮殿と見紛う会場施設に入っていく者達と様々だ。

 

 本日【アポロン・ファミリア】が開催する『神の宴』は()()()()()()()()()()()()()、神と子が入り混じった異例のパーティとのことだ。

 通常は『神の宴』の名の通り、眷属の参加は認められていないのだけど、今回は主催であるアポロン様が眷属の参加を条件としたのだ。

 そんな条件を面白い、面白そうなことが大好きな神様達が受け入れないはずがなく、この場で自分の眷属(こども)を自慢しようという気があちらこちらから感じる。

 

「すまぬな、ヘスティア、ベル。服から何まで世話になって」

 

 周囲を見渡していると、僕達に続いてミアハ様がナァーザさんの手を引いて馬車を降りてくる。僕達と同じく正装を纏い、二人で並んで歩くその姿はこの場の雰囲気に良く似合っていた。

 

「誘ってくれて、ありがとう、ベル、リリ……」

 

「みんなで行った方がきっと楽しいですから。そのドレスも良くお似合いですよ」

 

 半分瞼が降りているいつも通りの表情をしているナァーザさんだけど、心なしか嬉しそうな色がその中に見えて、ぱたぱたと尻尾を左右に振っている。

 

「それでは我々も行くとするか」

 

「ああ。それじゃあベル君、頼んだぜ」

 

 そんな会話をしているうちに僕達以外の神様達が次々と会場の中に入っていく。

 ミアハ様に促され、神様の手を取った僕は隣を歩くリリに微笑ましいものを見るような表情で見られながら開かれた正面玄関へと向かった。

 

 玄関ホールを見ただけで思わず圧倒されそうになりながら、非常に豪奢な階段を上ると建物の二回にある大広間が僕達を待っていた。

 素人目で見ても全てが超一級品だとわかる調度品や石像、床や壁には当然シミどころか埃一つなく、予想以上の豪勢さにやっぱり圧倒されてしまう。

 

「あら、来たわね」

 

「おお、ミアハもいるとは意外だな!」

 

「ヘファイストス! タケ!」

 

 あまりの豪勢さにふらふらしそうになりながらもリリとナァーザさんが話してくれる色々な冒険者や神様の情報に耳を傾けつつ広間を進んでいく僕達に声を掛けてくる女神様と男神様。

 僕達もよく知るヘファイストス様とタケミカヅチ様の姿に神様が嬉々として駆け寄るその後ろをミアハ様が続く。僕達三人が会釈をすると二方は共に僕達に笑いかけてくれた。

 

「タケの同伴は命君と……あれ、命君だけかい?」

 

「は、はい……!」

 

「こういう場は苦手なのか命以外の奴らは行きたがらなくてな。二人だけで行ってこいと何度も何度も念を押されてしまえば、二人きりで行くしかなかろう」

 

「……ははーん」

 

「ヘファイストスの子はどうしたのだ? 二人どころか一人も見当たらないようだが」

 

「変わり者でね。主神(わたし)を置いて一人で辺りを散策しているわよ。私も眷属の同伴は一人にしてるわ」

 

 神様がタケミカヅチ様と顔を赤くする命さんを見て何やら怪し気な笑みを浮かべ、その隣でミアハ様がヘファイストス様も会話を続ける。

 ヘファイストス様の言葉が正しければ、来てるのは【ファミリア】の団長か副団長の人かな……ヴェルフも来れたらあまり緊張しないで済みそうだったんだけどなあ……。

 

「やぁやぁ、集まっているようだね! オレも混ぜてくれよ!」

 

「あ、ヘルメス」

 

 またも聞き覚えのある声に振り返ると弾んだ様子で歩み寄ってくるのはヘルメス様だ。

 そのお顔を見てタケミカヅチ様が嫌そうな表情をするけど、特に気にした様子もなく、僕達の近くで止まる。

 同伴した眷属はもちろん(困った顔をした)アスフィさん。もう一人の姿は見えないけど、ヘルメス様だったら隠して何かをさせてるんじゃないかと疑ってしまう。

 

「ふふ、賑やかでとても楽しそうね」

 

「えっ、アストレア!?」

 

 ヘルメス様が飄々とした態度でタケミカヅチ様からの言葉をかわしていると僕の耳に届くどこかで聞いたことがある気がする声。

 振り向かずとも慈愛に満ちた表情を浮かべているとわかる優し気な声の持ち主に神様が驚きと喜びが混じった声を上げる。

 

「こんばんは、ヘスティア、みんな」

 

「驚いたな。まだ都市の外にいるものだと思ってたんだが」

 

「二日ほど前にこっちに戻ってきてたの。みんなに会えてうれしいわ」

 

 アストレア様……あっ、あの時尋ねた【ファミリア】の主神様!?

