二人の姫と出会った少年は英雄の道を歩む   作:Kkky

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Shall we war.

『神の宴』から一夜が明け、翌朝。

 ホームである教会の隠し部屋で【ステイタス】更新を終わらせたベルとリリ、そしてヘスティアはそれぞれの予定のための準備を行なっていた。

 

 

 

 

ベル・クラネル

 

 Lv.4

 力 :F311→C672

 耐久:E488→A821

 器用:E492→A890

 敏捷:D500→B788

 魔力:D576→A899

 幸運:E 耐異常:H 精癒:H

《魔法》

【ケラウノス】

 ・付与魔法(エンチャント)

 ・雷属性。

 ・詠唱式【目覚めよ(ブロンテ)

【ファイアボルト】

 ・速攻魔法。

 ・戦意によって威力上昇。

 ・護るという意志によって効果向上。

《スキル》

風精誓約(エアリエル・オース)

 ・誓いを交わした者の魔法の発現(魔法スロットは使用しない)

 ・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。

 ・怪物種に対し攻撃力高域強化。

 ・感情の昂ぶりにより効果向上。

 ・誓いを違えた時、効果消失。

妖精王絆(アールヴ・ヴィンクルム)

 ・妖精王の魔法の発現(魔法スロットは使用しない)

 ・行使条件:詠唱文と対象魔法効果の完全把握。

 ・魔法効果増幅、射程拡大。

 ・戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。

英雄運命(アルゴノゥト)

 ・能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権。

 ・発動時、周囲の味方の戦意高揚

神月残影(ルナ・オルコス)

 ・月神の加護(アルテミス・ディパル)

 ・────────。(以下解読不能)

 

 

 

 

『災厄の蠍』と戦う前以来の更新。

 芽生えた新たなスキルにベルは目を見開き、すぐにその顔を感情が複雑に混じった色に染める。

 間違いなく『彼女』に関するそのスキルについてヘスティアの見解を聞こうと尋ねたベルだったが、彼女は首を横に振り、自分でもよくわからないと告げた。

 

「その紙に書いた通り、その文しか読み取れなかったんだ。ただ……君に悪影響を及ぼすようなスキルじゃないってことはこれだけでわかるだろう?」

 

 そう言って小さく微笑み、用紙のスキル名を優しく撫でるヘスティア。

 何がどうなるのかは現状の情報だけではわかるはずもないが、少なくとも自分達を害するものではないということがわかるだけで十分だった。

 しばらく様子を見ながら、時々確認するということでこの話をひとまず終わらせたベル達は準備を全て終わらせて、地下室を出る。

 

「ベル君、リリ君。昨日の今日で攻めてくる可能性は低いだろうけど、十分気を付けるんだよ。特にダンジョンの探索中とかはね。まあ、君達が目的なんだから流石に殺しにかかることはないと思うけど……」

 

 互いにアポロンやその息がかかった者に注意するように言い合いながら、階段を上り切る。

 礼拝堂にも似た室内はベルによって雑草や大きな瓦礫などが取り除かれ、かなり見れるようになってはいるが、天井に空いた大きな穴や細かな瓦礫、再び生えてきている雑草を見るとやはりそこは廃墟同然と言われても何も言い返せはしない。

 

(一人じゃ流石に無理だし、【ゴブニュ・ファミリア】の人にお願いして綺麗に…………魔力?)

 

 大掃除を考えながら出入り口に向かっていたベルはそのゆらぎに顔を上げる。

 詠唱中や魔法行使の際に感じる出力の余波、それが大量に感じ取れた。

 出入り口付近、外からは完全な死角になる場所で立ち止まったベルはどうかしたのかと不思議そうな顔をする二人の行方を遮り、防護魔法の詠唱を開始した。

 

「【ヴェール・ブレス】」

 

「……!」

 

「……まさか、いるのか?」

 

 突然の少年のその行動に何かを察した二人は息を殺し、ベルの傍に寄る。

 しばらく何も起きない静かな時間が続く。何者かが教会内に入ってくることは……ない。

 

