その知らせは神々の手によって瞬く間に都市中に広がった。
騒ぎ、浮かれ、はしゃぐ神々の姿を見た冒険者達や市民達の口伝もあり、都市のいたるところに広がるまで一刻もかからなかったという。
ヘスティアとアポロンの
同時に開催が確定した結果、都市の動きはより活発となり、一部は慌ただしくなっていく。
その一部とは主にギルド。
騒ぎ立てる神や子供達を尻目に派閥同士の総力戦という物騒な催しによって何かの間違いでオラリオに被害が及ばぬよう、物資や人員の手配、宣伝、舞台となる戦場の絞り込みなど、近隣地域への呼びかけを含めた様々な動きに追われることとなった。
無論、その間にも通常業務が続いているため、ギルド内部は阿鼻叫喚だったという。
「では、
そんな都市の騒ぎの上で神々は臨時の
題材はもちろん
都市を騒がせた【ヘスティア・ファミリア】襲撃の翌日。
召集された多くの神々は
円卓を挟み、向かい合うヘスティアとアポロンは必要書類への
「我々が勝った場合、君の眷属であるベル・クラネル、リリルカ・アーデをもらう」
「…………」
「これだけはこの場で確定させてもらう。後で言い訳を並べられても煩わしいだけだ。我々が敗北した場合、先日の宴で話した通り、君達の要求は何でも呑もう」
アポロンが要求するのは変わらずベル、リリルカの移籍。
ヘスティアが何かを要求することはなかったため、アポロンの全ての要求を呑むという言葉を共に書記の神が明文化させていく。
今回の
「ヘスティア、君はどんな勝負形式を求める?」
「……そうだな、代表者同士による一騎打ち……って言いたいところだけど、それはボク達が有利になってしまうから却下だろ?」
アポロンの眉が不快を表すようにわずかに動いた。
自分の子の方が強い、と宣言するような彼女の言葉に二柱の神々のやり取りを見ていた神々がにかわに騒ぎ始める。
「彼等の強さをここで語る気はない。だが、却下ということは認めよう。こちらは数による有利がある。それを捨ててしまうような勝負形式を認めるわけにはいかない」
「だろうね。そうなるともう堂々巡りだ。ここは公平にくじで決めようじゃないか」
ヘスティアの提案は認められ、そうなるとわかっていたのか準備のいい神がどこからともなく穴の開いた箱を取り出し、円卓に置く。
その場にいる神が一柱一枚
全員のくじが集まると、次の問題として誰が引くのかという話に変わる。
互いに互いの息がかかった神に引かせることを嫌がった二柱は進行役をしていた一柱の神に同時に目を向けた。
「君に委ねよう」
「好きなのを選んでくれ。頼んだよ」
神々の中で中立を気取っている彼ならば他の神々からも不満の声が漏れることはない。
真剣な眼差しで二柱の神に見つめられるヘルメスは参ったな……と呟き、祈るようにして箱に手を入れ、そして引き抜いた紙を見て固まった。
その反応に神々の注目が集まる中、乾いた笑いを浮かべたヘルメスは神々にその紙を公開する。
『攻城戦』
どっと大広間が沸いた。
『流石はヘルメス』
『持ってるねー』
『これって────』
『ああ────アポロンの勝ちだ』
などなど。
神々が騒ぎ立てる中でも二柱の神の様子は一つも変わることはない。
「公平なくじの結果だ。異論はないな?」
「ああ、問題ないよ」
「…………攻めは、君達に譲ろう」
むしろ有利な勝負形式となったアポロンの方が彼女のその様子に苛立ちを露わにしていた。
「なあ……少し、いいかな」
「ん?」
その中でくじを引いたヘルメスが手を上げ、発言の許可を得ようとする。
二人から視線で続きを促された彼はそのまま話し辛そうに話し始める。
「アポロン、これじゃあヘスティアがあまりに不利……
「……続けたまえ」
