二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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Shall we……?

「さて、何から話そうか」

 

 パーティの喧騒から少し離れ、バルコニーで佇む神と子供。

 手すりに身を預ける神の言葉を待ちながら、子供は夜空を見つめていた。

 

「君は身体は大丈夫かい? 18階層と都市外の冒険者依頼(クエスト)と立て続けに大きな戦いを二つ経験したわけだけだが」

 

「見ての通りです。まあ、多少痛むところはありますけど、日常生活とか訓練とか、あと軽い探索には支障はないですね」

 

 踏み込む箇所を間違えないように慎重に言葉を選ぶようなヘルメスの言葉にベルは当たり障りのない答えを返した。

 陽気に笑うヘルメスに対してベルは小さな微笑みを纏い、ある程度の警戒はしつつも話題をころころと変えながら二人だけの会話を交わしていく。

 

「そういえば聞いたことはなかったね。ベル君はどうして冒険者になったんだい?」

 

 ベルの警戒がほとんど解け、肩の力が抜けたその時、ふと思い立ったかのようにそんな問いをヘルメスは変わらず夜空の方を向いているベルに投げかける。

 その問いに口元に運んでいたグラスをピタッと止めた少年はそっと手すりにグラスを置き、少しばかり悩むように唸り始めた。

 

「……『英雄』に、なるため」

 

「……へぇ?」

 

 迷った果てに呟かれたその答えに面白いモノを見つけたかのようにヘルメスが目を細めた。

 その様子に気付いてか気付かずか、ベルはその答えの続きを語り出す。

 

「幼い頃にある人と約束したんです。その人の英雄になるって。あとは……僕を育ててくれた人の影響もあると思います」

 

「……育ててくれた人の影響、ねぇ」

 

 英雄になるため、育ての親の影響という二つ……特に後者に興味を示したヘルメスは天を仰ぎ、とっくに空になっていたグラスを手すりに置く。

 

「ベル君……ゼウスとヘラという神を知っているかい?」

 

「えっ? えっと……ええっと、知ってます、多分」

 

 育ての親を思い出していたのか、遠くの空を見ていたベルは突然のその問いかけを不思議に思いながら、頭の中にある教本を開き、『ゼウスとヘラ』の存在を思い浮かべる。

 

「どんなことまで知っている?」

 

「教えてもらっただけですけど……今から十五年ほど前までオラリオの頂点に君臨してた最強の【ファミリア】の主神様の名前、ですよね?」

 

「ああ、合ってるよ。他には何か知っていることはあるかい?」

 

「……その、最後はロキ様とフレイヤ様が協力して都市から追い出したって、聞きました……」

 

 言い淀みながらの答えに満足したかのように頷いたヘルメスはそこで初めてベルと同じ方向を向き、目を合わせる。

 

「確かにロキとフレイヤ様が結託してあの二柱の神を追放した。だけど、そこに繋がるある事件があったことは知ってるかな?」

 

「事件……いえ、そこまでは…………」

 

「じゃあ、それについて教えておこうか」

 

 そして、語られる当時の出来事。

『三大冒険者依頼(クエスト)』の内、二体の討伐成功。

 最後の一体『黒竜』の討伐失敗、最強の派閥の全滅。

 

 明かされた新たな事実を静かに聞いていたベルは胸の奥が痛むことに気付く。

 赤の他人のはずなのにまるで自分のことのように痛む心に不思議に思いながら、その話に出てきた『黒竜』に思考を巡らせる。

 

(『隻眼の竜』……『古代』、最強の英雄がその命と引き換えにこの地から退けた、竜の王)

 

 暴虐の怪物、生ける厄災、生ける伝承、生ける終末……そして黒き終末。

 ベルは多くの物語で語り継がれる伝説の存在に……どうしようもなく怒りが溢れた。

 理由はやはりわからない。だが、その『竜』が彼女が生きるこの世界に存在しているという事実がどうしても許せなかった。

 

「おっと、色々と話し過ぎたかな。ほら、また顔が怖くなってるぜ?」

 

「あ……すみません」

 

 真剣な雰囲気をガラッと変えたヘルメスの言葉にベルは強張ってた自身の頬に触れ、解す。

 今考えることではないと微妙な顔になりながらも切り替えようとしているベルにヘルメスは会場を見遣り、おもむろに尋ねた。

 

「難しい話はここまでにしておこうか。というわけでベル君、君は踊らないのかい?」

 

「踊る……会場で今もやってるダンスのことですか?」

 