「…………」

 

 手の動きで二人を後方へと下がらせたベルは腰に携えた剣の柄を握りながら、扉のない教会玄関口をくぐり、外へ出る。

 一歩、外に出た瞬間、周囲の建物や屋上に佇む無数の影が視界の中に飛び込んできた。

 その影の全てが弓や杖など、遠距離から仕掛けることが出来る武器を装備している姿を視認したと同時にベルは後方に勢いよく飛びのき、反転。

 その勢いのまま、後方に下がらせた二人を抱きかかえて礼拝堂の奥へと飛び込む。目を見開く二人を自身が纏う外套で覆った次の瞬間、後方で大爆発が起こった。

 

 相次ぐ轟音と衝撃波。

 魔法と爆薬が結わえられた矢が着弾し、教会を破壊していく。

 少年達の生活を見守っていた半壊の女神像が音を立てて崩れ落ちていった。

 

「っっッ!!」

 

 黒煙に包まれる教会の裏手の扉が勢いよく開け放たれる。

 二人を抱え、脱出したベルは飛び出した勢いそのまま、ギルドがある方角へと向かおうとする。

 

「────シャアッ!!」

 

「!?」

 

 その行方を襲撃犯とは別、裏手にいた男達が阻む。

 間髪入れずに襲い掛かる刺客達を足で薙ぎ倒しながら少年は逃亡を試みるが、一体どれだけの人員を投入したのか襲い来る刺客は途切れず、土地勘を利用した裏道への逃亡さえも背後と上空からの挟撃で食い止められてしまう。

 

「クソッ!」

 

 ベルの中で襲撃に対する驚愕はそれほど大きくはない。

 だがこの用意周到さと執拗さは完全な想定外だった。

 周りを巻き込むことにも躊躇いはなく、白昼堂々と恐らくほぼ全ての団員をたった三人を襲うためだけにかなりの広範囲に敷いているその采配には動揺を抑えきれない。

 

「アポロン……よくも、ボク達の家を……ッ」

 

「あ────」

 

 腕に抱えるヘスティアの怒りに震える声にベルは思わず背後を振り返ってしまう。

 見えたのは黒煙を上げ、崩れていく教会(帰る場所)の姿。

 帰る場所を失った悲しみと表現が出来ない怒りが少年の胸を蝕むが、それを敵対者にぶつけることは許されない。

 

「ベル様っ、リリを下ろしてください! 自分で走りますから!」

 

「ボ、ボクだって自分で……っ」

 

 戦えば間違いなく二人を傷つけることになる。

 防護魔法をかけているとはいえこの数による奇襲を相手に二人を守りながら戦うのは不可能だと判断したベルは腕に力と意思を込め、悲痛な叫びを上げる二人を黙らせる。

 

(ここで下ろしたらそれこそ格好の的だ……! どうする……どうしたらギルドの方に……!)

 

 ギルドは絶対中立の都市機関。

 一部の例外中の例外を除けばその中に攻め込むなどという暴挙を行なう者はいない。

 ベル達がそこを狙っているということを当然理解している襲撃者達はギルドにだけは通さないとばかりに厳重な網を敷いており、一人ならともかく二人を抱えたままそこを突破するのは不可能に近かった。

 

「神様、リリ、少し口を閉じて!!」

 

「……!」

 

 考えているうちに袋小路に追い詰められたベルは叫ぶと同時に唇を噛み、目の前に迫る巨大な人家の壁の少し前で勢いよく地面を踏み抜く。

 

 即ち大跳躍。

 

 第一級冒険者に匹敵する身体能力を以て、およそ8Mの壁を大幅に飛び越えたベルは再び着地の勢いそのままに屋根の上を駆け抜けようとして、すぐに立ち止まった。

 

「諦めた方がいいよ」

 

 目の前……ギルドがある方角の屋根の上に数名の団員を引き連れたダフネが立っていたからだ。

 続々と屋根の上に昇ってくる団員達を横目で見ていた彼女は溜息を吐くと手に持った指揮棒(タクト)のような剣をベル達に突き付ける。

 