 声だけでは思い出し切れなかったその姿が頭の中に鮮明に蘇る。

 それに加えて何度も僕達を救ってくれたアリーゼさん達の神様でもあるそのお姿に何も言えずにいると神様達と談笑していたアストレア様が僕に近付いてくる。

 

「ヘスティアとアリーゼ達から話を聞いてはいたのだけど、良い出会いに恵まれたみたいで良かったわ……あの時は何もしてあげられなくてごめんなさい」

 

「あ、謝らないでください! アストレア様は何も悪くないですし理由も言わずに門前払いをされることもなかったですし……その、良い出会いにも恵まれましたから」

 

 頭を下げようとするアストレア様を慌てて止める。

 確かにあの日、断られたことは辛かったけど、彼女が謝るようなことではない。

 事情があることはあの時の表情からも明らかだったしそもそも門前払いとかではなく、突然来た僕の話を聞いてくれて、その上で理不尽ではなくしっかりと断ってくれたのだから。

 

「それに、アリーゼさん達にもすごく助けてもらいましたし、むしろ謝ったり感謝しなくちゃいけないのは僕の方で────」

 

「私を呼んだかしら!」

 

 そこまで話したところで聞いているだけで元気が出そうな声が響く。

 振り向くと燃えるような赤い髪を揺らしたアリーゼさんが朗らかな笑みを浮かべて立っていた。

 

「ったく、アタシを連れ回すのはまだいいとして、アストレア様を放ってあっちこっち犬見てえに歩き回んのはどうなんだよ、団長」

 

「あら、アストレア様の許可をもらったのは聞いていたでしょう?」

 

 そして、もう一人。

 片手に杖を持ち、両目を包帯……ではなく肌触りの良さそうな布で覆った小人族(パルゥム)の女性。

 アリーゼさんとは違い、静かにどこか呆れた様子を見せる彼女の姿も僕は見たことがあった。

 

「まあ、こういう場は久々だし仕方ねえか……ん、この感じ…………お前、あの時の奴か?」

 

「えっ!? えっと、はい……」

 

「へぇ……あの日から一年も経っちゃいないのにあの時の子供がこういう場に誘われるようになってるとはなぁ。アリーゼと輝夜の話はほんとだったのかよ」

 

 視界が完全に覆われているというのに僕に気付いたことに面食らっていると目の前の彼女はこちらをからかうような笑みを浮かべ、そのままアストレア様の元へと杖を突いて向かってしまった。

 何故あんな笑みを浮かべたのかと不思議に思っていると、大広間の奥が騒がしさを増す。会話を交わしていた全ての神々や眷属達の視線が向かうその先に僕も目を向けた。

 

『────諸君、今日はよく足を運んでくれた!』

 

 静まり返った、とまで行かなくとも静かになった会場に響き渡る声。

 あんなことを言うってことは……あの方がアポロン様ということでいいのかな。

 

「今回は私の一存で趣向を変えてみたが、気に入ってもらえただろうか。皆が愛する眷属(こども)達を着飾り、他の神々に自慢するのもまた一興だろう?」

 

 楽しげな笑みを浮かべ、左右に置いた男女の団員の肩を軽く叩いたアポロン様にノリのいい神様達が喝采を上げ、歓声を上げる。

 

「新しい宴の形で多くの同胞、そして愛する子供達の姿が見れて私も嬉しい限りだ……今宵は新しき出会いに恵まれる……そんな予感さえする」

 

「っ……?」

 

 大盛り上がりの会場の中で佇んでいると、不意に。

 神様達の姿を見渡していたアポロン様の瞳が僕を射抜いたような気がした。

 その瞳に僕は一瞬、息が詰まった。その瞳の奥に隠し切れない敵意のようなものを感じたような……気のせいならそれでもいいんだけど。

 アポロン様は他の神様に囲まれ、挨拶を続けている。正直気になる所だけど、あの中に割って入るのは流石に礼儀知らずにも程がある。

 

「どうしたんだい、ベル君? そんな怖い顔をして」

 

「あ、いえ。なんでもないです」

 

 一旦、それは置いておくことにする。早とちりで神様とリリに恥をかかせるわけにも行かない。

 神様もひとまず他の神様達に囲まれているアポロン様との会話は諦めてパーティを楽しむことにしたようだ。

 そこからしばらくはみんなで歓談する時間が続いた。

 リリとナァーザさんと一緒に命さんとの話を楽しんだり、『神の宴』についてアスフィさんやタケミカヅチ様に教えてもらったり、ヘルメス様にアポロン様について教えてもらったり……。