「それで合ってるよ。せっかくのパーティなんだ、誰とも踊らないなんて寂しいじゃないか。それに今、この会場には沢山の美女、美少女が揃ってるんだぜ?」

 

 悪戯っ子のような笑みを浮かべるヘルメスが示す会場の中には彼の言う通り、様々なタイプの美女や美少女が勢揃いしている。

 今回このパーティに参加できなかった男達が見れば、嫉妬による血の涙を流しかねないほどにそれはもう美しい女性達が揃っていた。

 

「都市を騒がす【リトル・ヒーロー】である君がダンスに誘えば大半の女性は二つ返事で頷くだろうなあ……こんな絶好のチャンスを無駄にするのは勿体ないだろう?」

 

「あははは……流石にいきなり初対面の男が誘っても変な顔をされるだけですよ。踊るような気分でもないですし僕は見ているだけで十分です」

 

 買い被り過ぎだと苦笑するベルにヘルメスは勿体なさすぎる……!、とでも言うように天を仰ぎ、片手で顔を覆い、嘆く様相を見せる。

 そんな大げさな男神をひとまず放っておき、新しい飲み物を取りに行こうとバルコニーから大広間に続く窓辺に近付いたベルは飲み物を運んでいる者を探そうと会場を見渡した。

 

「あ…………」

 

 あと少し会場を見渡せば、給仕の者が視界に入るそのタイミングで光を浴びて輝く美しい金の髪が視界に入る。

 遠方で再び言い争いを始めているロキとヘスティア、その仲裁に入ろうとしているリヴェリアを見ている彼女はどこか退屈そうに佇んでいた。

 

「ここにいる多くの女性に興味がなさげな君も【剣姫】には目を奪われるみたいだね」

 

「別に、そういうわけじゃ……まあそうなりますけど」

 

 ふらふらっといつの間にか自分の隣に立っていたヘルメスの言葉に誤魔化そうとして、あからさまな嘘を吐きかけたところで潔く認める。

 神に子供の嘘が通じない以上、変なごまかしで話を妙なことに持っていかれないためだ。

 

「誘ってみればいいじゃないか。君と【剣姫】の関係はよくわからないが、別に悪い関係ってわけじゃないんだろう? むしろお互いに好感を持っているような節すらある」

 

「……今の僕じゃあの人には釣り合いません。もしも一緒に踊ってくれたとしてもそれで妙な噂が立てばアイズさんにも【ロキ・ファミリア】にも迷惑が掛かります」

 

 アイズは誘いに乗ってくれるという確信はベルの中にあった。だからこそ誘うことはできない。

 共に踊ればその姿はこの場にいる全ての者が間違いなく目撃する。

 

 片や実績を積み始めてはいるものの出来て数ヶ月の新興派閥の冒険者。

 片や無数の実績を積み、都市最大派閥と称される歴史ある派閥の幹部。

 

 自分がそれで何を言われたとしても気にすることはない。だがそのせいで他の派閥に彼女と所属する派閥が何かを言われる可能性が生まれることをベルは嫌った。

 

「……うーん、なんか悪い方向に考え過ぎちゃってる顔だなこれは。まあ、君がそれでいいならそれでもいいんだが……ああいうのは放っておいてもいいのかい?」

 

 表情がどんどん暗くなっていくベルのことを心配そうに見ていたヘルメスは一度瞳を閉じ、親指でアイズがいる箇所を指した。

 それに釣られ、再び彼女の方を向くと退屈そうにしていたアイズの周りに神子供問わず、男達が集まっていた。

 断っても断っても次々とダンスに誘われているのか、困ったような顔をする彼女は助けを求めるように視線をオロオロとさせている。

 

「…………アイズさんは、踊りたくないなら、ちゃんと断ると思うので……多分大丈夫です」

 

「断るのが面倒になって誰か一人と踊る可能性だってあるんじゃないかな。今はちょうどロキも【九魔姫(ナインヘル)】も離れているし彼等にとっては絶好の機会だ」

 

 ────彼女自身とお近づきになるにしてもロキの派閥との繋がりを得るにしても、ね。

 アイズの元に集まる男達の目的を推測するヘルメスの言葉にベルは不機嫌そうな態度を隠そうともしなかった。

 

「ああいう男達は面倒だぜ? 絶対に諦めないでしつこく食い下がるよ? 誘いに乗ってしまう前にロキ達が気付いたとしてもあの子は嫌な気持ちを抱えたまま、せっかくの楽しいパーティを終えることになるかもしれないね。君はそれでいいのかい?」