「ありがとう。そこでどうだろう、助っ人の制度を設けるというのは?」
ヘルメスのその提案に顎に手を当てて考え込んだアポロンはややあって、一つ頷いた。
「良かろう。私としても出来
素直に助っ人の提案を受けたことに驚いていた神々はすぐに続いた言葉に何かを悟ったかのように溜息を吐いた。
その言葉は実質助っ人を認めていないような言葉だったからである。
都市外の【ファミリア】はオラリオの【ファミリア】に比べて力の水準は低い。
オラリオ近隣にLv.2以上の戦力を保有している【ファミリア】がいくつあって、見つけたとしてもどうやって
まだ生まれたばかりの【ヘスティア・ファミリア】がその条件で助っ人を獲得するのは不可能と言っても過言ではなかった。
「
助っ人の条件を紙にまとめたヘルメスは周囲を見渡し、神々の様子を伺う。
中でもここまで一つも言葉を発さず、ヘスティアとアポロンのやり取りを見ていた銀の女神の様子を注意深く伺い、何もないことがわかるとこれで
「悪いな、ヘスティア。不利な勝負を押し付けることになってしまって」
「いや、君は悪くないよ。こうなる可能性があることもわかっていたからね」
椅子に座り、誰とも話さずに真っ先に外へ出たアポロンの姿を見送ったヘスティアにヘルメスが謝罪をしながら歩み寄ってくる。
その謝罪に対して首を振った彼女はまだ残っている神々の会話に耳を傾けた。
『はーぁ……最近のアポロンってつまんねえな~』
『それな。
『いつものアポロンなら『駄目じゃないくぁヘスティアぁ~? こんなくぁいいベルきゅんを独り占めにするぬぁんて~』とでも言ってそうなもんだが……』
『うわ……誇張気味だがそっくりだな。今日からお前をアポロン二号と呼んでやろう』
『殺すぞ』
一部妙な喧嘩を始める神々もいるが、大半の者が最近のアポロンの様子が気になるのかそれについての話をしている。
かくいうここに集まるヘスティアに味方する神々とヘルメスもそうだった。
「皆の言う通り、『神の宴』と先ほどの
「あの悪癖が働いているときは……あー、個性的というか良くも悪くも騒ぎ立てるそんな男のはずだが、今回は妙に落ち着いている……落ち着きすぎている」
「…………」
彼をよく知るからこそ今回の騒動を起こしたアポロンの様子が気になってしまう。
一体いつ頃からあのようになったのかと話すタケミカヅチやミアハ達。
心当たりがあるが、不確定なことに加え、それをヘスティア以外の者に話すことを彼女の許可なしに話すことなど許されないと理解しているヘルメスは彼の様子に関しては無言を貫く。
「今は向こうの様子より、ここからどうするのかを考えましょう?」
「うん……といっても、ボクに出来ることはもうあまりないかな……戦うことは当然出来ないし今から眷属の勧誘をしたところで誰かが来るわけがないし……」
他の神々は既に大広間を去っており、残っているのはヘスティアの味方である神とヘルメスのみ。神が減った大広間にその呟きは虚しく響き渡った。
「……とりあえずボクはリリ君の所に戻るよ。何か用がある時はあの書店に来てくれ。少しの間、お世話になることになったから」
「待て、ヘスティア。そなた達さえ良ければ、我々の
「……いいのかい? じゃあ少しの間だけお世話になろうかな」
「なあヘスティア。ベル君はどうしたんだい?」
耳聡く、ヘスティアの言葉に気付いたヘルメスはそれについて問う。
少し息詰まった彼女は自分の無力さを呪うようにテーブルに肘をつき、片手で顔を覆った。
「……昨日の朝、襲撃が止まった直後にダンジョンに行ったっきり、帰って来てない。恩恵は消えてないから生きているのは間違いないけどね……」
それを力なく笑いながら話す彼女に神々は何も言えなかった。