 アポロン様の情報で詳しく知りたい部分を教えてもらおうと口を開いたその時、会場がアポロン様が登場した時と同等、というか多分それ以上に沸いた。

 

「おおっと……大物の登場だ」

 

 おどけた様子のヘルメス様と一緒に見ていた僕は一目見た瞬間、会場が沸いた理由……主に男神様の声がよく響いた理由をすぐに理解した。

 会場にいるほぼ全ての者の視線の先にいるのは巨身の獣人を従えた銀髪の女神様。

 

「【フレイヤ・ファミリア】……フレイヤ様」

 

【ロキ・ファミリア】と共に迷宮都市の双頭と比喩される都市最強派閥。

 そんな派閥の主神様の背後に付き従うあの人は間違いなくあの冒険者だろう。

 

「【猛者】オッタル……」

 

 現迷宮都市(オラリオ)唯一のLv.7。

 お母さんやアイズさんを上回る最強の冒険者。

 

 …………あの日見ただけじゃよくわからなかったけど。

 

「どれだけ戦えば、あんなに強く……」

 

「こういう場でフレイヤ様より【猛者】に興味を持つ下界の子は初めて見たな……」

 

 隣でヘルメス様が呆気にとられたような声音で何かを話しているのが聞こえたけど、僕はそれよりもオッタルさんに強い興味を惹かれていた。

 そんな時、フレイヤ様の銀の輝きを宿す瞳がこちらを捉える。

 彼女は僕のことを見つめたまま微笑むと男神様達から差し出される手や言葉をするするとかわして……いや、あの方が歩く道を邪魔することは許されないとでも言うように男神様達が手を引き、口を塞ぎ、それによって生まれた道を悠々と歩む。

 僕達の前でその足が止まると、フレイヤ様がこの場に現れた次の瞬間には僕の隣に来ていた神様が警戒するように目を細める。

 

「来ていたのね、ヘスティア。それにヘファイストスにアストレアも」

 

「やぁフレイヤ。何しに来たんだい?」

 

 にこやかに笑うフレイヤ様に対して、神様はどこか不機嫌な様子で僕とフレイヤ様の間に立つ。

 二柱の女神様が挨拶を返す横で神様は威嚇するような空気を醸し出していた。

 

「別に、挨拶に来ただけよ。珍しい顔ぶれの中にアストレアもいるんだもの。つい足を向けてしまったわ」

 

 ミアハ様達がフレイヤ様の流し目にデレデレしたり、普通に褒めたりすると、命さんとナァーザさんがその足を踏み、脇腹をつねる。

 悲鳴を上げるそんな男神様達を無視して、フレイヤ様は次に僕に視線を向けた。

 吸い込まれそうな銀の瞳に…………どこかで、この色を見たような……。

 頭の中に疑問が浮かんだ僕に気付いてか気付かずか、フレイヤ様の白い手が僕の頬に伸びる。

 

「────今夜、私に夢を見させてくれないかしら?」

 

「────見せるかァ!!」

 

 考えを巡らせている中での唐突なその誘いに思考が数秒止まり、神様の怒声で時が戻る。

 手をはたき落とされたフレイヤ様はくすくすとおかしそうに笑い、もう満足したとばかりにこの場を立ち去ろうとして……無言を貫いていたオッタルさんに何かを呟く。

 彼はフレイヤ様のその呟きに対して一つ礼をすると、そのままこっちに……まっすぐ僕の方に歩いてくる…………えっ、なんで?

 

「…………」

 

「…………えっ、と」

 

 静かにじっと僕のことを見つめてくる錆色の瞳。

 あの日と同じ、見定めるが如きその瞳に自然と身体が強張る。

 

「……Lv.4か。そこに至ってからは一つ……厳密に言えば二つ、大きな戦いを経験したようだな……上々だ」

 

 ……本当に、なんなんだ、この人は……!

 公表されていない今の僕のLvを看破したことはあの日と同じ。そこは驚くようなことじゃない。

 だけど、なんでそれがわかる!? あの戦いを知っている人は僕達しかいないのに……!