 

 少女が悲しむと言えば少年が動くと知っているかのように煽る男神に少年は敵対する相手以外にはほとんど見せていない苛立ったような態度を見せ、正装に合うように整えられた髪をぐちゃぐちゃにかき乱す。

 普段通りに近い髪型に戻したベルはにこやかに笑うヘルメスを一瞥し、そのまま大広間を横断しようと窓辺から一歩踏み出した。

 

「それからベル君。君が言ってたようなことは別に心配しなくてもいいと思うよ」

 

「……え?」

 

「陰口とかは多少あるかもしれないけど、そんなものはロキ達にとっては日常茶飯事、少し増えたところで問題ない。問題ないどころかその程度のことは話題にすらなってないんじゃないかな」

 

 都市最大派閥がそんな小さなことに気を遣うのかどうかを問われたとしたら。

 ベルが選ぶのは間違いなく気を遣わない、の方だ。

 名声の裏についてくる嫉妬などの負の感情に付き合うぐらいならその分を自己研鑽に費やした方が自分や仲間の為になるに決まっている。

 

「まあそういったもので苛立ちが募る冒険者もいるにはいるだろうけど、面と向かってああいうことをされた方がオレはずっと嫌だなって思うよ」

 

 腕を組んで自分の背後を見た男神はウィンクを一つすると壁際にはけていく。

 それをしばしの間見ていたベルは振り返ると、演奏に合わせて踊る(カップル)が多くいる大広間の中央を横断し、多くの者の視線を集めながら彼女の元まで堂々と歩んだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

(別に、踊りたくないわけじゃないんだけど……この人達とじゃない……かな)

 

 自分をダンスに誘ってくる大勢の男達(神を含む)に困ったような顔をしながら、断り続けていた彼女は助けを求めるようにリヴェリアの方を見遣る。

 しかし、彼女はロキと誰かの言い争いの仲裁に入っており、こちらに気付くような様子はない。

 

(何度も断ってるんだけど……全然人が、減らない……減るどころか、増えてる……?)

 

 感情が希薄な彼女の顔に明確な困惑と拒絶の表情が浮かんでいるというのに彼等が諦める様子もそんな彼女の様子に気付くこともない。

 面白がって参加する神の姿も見え始め、そろそろ本気で嫌気がさし、溜息と共に力づくでこの会場から逃げ出すことをアイズが考え始めたその時だった。

 

「…………?」

 

 男達の群れの奥、大広間のダンスが行われている箇所にて奇妙なざわつきが生まれる。

 わずかに見える隙間から人々の視線の先を追ってみるとそれは少しずつこの場に近付いてきていることがわかった。

 一人二人増えたところで別に……と、改めてこの場から逃げ出そうと足に力を込める。

 

「────剣姫様」

 

 そして、その声に目を見開いた。

 その声の発生源────自分の真正面────を見たアイズは先ほどまで感じていた苛立ちなどがどこかへと消えていくのと同時に喜びが溢れてくることを感じ取る。

 少女の視線の先、穏やかな笑みを纏った白髪の少年は一歩、前に出るとその場で膝をつき、恭しく向かい合った少女に手を差し出した。

 

「どうか、この私と踊っていただけませんか?」

 

 まるで高貴な存在に対するような敬意をその表情に乗せながら、親しみのある笑みを浮かべる少年に少女の中に残っていた戸惑いが消え去った。

 頬をうっすらと染めた少女は静かにその細い手を少年の手に重ね合わせる。

 

「……喜んで」

 

 そして、花が綻ぶように嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 手を握り合ったまま、二人は広間の中心に赴いた。

 滑らかな動きで踊る男女の輪に加わると、ベルはアイズの腰の辺りに右手を回し、アイズもベルの肩に左手を置く。

 そして、二人は周囲の者達と同じように音楽に合わせ、ダンスを始めた。

 

「あ────」

 

 しかし、息が合わなかったのか共に姿勢を崩し、ベルの胸にアイズが飛び込んでしまう。

 胸の中でわずかに焦りの表情を浮かべた少女は少年を見上げ、すぐに不思議そうに首を傾げた。

 少女の視界の先で少年は楽しそうに微笑んでいた。

 

「大丈夫ですよ。僕に任せてください」

 