自分達が何を言おうともただの気休め、それどころか気休め以下にもならない。それは今のヘスティアも求めてはいない。
ミアハと共に大広間を去ったヘスティアを見送った三柱の神々。
彼女の小さな背中を見送ったタケミカヅチとヘファイストスはしばし何かを考え込むように腕を組むと、ややあって彼女達の後を追うように大広間を後にした。
残されたヘルメスは帽子を脱ぐと高い天井を見上げ、その瞳を閉じる。
「……アポロン、もしも君が……お前があの少年を罪に問うと言うのなら────」
その言葉を最後まで口にはせず、帽子を目深に被り直したヘルメスは大広間を出る。
静寂を纏った円卓がそんな神の背中を見送ったのであった。
「『攻城戦』……」
「よりにもよってだよ。正直言って一、二を争うほどに来てほしくないものだった」
【ミアハ・ファミリア】
ベルは依然、この場にはいない。
────『攻城戦』。
防衛側の勝利条件は大将が期間内まで生き延びるか、敵大将を討ち取ること。
攻撃側の勝利条件は敵大将を期間内までに打ち取ること。
攻めるにせよ守るにせよ多大な兵力が必要となる大人数戦闘。
通常の【ファミリア】が現在のヘスティア達の状況に置かれれば、どれだけの罵声を浴びせられようと戦うことを選ばずに逃げ出すことを選ぶと断言できるほどに状況は不利だった。
「個の力では上回ろうとも、群ではアポロン側が有利であることは火を見るよりも明らか。この戦力差を覆すことはそう簡単ではないぞ」
「相手には公表されているだけで百人を超える構成員がいる……ベルの話が正しければそこに新しく入ったっていう冒険者もいるのなら……」
【ミアハ・ファミリア】は全面的に【ヘスティア・ファミリア】の味方ではあるが、そんな彼等が今回の戦いでどれだけヘスティア達を贔屓目に見ても勝つことはほぼ不可能だと語っている。
そのほぼ不可能な確率からどうすれば勝利をこちら側に手繰り寄せることができるのか。
「……ベル様が、一人で戦うということが最も勝率が高いと思います……」
リリの言葉にその場の者全ての視線が集まる。
辛そうに、ひどく悔しそうに顔を歪める彼女の言葉を否定する者はいなかった。
その場にいる者全て、特にベル・クラネルという少年の強さと秘めた可能性をよく知るヘスティアはそれが正しいと、そう思ってしまった。
「ベル君も……きっとそうするだろうね」
「はい。ベル様が何も気にすることなく戦えるのでしたら誰にも……少なくとも【アポロン・ファミリア】所属の冒険者には負けません」
【ファミリア】同士の戦いでありながら、たった一人に全てを任せる。
もしもこれが構成員が多くいる【ファミリア】であれば、その提案をした団員に非難が殺到していただろう。
事実、その選択を執ろうとしている彼女達もそれが通常では誤ったものであると理解している。苦渋に歪んでいるその顔がその証拠だ。
「すまん、遅れた」
「あ……タケ」
重苦しい空気が流れる店内の扉が開かれる。
扉を開けたのはタケミカヅチ。命や桜花、千草と共に店に入ってきた彼は暗い顔をするヘスティアとリリに目を細めるともう一人、誰かに声を掛ける。
「ここにいたのか」
「ヴェルフ様……」
その声にリリが顔を上げる。
見た所、傷などは負っていない彼女の姿にヴェルフがほっと息を吐くのも束の間、ヘスティアとリリが揃っているこの場にベルがいないことに気付く。
「ベルは、どうした?」
「……一人でダンジョンに潜っています」
その答えに目を見開き、何かを言おうとしたのかヴェルフが唇を動かしたが、彼女とその主神であるヘスティアの表情を見て、何かを察する。
「一人で戦う気か、あいつ」
誰も肯定の意を込めて頷くことも返事をすることもなかったが、その沈黙が答えだった。