「アポロン様は気に入った子供を地の果てまでも追いかける。手に入るまでね……今回の様子は少しおかしく見えたけど」

 

「…………」

 

「……ウチやカサンドラも見初められてずっと追いかけられたんだから。都市から都市、国から国、逃げて逃げて逃げ続けても結局こうなった。どうせ捕まるんだから諦めた方がいいよ」

 

 背後に控えるカサンドラを一瞥し、ベルとリリを哀れむような目つきで見たダフネは二人に対して説得するような声音で言葉を続ける。

 

「君はこの場にいる私達の誰よりも強いんだろうね。でも……そんな荷物を抱えたまま、ウチらを退けられると思ってるのなら大間違いだよ」

 

 説得、そして足止め。

 いつの間にか周囲には大勢の団員達が集まり、三人を取り囲んでいた。

 合図と同時に襲い掛かってくるであろうその姿にヘスティアとリリの頬に一筋の汗が流れる。

 

「投降してくれない? 仲間にならざるを得ない子に手荒な真似はしたくないんだけど」

 

 それは間違いなく本心から来る諦観の言葉。

 左手を掲げながら、最後通牒とばかりに告げてくる彼女に対する返答は一つだけ。

 

「断る」

 

 断固として拒否する少年の姿にダフネはまあそうだよね、と苦笑し、その手を振り下ろした。

 全方向から同時に襲い来る敵冒険者達。それに対してベルは二人にしっかり掴まっておくようにと釘を刺すと、空いた右腕を前に突き出す。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 そして砲声と同時に円を描くように薙ぎ払った。

 十を超える速射によってまるで鞭のように振るわれた炎雷が飛び掛かった冒険者達を遥か後方まで吹き飛ばす。

 無詠唱の魔法、そこから放たれた長文詠唱並みの威力に敵冒険者達がわずかに硬直する。

 

 時間にして一秒と少し。

 

(────十分だ!!)

 

 硬直のその隙になりふり構わずベルは疾走した。

 二人にかかる負担が限界ギリギリの速度で包囲網を無理矢理突破した少年のその姿が路地裏へと消えるのを見たダフネは今日何度目かの溜息と共に仲間達に指示を出して行方を追わせる。

 

「諦めないもんだなぁ……」

 

 自分は後を追わず、役目は終わったと屋根の上に佇むダフネ。

 狙われた相手に憐憫を抱くことはあれど、神意に背く気は毛頭ない程度には主神を敬っている彼女はざわめきを増しているギルド方面を見つめる。

 

「ダ、ダフネちゃん……やっぱり、やめた方がいいと思うの……」

 

 そんな彼女の背後から共に場に残っていたカサンドラが声を上げる。

 彼女は小動物のように震え、その垂れ目を伏せがちにしながら、ダフネを見ていた。

 

「はぁ……何がよ」

 

「あの子を……『兎』を追い詰めること……」

 

 まるで警告するようなカサンドラの言葉にまたか、とでも言いたげにしながらダフネは彼女のその言葉の意味を問い詰めた。

 

「また『夢』? 今度はどんな夢を見たのよ」

 

「ぅんと……月の光に照らされた兎さんが黒く染まった太陽を吞み込んじゃう夢……」

 

 ダフネは鼻で笑うことすらしなかった。

 少し呆れたような顔つきでカサンドラを見つめる。

 

「へぇ、いい夢じゃない。夢はやっぱり荒唐無稽なものじゃなくちゃね。無駄話してないで私達も一応行くわよ」

 

「ちゃんと聞いてよぉ~……」

 

 まだ何かを言おうとするカサンドラをまるで相手にせず、ついてこないのなら置いていくとばかりに彼女は三人の後を追い始めた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 その抗争は徐々に都市中に広がっていった。

 

「何か……嫌な予感がしやがるな」

 