 深紅(ルベライト)の双眸と金の双眸の視線が絡み合う。

 少しばかり強張っていた少女の体から無駄な力が抜けると、再び二人は踊り始めた。

 それぞれが独自で動いていた先ほどまでとは違い、少女は全幅の信頼を目の前の少年に置くとそれに応えるように少年は彼女を先導(リード)する。

 言葉を口にせずとも、ただ一瞬瞳を交わすだけで少年は彼女がどちらに動きたいのかを理解し、まだ踊りに不慣れな少女を導いていく。

 

『ほう……中々様になっているではないか』

 

『ああ、俺達が心配する必要はなかったみたいだな』

 

 二人を遠方で見守っていた二柱の男神は安心したように頷き、傍で共に二人を見守っていた眷属達の方を向く。

 彼女達が二人をどこか羨ましそうに見ていることに気付いてか気付かずか、少女達にダンスを申し込むと生まれた二組のカップルもまた踊りの輪へと入っていく。

 

『────うぬぉおおおおおおおお!? アイズたーん!? どこの馬の骨と……ってドチビのとこの少年か……………………まあ、ウチも知ってる子やしまだええか』

 

『────二人とも、嬉しそうだ」

 

 喧嘩をしていた二柱の女神は二人が踊っていることに気付くと一方は少しだけ不機嫌そうに腕を組んで、もう一方は慈愛の込められた眼差しで二人のダンスを見守る。

 女神達の仲裁に入っていた一人の母親は何も言わずに二人を見つめ、万が一にも二人の時間を邪魔されないように周囲に目を光らせていた。

 

『あの子があんな表情をするようになるなんて……』

 

 会場を回っていた紅髪の女性は二人を見て立ち止まり、少年に先導(リード)されながら嬉しそうに微笑んでいる少女に過去の姿との違いに驚きながらも嬉しそうに、羨ましそうに笑っていた。

 

『…………オッタル、この場にミノタウロスの群れを連れてきてもらえないかしら』

 

『不可能です、フレイヤ様……』

 

 銀の女神は不機嫌だと誰が見てもわかるオーラを醸し出したまま、傍に控える従者に出来もしない無理難題を押し付けていたが、その従者を動かすなどの今の二人の邪魔をするような動きは微塵も見せなかった。

 

『君は自分が【剣姫】と釣り合っていないと言っていたけど……この場でそんなことを思っている神と子供は何人いるんだろうね』

 

 新興派閥の冒険者と歴史ある派閥の冒険者にして幹部。

 表面上だけを見れば確かに釣り合っていないが、彼が既に『英雄候補』の一人だとほぼ全ての神々が気付いている。

 そして【勇者(ブレイバー)】、【猛者】を筆頭とした一部の冒険者も彼がいずれ自分達の元に辿り着く力を秘めているということに気付いているだろう。

 やがて『英雄』になり得る少年と既に『英雄』と呼ばれる資格を持ってしまった少女。

 そんな二人の踊りを遠目に見ながら、一柱の男神は静かに微笑んでいた。

 

「びっくり、した……」

 

「えっ?」

 

「いつものベルとは、全然違ったから……」

 

 会話を交わす余裕が生まれたのか、踊りながらアイズがポツリと呟いた。

 少し見下ろす形になってしまうがベルはその声に反応し、彼女と瞳を合わせる。

 

「こういうことに、慣れてるの?」

 

「慣れてなんかいないですよ。お祖父ちゃんの教えを真似してるだけで本当はすごく緊張してます。こういう場で踊るのは生まれて初めてですから」

 

 少し頬を染めて穏やかに笑うその様子からは緊張している様子など感じ取ることは出来なかったが、ベルがそう言っているというのなら本当なのだろうとアイズは納得する。

 そして、彼女もまた穏やかな笑みを浮かべた。

 

「私も、初めて……ダンスを踊ったのは、これが初めて……」

 

「そうなんですか?」

 

「うん……子供の頃は、憧れてたけど……」

 

 アイズのそんな憧れを耳にして、ベルは不思議な気分になりながらも微笑ましく思った。

 

「だから、すごく嬉しい……ありがとう」

 

 同時に、そんな憧れを持っていられるように、叶えられるように、彼女を守りたいと思った。

 ふと零れ落ちた【剣姫】ではないただの少女の幸せそうな笑みを見て、心の底からそう思った。

 