再び店内に走る静寂。誰も次の言葉を発さないその雰囲気の中、再び扉が開かれる。
「……神様」
「っ……ベル君!?」
姿を見せた渦中の人物にヘスティアが驚愕の声を漏らし、慌てて駆け寄る。
傷一つない姿を見せたベルは駆け寄ってきた彼女に驚きつつ、店内を見渡した。
「この……何も言わないで一日空けるとはどういう了見だ! そうするなら最初からそう言ってくれないと心配しちゃうじゃないかっ!」
「ご、ごめんなさい!」
背後に回り、その背中に飛び乗って暴れるヘスティアと彼女に必死に謝るベルの姿に店内の重苦しい空気が少しだけ軽くなる。
ある程度気が済んだのか背中から降りた主神に苦笑を浮かべていたベルは自分に集まる視線に表情を改めるとその口を開いた。
「心配をかけてしまってすみません。地上に戻る時間も訓練に費やしたくて……」
「状況が状況だ。焦る気持ちはわからなくもないが、それでも報告だけはしておけ。たった一日だったとはいえ、お前を心配するヘスティアとリリルカ・アーデの気持ちも考えろ」
「はい……本当にすみません」
タケミカヅチの叱責に身を縮めるベルの姿にヘスティアは少しだけ安心した気持ちを覚える。
暴走気味になってはいるが、それは自分達を大事に思ってくれているからこそのことだと、彼の反応からよく伝わって来ていた。
「それで、どうしたのだ? 何らかの用があって地上へ戻ってきたのであろう?」
「あ、そうでした。
「正式には決まっていない。だが、おおよそ四日後といった所だろうな。それ以上は他の神々が待たず、それ未満は準備の期間が短すぎるからな」
「四日……今からずっと潜ったとして低階層で剣を振るか下に行ってモンスターと戦うか……地上に戻る時間を踏まえると低階層の方が…………」
「おい、ベル」
タケミカヅチの言葉を受け、立ったまま思案するベルにヴェルフが声を掛ける。
少年が顔を上げると彼はどこか不機嫌な様子で少年のことを見ていた。
「お前……本当に一人で戦うつもりか?」
鋭い眼差しで少年の瞳を逃がさないとばかりに見つめるヴェルフ。
その眼差しに軽く目を見開いたベルだったが、すぐに言葉を返す。
「戦うよ。助っ人がありって話はここに来る途中に聞いたけど、条件に合う都市外の【ファミリア】の知り合いはいない。それを当てにするわけにはいかないよ」
「リリスケは? お前と同じ【ファミリア】だろうが」
「…………今回、一緒に戦ってもらうつもりはない」
神でさえ口を出せない二人のやり取り。その問答に再び空気が張り詰める。
互いに互いを『相棒』と尊重する二人がその相手に向けるとは考えられない険悪な眼差しが火花を散らす中、何かを試すかのように瞳を光らせたヴェルフが口を開いた。
「リリスケが『
「────────」
気付けば、ヴェルフは深紅の瞳に見下ろされていた。
体のどこにも痛みはない。それどころかどこも壊れていない。
だが目にも止まらぬ早業で少年に床に叩きつけられたと理解した青年は目の前にある見開かれた紅い瞳に一筋の汗を流した。
「何か意図があるのはわかるよ。でも…………その『言葉』、二度と使うな」
『サポーター』という言葉には問題はない。
しかし、そこにどんな意図があろうともその『言葉』にリリルカ・アーデという少女を見下す意味を込めることを少年は許さない。
「強いとか弱いとか、役に立つとか立たないとかじゃない。勘でしかないけど……すごく嫌な感じがするんだ。だから勝手だけど、この戦いだけは僕一人でやる」
床に倒れたヴェルフに手を差し伸べて立ち上がらせるとベルは強い意思を以てヘスティア達にそう宣言し、扉へと向かう。
その背中を見送ったヴェルフは頭を掻くとリリの方へと振り向き、頭を下げた。