 中央広場(セントラルパーク)で仲間を待っていた鍛冶師の青年は遠方から響く派手な音に眉を顰めながら、その方角を見遣る。

 そこに届く【リトル・ヒーロー】が襲われているという冒険者の声。

 一瞬の躊躇いもなく、炎を薄く顕現させたヴェルフは最も激しい音が響き、見覚えのある炎雷が立ち昇る一角へと走った。

 

「フレイヤ様は動いたか?」

 

「いえ、フレイヤ派は今のところ静観しています」

 

「今回の騒動もあの方にとっては試練の一つというわけか」

 

 傍観者を貫く男神と表情を殺す眷属は戦場とは程遠い北西のメインストリートの最も高い建物の上である女神の神意を考察する。

 今回の騒動に関しては何もしない……それが主神からの厳命。

 少年と関わりのある多くの眷属がその命令に不満を漏らしたが、それを覆すことはなかった。

 ヘルメスは少年の行く末を見守るべく、アスフィと共に移動を始めた。

 

「ベル・クラネルが襲われている?」

 

「は、はい!」

 

 都市北端、【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)『黄昏の館』。

 自身の部屋で幹部の一人と共に仕事を行なっていた団長は手元の書類から顔を上げ、窓を見る。

 

「ここまで表立って行われるのは久々じゃな」

 

「【リトル・ヒーロー】を襲っているアポロン派は罰則(ペナルティ)を覚悟の上なんでしょうか」

 

「だろうね。よほど彼を手に入れたいのか……それとも別の理由があるのか」

 

 窓を見ながら指で机をトントンと叩き続ける団長は襲撃者達の主神であるアポロンの噂を思い出しながら、思案する。

 

「どうする、フィン。あの小僧を助けに行くか?」

 

「……それができないことは君だってわかっているはずだろう?」

 

 言ってみただけじゃ、と椅子に座ったまま腕を組むガレス。

 今回、【ロキ・ファミリア】とその団員個人が動くことはない。

 ダンジョンの中ならばともかく地上では彼等ほどの派閥になると様々なしがらみがある。

 彼が自分達に助けを求めてきたのなら話は変わってくるが。

 

「ふぅむ……あの二人が昨日の夜の内に港町(メレン)に行ったのは幸運だったな」

 

「ああ……今の騒ぎを聞いたら僕らが止める間もなくあの少年を助けに行っただろうね」

 

 ひとまず様子見を決め込む二人は報告しに来たラウルに誰かを外に立たせて置き、あの少年が助けを求めてきた場合はすぐに通すようにと指示を出すと、今はいないアイズとリヴェリアならばどうするのかを考え、苦笑した。

 派閥間の問題やしがらみなどの一切を無視して助けに向かうであろう彼女達はロキや他の女性団員達と共に港町(メレン)の調査へと向かっている。

 彼女達の姿を思い浮かべながら、ある報告が届くまで二人は部屋の中で静観を続けた。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

(どうする、どうする、どうするッ!?)

 

 抜けても抜けても再度構築される包囲網の中を足を止めずに走り続けるベルは襲撃に耐えながら、頭を回し続ける。

 この状況を打開できる策を、二人を守れる術を、疲労で頭が回らなくなる前に考え続けた。

 

(下ろしたらどちらかは間違いなく奪われる! 人質にされたらそれこそ終わりだ……っけど、抱えたまま戦えば二人が傷つく!)

 

 単体どころか複数人が同時にかかってきたとしてもベルの敵ではない。

 自分がこの場にいる誰よりも高い【ステイタス】を持っていることもベルはわかっている。

 しかし、如何に能力が優れていようとも大切なもので両腕が塞がった状態ではまともに戦うことなどできはしない。

 それを理解しているからこそ、襲撃者は三人が別れる隙を作らせない。

 それを理解しているからこそ、ベルは戦うことが出来ない。

 

「…………?」

 

 一度脱出してもすぐに再構築される包囲網と注ぎ込まれているあまりの人数にそろそろ眩暈を覚え始めた頃、屋根上を走る一人の冒険者の姿が目に入る。

 フードを目深に被っているせいで顔を覗き見ることは出来ないが、わずかに見えたのは反射する太陽光の輝き。おそらくは眼鏡の類。

 