 美しい弦楽器が奏でる調べが少しずつ終わりへと近付く。

 息の合ったステップを踏み、横に揺れるだけでなく曲に合わせてくるりと回り、腰と肩に手を添え合って円舞曲(ワルツ)を踊る二人。

 照らし出される光の下、周囲で優雅に踊る人々の中でベルとアイズは時間を忘れ、二人だけの夢のような一時を過ごした。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 ダンスを終えた二人はヘスティア達の待つ一角へと戻る。

 最後まで先導(リード)して、ベルはアイズの手をそっと離す。

 名残惜しむように触れる彼女の指に揺れながらも最後まで役目を果たしたベルはミアハ達に迎えられ、笑顔を浮かべていた。

 

「見事なダンスだったぞ、二人とも」

 

「ありがとうございます!」

 

「ありがとう……ねえリヴェリア……私、変じゃなかったかな?」

 

 穏やかに笑うリヴェリアに褒められ、嬉しそうにしながらもアイズは少し不安げに彼女に自分自身の動きの感想を求めた。

 母と娘のそんなやり取りにベルは席を外し、ヘスティアの元へと歩む。

 

「バッチリだったじゃないかベル君! 最高にお似合いの二人だったぜ!」

 

 まるで自分が共に踊ったかのように喜び、自分を褒めちぎってくるヘスティアに苦笑しながら、感謝の言葉を返そうと口を開く。

 

「────諸君、宴は楽しんでいるかな?」

 

 しかし、まるでそれを遮るかのように主催者であるアポロンがその姿を見せた。

 従者達と共にベルとヘスティアの前まで足を運び、彼等と正対する。

 楽器の演奏が止まったことで良く響いたその声はどこか圧が増しているとベルは感じた。

 

「盛り上がっているというのなら何より。こちらも開いた甲斐があるというものだ」

 

 会場中に言葉を向けてはいるが、その視線は目の前にいるベル達のみに注がれている。

 本題はここからだというようにその双眸を鋭く光らせたアポロンは会場にいる他の神々や眷属達への言葉を紡ぐのをやめ、ヘスティアを睨むように見つめていた。

 

「やあヘスティア。挨拶が遅れてしまってすまないね」

 

「ああ、こちらこそ遅れてごめんよ。話したいことならいくらでもあったんだけど、忙しくてさ。わざわざ君からボク達のところに来てくれて助かったよ」

 

 男神と女神の視線が交わり、火花が散る。

 挨拶代わりの舌戦を繰り広げようとする二柱の神の姿には自然と注目が集まり、いつの間にかヘスティア派閥、アポロン派閥を囲むように円が生まれていた。

 

「無駄な話は置いておき、早速本題に入ろうか。先日は私の眷属()が世話になったね。帰ってきたあの子達から君の眷属に()()()()と聞いた時は流石に驚きを隠せなかったよ」

 

「……!」

 

 ヘスティアがわずかに息を呑む。

 こちら側に有無を言わさぬその発言と内容、欠片も穏便に済ませようとは思っていないその瞳に少なからずヘスティアは動揺した。

 周囲がざわつく中、アポロンが軽く手を上げると次の言葉を聞き逃さないようにするためか、すぐにまた静寂が戻る。

 

「私の子は君の子に傷を、それも重傷を負わされたんだ。その代償をもらい受けたい」

 

「冗談がきついよ、アポロン。ボクのベル君だって傷を負わされたんだ。一方的に見返りを要求される謂れなんてこっちにはない」

 

「だが私の子、ルアンはあの日、目を背けたくなるような姿で帰ってきた……あの子のその姿を見ても君は同じことを言えるのかな?」

 

 再びアポロンが右手を掲げると、傍に控えていた従者が左右に割れる。

 アポロンがその間からよろよろと歩み寄ってくる影にそっと近づいてその影を支えると、ベル達の前に現れたのは……全身を包帯でぐるぐる巻きにされた小人族(パルゥム)の男。

 

「痛ぇ、痛ぇよぉ~」

 

「あの人は……あの時、酒場にいた……」

 

「……くだらないな」

 

 呻くその男はあの日、酒場で自分達を罵倒した男だとすぐにわかった。

 ベルが小さく反応する中、ヘスティアはまるで唾棄するかのような目つきで脚色されたとすぐにわかる男とアポロンを見つめる。

 

「更に、先に仕掛けてきたのは君達の方だと聞いている。そしてその証人も多くいる。言い逃れすることなどできないぞ」

 

 アポロンが指を鳴らすと、生まれた輪の中から複数の神とその団員達が歩み出て、口々に彼の言葉を肯定し始める。

 あまりに出来過ぎているどころか、相手側が上手く行き過ぎている現状に不自然さを覚えながらもベルは黙って主神の邪魔をせずに彼女の言葉を待った。

 