 

「だが、足りん。お前が英雄のようなものに憧れているというのなら、強さにより貪欲となれ。そして考え続けろ」

 

 僕の戦慄など意にも介さず、オッタルさんは話を続ける。

 こちらを諭すように、僕を教導するように。

 

「……これは受け売りに過ぎんが、考えることのできない者は強くなるどころか生き残る事すらできん。どんな場所でも、どんな時でも、どんなことに対してでも、考えを止めるな」

 

 慣れないことをしているのか、難しい顔をしながらオッタルさんが語ったその言葉は身体の中に溶けていくように広がっていく。

 身体が震えるような戦慄は何処に消えたのか、僕は気付くと続く言葉を期待するようにオッタルさんを見上げていた。

 

「そして、飯を食え」

 

 ただ、それが最後だった。

 締めくくるように一言、そう語ったオッタルさんはこれ以上話す必要はないとでも言うように離れた位置で待っているフレイヤ様の元へと歩き去っていった。

 単純な最後の一言に思わず呆けてしまったが、最後のはご飯をたくさん食べなければ体は強くならないということを言いたかったんだと、思う……それで合ってるのかな……?

 去ってしまったオッタルさんの方を見ると、どこか楽しげなフレイヤ様に何やら言葉を投げかけられ、彼女の様子とは反対に頭にある獣の耳が悲しげにへにょんと折れ曲がっていった。

 

(何を言われたんだろう……)

 

「早速、あの色ボケにちょっかい出されたなぁ」

 

 都市最強(オッタルさん)でも神様には頭が上がらないのかとぼんやり思っていると今度は別の方向から声がかかると同時に誰かが僕と肩を組んでくる。

 驚きながら、声が聞こえたすぐ隣に視線を寄こすとニヤニヤとした笑みを浮かべた朱髪の女神様……ロキ様の顔が至近距離にあった。

 

「よぉー元気だったか少年。あとドチビ」

 

 僕の驚いた顔に満足したのか、笑みを深めたロキ様はパッと離れて神様の方に歩を進め、そのまま遠くまで歩いて行ってしまった。

 その際にちょいちょいと彼女が僕の後方を指差したのを見て、いきなり言い争いを始めた神様とロキ様の声を後ろにおいて振り返る。

 そして、すぐに目を一杯に見開いた。

 

「やっぱり、ベルも来てたんだね……」

 

「ふむ……良く似合っているぞ、ベル」

 

 そこに立っていたのは美しいドレスを身に纏った金色の少女と翡翠色の女性。

 アイズさんとリヴェリアさん!

 

「お二人も来てたんですね!」

 

「うん……ロキが主神命令やー、って。リヴェリアは、二人までって言うのを聞いて、一緒に来てくれたの……」

 

「妙な男や神々がアイズに近付かないようにと思って同伴したのだが……お前がいるのなら私が来る必要はなかったのかもしれないな」

 

 母娘のような雰囲気を醸し出す二人に自然と笑みが零れる。

 リヴェリアさんが続けて語った信頼の言葉に少々照れくさくなっていると、背後の言い争いがあっという間に終わりを迎えた。

 神様達の方を見ると二人が我先にと僕達の元へと近付いてきている。

 

「せっかく出会えたんだ。もう少し話をしていたいところだが、ひとまずここまでのようだな。ただ……ベル、何かこの子に言っておかなければいけないことがあるのではないか?」

 

 ぽん、とアイズさんの背中を押して彼女が僕の前に立つ。

 何もわかっていない様子のアイズさんはリヴェリアさんと僕を交互に見て、困った様子で僕の前に佇んでいる。

 すぐにリヴェリアさんが今この場で求めている答えを理解はしたが、それを口にするのは少し恥ずかしい…………いや、そんなことはないや。

 

「アイズさん……そのドレス、とてもよくお似合いです。すごく、綺麗です」

 

 ただ、今のこの人の姿への僕が思ったことを嘘偽りなく口にするだけなんだから。

 物語のお姫様のように美しく、可憐な彼女はその頬を赤く染めて、少し俯きながら、小さく、もじもじと体を揺らす。

 そして、ややあって顔を上げた彼女は頬を染めたまま、嬉しそうに小さく微笑んだ。

 

「あり、がとう……ベルも、すごく似合ってるよ?」

 

「───────」

 

 恐怖とか驚愕とかそういうものにではなく、生まれて初めて、そのアイズさんの可愛らしさに息を呑んだ。心臓が他の人にも聞こえそうなほど、高鳴り、鼓動がどんどん早まる。

 

「一旦他のとこに行くで、アイズたん、リヴェリア! んじゃ少年、また機会があればなー」

 

 普段ならここでがっかりしていたかもしれないけど、今回ばかりはロキ様に感謝する他にない。

 これ以上、アイズさんの姿を直視できそうになかったから。

 小さく手を振って去っていくアイズさんとリヴェリアさんに手を振り返して、三人の姿が見えなくなったところでほっと一息を吐く。

 ほんの数十秒の短い交流。そのわずかな時間でもう満足したというかお腹いっぱいというか……

 まだ、顔が熱い。

 