「…………いや、流石に……でも、あの人がいるなら僕だけじゃなくてリリも【アポロン・ファミリア】に狙われた理由に────」

 

 呼び起こされた記憶の中の人物とたった今見た人物が同一人物なのなら、なおさらリリのことを離すわけにはいかない。

 そこまで考えたところで裏道を走っていた襲撃者達が次々と退いていく光景を目撃する。

 何をする気なのかと考えを巡らせる前に、だんっ、と。

 彼等の目の前に冷笑を浮かべる冒険者が立ち塞がった。

 

「クソッ!!」

 

 先ほどまでの冒険者とは頭一つ抜けたその存在感。

【アポロン・ファミリア】首領、ヒュアキントス。

 そのレベルはベルと同じ4。片手間で相手をできるような存在ではない。

 

「リリ、神様、そこから絶対に動かないでください」

 

「わ、わかりました!」

 

 初めて二人を下ろしたベルは既に纏っていた雷と風の出力を限界まで高める。

 狙うは瞬殺。敗北は当然、それ以外の形の勝利と粘られることなど許されない。

 

 一秒も無駄に出来ないその場面で。

 

「────ッ!?」

 

 ベルは上空から襲い来る気配無き刺客に回避行動を取らざるを得なかった。

 上空から投げ落とされた何者かの得物はベルがいた地面に突き刺さる。

 

「……せっかく隙を作ってやったというのに仕留め切れないとはな」

 

「あーあーごちゃごちゃうるせえな。もっと引き付けておかねえてめえが悪ぃだろうが」

 

 後退したベルの姿を一瞥し、屋根の上を見上げたヒュアキントスは馬鹿にするような声音で何者かに声を飛ばす。

 それに対して返って来る声は暴力的で悪意に満ちていた。突き刺さった槍の傍に着地したその姿は先ほどの冒険者と同じように全身をローブで覆っており、その顔を見ることは出来ない。

 ただ一つ、その佇まいを見ただけでわかることがあった。

 

(この人……ヒュアキントスさんよりも、強い……まさか、Lv.5?)

 

 隠し切れない、隠そうともしない強者の雰囲気。

 その者が纏う雰囲気は邪悪そのものであり、少年が尊敬する第一級冒険者達とは似ても似つかぬものであったが、その邪悪の中に実力の違いはあれど彼等と同質の強さを感じ取ってしまった。

 

「別に協力しなくてもいいんだぜ? 少しでも楽になればと共闘してやったが、てめえ等がいなくてもあのガキを攫うことなんざ簡単にできる」

 

「口だけは達者のようだな。チッ、何故アポロン様はこのような粗暴な者達を……」

 

 険悪な雰囲気を漂わせながらもベル達を逃がさぬ隙など一つも作らない二人の男。

 Lv.4と推定Lv.5。どれだけ力を振り絞ってもこの二人をすぐに突破することなど、振るう力に制限がある今のベルでは不可能だ。

 

「はっ、さて……あの糞眼鏡が言うには俺がやってることに使()()()女を持ってるって話じゃねえか。そいつを俺に渡してもらおうか」

 

「アポロン様の寵愛を受ける貴様が憎くて仕方ないが……これも我が主神(あるじ)の望み。この野蛮な男と共闘してでも貴様を栄えある我が派閥の一員に加えてくれる」

 

 目的はそれぞれ違う。

 だがその目的を果たすための障害が一致している二人は槍と直剣を構え、嗤った。

 左右から同時に迫りくる二人にベルは《神様の剣》と《牛魔王》を引き抜き、応戦。

 リリとヘスティアを置き去りに、先ほどまでの逃走劇など児戯だと言わんばかりの凄烈な戦闘が展開された。

 

 連携など一切考慮しない競い合うような二者の攻撃に対してベルは徹底抗戦。

 狭い路地の中で立ち位置を、攻守を、何度も入れ替え、凄まじい量の火花を散らす。

 

「チッ……力も速度も中々のものだ」

 

「あぁ? 本当にLv.3かよ、このガキ」

 

 戦況は互角だった。

 格下であるはずの少年を相手に二人で戦って優勢に立てない状況に彼等は戦闘が始まってすぐに眉を顰める。

 向こうは攻めきれない、そしてこちらもまた攻めきれていない。

 

(速さではこの俺が負けてやがる。そんなことがあるのか?)