「待ちなさい、アポロン。貴方の団員に最初に手を出したのは私の子供よ。ヘスティアだけを責めるのは筋じゃないでしょう?」

 

「ヘファイストス……美しい友情だが、無理はしなくていい。ヘスティアの子が君の子をけしかけてきたということは、火を見るより明らかだ」

 

 ヘファイストスの訴えすらも一蹴し、現れた証人達に自身の言葉を補完させるアポロン。

 自分達を嵌めた男神にヘスティアは見る者全てを凍てつかせるような表情をその顔に浮かべた。

 

「じゃあそこの子供達にもう一度証言させてみろよ。先に喧嘩を売ってきたのはどっちかって。この場には他にも大勢の神がいる。嘘を吐いていたのだとしたらすぐにわかるはずだろう?」

 

 彼女の瞳に射抜かれた冒険者達の背筋が凍る。

 先の自分の眷属とその仲間への侮辱が許せなかったのか、瞳孔が開き切ったその瞳は彼女をよく知る者ですら一度も見たことがない姿だった。

 

「……その必要はない。既に一部の神々が我々の言葉が真実だと認めているからな。さて、ヘスティア……どうあっても彼の()を認めないつもりか?」

 

「くどい。この子には何の罪もない。悪いのはお前達だ」

 

 自分の訴えなど一蹴されることがわかっていたのか、その話を繰り返すことなく、自身の眷属の無罪を訴え、ヘスティアはアポロンの言い分を跳ねのける。

 それを待っていたかのように大半の神々の予想通りアポロンの顔が醜悪に────歪むことはなく、笑みすらも浮かべずにその瞳を吊り上げた。

 

「ならば仕方がない。ヘスティア…………君達に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込む」

 

 一瞬の静寂。

 直後、神々による大歓声。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)』、それは神々の『代理戦争』。

 対立する神と神が己の神意を通すために行う派閥同士の決闘にして()()()

 

 今回の件において部外者である神々が主にその人数差から好き放題囃し立てる中、ヘスティアは腕を組んだままアポロンと睨みあう。

 

「……我々が勝ったら君の眷属……ベル・クラネル及びリリルカ・アーデをもらう」

 

「!」

 

 微動だにせずにアポロンの言葉を待っていたヘスティアの目がわずかに見開かれる。

 ベルの身柄が目的であるという確信はあったが、もう一人の眷属であるリリの身柄までも要求されることは彼女も予想していなかった。

 自分が持つ全てではなく眷属のみを狙う彼の要求の真意はわからない。だが、そんな要求に対して彼女の返答は既に決まっている。

 

「我々が負けた場合は君達の要求にいくらでも応えよう……それで、返事は?」

 

「断る。そんなくだらないものに付き合う義理はない。帰るよ、ベル君」

 

 即答し、アポロンの要求を突っぱねたヘスティアに神々からのブーイングが始まるが、そんなものは気にも留めず、彼女はベルを連れて大広間の出入り口へと向かう。

 

「神様、リリは……?」

 

「ここにいますよ、ベル様」

 

「えっ!?」

 

 パーティを切り上げ、会場を後にするのは別に良いが、リリの姿が見えないことを心配したベルはすぐ隣から返ってきた彼女の声に体を跳ねさせる。

 

「ごめんねリリ君。話の途中だっただろうに」

 

「気にしないでください。また話す約束は出来ましたから……それにこんな場所に一秒でも長くいたくないですしね」

 

 ベルの反応にくすくすと笑っていたリリは表情を殺し、今もブーイングを飛ばすほとんどの神々及びアポロンに冷ややかな視線を飛ばす。

 あの場にはいなかったが、彼女もしっかりとその耳でアポロンによるベルへの侮辱は聞き取っていたのだ。

 

「────────」

 

 口数少なく、三人は出入り口の扉を通過。

 その間際、ベルの視線と扉に寄りかかっていた団員の視線が交錯する。

 目を細めたヒュアキントスの視線がまるで振り返れとでも言うように会場の中央に向けられた。

 

「っ…………?」

 

 それに釣られ、振り返ったベルの視界に入ったのは神や眷属達の中心にいるアポロン。

 男神は酷く冷たい瞳で少年だけを見つめており、絶対に逃がさないとでも言うような光をその瞳の中に宿していた。




ここまで見ていただきありがとうございました。
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