「ベル君、ボクの神友達に君達のことを紹介したいんだけどいいかな?」

 

「……ふぅ…………はい、大丈夫ですよ!」

 

 頬が赤くないか心配だったけど、神様達の反応を見るに大丈夫そうだ。

 そのまま僕とリリは神様に連れられて知人だという女神様と男神様達に挨拶をして回る。神様が紹介してくれただけあってどの神様も人が良さそうなお方で初めにあった緊張もいつの間にかどこかに消えていた。

 そんなこんなで時間は流れ、大体二時間ほど経ったところで僕は小休止をもらった。

 小休止と言っても人が多いからそんなに休めるような場所は……あそこ、バルコニーかな。

 

「…………!」

 

 人混みを避けてバルコニーへ向かい、開け放たれた窓辺から外に出た瞬間、澄んだ夜気が風に運ばれて僕の体を包んだ。

 豪華な造りの手すりに手を掛けて、空を見上げる。パーティに参加した人達は会話や食事に夢中で気付いていないようだけど、空には満点の星々が輝いていて、とても綺麗だった。

 不思議と人の声が遠く聞こえるバルコニーで爽やかな夜の風を楽しんでいると、ふとバルコニーの下……広い庭の方から誰かの声が聞こえることに気付く。

 

(……誰だろう。パーティを抜け出して何を…………!)

 

 少し身を乗り出して下を見た僕はすぐさま手すりから離れ、向こうからは死角と思われる場所で強化された視覚を駆使してそこを見た。

 広大な庭に存在する庭木の下に見えた()()の人影。

 一人は『焔蜂亭』で喧嘩をした【アポロン・ファミリア】のヒュアキントスさん。

 もう一人は【ソーマ・ファミリア】にいたザニスさん。

 最後の一人はフードによって顔どころか全身を隠していて誰かは分からない……ただ、すごく嫌な気配をこの距離からでも感じ取れてしまう。

 

(ソーマ様は見たところ、宴には……いや、あの人はもう【ファミリア】を追放されてるからソーマ様じゃない神様の眷属に? ……でも、一体どこの神様がどういう意図で……)

 

 一人はわからなかったのだとしても、あそこで会話をしているのがヒュアキントスさんと【アポロン・ファミリア】の団員なら警戒の必要はあまりない。

 ただ、あの人がここにいるのなら話は別だ。何らかの目的があって僕達に近付いたヒュアキントスさんとリリに奇妙な執着を見せていたあの男が隠れて何かを話しているのなら、警戒する必要がある。

 

(……クソ、もういないか)

 

 バレなかったのを良かったと思うべきか何も聞くことが出来なかったことを悔いるべきか。

 どちらにせよ、警戒することになるのなら無理をしてでも聞いておくべきだったかな……。

 少し目を離した隙に忽然と姿を消した三つの人影を探しながら、そんなことを考えていると、背後から誰かが近付く足音が耳に届く。

 

「っ……!」

 

「うわっと! いきなり振り向かないでくれよ、びっくりするじゃないか」

 

 まさかと思って振り返った先にいたのは、驚いた顔をしたヘルメス様だった。

 苦笑する彼の姿に慌てて警戒を解いて謝ると、ヘルメス様は微笑みを湛えたまま、手すりに歩み寄ってその体を預ける。

 

「楽しい楽しい宴の日にそんな顔は似合わないぜ? これでも飲んで少し落ち着くといい」

 

 ヘルメス様が手にしていた二つのグラスの内、一つを受け取る。

 口をつけるとほんのりと柑橘系の果実の香りと味がして、少し落ち着くような気がした。

 

「さてと、どうやら疲れているみたいだし休憩がてらオレと少し話をしないかい? 18階層のあの日から今日まで、ゆっくりと話す機会もなかったからね」

 

 ほんのりと香る葡萄酒(ワイン)が入ったグラスを手すりに置いたヘルメス様が笑みを浮かべ、そんな提案をしてくる。

 

 ……色々と話すのにはいい機会、かな。

 

 手すりまで歩みより、背中を預けて会場の方を向くヘルメス様とは反対に手すりに腕を置いて夜空の方を向く。

 ヘルメス様は特に気にした様子もなくそのままパーティの様子を伺いながら、僕は視界一杯に広がる夜空を見ながら、会話に興じる。

 

 夜空に広がる星の中で、優しい光を放つ月が輝いていた。




ここまで見ていただきありがとうございました。
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