 

 ローブの男は始まった直後に気付いたその事実にフードの奥で浮かべていた笑みを消すと、一歩下がり、槍を一回転。

 戦法を変えずに連撃を仕掛けるヒュアキントスを壁にし、死角からの攻撃を仕掛ける。

 

「ッッ!!」

 

「これも受け止めるか。が、防戦になっちまったなあ?」

 

 ヒュアキントスの攻撃を受け止めながら、死角から放つ攻撃さえも受け切る少年にフードの男は純粋に舌を巻いていた。

 同時に先ほどとは違い、ヒュアキントスを壁にした死角からの攻撃に防御の姿勢を取ることが多くなった少年にあくどい笑みを浮かべ、同じような方法で攻勢をかけていく。

 

「どうしたぁッ! その武器は飾りかあ!?」

 

 強烈な一撃がベルを襲う。

 衝突の瞬間に後ろに飛ぶことで威力を殺した少年はすぐさま反撃に移ろうとして、すぐにそれをやめる。

 何故攻めきれない、攻めてこないのか……それを開始直後の攻防で見抜いていた男は少年の位置を固定するように立ち回り、攻防を繰り広げていた。

 

「ヘスティア様……これは、リリ達がベル様の邪魔に……」

 

「……クソ」

 

 その位置とは少年が守ろうとする二人を背後に置いてしまう箇所。

 

 離れれば上から他の冒険者達に二人を狙わせる。

 離れないのなら超近距離の攻防を仕掛けることで二人を守らせる。

 

 それに気付いたリリは自分が少年の足を引っ張っている事実に顔を青褪めさせ、ヘスティアは己の不甲斐なさに唇を噛んだ。

 ベルがまともに戦えたのは最初の十数秒のみ。

 それ以降は自分達を庇うことを優先して戦い、少年が持つ本来の力を全くと言っていいほどに発揮できていなかった。

 

 位置を移動しようとも狭い路地裏で繰り広げられる攻防の嵐の中を移動するなど自殺行為以外の何物でもない。むしろ、標的が自分達に移る可能性すらある。

 そうなれば間違いなく自分達を庇いに来るだろう。どれだけの致命的な隙を晒してしまったとしても、あの少年なら絶対に。

 

「今のうちに神と小人族(パルゥム)を捕らえろ!」

 

「っ……神様、リリ!」

 

 その隙を敵対者達は決して逃しはしない。

 

 ヒュアキントス達との戦闘の間隙を縫い、二人を捕らえようとする他の冒険者達もまとめて相手取るベルの体には少しずつ、だが着実に傷と疲労が蓄積されていった。

 

「お荷物がいると大変だなぁ? 【リトル・ヒーロー】ォ?」

 

「……ッ!」

 

 槍の柄で自分の肩を叩きながら、フードの下で悪辣な笑みを浮かべる男。

 奥歯を噛み締め、剣を構えるベルだったが、動くことはできない。

 目の前の男達に集中したその瞬間、他の冒険者によって二人は捕まる。既に当初の目論見は二人によって外され、周囲には多くの敵対する冒険者達が集まってきている。

 

 逃走は出来ない。

 目の前の男達は攻撃を加えつつも決して深追いをしない。

 周囲の者達は今や無駄な攻撃はせず、少年が二人から離れるその時を待っている。

 

 状況は敗戦濃厚。

 ここからベルが一人で何をしようとも、敗北もしくは二人が捕らえられることは確定的だった。

 

「…………リリ君、走れるかい?」

 

「ヘスティア様……はい、走れます」

 

 ────そう……彼一人では。

 

 故に彼女達は賭けに出た。

 

「────ベル君!」

 

「ッ……神さま……?」

 