「すまん、リリスケ。お前を出しに使った」
「気にしないでください。あの程度なら侮辱にすらなりませんから」
頭を下げる自分に苦笑を浮かべる彼女を見て、ヴェルフはもう一度深く頭を下げた。
「ヘスティア様、ベル様の言葉に何か嘘はありましたか?」
「これっぽっちもなかったよ。一人で戦うという部分にも、嫌な感じがするっていう部分にもね」
タケミカヅチ、ミアハもその言葉を肯定するように頷く。
本当にベルは一人で戦うつもりだと神々によって肯定されてしまったヴェルフは腕を組んで不機嫌そうな仏頂面を晒していた。
「あいつと十本戦っても俺は一本も取れやしないだろうが……頼られないのは悔しいな」
短い間とはいえ少年の強さをリリと共に間近で見てきたからこそ、その強さは理解している。
とてつもなく甘く見積もっても足元にようやく届くかどうかというほどに実力差がある自分が頼りにならないということだってヴェルフは心の中では理解している。
「ごめん、ヴェルフ君。ベル君は君達が大切なんだ。あの子がああ言ったってことは今回の戦いはただの
そう言っておきながら、ヘスティア自身がベル一人で戦うということに納得していないというのが表情の中にわずかに生まれている。
主神である彼女でさえ納得できない今回の出来事を無理矢理納得しようとしているその顔を見たヴェルフはぐっと唇を噛み締め…………何かを思いついたかのようにニヤリと笑った。
「……ん?」
「俺達を巻き込みたくない、か。あいつがそれだけ大事に思ってくれてるのは嬉しいが、それは俺も……俺達も同じなんだ」
「ヴェルフ様……?」
「あいつの気持ちを理解した上で……決めたぞリリスケ。あいつが勝手にするなら俺だって勝手にしてやる」
そう言うとヴェルフはリリの肩をポンと軽く叩き、
突然の行動に大半の者が呆気にとられる中、肩を叩かれたリリと彼らのやり取りを静かに聞いていたもう一人は彼が出ていった扉をじっと見つめ、何かを決心するかのようにその瞳を閉じた。
「…………」
ダンジョン『上層』の奥深く。
四方の壁が破壊され、モンスターが産まれない状況が作り出された
そこにいるのは両手に剣を握った少年ただ一人。
「…………っ」
静寂が支配する空間で少年は何もない空間へ剣を振っていた……いや、打ち合っていた。
少年が思い浮かべるは過去の幻影。記憶の中に存在する強敵達の幻影を目の前に呼び起こし、その者達と死合っていた。
「っ……………はぁ……!」
時間を忘れ、幻影と打ち合っていたベルはいつの間にか壁の修復が始まっていることに気付く。
一度戦いを切り上げ、魔法を行使して四方の壁面をもう一度破壊したベルは大粒の汗を流しながら、腰を下ろした。
(ギリギリまで戦って二日と半日ぐらい……それまでに少しでも強くならなくちゃ……)
持ち込んでいた時計を見ながら水を口に含んだベルは再び幻影を呼び起こそうと息を軽く吐く。
「…………ッ!」
しかし、そこで首筋に突き刺さる何かの視線を感じ取った。
抜剣したまま、壁側へと飛び退いたベルは
腰を下ろすまで誰もいなかったはずの出入り口には外套を羽織った一人の男が立っていた。
「『上層』のモンスターと無為に戦わず、一人剣を振るか。良い判断だ」
自分を見るベルの視線など意に介さず、悠々と歩む男は剣を抜きつつも困惑した表情を浮かべる少年をバイザー越しに見下ろす。
敵意の欠片もないがじっと自分を見下ろす目の前の男にどうしたらいいのかと戸惑っていたベルは男の真意を問い質そうと口を開いた次の瞬間。
「────!」
予備動作もなく、強靭な手刀が放たれた。
咄嗟に振り上げた黒剣とぶつかりあう手刀。生身と剣が衝突したというのに金属の音が鳴り響き、火花が散ったのを見たベルは驚愕に襲われながらも男の間合いから抜け出す。