 生まれた攻防の隙間を縫い、自身の眷属の名を呼ぶ。

 交わした視線は一瞬。その一瞬で彼女達が何をしようとしているのか、自分に何を伝えようとしたのかを理解したベルは目を限界まで見開き、走り出した二人の背中を見送ってしまった。

 

「この状況で逃走だと……? 追え、逃がすな。所詮は神とたかが小人族(パルゥム)だ」

 

 愚の極みでしかない彼女達の行動を鼻で笑ったヒュアキントスは周囲でその時を待っていた全ての団員達に二人の行方を追わせた。

 指示を出したその直後、彼の視界の端で光が弾ける。

 

「なっ────」

 

「ああッ!!」

 

 雷撃の如き一閃がヒュアキントスの体を咄嗟に挟んだ直剣ごと路地裏の壁に叩きつけた。

 返す刃がフードの奥で瞠目する男に襲い掛かり、同じように吹き飛ばしていく。

 

「おのれ……!」

 

「おいおい……なんだこの馬鹿力は……」

 

 壁を貫通し、遠方まで飛ばされた二人が出てくる頃には既に少年は彼女達を追いかけ、その場から姿を消していた。

 周囲の被害を顧みずに強引に突破したベルは壁を駆け上がり、上空から二人の姿を探す。

 そして、二人の姿及び彼女達に迫る襲撃者達を視界に収めると自身の背後で風を爆発させた。

 

「二人に触るなあああああああああッ!!」

 

 今にも二人を捕らえるであろう冒険者達をすれ違いざまに打ち捨てたベルは目を見開く二人を間髪入れずに抱え上げ、再び逃走を始めた。

 

「べ、ベル様……」

 

「なんで……なんでこんな無茶をしたんですか!? 僕がすぐに来れなかったら────」

 

「でも、ああでもしなきゃ、君がやられてたかもしれないだろ?」

 

 無謀な行動を咎めた少年の表情が女神の言葉を受け、歪む。

 あのまま防戦が続けば、敗北が確定していたことを考えるとその言葉に何も言い返すことが出来ない。

 

「あと、別に勝算がない賭けじゃなかったんだぜ? 君ならボク達が少し頑張れば、あんな奴らをぶっ飛ばしてすぐに助けに来てくれるって信じてたからね」

 

「神様……」

 

 彼女の微笑みから自分に確かな信頼を置いていることが伝わってくる。

 それを嬉しく思うと同時に逃走が始まってからずっと燻っていた怒りの炎が勢いを増す。

 

 信頼を向けてくれる彼女達にあのような無謀な行動を選ばせた自身の弱さに。

 帰る場所を奪い、大切な家族に手を出す冒険者と一柱の神に。

 

 逃走を続けていたベルの足が止まる。

 心配そうに見上げる視線の中、立ち止まった少年は昨日の『神の宴』を思い出す。

 そして、何かを決心したかのようにゆっくりと口を開いた。

 

「神様……【アポロン・ファミリア】の本拠(ホーム)はどこにありますか」

 

「ベル様……?」

 

「……ギルドとは真逆、西南の方だよ」

 

 わずかに狼狽えるリリとは違い、少年の言葉が意味する物を理解したヘスティアは彼が求める答えを口にする。

 その答えを聞き、一つ頷いたベルは転進。

 ヘスティアの指示を受けながら進路を大きく変更したベルは動揺を見せる冒険者達を引き離し、目的とする場所へ向かうべく、路地裏を駆け抜けた。

 

 ギルド方面とは違い、明らかに手薄な包囲網を楽々抜けたベルは大きな建物の屋根の上に昇り、勢いよくある場所目掛けて飛び降りる。

 少年を包む風が落下の勢いを減衰させる中、ある屋敷が存在する庭の中央に彼は降り立った。

 

「な……!」

 

「これ、借りますね」

 

 空から音もなく現れた侵入者に庭に残っていた冒険者達が驚愕の声を漏らした。

 冒険者の一人からある物を奪い、抱えていた二人を優しく下ろしたベルは屋敷を睨みつける。

 そして、その侵入を待っていたかのように屋敷の扉が開かれ、アポロンが姿を現した。

 

「やあ、待っていたよ。ベル・クラネル……いや、ヘスティア」

 

 圧倒的な神威を伴い、ベル達の元まで降りたアポロンは笑みの一つも浮かべずに出迎えた。

 前庭を包む尋常ではない量の神威が本拠(ホーム)に残っていた冒険者達を委縮させる中、その神威を斬り裂くようにベルが前に出る。

 手を伸ばせば首に手が届く距離で睨みあう神と子供。

 圧しかかる重圧に耐えきれない眷属が生まれようとする中、ベルは先ほど冒険者から奪った手袋をアポロンの胸に投げつけた。

 

「これが僕の意思だ。受けて立ちます、戦争遊戯(ウォーゲーム)を!!」

 

 神に手袋を投げつける。

 その意味(てぶくろ)と少年の言葉を受け止めたアポロンは両腕を広げ、声高らかに宣言した。

 

「代弁者の行いによって、ここに神双方の合意はなった。諸君、戦争遊戯(ウォーゲーム)だ!!」

 

『いぇえええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!』

 

 その宣言がなされた次の瞬間、一体いつから潜んでいたのか庭の茂みや木の上、果ては噴水の中から大勢の男神や女神が飛び出す。

 リリとヘスティアに加え、【アポロン・ファミリア】の団員すら気付いていなかったのか、押しなべて驚愕を露わにする中、先ほどまでの重圧とは打って変わって周囲が一気に騒がしくなった。

 

『ギルドに戦争遊戯(ウォーゲーム)の申請をしろー!!」

 

『久々の祭りじゃあー!!』

 

『臨時の神会(デナトゥス)も開くぞ! すぐに他の神々(ヤツラ)も召集だ!!』

 

 飛び交う興奮の声、娯楽に飢えた神々が真骨頂を発揮し、一部の団員達でさえお祭り騒ぎになる熱狂の中、アポロンとベルは何も言わずに睨みあっていた。

 

「……試合(ゲーム)の詳細は神会(デナトゥス)で決める。日程は後で知らせよう……精々頑張りたまえ、【未完の英雄(リトル・ヒーロー)】?」

 

 最後までベルを冷たい眼差しで見つめ、アポロンは屋敷へと下がっていった。

 その姿から数秒遅れて、ベルも振り返り、自分を呆然と見つめるリリとわずかな時間、瞳を閉じたヘスティアの元へと歩み寄る。

 

「ごめんなさい、神様、リリ」

 

「ベル君……」

 

「ベル様……」

 

 不安げに揺れる彼女達の瞳に少年が目を逸らしかけるが、それを堪えて正面からその瞳を見る。

 先ほどのは神の意思ではなく、少年の意思。主神であるヘスティアの許可を得ないその行為は本来であれば咎められるべき行為であることに間違いない。

 しかし、ヘスティアはベルのその行動に何も口を挟むことはなかった。少年がそれが最も正しい……自分達を守るためにはその道を選ぶしかないと苦渋の中で決断したことを知っているからだ。

 

「……神様とリリは本拠(ホーム)に……帰る場所は、もうないんでしたね。じゃあ知り合いの神様にお願いして少しの間お世話になれるでしょうか」

 

「ベル様は……どうなさるんですか?」

 

「ダンジョンに行くよ。少しでも戦争遊戯(ウォーゲーム)までに強くならなきゃ…………僕の『家族』を侮辱して手を出したことを……後悔させてやる……」

 

 そう言ってベルは未だ騒ぎが続いている前庭を出ていく。

 それを追いかけようとしたリリだったが、少し進んだところで追うのをやめる。

 自分が行った所で何かが出来るわけがない、少年の邪魔にしかならないという考えがその足を止めていた。

 

 眷属の身に宿る怒り、そして哀しみ。

 振り返らずに外へと向かう少年と足を止めて俯く少女。

 止めることも励ますことも出来ず、佇んでいたヘスティアは何かを仰ぐ様に天を見上げた。




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