「良い反応だ。高い【ステイタス】に驕らず、よく鍛えているようだな」
「何を……いやっ、どういうつもりですか!? なんで貴方が……!」
羽織っていた外套が先の一撃で剥がれたことで男の姿が完全に露わになった。
錆色の髪に鍛え抜かれた肉体、バイザーを被っているため瞳こそ見えないが、それだけの証拠があれば誰であろうと冒険者ならば目の前の男が何者なのかはわかる。
「お前に興味を持った。それだけだ」
【フレイヤ・ファミリア】Lv.7、【猛者】オッタル。
都市最強の冒険者の出現とその言動にベルは混乱の極致に襲われていた。
目を白黒とさせるベルを前にしてもオッタルはさして気にする様子を見せることなく、背負っていた大剣を引き抜く。
「……!」
「今回の
鋭い光を放つ大剣を見て、混乱を抑え込んだベルは再度剣を構える。
しかしオッタルは戦闘態勢を執ることも戦意を浴びせることもせず、そのような問いを放った。
「……僕一人で戦うつもりです。助っ人を一人許されているみたいですけど、条件に当てはまる人を探す時間なんてありませんから」
邂逅する度に自分の全てを見透かしてくるようなオッタルの雰囲気には既に慣れたのか、ベルは正面からオッタルの問いを受け止め、自らの答えを返す。
「お前の強さは知っている。その上で言わせてもらおう……今のお前一人では勝ち目は薄いと」
「っ……その薄い勝ち目を少しでも厚くするためにここにいるんです。用件がそれだけなら帰ってもらってもいいですか? 少しでも時間を無駄にしたくありません」
オッタルの言葉にベルはわずかに眉を動かしたが、それを否定することはしない。
そんなものとうの昔に理解している、理解していなければこんなところで鍛錬をしていない。
そんな誰もが知っている戦況をわざわざ都市最強の冒険者が言いに来たのか、ともはや睨んでいるといっても過言ではない目付きでベルはオッタルを見ていた。
「どうやら邪魔になっていたようだな」
「ええ、そうです。もう用がないのなら早くここから……?」
ぶっきらぼうにオッタルの言葉を肯定したベルは溜息と共に一度瞳を閉じる。
そして、目を開いた先にいる彼の行動に怪訝な表情を浮かべた。
「……何のつもりですか?」
「迷惑をかけた詫び、とでも取れ。
思わず呆けた声がベルの口から漏れた。
目の前にはかかってこいと言わんばかりに大剣を構えたオッタルが立っている。
突然のその行動にベルは今日何度目かの困惑に襲われ、来ないのならこちらから行くと今にもかかってきそうなオッタルに待ったをかけた。
「え、えっと、なんで僕に稽古を……ど、どうして……?」
「言っただろう、詫びだと。お前がこのまま立ち去ることを望むのなら俺はこの場から立ち去ろう。だが、お前が少しでも強くなりたいというのならこの状況を利用してみせろ」
バイザーに隠された瞳がベルを射抜く。
少年はそれに鳥肌が立つと同時に、この機会は今後もう二度と訪れるかどうかわからない非常に貴重な機会であると今更ながらに理解した。
【ファミリア】の垣根を越えた鍛錬。その相手は
今ベルが置かれている状況を考えれば、鍛錬の相手としてこれ以上は存在しない。
「……相手をしてもらって、いいんですね?」
「……来い」
困惑も驚愕も今は不要。
必要なのは戦う意思、学ぶ意志のみ。
それ以上の言葉は交わさず、ベルは二刀を構え、オッタルに挑んだ。
二振りの剣と一振りの大剣が激突し、凄まじい轟音と衝撃が
その日、そして翌日、ダンジョンの『上層』を探索していた冒険者達は揃って耳にした。
ダンジョンを破壊せんとばかりに『上層』全域に響き渡る轟音を。
ベルが想定している
ここまで見ていただきありがとうございました。